学校なんてバカらしい。
転校初日、挨拶する時に周りを見渡すと、どいつもこいつも好奇心を剥き出しにした
目で見つめてくる。いかにも波風なく生きてきて、なんの悩みもないみたいだった。
ああ、こいつらは家畜なんだな。そう思った。教師という主人にいいように飼い
ならされて、従順につき従う、愚かな子羊たちだ。
休み時間になると、周りに集まってきてあれこれと聞いてくる。キンキンと甲高い声を
上げて叫びまわる。男子たちは外で駆け回る。みんななんの悩みも、苦しみも知らない
みたいで、いかにも精神的に成長してない子供で腹が立った。
適当に目についたものが語りかけてくる物語を聞かせてみると、手のひらを返して
あたしを嘘つきだと非難した。
構うもんか! この世に存在するありとあらゆるものたちが、自分の物語を語ってほしい
と頼んでいるのがどうしてわからないのだろう。そんなこともわからないあんなやつらなんか
どうだっていい!
あたしは、刻みつけられてきた心を守るために、自分を醜い性格に変容させていくしか
なかった。助けに差しのべられた手をあたしは、自分で振り払ってしまっていた。
そこにきみは現れた! ずかずかと、無邪気な笑顔を浮かべ、あたしだけの世界に
踏み込んできた!
あたしはいつも朝早くに家を出て、帰りはなるべく遅く帰るようにしていた。そうすれば
少しでも電話やママの小言に付き合わなくて済んだから。それは子供なりにあたしの
考えた、悲しい防衛策。
物語が舞い降りてくる時だけ、あたしは純粋でいられた。物語だけがあたしのすべて
だった。その日もいつものように朝早くに登校して、一人窓の外に目をやり、語りかけて
くる物語に耳を澄ませていた。
透き通るように青い空をオタマジャクシが泳いでいた。
164 :
創る名無しに見る名無し:2009/05/02(土) 22:54:41 ID:9gXf4Sg+
ふと気配を感じて振り返ると、きみはそこにぼーっと突っ立っていた。こいつも他の
やつらと一緒なんだろうと思うと気分が悪くなって、また窓の外に目をやった。
「あれ? 朝倉さん、おはよう。学校来るの早いんだね。なにを見てたの?」
あぁ、面倒くさい。あたしが嘘つきだって噂が広まっているのはわかっているだろうに、
わざわざ話しかけてくることないじゃない……なんにしても、こいつもあたしの話を聞けば
あたしを嘘つきと非難して去っていくことだろう。別にそれでもよかった。あたしのこの
世界が守られていればあたしは耐えていけると思った。
でもきみは違った! 他のやつらはすぐに嘘つきだと言って去って行ったのに、きみだけは
嬉しそうにあたしの話を聞いてくれた! ねぇ、このときの喜びがわかる? どんなに綺麗な
世界を紡いでも、それであたしの心が平静を得ても、それは本当の幸いなんかじゃない。
自分の紡いだ世界で誰かが幸せになること、それがあたしの願いだった。
きみは本当にうれしそうに笑ったね。あたしの口から音楽のように漏れてくる言葉を
一言も洩らすまいと一生懸命になって聞き入っていた。そうして一つ一つの言葉に驚き、
悲しみ、喜び……初めは驚いたけど、それはあたしにとっても嬉しいことだった。自分の
物語が誰かを幸せにしている。傲慢にもそう思った。あたしはいつの間にか、ひとりの時よりも
もっとずっと滑らかに滔々と流れ込んでくる物語を、夢中になって語り聞かせていた。
きみはそれから、たびたび朝早くにやってきて、あたしに物語をねだったね。あたしは
世界が大きく広がって、何もかもが透明に澄んでいくように感じた。物語はあたし達を繋いで、
きらきらと光を放つ美しい世界を見せてくれた。
好きになるのに、時間はかからなかった。
あたしの世界は、舞い降りてくる物語と、そこに覗き込んできたきみとになっていった。
◇ ◇ ◇
あたしの世界にはもう何もない。
美しい世界を見せてくれた物語たちはもう、あたしのもとを訪れない。その上きみは、
あたしが苦しんでいる時にひとりのうのうと幸せに生きていた!
絶対に許さない。その眼に口に鼻に心臓に、じっとりとナイフを突き刺し、ずたずたに
切り裂いてしまいたい。でも、ねぇ、許されるだろう? だってきみがあたしから全てを
奪ったんだから。ねぇ、だからあたしがきみから全てを奪っても、許されるだろう?
