その背に乗った袴姿の幼女は、愉快そうに頭上の喧噪を眺めていた。
「ほ、面白いのぅ、豪のクラスは」
「……逃げないから、背中から降りてくれるか、師匠」
「うむ」
幼女――仙女・武桜(ぶおう)は、ようやく豪の背中から降りた。
この二人の関係は、有紗が(本気かどうかはともかく)考えていたような恋
愛関係ではなく、武術における師弟の間柄である。
桜の舞い散る夕暮れの大通りを、二人は手を繋いで歩く。
最初、当然のように豪は渋ったが、武桜が彼の太股の痛点を連打し始めたた
め、仕方なくだ。
ごつい学生と、和服の幼女。
ちょっと変わってはいるが、傍目からはほほえましい兄妹に見えるかもしれ
ない。
とはいえ、豪としては憂鬱である。
「まったく、明日、俺はどうやってみんなに説明すればいいんだよ」
「は。ありのままに説明すればよいではないか。円転流仙術(えんてんりゅう
せんじゅつ)師範、武桜の弟子じゃとな」
武桜の方は、弟子と手が繋げてご満悦の様子だった。
「言って、素直に信じてもらえると思うか?」
「うむ。同じ人間同士、言葉を交わせるだけ獣を相手にするよりまだ楽じゃろ」
「いや、そういう問題じゃないんだけどな……大体、何で学校まで来るんだよ」
豪の指摘に、武桜は頬を膨らませた。
「ふん、道場に顔を出さぬ豪が悪いのじゃ。知っておるぞ。お主、また歓楽街
の地下クラブで賭博試合をしておるじゃろ」
「……あー、謝るから潰すのだけは勘弁してやってくれ。アイツら、基本的に
気のいい奴らなんだ」
「なるほどなるほど。その分、我の相手はお主がするのじゃな」
豪の背筋を寒気が走る。
「いや、そんな事を言った覚えは、まったくないんだけど?」
武桜の修練は、控えめに言ってもとても過酷である。
「うるさい。道場で待っても待ってもお主は来ぬ。この馬鹿弟子が。我は寂し
さで危うく死ぬところだったのじゃぞ」
「いつから師匠はウサギに転生したんだ」
「ほう、豪はバニーガールがお好みか。分かった。伝手を頼って用意しておく
ぞ」
「いや、いらないってそんなの」
見応えのなさそうな体でもあるし、と言ったら、この体勢のまま投げ飛ばさ
れかねないので口にはしない事にした。
「そんなのとは失敬な。師匠は敬うモノじゃぞ、豪」
「……バニーガールを師匠に持った覚えはないって」
「ようし。ならば真面目モードで相手をしてやるのじゃ」
『開団時(かいだんじ)』という荒れた古寺が武桜の住処であり、簡単に畳を
敷き詰めただけで広いのが取り柄の離れが二人の道場であった。
立て付けの悪い窓を開け、換気を済ませた豪は学生服を脱いだ。行住坐臥(
ぎょうじゅうざが)、戦いに身を置く精神を尊ぶ円転流仙術に道着は存在しな
い。