【お題で創作】月間創作発表グランプリ作品投稿スレ

このエントリーをはてなブックマークに追加
194二人の十一歳 1/1
 由香はかわいそうな少女だった。七歳の誕生日に彼女は突然倒れ、病院に運ばれた。そのときは一命を取り
とめたものの、医師は彼女が十歳までしか生きられないだろうと告げたのだ。それは体内の器官の一部の成長
が止まってしまう病気であり、現代医学では解明されていないものであった。
 その後の由香の人生が酷いものであったかというと、決してそうではなかった。両親は不治の病に冒された娘
をこれでもかと言うほど甘やかしたし、よく由香と喧嘩していた双子の弟である健太も彼女が病気を盾にして罵
ると何も言い返せなくなってしまった。
 由香は自分が十歳で死ぬという事実に早い段階で適応した。死んでしまうのは悲しいけれど、学校へ行かなく
ても両親は怒らないし、食べたいお菓子や欲しいおもちゃは好きなだけ買ってもらえる。宿題に追われる心配は
ないし、ムカつく弟も一発で黙らせることができる。
 十二の季節が流れ、彼女は十歳になった。由香はまだ生きていた。
 十六の季節が流れ、彼女は十一歳になった。由香はまだ生きていた。
 由香の家族は十一歳の誕生日に、彼女を病院へ連れて行った。病院で精密な検査を受けた結果、成長が止
まっていた器官が成長を再開しており、原因は不明であるが病気は治っていると診断された。
 涙を流して喜んでいる両親と、ホッとした顔をしている弟を余所に、由香はそっと病院を抜け出した。
 由香は困惑していた。彼女だって死ぬのは怖かった。しかし、これからのことを考えるのはもっと怖かった。両
親は今までみたいに彼女を甘やかしてはくれないだろうし、学校へも行かなくてはならない。そして何より弟が怖
かった。両親が由香に付きっきりだった四年間、健太は両親からほとんど放置されてきた。そして彼女自身は健
太をパシリのように扱ってきた。勉強も運動も彼女よりずっとできるようになった弟が、これから由香に対してど
う接してくるか想像すると、由香は震えが止まらなくなった。
 気づくと、由香は一つの川の前に立っていた。紅葉の葉で彩られた流れはとても綺麗で、吸い込まれそうにな
る魅力を覚えた。
 由香は川を見つめ続けるうちに思ってしまった。『いっそこの川に飛び込めば楽になれるかな……。この高さ
なら無傷では済まないだろう。大怪我すれば父さんと母さんだってまた……。でも、死んじゃうかも。でもでも、死
んでしまうならそれはそれで―――』
 強い風が吹いた。それが由香の意志であったかどうかは分からない、しかし彼女は川に落ち、意識を失った。

「姉ちゃん!! 目をさましてよ、姉ちゃん!!」
 その聞きなれた声で彼女は覚醒した。
「健太? どうしてここに?」
「姉ちゃんが突然いなくなったから僕が探しに来たんだよ。父さんと母さんが心配してたんだよ。姉ちゃんこそな
んで溺れてるんだよ」
 由香は健太が自分を助けたことを意外だと思うと同時に、自分がまだ五体満足であると知り、軽く絶望した。
「……ねぇ、健太」
「ん?」
「健太はお姉ちゃんのこと嫌いよね?」
「え?」
「嫌いに決まってるわよね。わがままばかり言って父さん母さんを独占してきたお姉ちゃんのことなんて」
「……」
「お姉ちゃんね、飛び降りたの。でも死ねなかったの」
「……」
「だからもう一回……」
 二人の間を沈黙が支配した。それを打ち破ったのは健太だった。
「ねぇ、姉さん」
「ん?」
「今日が何の日だか知ってる?」
「えっと……お姉ちゃんの誕生日?」
「うん。そして僕の誕生日だ。だからさ、縁起の悪いことはしてほしくないんだ。」
 由香はその言葉に何も返せない。
「小さいほうは大きいほうの言うことを何でも聞くこと!!」
 健太は叫んだ。
「え?」
「姉ちゃんの口癖だよ。最近の姉ちゃんは僕をこき使うためにこの言葉を使ってるよね。でも、僕は覚えてるよ。
昔の姉ちゃんはこの言葉を使って僕を守ってくれたことを」
「……」
「姉ちゃん。姉ちゃんが病気の間に僕の方がずっと大きくなったんだ。姉ちゃんの背は僕の肩までしかないんだ
から。だから、ね。僕に甘えていいんだよ」
「でも」
「でももだっても無いんだよ。『小さいほうは大きいほうの言うことを何でも聞くこと!!』」
 由香はなんだか悲しくなって、嬉しくなって、四年ぶりに泣いてしまうのだった。