◇ ◇ ◇
毎日毎日が色めき立ち、すべてが綺麗に澄み渡っていた。だけど、忘れてはいけない。
そんな綺麗な夢の世界から引き戻すように、あたしの家は存在した。
ママはいつもパパの悪口を言った。そうして毎日毎日、ゴミはいっぱいになっていった。
家にいると、きみといる時が嘘だったかのように世界は真っ暗な闇に包まれていく。
ママは頻繁にパパのところに電話をかけた。金をくれ、金をくれと、乞食のように頼む
のだ。電話はいつも一方的に切られる。そうするとべっとりと嘘の仮面を被った笑い顔で、
まったくお父さんたら酷いわねと、賛同を求めてくる。答えは決まっている。あたしは
曖昧に頷くしかないのだ。それを見ると満足したように、次から次へ悪態をついていく。
にわかにエスカレートする怒りの矛先は、パパや祖母に対する呪詛が尽きてしまうと
あたしに向けられる。顔の仮面は剥がれていき、怒りが滲み出てくる。だいたい
あんたが……ちょっとはあたしのために……
知らないっ! 知らないっ! 知らないっっ!
そんなのあたしには関係ない! そんなの自分たちのせいじゃないっ! あたしを
巻き込まないでよっ!
心の中の叫びは、どこにも行くことができず、自らを切り刻む。あたしは、あたしの中に
溜まっていくゴミをどうしていいのか、次第にわからなくなっていた。
いつからだろう? きみといるのが苦痛になり始めたのは……
きみはいつでも純粋な瞳でさも幸せそうに笑顔のナイフを突き付ける。あたしの抱える
闇なんてまったく疑うことのない目。それはもう、ただの凶器だった。幸せな家庭。それは
もう、処刑場に等しかった。でも、家に帰るよりは幾分ましだった。でなければ毎日毎日
あんな幸せそうな家に上がったりしない。
醜く変質していくあたしの心は、その幸せを少し奪ってみたくなった。リビングで
すぅすぅと穏やかな寝息をたてる赤ん坊を見たとき、黒い考えが浮かんできた。
こんな物体、簡単に壊れてしまうんだ、そうすれば幸せなんて簡単に終わって
しまうんだ。そう思うと、気づいたら石鹸を捻じ込もうとしていた。ひどく心は痛んで
辛かったけど、その衝動を抑えられなかった。ぐいぐいと捻じ込もうとしていると、
きみの母親が血相を変えて赤ん坊をひったくった。それからきみの母親はいつも
あたしのことを注視してくるようになった。息苦しい。ねっとりと絡みつく視線は
あたしの家族のものと何ら変わりないじゃない。
そして、あたしはきみからなにもかも、奪ってみたくなった。
まずはきみが大切に飼っていた白い小鳥。針を近づけるとバサバサとうるさく暴れた
から、柵の中に手を突っ込んでその小さな鳥を左手に掴んだ。ピーピーと泣き出す鳥を
見ていると全身が粟立つようだった。
息をのみ、そのまま針を喉に突き刺した。
かあいそうに。きみは声を立てて泣いていたねぇ。でもきみがきちんと見ていないから
いけないんだよ。
あたしはそんなきみに餌をまいた。「チュチュは宇宙に行ったんだよ」って、チュチュの
物語を聞かせてあげた。あたしを疑うことをしらないきみはそれだけで大人しく涙をこらえて
いたねぇ。
その少し後だった。きみの母親はあまり家に来ないでほしいと言ってきた。雌豚めっ!
