古代・中世的ファンタジーを創作するスレ2

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1 ◆7103430906
空気を読まずに復活させました。

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煽り・荒らしはスルーでお願いします。
 
SSだけじゃなくてイラストや音楽なんかもあると良いなぁ……。

前スレ
古代・中世的ファンタジーを創作するスレ
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1219872396/
 
保管庫
http://book.geocities.jp/medievalfantasy101/index.html
 
チャット
http://medievalfantasy.chatx.whocares.jp/
2 ◆7103430906 :2009/01/23(金) 22:15:56 ID:TvIsubru
とりあえず、続き投下。
前までの話は保管庫を見てくださいな。
3紅薔薇の姫とシュヴァリエ ◆7103430906 :2009/01/23(金) 22:16:44 ID:TvIsubru
 息を切らせながら、重い体を引きずるようにして物置部屋までたどりつくと、姫はまず真っ先に
指輪を取りに向かった。
 本当に体が重い。陳腐な表現だが、足が棒のようだ。階段を上るのは相当にきつい運動なのだ。
姫は自分の体力のなさを呪いながら、くぼみにはまっていた指輪を取り上げた。
 
 ゴゴゴゴゴゴゴ……。
 
 さすがにもう慣れた。轟音にも驚きはしない。ただ、誰かに聞かれないかとほんの少し心配はしたが。
 姫は呼吸を止め、耳を澄ませた。大丈夫だ。足音など一つも聞こえてきはしない。
 くぼみから取り出した指輪を鎖で自らの首に繋ぐと、姫は壁にかかっていたタペストリーを
華奢な指でそっと綺麗に整えた。
 
「絶対に誰にも見つかるんじゃないわよ。良いわね」
 
 おまじないのような独り言だが、姫は必ずかかる魔法の呪文のつもりでその言葉を放った。
 侍女たち城の者には断じて見つかってはならない。彼女は強くそう思っていた。
 しかし、姫は矛盾に気付いていなかった。これが見つからなければ、誰がメルキュリアを
助けてくれると言うのだ。やはりまだ彼女は幼かった。考えが足りなかった。
 
 誰にも見つからないのをしっかりと何度も確認してから物置部屋を出て、とりあえずは自室に向かいながら、
姫は誰にメルキュリアを助けてもらえば良いのだろうと考えをめぐらせていた。
 城はやはり広い。今は姫の学習時間であるため、城の者が姫に会えば、誰であろうと姫に
早く部屋に行くようにと声をかけるのだが、姫の歩く廊下には一人として通っていなかった。
物置部屋のある建物が普段はほとんど使われないため、誰も行かない場所であるということもあるが、
それにしても、これだけ歩いて誰にも会わないのは不思議ですらある。実はこの世界には自分以外
誰もいないのではないか、という気にもなってくる。ふと立ち止まって、自分が歩く方向の先を見渡してみると、
姫の頭の中にはそんな思考が入り込んできた。
 
「馬鹿馬鹿しい。お城が広いだけだわ。それにしても、埃っぽいわね……。掃除くらいしなさいよね」
 
 姫の独り言は強がりだ。自分の存在を確認するという意味もある。声帯から体を通して耳に伝わる声。
そうだ、確実に私はここにいる。ここに生きているのだ。
 この辺りが埃っぽいというのも事実だ。年に一度、大掃除をするかしないかという頻度で
手入れがされているのみなのだ。国王の気まぐれがあれば掃除をするともいう。
4紅薔薇の姫とシュヴァリエ ◆7103430906 :2009/01/23(金) 22:17:14 ID:TvIsubru
 コホッコホッ。
 
 姫の独り言で思い立ったように、喉が埃を排除しようとはたらいたらしい。姫は少々不機嫌な顔になって、
また歩き始めた。
 本当に、誰に頼めばメルキュリアを助けてあげられるのだろう。侍女? まさか……。一介の侍女が
メルキュリアを繋いでいる鎖や手かせを外すことができるわけがない。それなら、騎士? 騎士の持つ
剣で鎖を切ってしまえば……? 否、できるわけがない。そんなに強い剣があれば、この国はもっと
大国になっていて、豊かなはずだ。城の掃除だって隅々まで行き届いているに違いない。更には、
姫の纏うドレスももっと豪華で絢爛で……。
 下々の者と比べれば大分恵まれているはずの姫も、現在の自分に満足しきっているわけではない。
もっと素晴らしい生活をと、夢見ているのだ。姫は、自分の描き始めた幻想によだれが出そうなほど
酔い始めていた。しまりのないだれきった顔で半分空を見ながら歩いていた。完全に緩み切っていた。
誰にも会わないからと油断しきっていた。しかし……。
 
「何です? 一国の王女ともあろう方がそんなだらしのない顔を晒して歩くなど……。はしたないですよ」
「え? あ……」
 
 気がつくと、姫は「だらしのない」と評された顔を、男の胸に埋めていた。
 
「仕方のないお方だ。考えごとなどしながら歩くからそうなるのです。もっとしっかりしなさい」
 
 男は姫の家庭教師、ジョンだった。ジョンは姫の肩を掴んで、自分の体から引き剥がすと、
姫の顔を上に向かせて覗き込んだ。
 
「僕の授業をサボって、何をしているかと思えばこんなところで歩きながら妄想遊びですか」
 
 姫はジョンと目が合ったことに気付くと、さっと顔を赤くして、ジョンの手を振り払って後ろに飛びのいた。
 
「な、な、な、何!? ジョン、貴方、一国の王女に対して無礼な態度ではなくて!?」
 
 精一杯強がってみたものの、姫は恥ずかしさのあまり後ろを向いて目を閉じていた。
 その姿を見ながら、ジョンは頭をかきながらため息をついた。
5紅薔薇の姫とシュヴァリエ ◆7103430906 :2009/01/23(金) 22:17:50 ID:TvIsubru
「そうは言いますけど、さっきまでのお顔はどう見ても王女らしい気品が全く感じられませんでしたけどね……」
 
 姫は先ほどまでの油断しきっていた自分を思い出し、恥ずかしさに身悶えていた。
 
「さっきはさっきよ! 仕方ないでしょ! 考えごとをしていたの!」
「どうせとりとめもない妄想でしょう。くだらない。何の役にも立ちません」
 
 言い切ったジョンに姫は何も言い返せないのが悔しかった。いつもそうだ。彼には勝てない。
ずっと年上だし、頭も切れるし、国王にも気に入られているし……。もっとも、姫が口喧嘩で勝てる相手など、
自分より年下の小さい子供くらいしかいないのであるが。
 
「さあ、では、お部屋に行きましょうか、姫。今日は授業時間延長です。夕食には遅れますが
国王も許してくださるでしょう」
 
 姫はしおらしくうなだれて、ジョンの言葉に素直にうなずこうとした。だが……。
 
「え!? 何よそれ、聞いてないわよ! 夕食が遅れるほど授業するなんて私は許さないわ!」
 
 ジョンの言葉の意味に気付き、姫は猛抗議の態勢をとった。殴りかかってきそうな勢いを見て、
ジョンは少々後ずさりしながら、言った。
 
「わかりました。では、夕食の時間には間に合わせましょう。その代わり、このまま歩きながら
講義をすることにしましょうね」
 
 城に仕える女性たちが目を輝かせて喜ぶ、蘭の花が咲き零れるような微笑。その美しい微笑みを
見せられても、姫の心がときめきに動くことはなかったが、大人しくうなずく程度には効いたようだ。
 
「わかったわ……。良いわよ。それで手を打ちましょう」
 
 姫の承諾に、もう一度蘭の花が咲くような微笑を見せ、ジョンは姫の歩幅に合わせながら歩き始めた。
6紅薔薇の姫とシュヴァリエ ◆7103430906 :2009/01/23(金) 22:18:29 ID:TvIsubru
「ということで、我がリシティア国はロールリア国との貿易によって、サファイアを手に入れることが
できたのです。これを、『ロザリー女王のなした最大の功績』と称える王妃や王女が我が国には多数いました。
ローズマリーさまのお母さま、ルビィさまもロザリー女王を敬愛しています」
 
 得意げに歴史を語るジョンだったが、姫の表情は優れなかった。むしろ、うんざりしているといったところか。
歴史などいくら語られても、姫の頭にはちっとも入って来ない。語るだけ無駄というものだ。姫はいつも
そう思っているのに、姫の一日の予定から歴史の授業が外されるときはない。
 自分の置かれた境遇にため息をついた姫は、「サファイア」の単語から、ある鉱物を思い出した。
 そう、ローゼンタイトだ。
 
「ねえ、ローゼンタイトって……どこの国から輸入しているの?」
 
 ふと疑問に思ったことを姫は素直に聞いただけなのだった。
 しかし、その質問をされて、ジョンは少し面食らった顔をした。
 普段は嫌な顔をしながら、質問など一切せず、右耳から左耳に受け流すだけ、といった授業の聞き方を
している姫がした質問。これは貴重ではないか。
 
「姫さま!」
 
 ジョンは目を輝かせ、姫の両手に飛びつくように触れた。
 
「な、何よ……」
 
 その反応が意外だった姫は、やはり一歩後ずさった。ジョンの勢いが少し怖いと感じたのだ。
 
「姫さまがそのようなご質問をなさるなんて……。僕は家庭教師をやっていて良かった……!」
 
 涙を流さんばかりに喜ぶジョンに対し、姫は一歩引いた視点で彼を見つめていた。
 しばらくの間、二人はどちらからも話し掛けることができなかった。やがて、心を落ち着けたジョンの
方から、あの美しい鉱物に関しての説明が始まった。
 
「ローゼンタイトはですね、どこからも輸入していないんですよ」
7 ◆7103430906 :2009/01/23(金) 22:18:58 ID:TvIsubru
ひとまずここまで。まだ続きます。
長くてすみません。
8 ◆7103430906 :2009/01/24(土) 17:56:14 ID:9ZsCApK+
一つ訂正。
王妃の名前はルビィではなくアリシアということで。
どうでもいいことかもしれませんがw
9創る名無しに見る名無し:2009/01/24(土) 22:24:36 ID:/44lsXPU
ここがファンタジースレか…
途中から話を読み始めるのもいいかもしれない

乙で
騎士の剣より鎖の方が強いなんて嘆かわしい
サファイアは漢の武帝が汗血馬求めてフェルガナまで侵攻した
そんな話を思い出しました
10 ◆7103430906 :2009/01/25(日) 20:27:48 ID:u0C5eKp6
>>9
ここがファンタジースレ、略してファンタスレですかね。
>>1に私が作った保管庫をリンクしてあるんで、前までの話はそこで読んでください。
 
それだけ頑丈な鎖なんです。
汗血馬って世界史の資料集で見て、妙に心に残ってるんですよね。
そんなことを思い出しました。
11創る名無しに見る名無し:2009/01/25(日) 20:42:22 ID:yDRKuNzF
ここは>>1による>>1のための>>1のスレです。
他のファンタジースレ住人は姉妹スレにいます。
12創る名無しに見る名無し:2009/01/25(日) 20:59:58 ID:9OYpRhHu
なんか鎖は剣よりも強いって
強権的な国のジョークみたいな皮肉に感じるw
13創る名無しに見る名無し:2009/01/26(月) 23:28:56 ID:TUS+Jypb
|┃    ガラッ     イ´   `ヽ
  |┃ 三      / /  ̄ ̄ ̄ \ ハァハァ…
  |┃       /_/     ∞    \_
  |┃      [__________]
  |┃ 三     |   ///(__人__)/// |
  |┃   ハァ… \     ` ⌒´   ,/
  |┃        /ゝ     "`  ィ `ヽ.
  |┃ 三   /      ク       \
,⊆ニ´⌒ ̄ ̄"  y    ソ      r、  ヽ
゙⊂二、,ノ──-‐'´|  ゚  ス   ゚   .| l"  |
  |┠ '       |     レ       l/'⌒ヾ
  |┃三        |             |ヾ___ソ


14創る名無しに見る名無し:2009/02/03(火) 17:58:27 ID:jt74ygSX
もはやあれを投下するしかない
15創る名無しに見る名無し:2009/02/03(火) 18:58:08 ID:zPOfgGAm
前のスレで姫が父親とセックスして家来の肉を食べる話あったよね
あれが一番狂ってて面白かった
16創る名無しに見る名無し:2009/02/04(水) 05:03:47 ID:YNi2zZG4
そんな猟奇的なものは勘弁してくれ
17創る名無しに見る名無し:2009/02/06(金) 00:41:35 ID:7f8XEbYs
一応読んだけど
正直あんまり面白くない
18創る名無しに見る名無し:2009/02/06(金) 00:43:13 ID:7f8XEbYs
>>17>>1さんへのレス
ゴメンね
例えばお金をだしてまで読みたいと思うレベルには程遠かったんで
19創る名無しに見る名無し:2009/02/06(金) 01:38:14 ID:UpVQrpp4
>>18
おま……、もっとやんわり言えよ。かわいそうだろ。
20創る名無しに見る名無し:2009/02/06(金) 14:21:48 ID:d7kTIm5c
おお。
久々にこのスレが復活しているではないか。嬉しいぞ。
21 ◆7103430906 :2009/02/14(土) 17:06:10 ID:fS3hpY2v
例によって遅筆なのでまだ書けません。
 
>>17-18
所詮アマチュアですからね。
それにまだ全然面白い部分に到達してませんし。
プロなら最初から面白いんでしょうけど。
 
>>19
別にオブラートに包もうが内容は変わらないので良いですよ。
これからもっと面白くしようって気にもなりますしね。
でも、自分は褒められた方が伸びるタイプだと思います。
雰囲気も悪くなるので執拗に叩いたりするのはやめて欲しいですね。
 
>>20
嬉しい人が一人でもいてくれて嬉しかったです。
復活させて良かった。
22創る名無しに見る名無し:2009/02/15(日) 12:16:26 ID:8j8cq4CT
様々なファンタジーを創作していこう。
ヒロイックファンタジー小説に挑戦してみたいが…。
23創る名無しに見る名無し:2009/02/25(水) 17:40:58 ID:bIl6TJPx
面白いんでしょう
24創る名無しに見る名無し:2009/02/26(木) 01:20:24 ID:LWOAd1mX
>>21 
誉められて伸びるタイプなのぉ? じゃあ氏んで☆ヮラ
25創る名無しに見る名無し:2009/02/26(木) 21:43:20 ID:72X+6e1L
ドス黒い怒りに満ち満ちたノームの物語が読みたい
26創る名無しに見る名無し:2009/02/26(木) 21:45:03 ID:hFDZ+GlT
復活おめー
27創る名無しに見る名無し:2009/02/27(金) 08:46:03 ID:4Gau8PyV
俺は高潔な騎士の物語が読みたい
28創る名無しに見る名無し:2009/02/27(金) 08:55:14 ID:CccFNrwP
俺は吟遊詩人の語りで叙事詩が読みたい
29創る名無しに見る名無し:2009/03/01(日) 19:25:00 ID:eEGDwNvR
俺は商人と坊主と職人の掛け合い漫才が読みたい
30創る名無しに見る名無し:2009/03/01(日) 21:36:39 ID:lIPT1MXv
俺はファンタジーなロボットものが読みたい
31創る名無しに見る名無し:2009/03/04(水) 00:42:30 ID:UD7n319X
俺は魔物使いの少女と剣士の二人旅の話が読みたい
32創る名無しに見る名無し:2009/03/05(木) 08:53:11 ID:W0rlcESv
古代、中世といったらファンタジーの代名詞だな。
現実的なものとは一線を隠している。
33創る名無しに見る名無し:2009/03/07(土) 21:26:36 ID:fJ59eGiL
イカ臭いノゥムとトロ臭いエルフとヤニ臭い少女の物語がよみたあ
34創る名無しに見る名無し:2009/03/08(日) 16:17:46 ID:7U3gS8Lu
荷馬車の手綱を引く小さな少女が居た。
茶色く煤けたマントローブの下、緩く編んだブロンドの髪に汗が滲む。
青い瞳が天から注ぐ不条理な陽光を憎々しげに睨み、
少女は顎に伝う汗粒を手の甲で、ぐい、と拭った。
「あ゙〜面倒くせぇ」
見た目にそぐわぬ粗野な言葉を吐きながら、少女は紙にモグサを巻いた。
こなれた手付きで巻き煙草を作ると、ぷかぷかと吹かす。
少女の小さな歯列はしかし、煙草に煤けてやはり着て居るローブのような色に染まっていた。
「けほっけほっ。やめてよぅ。煙草、身体によくないよぅ」
少女の引いていた幌馬車から、間延びした声音が響く。
幌の覗き窓から顔を出したのは、腰近くまでのばした黒い髪と、
尖った耳が美しい妙齢のエルフだった。
「黙ってろ変態エルフめ」
「うぐぅ、それは言わない約束でしょうぅ……」
ショボン、と尖った耳がしおれる。
『暑い熱いあつい死ぬ〜』
二人の会話を断ち切るように、地響きに言葉を喋らせたような声音が荷馬車から轟いた。
「ああ、かわいそうなノウムさん……ねぇ、早く水辺に行きましょうぅ」
「ちっ、急ぐからその烏賊黙らせとけ」
少女は煙草を砂地に吐き捨てると、渋々歩き始めた。
これは魔法で少女に変えられた勇者と、両性具有に変えられたエルフと、半身が烏賊にされたノウムの、
復讐と再生の旅路を綴った記録である。
35創る名無しに見る名無し:2009/03/08(日) 16:18:24 ID:7U3gS8Lu
こんなんか
36創る名無しに見る名無し:2009/03/08(日) 17:12:10 ID:lmZQD9Vr
すさんだ雰囲気がいい
両性具有はリクエストにあったか?w
37創る名無しに見る名無し:2009/03/08(日) 20:25:27 ID:ZOzAegSd
続きがあるなら読みたいですよ
38創る名無しに見る名無し:2009/03/08(日) 20:53:14 ID:7U3gS8Lu
三人の馬車は、町に程近い池のほとりに停留していた。
『がっはっはっ、やはり水辺は良いのぅ』
腰から下が烏賊ゲソになっているノウムが気持ち良さそうに沐浴している。
たくわえられた髭を水に揺らめかせ地鳴りのようなざらざらした声音を轟かせる様は、
初めて見た者をまず間違いなく畏怖させる風貌であった。
眉も髪も体毛も毛という毛が鬱蒼と繁っているその姿は、
人というよりも野性に磨かれた屈強な猿に近いものであった。
「ノウムさん、助かってよかったですぅ」
しかしノウムの温厚で義に熱い性根を知るエルフは、
むしろその毛むくじゃらの身なりを愛嬌くらいにしか見ていなかった。
『ちと淡水は足が浮腫むがの、なかなか良いぞ。どれ、あんたも泳いだらどうだ』
「そうさせてもらいますぅ。泳ぎ方、教えてくださいねぇ」
『なんと、泳げぬか。なおさら訓練が必要じゃの』
「わ〜いぃ」
エルフはするすると身ぐるみを脱ぎ散らし、幌馬車にほうり込んだ。
種族特有のアルビノめいた色素の薄い肌に、主張し過ぎない慎ましやかな胸。
両性具有の呪いどころか、それが自然なのかとさえ惑うような均整の取れた中性の美であった。
一方、元勇者の少女は楽しげな二人を横目に不満そうだ。
「たまにはお前らが買い出し行けっつうんだ……」
エルフもノウムも外見があまりにも目立つため、人間の町においそれと立ち入ることができないのだ。
少女は服をみな脱ぎ、シャツを水に浸して全身を拭った。
全くもって少女の身体であるその体躯は小さく、勇者であった頃の面影はない。
水面に揺れる自身の像に落胆し、目端に写る少女の手足に落胆し、
呪いを早く解きたいと切に願うのだった。
「おい、髪」
「あ、は〜いぃ」
身体を清めた後、少女はエルフを呼んだ。
エルフは幌馬車から櫛を取ってきて、少女のブロンドの髪を洗う。
町で買い出しをする際、器量が良い方が何かと融通が利くのであった。
少女と少女の髪を濯ぐエルフを水面に浮かびながら眺め、ノウムは言った。
『うーむ、絶景じゃのう。まるでニンフが戯れておるようじゃ』
「足食ってやろうか」
『がははは』
39創る名無しに見る名無し:2009/03/08(日) 21:02:47 ID:7U3gS8Lu
面倒くなったので中断
40創る名無しに見る名無し:2009/03/08(日) 23:25:36 ID:JsIRTmbx
ええ〜続き読みたいよう
41携帯 ◆4c4pP9RpKE :2009/03/09(月) 00:00:07 ID:A6yluTCm
一応題名とトリをば
題名は「>>33
42創る名無しに見る名無し:2009/03/09(月) 00:02:44 ID:A6yluTCm
ありゃ、ID変わっちゃったけどわかるよね
43創る名無しに見る名無し:2009/03/09(月) 04:26:37 ID:A6yluTCm
町というものは交易に依って発展する。
それどころか、町自体が交易の果てに自然に発生するとも言える。
領主がないがしろにされて居るような土地ほど商人の力が強く、市場に活気が満ちていることは多い。
元勇者だった少女は町に至る道程の途中、短冊状に区切られた三圃式農場を眺め、領主の地条を見た。
少し荒れ気味、というところか。
畑全景を概観したところ地条ごとにかなり実りに差がある。
取れ高のムラは即ち農民の貧富を表わし、
年にこれだけのムラがあるならば必ず上手く儲けに繋げている手だれがいるはずだ。
少なくとも市場くらいはありそうだということを認め、少女は馬車を進めた。
ノウムとエルフを池端に待たせて居る手前、あまり町で長居はしたくない。
彼等の異形は旅慣れぬ者にとっては常軌を逸する怪異に他ならず、
下手に町人に認められれば無用の諍いに繋がり兼ねないのだ。
尤もノウムの姿は誰が見ても怪異に違いないが。
先を急ぐ少女だったが、急く時ほど障害は増えるものだ。
それは叢の茂る見通しの悪い道でのことだった。
「おう、ちょっと待ちな」
少女の行く手を遮ったのは、見るからに盗賊然とした風体の輩だった。
「大きな馬車を引いてるな」
「なかなか器量もいいじゃないか」
「身ぐるみ置いて行きな。いや、身体も差し出してもらおうか」
ぞろぞろと茂みから現れた人数は五人。
手に手に鉈やナイフを構えている。
少女は無表情に馬車の御者台から降り、最初に現れた男に歩み寄った。
少女は男に身体を預ける様にしなだれかかる。
「お、よしよし。素直だな、優しくしてやるぜ」
盗賊の男が油に塗れた手で少女の緩く編まれた髪をいじった。
そして少女は、外見に似つかわしくない口調で吐き捨てた。

