スポーツをテーマにした小説を書くスレ

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205One Shot at glory
じゃあ俺も野球書く!


「矢田さん‥‥‥大丈夫なんですか?」
「当然だ。お前は安心して座ってな。リードは任せる。嫌なら首振る」

 矢田弘明はキャッチャーの宗田にそういって、マウンドから野手を追っ払う仕草を見せた。
 シーズン後半。しかも優勝がかかった試合にリリーフで登板した彼。これが約一年ぶりの実戦マウンドだった。
 去年メスを入れた肘は大分良くはなっていたが、彼の投球フォームに与えた影響は大きかった。結果として、ここへ戻るまでの調整に一年もかかる事になったのだ。

「解りました‥‥矢田さんの技術と経験信じますよ。でも‥‥フォークのサインは出しませんよ?」
「ああ。そのほうが肘に優しいな」

 本来の矢田の投球は、150km/hに迫る速球とフォークを武器に三振の山を築くタイプの投手だ。その代償として、肘にメスを入れる事になった。
 今の矢田にフォークは無理だ。もしまた肘に何かあったら、34歳になる矢田にとってはプロとしての終わりを告げるサインになるかもしれないのだ。
 今は真っすぐとスライダー、フォークの代用として練習した子供だましのチェンジアップしかない。
 しかし、現在のプロのレベルではたとえ150km/hであろうと飛び抜けて速い訳ではない。スライダー全盛の現在では矢田のスライダーも並のレベルだ。
 あくまで矢田は、真っすぐとフォークのコンビネーションで勝ち上がって来た。その重要な武器の一つが無い今、矢田は「並の投手」に過ぎない。

「とりあえず九番と1番はなんとかなりそうですけど、二番が面倒ですよね‥‥」
「そーだな‥‥」
「そこを抑えればあとは本職のリリーフ連中の仕事です。なんとか切り抜けましょう」
「そうしよう」

 相手打線の二番、堀田茂人。決して目立つ選手ではない。長打もないし、どんな球もヒットにする訳でもない。得意のバントもランナーの居ないこの場面では脅威とならない。
 しかし今の矢田にとっては最悪の相手だった。