怪物を創りたいんですが……

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152「桜の木の下には」:2010/05/03(月) 23:49:03 ID:4KMsWnVj
「…オマワリさん」
「ん?………なにかなお譲ちゃん。もうじき暗くなるから危ないよ」

岸田警部と南が、それぞれの行程の半分ほどを消化したころ……。
派出所勤務の小林巡査は、幼稚園ぐらいの可愛らしい少女の訪問を受けたていた。

「あのね、ワカバね。落し物、届に来たの」
「ワカバちゃんって言うんだ。関心だね。いったい何を拾ったのかな?」
「あのね、お靴ひろったの」
女の子は女物のサンダルを片方だけ差し出した。
「あれれ、片っぽだけか。これじゃ落とした女の人、きっと困ってるね」
「ううん、困ってないの」
「困ってない?それっていったいどういうことなのかな?」
「その女の人、お靴、片っぽしか、履いてなかったの。それから、お靴脱げたのに、そのまんまで、行っちゃったの」
「………お譲ちゃん、その女の人、ひょっとしてお腹がこんなふうに大きくなってなかった?」
女の子が頷くのと同時に、小林巡査は電話機に飛びついた!
153「桜の木の下には」:2010/05/04(火) 09:12:47 ID:bV/Pjxda
小林巡査からの連絡は、五日市署通しで凍条へ。そして凍条から岸田警部と南にメール連絡された。

 「くそっ!やっぱり五日市の方だったか!」
一足先に奥多摩駅に到着して何事も起こっていないことを確認した南は、自己判断で五日市へとバイクを走らせていた。
(ここから五日市へは、和田町交差点で右折して秋川街道か…。頼む!間に合ってくれ!!)

一方岸田警部は凍条からのメールを一読するなり歯咬みすると、バイク再発進させた。
 五日市駅に続く檜原街道は、五日市署や高校・小学校・郵便局などの公的施設から個人商店までが建ち並ぶ、この地域のいわば目抜き通りだ。
(もしそんなところで種子を爆発散布されちまったら)
山奥の集落で起こった惨劇が、五日市で再演されるのか?
当然五日市署が動き出しているはずだが、種子の爆発そのものを防ぐ手段はない。
(なんとか爆発前に彼女を隔離しねえと…)
「彼女」の居場所は凍条のメールにも無かったが、駅に近くなれば、サイレンの唸りが警部を導いてくれるはずだ…
警部はバイクのスピードを危険なほど上げた。
154「桜の木の下には」:2010/05/05(水) 09:26:17 ID:VcOOAUdq
「凍条さん!みつかったようですね?」
「五日市だそうです万石先生。僕はてっきり近い方の奥多摩だと…」
「岸田警部と南さんはどのあたりに?」
「南さんは少しまえ、和田町の交差点を右折して秋川街道に入りました。岸田警部はまもなく現場です」
「ふうむ…」
万石は地図の檜原街道を指で辿っていった。
「高校に小学校、郵便局…ほら五日市警察署だって沿道ですね。明らかにこの地域の目抜き通りです」
「そんなところで種子を爆発散布されたら悪夢としか言いようが…」
「そうはさせないために我々がいるんじゃないですか。ほら凍条さん、お迎えが来たみたいですからそろそろ出かけましょうよ」
万石が窓を開くと、猛烈なエンジンの唸りが飛び込んできた。
迷彩色もものものしい陸自のヘリが、大学キャンパスのど真ん中に着陸しようとしていた。
155「桜の木の下には」:2010/05/05(水) 09:27:32 ID:VcOOAUdq
「あの…お嬢さん?ちょっと待ってもらえますか?」
派出所巡査の小林は「お靴を片っぽ落とした」女性に追いついたところだった。
(爆発物をなんとかしなきゃ…)
彼は、奥多摩湖周辺で起こった二件の爆発騒ぎは知っていたので、こんどの緊急手配も「手配女性が爆発物を持っている」と認識していたのだ。
女は、小林の戸惑いなど一切無視して歩き続けている。
「お譲さん待って!」
小林の声が思わず大きくなると、何人かの通行人が足を止めた。
妊婦のようなスタイルにラフなスゥットの上下で足は裸足といういでたちは、ただでさえ通行人の奇異の視線を集めるに十分だ。
その上、警察官から声をかけられたとあっては…。
女性と小林の周囲に人だかりができはじめた。
「あの、お譲さん!お譲さんってば!」
とうとう小林は、女性の肩に手をかけ、自分の方に振り返らせた。
相手の顔を覗きこんで時点で、小林も何か変だと気がついた。
目線が小林を見ていない。…というより何も見ていない。
「お嬢……さん?」
小林が見つめていると、女性の口からかすかな音が漏れ出した…
「タ……タスケ……テ」
(えっ!?)
そして、小林の見ている前で、女性の腹部が怪しい閃光を放った!
「…爆発するって…まさか!」
小林の「爆発する!」という叫びが、野次馬たちの中を駆け抜けた。
156「桜の木の下には」:2010/05/05(水) 09:28:57 ID:VcOOAUdq
法定速度はもちろん赤信号までいくつか無視して、岸田警部のバイクは五日市駅へと疾駆していた。
住民は何事も無く普通に辺りを歩いている。
避難命令などは全く出されていないようだ。
あまりの急展開に、行政機構が全く対応できていないのだ。
(戸外に人が多すぎる!こんな状況で爆発されたら完全にアウトだぞ!)
五日市署の前を行くとき、署内から大勢の警官がワラワラ飛び出してくるのが目に入ったが、ガスマスクなどの防護装備をしている警官は一人もいない。
(あれじゃ犠牲者を増やしに出動するようなもんだぞ!)
五日市署の様子を見て警部は腹を決めた。
(俺一人でやるしかねえ!)
五日市高校前通過!
あきるの市五日市出張所入り口通過!
五日市小学校前通過!
(まだなのか!?このままだともうすぐ駅前だぞ!)
ここまで檜原街道は事実上の一本道だが、次の「東町」で道は大きくT字に分岐する。
(くそ!いったいどっちだ!?……ええいこっちだ!)
警部のバイクは一旦分岐を無視してT字路を直進しかけた。
しかし交差点を通過する一瞬、パスした分岐から大勢の人々が駆けだしてきたのが目に入った。
「こっちがハズレか!」
スキール音を響かせ、警部のバイクが強引にターンを決めた。
157「桜の木の下には」:2010/05/06(木) 00:07:48 ID:4IS6zFfv
「爆弾だー!」「うわーっ!」「助けてー」
口々に叫びながら逃げてくる男女。
立て看板が突き倒され、店頭販売のワゴンがひっくり返される。
子供の泣き声。
子供が泣くのも構わず、引き攣った顔で引き摺って走る母親。
「東町」交差点の分岐でバイクを乗り捨てると、岸田警部は逃げ惑う人々の流れに逆らって飛び込んだ。
「退いてくれ!退くんだ!!」
人々の奔流は、現れたときのように、消えるときも突然だった。
台風の過ぎ去ったあとのような荒れ果てた空間に、立ち尽くしている女と警官。
「……う、あああああっ!」
警官は突然へたりこむと女に短銃をつきつけようとした!
「なにすんだ、このバカ野郎!」
警官の手から短銃を奪い取ると、岸田警部は女の方に振り返った。
腹が臨月の妊婦ほどに大きく膨れ上がっている。
その腹が、警部の見ている前で再びフラッシュバルブのように閃光を放った!
(カウントダウンのスタートか!)
研究室で見たかぎりでは、あと一分ともたないはずだ。
爆発されても危険の無い場所に隔離している時間はもうない!
爆風を遮るものも無い!
最後の瞬間を待つように、女がその場に座り込んだ。
「何もしねえよりゃマシか!」
警部は座りこんだ女に、覆い被さるように抱きついた!
「な、何をするんですか!」叫ぶ警官。
「テメエは少しでも遠くにさっさと避難しろ!」警部が吠える。
その警部の体の下で、女の腹部が三度目の閃光を放った。
(こうなりゃあ、全部オレの体で受け止めてやるぞ!)
視線の彼方に、南のバイクが現れた。
何か叫びながら走って来るが、何をするにももう時間がない。
「来るな南!離れてろ!!」
そのとき、南がなにか叫びながら上を指さした。
同時に覚悟を決めた岸田警部の頭上から、凄まじい轟音と突風が降って来た!
158「桜の木の下には」:2010/05/06(木) 00:09:08 ID:4IS6zFfv
(なにぃ!?)
見上げると、迷彩色の機体が「降りてくる」というより「落ちてきた」!
着地の衝撃でバウンドする機体。たわむメインローター。
そして着地前から既に開いていた側面ハッチから、万石と凍条が飛び降りてきた!2人はほぼ等身大の白い円筒の両端を支え、その上に更に凍条はびっしり霜に覆われたボンベのようなものも背中に背負っている。
「警部、早くその人をこの中に!凍条さんはボンベの接続を!!」
円筒を下ろして万石がどこかを操作すると、円筒側面の透明部分がスライドして棺桶のような内部が露わになった。
「わかった!」「了解です!」
警部が女性を円筒に横たわらせ、万石が素早く円筒を再閉鎖したのと同時に、凍条の液体酸素ボンベ接続も完了。
「スイッチ…オン!」
万石がボタンを押した直後、透明カバーの中で女性の腹部がひときわ強い閃光を放った!
思わず皆が目をつむった。
………だが、爆発しない。
円筒の内部はたちまち白一色に覆い尽くされていった。
159「桜の木の下には」:2010/05/06(木) 00:12:50 ID:4IS6zFfv
「研究室で爆発に立ち会ったとき考えたんです」
ギリギリのタイミングでの作業が成功し、万石はすっかり上機嫌だった。
「もし電気的に爆発させているんなら、着火点より温度を下げてしまえば爆発しないんだろうってね。そこで黒須のヤツに頼んで…」
「それじゃ万石先生、この棺桶みたいなのは…」
「棺桶は酷いですよ、南さん」
ニヤニヤ笑いながら抗議する万石に代わり、答えたのは凍条だった。
「…コールドスリープの実験装置だそうです。万石さんが医学部から借り出してくれたんですよ」
「凍条さんには、運搬を手伝ってもらいました。なんてったって、失敗すれば確実にあの世行きの仕事ですからね」
「ところでよ、万石のダンナ…」
強行軍の連続に疲れ切ったというありさまだったが、岸田警部の頭にあったのは被害女性のことだった。
「……この女の人は、これからどうなるんだ?」
「それなら心配いりませんよ岸田さん。大学で黒須のヤツが手ぐすねひいて待ってますから」
160「桜の木の下には」:2010/05/06(木) 00:14:04 ID:4IS6zFfv
 こうして…
こうして、花の季節に過疎の集落を襲った恐ろしい「花」の話は終りました。
万石が「心配いりませんよ」と言ったとおり、あの女性は、薬物と放射線療法、それから外科手術の併用で種子をすべて取り除かれ、元気に退院していきました。
その意味では、万石の言ったとおり心配いらなかったわけなんですが……。