「そいつはごめんだ“玉無し野郎”」

少女は唐突に男の下腹を握潰した。
声にならない悲鳴を上げて男の手が緩んだ瞬間、握られていた鉈は少女の手に奪われていた。
鉈を奪い様に振り抜き、二人目の喉を掻き斬る。
鮮血のシャワーが華開くと同時、投げ放たれた鉈は三人目の顔面に突き立った。
投擲された鉈の帰結も見ぬ内に少女は血の華を咲かせる二人目の手からナイフを奪い、
見る間に駆けて四人目に肉薄した。
出鱈目に突き出した四人目の男のナイフは空を切り、少女のナイフが男の腋窩動脈をざくりと切り裂いた。
革袋の水筒を切り裂いた様に血が溢れ、四人目の男はもう取り返しの付かない傷口を押さえて倒れこんだ。
目を見張っていた五人目は少女に背を向けて敗走に転じたが、
少女が下投げで放ったナイフが後ろから首に突き立ち絶命した。
少女は、股間を押さえて荒い息をついているただ一人の生存者に吐き捨てる。
「そいつらを馬車に載せろ。町で売る」
辺りを荒らし回っていた盗賊を征したとあらば、領主に突き出せば報償がでる。

男はふらつく足取りで仲間の死体を馬車に積み込んだ。
「た、頼む……いのち……だけは……」
「お前も乗れ。そんで“死ね”」
御者台で煙草を吹かしていた少女がかちりと言い放った。
一人目の男は絶望的な顔をして馬車に乗り込み、仲間の遺骸からナイフを取って自らの喉にあてた。
ふと、その顔が緩む。
「祟ってやるからな」
ぐっ、とナイフを呑む。
頽れ、絶命の最中にありながら少女を睨んだまま男は死んだ。
少女は特に感慨もなく煙草を吹かした。
44創る名無しに見る名無し:2009/03/09(月) 07:21:49 ID:YstfwC7i
えらく殺伐としてるなあw戦い方がファンタジーとは思えん
おもしろいと思うよ
トリ付けたらいいと思うが……
45創る名無しに見る名無し:2009/03/09(月) 16:43:46 ID:+39KY8x2
いいねいいね!
戦い方も生々しくて大好きだ
4633:2009/03/12(木) 08:38:19 ID:SSTFNqI2
烏賊ゲソの・・ノゥム・・だと・・・w
47奇跡を呼ぶ旋律 ◆xChopiNIHI :2009/03/26(木) 21:34:57 ID:CAlgr4dc
 肌を伝う雫の量が減ってきて、私は安堵の息をついた。
 もう歩けない。何度その言葉が心を刺したことだろう。両足が身体中に限界を訴え始めてから、
私はもう昼を二度も迎えていた。
 勿論、何度も休息はとってはいる。だが、それも路上のことだ。宿の暖かい布団にくるまれた記憶は、
私の中で遠い幻と化していた。最近では心を休めることのできない眠りしか私には与えられてはいない。
いつ物盗りに襲われるかわからないという極度の緊張感の中で、疲労はますます蓄積されている。
 とは言え、考えてみれば私には奪われるものなど、この命くらいしかない。それと、相棒の天馬琴か。
 天馬琴とは、神をも恐れぬ大商人シュブラースカが作らせたと言われる、共鳴箱の表に天馬の皮を張り、
天馬の尾毛をより合わせて弦を張った楽器だ。
 この相棒の存在だけが唯一の私が貴族だったという証だ。今ではみすぼらしい格好をしている私が、
元貴族なのだという事実を証明できるのはこの天馬琴があるからこそだ。しかし、そんな事実を
証明するべき相手など、最近ではとんと見かけないが。
 私は吟遊詩人だ。歌で生きる自由人だ。そう言えば聞こえが良いが、実際は今日の食い扶持を稼ぐのに
精一杯で、明日の自分すら想像がつかない甲斐性なしだ。当然のごとく、妻子などいない。
所帯を持つことなど不可能だ。こんな金なしの行く先知らずの旅を続ける私に、ついてくる女性など
一体どこにいるというのだろう。
 自分の置かれた境遇を改めて思い出しては心の中で噛み締め、肌を伝う雫に一つだけ仲間を増やしたところで
私は空を見上げた。
 朝から雨を降らせ続けた雲は、ようやくその仕事を休む気になったようだ。そして、自らの身体を
引き裂いて、私に久しぶりの太陽を見せてくれた。
 さあ、今度は私が仕事を始める番だ。
48奇跡を呼ぶ旋律 ◆xChopiNIHI :2009/03/26(木) 21:35:48 ID:CAlgr4dc
 市場が開かれている広場に、ようやく人が一人座れる程度の空間を見つけた私は、
その周囲に店を出している商人たちに了承を得てから、腰を下ろして天馬琴を弾き始めた。
 まずは天馬琴の妙なる音色で人を引きつける。そして、ある程度観客が集まったところで、
歌い始めるというのが私のいつものやり方だ。
 まずは小さな子供、そして、その母親。武器屋から出てきた剣士、鬼ごっこをしていた少年達、
かごいっぱいに花を詰めて売り歩く娘……。次々に市場を訪れる人間たちが、私の天馬琴の奏でる響きに
足を止めるのが面白く、私はしばらく夢中になって弾いていた。
 そして、「セインテの建国叙事詩を聞かせてくれよ!」という、頬を真っ赤に染めた少年の要望に応えて、
私は現在旅している国の建国史を歌い始めた。
 初代国王リストレシアの武勇伝、宰相テイルジヌスの苦労話、百合の乙女ビシアデステと
王子メルトレシアのロマンスなどを、私は心を込めて歌った。この国に入ってから、数え切れないほど
この一連の叙事詩を歌ってきた。それでも、何度歌ってもこの美しい歌は、歌うたびに新鮮な感動を
与えてくれる。だが……。
 おかしい。喉の調子がどうにもおかしい。高音がかすれるのは年のせいとしても、
低音ですら上手く響かせられない。咳き込まないのが不思議なくらいの苦しさの中で、私は
平静を装って美しい歌を歌い続けた。
49奇跡を呼ぶ旋律 ◆xChopiNIHI :2009/03/26(木) 21:37:15 ID:CAlgr4dc
 観客は正直だ。今晩の宿代を稼ごう、あわよくば明日のパン代まで……と考えていた私に、
彼らはほんの心ばかりしか与えてはくれなかった。いや、むしろ、ほとんど何も与えてはくれなかったと
言った方が正しい。この稼ぎでは今日の昼飯くらいにしかならない。何しろ、このセインテ国の物価は、
前に旅をしていた国より数倍も高いのだ。銅貨を数枚程度もらっただけでは、昼飯も満足にとれないかもしれない。
 しかし、今日の私の歌ではこれが精一杯だろう。歌の最中には咳き込まなかっただけで、
歌い終わった瞬間に大きな咳を何度も繰り返した私に、観客達の視線は冷たかった。中には、
「こんな程度の歌で吟遊詩人を気取るなんて恥ずかしくないのか」という、ささやき声での陰口もあった。
発した人間は意図しなかったかもしれないが、耳にも自信のある私にはしっかり聞こえていた。
 心無い言葉に落ち込んでいる場合ではない。それはわかっている。わかってはいるのだが、
どうにも体が動かない。石を投げつけられなかっただけでもましだなどとも考えられなかった。
 気付けば、私は道端にへたり込んでいた。せめて昼飯くらいはとろうと考え、広場を後にしたのは良いが、
歩いても歩いても食堂を見つけることができなかった私は、銅貨を握り締めたまま道端に腰を落としていた。
 腹の虫ももう鳴くことをやめていた。それほどまでに空腹感に慣れてしまっていたのだ。
しかし、体はシビアで、立ち上がる力を私に与えてはくれなかった。
 辛い。その一言は口にしたくはなかった。だが、浮かんでくるのはそんな気持ちだけだった。
体は重なる疲労に悲鳴をあげる力すら持たず、ただの肉の塊と化していた。
 そのうち肉屋が私を捌きに来るかもしれない。そんな冗談すら思いついた。そして、それが
ただの冗談ではなく本当になりそうな気がして、背筋がすうっと冷えるのを感じた。否、
寒気がするのは心の持ちようからだけではなく、肉体の問題なのかもしれない。風邪。その病名が
ちらりと脳裏をかすめた。
50奇跡を呼ぶ旋律 ◆xChopiNIHI :2009/03/26(木) 21:38:21 ID:CAlgr4dc
「ちょっとあんた。こんなところで寝転がられてちゃ商売の邪魔なんだけどね! 迷惑なんだけどね!」
 ちょんちょんっと肩をこづかれ、そんな声をかけられた。
 威勢のいいその声は、まだ若い女の声だ。言葉の厳しさの割に優しく聞こえるのは、
遠い記憶の中の許婚の声に似た、可愛らしい響きの声だからだろう。
 重いまぶたを好奇心という力で持ち上げ、声の主の顔を確認する。ああ……顔は似ていなかった。
私の許婚はもっと幼く上品な顔つきをしていた……。
「早く立っておくれよ、おっさん。ここはあたしの店の前だ。早くどいとくれ」
 いや、君の顔つきを下品だと言ったつもりはない。ただ、顔の大きさに対して目が大き過ぎる。
そして、まつげも長いしたくさんあるし……唇には紅をひいているのか? どうにも商売女という印象しか……。
 弁解にもならない返答を頭の中でつむいでみても、言葉にはならなかった。声がかすれて出ないのだ。
 いくつも年下に思える娘に叱られ、仕方なく私はなけなしの力を振り絞って立ち上がった。つもりだった。
「ちょ、ちょっとあんた。大丈夫かい? ふらふらじゃないか。旅の人? 一体どこから……」
 矢継ぎ早に飛び出る質問のどれにも答えを出せず、私は壁を伝って路上に倒れ込んだ。
 意識が遠のくとはこういう状態のことを言うのか。これから先、歌を歌っていく中での表現の参考に
なるだろうか……私はくだらないことを考えながら、永遠かもしれない眠りに落ちていった。
51奇跡を呼ぶ旋律 ◆xChopiNIHI :2009/03/26(木) 21:40:36 ID:CAlgr4dc
続きます・・・・・・。
52創る名無しに見る名無し:2009/03/26(木) 21:46:50 ID:uOvrAxAR
これは面白い
53創る名無しに見る名無し:2009/03/26(木) 21:49:52 ID:4rWVXNob
( ´∀`)続き待ってます
54創る名無しに見る名無し:2009/03/27(金) 09:33:53 ID:I+YaY8wD
期待期待
55創る名無しに見る名無し:2009/04/03(金) 13:28:22 ID:O/MWZBOD
age
56創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 00:51:31 ID:/0cs0kZ+
文章がうまいよね、うん
57創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 02:49:24 ID:S7bBiD2Y
綺麗な文章だ。
こういう小説を書こうと願っていた俺は、結局かけなかったよ。
あなたも私と同じ道を歩まないことを望む。

ま、今の道は気楽でいいんだけどね。
58創る名無しに見る名無し:2009/04/08(水) 21:33:16 ID:zqmapPMf
夢で見た幻想を物語にするのはどうなんだろうか。
ファンタジーでは夢の中での出来事が重要であることが多い。
59奇跡を呼ぶ旋律 ◆xChopiNIHI :2009/04/09(木) 22:11:46 ID:jhy4KH15
 美しい少女が微笑んでいる。
 まるで一輪の気高い蘭の花のような、などと陳腐な表現で称えられる彼女の美しさは天性のものだ。
 セインテの叙事詩に出てくる百合の乙女ビシアデステがどれほどの美貌なのかは知る由もないが、
たとえこの目の前にビシアデステが現れても、私は爪の先ほども彼女に心奪われることはないだろう。
 なぜなら私は恋をしている。私に向かって微笑んでくれる美しい少女に。私だけに見せてくれる
無邪気な笑顔に。
 彼女はその姿に相応しい可愛らしい名前を持っている。そう、テ……。
 おや? 思い出せない……。
 あんなに愛しさを込めて何度も呼んだ名前を思い出せない……。
 私は……どうしてしまったのだろう……? 
 私は……私は……。
 
 * * * * *
 
 目が覚めても、残念ながらそこは極楽浄土ではなかった。いや、幸いにして、というべきか。
だが、私にとっては生きているということこそが苦痛であり、死という永遠の眠りはこの上なく甘美なものに
思えていたのだ。しかし、現実は無情、そう簡単に楽にはなれないのだ。
 とりあえず、私はまだ生きているようだ。この喉の焼け付くような痛みは死人には感じられないものだろう。
 目が開いても、起き上がることができず、私は仕方なく首だけ動かして辺りを見た。部屋の中だ。
それに、体には布団がかけられている。しばらくぶりに味わうベッドの心地良さ。もう少し眠っていても
いいだろうか。まぶたの重さに任せて目を閉じたときだった。
「どうだい? 調子は」
 扉の開く音と、木靴と床が奏でる狂想曲のような響きと共に、女の声が入ってきた。私は再び目を開き、
声の主の姿を探した。ああ……彼女だ。
「よくもまあそんなに眠れるもんだね。丸一日眠ってたんだよ。わかる?」
 笑顔が眩しい。こんなにも女性の笑顔というのは美しいものだったの……いや、この部屋自体が眩しいのだ。
恐らくは西向きの窓だからなのだろう。夕日の赤い光が差し込んできていて、
つい目を細めてしまうような眩しさなのだ。
「見たところおっさん……吟遊詩人だね? 旅の途中かい?」
 また「おっさん」と呼ばれてしまった。そんなに私は老けてみえるのだろうか。まだ若いつもりの
心に鉛の矢を突き立てられて、私は涙目にこそならなかったものの、落ち込んでため息をついた。
60奇跡を呼ぶ旋律 ◆xChopiNIHI :2009/04/09(木) 22:16:44 ID:jhy4KH15
「ああ……だが、おっさんはやめてくれないか? 私にも名前がある」
「へぇ……そうかい。聞かせてもらおうか」
 ここでふと私の中に疑問が沸き起こった。どうして彼女は一段上から私を見下ろしたような口調なのだろうか。
 考え始めてすぐに私は自らの置かれた立場、そして彼女が私にしてくれたことを思い出した。そうか。
当然のことなのだ……。私は文無しで野垂れ死にしそうだった、それを彼女が助けてくれて、ベッドにまで
寝かせてくれたのだ。
 余計なことを考えている暇はない。ちゃんと彼女に答えなくてはならない。
 だが、また私の脳は余計な思考にとらわれてしまった。どこまで答えれば良いだろう。本名を名乗る? 
いや、私の本名など長過ぎて彼女に伝えるには……。
「どうしたんだい? 名前があるんだろ。何を躊躇ってるんだい?」
 なかなか答えない私にしびれを切らせて……というほどでもないだろうが、彼女が急かして来た。
程度の違いはあれど、彼女を待たせているのには違いはない。早く答えなければ。
 ようやく体が動かせるようになってきたようで、私はやっとこすっとこ起き上がり、彼女に対して
ちゃんとまっすぐに向き直った。
「ああ、わたすは……じゃなくて、えー、あー、私の名は……」
 何を焦っているんだ、私は。みっともない。何でもないところで舌をかんでしまった。恥ずかしすぎる。
恥ずかしかったが、彼女の瞳をしっかり見つめて、深呼吸してから私は名乗った。
「ディン、吟遊詩人のディン二十一歳だ。よろしく」
 言葉の響きをかっこよくしようと、なんとなく年齢までつけてしまって少し後悔した。
 そして、ディナーゼ・ヴィ・マクマホス・シェザール・トゥルストという長い名前を持っているということは
彼女には告げないでおこう。過去の栄光にすがるのは醜すぎる。栄光と言っても、ただ貴族の息子であった
というそれだけの事実でしかないが。
「二十一歳? 嘘だろ? あたしとそう変わらないじゃないか。もう三十路超えてるのかと思ったよ」
 何だと小娘? いや、何ですとお嬢さん? そんなに年寄りだと思われていたのか。
私は自分で思っている以上に老けて見えるらしい。生まれつきなのか? いや……きっと旅の苛酷さからだろう。
 そして、私とそう変わらないという彼女の発言に些か衝撃を受けている。彼女は十五、六歳の小娘だと
私は思っていた。
「あたしはミラ。歳はあんまり言いたくないけど、十八歳だよ。よろしく、ディン」
 呼び捨てか小娘!? いや、呼び捨てですかお嬢さん!? いくら命の恩人とはいえ、年上に向かって
呼び捨てとはいただけない……そう思っても口には出さなかった。いや、出せなかったと言った方が正しい。
61奇跡を呼ぶ旋律 ◆xChopiNIHI :2009/04/09(木) 22:19:31 ID:jhy4KH15
 彼女……ミラには何か威厳のようなものを感じるのだ。そう、長年商売をやってきている人間の放つ
自信に満ち溢れたオーラがあるのだ。だから私は代わりに質問を口にした。
「どうして私を助けてくれたんだ?」
 眩しさに目を細めながら彼女の顔を見上げると、ただでさえ大きな目が更に大きくなっていた。
「どうしてって……うちの前でくたばられちゃ商売の邪魔だからね。空いた部屋に入れたまでさ」
 なんとなくそれだけではない気がするのは私の思い上がりだろうか。彼女は素直ではない、
そう直感したのはお門違いだろうか。彼女の答えに口元が緩むのを私は抑え切れなかった。
「何にやけてんのさ。勘違いするんじゃないよ、あたしは慈善事業でやってるわけじゃないんだからね」
 鋭く冷たい視線を向けられてもなお、私はへらへらとしたしまりのない顔のままでいた。彼女は
優しいのだ。久しぶりに触れた人の温かさというものに包まれた心が喜びに満ちている。
 すると、彼女の言葉に答えるように私の腹の虫が鳴った。
「ああ……。丸一日眠っていたんだからね。そりゃ腹も減るってもんさ」
 彼女は呆れたといった表情を見せたが、私の胸は高まる期待に躍っていた。やっと食事にありつける。
なんだかんだ言って彼女は温かい食事を用意してくれるのだろう。私は甘えていた。甘えた心があった。
 しかし、そんなに現実が甘いものなわけがない。
 すがるように見上げた先の彼女の瞳は、柔らかで暖かな視線……などでは全くなく、
冷たく刺す針のように私を睨みつけているのだった。
「なんだい? あたしはそこまでお人よしじゃないよ。食いたいんだったら金を寄越しな」
 彼女は水仕事に荒れた手をぐいっと私の目の前に差し出した。私は面食らった。まさか……金をとるのか? 
宿泊した分もとられるのだろうか。しかし……私の持ち合わせなど……。
 そこではっと思い出した。私は確か広場で稼いだ銅貨を握り締めていたはずだ。だが、この手には何の
感触もない。目の前に両手をゆっくりと持ってきて眺めてみた。ない。この手には何もない。開いても
握っても何もない。私の中からすうっと血の気が引いていく。どうしよう。わずかではあったが、
あれが私の全財産だったのだ。あれがなければ私は何もできない、絶望が私を追い詰める……
というほどでもないが。
「あんたが探してるのはこれかい?」
 私の様子を見て察したのか、彼女はベッドの脇に備え付けられている机を指し示した。そこには
私の稼いだわずかばかりの銅貨が無造作に散らばって置かれていた。私は机に飛びついた。
「あんたを運んだときにあんたの手からこぼれ落ちてね……。全部拾ったつもりだけど、足りないかい?」
 一つ、二つ、三つ……ああ、何度数えても同じだ。五枚の銅貨がそこにはあった。
「いや、これで全部だ。これで何か食べさせ……ゴホッゴホッ」
 「食べさせてくれ」と言いたかったのに咳き込んでしまった。そうだ、私は風邪をひいていたのだった。
ゆっくり眠れて休息をとれたとは言え、風邪が治ったわけではない。
62奇跡を呼ぶ旋律 ◆xChopiNIHI :2009/04/09(木) 22:22:12 ID:jhy4KH15
「ああ、やっぱり風邪をひいていたんだね。熱があるようだったし、うなされていたしね。仕方がないね、
じゃ、代金は後払いで良いからちょっと待ってな。用意してくるよ」
 やれやれ、といった表情でミラは部屋を出て行こうとした。私は慌てて声をかけた。
「え? この金は……?」
 振り向いた彼女は両手を広げて頭を振るという大げさな身振りで私への感情を表現してみせた。
「そんなはした金もらったって何の役にも立たないよ。ここをどこの国だと思ってるんだい?」
 セインテ、と私は心の中で呟いた。そうだ。この国は周辺国のどこよりも物価が高いのだった。
「お礼はあとでたっぷりと頂くんだから、とりあえずは腹ごしらえしときなよ、おっさ……ディン」
 呼び直してくれて正直嬉しかった。何だろう、この胸の底から湧き上がってくる気持ちは。
 ふわふわとしてとらえどころのない気持ちだったが、私はこの気持ちを無視しようと決めた。
いずれにしろ必要のない感情だ。私はまた旅立つのだから。
 ミラが出て行った後に香りが残った。優しい香りだ。不意に私は故郷を思い出して切なくなった。
 
