スポーツをテーマにした小説を書くスレ

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60創る名無しに見る名無し
穏やかな春の日差しの下。
あとは毛虫の湧くに任せるしか能の無い、花のすっかり散りきった桜の木の下。
怒号と悲鳴と歓声とその他もろもろが飛び交う阿鼻叫喚の地獄絵図の渦中から少し外れた場所に。
額に入れられた色褪せたモノクロの写真のように隔絶されて、そのひとは居たんだ。
彼女は「求む! 進入部員」と書かれた垂れ幕を提げた折りたたみテーブルの上に超然と肘をついて、砂煙と
乾ききった桜の花びらが舞い飛ぶ周囲に目もくれず、ただただ呆然としたふうに虚空を見据えていた。

「あの、ここは何の部活ですか?」

人ダンゴからやっとの思いで抜け出し、そう声を発したところで、僕はしまった、と確かに思った。
近づけどなお遠ざかるような、そんな浮世離れした彼女は実は幻で、声をかけてしまったことではかなく
消え去ってしまう――そんな妄想が頭の中に駆け巡ったんだ。

「!? 入部希望っ!?」

でも。
そのひとは消え去るどころか、逆に飛び出す絵本のごとく僕に向かって身を乗り出して来た。
「入部希望!? 入部希望なのね!?」
「え、ああ、はあ、まあ……」
あなたに興味があるだけ、とは言えずしどろもどろの僕の手をガッと握ると、回り込むのももどかしい様子で
彼女は行儀悪く机を乗り越え、僕の前に降り立った。
恥ずかしながら、生まれて初めて母以外の女性に手を握られてどぎまぎしている僕の耳に、
ばたーん
とそのひとが今の今まで座っていたパイプ椅子がけたたましい音を発てて倒れるのと、
「ねっ?」
手を握ったまま念を押すように彼女が言った言葉が同時に聞こえたのだった。

「はーい! 一名様、ごあんな〜い☆」
ツアーガイドかSSかといった風情で右腕を高々と掲げたまま、左手で僕の手首を(凄い握力で)掴んで、その
ひとは僕をいずこかへと引きずっていく。
「あっ」
ふと、彼女が僕を振り向く。
その時。
辛うじて今日まで萼に張り付いていた数少ない根性のある花びらがついに根負けして自由落下を開始し、
はらり
その途上にあった、彼女の即頭部にしつらえられた「おだんご」の上に着地した。

「あたし、2年の串子=スリージー。きみは?」

おだんごに花びらを乗せたまま、彼女は僕に微笑んだ。


――こうして、僕、三木 蓮(みき・れん)と、串子先輩は出会ってしまったのだ。
折は四月。
てきとーに乱立されたあまたの同好会が部員獲得に狂奔する、騒乱のここ創発学園校庭で。
引きずられて、引きずられて。校庭の喧騒はどんどん遠ざかっていく。
人気のない、校舎裏のほうへと引きずられていく中、僕はまず串子先輩がまだ僕の手(首)を握って
いること、次いでそこにあるはずのブレザーの袖がないこと気付いた。
「あ」
「?」
「袖……」
「ああ」
唐突に声をあげた僕に、串子先輩は向き直ると、すぐに得心いったようで、
「新入生の通過儀礼ね。よっぽど要領よくないと、あの騒ぎでひっちゃぶかれちゃうのよねー」
しみじみと言った。なるほど、経験者は語る。

「まずは……ようこそ、創発学園へ! ってとこかな」

僕、三木 蓮と串子先輩は、こうして、出会ってしまったのだ。