摘出された悪魔の種子は、ある国家機関で徹底的に調査されています。
厚生労働省?…いえいえ。
東京大学?……違います。
種子を調査している国家機関とは、防衛省なんです。
いったい何に使うんでしょうね?
あの植物と再開する機会も、案外早く訪れるかもしれません。
では…、また。

「桜の木の下には」
お し ま い
161創る名無しに見る名無し:2010/05/06(木) 23:08:27 ID:4IS6zFfv
 この手の駄文を構成するのは久しぶりなんで、まずいところはご容赦を…。
2日弱の期間中に、すべてのイベントを連続的に発生させなければいけないため、タイムスケジュールが大変で(笑)。
ほぼ必然的にタイムリミットネタになるため、最後もタイムリミット展開になっています。
最初の家が火事で全焼しているのは、植物の正体を隠すためであると同時に、エリカの名付け親である女性がその家にいた痕跡を隠すためでもあります。
「被害者の爆発」から「エリカの名前の意味するところ」が明らかになるところまでが、組み難かったですね。
もともとこの駄文のあらすじは、特撮板のいまは無き「おまいらウルトラQのシナリオ書いてください」スレに投下するため作ったものでした。ところが、直前に投下した「木神」という中編に、状況設定が似ていたためボツに…。
万石先生と岸田警部は上記スレで私が書く場合のメインキャラです。
「木神」が発掘できれば、比較対象の意味で再投下するもの面白いのですが、いかんせん発掘出来ていません。
162「緑一色」:2010/05/06(木) 23:10:21 ID:4IS6zFfv
そのアパートの名は「緑一色」と書いて「りゅういーそう」と読む。
名前だけ聞いたらまるで雀荘だ。
……照明の灯っていない薄暗い玄関。
張り紙には「土足厳禁!!」とあった。
あまり気が進まないが、靴を脱いで奇妙に艶やかな廊下に足を降ろしてみる。
…案の定湿っぽい。
床がツヤツヤして見えるのは磨かれているからでなく、湿っているからなのだ。
一ヶ月近くほとんどぶっ続けの雨とあっては、まあムリも無い。
友達のためでなければ、僕だって雨を避けて家に引っ込んでいたいところだ。
ヤツはここ一週間、大学に姿を見せていなかった。
いや大学どころか、バイト先にすらバイト代金の支払日になっても姿を現さなかったというのだ。
天候不順で体調でも崩したのだろうか?あるいは風でもひいて……?
妙な胸騒ぎをおぼえ、僕は雨の降り続くなか彼の住むアパートへとやって来たのだった。
163「緑一色」:2010/05/06(木) 23:11:17 ID:4IS6zFfv
 いまどき珍しい貧乏学生の彼は、信じられないほどおんぼろなアパートに、不法入国の外国人に混じって暮らしていた。
玄関に置いておくと盗まれそうな気がしたので、さしてきた雨傘を肘にぶら下げると、僕は軋む階段を上がっていった。
明りが無いのは2階廊下も同じだったが、暗さは1階の比ではなかった。
半年ほど前に来た時、途中の部屋から囁くような外国語の声が漏れていたが今日は何も聞こえない。
(雨のせいで仕事に炙れてフテ寝でもしてるのかな?)
そんなことを考えながら、どんづまりにある部屋を目指して、まるでトンネルのような廊下を僕は進んでいった。
人の気配がしないのは、友達の部屋も他の部屋と同じだった。
重苦しく感じられ始めた沈黙を破り、トントン……とドアをノックしてみる。
そして「おい!××!!僕だ!いるんなら開けてくれよ!」と声もかけてみた。
そして数秒間の沈黙……
…返事は、無い。
雨模様で外は相当暗くなっているにも関わらず、扉の隙間からは光が全く漏れていなかった。
(……留守なのか?)
……と、思ったときだ。
僕は扉の脇に無造作に置かれた、あるものに気がついた。
扉の横に長靴が置いてあった。
水が入ってしまったので乾かしているのだろう。中にボロギレが突っ込んである。
この雨のなか、長靴がここにあるということは……。
(……やっぱりここにいるんだ。それなのに返事が無いということは……)
まず「病気」という言葉が頭に浮かんだ。つづいて「意識不明」という言葉も。
「お、おい!いるんだろ!?」
慌ててドアノブに手をかけ手荒く揺すった拍子に、肘にぶら下げていた雨傘の先端が偶然ぶつかって、玄関わきの長靴がパタッと倒れた。
するとその衝撃で、それまで「ボロギレ」と見えたものがバラリと崩れ落ちてしまったではないか!?
「…なんだこれ?」
不思議に思い傘の先端でつついてみたところ、ボロギレとばかり思っていたものは……なんとカビ!
長靴の中でカビが繁殖して、ボロギレみたいに見えるほど盛り上がっていたのだ。
舞い上がった黄緑色のホコリを避けようと思わず後ずさったとき……、背中を預けるかっこうになった扉がいきなりメリメリッと音を立てた。
次の瞬間、僕が倒れていたのは自分自身の目を疑う世界だった。
ここはどこだ?
熱帯雨林?
いやそんなはずはない!ここは僕の友人の、××の部屋のはずだ!

しかし僕がいるのは、怪しく隆起する緑一色の世界だった。
164「緑一色」:2010/05/06(木) 23:12:20 ID:4IS6zFfv
僕がいるのは、怪しく隆起する緑一色の世界だった。
緑色の正体はすぐに判った。
カビだ!
長靴の中に隆起していたのと同じような緑のカビが、部屋中に群落を築いているのだ!
万年床は緑色の羽毛布団と化し、その横に転がる「二本の棒が突き出た円筒状の物体」は「ワリバシの突っ込まれたカップ麺の容器」に違いない!
カーテンはカビの房となって窓を覆い、ノートも教科書も全て緑のカビに飲み込まれている。
だが万年床の上にいるはずの友、あるいは友の姿を連想させるものは何一つ見当らない!
あいつは!?××はいったい!?
跳ね起きると、こみ上げる吐き気を抑えて声を限りに僕は叫んだ!
「××!!どうした!?何処にいるんだ!?助けてやるから返事をしてくれぇっ!!」
……やはり返事はないのか……そう思いかけたとき!?
ドクン!
……足元でなにかが震動した。
……ドクン!……ドクン!……ドクン!!
何が起っているのか、僕が把握できずにいる間にも、震動はますます強く明確になっていく!
同時におんぼろアパート全体がぐらぐら揺れだした!
(く、崩れる!?)
もう友の身を案じている余裕は無い!
カビの毛布に足をとられながらも、なんとか廊下に転げ出た僕の目の前で、ずらり並んだ部屋の扉が次々弾けとんだ!
そして中から噴出したのは、カビ!カビ!カビ!カビ!このアパートには人など1人もいなかったのだ!
行く手を塞ぐように這い伸びる緑の舌を辛くもかわして僕は階段に飛び出したが、階下に広がるのは這いうねる一面緑の絨毯だった!
背後から迫るカビの舌!階下からはカビの絨毯が這い登って来る!
緑の恐怖に進退きわまった一瞬、階段の横の壁へと咄嗟に僕は体当たりしていった!

