スポーツをテーマにした小説を書くスレ

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81LastPitch ◆smnN9MIlWU
◆3
 初球。ストレート。インハイに外れてボール。打席の梶原はピクリとも動かず見送る。あの
コースはハッキリ見えないはずだ。だが、動揺を見せてはいけない。インハイの打てない
強打者など投手にとってはカモだ。無論そのような選手と契約する球団など無い。
 2球目。藤木はその日初めて変化球を投じる。アウトコースへ滑り落ちるカーブがストライク
ゾーンの内側に決まる。梶原は上体をわずかに動かすも手を出さず、今度はストライクになる。
藤木にとっても大事な投球だ。ただ抑えるだけではアピールにはならない。投球術も見せつけた
いといったところだろうか。

 3球目。今度はストレート。インコース低め。梶原、微動だにせず。これでカウントは2−1
と投手有利になった。ここまで一度もバットを振らない梶原。勝負球に狙いを絞っているのか。
それとも……
 4球目。ストライクゾーンに入れてくるか、もう1球外すか。藤木の頭の中は。そして梶原は
どう反応するか。腕を大きく振って渾身の一球がアウトコース低めへ。見送れば、微妙だ。振ら
なければストライクとコールされるかもしれない。だが。梶原は見送った。球はベースの手前で
変化し、ボールになった。これで2‐2の並行カウントになった。もし次も外れれば2‐3と
なってボール球はもう投げられなくなる。次こそ勝負球か。

 5球目。ここまでの投球は内→外→内→外。今度はインコースか、あるいは裏を書くか。さら
に裏の裏をかくか。左手から投じられる白球は、真っ直ぐにキャッチャーミットに向かって飛ん
でいく。インコース、やや高め。梶原は狙いすましたように振りぬく。ボールは一気にバック
スクリーンへとはね返される。失投か、あるいは……。マウンドに立ち尽くす藤木を横目に
ゆっくりとダイヤモンドを回る梶原。もちろん、この結果が即契約に結びつくわけではない。だが、
その顔は憑き物が落ちたような表情であった。梶原がホームベースを踏むと、一方の藤木は
がっくりと肩を落としマウンドを降りる。

 その晩、藤木の携帯電話が鳴る事は無かった。