「佐藤君。君に電話です。至急職員室まで来てください」
授業が終わりかけた時だった。佐藤一郎は呼び出された。周囲の生徒、そして教師が色めきだっていたが、それとは裏腹に佐藤の表情は暗く陰った。
佐藤は夏の甲子園でで活躍したピッチャーである。ベスト4までチームを牽引し、超高校級左腕としてならした。
折しも今日はドラフト会議が開かれており、その結果上位指名された事は容易に想像できた。
しかし、佐藤の職員室へと向かう足取りは鉛の様に重かった。一歩一歩職員室に向かう度に頭痛すらもする。
理由は至って簡単な物である。佐藤にはプロ野球に飛び込む自信がないのだ。
過酷な試合日程、連投に継ぐ連投により酷使された左腕は、肘が真っ直ぐに伸びない。
それだけでなく、精神論による常軌を逸脱した練習で身体のあちこちにガタがきている。
なによりも高校球児の目指す夢の舞台、甲子園に立った事により、心身共に消耗――野球というものに情熱を持てなくなっていたのだ。
職員室のドアを開けると、校長を始めとした教師の面々は顔を綻ばせ出迎える。
促されるままに受話器を取り、耳に押し当てた。
「もしもし、電話代わりました」
「ああ、私は東京シャイアンズの者ですが、実は今日のドラフト会議で、君を一位指名させて貰いました」
佐藤は、え!?と絶句した。
まさか球団の盟主を謳う名門球団が一位指名するとは思っていなかったのだ。
他球団のスカウトの事前の接触は幾多もあったのだが、シャイアンズのスカウトは接触して来なかった。
だのに、何故。一瞬思考が空白になる。
「うちのスカウトがすぐに伺うと思いますが、ひとつよろしくお願いします」
佐藤は相手にハァ、と頭を下げる事しか出来なかった。
突然の出来事に、佐藤はただただ困惑するしかなかった。
「君、どうだったね!」
「ハァ、シャイアンズが一位指名してくれたそうです」
「凄いぞ! わが校からプロ野球選手の誕生だ!」
勝手に盛り上がっている教師達とは裏腹に、気分がしずむ。そして、不快感が沸き起こる。何を自分の意思に反して喜んでいるんだ、と怒りすら現れる。
「すみません、家族と相談しないと……」