バキバキッ!!
「うわああああああああっ!!」

建物のボロさが幸いだった。
朽ちかけた建材とともにボクは隣家の貧相な植え込みへと落下。
カビのバケモノが板塀を押し倒すより僅かに早く、僕は狭い路地へと駆け出していた。
走って走って、息が切れてもうそれ以上走れないところまで走りつづけて、初めて後ろを振り返ったとき……、僕の目に入ったのは脈打ち隆起する「緑色の丘」だった。
巨大な緑の舌が、何かを捜し求めるように建物を押しつぶし大地をうねっている。
そして……カビのバケモノは、突然ある種の「音声」を放った。
それは、動物の発音器官からは決して出し得ぬ種類の「音」でありながら、同時にハッキリと人間的な意味を持つ「声」だった。
……慄然とする一瞬、僕は友の運命を、じめついた万年床に恋した男の運命を知った。

カビのバケモノは、呼んだのだ。
はっきりと、
僕の名を。
165創る名無しに見る名無し:2010/05/06(木) 23:21:12 ID:4IS6zFfv
「緑一色」は紆余曲折があって、ファーストバージョンは「つゆどき怪獣カビゴンあらわる」のタイトルで「SF・ホラー・ファンタジー板」に、セカンドバージョンを「緑の想い」のタイトルで「特撮板」に投下されました。
「SF板」タイトルの「つゆどき怪獣カビゴンあらわる」は、往年の特撮番組キヤプテンウルトラの「まぼろし怪獣ゴースラあらわる」とか「金属人間メタリノームあらわる」のパロディーです。
「特撮板」でのタイトル「緑の想い」は植物怪談の超名作、ジョン・コリアーの「緑の想い」をそのままいただきました。つまりSF板では特撮風の、逆に特撮板ではホラー・ファンタジー風の名前にしたわけです。
また特撮板への再投下に際しては、「僕」だけでなく「ガールフレンド」を追加して会話を発生させました。
今回投下したのはオリジナル伴ですが、もともとのタイトルである「緑一色」に戻しました。
166まつけんサンバ:2010/05/07(金) 23:37:40 ID:kdy6HjUb
おーれー♪まつけんサンバ!
おーれー♪おーれー♪……まつけんサンバ!!
薄暗い部屋のなか大勢の人が歌い踊り、中央のお立ち台では白塗りの男がおどけた仕草で扇子を振り回している。
……憧れの先輩に手を引かれ、僕はとあるアングラバーに陣取っていた。
清純そうに見えた先輩が、こんな禁所に出入りしていたなんて。
でもそんなことを考えていられたのは最初のうちだけだった。
白い粉末の入った試験管に何かの薬液を注ぎ込んだかと思うと、先輩は一気に喉へと流し込んだ。
「オーレイッ!」景気づけのように誰かが叫ぶと、「まっけんサンバッ!」とこれまた誰かが続く。
そして喧騒の中、くいっと伸ばした先輩の白く細い首の内側を怪しい薬が流れ下り……顔を下ろしたとき、先輩は、僕のまったく知らない女性になっていた。
メガネを外して髪を縛ったゴムを解き、白い学生服の胸元を緩めて嫣然と微笑むと、柔らかに曲線を描く桜色の胸元がのぞいた。
視線を吸い寄せられ、思わず生唾を飲む。
そして「先輩」は、呆けた思いに囚われる僕の唇に、自分の唇をそっと合わせた。
粘膜どうしの触れ合い。
唇から微かにアルコールの匂いのする息が漏れ出す。
甘い………なんて甘い香りなんだ。
そして甘い粘膜がすうっと退くと、代わりに、冷たく硬い何かがそっと触れてきた。
…「先輩」の指には、あの試験管が握られていた。
中にはあの白い粉薬。
「先輩」をオレの知らない「女性」に変えた、あの粉薬が入っていた。
167まつけんサンバ:2010/05/07(金) 23:43:45 ID:kdy6HjUb
あいにく子供のころから僕は、粉薬というものが苦手だった。
(飲みたくない。)
僕は口をへの字に曲げた。
だが、女性は「だめよ」というように微笑みながら首を横に振ると、僕の方にさらに体を寄せ掛けてきた。
試験管から口を遠ざけようとして状態をのけぞらせたときだった。
……僕は見てしまった。
女性のはだけた学生服の襟元の、さらに奥でかすかに揺れた小さなサクランボウのようなそれ。
赤く、堅く隆起したそれを。
(あっ!)っと思わず息を呑んだ次の瞬間、何か熱いものが僕の喉を駆け下っていた。
同時にオーレー!という掛け声。
気がつくと、試験管はもう空になっていた。
それから急に熱さがやって来た。
体が、ではない。僕の中にあるけれども肉体ではない何かが、熱く熱く燃え上った、そんな感じなのだ。
熱い…熱い…僕が思わず力づくで学生服の前をはだけたとき、何かがカチッと音を立ててテーブルに落ちた。
学生服のボタンが、糸が千切れて落ちたのだ。
見慣れたそれを目にしたとたん、僕は急に怖くなってきた。
ボタンの千切れた学生服が、もう後戻りできない昨日までの僕とダブって見えたのだ。
激しい不安に襲われ、僕は慌てて辺りを見回したとき。
(……ん?何だ?いまのは??)
踊り狂う客たちの中に紛れ、それまでは確かに見えていなかったものに気付いたのだ。
BGMには違うリズムで、客に交じって飛び跳ねているもの。
小学生のような体つきでありながら、100歳を超えた老人以上に老いさらばえた顔。
その皺の中で、小さな目が濁った黄色い光を放っている!
淫猥にして邪悪なるもの。
あれは……あれは小人?!
それでは試験管の中で青白い炎を発したように見えたあの白い粉薬は!?
マッケン!マッケン!と連呼する声が、ぐるぐる輪を描きながら上りだす!
僕の中で分別臭い声が叫んだ!
(逃げろ!)
幸い出入り口はすぐそこだし、先輩は僕のことなど見ていない。
しゃにむに立ち上がろうとした僕だったが……次の瞬間、僕の膝関節が溶けた。
僕が溶けながら輩の上に覆いかぶさるように倒れかかると、僕の体の下で嬌声を上げながら「先輩」も溶けた。
僕と「先輩」は、夢にまで見た「一つになる瞬間」を、夢にも思わなかった方法で実現したのだった。

そして禁断の法悦は、僕と先輩のものになった。
……アーサー・マッケンの法悦が……
マッケン・サンバの法悦が

お し ま い
168創る名無しに見る名無し:2010/05/07(金) 23:56:59 ID:kdy6HjUb
元はSF板に投下した、駄洒落一発ネタ。
…おそまつでした。
169創る名無しに見る名無し:2010/05/08(土) 00:01:25 ID:OT52YwBX
段々おかしくなる段々おかしくなる段々おかしくなるだんだんおかしくなるだんだんおかしくなるだんだんおかしくなるだんだんおかしくなるだんだんおかしくなる
だんだんおかしくなるだんだんおかしくなるだんだんおかしくなるだんだんおかしくなるだんだんおしかくなるだんだんおくしかるなくだんんだおしかくんだだしん
かおだんくしおかんだんかしくんしおかだんくんおかしだんしかくおんだしんかくおんだしんかだかしん

始まりの刑罰は五種、生命刑、身体刑、自由刑、名誉刑、財産刑、様々な罪と泥と闇と悪意が回り周り続ける刑罰を与えよ

『断首、追放、去勢による人権排除』『肉体を呵責し嗜虐する事の溜飲降下』『名誉栄誉を没収する群体総意による抹殺』 『資産財産を凍結する我欲と裁決による嘲笑』

死刑懲役禁固拘留罰金科料、私怨による罪、私欲による罪、無意識を被る罪、自意識を謳う罪、 内乱、勧誘、詐称、窃盗、強盗、誘拐、自傷、強姦、放火、爆破、侵害、
過失致死、集団暴力、業務致死、 過信による事故、護身による事故、隠蔽。

益を得る為に犯す。己を得る為に犯す。愛を得る為に犯す。得を得るために犯す。自分の為に■す。 窃盗罪横領罪詐欺罪隠蔽罪殺人罪器物犯罪犯罪犯罪私怨による攻撃
攻撃攻撃攻撃攻撃汚い汚い 汚い汚いおまえは汚い償え償え償え償え償え償えあらゆる暴力あらゆる罪状あらゆる被害者から償え償え 『この世は、人でない人に支配されている』

罪を正すための良心を知れ罪を正すための刑罰を知れ。人の良性は此処にあり、余りにも多く有り触れるが故にその総量に気付かない。 罪を隠す為の暴力を知れ。
罪を隠す為の権力を知れ。人の悪性は此処にあり、余りにも少なく有り辛いが故に、その存在が浮き彫りになる。 百の良性と一の悪性。バランスをとる為に悪性は
強く輝き有象無象の良性と拮抗する為兄弟で凶悪な『悪』として君臨する。

始まりの刑罰は五種類。 自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に ■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す
自分の為に■す自分の為に■す自分の 為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自 分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す
勧誘、詐称、窃盗、強盗、誘拐、自傷、強姦、放火、侵害、 汚い汚い汚いおまえは汚い償え償え償え償え償えあらゆる暴力あらゆる罪状あらゆる被害者から償え償え『死んで』償え!!!!!!!

