ギリギリだ…
TSスレからきました。お題は「秋」を使います。
風が、一段と強い風が、私の前を通り過ぎていった。
その匂いに、またあの季節が訪れたことを改めて実感する。
真っ赤に染まった葉がひらひらと舞い降りてきた。
ひとつ掴み取って眺めてみる。
夏には緑だった葉も、すっかり色を変えてしまった。
目をつぶると、あの頃の思い出がまだ鮮明に蘇ってくる。
十年前のこと。
「せい……り?」
医者の言葉に戸惑う私がいた。
自分の体調不良の原因がそんなところに行き着くなど夢にも思わなかった。
なにせ当時の私は男だったのである。
いや、男だと思っていた。私も周りも。
でも本当は違った。
『仮性半陰陽』――聞いたこともなかったけど、私はそういう体質だった。
それから私は真新しいセーラー服に身を包み登校することになる。
さすがに高校生にもなるとあまり深く詮索してくる人はいなかった。
ただ、逆に遠慮がちになりすぎてあまり話しかけられなくはなった。
とは言ってもそれまでも積極的に人と話す性格ではなかったので特に苦痛ではなかったのだが。
とにかく私は、クラスから孤立していった。
「寒いかな」と昼間でも思いはじめるようになった頃、突然クラスメイトの一人が話しかけてきた。
あの時のことは一生忘れないだろう。
「大丈夫?」
「え……?」
「寂しそうな顔、してたから。」
彼は気づいていたんだ。
本当は不安でしょうがなかった。
思春期に「あなたは実は女でした」なんて言われて大丈夫なわけがない。
そんな時に同じ年齢にある同級生の誰にも相談できないで、ひとりで抱え込んでいた。
私は泣いた。その場に泣き崩れてしまった。
人の輪というのは広がるもので、彼と話し始めるようになって、私には友達が増えていった。
男だった頃はあまり喋ったことのない女子とも仲良くなった。
そして彼とは親友と呼べるような間柄になった。
いつも私を助けてくれた彼。
彼に、友情とは違う別の感情を抱き始めたのは、それぞれの道を歩み始めた三年後のことだった。
不意に、私の肩をがっしりとした手が優しく抱え込んだ。
「また昔のこと考えてたんだ。」
「うん……。」
会話はそれだけで途切れた。
今から二年前。私はとある会社に就職した。そのときにはもう私は『普通の女』だった。
ある日、休憩時間にフロントの自動販売機でカフェオレを買った時のこと。
缶を手に、顔を上げた瞬間。
「あ……。」
彼がいた。うん、間違いなく彼だ。男の人って成長するとこんな風になるんだ。
お互い立ち尽くしたままだった。
受付の人の気まずそうな視線を横目に感じる。
「元気だった?」
何か言わなければと、間抜けな挨拶が口をついて出た。
彼は営業で偶然うちの会社に来ていたらしい。
その後のことは一瞬だったような気がする。
告白、数十回重ねたデート、プロポーズ、そして……。
「なんか不思議な感じ。」
ふと思ったことを口にした。
「私の中に、別のいのちがあるなんて。」
彼は黙ったまま聞いている。
「男の時の私が聞いたらどう思うのかな。」
またひとつ強い風が吹いた。
それを見送って彼は口を開いた。
「男も女も関係ないよ、きっと。素敵なことだと思う。」
「そっか、そうかもね。」
私たちは身を寄せ合って公園の木々を眺めていた。
【おしまい】