 * * * * *
 
 腰が痛い。寝過ぎたからだろうか。頭も重い。
 頭の重さは起き上がっていればそのうち治るだろうが、この年で腰痛とは泣くに泣けない。
 どうにかベッドを抜け出して、私は体を動かすことにした。なまった体は叩き起こさねばなるまい。
 石でできた床は、裸足には冷たく固かった。そこで私は気付いた。裸足? 靴は? 履いていた靴は
どこへ行ったのだろう? あれは長旅にも擦り切れない、丈夫であり上等である革靴なのだ。作ったのは
この世界でも数少ない種族である上級妖精パサコーフたちだ。私が貴族であった唯一の証である……、
どこかで聞いたな、この表現。どこだっただろうか? 
 上質の靴を履いているくせに靴下がないというのも、今では貧乏な私らしい。そんなことは
おいておくとして……靴、靴を探さなければ。
 ベッドの下に這いつくばりながら、異様に必死な形相をしていた私に、愛らしくも厳しい声がかかった。
「何してんだい。地面と抱き合ってこの世界の鼓動を感じたいとでも言うのかい? おっさん」
 ミラのかけてくれた言葉の数々のうちから、呆れているという感情の入った言葉を取り除いてしまったら
後にはいくらも残らないだろう。それが現在のミラと私との関係だ。情けない。
 しかし、地面と抱き合って……とはまた突拍子もない表現だ。今までにそんなことをいう人間と会ったことが
あるのだろうか。彼女は随分と人生経験が豊富だ……と、おっさんと呼ぶな。
「ああ、いや、靴を履こうと思って……」
 何か甘ったるいような匂いが漂っている。ミラは何を用意して来てくれたのだろうか。
63奇跡を呼ぶ旋律 ◆xChopiNIHI :2009/04/09(木) 22:23:06 ID:jhy4KH15
続きます・・・・・・。
 
思っていた以上に長い話になってしまった・・・・・・。
64創る名無しに見る名無し:2009/04/10(金) 06:54:26 ID:VQFS38Ow
乙。
続き楽しみに待ってる。
65創る名無しに見る名無し:2009/04/10(金) 19:51:00 ID:pkxXOnl+
おじいさん、続きはまだですかいのう
66創る名無しに見る名無し:2009/04/10(金) 21:12:16 ID:ISh91GOp
ながいーーーーー
あたし長いお話の小説苦手なんです
また今度半分拝読させていただきますね^^;
67創る名無しに見る名無し:2009/04/10(金) 21:48:58 ID:UTLOYHjm
( ´∀`)乙です
続き楽しみに待ってます
68 ◆7103430906 :2009/04/18(土) 13:33:20 ID:JFBilWux
>>6から続きです。
69紅薔薇の姫とシュヴァリエ ◆7103430906 :2009/04/18(土) 13:34:18 ID:JFBilWux
 何故そんなに嬉しそうな声で話すのだろう。姫は薄ら寒い思いをしながらも、ジョンの話に耳を傾けた。
 
「文句なしに全く完璧に純国産です。わがリシティア国の誇れる特産物なのです。
他国から輸入するどころか、他国に輸出しているのです。その人気は高く、
金に糸目を付けない大富豪たちが競い合うように毎年毎年大量の注文をしてくるのです。」
 
 歩きながらにも関わらず、大げさな身振り手振りを交えながらジョンは語った。姫はできる限り
彼と距離をとりながら聞いていた。彼が腕を振り上げた拍子にうっかり殴られでもしたらたまらない。
 気分が高揚して浮き足立っているように見えるジョンに対し、反比例するように姫の気持ちは冷めていく。
いや、元々それほど姫は楽しい気分でもなかったのだ。ジョンの講義など大嫌いなのだから。
 
「でも、どこでそんな石が採れるの? 私は聞いたことがなかったわ」
 
 質問をすることで、姫は努めて興味津々なふりをして見せた。別にジョンのことを考えたわけではない。
気分の盛り上がっている彼に温度差を見咎められれば、説教の時間が長くなるだろうと恐れたからだ。
彼に調子を合わせて一人で勝手に気分良く喋らせておくのが良い。姫はこずるくもそう考えていた。
 
「姫さま……。それはお勉強不足というものです。僕は何度もお話しましたよ」
 
 だが、姫の思惑は思わぬところで外れ、ありがたいお説教の始まる引き金を引いてしまったようだ。
姫はジョンの咎めるような眼差しにギクッとして肩を縮こまらせた。
 ジョンは姫の態度を見て、視線を外し、髪をかきあげた。
 
「ローズィリという街がありますよね。この城からもそう遠くはない場所にあります。馬車をゆっくり
走らせても一日はかかりません。実はこの城のある王都ロズリンラーサよりも、この国の中心に近い位置に
ある街なのです。その街の外には大きな岩山がそびえたち、山にはいくつもの洞窟があります。
と、ここまで言えばわかりますよね?」
 
 ジョンは意外にもお説教は後回しにして、まずは説明からという方針をとった。
 彼も馬鹿ではないのだ。姫の性格はよくわかっている。せっかく講義に対して興味を見せているところに
お説教で水を注いでは台無しだ。学習意欲のある今のうちに姫に色々なことを教えよう。彼はそう考えたのだ。
70紅薔薇の姫とシュヴァリエ ◆7103430906 :2009/04/18(土) 13:35:40 ID:JFBilWux
 そして、ジョンは姫を甘やかすような教え方はしなかった。ヒントを与えて考えさせる。そうでなければ、
姫のほとんど使われて来なかった脳は育たない。
 しかし、この教え方が姫はいつも気に入らないのだ。ジョンが出した問題に姫が必死に考えて答えを出す。
すると、大抵は否定されてしまうのだ。姫の思考回路に問題があるという部分もあるのだが、
頑張って考えて出した答えが不正解という事実を突きつけられると、多少なりとも自尊心が傷つくのだ。
 
「どう……くつの中から……ローゼンタイトが採れるのね」
 
 姫は自信なさげにそう答えた。視線は空を漂っている。
 
「少し違います。ローゼンタイトを採掘するために山を削った結果、洞窟ができたのです」
 
 姫の胸がチクッと痛んだ。また不正解だった。少し違う、そう言われるだけでも自分が否定されたみたいに
思えて傷つくのに、ジョンは乙女心をわかっていない。だから嫌いなのに。どうしてこの男がいつまでも
私の家庭教師なのだろう。姫は自分の運命を、ジョンを家庭教師に選んだ父王を呪った。
 
「岩山自体がローゼンタイトでできているのです。だから、削り取る。そして、穴があく。わかりますね? 
なぜ洞窟になるほど奥を削るのかと言うと、山の表面よりも中心部の方がより高品質のローゼンタイトが
あると考えられているからです。そして実際に、掘れば掘るほど品質は高くなっているのです」
 
 舌を噛むこともなく、流暢にジョンは説明してのけた。しかし、姫の興味は既に彼の話の中にはない。
 姫はローゼンタイトで囲まれた地下室にいたメルキュリアのことをまた思い出していた。彼女は
ひどく辛そうだった。早く助けてあげなければ。こんなつまらない話なんかに耳を傾けている暇はない。
 
「聞いていますか? 姫さま」
 
 姫が気付くとジョンの顔が目の前にあった。あまりの近さにぎょっとした姫は一歩どころか三歩下がった。
71紅薔薇の姫とシュヴァリエ ◆7103430906 :2009/04/18(土) 13:36:26 ID:JFBilWux
「き、聞いてるわよ」
 
 上の空だったことなど気取られないように、ジョンから視線をそらしながら姫は答えた。
 
「そうですか。では、聞きます。高品質のローゼンタイトが採れるのは山の表面ですか? 中心部ですか?」
 
 姫は視線をさまよわせながら思いをめぐらせた。ローゼンタイトは光を放つ鉱石だ。きっと表面の方が
太陽に近くて光を吸収するだろう……。
 
「山の表面よ」
 
 先ほどの質問に対する答えよりは自信を持って姫は答えた。
 ジョンはその答えに満面の笑みを浮かべた。しかし、嬉しくて笑ったわけではないのは姫にも察しがついた。
 
「違いますね。不正解です。では、もう一つ。ローゼンタイトの品質は何によって決まりますか?」
 
 冷たく告げられた不正解という単語。また姫の自尊心が傷ついた。
 そして、思いもかけない二つ目の質問に姫は驚きつつも、先ほどの質問に対する答えよりも
短い考慮時間で返答した。
 
「い、色、そう、色よ。色が濃いかどうかだわ」
 
 もうやけくそだった。早くこの場を逃げ出したい、姫はそう思ったが、そんな願いが叶うはずもない。
 ジョンの顔を見るとまだにこにこしていた。無論嬉しいわけではない。
 
「それは宝石の品質に対しては合っている答えですね。まあ、僕の質問に対する答えとしては不正解ですけど」
 
 パチパチと音が鳴ったりはしない程度にジョンは拍手をしてみせた。否、拍手をするふりをしてみせた、
と言った方が正しいかもしれない。
72紅薔薇の姫とシュヴァリエ ◆7103430906 :2009/04/18(土) 13:37:17 ID:JFBilWux
「じゃあ、正解は何だって言うのよ?」
 
 苛々しながら姫は尋ねた。あからさまに馬鹿にされている。家庭教師ごときにこんな態度をとられるのは、
一国の王女としての自尊心が許すわけがない。
 
「僕の質問に対する答えとしては、『まだその話は聞いていない』が大正解ですね。本当にローゼンタイトの
品質が何によって決まるかを当てられても僕は感心しましたけどねぇ」
 
 涼しい顔でジョンは言ってのけた。意地悪な質問だった、そう姫が感づくまでには多少の時間を要した。
 姫は自分で思っているよりも賢いというわけではないのだ。高い自尊心は生まれと育ちの良さから
来ているものだが、身の丈に合ってはおらず、姫にとっては重荷なのかもしれない。
 
「あっそう」
 
 投げやりに言い捨てた姫に、ジョンは少し慌てて次の言葉を口にするのをやめた。
「やはり聞いていませんでしたね、姫さま。僕は悲しいです」という、姫に対する授業では十回は出てくる
台詞だ。
 姫の興味を損ねては折角の機会が台無しだ。本当はもっと早く気付くべきことだったが、浮かれていた
彼は少し気付くのが遅れていた。姫は既に興味を失っているのだ。
 だが、ジョンはまだ姫には学習意欲が残っていると思っている。
 いつもの嘆きを聞かせる代わりに彼はまた説明を始めた。
 
「ローズィリの街が取り囲んでいるローズィ湖、その底にはローゼンタイトの結晶が沈んでいると
言われています。本当は岩山よりも湖の底を探った方がより純度の高いローゼンタイトが見つかるのでは
ないか、昔からそう言われてきているのですが、ローゼンタイトが拾えるほどの底に潜れる人間など、
この国にはおりません」
 
 普段のジョンらしくないということに、姫はようやく気が付いた。お説教も嘆きの言葉もうんざりして
いたのだ。
 こんな彼なら……少しはましだ。いつもよりましだ。いつもよりちょっとだけましだってだけなんだからね! 
姫は心の中で誰に言うともなく主張した。
73 ◆7103430906 :2009/04/18(土) 13:38:08 ID:JFBilWux
続きます。
74奇跡を呼ぶ旋律 ◆xChopiNIHI :2009/04/18(土) 17:57:31 ID:JFBilWux
「靴? ああ、あのこ汚い靴かい? それならびしょ濡れだったから外に干しといたよ。
そろそろ乾いているかもね」
 汚い、と言われてしまうと悲しい。私はあの靴がお気に入りなのに。お気に入りだからこそ汚くなると
いうこともまた真理だろうけれど。パサコーフの技術も丈夫さは保証しても汚れまでには功をなさない。
 外に干していると言うのも少し心配だ。盗まれやしないだろうか。
「そうか……。いや、ありがとう。こんなに色々面倒をみてくれて本当に感謝のしようもない」
 私は素直に頭を下げた。ちゃんと彼女に正面を向けて、腰から折れた。恵まれた育ちの私は、
他人にここまで頭を下げるということなど、今までしたことがない。
「良いって。どうせ後でたっぷりと礼はもらうんだから」
 彼女は軽く手を振って私をあしらったが、少し頬の辺りを赤く染めていた、そう見えたのは
私の見間違いだろうか。そんな表情を見られたのなら、私も頭を下げた甲斐があるというものだ。
 そして、そこで私はようやく気付いた。恥ずかしながら今まで気付かなかったのだ。私は見覚えのない
服を着ていた。これはセインテの民族衣装だ。色とりどりの刺繍が美しい意匠だ。
「ああ、服かい? 当然着替えさせたさ。濡れた服のままうちの大事な商売道具に寝かせるわけには
いかないからね」
 私が着ているものの裾を引っ張りながらしげしげと眺めていることに気付いて、ミラがそう説明した。
「本当は女物なんだけどね、我慢しておくれよ。うちには男物なんておいてないからね。あたしらには
ちょっと大きめなんだけど、ディンにはぴったりのようだね」
 ミラが微笑んだ。それを見て少し胸の動悸が激しくなったように感じたのは、きっとこんな風に
女性と話す機会が久しくなかったからだろう。決して、決してこれは心躍るような甘い想いなどではないのだ。
「うちの商売道具って……このベッドのことか? 売り物なのか?」
 私は誤魔化すように言葉を吐いた。誤魔化したのは彼女に対してではない。自分の気持ちに対してだ。
「ああ、そうか。説明してなかったね。そうだよ、そのベッドは大事な商売道具なんだよ。まあ、うちは
家具屋なんかじゃないから、売り物ってわけじゃないけどね」
 家具屋じゃない……。ベッドが商売道具……。なるほど、やはりここは……。
「由緒正しい宿屋だよ。まあ、古くからあるってことくらいが取り柄の小さなとこだけどね」
 娼館だ。……え? 違うの? 
「なるほど。君は若女将ってわけだ」
 考え違いをしていたことなどおくびにも出さず、私は言ってのけた。冷や汗が背中を伝うが、
どうせ彼女には見えないのだ。気にならない。気にするな、私。
「んー、まあ、そうなるね。本当はあんたになんか構ってる暇はないくらい忙しいんだよ、あたしは。
ところで、そろそろこれ、おいて良いかい?」
75奇跡を呼ぶ旋律 ◆xChopiNIHI :2009/04/18(土) 17:58:23 ID:JFBilWux
「あ、ああ! すまない」
 言われてやっと私はベッドの脇の机の上をそそくさと片付けた。それほど重くはなさそうだが、彼女は
少し大きめの木製の盆を持っていた。それを壊れ物をおくかのようにそうっと机の上に乗せると、
ミラはわざとらしく肩を回した。
「まったく、良い大人の男が乙女に重いものを長いこと持たせてるんじゃないよ」
 軽口を叩く彼女には腹も立たない。むしろ別の場所が立……なんでもない。なぜなら彼女は笑顔なのだ。
本気で私をなじっているわけではないのだ。
「ま、腹も弱ってるところだろうし、今日はこれでも食ってまたとっとと寝ちまいな。もうすぐ夜だからね」
 白い湯気が立っている。温かいのだろう。そして、何だろう、この甘い香りの正体は。
「ああ、頂くことにするよ。ありがとう」
 まだ何を用意してきてくれたのか確認もしていないうちだったが、私がそう答えると、ミラはにっと笑って
部屋を出て行こうとした。
 そのとき、私は不意に思い出して叫ぶように言った。
「靴! 靴を持ってきてくれよ。干してるんだろ?」
 干して乾かしたのに、夜露に濡らしてしまっては元も子もない。いや、それもあるが、何より
盗まれでもしてしまったら、私は旅を続けられなくなってしまう。
 私の必死の訴えだったが、ミラはそれを聞いて軽く笑った。
「ああ、はいはい。忘れなかったら取り込んでおくよ。ごめんよ、もう行くよ。あたしは忙しいからね」
 手をひらひらと振って、苦笑いしながらミラは出て行った。
 残された私は一抹の不安を覚えた。大丈夫だろうか。
 
