スポーツをテーマにした小説を書くスレ

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◆5
 11月21日。高倉茂道氏の東京ギャングスターズ監督就任会見が都内の球団事務所
で行われた。流石に注目度の高い監督就任とあって例年以上の報道陣が集った。
「要請を受け入れた理由は?」という質問に対して「この年齢(65歳)で監督としてユニ
フォームを着る最後のチャンスかも知れない。野球人として、やはりユニフォームを着て
いたい。あと、球場が家から近いので」と答えた新監督だが、果たして10年連続Bクラスの
チームを立て直す事ができるのか。オーナーの内堀幸伸氏((株)ベンチャークリエイトCEO)も
「高倉監督には最大限のバックアップ体制をしていくつもりだ」と述べた。

 監督が決まれば続いてコーチを選ばねばならない。ところがここで一つ問題が生じた。
エンペラーズ時代、二人三脚で最強軍団を作り上げてきた藤森昌司ヘッドコーチ(当時)
は現在同球団の監督である。そこで高倉監督が指名したのは現在ギャングスターズで
スコアラーの職に就いていた牧尾忠勝であった。現役時代はエンペラーズに強肩の
キャッチャーとして期待され入団したものの、藤森捕手(当時)の控えに甘んじていた。
しかし、不貞腐れる事無くベンチで常に相手の選手を観察したり勉強を欠かさなかった。
一方でそのデータをチーム内で公開するなど他人を押しのけてまでという野心が無かった
のも事実だ。その後、持ち前の人当たりのよさで球界内外の仕事をこなした。ブルペン捕手や
2軍バッテリーコーチ、さらにスカウトやスコアラーなど。その豊富な経験を買っての登用と
いうわけだ。高倉監督は「まさか同じ球団にいるとは思わなかった。これも何かの縁だ」と語る。

 就任会見の後、高倉へ真っ先に連絡をしたのは藤木だった。この時、藤木は自分の力の
限界を感じていた。2人はそのあと高倉が行きつけの居酒屋へ。まず話を切り出したのは
藤木だった。
「監督就任おめでとうございます。俺も何か力になりますよ。打撃投手でもなんでもやります
から」と言った。それを聞いた高倉は「うーん」と困ったような表情を浮かべる。「打撃投手は
これ以上必要ないのだが」と言われ、がっくりと肩を落とす藤木。高倉はさらに「このチーム
に足りないのは現役の投手。それも左。そうだな、経験豊富で俺を良く知るヤツがいれば
言う事無いのだが……」と続けた。かつての恩師から力を貸してくれと言われた藤木はただ
頷くだけだった。

 11月25日。藤木の東京ギャングスターズ入団会見。背番号は「ゼロからの出発」という
意味を込めて0番に決定した。しかし、この会見がニュースとして大きく注目されることは
無かった。