何も考えてはいけない。何もいらない。何も見るな。何も言うな。何も触るな。ただ、感じろ。
170創る名無しに見る名無し:2010/05/09(日) 23:06:33 ID:lsExWiiq
特撮板以来の流儀で、あらし、誤爆など何か書き込まれた場合には、それをネタにして駄文を一本ひねり出すことにしてきた。
当然、上のレスもネタにすることに決定。
タイトルはいまのところ「だんだん…」とする予定。
実はこの分野、大学で専攻してたもんで、どういう経緯で出てきた文章なのかも含めて意味は判る。
構成はもうできかけているが、理屈っぽくならないでどうまとめるか?
うまくいったらお慰み。
171創る名無しに見る名無し:2010/05/10(月) 23:50:40 ID:daKxEzPa
乙。
ナレーションから入る導入といい、登場人物たちの陣容といい
「桜の木の下には」はまさにウルトラQ的な話ですな。
現代社会を舞台にした怪奇モノは好物なんで、楽しませてもらいました。

あと、違っていたらアレですが、作者氏はもしかしてTRPG者じゃないですか?
プロットの立て方や話の展開のさせ方にそれっぽい空気を感じたんですが……
いや、まあ、だからどうってわけではないんですけどねw
172創る名無しに見る名無し:2010/05/12(水) 00:23:13 ID:Z191ARWc
TRPG…テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲームのことですか?
たしかにゲームマスター的な進め方かもしれないですね。
でも、残念ながらやったことはないです。
というか、私の周りにはあれをやれるようなタイプの人間自体がいません(笑)。
 私の手順は古い昔の探偵小説です。「怪異馬霊教」とか「人間豹」みたいな。
それからジョン・サイレンスやマルチン・ヘッセリウスにカーナッキのような幽霊探偵たち。
万石先生のキャラはエラリー・クイーンを参考にして作っていました。
ネタをどのタイミングで、どうやってバラすかが、個人的にはキモですねぇ。
173創る名無しに見る名無し:2010/05/16(日) 10:22:15 ID:GZiIFFlZ
もしかしてA級戦犯氏?

特板のウルQ脚本スレが消えて久しいですね。
174創る名無しに見る名無し:2010/05/17(月) 22:49:30 ID:w59crFtc
こりゃ驚いた。
旧悪をご存じの方がいらっしゃるとは…。
特撮板の「ウルQシナリオ・スレ」は、本来の主の方が新都社で同タイトルで連載されていることが判ったので、投下を停止しました。
特撮板のスレが類似スレになって、本来の主の方の活動の妨げとなってもいけませんから。
ただ、投下準備していた駄文もかなり残っていました。
その一本が「桜の木の下には」です。他にも他人原作の「古の守人」とか「猫」「開けてくれ」とか…けっこうネタが溜まってまして。
「怪物」という縛りをクリアできるものであれば、ここに投下するのもいいかなと…。

175創る名無しに見る名無し:2010/05/19(水) 19:11:28 ID:4UGC1eP6
なるほど……TRPG者じゃありませんでしたか。
でも、影響を受けた元ネタを見て納得。
私がよくやるクトゥルフ神話TRPGも幽霊探偵的な文法で話が進むことが多いので、
それで勘違いしてしまったようです。
氏ならきっといいキーパーになれますよw

新都社……というと第X話さんの話かな。
176創る名無しに見る名無し:2010/06/11(金) 13:03:33 ID:7ER27leF
当初「だんだん」とする予定だった駄文だが、「人を呪わば」と改題。
当初案の構成とは全面変更となった。
テクニカルな構成なので難航したが基本ラインはできたので、週末から投下開始。
系統的には特撮板に投下した「人形の家」と同系統か。
この手のネタだと、メインキャストはやはり岸田警部しかいない。
うまくオチたら…おなぐさみ。
177創る名無しに見る名無し:2010/06/12(土) 22:26:51 ID:Y24gqdZX
ぼくがかんがえたかいじゅう
http://loda.jp/mitemite/?id=1149.png
178「人を呪わば…」:2010/06/12(土) 22:34:34 ID:fwVoakTk
降り続く雨が、木々の幹を伝い、草の葉を濡らしていた。
その日でもう3日目。
しかし雨は、降り止む気配を全く見せない。
先の戦争末期、旧軍によって掘り削られた斜面にも、雨は容赦なく降りかかっていた。
果てしない雨が斜面に染み込み、幾筋もの赤茶けた筋となって傾斜から流れ出し……そして……
そのとき近隣の住民は、ブチブチブチッという何かが引きちぎられるような音を耳にしたという。
崩落のその瞬間、そこに根付いた草木が放った断末魔だったのかもしれない。
ギリギリ持ち堪えてきた剥き出しの断崖そのものが、ズルリと大きくズレ出したかと思うと、膨大な土砂とそこに生えていた樹木とがともに崩れ落ちた。
崖を背にして建っていた古い屋敷など、ひとたまりもなかった。

事件が発覚したのは、その2日後のことだった。


「A級戦犯/人を呪わば…」
179「人を呪わば…」:2010/06/12(土) 22:35:21 ID:fwVoakTk
「場所は……町田市郊外の住宅地だ。降り続いた雨に、住宅地裏の崖が崩落。家一軒を飲み込んだ。ここまでは知ってるな?岸田警部」
「はい部長」
小さく頷き、オレは言葉を続けた。
「…心理学者で評論家でもある保科氏宅の事件ですね。今朝のニュースで見た限りだと、後ろの崖が二次崩落する危険もあるので、救助活動も思うに任せないという話でしたが…、それが何か?」
「まあこれを見てみろ」
本多部長は自身の横にオレを呼び寄せると、自分の前に置かれたパソコンディスプレイを指さした。
「これは…現地の警官が携帯で撮影して所轄に送りつけたものだ」
「……なんですか、これは……」
写っていたのは、肌色をした生物だった。
ひしゃげたように平たい頭。
左右に広がった目らしき切れ込み。
肋骨が無いのか、胴体全体が水を入れたビニール袋のように一方に偏っている。
オレが知っている限りの生物から答えを探すとするなら、それはカエルの一種ということになるだろう。
ただ不思議なのは、全体では明らかに蛙などの両生類を連想させる姿なのに、胸のあたりに乳首のような小さな突起が二つ並んでいる。
「カエルの突然変異か何かでしょうか?」
そのくらいしかオレには答えようがなかった。
「崩落した崖の中に旧軍の防空壕でもあって、そこに貯蔵されていた有害物質が突然変異を引き起こしたとか?」
「さすがだな警部。旧軍云々の部分は正解だよ。問題の崖には確かに旧軍のかなり大規模な防空壕が掘られていたようだ」
「では部長、旧軍の防空壕の部分が正解なら、カエルの突然変異という部分はハズレというわけですね」
「まあ、次の写真を見てもらおうか」
部長がマウスをクリックし次の写真に画面が切り替わると同時に、オレは思わず驚きの声を上げていた。
「な、なんだとぉ!?」
次の画面に写っていたのは救助活動のため持ち込まれた巨大な重機の一台だった。
その長いアームの先端、ゴツい爪の並んだショベル部分に、さっきの「カエル」がダラリと力なくぶら下がっている。
「そ、それではさっきの『カエル』の大きさは…」
「平均的な成人男性ほどもあるそうだ」

それがオレの、悪意と憎悪の迷宮に記した第一歩だった。
180「人を呪わば…」:2010/06/12(土) 22:36:25 ID:fwVoakTk
現場へと向かう車内、オレは同行する部下の凍条にも今回の件についてあらましを話して聞かせた。

「ああ、あの裏山が崩れたって事件ですね。もちろん知ってますよ。マスコミだって結構騒いでますからね」
「この保科って奴は、そんなに有名なのか?」
「マスコミうけっていうタイプじゃないですけど、死刑廃止とか冤罪事件とかいう話になるとよく聞く名前ですよ。最近だと、ほら、時効廃止のときテレビのインタビュー受けてましたね」