 とりあえず私は、ミラの用意してくれた何かを食すことにした。そして、その時点で初めて、
それが何であるかを知った。
「これ……ひょっとして……山羊の乳か……?」
 器を満たしていたのは、温めた山羊の乳だった。甘い香りの正体はこれだったのか。確かに、
乳を温めれば甘くなるというのは知ってはいたが……。そして、その白い液体の中を泳ぐように、
パンの切れ端のようなものが浮かんでいた。
 実は、私は山羊の乳が苦手なのだ。否、全ての山羊の乳がダメなわけではない。安い山羊の乳が
苦手なのだ。
 私は貴族だった頃に、美味いものを散々飲んだり食べたりした。いつだって美味いもので腹をいっぱいに
満たした。子供だった私は、好き嫌いも激しかった。自分の舌の好みに合うものしか食べて来なかった。
76奇跡を呼ぶ旋律 ◆xChopiNIHI :2009/04/18(土) 17:59:17 ID:JFBilWux
 中でも好きだったのが、リャーシオ山羊の乳だ。乳自体も好きだったが、それで作った乳製品も
大好きだった。とりわけ醍醐などは毎日のように食べてきた。
 だが、貴族と言う地位から転落し、今の吟遊詩人と言う職業を始めてからというもの、
リャーシオ山羊などという高級な山羊の乳など口にできるはずもなく、やむなく私は、巷に出回っている
名前も知らない安い山羊の乳で妥協することにした。
 しかし、それが間違いの元だった。それが私の食の嗜好を一転させてしまうきっかけとなった。
 それは、私にとっては天と地がひっくり返るかのごとき大事件であったが、簡単にまとめると、
「安い山羊の乳は不味い」というその一言に尽きた。
 ダメなのだ。安い山羊の乳は、味も香りもリャーシオ山羊のそれとは全く異なるのだ。同じ山羊だ。系統は
同じなのだろう。しかし、リャーシオ山羊の乳の好きな部分が、安い山羊の乳のそれになると、全く逆に
嫌いな部分になってしまうのだ。舌を満足させる濃厚な味が、脂臭いしつこさに変わり、山羊特有の香りが
獣臭さに変わるのだ。
 だから、私は山羊の乳が苦手になった。苦手という生ぬるい表現では済まない。嫌いなのだ。端的に言えば。
 せっかくミラが用意してくれたものだが、私は一気に食欲が減退してしまい、手をつけようともせずに、
ベッドを椅子のようにして腰を下ろした。
 一つ大きなため息をつく。胸の隅々から空気を搾り出すように息を吐いた。ダメだ、食べられない。
 腹は減っている。何しろ、丸一日以上何も食べていないのだ。ミラの言葉が本当だとすれば、
私はただ眠っていただけなのだから。
 それを証明するかのように腹の虫が鳴いた。まるで下したときの腹のような、汚い印象の音が、
少しばかり長く響いた。音にして耳に届くと、余計に腹が減っていることを実感してしまう。
 どうするか。私はちらっと視線をやった。湯気の立つ器の方に。そして、窓の方に。
 確かにもう夜が近くなっているのだろう。あれだけ眩しいほどに光を取り入れていた窓には、
今はオレンジの淡い光がほんのりと差し込むだけになっていた。まるでやかましく騒いでいたのが
途端に静かになったように、私には感じられた。もう少しすれば暗くなってしまう……。
 ぎゅるる。
 カラスのヒナが餌をねだるときのような声が私の腹から聞こえてきた。いや、カラスのヒナなど
私は一度しか見たことがないが。
 畳み掛けるような腹からの訴えに、私は諦めて器に添えられていた木製のスプーンを手に取った。
四の五の言っている場合ではない。とりあえず腹を満たそう。
 断崖絶壁から飛び降りるような気持ちで、私はスプーンで山羊の乳をすくった。スープのように器を
占領している温められた山羊の乳を。そして恐る恐る口へと運んだ。
77奇跡を呼ぶ旋律 ◆xChopiNIHI :2009/04/18(土) 18:00:13 ID:JFBilWux
>>62から続き・・・・・・って・・・・・・。
しまった・・・・・・。
78奇跡を呼ぶ旋律 ◆xChopiNIHI :2009/04/18(土) 18:02:00 ID:JFBilWux
                   
                   
                   
                   
                        ヽ○ノ   まあいいか!
                         /
                        ノ)
                   
                   
                   
79創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 22:41:11 ID:fg8ZSKKa
>奇跡を呼ぶ旋律
( ´∀`)とりあえず続き乙〜
次はも少し話が進むとうれしいお
80創る名無しに見る名無し:2009/05/15(金) 09:45:18 ID:pb2OvkJq
大丈夫か?
中世騎士道的な物語をだれか書いてくれ
81創る名無しに見る名無し:2009/05/15(金) 18:17:33 ID:I9vSW/0I
どうしても某ライブアライブの中世編を思い出してしまう。
82創る名無しに見る名無し:2009/05/15(金) 21:06:52 ID:voRkBhNl
文明以前はこのスレ的にはOKかい?
83創る名無しに見る名無し:2009/05/15(金) 21:38:41 ID:I9vSW/0I
あいいいいいいぃぃ〜!
84創る名無しに見る名無し:2009/05/30(土) 17:43:22 ID:39stlhVv
 真夜中だった。
 通りを吹き抜ける風は生暖かく、アトフィリア帝国に夏の到来を感じさせる。
 通りに面する家々は皆鎧戸を下げ、明かりを消し、寝付いてしまっている。
 頼れるのは煌々と輝く月の明かりだけ。こんな日の夜は例え帝都のメインスト
リートであるこのタキスノ通りであっても一人で出歩くのは避けるべきだという
ことは子供でも知っている。事実、人通りは無い。
 いや、一人居た。
 白いローブを着て馬に乗った、まだ若い青年だった。
 彼はかなり急いでいるようで、この真っ暗闇の中ランタンも持たずに通りを疾
走している。
 白いローブがうねる様は幽霊にも似ていた。
 彼は通りを曲がり、その先に見える大きな屋敷へと全速力で向かう。
 その屋敷の窓からはいまだ明かりが漏れていた。
 青年は門の前に居る守衛に大声で名前を告げ、馬から飛び降り、鉄柵の門を素
早く開ける。
 屋敷の玄関まで走り、扉を勢いよく開け放つと、ようやく彼はその足を止めた。
 蝋燭の光が満ちた温かく広いエントランスで、彼は息を整えながら辺りを見渡
す。
 丁度別の扉からエントランスにやってきたメイドを見つけ、彼は訊いた。
「父上は!?」
 メイドは一瞬驚いた表情をしたが、直ぐに青年の問に応えた。
 青年は汗で顔に張り付いた前髪をかきあげ、階段をかけ上がり、廊下を走った。
 言われた部屋の前には執事が一人立っていた。
「お待ちしておりました。」
 初老の執事は頭を下げる。
「父上は?」
「先程から何度もカイン様の名前を読んでおられます。」
「今夜が峠か?」
「医者はそう言いました。」
「兄上は?」
「既にいらしてます。」
「よし。」
 服装を正す。
 扉に手をかけた。
 室内では数人の人間が、ベッドを取り囲んでいた。
 カインは大股で、しかし静かにベッドの側まで歩き、兄のウィリアムと僅かな
言葉を交わす。
 ベッドの上の父はずいぶんと衰弱していた。
 その青ざめ、たるんだ皮膚からは各地の戦場を駆け回った頃の活力溢れる姿は
想像出来ない。唯一その武勇を偲ばせるものはとうの昔に潰れた右目だけだ。
 父は病だった。
 方々手を尽くしたものの、回復する兆しはつゆと見えず、とうとうこの時を迎
えるに至った。
 カインは悲しんではいなかった。そんなことは父も含めた誰もが望んではいな
いだろうし、カイン自身はむしろ父が死ぬを心待ちにしていた。
 だがカインは冷酷でもなかった。
 父の衰えていく様にはやはり心を締め付けられたし、この報せを受けた時も少
なからず動揺した。
 しかしカインはこのロックフィールド家の次男としてふさわしい振る舞いがど
ういうものかよく心得ていたし、父の死はカインにとってはどちらかといえば好
ましい部類のものだったので、その動揺を少しも悟られることは無かった。
 カインは兄を一瞥した。
 ウィリアムは神妙な面持で静かにベッドの側に立ち、父を見下ろしている。
85創る名無しに見る名無し:2009/05/30(土) 17:46:43 ID:39stlhVv
 その目尻に蝋燭の明かりに照らされて皺が浮かび上がったのが、父のそれにそ
っくりなことに気がついてカインはゾッとした。
 ウィリアムはカインとは違い、立派な軍人だった。
 彼はつい先月まで東の国との小競り合いに駆り出されており、やっと帝都へ戻
ってこれたのだった。
 戻った矢先に父が倒れたのだった。
 父がこのまま死ねば、ロックフィールド家はこのウィリアムが引き継ぐ。
 兄は立派な人間だ。彼こそがこの家を引き継ぐべきだと、カインはそう思って
いた。
 カインは家督を継ぎたくはなかった。
 カインはこのまま一生学問の道を歩んでいきたかった。
 しかし軍人である兄が戦場で死んでしまったら、家督は次男であるカインが引
き継がねばならない。
 カインにはそれが堪らなかった。
 兄がたまたま帝都に戻ってきているときに、父がこのような状況になったのは、
本人には到底言えないが、幸いだった。
 カインは耳をすました。
 父の呼吸音が聞こえた。
 それは弱々しく、感覚は長かった。
 呼吸の機能も緩やかに止まっていっているのだ。
 だがそれに父が苦しんでいる様子は見てとれず、カインは少し心が軽くなった
気がした。
「カイン……」
 不意に父の口からカインの名が漏れた。
 カインは静かに「ここに居ります。」と応えた。
 父は目蓋を開けるのも辛そうだった。彼の手が毛布の下で蠢く。
 カインは屈みこんで、毛布を払い除けて父の手をとった。
 その手の脆さにカインは驚いた。
「お前は……俺の……」
「父上、ご安心下さい。兄上は父上の名に恥じない男です。」
 父の唇が震えた。
 兄が語りかける。
「父上が心配されるようなことは何もありません、ご安心を。」
 父が色素の薄い目を動かした。
 また唇を震わし、必死に何かを伝えようとしてくる。
 カインは彼の両手をとり、握った。
 脈拍ももうほとんど感じられない。壊れてしまいそうだ。
 微かに手が握り返されるのを感じた。
 カインは呟く。
「おやすみなさい、父上。」
 父はゆっくりと目蓋を閉じた。
 同時に手の力も抜けるのがわかった。
 兄が、周りの人間が小さく言葉を交わし、一人が父の首筋と口元に手をやった。
「……亡くなられました。」
 誰かがすすり泣く。
 カインも胸に込み上げるものを感じ、父の手を握ったままベッドに伏せた。
 ウィリアムは軽く目元を拭い、それから誰かと話を始める。
 父は死んだ。静かに。
 もうこの手の中にあるものは肉と骨の塊なのだ。父では無いのだ。
 まだ微かに残る体温に強い未練を感じつつも、カインは手を離した。
 額を押さえると父が感じられた。
 カインは服の袖で涙を拭きつつよろめきながら立ち上がる。
 ウィリアムはカインに近づき、肩に手をおいた。
「悲しむな。いずれ誰にもやってくる。」
「兄上……私は……」
「父上は遺書を遺されていた。」
 そう言ってウィリアムは懐から一本の巻物を取り出した。
86創る名無しに見る名無し:2009/05/30(土) 17:50:51 ID:39stlhVv
 封には父の持つ指輪に刻まれた、ロックフィールド家の紋章が押されている。
 父に目をやると、彼の指にはその指輪がはまっていた。
「その遺書は――」
 カインが訊く。
「――誰が持っていたのですか。」
「誰も持っていない、父上の机の上にあった。」
 カインは眉をひそめる。
 ウィリアムは付け足した。
「財産のことを心配されたのだろう。私が遺書を見つけたのは偶然だったさ。」
「どうして?」
「ペンが壊れてな、借りようと思って父上の書斎に行ったんだ。」
 ウィリアムは肩をすくめる。
 その大げさな仕草に、カインは兄を見習わなくては、と感じた。
「……それで、中身はもう?」
「いや、まだだ。今から開ける。」
 ウィリアムは大きめの声で部屋の中の人々を集めた。全員が揃うと、小さなナ
イフを懐から取り出す。
「父の遺書を読み上げます。」
 ウィリアムは冷静を装っている。
 ナイフを封印に刺し、引いた。
 巻物は持ち主の手の中に広がる。
 全員が彼を注視していた。
 ウィリアムはナイフをしまい、咳払いをして、それから遺書を広げた。
「読み上げます。」
 わずかに空気が張りつめる。
 ウィリアムは深く息を吸い、吐き、読み上げた。
「ロックフィールド家の家督は長男、ウィリアム=ロックフィールドに与えるものとし、ロックフィールド家の財産は、長男ウィリアムと、次男カインに等しく分け与えるものとする。」
 人々がどよめいた。
 カインは目を丸くしていた。
 このロックフィールド家の財産は国内で十指に入るほどに莫大だ。普通は家の
長男が家督と共に全てを譲り受ける。
 なのにその半分がまるごと自分に?
「それは正確なのですか?」
 カインは訊いた。
 ウィリアムは黙って遺書の文面を見せつける。
 そこには確かにそう書かれていた。
「恐らく、お前が学問を続けられるようにだろう。父上はお前の研究には否定的
だったが、実は応援していたのだな。」
「そんな!」
 カインは崩れ落ちた。
 目からは涙がぽろぽろと溢れてきている。
 周りの人間は気にくわないようで、ひそひそと話をしていた。
「とにかく。」
 ウィリアムが遺書をたたむ。
「ご覧の通りです。皆様、今夜はありがとうございました。父の葬式は早くて明
日、遅くて明後日には行います。隣の部屋にワインと軽いお食事をご用意させて
いただきました。お帰りになられない方はそちらへどうぞ。」
 ウィリアムが促すと、人々はぞろぞろと部屋を出ていく。
 ウィリアムもそれに続こうとした。
「待ってください、兄上。」
 カインが呼び止める。
 ウィリアムが振り向く間に、カインはよろよろと立ち上がった。
 鼻を啜る。
「兄上は良いのですか。」
 カインは赤い目で訊いた。
 ウィリアムは黙る。
87創る名無しに見る名無し:2009/05/30(土) 17:52:34 ID:39stlhVv
「兄上、あなたは立派な方です。家督をつがれるのは当然です。ですが、兄上は
私のような者が財産の半分を貰うことに不満は無いのですか?」
 カインはウィリアムを見る。
 ウィリアムは目を閉じ、腕を組んだ。
「……私には不満は無い。」
 彼は静かに言った。
「父上はお前も私も等しく愛されていた……それだけだ。」
 ウィリアムは弟に背を向ける。
「私がお前を愛しているようにな。」
 兄は部屋を出ていった。
 残されたカインはローブの袖で目と鼻を擦る。
 それからゆっくりと、ふらつくような足取りで、父の亡骸の横に立った。
 カインは父の頬に手を当て、呟く。
「……父上、あなたは私を愛してはいない……。」
 兄は気づいていた。
 なのに敢えて騙されたふりをしてくれた。
 父はカインに財産を渡すつもりは無かったのだ。
 カインは懐から指輪を取り出す。
 そこにはロックフィールド家の紋章が刻まれていた。
 カインは亡骸の手を持ち上げ、指から指輪を引き抜き、そして持っている指輪
と入れ替える。
 父がはめていたレプリカをカインはポケットにしまった。
 ウィリアムは気づいていたのだ。
 遺書が偽物だということも。
 父が死の際に、カインを見て何と言おうとしたのかも。
 そして、兄が帝都に戻っている時に都合良く父が死んだ理由も。
 カインは亡骸を見下ろす。
 自然と笑みが溢れた。


おわり
88創る名無しに見る名無し:2009/05/30(土) 23:09:33 ID:Fy3Ui9hD
投下乙
腹黒い感じが面白かった
89創る名無しに見る名無し:2009/06/02(火) 04:59:39 ID:YDz4TbeZ
面白かったよ。
でも、これだけ?
もっと読みたい。
90創る名無しに見る名無し:2009/06/02(火) 23:59:45 ID:YDz4TbeZ
名前欄にタイトルとか入れてくれ。
レス抽出して読みたいから。
91保管庫やってる人。:2009/06/09(火) 08:14:32 ID:ZgFIy1GL
保管庫管理人です。
ここまでの投下、保管庫に追加いたしました。

