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総ての元凶であり関係者たる木錫を尖十郎は守ろうとしていたというのは皮肉な話だが、彼
はそれを笑えるほどの精神状態ならびに状況には存在していない。
「既に聞いたと思うが、そこに転がっている連中もこいつの部下だ」
男は言い聞かせるように呟きだした。
「信奉する見返りに、自分たちも化け物に格上げされんとする見下げ果てた人間の敵。同じ
人間だとしても自らの勝手で他社に害悪を振りまかんとする連中だ。分かったか? 分かった
らさっさとこの場から離脱しろ」
「逃げるって。あんたは。それに……木錫は?」
青ざめた面頬を震わせながら、尖十郎は男と木錫を見比べだした。
「安心しろ。多くは語れんが俺のこの鉤手甲は化け物を仕留めるに適した最高の武器。これ
で奴を斃すのが俺に与えられた任務だ」
「で、でも木錫は!」
「『化け物じゃないかも知れない』。そういいたいのだろう? だがお前は奴に違和感を感じな
かった事が一度でもあるのか?」
「それは──…」
尖十郎は言葉に詰まった。
(確かに……アイツは)
16・5kgほどに相当する特盛チャーハン十杯を平らげてなおすきっ腹を抱えていた。
雲梯の上を平然と駆けていた。
だいたい初対面からして1000歳を超えているといっていた。
「心当たりがあるようだな」
死刑宣告を告げるに等しい男の言葉に、尖十郎の肩がビクリと震えた。
「それでも……悪い奴じゃないんです。本当に化け物で忍者やってるにしてはいつもいつも
無防備に色々やらかしてて、俺が世話焼かないと危なっかしい部分があって、本当に子供み
たいで。だから! だから……!」
「……奴の話を聞いていなかったのか?」
「え?」
「人を喰うのだぞ奴は」
言葉の意味を理解した尖十郎の表情に絶望の色が黒々と広がった。
──「だいたい人喰いはこの県来て以来『県内では』慎んでおったというのに」
(それじゃあ)
──「のう、あれ喰うて良いか?」
(あの時、木錫が食べたがっていたのは)
少女の指の遥か先では、クレープを食べながらにこやかに会話する女子高生の一団がいた。
人間の……方…………?)
激痛の灼熱さえ押しのける怖気が背筋一面を冷やした。
「如何なる姿を見せていようと、アイツはひとたび飢餓に狂えば平然と人を喰らう化け物だ」
鉤手甲の男は悠然と部屋に足を踏み入れた。
「分かったらさっさと逃げろ。そして忘れろ。この女の存在も過ごした日々も」
気死したがごとくのろのろと階段に向かって歩く尖十郎は……横目で見た。
ゆっくりと木錫の周囲を回りながら手甲を振りかざす男を。ただし距離は詰めない。ゆえに手
甲は鉤の先端さえかすりもしない。
面妖な攻撃である。
男は木錫の周囲を回り、遂には頭上を飛び違えたり横を行き過ぎたりしながらもなお攻撃を
空ぶるのである。しかしその攻撃は威嚇でも牽制でもまして技量の未熟さゆえに当たらぬと
いう様子でもなく、一撃一撃に斬り殺さんばかりの気迫が充溢しているのである。
立場としては男に守られている尖十郎でさえ身ぶるいするほどの殺気である。
だがそれを向けられている筈の木錫は大した動揺も見せず、男が正面に舞い戻るやいなや
うーんと大きく両腕を上げて生あくびを浮かべた。
「んん……。お、なにかよう分からんが、終わったかの?」
「ああ。少なくてもあの青年を逃がすまでの時間稼ぎはこれでできる」
「ほう」