あとでオレも調べてみたが、凍条の言ったとおりだった。
保科四朗。
地元の資産家にして地主である保科忠秀氏の四男として生まれる。
母親についての記録は無い。
三人の兄たちは、長男忠直、次男秀雄、三男秀雅という具合に、父の名前から一文字を貰っているが、彼だけ「四男だから四朗」という至って投げやりな命名を受けているのは婚外子だからだろう。
本人が雑誌のインタビューで答えた通り、保科家における四朗氏の地位は、「無いも同然」だったのだ。
 四朗氏が大学生のとき父忠秀氏は亡くなった。
父の死に先立つこと四年前に長男忠直が事故で、一年前に三男秀雄は病名の判らない奇病で早世していたため、次男の秀雄が後を継いだ。

「兄は…父に輪をかけた暴君でした」

同誌のインタビューで、四朗氏はそう語っている。
長男忠直氏の抑圧下にあったのが突然解放された反動か、旧家の当主となってからの秀雄氏の暴君ぶりは、四朗氏にとって耐えがたいものだったという。
そうした現れのひとつが、大学の学費支出の打ちきりだったに違いない。
しかし四朗氏は、奨学金とアルバイトのみでなんとか大学を卒業。
まじめで優秀な彼を高く買ってくれる教授がいたこともあって四朗氏は、カナダへの留学のチャンスを掴む。
そしてこの留学が、四朗氏は学者の世界へと進む糸口となったのだ。

「まったく何が幸いになるのか判りませんよ。だって、暴君だった兄貴が死んで、財産を相続なんてしなかったら、日本にだって帰ってこなかっただろうし、今度の事件に巻き込まれることだってなかったはずですからね。……あ、着いたみたいですよ警部」
凍条が右に大きくハンドルを着ると、巨大なパワーショベルがいきなり視界に飛び込んできた。
かつて聳えていた断崖は、今は45度ほどの斜面となって仮初の安定を保っている。
傾斜の下部に溜まった大量の土砂には大きな穴が掘りこまれ、穴の周囲には作業を中止した建設機械。
さらに穴の中にも装軌式のクレーン車がもう一台。
操縦室のドアも開け放したままなのが、「カエル」発見のときの恐慌を無言のうちに語っていた。
181創る名無しに見る名無し:2010/06/13(日) 05:55:29 ID:w5EYNu7M
>>177
すげえ楽しそうな顔した怪獣だなw
182創る名無しに見る名無し:2010/06/13(日) 16:18:36 ID:tWJJNIU3
177の怪獣は、もしかしたらゴスラのリアルタイプかなにかか?
183描いちゃったりするの人 ◆bEv7xU6A7Q :2010/06/13(日) 16:36:13 ID:ybZz7X/6
今ゴスラを調べた。確かにパーツは似てるなあ…鼻(?)はないけど。
中学高校ごろによく落書きしてた怪獣を久々に描いてみたんですん。
184創る名無しに見る名無し:2010/06/13(日) 22:16:58 ID:tWJJNIU3
>>183
むかし「ゴスラ対ウンコタイガー」ってのを書いたことがあって…。
ネット上のAA怪獣ゴスラが2チャンネラーを大量殺戮した挙句、同じく特撮板にスレのあった「超獣ウンコタイガー」と対決するって話。
当時想定してたゴスラの最終形態はギララっぽいもんだったが、177みたいなクトゥルー的形態でも悪くないな…と。
185「人を呪わば…」:2010/06/17(木) 22:36:59 ID:6NYce7l+
現場でオレと凍条を迎えたのは、地元八王子警察署の年取った警部補だった。
「被害家屋はこの一軒だけです。もう何年も前から、この辺りは市が崩落危険個所に指定してまして…」
「…その辺の話なら、ここまで来るあいだに頭に入れてあります。肝心なトコから始めてもらえませんか?」
「それじゃあまず……例のアレから……どうぞこちらへ」
老警部補は首をすくめるとオレたちの先に立って歩き出した。
積み上げた泥まみれの瓦礫の脇を抜け、幾重もの目隠し用シートをくぐった末に、オレと凍条は一張りの大きなテントの前へと案内された。
こうした現場にはつきものの施設。掘りだされた遺体の仮収容場だ。
ただしこの現場では、人間の遺体は全く発見されていない。
紐で閉ざされた入口の前に立つと、金臭い悪臭が鼻を突いた。
警部補は臭いにむせながら入口を閉ざした紐を解くと、傍らに退いてオレたちに道を開けた。
「どうぞ…」