保管庫は>>1のリンクからどうぞ。

不都合な点などあればお気軽にこのスレでおっしゃってください。
メールでも受け付けています。
アドレスは保管庫のトップにあります。


規制中のため、携帯で失礼しました。
92人狼狩り:2009/06/09(火) 17:43:25 ID:0NIKd5SP
 村外れの教会はかなり荒れていた。
 戦に備えた、石造りの堅固な外壁に這うシダ植物も枯れ果て、最早白くなった
血管のような茎を残すのみとなっている。
 窓は閉めきられ、割れ、カビていた。中を覗くと、すでに辺りに満ちている夜
闇よりも尚暗い。しかもそのほとんどは内側から板で塞がれている。
 元は畑だったであろう周囲に広がる土地も、どうやらずいぶんと長い間、手入
れどころか足を踏み入れる者すらいなかったようだ。見上げる程に背の高い雑草
が一面に生えている。
 その中を走る、教会の門から伸びた、獣のもののような小道に数人の男たちが
たむろしていた。
 どうやら彼らはこの近くの村の人間のようで、話す言葉には独特の訛りがある。
 ランタンを引っ提げてしきりに辺りを気にする彼らの腰には斧、背には槍が見
てとれた。
 どこかで野犬の遠吠え……
 不意に誰かが気付き、言った。
「いらっしゃったぞ。」
 男たちは一つのところに集まり、小道の村の方へと延びる方に顔を向ける。
 蹄の音が走ってきていた。
「お一人でしょうか?」
 若い男が近くの中年の男に訊く。
 答えは返らなかった。
 突然目の前の背の高い雑草たちが割れ、向こうから何か大きな生き物が飛び出
してきた。
 男たちは驚いて飛び退く。彼らの真ん中に、嘶きと共に着地したそれは立派な馬だった。
「すまない、暗くて良く見えなかった。」
 馬上には男がいた。
 武骨な鎧を着込んだ、初老の騎士だった。
「おお、フロウナム様。」
 中年の男がランタンを掲げて、安心したような声を出す。
 フロウナムは頷き、馬から降りた。
「すまない、遅れた。」
 彼は兜を脱ぎ、その長めの銀髪を露にする。北方民族特有のそれは月光に妖し
く輝いていた。
「雑務に追われてな。」
「いいえ、来てくださっただけでも。」
 男は首を降った。
 フロウナムは軽く返事を返し、荒れた教会を見上げる。
 小さな鐘楼が月を背負っていた。
「ここか、キース村長。」
「はい。」
 中年の男が頷く。キース村長はランタンを教会に向けて掲げた。
「人狼が住み着いたのはここでございます、元は教会でしたが、私が子供の頃に
神父が変死して、それから誰も近づかなくなりました。」
「変死?」
「気でもふれたのか、己の体を調理して食べていたらしいです、神父さまの死体
の片腕は見事に骨だけが残っていたそうで。」
「不気味な話だ。」
93人狼狩り:2009/06/09(火) 17:46:12 ID:0NIKd5SP
「そんな曰く付きの場所ですから、人狼が住み着いたのも無理は無いのかも知れ
ませんで。」
 村長は頭をかく。
 フロウナムは腰の手斧を撫でた。
 フロウナムは有名な戦士だった。
 先の帝国と北方民族との戦争で、初めは北方民族側で参戦したフロウナムは、
戦争中期に配下の百人の部下と共に帝国側に寝返り、そして見事、当時帝国を苦
しめていたかのブレイズ将軍を討ち取った。
 そしてその功績を認められ、ついに敵対していた国の武将でありながら、皇帝
から領地と爵位を与えられたのだった。
 そんな彼には敵も多い。しかしフロウナム自身の人格が非常に優れていたのと、
厚い領民からの支持、強力な百人の部下、皇帝からの信頼のおかげで、彼の敵―
―例えば、何かにつけて嫌味を言ってくるあの保守派の大臣ども――は手を出せ
ないでいるのだった。
 この教会は、そんな彼の領地の端にあった。
 人狼が出たという報せをうけて、フロウナムは速や
かに数人の部下を派遣した。しかし、帰ってきたのは一人“分”だけだった。
 フロウナムは激怒した。
 彼は北方に居た頃に、既に二人の人狼を仕留めていたので、彼らを相手にする
のには自信があった。
 だからわざわざ部下は連れず、たった一人で復讐に臨むことにしたのだ。
 フロウナムは目を閉じ、鼻をひくつかせる。
「……確かに、獣の臭いがするな。」
「へぇ、わかるのですか。」
「故郷では狩猟で生活していたからな。」
 フロウナムはかがみこみ、ブーツの紐を締め直す。
 革の手袋もはめなおし、帷子の調子を確認する。前髪を後ろに向け、兜に挟む。
手斧を掲げ、月光に晒す。
「灯りはどうなさるおつもりで?」
 村長が訊く。
「蝋燭を立てて回るさ、少々危ないがな。」
 マントを持ち上げ、ベルトに挟んだ数本の太い蝋燭を見せつける。
「よし……では、行ってくる。」
「どうかご無事で。」
「村長たちも、いざというときはお願いする。」
 その言葉を聞いて、村長は口を真一文字に結んだ。
 人狼は火に巻かれた位では死なないが、根城を奪うことは出来るだろう。
 そうならないようにはするが。
 フロウナムは息を吐き、歩き始めた。
 草の下に隠れた石畳をたどって、建物の入り口に立つ。
 後ろを一瞥すると、村長たちの灯りは意外と小さく見えた。
 予め斧を片手に持つ。
94人狼狩り:2009/06/09(火) 17:48:59 ID:0NIKd5SP
 扉は軽く押しただけで開いた。
 入り口から生臭い空気が這い出る。
 埃の臭いと、野性動物の汚ならしいそれ。加えて戦場で嗅ぎ慣れた臭い。
 兜の面頬を下ろした。が、視界が狭くなるのですぐ止めた。
 斧を突き出してまず辺りに何も居ないことを確かめ、建物の中に入る。
 服でマッチを擦り、入口の側の机の上に蝋燭を置いて火を点けた。
 闇が濃い分、少し明るくなるだけで大分見通しがよくなる。窓を打ち付けたの
は人狼だろうか。
 新たに一本蝋燭を取り出し、先程立てた蝋燭から火を移し、前に突き出す。
 片手に蝋燭、片手に斧を携えてフロウナムは歩を進めていく。
 歩く速度はゆっくり。物陰から相手が飛び出してくる場合も警戒する。
 自分の呼吸が妙にうるさい。
 礼拝堂は、地方の教会にしては大きめだった。
 縦に並んだ数組の長椅子の間を進んでいき、説教台のところまで辿り着く。
 その台の上に蝋燭を立てると、この教会に祀られた神の石像が照らされた。
 その美しくも威厳に満ちた表情をたたえた顔の上を何かが走る。
 鼠だった。
「そんなものか。」
 つい口をついて出た。
 石像から目を離し、ぐるりと辺りを見渡す。
 暗い礼拝堂には何も潜んではいないようだった。
 だが妙に臭い。
 吐き気をもよおすこれは糞尿の臭いだ。糞尿の臭いが礼拝堂には漂っている。
 恐らくこの礼拝堂のどこかに人狼が厠に定めた場所があるのだろう。姿は人間
に似ていても、所詮は獣だ。
 舌打ちをして視線を横へ。
 そこには扉があった。恐らく神父が住んでいた部屋へ続くものだろう。
 フロウナムは扉に近づく。
 警戒しつつ素早く開けると、狭い廊下に出た。続く扉は少し進んだ左右の壁に
一つずつあり、突き当たりの小さな窓は他のと同様に板で打ち付けられている。
 突然彼は足を止めた。
 満ちた静寂の中に、自分以外の物音がする。
 それは大きな生き物が床を転がるような音で、爪らしき固いものが床にぶつか
る音もする。
 左の部屋には何かが居る。
 いよいよか。
 フロウナムは唇を舐めた。
 壁を背にして廊下を進む。
 扉の前に立つと、その物音は止んだ。
 ……数秒の沈黙。
 フロウナムの足がはねあがり、力強く扉を蹴った。
 蝶番は腐った木枠を引きちぎって弾ける。
 それはフロウナムの脇腹に引き付けるように構えられた斧に当たった。
 フロウナムの踏み込みは素早かった。
95人狼狩り:2009/06/09(火) 17:51:45 ID:0NIKd5SP
 目はもうすっかり暗闇に慣れていたし、狩猟生活で培った鼻と勘で相手がどう
動こうがついていく自身はあった。
 力をこめられた斧は、まともに当たったなら腕の一本は切断できるだろうし、
もしかすっただけでも皮膚を剥がし、自由に動くのには厄介な傷を相手に与える
だろう。
 一撃でも与えればこちらの勝ち――それがフロウナムの考えだった。
 だがフロウナムは足を止めた。
 部屋には人狼は居なかったのだ。
 フロウナムの目の前の床には、足の腱を切られて出血している一頭の狼が倒れ
ていた。
 フロウナムは人狼に騙されたのかと思い、斧を周りに振るって牽制しつつ、素
早く視線を巡らせる。
 違和感に気づいた。
 入ってきた入口の方が妙に明るい。
 フロウナムは悟った。
 慌てて入口に駆け寄る。熱風!
 狭い廊下は炎に覆われていた。
 その明るさに目を細めながらマントで口元を覆い、さっきの狼の死体に目をや
る。
 俺は嵌められたのだ。人狼ではなく、人間に。
 今回の人狼騒ぎは俺をこの教会におびき寄せるための罠で、本当は人狼なんか
居ないのだ。
 短時間でここまで火が大きくなったのは、予め床や壁に油か何かを撒いておい
たからだろう。きつい糞尿と獣の臭いはそれを誤魔化すためだったのだ。
 クソッ!迂闊に過ぎる!
 煙を吸い込まないように腰を曲げながら逃げ道を探す。後方の、廊下の突き当
たりの窓では小さすぎて逃げ出すことは出来ないだろう。
 さっきの部屋は?
 廊下から中を覗くと、部屋の窓は全て打ち付けられているようだった。だが、
あの程度なら……
 炎に背を向け、フロウナムは窓辺に駆け寄った。
 打ち付けられた板は、手だけではビクともしない。
 フロウナムは斧を振るう。
 板が打ち割られ、木片が飛んだ。
 これなら出られるだけの穴を広げられる――そう思った瞬間、窓の向こうから、
板の間に空いた小さな隙間を通って細長い何かが飛び出してきた。
 反射的に後ろに飛び退く。
 炎の明かりに照らされ、不吉な姿をさらしたそれは槍だった。窓の向こうから
槍が飛び出してきたのだ。
「貴様らぁ!」
 フロウナムは吠えた。部屋の中に溜まり始めた煙を少量吸い込み、咳き込む。
「ざまあみろ!北の野蛮人め!」
 槍が引っ込み、穴から顔が覗く。
96人狼狩り:2009/06/09(火) 17:59:31 ID:0NIKd5SP
 村長はとても嬉しそうに目を細めていた。
「貴様らなんぞに支配されてたまるか!劣っている貴様らなんぞに!」
「誰の命令だ!」
「貴様は邪魔なんだよ!」
「殺してやる!」
 煙が器官に入る。
 再び咳き込み、床に手をついた。
「はは、は、なんてザマだよ!」
 村長の裏返り気味の笑い声が響く。
 炎は既に部屋に広がり、フロウナムのすぐそばにまで迫っていた。
 フロウナムはマントで口元を押さえる。が、その端に火が燃え移っているのに
気づいて止めた。
「クソッ!」
 斧をとり、マントを切ろうとする。だが間に合わず、火はあっという間にフロ
ウナムの全身を包んだ。
 肺に空気が無い。
 絶叫すら出来ない。
 窓の外で誰かが笑っている。
 フロウナムは決断した。
 そして兜を脱ぎ捨てた。

 男たちは集まり、燃え盛る教会を眺めていた。
 キース村長は腹を抱え、狂ってしまったかのように笑っている。
 他の男たちも声をあげて笑っていた。だが、笑っていながらもその目は教会に
貼り付いたままだ。
 熱に浮かされたのか、彼らが立ち去る気配は無い。
 安全な場所に座り込み、頬杖をついて愉快そうに眺めている。
 こんな見捨てられた教会が火事になっても、どうせ誰も来やしない。ましてや
今は深夜だ。
 存分に腹を抱え、膝を叩き、夜空を仰いで哄笑することが出来た。
 炎はすっかり建物を包み込んでいる。屋根の一部が落ちた音。
 鐘楼はそれが背負う月よりも明るい。
 と――
 何かがその鐘楼から跳んだ。
 黒い影は大きい、猛獣のようだ。
 それは建物を背に、村長たちの前に着地する。重い音。
 村長たちは笑うのを止めていたが、表情は笑顔のまま固まっていた。
 それは吠えた。怒りに満ちた声で。
 村長たちは畏縮し、立ち上がることすら出来ない。
 鎧を着た、銀の毛並みの人狼は再び跳躍した。


 翌日、教会の焼け跡で近くの村の村長を含む数名の死体が発見された。
 彼らをバラバラに引き裂いたのは人狼だとフロウナムは言った。
 焼け跡には狼の頭と、人間のもののような焼死体が残っていたし、何よりフロ
ウナムが昨夜人狼狩りのためにそこに行ったのを知っているものが居たので、誰
もがそれに納得した。
 その後しばらくして、彼に対立していた保守派の大臣がその日に行方不明にな
っていることがわかったが、犯人はわからずじまいだったそうな。


 ――へえ、怖いお話だ。
 子供はいかにも楽しげにそう言った。


おわり
97創る名無しに見る名無し:2009/06/09(火) 18:00:44 ID:0NIKd5SP
>>91
乙です。
保管庫あるとすぐ読めていいね。
98創る名無しに見る名無し:2009/06/09(火) 19:48:26 ID:z6eWuceu
>>92
投下乙!すっごくおもしろかった!
後味の悪い展開かと思いきや、落ちがそう来たかって感じですごくいい!
99保管庫やってる人。 ◆7103430906 :2009/06/10(水) 08:07:01 ID:ACv7QmH6
どうやら規制解除になったようで良かったです。
保管庫の作品集のページに不具合があったので修正がてら、
>>92さんの作品も追加させていただきました。
 
>作者さまへ。
「保管庫から外して欲しい」というご要望には随時対処しますので遠慮なくどうぞ。
 
>>92
面白かったです。
テンポが良いですね。
臭いのくだりもよく考えているなあと感銘しました。
私もこういうお話を書けたら良いんですが。
 
>>97
ありがとうございます。
「ここが読みにくい」などご意見があればおっしゃってください。
 
ちなみに、私の作品以外は全てスレに投稿された形式そのままで載せてありますが、
改行などに手を加えて欲しいということであれば対処いたします。
(但し、作者ご本人さまのご要望のみに限らせていただきます)
文の修正なども承ります。スレでもメールでもどちらでもどうぞ。
100創る名無しに見る名無し:2009/06/10(水) 15:45:58 ID:oa7zrXqv
ふむ。意外に面白かった
101 ◆xChopiNIHI :2009/06/14(日) 07:03:47 ID:wSa+or0e
うっかり◆7103430906のトリップをなくしてしまったのでこれで失礼します。
 
>>72からの続きです。
102紅薔薇の姫とシュヴァリエ ◆xChopiNIHI :2009/06/14(日) 07:04:45 ID:wSa+or0e
「ふうん……。そう」
 
 一応は聞いていた、というだけの態度を姫は見せた。だが、聞いた話には少しばかり心を動かされていた。
湖の底に眠るお宝。どこかの心躍る冒険譚のような話ではないか。
 
「ねえ……そのローズィリの街って……」
「さあ、お部屋に着きましたよ」
 
 二人が声を発したのはほぼ同時だった。姫はジョンの言葉を聞いたが、ジョンは姫が何か言ったことにも
全く気付いていない様子だった。そのため、姫は言いかけた言葉を引っ込めることにした。わがままな姫を
象徴するかのような素直でない性格が、本分を発揮したのだった。
 姫はまず足元を見、そして目を上げた。いつの間にたどり着いたのだろう。ジョンが開いた扉の向こうは
まぎれもなく姫の部屋だった。贅の限りを尽くした豪華な部屋。それが姫の部屋だった。
 
「では、ローゼンタイトのお話はここまでにして、昨日の続きをやりましょうね。先ほども少し説明しかけましたが、
サファイアの特産地、隣国ロールリア国と我が国の関係についてです」
 
 嬉々として説明を始めようとするジョンの顔から目をそらし、姫はうつむいた。がっかりしたのだ。
また面白くもない歴史の授業が始まるのだと。
 それでも、ジョンはジョンなりに気を使ってはいたのだった。姫も年頃の女の子なのだ。
宝石であるサファイアの話題にすれば、退屈はしないだろうと。しかし、ジョンはわかっていなかった。
また、わかるはずもなかった。姫は青い宝石になど興味はないのだ。姫が好きな色は紅色や桜色、
蜜柑色などの暖色系の色なのだ。薔薇色も当然好きだった。けれども、青は好きではない。
ジョンは姫と長い付き合いがあるとは言え、教師と生徒という間柄だ。そういった個人の好みなどは、
あまりお互いに知るような関係にはなかった。
 
「そういえば、姫さま、ローゼンタイトのことはどこでお知りになったのです?」
 
 ジョンはふとした疑問を口にした。何気なしに軽い気持ちで彼は聞いたのだったが、後にこの質問が
姫にとっては大きな災いの元となる。
103紅薔薇の姫とシュヴァリエ ◆xChopiNIHI :2009/06/14(日) 07:05:58 ID:wSa+or0e
「え……?」
 
 姫は返答に詰まった。地下室のことなど話せるわけがない。
 
「お、お父さまがふと漏らしたのよ。それで耳に残って……」
 
 咄嗟のでまかせだった。しかし、意外にもジョンはそれで納得した。
 
「王さまに? ああ、なるほど。確かにここ最近は産出量が減っていますからね……」
「そうなの? あんなに綺麗な石なのに……」
 
 姫はうっかりそう口にしてしまった。ジョンの言葉で知った新事実に意識をとられていたからだ。
 
「おや、姫さま見たことがあるのですか?」
 
 迂闊な発言を聞き逃さず、問いかけてきたジョンの顔から姫は視線を逸らした。
 
「え!? あ、そ、そう、お父さまに見せていただいたのよ……」
 
 姫は「しまった!」といった表情を見せたが、顔の近くを飛んだ虫に気を取られ、
別の方向を見ていたジョンには気付かれなかった。
 
「なるほど……。王さまも色々と教えてくださるのですね」
 
 あごを撫でながら得心がいったという顔でジョンは姫を廊下に残して先にさっさと部屋に入った。
姫も慌てて後を追う。自分の部屋に他人が先に入って行くなど彼女は許せなかった。しかし、そんな
些細なこだわりなどつゆ知らぬジョンは、平気な顔で部屋に侵入し、勝手に授業の支度を始めるのだった。
 
 * * * * * 
 
 授業を終え、夕食も済ませたジョンは国王イハルトーブの部屋にいた。城には国王の部屋は他にも
いくつかあるが、今ジョンのいる部屋は、国王にとって最も落ち着く場所だった。膨大な数の書物を
蔵するいわば書斎なのだが、国王は寝室で眠るときよりもこの部屋で本を読んでいるときの方が、
心休まるのだと常々口にしていた。そんな国王に対して、王妃はいくらかの不満を覚えないわけでは
ないのだが、その辺りの話題は触れてはならぬ領域であると城の者たちはよく理解していた。
104紅薔薇の姫とシュヴァリエ ◆xChopiNIHI :2009/06/14(日) 07:06:58 ID:wSa+or0e
 ジョンは部屋の中心に丸く並べて置かれている椅子のひとつに腰掛けた。いくつもの椅子の中心には
大きな円卓があり、本を読むのに都合の良いようになっている。ジョンが来ているにも関わらず、
国王は未だ顔を見せてはいなかった。
 この部屋は家臣たちを集めて会議をするときにも使われることがしばしばある。けれども、ジョンは
会議のために呼ばれたわけではなかった。
 ジョンは部屋の壁という壁を支配している本棚に目をやった。本当にたくさんの本が収められている。
本の背表紙にある題名を読んでいくと、興味がそそられるものや、ジョンが読んだことのあるものが
いくつもあった。この国王の下で働いているのは、趣味趣向が似ているからだろうな。彼がくすりと
笑ったそのとき、国王が声とともに部屋に入ってきた。
 
「おお、待たせてすまなかったな、ジョンよ」
 
 恰幅の良い身体を揺らせながら、悠然と歩く姿は正に一国の王たるべき姿であろう。ジョンは慌てて
椅子から立ち上がり、国王に向かって深くお辞儀をした。
 
「いえ、私も参りましたばかりでございます」
 
 国王は右手を上下に振った。そうかしこまるな、という合図だった。
 
「ああ、よいよい。座りたまえ。私も座る」
 
 言いながら国王はジョンの座っていた椅子の対角線上にある椅子に座った。そして、ひじを円卓に載せ、
口の前で両手を組むと、ジョンに報告を促した。
 
「して、姫の様子はいかがだ?」
 
 ジョンは一礼してから椅子に腰掛けると、姿勢を良くしたまま、答えた。
 
「はい、相変わらずお勉強は苦手といったご様子で……その……」
 
 はっきりと、「よく授業から逃げ出す」とは口にできず、ジョンは言葉を濁した。しかし、国王には
ジョンの表情で察することができた。
 ジョンはここ最近の姫の学習状況を報告するために呼ばれていたのだった。
105紅薔薇の姫とシュヴァリエ ◆xChopiNIHI :2009/06/14(日) 07:08:10 ID:wSa+or0e
 姫は知る由もなかったが、ジョンはこうして定期的に国王に報告をしていた。国王は多忙ではあるが、
一人の父親として、姫の教育には深く関わっていたのだ。そして、姫の学習状況の詳細を把握し、
姫に対して何を教えれば良いのか、ジョンに指示していた。姫は、ジョンの授業は全てジョンが考えているものだと
思っていたが、実際は姫の授業計画を立てていたのは国王だった。国王がほぼ全て考えていた。
 
「ふむ。で、今はどの辺りまで進んでいるのだ? 我が国の主要産業についてか? それとも、
穀物生産の需要と供給の関係についてか?」
 
 国王はにこにこしながらジョンに訊ねた。その笑顔に恐れをなし、ジョンは冷や汗をかきながら
おずおずと消え入りそうな声で答えた。
 
「いえ……まだそこまでは……。本日は我が国とロールリア国との貿易関係についてお話しました」
 
 あまりにも小さな声だったので、国王は耳に手を当て、再度訊ねた。
 
「何? どこまでだと?」
 
 ジョンはますます冷や汗を流し、へそが見えそうなほどの場所に視点をおきつつも大声を張り上げた。
 
「ろ、ロールリア国との貿易関係まででございます!」
 
 耳の良い国王には最初ので聞こえていたのだが、意地悪にも彼はジョンに繰り返させたのだ。
 国王はにっこりと笑った。ジョンはその笑顔を見て、引きつった笑いを浮かべた。国王は更ににこにこと
笑った。そして……。
 
「ばかもの! なぜ姫を椅子にくくりつけてでも授業を受けさせないのだ!」
 
 円卓に平手を叩きつけながら国王は怒鳴った。ジョンは咄嗟に両手で頭を抱えていた。
 
「そうはおっしゃいますが、王さま、姫さまを椅子にくくりつけるのは恐れ多すぎますぅ……」
 
 ジョンは涙目で訴えた。しかし、国王は聞く耳を持たない。
106紅薔薇の姫とシュヴァリエ ◆xChopiNIHI :2009/06/14(日) 07:09:21 ID:wSa+or0e
「良いか? ジョン。今のあれはとてもではないがこの国を任せられる器とは言えない。
もっと歴史を学び、文化を知り、他国やこの国に詳しくなってもらわねば困るのだ。
せめてこの国の主要産業については知っていてもらわないと……」
 
