翌日、勇気を出して、学校に向かった。やっぱり少しだけ不安だったけど『明日は今日
とは違う』その言葉を呪文のように繰り返して教室に入った。そのまま一人の生徒の前に
向かう。目の前で足を止め、呼吸を整える。
「ごっ――」
「ごめんっ! 森山、昨日はホントに悪かった。俺ちょっと調子に乗りすぎてた。ひどい
こと言ってごめんな!」
いきなりそんなこと言われてびっくりしておかしくなった。
「ぷっ、ふふふっ」
「へっ? なんで笑ってんの? いや、でもよかった。また殴られんじゃないかと思って
よぉ」
どっと笑いが起こる。全然不快になんて思わない。『明日は今日とは違う』パパの言っ
た通りだ。
「私も昨日は叩いちゃってごめんなさい。坂口君」
「えっ、あ、ああ、いいって、いいって。こんくらい、なんともねーよ」
「おいおい、なに照れてんだよー」
男子たちの小突き合いが始まる。なーんだ、みんなこんなにいい人たちなんじゃない。
『明日は今日とは違う』パパの言う通り。
「パパー、ただいまー。パパの言う通りだっ……た……よ」
玄関を開けると部屋に、近所に住む叔父さんと叔母さんがいた。
「あっ、ごめんなさい。叔父さん、叔母さん。パパはいないんですか?」
「……由美ちゃん。急いで病院に行こう! 兄さんは今、病院にいるんだ」
「っ!」
動揺を落ちつけられないまま、すぐに車に押し入れられ病院に向かった。
「パ、パパ、どうしたの」
「……っ、ふぅ。いいかい、由美ちゃん。兄さんは――」
「ちょ、ちょっとあなた――」
「いいから! ……兄さんは、ガンなんだ。それも、末期の」
「っ!」
「5月に受けた健康診断でわかったんだ。結果は叔父さんたちにも知らされた。でも兄さ
んは由美ちゃんには知らせるなってきつく言ってきてね。すぐに入院するように言われた
んだが、どうせもうだめなら最後まで由美ちゃんの側にいるんだって聞かなくて。今日だっ
て、仕事場で昼過ぎに倒れたらしいんだけど、病院に行って、すぐに由美ちゃんを呼ぼう
としたら、今日、由美ちゃんは学校で大変な日だからだめだって聞きやしなかった」
ギリっとハンドルを握る手を強くする。なににともわからないいらだちと不安を抱えて
いたのだろう。私は何も考えられず、叔父さんの言葉を聞いていた。
私が学校で大変な日。自分の方がよっぽど大変なのに、そんな時でも私を気にかけてく
れるの? ホント、バカみたい……
「パパっ!」
病室に駆け込むと、パパは死んだように昏々と眠っていた。
「……お、おお、由美、か……」
「パパ、パパ!」
「は、は、は……どうしたんだぁ、由美ぃ。父さんは、ここにいるぞぉ」
パパは目が虚ろで、もう私のことも見えてないみたいだった。そんなパパの手をぎゅっ
と握りしめる。
「ははっ、もう、父さん、大丈夫みたいだ。全然苦しくないんだ」
「いやぁっ」
「なんだかなぁ、母さんの声がするんだよ」
「いや、いや、いやぁっ!」
私の手を離し、すっと人差し指が伸びてきて私の涙を拭う。
「由美、ごめんな。父さん、お前の花嫁姿までは見たかったんだけどなぁ。そうだ、最後
にもう一回、ヒマワリが見たいなぁ」
「っく……そんなのないよぉ」
涙を拭っていた手を頬に持っていく。
「いや、ここにあるじゃないか。泣かないで、由美。笑っておくれ。父さんにそのヒマワ
リを見せておくれ」