 灯されたままの裸電球の下、手足を広げて無様に横たわっていたのは、写真で見たあの「カエル」だった。
仮安置されているのが人間の遺体であれば、死者への礼儀として顔に布が被せられ、線香が焚かれる。
しかし、この「カエル」に対しては、もちろんそんなことは一切為されていない。
腹の底から沸き上がって来る不快の念を抑えながら、オレは後ろに控えた警部補にきいた。
「……コイツが出たのは、現場のどの辺りだったんですか?」
「保科家の住民は、当主の四朗氏の他に住み込みの使用人が3人の計4人。裏山が崩れた午前零時半ごろには、全員母屋の寝所にいるものと思われました。
それで今朝からの捜索活動でもその辺りを重点に行っていたのですが…」
「つまり母屋のあたりからコイツが出たと?」
「正確には、母屋の残骸の下からですが」
「母屋の下から……それで保科氏や家人の遺体は?」
「それが今のところただの一人も見つかってないんですが…」
「あの警部、それってまさか…」
口元を歪め、凍条が言わずもがなのことを口にした。
「……家の人たちはみんなコイツに…」
「そんなこと現段階では判らん」
もちろんオレもそれを考えないではなかったが…。
少なくとも、あの段階ではそれは想像の域を出るものではなかった。
「あの…警部」
オレが視線を「カエル」の上にじっと落としていると、背後で老警部補がおずおずという感じで口を開いた。
「遺体は見つかってないんですが、その代わりに……」
「…ん?『その代わり』ってことは、このバケモノ以外に何か見つかったんですね」
「はい。たぶん本棚か何かの残骸なんだと思うんですが、メチャクチャに壊れた家具の一つに、こんなものが鋲で張り付けられてあったんです」
警部補は上着の内ポケットから、証拠保存用のビニール袋を取り出した。
中に納められていたのは泥染みだらけの一枚の写真だった。
フラッシュのなか、灰色に浮かび上がっていたのは「カエル」。
ただし、いまオレの目の前に転がっている死骸とは、明らかに別個体の「カエル」だったのだ。
186「人を呪わば…」:2010/06/20(日) 16:45:54 ID:Yr9lp8Nu
写真により、「カエル」は少なくとも二体いることが判った。
しかしここはアマゾンの奥地とか絶海の孤島ではない。
多少長閑とはいえ、れっきとした都内八王子。
崩落危険地域の指定境界ギリギリまで住宅地が迫る環境で、このようなバケモノが一目につかずに存在し得る環境は地下しかない。
問題は、「カエル」は二体で終わりなのかということだった。
「あの…警部」
青ざめた表情で凍条が言った。
「…防衛隊に連絡すべきなのではないでしょうか?もしこの怪物がもっと存在するのなら…」
凍条に言われるまでもない。
オレもそのことを考えていた。
我々不可能犯罪捜査部は警視庁所属の地方公務員に過ぎないのだ。
侵入してきた他国の軍隊と戦うのが警察の管轄ではないのと同じく、巨大生物や宇宙からの侵略などは警察の管轄ではなく防衛隊の管轄になる。
そのような事件に遭遇した場合は、速やかに上長を通して防衛隊に連絡し、事件全般を引き渡さねばならないと法律でも定められている、
そして防衛隊に引き渡すべき事例か否かの一つの基準となるのが、敵の頭数なのだ。
右手に泥染みのついた写真を持って、オレは足元の「カエル」の上に屈みこんだ。
(……違う。間違いなく別個体だ。写真の個体の方は腰の幅が肩幅より広いし、骨格も細そうだ。それに…………ん?なんだ??)
個体識別のため「カエル」の死骸に更に近づいたとき、オレはそのことに気がついた。
(オレは違う。凍条も……それじゃあの警部補か?)
だがオレが振り返ると、老警部補はテントの入口ギリギリの位置まで退いて立っていた。
(ちがう。あの男じゃない。だとすれば…)
オレは「カエル」の傍らから困惑とともに立ち上がった。
目の前に横たわる非人間的な姿と、逆にあまりに人間的な事柄のミスマッチが頭の中で渦を巻いていたのだ。
「もしですよ。もしこの事件が、多数の怪物による人間の捕食あるいは拉致であるならば当然…」
「いや、防衛隊への連絡はしばし待て」
「連絡しないんですか?」
「そうだ。それから凍条。オマエはこれからひとっ走りして、万石のダンナをここまで引っ張って来い!」
187「人を呪わば…」:2010/06/20(日) 16:47:48 ID:Yr9lp8Nu
「このあたりが…母屋の残骸です」
「随分裏山から離れているな」
あわただしく凍条がたったあと、オレは警部補に案内されて、「カエル」が発見された瓦礫の山を調査していた。
「母屋の建っていたのはもっとむこうの…あの辺りです」
警部補は、数十メートルほど山寄りのあたりを指さした。
「ここは場所的には土蔵の建っていた辺りです。母屋は、土砂に押しつぶされながら
ここまで運ばれたわけでして」
「それじゃここには母屋と土蔵の瓦礫がゴッチャになってるのか」
たしかにオレの足元には板壁と思しき板材と竹材の混じった土壁とが土砂の中に見え隠れしていた。
「土蔵は、当主の四朗氏が子供時代を過ごした場所でして…」
「土蔵で?母屋じゃなく?」
「私の警官人生はこのすぐ近くの派出所が振り出しでした。母屋で暮らしていたのは正妻の子だけ。四朗氏には土蔵が『はなれ』と称してあてがわれていたんです。正妻の真子さんの飼い犬でさえ、母屋で住むことを許されていたというのに…
「……なんて一族だ」
オレは正直気分が悪くなった。
この家での四朗氏は、犬以下の存在だったのだ。
「それでもたいしたもんですよ、四朗さんは。そんな逆境にもめげず、あんな偉い学者先生になられたんですから」
「……同感ですね」
「カエル」と結びつくものが何かないかと、オレは泥の中から掘り出された瓦礫や家財道具の残骸に可能な限り一点づつ目を通していった。
重く・大きく、高そうなものが、母屋の家具の残骸。
安普請に見えるのは土蔵のものなのだろう。
今は等しく泥にまみれている。
三四十分ほどもそんなことを続けていた時だった。
瓦礫の中にオレは、母屋の家具とも土蔵のものとも毛色の違うものが転がっているのに気がついた。
「これは…なんだ?」
重厚長大でなく、かと言って安物にも見えないそれは、泥を手でとり除けてみると組み木細工の小箱であった。
蓋を開けると、中には一冊の大学ノートが納められていた。
(なんで大学ノートなんかをこんな小箱に保管しておいたんだ?)
ページを開いてみるとそれはどうやら四朗氏の備忘録のようだった。
小箱の中に入り込んだ泥水のため文字が滲んでしまい殆どが判読不能だが、ところどころ
「××教授と話し合う」とか「記録を再検討」といった文句が読み取れる。
研究テーマに関する事柄などを、思いつくまま書き留めていたのだろう。
(ひょっとして、何か「カエル」に関することが書かれていないだろうか?)
オレはこの四朗氏の備忘録に目を通しながら、凍条の帰りを待つことにした。
188「人を呪わば…」:2010/06/20(日) 23:41:26 ID:Yr9lp8Nu
「…やっ!これはまた…」
さすがの万石も、「カエル」を一目見るなり絶句した。
「どうだ、万石のダンナ?アンタの直球ど真ん中のシロモノだろ?」
「私のど真ん中はゲテモノってわけですか?」
万石は、初見の驚きから早くも立ち直ると、ゴム手袋をして「カエル」の上に屈みこんだ。
「まるでトマス・ド・プランシーの悪魔みたいですね」
「…フレッド・ブラッシー?」
「……そりゃ噛みつきで有名なプロレスラーです。私の言ってるのはトマス・ド・プランシー」
「プロレスラーじゃあねえんだな?」
「世界で最も著名なグリモワール『地獄の辞典』の著者です。…あ、グリモワールっていうのは、魔術書のことですよ」
「魔術書だと?」
万石はオレを相手にくっちゃべりながら、手と目は「カエル」の調査にフル稼働させていた。
「現在引用される悪魔のイラストの殆どは、『地獄の辞典』に掲載されていたものを直接・間接に元ネタにしているんですよ。もし著作権が生きてたら、きっと天文学的な金が稼げますね。……おや?」
「カエル」の体を裏返しにしようとしたところで、万石の手が不意に止まった。
「この臭いは………………」
手に続いて、口も動くのを止めた。
万石も気がついたのだ。
オレが気付いたのと同じことに。
「そうか、なるほど、そういうことか…」
「何が判ったんだい?万石のダンナ」
「ここに来る途中、凍条さんがしきりに愚痴ってたんですよ。防衛隊に連絡すべき事案なのに、岸田さんがそうしないってね。その理由がわかったんです」
189「人を呪わば…」:2010/06/23(水) 23:58:20 ID:dUoehozH
「手がかりは……汗ですね」
そう言いながら万石はゆっくり立ち上がると、オレにではなく、凍条に向かって話しはじめた。
「多くの生物はその体に様々な分泌腺をもっています。たとえば性分泌腺とか毒腺ですね。
われわれ人間にとって最も縁の深いのは汗腺です。
人間は体温が上昇すると、汗を分泌しその気化熱によって体温を下げます。
ここまではいいですか?凍条さん?」
「あ、あの万石先生。その汗腺のお話と、防衛隊の件はどう繋がっていくんでしょうか?ボクにはさっぱり…」
「汗腺はすべての動物が持っているわけではないんですよ、凍条さん。
昆虫のような節足動物は汗腺をもっていません。
人間と同じ脊椎動物であるヘビやトカゲ、カエルも汗腺を持ちません。
さらには哺乳動物でも犬科のように汗腺を殆ど有さなかったり、猫科のように局部的にしか有していないものもいます」
「つまりはだ、凍条!汗をだらだら流すのは人間を含む一部の哺乳動物の専売特許みたいなもんってワケだ」
ようやく凍条も「あっ!」と口を開けた。
「ちょ、ちょっと待ってください、万石先生!それじゃこのバケモノの正体は……」
「待った!そこから後は、オレが尋ねる番だ。万石のダンナ、この『カエル』みたいなバケモノの正体は……人間なのか?」
190「人を呪わば…」:2010/06/26(土) 09:31:11 ID:2T5iVPJs
「写真の怪物と目の前の怪物が同一個体か否かを調べていたとき、オレは怪物から人間のような腋汗の臭いがするのに気がついたんだ。
万石のダンナほど詳しくは無いが、それでも、爬虫類や両生類に汗腺が無いってことぐらいはオレでも知ってる。…ということは、このカエルみたいな怪物は……」
「……人間をベースに何者かが作り変えたものなのではないかと、そう仰りたいわけですね?」
怪物の集団による人間の拉致・捕食であれば、戦争事案であり事件の管轄は防衛軍になる。
だが、人間の改造であれば、改造したのが何者なのかによって事件の管轄は違ってくる。
「凍条がアンタを呼びに行ってるあいだに、使用人も含む保科家住人が最後に目撃されたのは何時なのかを、所轄の連中に調べさせた。それによると、最後に姿を目撃された使用人は夕(ゆう)という名の女性で、それも殆どひと月も前のことだとわかった。つまり……」
「つまり岸田さんの考えによると、保科四朗氏が約一カ月をかけて使用人の一人を怪物に作り変えたと、そういうわけなんですね?しかし、残念ですが、それはあり得ませんよ」
「………………」
このとき万石は、オレの沈黙の意味を「自分の考えを否定されたことによる不満」と誤解したようだった。
「理由は簡単です、岸田さん。このバケモノには手術の痕跡が一切認められません。外科手術によらずして、人間をここまで非人間的な姿に作り変えるのは不可能でしょう」
正直言うと、オレはこのとき万石が言ったことをよく覚えていない。
彼がその少し前に口にしたことで頭は手いっぱいだったからだ。
「そうか、残念だがオレの考え違いだったってわけだな……ときにダンナは……」
質問の意図を悟られぬタイミングを読むのは、オレたち警官にとって必須のスキルだ。
「…保科四朗って人とは知り合いか?」
「いいえ、テレビや雑誌ではお見かけしたことがありますが、個人的には…」
「学会で会ったこととかは?」
「私は生物学、保科さんは心理学ですからねぇ…」
「なるほど畑が違うか…」
このやりとりでオレは確信した。
万石は何かを知っている。
知っていて、それを隠しているのだ。

 万石を八王子駅まで送るパトカーが現場を去ると、直ちにオレは凍条に命じた。
「保科四朗氏のカナダでの情報を可能な限り掻き集めろ!どんな研究をしていたのか?誰に師事していたのか?それから、その四朗氏の指導教授は何を研究していたのかもだ!」
191「人を呪わば…」:2010/06/26(土) 09:32:41 ID:2T5iVPJs
保科氏を含む住人の捜索は、バケモノの死骸を運び出したあと直ちに再開された。
だが、被災者の遺体も、また新たなバケモノの死骸も、それ以上掘りだされることはなかった。

