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説明は最後にします。全部で3レスくらいになりそうです。
「空を見上げる君がいるから」(仮)
(落ちるっていうよりも、むしろ浮いているみたいだ――)
現在の高度は二千メートル、ほとんど自由落下している状態で、速度は時速約二百キロメートルに達していた。ヒロは、それまで持っていたイメージとは違った感覚に驚き、感動していた。
人生初のスカイダイビング。機内では緊張と、経験豊かな父が側に付くとはいえ、「もしも」の恐怖が強かったのに、いざ空へ飛び出せば素晴らしく気持ちが良い。
良く晴れた今日の地上の気温は三十度。しかしこちらはそれよりも幾分低く、少し肌寒いほど。
徐々に緊張も解けて、背後にくっついている父の了解を得て、ゆっくりと手足を動かしてみた。体を少し傾けてみればそちらへ流れ、首を回すとその方向へ旋回する。一緒に飛んだはずのカズを探して左右を見回したが、その姿は見つからない。
ヒロの顔が一瞬翳った。それに気がついて苦労しながら上を見上げると、ほんの少し上空に、太陽を背に受けて真っ黒い影になっているカズの姿があった。
上にいるカズが、ヒロの視線に気がついたのか、両手足をバタバタと振ってみせる。そして次の瞬間にはバランスを崩して彼方へと流されていった。
それを見てヒロは一人大笑いした。そして、姿勢制御がおろそかになり、ヒロもカズのように流されてしまった。
――10年前の、遠く懐かしく、でも鮮やかで、決して消えることの無い思い出だった。
理由なんてなしに始めたスカイダイビングは、いつの間にかヒロの一部となっていた。
ヒロが住んでいるのは、加賀美ノ市という、それほど大きくもなく、特に目立った産業もない街だ。しかし、たまたまスカイダイビングが盛んな場所で、たまたま親がやっていて、たまたま毎日見上げた空には、降りてくるパラシュートが浮いていた。
ヒロは、親に誘われるまま親友だったカズと二人でスカイダイビングに挑戦し、たった一度で魅了され、今では競技者として毎日のように空に飛び出している。
意味の無いことと言われればそれまでだが、あの空を舞う感覚は、味わってしまえば二度と忘れられないだろう。
何にも縛られず、ただ風を受け、風の音を聞き、風の上を滑る。それは何ものにも変えがたい一時の自由を与えてくれる。ただそれを求めて飛び続けた。
「ヒロ! もう飛行機出るよーーー!!」
滑走路の脇に座り込んで思い出に浸っていたヒロは、呼ばれた声に振り向き、声の主を確認して立ち上がった。
今年で二十歳を迎えたその顔はよく日に焼け、まだどこかあどけない少年らしさを残している。呼んだ声の主は、ヒロと同じく二十歳を迎えたノリ。
ノリは、カズと二人で通い始めたスカイダイビング教室に、同時期に入った女の子だった。人と打ち解けるのが得意なカズのお陰で、同い年の三人はすぐに仲良くなり、それからはいつでも一緒だった。
ヒロは他のジャンパーと共に飛行機に乗り込む。飛行機は高度を上げ、やがてポイントへ到達する。
ヒロたちが挑戦している競技はフォーメーションを作る種目で、時間内に幾つの隊形を、いかに早く、いかに精確に作るかを競う。
ヒロ、カズ、ノリの三人の息はピッタリで、それにベテランのジャンパーが一人と、撮影を担当するジャンパーが加わった「チームカガミノ」は、各大会で好成績を収めていた。
しかし、今皆が乗り込んだ機内に、カズの姿は無かった。
カズは二年前に、血液の病で帰らぬ人となっていたのだった――。