 説教を始めた国王は、姫の教育の必要性について熱く語る自分に陶酔しているようにジョンの目には見えた。
それでも、最初は大人しく聞いていたジョンだったが、国王が「主要産業」という単語に触れたそのとき、
思わず大きな声をあげてしまった。
 
「あ!」
 
 国王の肩がびくっと動いた。ジョンの発声があまりに突然で大きなものだったからだ。しかし、
驚いたそぶりなど微塵も見せずに、国王は訊ねた。
 
「なんだ……? ジョン、言ってみよ」
 
 見つめられながら問われて、ジョンは頭をかいた。自分がしたいのは大した話ではないのに、
恐れ多くも国王の話をさえぎったのだ。
 
「いえ……。大した話ではないのですが……。今日、姫さまが珍しく質問をなさったのです」
「ほう……。確かに珍しいな。どんなことだ?」
 
 国王は話をさえぎられたにも関わらず、怒ったりはしなかった。むしろ、興味津々といった表情で
身を乗り出してジョンの話を聞こうとしていた。
 それに気付いたジョンは、少し顔を赤くしながら、口元にこぶしを当てて一つ息を飲み込んでから答えた。
 
「ローゼンタイトのことでございます。わが国の貴重な資源であるあの石のことをお聞きになったのでございます」
 
 それを聞くと、国王は乗り出していた身を引き、椅子の背もたれに背中を押し付けるようにして、
深く腰掛け直した。
107紅薔薇の姫とシュヴァリエ ◆xChopiNIHI :2009/06/14(日) 07:10:10 ID:wSa+or0e
「ほほう……。そうか。姫がそのような話を……」
「はい。王さまがおこぼしになったお言葉をお拾いになったのだそうです。『耳に残った』とのことですよ」
「そうか……。姫もそんな質問をするようになったか……」
「ええ。王さまが見せてくださったローゼンタイトは本当に美しかったとおっしゃっていました」
「ふむ。そうかそうか……。」
 
 国王の機嫌が良くなったように感じられたので、ジョンは心からの笑顔を見せた。
 しかし、国王はジョンの言葉に対してある疑念を抱いていた。姫の前で「ローゼンタイト」などと
国王自身は口にした記憶がないのだ。大体、いくら上手くいかないことがあったとしても、
国王が姫の前で国政に関わる重要な事項を迂闊にも漏らすことはありえなかった。更には「見せた」と
ジョンは言った。そんなことをした覚えなど一切ない。なのに、ジョンの話からすれば、姫は本当に
どこかでローゼンタイトを見たのだろう。果たしてどこで姫はローゼンタイトの存在を知り、実物を
目にしたのか……。
 そんな国王の心のうちなど知る由も無く、ジョンはへらへらと笑っていた。
 そしてその後、いくつかの形式的な問答が交わされてから、ジョンは城の中で与えられている自室へと
戻って行った。
 
 * * * * * 
 
 次の日、ローズマリー姫の目覚めはいつになく素晴らしかった。普段は侍女に遠慮がちに叩き起こされても、
目覚めないこともあり、そういう日は朝食にありつけないこともあるのに、今日は侍女が部屋に入る前に、
既に姫は着替えを終えていた。着替えを終えていたと言っても、姫は後ろ手にリボンを結ぶことができないので、
ドレスを着かけのまま、侍女が来るのを待っていた。
 今日の姫の担当である侍女は、部屋の扉を開けた瞬間、ありえない光景を目にしてしばし硬直した。
 今日はどうやって姫を目覚めさせよう、そんなことを思い悩んでいたのに、姫が既に起きていたという事実は、
侍女を軽く打ちのめしていた。
 そして、我に返ると、侍女は慌てて姫のそばに駆け寄り、甲高い大声で謝った。
 
「も、申し訳ございません! 姫さま、お起きになっていらっしゃったのですか?」
108 ◆xChopiNIHI :2009/06/14(日) 07:12:09 ID:wSa+or0e
続きます。
109創る名無しに見る名無し:2009/07/22(水) 15:14:49 ID:9j56XgJY
続き楽しみ
110創る名無しに見る名無し:2009/07/24(金) 21:42:14 ID:VjugBvBc
まんまん
111教会術師のお話:2009/07/30(木) 17:29:31 ID:8CWJMiQJ
 幌馬車が激しく揺れたのを感じて、アーメリアは目を覚ました。
 抱えていた膝を伸ばし、外へと目を向ける。
 差し込む光の眩しさに目を細めた。
「起きた?」
 すぐそばで声をかけられ、顔を向けると、物好きな友人が隣に居た。
 彼女は読んでいたらしい本を片手にこちらに軽く手を振る。
 あくびをしながら返事を返した。
「おはよう。」
「おはようさん、もうすぐ着くみたいだよ。」
「あ、そうなんだ。」
「いやあ長かったね。」
 アーメリアの友人、レイラは立ち上がり、少しバランスを崩しつつも御者席の方へ身を乗り出す。
 その視線の遥か先には、目的地の街の城壁と、針のような尖塔が一本見えていた。
「あれがそうですよね?」
 そのまま御者に直接訊くと、真っ黒な肌の初老の男は、癖のある声を張り上げて答えた。
「そうですよーう。あれがあ、サン・タクスの街でぇす。」
「くぅ!いとしのサン・タクス!やっと着くんだ!」
「お客さんがたぁ、どっから?」
 レイラは風で顔にかかった、黒く波打つ長髪を手で払った。
「帝都から。」
「へぇ、帝都から?そりゃあ大変だったろうなぁ。」
「ええ、何回も馬車を乗り継いで、やっと!」
 そうしてレイラは顔を引っ込める。
 アーメリアの横に再びドカリと腰を下ろし、おもむろに懐から小さな銀の箱を取り出した。
「なに、それ?」
「葉巻。」
 箱から一本葉巻を取り出し、先端をナイフで切って、口にくわえる。
 それからまた同じ箱から小さな円筒形の物を取り出し、蓋を開け、葉巻の先端をその中へ入れた。
 途端に煙が隙間から漏れる。不思議な力を持つ鉱物である術式結晶と、その力を引き出す術式と呼ばれる
幾何学模様を利用した安全マッチだ。
 マッチと箱をしまい、リラックスして煙を吐くレイラ。
 アーメリアはその様子をじっと見つめている。
 レイラはその綺麗な色の瞳を鬱陶しく思った。
「なにさ?」
「葉巻って、体に悪いんじゃない?」
「言われてるだけだって、証拠なんか無いんだから。」
「それに、臭いが体に染み付いて……」
「全く、アーメリアは。」
 レイラは髪をかきあげた。
「何ならアーメリアも吸ってみる?ハマるかもよ。」
「私は……いいよ、葉巻とか、高くて買えないし。」
「そりゃあ海渡ってくるモンだからねぇ、何ならアタシのあげようか?」
「いいって。」
「そう。」
 大きく馬車が揺れた。

112教会術師のお話 ◆G.Jo4hrQXg :2009/07/30(木) 17:31:59 ID:8CWJMiQJ
 帝都から西方に馬車で四日、いくつもの丘を越えたところにサン・タクスの街はある。
 かつて帝国が建国されて間もなかった頃、タクスという名の一人の僧侶がこの辺りの村に居た。
 彼は当時辺り一帯で疫病が流行った際、その原因が鼠にあると突き止め、さらにその病気への特効薬をつ
くり、疫病にかかった人間たちを多く救ったとされている。
 その功績を讃え、後に彼が建てた診療所の周りの土地一帯をサン・タクスと呼ぶようになったのだった。
 というのはアーメリアが語ったこと。レイラはそんなことにはちっとも興味が湧かないままだった。
「折角遠出するんだから、とことん楽しみたくない?」
 アーメリアはそう言った。レイラもその意見には賛成だったが、アーメリアの『楽しむ』のベクトルが、
自分のそれとは真逆の方向に向いていることを知ってからは、遠出した先の『楽しいもの』を調べるのをア
ーメリアに任せることは止めていた。
 だからレイラは知っている。
 このサン・タクスの街には小さいが、劇場があるということを。
「ねぇ、演劇見に行こうよ。」
 街の門を抜け、馬車を降り、御者に礼を述べてから、まず最初にレイラがしたのはその提案だった。
 アーメリアはローブの襟と裾を正しつつ答える。
「まずは教会に行こう?先に要件済ませちゃおうよ。」
「うげ。」
 レイラは舌を出す。
「嫌ならついてこなければ良かったのに。」
「今さら。」
 ソッポを向いてやる。
「アンタの居ない帝都なんてつまんないよ。」
「それ、愛の告白?」
「そう聞こえた?」
「ちょっとだけね。」
 アーメリアは紐で髪をまとめ、荷物を背負う。
 教会術師の白いローブが本当に良く似合う。
 彼女は少し小首を傾げた。
「貴族のお嬢様がわざわざ公共の馬車に乗って何日も旅するなんて、小説の中でしか聞いたことないから。」
「悪かったねぇ。」
「気を使ってくれたんでしょ、ありがとう。」
「ゆあうぇるかーむ。」
 アーメリアは笑った。
「じゃ、さっさと済ませますか。」
 そう言ってレイラも荷物を持ち上げ、賑やかな街の中央へと足を向ける。
 アーメリアは彼女の後についていった。


 街の中央に、真一文字にのびるメインストリートを二人は歩いていく。
113教会術師のお話 ◆G.Jo4hrQXg :2009/07/30(木) 17:34:51 ID:8CWJMiQJ
 帝都より賑やかな気もする喧騒の中を、人の間をすり抜けながら進んでいくと、やけに兵士が目についた。
「ねぇ、あれって傭兵じゃないよね。」
 歩きながら後ろのアーメリアに彼らを顎で示す。
 少し間があって返事は返ってきた。
「みたいだね。あの人たち、多分正規軍だよ。」
「なんでこんな街に?」
「きっとアレだよ。」
 アーメリアは歩調を早め、レイラの隣に並んだ。
「ほら、確かこの街から南に馬でたった数十分でしょ?」
「どこへ?」
「エルフたちの隔離地区。」
「ああ、あそこか、そういえばこの間も暴動というか、そんなのあったね。」
「うん、だから兵士さんたちが集まってるんじゃないかな。」
「なるほどねぇ――おっと。」
 余所見のおかげで誰かに正面からぶつかってしまい、レイラは足を止めた。
 アーメリアが覗きこむ。
「すいません。」
 レイラがそう言った、するとぶつかってきた人間はなぜかひどく驚いた様子を見せた。
 赤みがかった髪をして、耳の尖った、みすぼらしい格好の男だった。
「お前……!」
 気付いたレイラが思わず声をあげると、男はうつむき、そばのアーメリアを突き飛ばすようにして人混み
の中に走り去っていく。
 その、もう見えない後ろ姿に向かってレイラは呟いた。
「あいつ、エルフだ……。」
「そうだったね。」
 アーメリアは荷物を背負いなおしつつ付け足す。
「多分、奴隷だろうね。」
「うん、でもなんか……」
 頷いたレイラと同じ方をアーメリアは見た。
「どうしたの?」
「ムカつく。」
 レイラは舌打ちをする。
「奴隷の癖に、アタシに先に謝らせた。」
「躾がなってないね。」
「ああもう、次に会ったら憲兵につきだしてやる。」
「いいんじゃないかな。」
 アーメリアは視線を外した。
「あれ、あそこに見えるのがそうじゃないかな?」
 彼女が不意に指差した先には、街の外からも見えた尖塔があった。根元はすぐそこのようだ。
「かもね。」
「行こう。」
 レイラはアーメリアの歩調がさらに早くなっているように感じた。


 広場に面する教会からは読経の低い声が漏れていた。
114教会術師のお話 ◆G.Jo4hrQXg :2009/07/30(木) 17:37:10 ID:8CWJMiQJ
 重い扉を押しあけると、それはさらに重厚な響きを持ってレイラたちの耳を打つ。足を踏み入れるとむせ
かえるような香の匂い。窓を閉めきっているせいでこもった熱に、レイラは思わずローブの胸元を引っ張った。
 教会内では多くの市民たちが長椅子に座り、経文を読み上げている。
 説教台には頭のはげた、シワだらけの老人が立っていた。身につけているローブに施された金糸の刺繍か
ら彼がこの街の司祭だとわかる。
 入り口のそばに立ったままその様子を眺めていると、護符を売る尼が一人、近づいてきた。
「何か教会にご用でしょうか?」
 二人は彼女に向き直る。
「グリンブリッジ大教会術師の使いで参りました、二等教会術師のレイラ・シングライトです。」
「同じく二等教会術師、アーメリアです。」
 頭を下げると、尼はアーメリアに向かって不思議そうな顔をした。
「そちらの方の御家は?」
 仕方のないことだが、レイラは奥歯を噛みしめ、アーメリアを横目で見た。
 彼女は微笑む。
「私は平民出ですので、名乗る家は持っておりません。」
 そう言うと尼はわずかに眉をしかめてから二人の顔を見比べ、再び口を開いた。
「……そうですか、貴女があの……」
「サイモン・オレンジロック大教会術師さまはいらっしゃいますでしょうか。」
 アーメリアの言葉ははっきりしている。
 尼は目をそらした。
「サイモン様ですね、研究室へ案内いたしますので、どうぞこちらへ。」
 彼女は踵を返し、教会の奥へと向かう。
 その後に二人は少し距離をおいてついていく。
 レイラがチラチラと目でこちらを気にしているのに気付いて、アーメリアは笑いかけた。
「もう慣れっこだよ。」
「……うん、わかってる。」
 それ以上は言葉を交わさなかった。
 尼と二人は礼拝堂を出て、廊下を進んで別の建物へと向かう。
 雰囲気が教会の派手なものでなく、落ち着いたものになってきたので、二人はここが術式の研究棟だとわ
かった。
 遠くからはまだ読経の声が聞こえてきてはいるが、それももうすっかり小さい。
 アーメリアが窓の外に目をやると、教会の持つ華やかな中庭と、それを囲む生け垣の向こうにある墓地が
目に入った。
 誰かが花を供えている。「つきました。」
 尼が言った。
 立ち止まった部屋のプレートにはサイモンの名前がある。
115教会術師のお話 ◆G.Jo4hrQXg :2009/07/30(木) 17:40:10 ID:8CWJMiQJ
 尼は扉をノックし、レイラたちが来たことを告げた。
「うん、どうぞ。」
 返ってきた声は意外に若いものだった。
 軽く服装を整える。
「失礼します。」
 まずアーメリアが先に入り、レイラが後に続く。
 二人が入り、尼が扉を閉めた後も、サイモンは奥の壁のところの机でこちらに背を向けて羽根ペンを動か
し続けていた。
 二人は声をかけるべきか迷ったが、尼は躊躇わず声をかける。
「サイモン様、帝都から二等教会術師がお二人、いらっしゃいました。」
「うん、僕に何の用?」
「グリンブリッジ様の使いで参りました。」
 アーメリアが答えた。
 しかしサイモンはこちらを振り向くどころか、ペンを止めることすらしない。
 レイラには彼のその態度が少し気食わなかった。
「サイモン様、要件を聞いてくださいますか。」
 語調を強めてそう言うと、やっと彼はいかにも面倒臭そうに椅子を引き、体をこちらに向けた。
 だがそれでもペンだけは動かし続けている。
 サイモンはやはり若かった。二十代後半といったところだろう。黒い髪を短く整え、無精髭を生やしている。
 レイラは彼のその姿が研究者気質から来るものだとすぐにわかった。
「あー、うん、何?」
 どこか眠たげにも聞こえる声を彼は出す。
 アーメリアが進み出た。
「グリンブリッジ様の使いで参りました。」
 再びそう言う。
 サイモンはやっとペンを止めた。
「あー、ごめんごめん、彼の使いね、ハイハイ。」
 ペンを無造作に放り、のそりと動き出す。ひどい猫背だ。
「彼は堅物だからね、うん。」
 一人でぶつぶつと呟きながら、壁の書類棚を漁り始める。
 ある意味獣のような人だ。
「ああ、あったあった。」
 彼が引き出したのは羊皮紙の束だった。
「万が一のことがあっちゃ困るからね、うん、あの、新しい資料だよ。」
「一体何のですか?」
 受け取ったアーメリアは聞き返した。
 サイモンは頭を掻く。
「訳の分からないものについてだよ。」
「は?」
「うん。」
 サイモンはそれだけ言って、再び机へとノロノロと歩いていく。
 これ以上の会話は望めなさそうだった。


 ……後方で扉が閉まる音を聞いて、彼は机の上の小さなベルをつまみ上げた。
 鳴らすと、すぐに助手が一人かけつけてくる。
 サイモンは彼に向かって言った。
「あのね、今教会から出てく子達、うん、女の子二人、監視お願い、武装してね彼には悪いかもだけど。」


続くかもしれない
116教会術師のお話 ◆G.Jo4hrQXg :2009/08/03(月) 08:41:23 ID:gHawCMwC
続き

 教会を出たレイラはまず最初に、大きく背伸びをした。
「んーいいねぇ、この、『後は何をやってもいい』って感じの解放感!」
「別にそんな大したことしてたわけじゃないけどね。」
 受け取った資料を胸に抱き抱えたアーメリアがそう言う。
 レイラは彼女の方に振り向き、笑顔を浮かべた。
「さて、お使いも終わったことだし――」
「まずは宿を探そう?演劇はその後。」
「えー」
 軽く出鼻をくじかれた気がした。
 アーメリアは後方の、今しがた二人が出てきた教会を一瞥する。
「なんなら、教会に泊めてもらうこともできるだろうけど。」
「冗談、あんな場所にいたら息苦しくて死んじまう。」
「でしょ?」
 舌を出すレイラに、アーメリアは肩をすくめた。
「お金はグリンブリッジ様からもらってるから、高くは無いけど部屋の扉と窓に
鍵がかかるところには泊まれるよ。」
「何日位?」
「四日だね、それ以上は無理。」
「あのおじいちゃんも気前が良いねぇ、アンタに気があるんじゃない?」
 少し悪戯っぽくそう言って笑ってみせると、アーメリアも無邪気に笑った。
「ある意味では、そうかもね。」
「んじゃ、そろそろ行きましょうか。」
 レイラは彼女から視線を外し、通りの方を見やる。 往来する人々は多種多様だ。
 兵士、商人、平民、奴隷、彼らの邪魔にならないよう隅でうずくまっているのは物乞いたち。簡単にこの
国のヒエラルキーが見てとれる。
 通りに目をやったのは彼女だけだった。


 宿はすぐに見つかった。
 諸国を放浪する旅人ではなく、公的な用向きで遠出するような人々が泊まる、
豪華ではないがみすぼらしくは決してない宿で、二人はここに三日間だけ滞在す
ることにした。
 割り当てられた部屋に入り、術式ランプを灯すと、部屋から闇が追い出された。
 ベッドが二つ並んでいる。部屋は分けないことにした。そうする意味もない。
 レイラは荷物を置き、ベッドに腰かけると、そのまま仰向けに体を倒した。
 意識していなかった疲れが一気に出た。早くもまぶたは重くなり始めている。
 レイラはそのまま友人に向かって言った。
「劇場、明日にしよっか……ちょっとつかれた。」
「そうだね。」
 短い返事をしてアーメリアも荷物を置き、レイラの向かいのベッドに腰かけ、髪をまとめていた紐を解いた。
 二人は深く息を吐く。
 アーメリアが自分の肩を叩く。
「長旅だったからね。」
117教会術師のお話 ◆G.Jo4hrQXg :2009/08/03(月) 08:43:51 ID:gHawCMwC
「あーヤダ、なんか疲れてると分かったら益々疲れてきた、風呂借りてくるよ。」
「どうぞ、晩御飯は七時だって。」
「あいよ。」
 レイラは少し反動をつけて体を起こし、ローブの紐を緩めた。
 荷物の中から下着とタオルを引っ張り出し、だらしない格好のまま部屋を出て
いく。
 恥じらいなんてないのかな。
 残されたアーメリアもローブの紐を緩めた。
 天井を見上げる。何の面白みもない。
 視線は段々と下がっていき、やがて小さなテーブルの上で止まった。
 そこに投げ出されている羊皮紙の束は、さっき教会で受け取った資料だ。
 ベッドから立ち上がり、手にとってみる。
 紐で閉じられたその束の表紙には『無断閲覧厳禁』の文字がある。それはすな
わち、閲覧にはこの国の皇帝陛下と、教会術師たちのトップである教皇の許可が
要るということだ。
 本来ならば教会術師の中でも最下位の二等教会術師のアーメリアが気安く手に
とれるものですらない。だが、今資料はこの手の中にある。
 彼女は椅子を引き、腰かけた。
 元々腑に落ちていなかったのだ。アーメリアにお使いを頼んだアザード・グリ
ンブリッジ大教会術師は、なぜわざわざそうしたのか?
 平民ですらちゃんと届けを出しさえすれば、軍から兵士を借りて使いに出すこ
とが出来る。なのに彼はわざわざアーメリアを指名し、しかも、彼はただの往復
分の費用だけでなく、さらに四日分も余分にお金をくれたのだ。
 アーメリアには彼の真意が資料の表紙を見た瞬間に分かった。感謝します、アザード様。
 アーメリアは誕生日のプレゼントを開ける時のような心もちで資料を綴じてい
る紐を解いた。
 羊皮紙がバラバラになる。一枚目を見た。
「……これって……!」
 一瞬でアーメリアは記された文字列から目が離せなくなっていた。まさか、こ
んな――
 天を仰ぐ。
「……ありがとうございます、グリンブリッジ様。」
 今度は思いだけでなく、言葉が出た。


