「大ババさま、本当ですか!?」
数日後、その現国王が少女に会いに来た。
「何がじゃ?」
「あなたが亡くなられるつもりだという話です!」
国王は必死の形相だった。少女はそれを、国王は政治に自信がないから
人材が抜けることが不安なのだろうと受け取った。
「安心せい。弟子や部下が十分に育っておる。
わらわが居なくなっても魔術庁の活動に影響は出ないじゃろう。」
「そういう問題ではありません!」
国王はめずらしく大声をはりあげた。
「…それでは、どいういう問題なのじゃ?」
一体何が問題なのか、国王にそれ以外のことを心配する理由があるのか、少女には全く分からなかった。
「そ、それは…」
国王はそう言って口ごもってしまった。
「変な奴じゃな。まあよい、明日にでも正式に辞職届けを出す。受理を遅らせたりするなよ?」
国王はしばらく、まるで口がきけないかのように黙っていた。
少女がけげんな顔で彼の表情を覗き込むと、やがて国王は意を決したように顔をあげた。
「大ババさま、何か思い残すことややり残したことはありませんか?」
どうやら国王は少女を引き止めたいらしい。それを感じたからこそ、少女は冷淡に首を横に振った。
正直なところ、少女も自らの死は恐い。それゆえ、ためらってしまえばなおさらに
ずるずると生き続けることになってしまう。それだけは避けたかった。
少女は、本当にまだ幼かった頃、そうやって生き続けた者の末路を見たことがある。
魔法で体を死なないようにしても魂は徐々に劣化していく。魂が劣化していけば魔力も弱まり体を維持できなくなり、
やがては知能をも失う。洞窟の奥に閉じ込められて、ボロ雑巾のように朽ち果てた体にしがみつき嗚咽のようなうめき声を上げ、
永久に死の恐怖に怯え続ける。どこまでも醜く、哀れな存在。それこそが、「死ねなかった不死者」の最期の姿だ。
国王がどういうつもりで自分を引きとめようとしているのかは分からない。
だが、ここで「死ななくてもいいよ」という甘い言葉に乗ることはそういう末路に進むことに他ならない。
だからこそ、少女ははっきりと「そんなものはない」と答えた。
「本当にやりたい事はもうないのですか? …たとえば、結婚とか。」
国王のその言葉に、少女はハッとした。それが少女にとって唯一の心残りであり、生き続けてしまった理由であったからだ。
しかし、それがかなうことはありえない。結婚したかった相手はとうの昔に死んでいる上に、少女はずっと子供のままなのだ。
そんなことは少女は自分でよく分かっていたが、その結婚したかった相手にうり二つの男にそれを言われては、
少女も思わず動揺してしまった。
「ば、ばかもの。わらわに結婚が出来ないことなど、お主も知っていよう。
他人の事よりも、お主が早く結婚せんか。世継ぎが出来なければ国家の一大事じゃぞ!?」
少女の動揺を見越してか、国王はまた少し間を置いて言った。
「それなら、結婚しましょう。」