 事件はすぐさま社会にセンセーションを巻き起こした。
もともと被災者に保科四朗氏という多少なりとも名の知られた人物が含まれていた上に、報道関係者の集まり易い捜索活動初日だったため、「怪物の死骸」の映像が報道されてしまったからだ。
まともな報道の世界では、姿を消した保科氏と3人の使用人の安否がしかつめらしくに気遣われた。
その一方、ネット上では良識に縛られるマスコミをあざ笑うかのように、グロテスクで悪趣味な「真相」が噴出した。
「保科氏らは怪物に拉致された」あるいは「もう食われてしまった」
「付近ではもう何年も前から行方不明者が続出していた」
「怪物の正体は、旧日本軍が作った生物兵器のなれの果てである」
「旧軍の地下壕が、いつのまにか地下深く潜み住む怪物の住処と繋がってしまった」
この手の事件にはつきものの「宇宙人犯人説」ももちろんあった。
事件に進捗が無ければ、社会の矛先は警察に向けられただろう。
そしてオレは、奇怪な「真相」へと、一歩一歩近づいていた。

192「人を呪わば…」:2010/06/26(土) 23:42:24 ID:2T5iVPJs
「警部、モントリオール市警から返事がありました。照会された件ですが、もう担当者が退職していて、資料も残っていないそうです。それでネット上で調べてみたんですが…」
「…ありがとうよ南。オマエがフランス語が堪能で助かったぜ」
保科氏の留学先はカナダのフランス語圏、モントリオールだった。
「いいえ、自分のフランス語はスラングが多くてまともなものじゃ…。それに向こうもケベック訛りが酷くて困りました」
そう言いながら南は、プリントアウトした書類の束と電話しながら速記したメモをオレの前に置いた。
「しかし妙ですね。ラグラン医師の事件について知ってる者が誰もいなくて、おまけに資料も破棄されて無いなんて…」
保科氏が籍を置いた大学から辿りついたのが、ラグランという医師だった。
かつてソラマリー医療センターで先鋭的な研究を行い、保科氏もそこに出入りしていたのだ。
しかし、ソラマリー医療センターで行われていたのが如何なる実験だったのか?
それを知る手立ては見いだせなかった。
まずラグラン医師本人だが、彼は奇怪な状況下で他殺体となって発見されていた。
南がネット上で集めてくれた情報およびモントリオール市警からの聞き取り情報によると、当時は同様の殺人事件が5件連続し、とうとう犯人も検挙されずじまいだったという。
「いかに未解決に終わったとはいえ、関係書類が破棄されてるっていうのは……」
「……意図的な隠蔽だろうな」
「それでは何か政治的な側面でも…」
「おい南。政治的な側面なんかで、あの万石のダンナまで隠蔽に下端すると思うか?」
「まだ警部は、万石先生が何か警部に対してウソをついたなどと思ってられるのですか?」
気色ばむ南に対し、オレは書類から眼を上げ睨み返した。
「あのとき万石のダンナは、こう言ったんだ」

『つまり岸田さんの考えによると、保科四朗氏が約一カ月をかけて使用人の一人を怪物に作り変えたと、そういうわけなんですね?』

「しかしオレはあのとき、保科氏が犯人だなんてこたぁ一っ言も言ってねえ。考えてもみろ!保科氏は心理学者だ!心理学者に人体改造なんてできるわきゃねえ!」
「しかし警部。それは万石先生が保科氏のことをよく知らなかったからなのでは…」
「もちろんその可能性はあった。だからオレはその場でダンナに聞いたんだ!ダンナは保科氏を知ってるかってな。その答えは…」

『私は生物学、保科さんは心理学ですからねぇ…』

「……つまり万石のダンナは、保科氏が心理学者であって外科医じゃないことも、ちゃんと知ってたんだ」
「それなのに万石先生は……」
「そうだ!あのバケモノを作ったのは『保科氏ではない』とわざわざ言ったのさ!」
193「人を呪わば…」:2010/06/26(土) 23:44:44 ID:2T5iVPJs
モントリオール市警が、そして万石が隠そうとする何か。
姿を消した保科氏を含む4人の運命。
そしてバケモノの正体。
全てを解くカギは……カナダのラグラン医師。そして保科氏が残した備忘録のこの言葉にあるはずだった。
オレは、現場で発見した小箱に納められていたノートを取り出した。
記述の殆どは、残念ながらが染み込んだ泥水によって読めなくなっていた。
ただ、開き癖がついてしまいページどうしが密着していなかった箇所だけはかろうじて文字を読むことができた。
特に強く開き癖がついていた箇所に描かれていたのは、次のような言葉だった。

段々おかしくなる段々おかしくなる段々おかしくなるだんだんおかしくなるだんだんおかしくなるだんだんおかしくなるだんだんおかしくなるだんだんおかしくなる
だんだんおかしくなるだんだんおかしくなるだんだんおかしくなるだんだんおかしくなるだんだんおしかくなるだんだんおくしかるなくだんんだおしかくんだだしん
かおだんくしおかんだんかしくんしおかだんくんおかしだんしかくおんだしんかくおんだしんかだかしん

194「人を呪わば…」:2010/07/17(土) 00:05:30 ID:SIeqg+oL
 事件現場は、たちまち日本中の注目の的となった。
テレビ・新聞・写真週間誌などの報道機関、それからどこの馬の骨ともつかぬ輩までが、腐肉たかるハエのように押し寄せ、八王子の駅の乗降客数が普段の日の3倍に達した。
テレビ各局は、それぞれ何処からか「専門家」を見つけてきた。
「専門家」たちはめいめい勝手なことを言ったが、彼らの発言から無意味な修飾を剥ぎとってみれば、あとに残るものは何も無かった。
ただ、「裏山に掘られているという旧軍の地下壕を早急に調査すべきである」という点でだけは、「専門家」たちの意見は一致していた。
八王子署が地下壕の発掘調査に着手しなければならなくなるのは、時間の問題と言えた。

 だがオレは、全く別の突破口を見出していた。

「やっと終わりましたよ警部」
翻訳作業によるしょぼくれた目つきで現れた凍条の手には、ブリントアウトした紙束が握られていた。
「ラグランが学会誌に発表した論文の翻訳です。もっとも専門用語の訳は怪しいもんですが…」
「概略が判ればいいのさ。」
オレは凍条の手から紙束をひったくった。
バケモノの死骸発見から三日後の未明、ついにオレの目の前にラグランの研究テーマが朧な姿を現したのだ。
195「人を呪わば…」:2010/07/17(土) 00:08:08 ID:SIeqg+oL
ラグランの論文を徹夜で読も込んだ翌日の朝……というより当日の朝だが、仮眠室から部室に顔を出すなり、オレは本多部長に呼びつけられた。

 「岸田警部、八王子署が明日の朝7時から崩落した山の周辺で山狩りを行うそうだ。ついては我々不可能犯罪捜査部にもオブザーバーとして参加してくれないかと言ってきた」
「…なるほど。何の成果も上げられなかったときのためのスケープゴート要員というわけですね」
「まあそういうな。八王子署は近隣住民からの抗議の電話が鳴り止まないそうだ」
その朝までの時点で、保科氏とその使用人は、生きていると死んでいるとに関わらず、誰一人被災現場から発見されていなかった。
遺体すら発見されないのは、裏山が崩落した時点において既に住人が屋敷にいなかった。
つまり、例のバケモノの巣=旧軍の地下壕に連れ去られていたからではないか?
それは誰しも考える不吉な可能性だったろう。
次は自分たちがバケモノの餌食になるのではないか?
付近住民の恐怖は急激に高まっていった。
そしてそれと呼応するかのように、マスコミも半ば公然と警察を無能呼ばわりし始めていた。
「住民を慰撫するための気休めなんぞに参加させられるのは御免こうむりたいところですが…」
「ほう…」
本多部長の目が針のように細くなった。
「……警部、どうやらキミは、今回の事件について何か掴んだようだな?」
風当たりが強かったのは八王子署ばかりではない。
本多部長にも、事件の早期解決を強く求める圧力が警視庁上層部からかかっていた。
「まだ部長にもお話しできる段階てせはありませんが……今回の事件、一応の姿は見えたと、自分ではそう思っています」
十秒以上もオレの顔を眺めた挙句、諦めたように部長は言った。
「わかった警部。キミの考えをここで聞かせろとは言わん。ただ、例の件がもし外部に漏れれば、事件は政治問題化しかねん。ともかく急いでくれ」
「……わかりました」
「例の件」とは、マスコミはもちろんのこと、八王子署にすら知らされていない、警視庁でも不可能犯罪捜査部以外では警視総監を含むごく一部の者にしか知らされていない極秘扱いの事項だった。
科研は、怪物を調査した結果「DNA的にはまさしく人間である」と報告していたのだ。
196「人を呪わば…」:2010/07/17(土) 00:12:48 ID:SIeqg+oL
翌朝、まだ辺りがやっと明るくなり始めたころ…。
オレは凍条とともに車でやって来ると、指定された集合場所からは少し離れた保科邸跡で車を止めた。
「おい凍条、オマエはこれから所轄の連中と一緒に裏山で例の防空壕の入り口探しにつきおえ」
「あれ?それじゃ警部は防空壕探しには参加されないんですか?」
八王子署による地下壕探索は、他の警察署の応援も得て、裏山を含む丘陵地帯の全体に及んでいたが、被災地である保科邸跡は捜索対象には含まれていなかった。
「オレは別に調べたいことがある。オマエは……」
「なるほど了解です。警部を自由に行動させるための、ボクはオトリってわけですね」
「…たのんだぞ」
197「人を呪わば…」:2010/07/17(土) 00:19:30 ID:SIeqg+oL
目立つようワザと聞えよがしエンジンをふかしながら凍条が走り去ると、オレは独りでかつて土蔵が建っていた場所へと向かった。
備忘録を納めた小箱は土蔵にあったものと思われた。
しかし保科四朗氏や住み込みの使用人たちが寝起きしていたのはもちろん母屋だ。
では何故、備忘録は母屋でなく土蔵にあったのか?
更に備忘録に書きなぐられた意味不明の言葉…。
そして土蔵は、保科氏が幼少期を過ごした場所だった。
裏山などではない。
…すべてのカギは土蔵にあると、オレは考えていた。