 レイラは廊下を歩いていた。
 シャワーを浴びたばかりのその体は火照り、ただ歩くだけでも心地よい。
 やはり風呂は良い。兄や両親は半年に一度も入らないが、そんなのはレイラに
は耐えられないことだった。
 通路を進み、部屋の前に立つ。中に入ると、アーメリアが机に向かっていた。
「……何やってんの?」
118教会術師のお話 ◆G.Jo4hrQXg :2009/08/03(月) 08:47:26 ID:gHawCMwC
 さすがに少し信じられなかった。
 彼女が学問に熱心なのは知っていたが、まさかここまでとは。
 アーメリアの周りには羊皮紙が散乱していた。そのどれもがビッシリと細かい
文字で埋め尽くされている。
 まさか、自分が風呂に入って出てくるまでの間にこれを?自分ならこれだけ書
くのに一週間はかかるに違いない。
 少し遠慮がちに彼女の顔を横から覗き込むと、彼女はレイラのことなんか文字
通り眼中に無いようだった。レイラは生まれて初めて実際に鬼気迫る表情という
のを見たと思った。
「あの……アーメリア……?」
 声をかけても反応がない。正気を疑うほどの集中力。多分これが満足に教育も
うけられない平民であった彼女をここまで押し上げたものなのだろう。
 昼間会ったあのサイモンも、もしかしたら彼女と同じだったのかもしれない。
 レイラは悩み、そして意を決して彼女の肩を叩いた。
 途端に彼女はばね仕掛けのおもちゃのように飛び上がり、椅子から転げ落ちそ
うになる。
 レイラはその体を支えた。
「もうすぐご飯みたいだよ。」
「え……ああ……」
 彼女は状況がいまいち飲み込めていないようだ。
 レイラは腰に手を当てる。
「何やってたのさ?」
「え……うん。」
 とりあえずアーメリアは頷いてみせた。
 スロウな動作で机の上の資料を手にとる。
「資料を、写してた。」
「受け取ったやつ?」
「うん、グリンブリッジ様が滞在費用をくれたのは、これを写す時間のためなん
だよ。」
「どうして?」
「……この資料を大教会術師より下の階級の人間が閲覧することは出来ないから。」
「つまりグリンブリッジ様は、『アーメリアに資料を覗き見させるため』にわざ
わざお使いに出し、余分に滞在するための費用をくれたっての?」
 アーメリアは頷いた。
 レイラは真顔の彼女を見て、半ばあきれたような気持ちを抱いた。
「……論拠は?」
「そうとでも考えないと、おかしいでしょ、私たちを使いに出すとか。」
「……そうかもね。」
 テーブルの上を見る。
 資料と、書きかけのその写しがあった。
「その資料さ、何が書かれてるの?」
「そう、すっごいんだよ!」
 何の気なしにそう訊くと、アーメリアは途端に興奮した調子になった。
 彼女は資料の束から一枚を引っ張り出し、そこに描かれた正確な挿し絵を指で
指し示した。
119教会術師のお話 ◆G.Jo4hrQXg :2009/08/03(月) 08:51:01 ID:gHawCMwC
「これこれ!術式に使う古代文字のこの字!この解釈が変わるのかもしれないの!」
「……はぁ」
「今まで解釈不能で、単なる置き字とされてきたこの文字に新しい解釈がつくと
なると、この単語とこの単語の解釈も変わるでしょ?そしたらこの文の解釈も変
わるからそれに連動して――」
「――ストップ、ストップ。」
「なに?」
「順を追って分かりやすくワンモアプリーズ。」
「え……うん。」
 指を立てた。
「まず私たち教会術師が日々研究しているのは、術式という、不思議な力を持つ
模様です。」
「うん。」
「そして術式というのは、術式結晶と呼ばれる宝石の力を引き出してその効果を
現すものなんだ。」
「燃料と機械みたいな関係だよね。」
「うん、で、その術式は特定の幾何学模様と古代文字の組み合わせで作られてる
でしょ?」
「幾何学模様が術式結晶の力を引き出して、その周囲に描かれた古代文字が様々
な効果を与えるんだったっけ。」
「うん。」
「で?」
「……その古代文字って、まだ全部解読されていないんだ。」
「私たちは『訳のわからないもの』を使っているわけ。」
「そう、だから!」
 一瞬でアーメリアは先程のテンションに戻ってしまった。
「一文字でも、未解読の文字を解読したなら、それは歴史に残る偉業なの!それ
だけでこの国の科学が大躍進をとげるんだから!」
「はいはいオッケイ理解しましたよ。」
 目を輝かせているアーメリアを手で制す。
 彼女が興奮している理由はわかった。
 だがレイラは今一彼女と自分の上司、アザード・グリンブリッジ大教会術師が
信用できなかった。
 彼とレイラとの普段のあまり良好ではない関係のせいかも知れない。それとも
アーメリアに対する嫉妬かも。
 レイラは腕を組んだ。
「アンタさぁ、ちょっとおめでたすぎない?」
 予想していなかった反応にアーメリアは言葉につまった様子だった。
「良い?アンタの能力と、その学問に対する貪欲さは良く知ってる。アタシも、
あんたにその資料を与えたグリンブリッジ様も。」
 レイラは言う。
「でももし仮にアンタが、その写した資料を使って、何か大発見を成し遂げたと
しても、アンタは何も得られないんだ、わかる?」
「……どうして。」
「『アンタがその資料を閲覧できたはずが無いから』、きっとグリンブリッジは、
アンタの発見を自分のものにするつもりだよ。キノコを探すのは忠実な豚がやっ
ても、それを味わうのは飼い主だ。」
120教会術師のお話 ◆G.Jo4hrQXg :2009/08/03(月) 08:52:52 ID:gHawCMwC
「……グリンブリッジ様はそんな人じゃない。」
「そう思うのはアンタの勝手、本当のところはわからないよ。」
 アーメリアはうつむき、沈黙した。
 その様子を見たレイラはさすがに申し訳なく感じ、その肩を叩く。
「ゴメン、言い過ぎた。」
「……ううん。」
 彼女の言葉からはさっきまでの活力は消え去っている。
 レイラは両手で肩をつかみ、アーメリアを立ち上がらせた。
「ほら、ご飯食べに行こう?」
 しかし彼女は俯いたまま首をふる。
「……いいよ、もうあと二ページで終わるんだ。」
「食べた後でも出来るでしょ。」
「……ゴメン。」
 レイラはそれ以上は勧めなかった。
 肩から手を離す。
「そう……ゴメン。」
「いいって、私は気にしないで。」
 そう言ってアーメリアは再び席につき、ペンを手にとった。
 レイラは部屋を出ていった。


続く
121創る名無しに見る名無し:2009/08/11(火) 20:45:03 ID:bExNa/Mf
たまには上がるべき
122教会術師のお話 ◆G.Jo4hrQXg :2009/08/13(木) 13:06:58 ID:lcY2chUF
 出された食事は粗末なものだった。
 しかしその感想はレイラの普段の食事と比較した場合のもので、実際はそんな
こともなかったのだが、レイラは少し物足りない気分のまま食堂を出た。
 結局アーメリアは来なかった。
 一瞬の下らない感情に身を任せて発言してしまった自分の迂闊さに唇を噛む。
 食事に来なかったアーメリアのためにパンの一つも貰えないかと頼んだが、駄目だった。
 レイラはなんとなく部屋に戻る気がしなかった。
 単に気まずいからかも知れないし、もっと根が深いものかもしれない。
 嘆息しながらレイラはランプで照らされた廊下で立ち止まり、まだ鎧戸が下り
ていないそばの窓から外を眺めた。
 外も中ももうすっかり暗い。夜がやってきていた。
 昼間はあんなに活気があった表の通りも、もう歩いてゆくのは野良犬くらい。
 夜空は星たちで埋め尽くされ、押し潰されそうなほどに恐ろしい。
 何が起こってもおかしくない、そんな雰囲気の夜だった。
 その時だった。
 何か大きなものが倒れる音が、レイラの覗いている窓の外からした。
 不審に思って窓を開ける。
 顔を出すと、宿の外壁に近いところに数人の人間の影が見てとれた。
 一人の人間が地面に倒れ、その人間を挟んで数人の人間が向かいあっているよ
うに見える。
 レイラは目を凝らす。
 その倒れている人間の周りの地面に広がっているものが何かわかった瞬間、彼
女は叫ばないように咄嗟に自分で自分の口をふさいだ。
 そのまま顔も引っ込めればいいのに、何故かレイラはそれが出来なかった。
 すでに目は釘付けだった。
 倒れた人間の周りの地面が、宿の窓から漏れたランプの光に照らされて不吉に
輝いている。
 赤黒い。あれは血の色だ。
 人が死んでいる。
 いや、死んでいないのかもしれないが、少なくとも命に関わるほどの怪我を負
っているのは疑いようもなかった。
 彼の周りに立つ人間たちがやったのか。
 レイラの目も暗闇に慣れ、彼が皆武器を携えているのがわかった。
 こちらに背を向けている一人がサーベルを構え、死体を挟んでさらに人間たち
と向かいあっている。
 そこでやっと、一人が数人に敵対しているということをレイラはわかった。
123教会術師のお話 ◆G.Jo4hrQXg :2009/08/13(木) 13:10:04 ID:lcY2chUF
 彼らはしばらく睨み合っていたが、やがてなんらかの交渉が成立したようで、
数人の影はゆっくりと夜の闇に溶けていった。
 緊張がとけ、残された一人はサーベルを納める。
 彼は仲間とおぼしき死体を担ぎ上げて姿を消した。
 レイラはその一部始終を見ていた。
 静かに窓を閉め、鎧戸を下ろす。
 いつもそうだ。
 いつも自分の軽率な行動が、自分の首を絞める。
 今見たことは忘れよう。沈黙は金で、雄弁は土くれだ。
 レイラは貴族社会でこのような状況の対処の仕方を学んでいる。
 自分に関係なければ黙っているべきなんだ。
 窓を離れ、廊下を歩く。
 自然と忍び足になっていた。
 部屋に戻るとアーメリアは既に片付けまでしっかりと終え、下着姿でベッドに
寝ていた。
 レイラもローブを脱いだ。
 ランプを消す気にはどうしてもなれず、鍵をかけ、部屋は明るくしたまま自身
もベッドに横たわった。
 意外にも心は冷めている。
 すんなりと眠りに落ちることができた。


 飛び起きた。
 異常な体験のためか感覚が鋭くなっていたのかも知れない。
 とにかくレイラは危険な気配を感じたのだ。
 枕元のナイフをつかみ、ベッドの上で硬直する。
 隣のベッドのアーメリアはぐっすりと眠っていた。
 不自然に明るい部屋に目がまだ慣れないため、レイラは目を細めた。
 冷や汗が眉間を滑り落ちる。
 激しい動悸と渇く喉、震える手。
 部屋を明るくしておいたのは間違いだった。人の手による光で部屋が満ちてい
るからこそ、かえって恐怖の気配がそこかしこに現れる。
 だが、何も起こらない。
 時計の針の音が脳味噌の内に幾度も反響するようになっても何も起こらない。
 思い過ごしだろうか。そんな甘い言葉が一瞬、頭によぎった時だった。
 入り口から金具の音。
 それが鍵を開けた時の音だと気づく前に、数人の男たちは既に部屋に踏み込ん
できていた。
 声をあげようとしたが、素早く踏み込んできた相手に何か柔らかいものを口に
押し込まれた。
 その途端意識が遠退く。実は口の中に押し込まれた布には、暗殺者等が使う超
即効性の睡眠薬が染み込ませてあったのだが、レイラにはそこまではわからない。
 最後に感じたのはベッドの布の感触だった。


 二度目の目覚めは穏やかだった。
 窓から穏やかな光が射し込み、外からは小鳥の鳴き声がする。
124教会術師のお話:2009/08/13(木) 13:12:41 ID:lcY2chUF
 頬を撫でる、わずかに吹き込む爽やかな風が、レイラに状況認識を遅れさせた。
 寝かされていたベッドから体を起こす。
 服は綺麗に畳まれて、すぐそばに置いてあった。
 まだボンヤリとした頭のままノロノロとそれらを身に付け、もう一度ベッドに
腰かける。
 途端に昨夜の記憶が戻ってきた。
 立ち上がり、思わず部屋を見渡す。
 ベッド以外には何も無い殺風景な部屋にアーメリアの姿は無かった。
 窓の外へ目をやる。位置が高い。
 どうやらここは建物の四階辺りらしい。
 眠らされて、さらわれてしまったのだ。
 ……どうすればいいのだろう。
 今のところ体に何かされた気配も無いし、寝た時に身につけていた、術式結晶
をはめたペンダントも無事だ。ということは金目の物が目当てでも無い。
 やはり口封じのためなのか。
 だがそれだとわざわざ誘拐する意味もない。寝ている間にグサリ。それで終わ
りのはずだ。
「……身代金か?」
 その線もある。誘拐犯が私のことを知っていたのかもしれない。帝都の名門、
シングライト家のことを。 だが自分は三女だ。居てもいなくてもどちらでもいい。政略結婚の材料に使え
るかという程度の存在価値しか私には無いのだ。
 あの冷酷な父が私のために大金を出すとも思えない……あてが外れたな。
 そこまで考えて、レイラは頭を振った。
 考えてもわかるはずがない。こういうのは直接本人に聞かなければ。
 腕を組み、部屋の扉に目をやる。
 まずはアーメリアだ。自分が原因でこんなことになったのだとすれば、彼女は
ただ巻き込まれたというだけになる。そんなことで彼女の命を散らすわけにはい
かない。
 扉に近づき、とりあえずノブを捻ってみる。
 なんと、鍵はかかっていなかった。
 当然レイラは疑問に感じたが、あまり深く考えるのはやめた。
 扉の向こう側の景色に見覚えがあったからだ。
 余計な装飾がほとんど無い、この落ち着いた雰囲気の廊下は――
「マジかよ……」
 ――昨日の昼間寄った、あの教会の、術式の研究棟だった。
 慎重に廊下に足を踏み入れる。
 窓の外には墓地が見えた。
 とりあえず、誰かを探そう。
 落ち着かない様子で廊下を見渡していると、廊下の中程にある階段を誰かが上
ってくるのが見えた。
125教会術師のお話 ◆G.Jo4hrQXg :2009/08/13(木) 13:15:39 ID:lcY2chUF
 一瞬身構えたが、すぐに気を取り直して、あくまで堂々とした姿勢でいるべき
だと思い、そうした。
 階段を上ってきた人間はこちらに向かってくる。
「やぁ。」
 こっちから声をかけてやると、その人間は微笑んだ。
 昨日、レイラとアーメリアをサイモンの部屋に案内してくれた尼僧だった。
「お目覚めになりましたか。」
 黒衣の彼女は目を細める。
「爽やかな目覚めだったよ。ついでに寝入りも、とても良かった。」
「そのことについては謝罪します。ですが、仕方の無かったことなのです。」
「さっさとサイモンに会わせな。理由はあの野郎の口から直接聞きたい。あと、
アーメリアは無事だよな?」
「そこの部屋に。」
 尼が指差したのは、レイラが寝ていた部屋の隣にある部屋だった。
 ドアに飛び付いてノブを回すと、やはり鍵はかかっていない。
 踏み込むと、アーメリアはまだ目覚めていなかった。
「アーメリア!アーメリア!」
 ベッドのそばに駆け寄り、肩を揺すると、アーメリアはうめき声を上げた。血
色もいい。
 胸を撫で下ろした。
「んぁ……」
 その時、妙な声をあげて彼女が目を覚ました。
 彼女はとろけたままの目ですぐ近くのレイラの顔を見、そしてまた寝た。
「――ってこら!」
 激しく肩を揺すったが、アーメリアは抗議するように唸るような声をあげるだけ。
「眠いのー……寝かせてぇー……」
「アンタ昨日アタシより先に寝てたろ!」
「今日は安息日ぃー……」
「今日はバリバリ平日だ!」
「冗談やめてぇー……」
「そこで自分を疑え!」
 結局枕と毛布を取り上げてから、やっとアーメリアは正気を取り戻した。
 しかしまだ状況は理解していないようで、昨夜との部屋の違いに戸惑った様子
を見せる。
 説明してやると、彼女はポン、と手を叩いた。
「なるほど。」
「……アンタ本当にわかってんの?」
「うん。私たちは誘拐されて、その犯人だと考えられるのがサイモン様。以上。」
「……じゃあなんでそんなリアクション薄いの。」
「状況さえわかれば逃げ出す法はいくらでもあるから。」
 にやり、と彼女の口端がつり上がった。
 この友人が時々見せるこの表情は私をゾッとさせる。
 だが私はその度に彼女の本性を垣間見た気がして、少し嬉しくなるのだった。
 アーメリアの表情はいつのまにか、いつも彼女が見せる屈託の無い笑顔になっ
ている。
126教会術師のお話 ◆G.Jo4hrQXg :2009/08/13(木) 13:16:56 ID:lcY2chUF
「サイモン様がやったことなら、きっと何か理由があるに違いないよ。」
 ……さっきの表情が嘘のようだ。
「よろしいでしょうか。」
 不意に後ろで様子を眺めていた尼が口を挟んだ。
 レイラはアーメリアに服を着るよう言い、尼と共に彼女の部屋の前で待った。
 出てきたアーメリアは丁寧に一礼した。
「では参りましょう……こちらです。」
 尼は階段を示した。


続く
127創る名無しに見る名無し:2009/08/14(金) 20:41:40 ID:4XFf1pn6
モンスターは出てくるの?
128創る名無しに見る名無し:2009/09/06(日) 00:30:21 ID:UQCmtZWT
窓から投げ捨てられる糞尿を避けて逃げるイベント発生
当然ながらお風呂は入らないで香水でごまかす
129創る名無しに見る名無し:2009/10/19(月) 19:26:22 ID:lKknyNXT
良スレあげ


130(1/1)古代の食糧:2009/12/17(木) 08:35:03 ID:mwU9b+Be
ガリッ
歯が欠けた
小さな豆粒を口に放っただけなのに・・・

そこは川原
たまたま目に入った穂を無意味げに食してみた
「あ!じいさんがまた雑草くってら!ダメっだって言ったでしょ!じいちゃん」

老人はただ呆然と川を見ていた
いつか数百年後、さんぜんと輝く黄金色の穂がここら一帯に立ち並ぶことを。
「いいから肉食えよじいちゃん、噛み切れないからってもうそこらの雑草は食うなよ」
孫にどやされる
しかし反する思いはつのり、やがてそれは稲作へと移行させた
ただし今は生肉をかじるのみだ

