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パンプティダンプティー 壁に座ってたら
パンプティダンプティー 勢いよく落っこちた
王様の家来や馬でも
ハンプティーは元に戻せない

「で、そのマザーグースの歌がどうだって言うんだ?」
僕は広間に全員が揃っていることを確認してから警部に答えた。
「わかったんですよ、この事件の真相が」
ざわめく人々に視線は合わせず、僕は例のハンプティ・ダンプティの歌詞が記されたノートの切れ端を掲げた。
「このマザーグースの童謡が犯人を示している。それは確かに事実だったんです」
「本当かね? それは!」
えぇと肯定の返事をして、僕は椅子に座った。
「ハンプティ・ダンプティの歌が謎かけ歌だということはみなさんご存知だと思います」
「ハンプティ・ダンプティは何者か? 彼は卵だってことだね」
ボーンボーンと広間の柱時計が鳴り出す。いつの間にか10分も過ぎていた。
「ハンプティ・ダンプティの原型には諸説があります。ご存知ですか?」
話を向ける。確かあの娘は大学の文学科に籍を持ってたはずだから。
「えぇ、シェイクスピアのリチャード三世がそうであるとか、清教徒革命の際の大砲がそうであるとか」
「アメリカでは落選確実の泡沫立候補者を意味するスラングにもなっとるな」
警部の以外な博識さにびっくりしながら、僕は言葉を続ける。
「狡猾、残忍、豪胆な詭弁家。生まれながらの身体的障害さえもバネにし、王位をものにしようと企む彼は、巧みな話術と策略で政敵を次々と亡き者にし、その女性たちを籠絡して見事王位に就く」
ざわめきが強まる。
そうだ、壁──塀から転がり落ちて“死んでしまった”この屋敷の主そのものではないかと。
まるで、と声があがった。
「そう、まるで被害者本人そのもののような。だけどこれは──」
「お爺様ではなくて、シェイクスピアのリチャード三世のことなのね」
「そう、薔薇戦争の最後を飾る戦死した最後のイングランド王リチャード。彼の栄光は長く続かず、ランカスター家最後の男子として挙兵したヘンリー七世に倒されました」
僕はパンっと歌詞の書かれたノートの切れ端を叩く。
「ハンプティ・ダンプティの原型、自分自身を示すペルソナ。これは自嘲なんです」
ざわめきはいつしか痛いほどの沈黙に変わっていた。
「自分を……壁の上のハンプティ・ダンプティを殺すのはヘンリー七世よろしくの、祭り上げられた正当なる血筋の最後の男子だと」
悲鳴があがる。震える声があがる。ざわめきが波のように揺れる。
「貴方が犯人だっただなんて」
さっと人の波が割れた。まるでモーゼの前の海のように。
「犯人は、あなたですね。没落した本家唯一の、そして最後の男子」
その時、柱時計の鐘の音が鳴り止んだ。
「その通りだよ、名探偵クン」
その言葉は、鐘の音に隠されることなく、僕の耳に届いたのだった。