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168パパのヒマワリ 1/8
>>163 思わず長くなり過ぎたので、需要ないなら続きはよしときます

パパのことを思い出すときいつも、ベランダに一本だけ咲いていたヒマワリのことを思
い出す。

 ママが死んだ。私が中学二年生になりたての頃だ。ママは花屋さんで働いていたのだけ
ど、そこの店長さんからママが倒れたことを知らされた。親戚の人が私を連れてすぐに病
院に駆けつけてくれたけど、パパはその日、いつまでも来なかった。そしてママは死んだ。
パパは仕事で忙しかったという。そんなことあるわけないじゃない。私はママが死んだの
はパパのせいだと思った。パパなんか大嫌い。何度も何度も心で叫んだ。
 桜の散る頃、みんなが新しいクラスへの期待に目を輝かせている中、私は一人、悲しみ
に沈んでいた。
「由美、父さん弁当作ってみたぞ、どうだ、うまそうだろ!」
 部屋の中はいつも線香の古めかしい匂いでいっぱいだった。パパは努めて明るく振舞っ
ていたけど、中二の私にもパパは辛そうだということはわかった。そうまでして普通を装っ
ているパパが可哀想と思わなかったのかと言えば嘘になるけど、実際はバカらしいという
気持ちが大きかった。第一、パパの作る弁当はまずくてすぐに嫌いになった。
 パパは普通のサラリーマンで、よく家ではぐずぐずと仕事の愚痴をこぼした。それをマ
マは軽く流しながらも付き合ってあげていた。ママがいたから、私はこの家が幸せな家庭
だったんだと思う。いっそ死ぬのがパパだったら、なんて黒い感情だって浮かぶこともあっ
た。
 でもパパはママが亡くなってからは家で仕事の話をしなくなった。これは最近になって
ようやくわかったことなのだけど、あれは案外パパとママがいちゃついてただけだったの
だと思う。愚痴を言って、それを聞いて軽く相槌をうって酌をする。愚痴の内容になんて
意味がなくて、その漂う空気に二人で酔っていたのだろう。

 私はクラスで浮いてしまった。クラス替えで、新しい友達を見つけないとはじかれるの
はよくあることで、私もそうなってしまった。新学期早々ママが死んでしまって、それで
いつも暗い顔をしていたため、クラスの子たちは近寄ってこなかった。同じクラスだった
子たちも次第に私から離れて行った。でも、私はそれ自体は好都合だと思った。不格好な
パパの弁当を見せずに済んだから。私は毎日食堂に向かう振りをして、それを食堂前のゴ
ミ箱に投げ捨てた。
「おー、おかえり。今日の弁当、どうだった? 由美の好きなハンバーグ入ってただろ?
父さん、ハンバーグには自信があるんだよなぁ」
「……」
 私は黙ってパパを見つめた。
「ん? どうした、由美。そんな怖そうな顔して」
「……なんでもない」
 純朴で悪意のないその眼に思わず口がむずむずと開きそうになった。
「パパごめんなさい。パパの作ってくれた弁当実は今までずっと捨ててたの」
 素直にそう謝ってしまいたくなった。
「そうか。でもなんかあったら言えよ。父さんはいつでも由美の味方だからな!」
 笑いながら手を伸ばし、頭を掻き撫でる。その瞬間にパパの服に染み込んだ線香の匂い
が送られて思い直した。線香の匂いも大嫌いだった。それはパパのずるさの象徴だった。
自分がママを死なせておいて、毎日毎日拝んでいる。そんなことで許されると思っている
のか。
 私はパパの手を力いっぱい叩いてそのまま部屋に駆け込んだ。
「あーあ、何やってんだろう」
 カバンを投げ捨て、バタンとベッドに倒れこみ、枕に顔をうずめる。家中に広がる線香
の匂いが枕からもしてきてうんざりする。
 枕を壁に投げつけようとしていると、ガラガラとベランダの戸をあける音がした。
 すっと枕を掴んだ手を下し、膝に抱える。ちょろちょろと水をやる音が聞こえてくる。
ほんとによくやるものだと思う。パパはヒマワリへの水やりも日課にしていた。まだ5月
も中頃、やっと小さな芽が出てきたくらい。ヒマワリはパパとママにとって大事な花らし
いけど、ママのいない今、もう興味もなかった。ママが生きている間に聞いていればなぁ、
なんて、時々思ってみたりした。