投下します。お題は「秋」「初」を使わせていただきました。
常駐スレは古代・中世的ファンタジースレですが、今回は学園モノ(?)です。
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イチョウの葉がひらひらと落ちてくる。
何枚も、何枚も。
時折私の頭に載り、髪の上を滑り落ちる。
くる、こない、くる、こない、くる……
コスモスの花で占いをしたって、花びらの数は把握しているのだから、
答えは見えている。
でも、そうでもしていないと心が不安に押し潰されてしまいそうで……。
イチョウの木の下で、私は待っているのだ。あの人を。
あの人は、強くて、かっこよくて、人気者で。
私なんか近づくことすらできないと思っていた。
でも、そんな僻みと妬みに満ちたちっぽけな私の心を、
あの人は優しく包んでくれた。
自分に取り柄がないと思い込んでいた私を、心で抱きしめてくれた。
ううん。実際に触れたわけじゃない。
ただ、言葉の上で救ってくれただけ。
本当にあの人に抱きしめられたら、私はきっと、
幸せのあまり心臓が張り裂けてしまうだろう。
こない……。
8枚の花びらしかないのだから、わかっていた。
わかっていたけれど、切なくなった。
本当に来てくれないのだろうか。
約束の時間はとっくに過ぎている。
否、約束ではない。
私が一方的に突きつけた指定時刻だ。
「遅くなってごめんね。委員会が長引いちゃって」
うつむいていた私に声がかかった。
待ち人来たり。
委員会か……。仕方がないね。人気者だから。
私はコスモスの茎を握っていた手を後ろに回した。
この人からは隠してそっと背中で捨てる。
恥ずかしいじゃない。花占いなんて乙女チックで。
確かに私は年齢的にも性別的にも乙女なのだが、認めたくない。
乙女チックなんて、私には似合わない。
「いえ、私もそれほど待っていたわけではありませんから」
嘘だ。指定時刻の三十分も前から、私はここにいた。
足が棒になるほど、疲れていた。
でも、そんな事情はおくびにも出さない。
「そう? 良かった。で、話って何かな?」
あんな手紙で呼び出されれば大体の察しはつくだろうに。
意地悪な人だ。私にどうしても言わせたいの?
「ええ、口に出すのはちょっと恥ずかしいので……ちょっとかがんで
耳を貸してもらえませんか?」
胸が高鳴る。私より大分背の高いこの人に仕掛けるつもりの罠は、
私の心の中から飛び出してしまいそうだ。
思わず口元を押さえるけれど、言葉にはならないようだ。
「了解。これで良いかな?」
素直に従ってくれるなんて、なんて良い人なのだろう。
私のなけなしの良心がちくりと痛む。
そして私は……。
ちゅっ。
そんな音が響いたのかどうかはわからない。
軽く頬に触れただけの唇。なのに熱い。
「何のつもりかな?」
心なしか怒っている? 声のトーンが少しだけ低い。
でも、怒っても、相変わらず綺麗な人だ。
むしろ、怒るなんて感情を見せるこの人がもっと愛しく思える。
「貴方が好きなんです。もう、我慢できないくらい」
言ってしまった。言ってしまった。
反応が怖い。聞きたくない。見たくない。
気がつくと、下を向いて目をつぶっていた。それはもうしっかりと。
「ふむ……なるほどね」
耳をふさぎたいくらいだ。でも、ちょっぴりの期待がそれをさせない。
次に繰り出される言葉が何を伝えるのか。
怖い。心臓の動きが大きく感じる。心が重い。
「そう言ってもらえるのは嬉しいよ」
閉じていた目を思わず開いた。
嬉しい? 本当に?
「けど、ねぇ……。わかっているんだろ?」
やはりそうか。『けど』がつく答えなのか。
私の浮き上がった心は、急に支えを失って、奈落の底に落ちていく。
「わかっています。でも、好きなんです! 貴方しか好きになれない!」
私は必死に訴える。
思いのたけの百分の一にも満たないけれど、気持ちをぶつける。
見上げると、難しそうな顔をして、考えをめぐらせているその人がいた。
そして……。
「そう。わかった」
覚悟を決めたといった表情がそこにあった。
その時、突然の強い風がイチョウの葉を、私のスカートをまき上げた。
「ひゃっ……」
思わずスカートを押さえる私。
すると、華奢な指先が私の顔を上に向かせていた。
「んっ……」
先ほど熱くなった唇に、もっと熱い唇が当てられる。
私にとっては初めて体験する感触だ。
まさか……まさか……こんな……!?
「女の子とキスするなんて初めてだよ」
唇を離すと、その人は言った。
女の子と? ということは男の子とならあるんだろうか。
なんとも言えない気持ちが、心の底でくすぶっているのを感じる。
「私は……キス自体が初めてです」
きっと私はリンゴのように赤くなっているのだろう。
頬が、顔全体が熱くてたまらない。
勿論、唇もだ。
「そう……。ファーストキスがこんな相手でがっかりかな?」
「いえ! いいえ! そんなことありません」
私は全力で否定する。がっかりなんてするわけがない。
「嬉しいです……とても」
「参ったな……本当に私のことが好きなんだね」
長い髪をかきあげながら、その人は言った。
まだ風は弱くなったがふいている。
その人のスカートもめくり上げられない程度に揺れている。
「好きです。女じゃダメですか?」
涙が出そうだ。
拒否されることにじゃない。受け入れられることが怖いのだ。少しだけ。
「普通ならダメだけど、キミは……私も好きだ」
信じられない言葉。え……私のことが……好き?
「先輩……!」
思わず抱きついていた。
身長は高いけれど、柔らかいその身体に。
女の象徴を十分に示しているその身体に。
「ふふ……甘えんぼだね、キミは」
拒んだりなんてされなかった。むしろ、強く抱きしめられていた。
嬉しい。凄く嬉しい。
「はい……ごめんなさい」
抱きしめられたけど、心臓が張り裂けることはなかった。
柔らかくて温かな気持ちがこの胸を包んでいる。これが本当の幸せなのだろうか。
「良いよ。謝らなくて。甘えられて私も嬉しいから」
この人の笑顔は本当に心を温めてくれる。
幸せがいっぱいだ。こんなに幸せで良いんだろうか。
「さあ、もう遅いし、帰ろうか。この続きは、また明日から」
「はい!」
続きってどういうことになるんだろう。
少々疑問がわいたけれど、すぐに打ち消した。
明日からが楽しみだ。
ー了ー