ひたむきに、ひたすらに血肉をすすり、むさぼる
小さな石ころのような豆粒をかじる
じゃりを噛んだような食感に苦悩する

ホカホカの米もない
フワフワのパンもない
石うすで雑穀をひき、水でとき、堅焼きパンが誕生するまであと346年余・・・

今はただ野生の穂を「はむ」のみ
せせらぎと清水が流れる川はたえずそれをささやいている
そこらに生える雑草にしか見えない穂はたえずそれを歌っている
老人の折れまがった丸い背の向こう側で。
黄昏た夕日に真っ赤に照らされながら
131創る名無しに見る名無し:2010/01/13(水) 04:16:57 ID:vfBHW7L1
面白そう
132創る名無しに見る名無し:2010/02/11(木) 16:12:56 ID:vmkBDyIP
天は我々を見捨て、新たな世界を作り出した。
人々はそれに気付かない…。それどころか、尚も天にすがろうとする。

私にはそれが、無性に気に食わなかった。
例えそれが、私の言葉に耳を貸さなかった結果だったとしても。

心の奥底から何故だか許しがたい憎悪の類いを感じた。


あぁ…無知とはなんと醜く

なんと憐れなのか…


その日から私の中で何かが破綻してしまった様だ。
様だと言うのは、私自身故意に行動を起こしているわけでは無いからである。
言うなれば身体が勝手に動いて行動している。そう言えば近い。


ただ頭の片隅に残っている思念。何故だかやらなければいけないと思わせる、危うい思想。

古くから伝わる迷信ジンクス。

「千の血肉を浴びたものこそ天の怒りを買うだろう。天の逆鱗に触れし者こそ試練の階段の扉が開く」
133創る名無しに見る名無し:2010/02/11(木) 16:25:40 ID:vmkBDyIP
私には友達も、所謂恋人と言った気心知れた関係の人物はいなかった。
即ちそれは孤独と孤立を意味し、未練や後悔さえも朧気にしてしまう。
それは既に、あの白く輝く月下を不浄の朱で染め上げた時から失っていたのかもしれない。

やけに目の奥、瞼の裏に焼き付く緋色の液体。

剣を握る手が無性に滑り、てらてらと妖しく光る。

生臭く、鉄臭く。

しかし不思議とソレを浴びることに抵抗は無かった。
いや、もしかしたらより多く浴びれるようにわざと急所を外し、より多く噴き出す場所を狙っていたのかもしれない。

鮮血の朱がよく映える…

あぁ。生まれたての赤ん坊になったようだ

もっと…さぁ、鮮血を吹き散らし舞い踊ってくれ


何時しか私は

魔王と──

そう呼ばれるようになった。
134創る名無しに見る名無し:2010/02/11(木) 16:46:18 ID:vmkBDyIP
あぁ…酷く頭が痛い。

昨日はいつもより早く寝たはずなのに…。
「っつ…」

汗でもかいたのだろうか?
身体中がやけにベタベタしている。
その日は学舎へ行く日だったのだが身体中が悲鳴を上げていたので休む事にした。
取り敢えず湯編みをしよう。それから少しお腹に何か入れたい。
具合は悪くても腹の虫は中々煩かった。
つい最近まで、朝は抜いていた筈なのに。

湯船に適当にお湯を張り、肩まで浸かる。
熱くも冷たくもない温かさについうとうとしてしまった。
はっとした頃にはお湯はもう湯気を立てず、沈とした水に変わっていた。
……
そんなに寝ていただろうか?

私は深く考えず、手短に湯編みを終わらせた。

…?

唐突に襲った違和感。それは本当に微かな、無ければ無いでどうにでもなるような物。
そしてそれがナニカとも気付かせない程稀薄な物。



そうだ…鏡が無い。


何故、鏡が?


私は深く追求もせず…いや、依然の私なら居たたまれない釈然とした気に駆られ、探しただろうが…。
私は腹を適当に満たし、湿った羊毛布団へ身体を沈めた。
135創る名無しに見る名無し:2010/02/11(木) 16:52:39 ID:vmkBDyIP
鏡。
それは己を写し出す唯一の物。
しかしそれは本物ではなく、もう一つの闇の顔をも写し出す。


私は魔王。不思議と夜の記憶しか無いのだが…。

そんな事はどうでも良い…!
それよりもあの賢者等と大層な肩書きを持つ人間だ!
糞が…っ

頭を抑え、何とか邸まで辿り着いたは良いが…。
今まで返り血を浴びていた身体は己の血に濡れるのに慣れていない。
実に不愉快だ。
背後を取られた事か?
茂みに隠れていたのをみすみす逃したかからか?

いや違う。私が己の血に染まっている事だ。
気分が悪い。頭をざっくり切られているが、そんな事よりもあの賢者の血を一滴も浴びていない事が腹ただしい。

おのれ…。何故っ何故私が…!

爪の先のように細く滲む月がやがて全く見えなくなり、代わりに雷光が滑走し始めた。
それからややたって大粒の雨が踊り出す。
私は門扉の中で雷雨の下、闇に溶けた。
136創る名無しに見る名無し:2010/02/11(木) 17:01:55 ID:vmkBDyIP
その後、小一時間程だろうか?
濡れた衣服の重さと冷たさに光を取り戻した。雨はもう止んでいる。

何度か咳き込み、取り敢えず握っていた剣を投げ捨てる。
手がかじかむ。
脚に力が入らない。
門扉にもたれていた背中はまるで凍り付いたかのように動かない。


痛い。あぁ、痛い…

アドレナリンを失った身体はやけに素直だった。
水に打たれ過ぎて冷めて固まってしまったのか?

このままでは陽が上る。
急がねば。

外套を脱ぎ捨てようとしたとき、手鏡が滑り落ちた。
乾いた音をたてて、足下に転がる。

映し出すのは、賢者と対峙している私。

沸き上がる熔岩の様な噴気。
それは冷たい鉄を陽炎浮かぶ熱い鉄に変わるが如く。
体温が一度上がるのを己自身で気付く程に。

鏡を覗けば再生されるあの時。

私はそう時間をかけず、邸にある全ての鏡を視界から抹消した。


認めぬ…私は認めぬ!

137創る名無しに見る名無し:2010/02/11(木) 17:16:01 ID:vmkBDyIP
あぁ…酷く頭が痛い。

昨日はいつもより早く寝たはずなのに…。
「っつ…」

汗でもかいたのだろうか?
身体中がやけにベタベタしている。
その日は学舎へ行く日だったのだが身体中が悲鳴を上げていたので休む事にした。
取り敢えず湯編みをしよう。それから少しお腹に何か入れたい。
具合は悪くても腹の虫は中々煩かった。
つい最近まで、朝は抜いていた筈なのに。

湯船に適当にお湯を張り、肩まで浸かる。
熱くも冷たくもない温かさについうとうとしてしまった。
はっとした頃にはお湯はもう湯気を立てず、沈とした水に変わっていた。
……
そんなに寝ていただろうか?

私は深く考えず、手短に湯編みを終わらせた。

…?

唐突に襲った違和感。それは本当に微かな、無ければ無いでどうにでもなるような物。
そしてそれがナニカとも気付かせない程稀薄な物。



そうだ…鏡が無い。


何故、鏡が?


私は深く追求もせず…いや、依然の私なら居たたまれない釈然とした気に駆られ、探しただろうが…。
私は腹を適当に満たし、湿った羊毛布団へ身体を沈めた。


今は眠ろう…

己の欲求に、ただ素直に…
138創る名無しに見る名無し:2010/02/11(木) 17:17:36 ID:vmkBDyIP
ミスった…
139創る名無しに見る名無し:2010/02/11(木) 17:32:49 ID:vmkBDyIP
寒さと空腹で目が醒めた。
外を見ればうっすらと白いベールが被さっている。
そして吐く息が微かに白みを帯びていた。

珍しい。この国で雪が降ったのを見たのはいつだっただろうか。

空の漆黒とは対照的に、月白の結晶が新鮮なコントラストをかなでている。
穢れなく、何物にも染まることの無い純白。

それは私には眩しすぎる程で、先ほどの感慨は何処へやら。
言い知れぬ拒絶感と嫌悪感が入り雑じった…言うなれば嫉妬に近い類いのものを腹の底に沈めた。

乱暴にカーテンを閉め、苛立ちを込めて寝室の戸を開けた。
何とも情けない音を立てて戸に嵌め込まれたステンドグラスが飛び散った。
私は舌打ちを一つ立てただけでそれらを無視し、テーブルの上で暇そうにしていたパンにナイフを滑らせる。


さぁ、賢者よ。

お前の血を見せてくれ。

純白のシルクの上を

お前の鮮血で染め上げてやろう。


雪は、その後も降り続く。
140創る名無しに見る名無し:2010/02/11(木) 17:35:32 ID:vmkBDyIP
寒さに、体が震えた…。

どうやら寝ていたようだ。
何故か寝室ではなく、リビングの一人では大きすぎるテーブルで。頭を乗せていた腕が若干痺れていて、時間の経過を物語っていた。
昨日の頭痛と鉛のような身体の重さは嘘のようで、腕の痺れ以外は一昨日のままだった。


最近良く、記憶が曖昧になる。
今もそうだ。
どうしてこんな所で寝ていたのだろう。
寝巻きから覗く腕に、こんな傷など有っただろうか。
そして何故邸中の鏡が無くなっているのか。

それらは多分、ありとあらゆる想像をしたところで答えなど有りはしないとしても、他にすることも無く取り敢えず考える他なかった。

私は元来、はっきりしない物事が嫌いなのだ。
思えば鏡一つ無くなっていた段階でいてもたってもいられない衝動にかられる筈なのに。

しかし最近はそれすらをも億劫にさせる。
私はそんな怠け者だったのか?
いや、違うな。
何だろう…。
疲れている…のか?


だが疲れる理由が無い。
以前は陽が上るのを見届けないと寝れずにいた。
しかし最近は月を見た覚えがない。

釈然としない…が、とりあえずは保留とする事にした。
141創る名無しに見る名無し:2010/02/11(木) 17:51:58 ID:vmkBDyIP
私は久々に…実に一週間振りに学舎へ行くことにした。

学舎と言っても、教会で教祖の話や剣術を学ぶだけで、一日中机に向かっているそれとは違うものだった。

私は今年で18になる。
ここの決まりで、18歳は大人と見なされ、学ぶ側ではなく教える側として学舎に通わなければならなかった。
私の担当は地理と剣術。
数学や医術なんかはてんで駄目で、あとは役にも立たない詩文だったりする。


10にも満たない子供たちは所謂「孤児」で、比較的都市部に近いこの教会では常に100人は収容されていた。

私は訳あって此処で世話になった。が、勿論「孤児」ではない。


白い外観は夜通し降り続いた雪と相成ってより美しく映えた。
子供たちは皆目を丸くして冷たく輝くそれに触れている。
最初こそ腫れ物に触るかのように接していた彼らだったが、冷たいのが逆に珍しく思え、笑顔になっていった。


刹那―…

血飛沫と、轟音が、私の意識を飛ばした…


142 ◆OvkudYYjSM :2010/02/12(金) 12:29:11 ID:94Y+mFBH
>>92が凄くいいね
話は何がしたいかよくわからんかったけど描写が凄くいい
2ちゃんに投下するように、普通は読みやすく文章を切り詰めて描くもんだけど
これはそのまんま小説としてしっかり読めた
143 ◆TMp6.3umQk :2010/02/21(日) 12:56:51 ID:8mJOjJN2
144 ◆OMgg0Lfrws :2010/02/21(日) 12:58:15 ID:8mJOjJN2
145 ◆P3mkcgF2L6 :2010/02/21(日) 12:59:44 ID:8mJOjJN2
ぬぬぬぬぬ
146 ◆4.KxX6FtKw :2010/02/21(日) 13:00:57 ID:8mJOjJN2
ぬー
147 ◆KVNmR1w/L6 :2010/02/21(日) 13:01:50 ID:8mJOjJN2
ぬぬぬ・・・
148 ◆XmclaTpjxY :2010/02/21(日) 16:22:35 ID:HkPpuFZT
1:起床
穏やかな、朝の光の中で、エルノラはふんわりと”あくび”をした。
目をこすり、まだ少しだけ冬の寒さが残る、春の目ざめの空気に包まれながら
おもいきり背伸びをすると、のどの奥から「うに〜〜」と奇妙な音がもれるのが聞こえた。
それは、おそらく夢の残り香だった。
昨日は、朝から晩までこのフェイのアトリエで、うにを使った調合練習をしていたのだ。
恐ろしく単調で、それでいて骨の折れる作業だ。
目はうにのトゲトゲのせいで”しばしば”し、そして、指は真っ赤になる。
そのせいで、ひどい悪夢を見てしまったものらしい
(幸いに、中身の記憶はあくびと共に消えてしまったけれど)。
エルノラは、どんなにツラいことも一晩寝ると忘れてしまう得な性質をもっていた。
それは、小さな十歳の錬金術士の見習いの少女がもてる、最良の才能だった。
「よいしょっと!」
少女は、師匠の口癖がうつってしまったのであろう、微妙に年寄り臭いかけ声とともに
作り付けの粗末なベッドから飛び降りると、今日からはじまる物語に、幼い胸を高鳴らせた。
149創る名無しに見る名無し:2010/02/21(日) 23:21:34 ID:ACBmAnQT
最近はもうエロSS以外読む気がおきん
悲しいけど、エロは偉大だわ・・・
150創る名無しに見る名無し:2010/02/24(水) 13:22:31 ID:+T4GPZnJ
それはきっと俺が書いたやつに違いない
ご愛読どうもありがとう
151創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 15:42:18 ID:54oqoR3v
そういうのはエロパロでやってね。
ちゃんとスレあるし。
152創る名無しに見る名無し:2010/03/21(日) 06:14:21 ID:j5VvGAGs
で、このスレはもう機能してないのか?
スレ立てた人も消えたな
153創る名無しに見る名無し:2010/03/21(日) 09:02:23 ID:TrvtABfH
創発では、スレというのはただそこにあるだけで機能しているとされる。
書き込みが常時行われていなければならないという定義は、
創発における「機能している」の定義には当てはまらない。

まあ、戯言だけどね。
154創る名無しに見る名無し:2010/06/10(木) 12:45:16 ID:Zw/gcxVY
創発に限らず掲示板って元々そういうもんだ
常時誰かしらの書き込みがある板の方が特異な例
155創る名無しに見る名無し:2010/06/11(金) 21:04:54 ID:qLhzPv0J
学問系なんか何年も1スレで続いてたり。
人がいなくて寂しいときはですがスレに行く
156創る名無しに見る名無し:2010/07/09(金) 13:48:05 ID:ID00mmH0
age
157創る名無しに見る名無し:2010/07/21(水) 02:31:05 ID:PUhS4z1b
ていうか、類型スレが乱立しすぎなんだよここ
他の類似スレが埋まり次第、ここに合流するよう誘導していった方がいいな
158創る名無しに見る名無し:2010/07/21(水) 02:32:10 ID:PUhS4z1b
ちなみにファンタジー系スレだけで知る限り3つはある
スレ立て放題だから、まだあるだろな多分…
159創る名無しに見る名無し:2010/07/21(水) 21:47:56 ID:o2aTMxZz
どちらかというと重厚な雰囲気がするこのスレと
ライトファンタジーな雰囲気がするファンタジーっぽいスレを
統合するのは難しいと思った
同じファンタジーでもある程度は棲み分けした方がよさげ
160創る名無しに見る名無し:2010/07/22(木) 05:10:17 ID:shfh6bQ0
もともと、>>1が自分の公開オナニー会場として立てたスレだしな
161創る名無しに見る名無し:2010/07/23(金) 06:17:00 ID:U1h29Kzb
重複スレの方に、まとめwiki勝手に立てて無断転載しまくる屑が湧いたな

こっちに重複しろと言ってるのに
無理やり次スレ立てる気まんまんで引くわ

キチガイって本当にいるんだなw
162創る名無しに見る名無し:2010/07/23(金) 06:17:52 ID:U1h29Kzb
>>160
オナニーであろうが投降する奴のためにある板だぜここは
まあ、創作文芸板から中二病感染者を隔離する意図で立ったのは明らかではあるがw
163創る名無しに見る名無し:2010/07/24(土) 09:00:16 ID:Gw1evSfT
保管庫管理人ですが、急な入院により、パソコンからネットができなくなりました。
今携帯から書き込んでます。
それで本当に申し訳ないのは、保管庫の更新ができなくなったと言うことです。
新しい作品をアップできなくなった上、取り下げてほしい、改変してほしい等の要求にも答えられなくなってしまいました。
本当に申し訳ありません。
また、私の作品の続きを待ってくださっている奇特な方にも重ねてお詫び申し上げます。

>>161
なんであのスレをこのスレと合流させようと思うんだ。
むしろこのスレの方が向こうに吸収されるのが妥当だろうに。
現代・未来ファンタジーはこのスレの範囲外なんだから合流させようとするのは横暴だと思うが?
まぁ向こうは無事に次スレも建ったようだから良かったけど。

>>162
明らか? アホか。おかしな邪推で悦に入るな。
創作文芸なんて行ったことないからそんなの知らないっつの。
ここを建てたのはエロパロに似たようなタイトルのスレがあったなぁと思ったからであって、断じて隔離目的なんかじゃない。

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レス代行はここでおk その2
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265379030/496より転載
164創る名無しに見る名無し:2010/07/24(土) 21:51:58 ID:FhSaiDrE
>>163
保管庫管理人様
ご連絡ありがとうございます。
急なご入院とのこと…体調が早く早く回復するよう、お祈りしています。
また元気になられた管理人さんの作品を拝読できる日を気長にお待ちしてます。
まずは、ご自身のこと、しっかり労ってあげてくださいね。
165創る名無しに見る名無し:2010/07/25(日) 11:52:17 ID:m6OY0baW
自演晒しgae
166創る名無しに見る名無し:2010/07/28(水) 22:08:57 ID:R5b0mxz+
管理人消滅ってことで、続きは↑のスレに移行な
じゃ、のんびり梅ようか
167創る名無しに見る名無し:2010/07/28(水) 22:09:54 ID:R5b0mxz+
アホの群れが、雪だるま状にクソの山の上から雪崩打ってきたな

当事者が語った言葉ではなく、
その言葉に対する第三者の言葉をもって出来事を見る
自分の視点で物事を見ることなく、思考と視野を赤の他人に委ねる屑

こいつの作品に大量にでてくる典型的な、無能の図だな
168創る名無しに見る名無し:2010/07/29(木) 20:23:10 ID:Gi8tfn+6
3DSはDS市場のさらなる、暗く狭い市場だよ

もう任天堂の大量宣伝爆撃もぜんぜん売り上げに繋がってないっしょ?
ぬり絵ゲーとか売れるかと思ったらまったく売れない
他のも、誰も名前すら覚えないレベルの爆死

3DSをまるで、理想郷のように喧伝するのって本当に宗教だと思う

性能が上がれば、コストも高くつく
それでいて、ロムを採用してしまったあのハードは、中小に完全にトドメを打ちこむと思うよ
169創る名無しに見る名無し:2010/07/29(木) 20:24:25 ID:Gi8tfn+6
誤爆すまん
170創る名無しに見る名無し:2010/07/31(土) 10:45:35 ID:f3XJqLCN
自分としては、>>159の言うとおり、このスレにも存続してほしいんだけどなー

とりあえず、保管庫の管理、どうする?

創作発表板@wikiの「古代・中世的ファンタジーを創作するスレ」のページ
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/199.html

に移転させる形で良ければ手伝うよ。
171創る名無しに見る名無し
しっかり話し合ってからでいいと思うよ。
別に早急に何かをどうにかせにゃならんわけじゃないし。
wiki管理人さんの不在も、それが問題になるような状況が
発生してから考えればいいと思う。

少なくとも、向こうの住人で真面目にここと統合する事を
どうこう考えている人間はほぼいないw
っていうか、向こうもこっちも結構長い事とまってたからね。
動き出してから考えればいいと思うよ。