スポーツをテーマにした小説を書くスレ

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◆2
 11月7日。東京都大田区。多摩川スタジアム。各球団から戦力外通告を受けた73人の選手
が集まる合同トライアウトが行われる。今年のトライアウトは例年に比べ報道陣の数が心なしか
多いようだ。それもそのはずである。通算193勝を挙げた元エンペラーズエース、藤木真介が
参加するというのだ。三十九歳の再挑戦<リベンジ>。そういったタイトルで特番も組まれる事
が決まったという。

 一回り若い選手もいる中に混じってのストレッチを終え、マウンドに上がる順番を待つ。ほど
なくエンペラーズの背番号18がマウンドに上がると、いっせいにカメラが向けられる。高々と
グラブを上げ、下げると同時に足を振り上げ、さらにテイクバックを大きく取り、頭の上から
左腕を振り下ろす豪快な投球フォーム。189cmの恵まれた体格を最大限に発揮する。いや、
した。と過去形で語るべきか。若い頃は強打者をバッタバッタとなぎ倒したストレートも今では
鳴りを潜め……時の流れは残酷である。

 最初のバッターは高校通算54本塁打の実績を引っさげてプロ入りも一軍出場の無いまま8年
目で自由契約となった元・宮崎サラマンダーズの浅川。初球を見逃して2球目を打って強烈な
センターライナー。結果は投手の勝ちだが、昔の藤木ならバットにかすらせもしなかっただろう。

 トライアウトの規定により投手1人に対し打者3人まで。2人目は元・札幌ホワイトベアーズ
の白瀧。主に守備固めで11年、3球団でプロ生活を過ごした35歳の外野手だ。バッティング
については通算で100本にも満たない。この打者に対しストレートで攻める。追い込んでから
インハイのストレートを叩いてレフトフライ。本来なら三振を狙って投じられた一球を外野まで
運ばれた。球場に陣取る各球団の監督、コーチやスカウトたちの表情も曇っていく。

 そして……今回のトライアウトでもう一人の注目選手が打席に立った。京都パンサーズ一筋で
17年の梶原春樹。10年前、パンサーズが優勝した時の4番打者として同球団のファンからの
人気は依然高い。5年前の頭部へのデッドボールで右目の視力を失った。本人はその事を言い訳
にはしないが、若手の台頭もあり徐々に出場試合数も減る。このオフ、本人の希望により自由
契約となった。

 藤木と梶原。共に東西を代表する人気球団のエースと主砲として超満員の観客が固唾を呑んだ
両雄の激突。まさかこの地で、この場面でその対戦が見られようとは。グラウンドに緊張が走る。
左投手と左打者。セオリー通りならば投手が有利と言われる。梶原が最も多くの三振を喫した
投手が藤木であり、また藤木が最も多くのホームランを打たれた打者が梶原である。共に因縁の
相手。しかしそこにはかつてのライバルと勝負を楽しむ余裕は、無かった。