 被災者救助活動のため、土蔵の上に覆いかぶさった土砂と瓦礫は一応取り除けられ、一部の壁が残る以外は、土台部分がむき出しの状態になっていた。
「保科四朗氏は、ここで子供時代を過ごしたのか」
一面だけ残った壁は分厚く、子供では到底手が届かないであろう高みに、小さな窓が開いていた。

昼でも薄暗く、明かりを点けねばいられなかったにちがいない。
そんな場所で過ごさねばならなかった四朗氏の少年時代。
そして……月日が流れ保科家の当主となってからは、思い出したくもない場所だったのではないか?
そんな場所に何故、四朗氏はあの備忘録をわざわざ置いたのだろうか?
「保科氏にとってここは……」
…オレは思わず考えを口に出していたらしい。
「……牢獄だったはずだ」
すると、間髪いれずオレの背後で返事があった。
「いや、まんざらそうでもなかったみたいですよ」
198「人を呪わば…」:2010/07/19(月) 00:00:20 ID:zIqccjVw
「……ダンナも呼ばれたてたのか?」
振り向くまでもない。声は万石のものだった。
「このあいだ、岸田さんに呼ばれたじゃないですか。それで今度は八王子署からお座敷がかかったわけで…」
「なるほど。スケープゴート要員パート2か。ところで万石のダンナ、さっきアンタはここが少年時代の保科氏にとって牢獄じゃなかったと、そう言ったように聞えたが?」
「ええ、たしかにそう言いました」
泥だらけの壁に指を這わせながら、万石は言った。
「母屋には、四朗氏のことを犬猫程度にしか思っていない、冷たい親族が陣取っていました。母屋での生活は、保科氏にとって人間以下の生活です。でもこの土蔵でなら…」
なるほどと…オレは思った。
子供のころからオレは、可愛げの無い現実的なガキだった。
だが、空想的な、想像力に富んだ子供なら、親族どものやってこない土蔵での生活は、むしろ……。「ここは…夢の世界だったと…」
「そう保科氏が言ったわけだな。万石のダンナ」
万石の口の端が、小さくついっと吊り上がった。
「…やはり調べ上げていましたか、岸田さん」
三日前、万石は保科氏のことを知らないと言ったが、それをウソだと確信したオレは、2人の接点を洗い出すことにした。
それは、いとも簡単に見つけ出せた。
「去年の9月、サンノゼで開かれた学会の出席者名簿に、保科氏とダンナの名前があったよ」
ここで初めてオレは、背後の万石へと向き直った。
「ダンナがここに来たってことは、もういいんだろう?そろそろ話してくれねえか?それともオレの方から話した方がいいか?」
199「人を呪わば…」:2010/07/19(月) 00:02:15 ID:vUpFc1I8
「……ダンナも呼ばれたてたのか?」
振り向くまでもない。声は万石のものだった。
「このあいだ、岸田さんに呼ばれたじゃないですか。それで今度は八王子署からお座敷がかかったわけで…」
「なるほど。スケープゴート要員パート2か。ところで万石のダンナ、さっきアンタはここが少年時代の保科氏にとって牢獄じゃなかったと、そう言ったように聞えたが?」
「ええ、たしかにそう言いました」
泥だらけの壁に指を這わせながら、万石は言った。
「母屋には、四朗氏のことを犬猫程度にしか思っていない、冷たい親族が陣取っていました。母屋での生活は、保科氏にとって人間以下の生活です。でもこの土蔵でなら…」
なるほどと…オレは思った。
子供のころからオレは、可愛げの無い現実的なガキだった。
だが、空想的な、想像力に富んだ子供なら、親族どものやってこない土蔵での生活は、むしろ……。
「ここは…夢の世界だったと…」
「そう保科氏が言ったわけだな。万石のダンナ」
万石の口の端が、小さくついっと吊り上がった。
「…やはり調べ上げていましたか、岸田さん」
三日前、万石は保科氏のことを知らないと言ったが、それをウソだと確信したオレは、2人の接点を洗い出すことにした。
それは、いとも簡単に見つけ出せた。
「去年の9月、サンノゼで開かれた学会の出席者名簿に、保科氏とダンナの名前があったよ」
ここで初めてオレは、背後の万石へと向き直った。
「ダンナがここに来たってことは、もういいんだろう?そろそろ話してくれねえか?それともオレの方から話した方がいいか?」
200「人を呪わば…」:2010/07/19(月) 23:33:03 ID:zIqccjVw
黙ったままで万石は、どうぞお先に、というように手で促した。
「それじゃあ、オレからいくか…」
丹念に床の泥を靴で掻き避けながら、オレは話しはじめた。
「まずこれを見てくれねえか?」
例の保科氏の備忘録を、オレは万石に手渡した。
「これは?」
「ちょうどこの辺りの瓦礫の山からオレが見つけだしたもんだ。周囲の状況からみて、このノートは母屋でなく、この土蔵にあったものだとオレは考えている。これが第一のポイントだ」
「……『だんだんおかしくなる』か……」
万石の視線は、開き癖のついた例のページに落ちていた。
「第二のポイントは例のバケモノだ。母屋の住人が消えたってこととの関係で、バケモノも裏山が崩れた時点で母屋にいたと思われてる」
話を続けながら、オレは靴のつま先で土蔵の床を寸刻みに探っていった。
「…バケモノの住処と疑われた旧軍の地下壕は荒山に掘られているという。そして母屋は裏山を背負うように建っていた。裏山のどこかにある出入り口から人に見られず母屋に行くのは造作もなかったろう…だが…」
そのときだ。
オレのつま先は、とうとう探していたものを見つけだした。
「……だが、バケモノの死骸が掘りだされたのは、母屋のあった場所じゃねえ。ここだ。この土蔵だということだ」
話はそのままに、背広の汚れるのも構わずオレは片膝つくと、床に残った泥を両手で掻き避けた。
「この二つのポイントから考えられることは……」
間違いない!ここだ!
保科氏は土蔵での暮らしの中で、偶然発見したに違いない。
……そしてオレの手はとうとう隠れた仕掛けを探り当てた!
「……二つのポイントから考えられること。それは、例の地下壕の入り口が、この土蔵の中にあるってことだ!!」
オレが断言すると同時に、床の石組みの一部が、ガクンと大きく口を開いた!
「…やっぱりな」

覗きこむと……真っ暗な地の底から、湿った臭いが吹きあがって来た。
201「人を呪わば…」
「さてと……」
オレは持ってきた荷物の中から懐中電灯を取り出し、床に開いた四角い穴の中に向けスイッチをいれた。
「……意外と広いな」
懐中電灯の明かりが届く限り、地の底へと階段が続いていた。
土蔵床の扉の建てつけが、よほどしっかりしているのだろう、中には殆ど泥水が侵入しいない。
「オレの想像が当たってりゃ、ここから旧軍の地下壕に行けるはずだ。オレはこのまま中に入ってくつもりだが、ダンナは……」
「ダンナはどうする」と聞こうと思い振り返ると、万石も自前の懐中電灯を着けたところだった。
「もちろんついてきますよ。岸田さんの話の続きも聞きたいですからね」
黒いカバンをとりあげながら万石が言った。
これから行こうとする場所にはとても不似合いなカバンだが、同時にどこかで見たような気のするカバンだった。
「そんじゃあ、はぐれんなよ」
オレは懐中電灯を左手に持ち替えると、湿っぽい臭いの漂う地下への階に足を踏み入れていった。