今度はこの雌豚の喉元にハサミを突き刺し、切り裂いてしまいたいと思った。
あたしは、きみの家から離れる代わりに新たなターゲットを見つけた。きみが学校で飼って
いた金魚。洗剤を水槽に入れてみたらすぐにぷくぷくと泡を吹いて、だらしなく腹を水面に
浮かべて死んでしまった。きみは本当に悲しそうに泣いていたねぇ。あたしはそれを笑顔で
見つめていたんだよ。そうだ、なにもかも失ってしまえ。そうしてあたしにすり寄ってくればいい。
そしたらいつでも餌をまいてあげるよ。きみはあたしの犬なんだから。
その頃からだ。あたしのもとに物語は訪れにくくなっていた。
家に帰ればゴミを捨てられ、学校に行けば無邪気な犬が、その無邪気さで切りつけて
くる。これまでずっと支えてくれていた物語はあたしから隠れていった。頼るところのない
不安に駆りたてられ、ぐさりと熱い爪が心臓に突き刺さる。鋭い痛みに呻いているのに、
それをきみは笑って眺めているんだ。そんなきみを見ていると苛々した。それに電話が
きてゴミがいっぱいになった時も胸がふさがるように苦しかった。
物語を……物語を……
あたしを崇高なものへと高めてくれる物語を……
渇望して手を伸ばせば伸ばすほど、それはするりと手からこぼれていった。
だけどあたしは、心に引きずられるままに手を伸ばした。そして、アレをした。初めて
やった時は心臓がはじけそうにどきどきして、息が詰まるほどに緊張していた。でも、
アレをした時、あたしはふわりと宙に浮ぶようで、すーっと汚いもの達はどこかに吹き飛んで
しまい、物語はあたしのもとに次から次へ訪れて、語ってくれとせがんできた。
あたしの世界は物語ときみだけなんだ。それなのに、きみはそれをまるっきりわかっていない……
◇ ◇ ◇
深い泥沼の中に、絶望を携えて沈んでしまうといい。あたしはそこの深い所に囚われたままだ。きみもそこに引きずり込んでやる。
◇ ◇ ◇
きみはあたしを信用しきっていた。だけど、全然わかっていなかった。あたしの世界に
色を与えてくれる人間はきみだけだというのに、きみはふらふらと誰とでも仲よくして
いたね。許せない。だからあたしは策を弄した。そうしてきみがひとりになるように仕向けた。
きみは何が起きたのか全くわからないでいたけれど、それでもあたしを信じ切っていた。
そうしてひとりになったことにも疑いを持たずに、あたしにすり寄ってきた。
あたしにはもう物語が訪れていなかった。アレをしても物語が訪れないばかりか、ゴミ
も消えなくなった。そうしてきみは、それでもあたしに物語をせがんできた。もうあたしには
きみだけが世界の全てになっていたというのに……きみからなにもかも奪ってやるつもりが、
いつのまにか全てを奪われていたのはあたしの方だった。それなのにきみは無邪気で
罪悪感のかけらもない笑顔であたしについてくる! そうしてまだあたしに求めてくる!
これ以上あたしに何を求めるというの? あたしはもうからっぽだ! あたしにはもう何も
残ってないんだよ!
あたしはもう怖くて仕方がなかった。きみまで失うと、あたしは本当になにもかもなくして
しまう。それが怖かった。だから必死で物語が訪れるのを待った。
それでもやっぱり物語はやってこなかった。深い絶望の淵に沈み、打ちひしがれるあたしに、
君はなおも尻尾を振ってついてくる。その姿を見るたびに、あたしは焦りを感じてしまう。
所詮犬は犬だ。餌を与えなくてはそっぽを向いてしまう。
餌をあげなくては……餌を……
あたしは作家になりたかった。そしてその本で誰かを幸せにしたかった。そんな夢を
もっていたあたしが、最も軽蔑すべき手段に手を出してしまった。宮沢賢治――彼の
作った作品を盗作した。夢ががらがらと音をたてて壊れていくのを見た。それでもとにかく
きみを繋ぎとめなければならなかった。
相変わらず書けない自分の小説。なぜ物語が去っていったのはわかっていた。自分自身
がどんどん醜く卑しい人間になっているのに、綺麗な世界を描いていけないのは当たり前
だった。
きみのせいだ! あたしがこんなに自分を貶めてしまったのはきみのせいだ! きみが
こっちの世界を勝手に覗き込んできたから! そして気づけばなにもかも奪われていて、
作家としても最低の行為に出てしまった! 相変わらず家に帰ればパパやママ、おばあちゃんの
ゴミ箱にされて、アレをやってももうどうにもならない! 苦しい、辛い、心が枯れてしぼんで
いく。泥で淀みきった沼に溺れて、必死でもがいているあたしにきみは何をしたっっ!
あたしは薫風社の新人賞に応募するときみに告げた。それで賞をとって、本物の作家に
なることが今の苦しい状況をひっくり返す最後の手段だと思った。でも、やっぱり書けな
かったっ! きみの見ている前で白紙の封筒をポストに入れた時、どう思っていたと思う?
きみにバレちゃうのが怖くて、必死ではしゃいでいたんだよ。そんなあたしを見てきみも
興奮してきて「美羽なら絶対大丈夫だよ」だなんて!
そしてきみは、あたしに最後の打撃を与えたんだ!
「ぼくが……井上ミウなんだ」
あたしが白紙で応募した賞に最年少で大賞に選ばれた作家の名前。井上ミウ。きみは
その名前で小説を投稿していた。
発表を見た瞬間、地面がぐにゃりと歪んだ。平衡を失いその場に倒れるしかなかった。
頭の中で鐘が荘厳に鳴り響く。それは全てがなくなったことを告げていた。
きみの小説を読んでみた。すぐに登場人物のモデルがわかった。わかった……けれど
それは、まるっきりあたしとは違う人みたいだった! 強くて、綺麗で、自分の夢に一生懸命
で……違う、違う、違うっ! あたしは全然そんなに綺麗じゃないっ! あたしはこんなに
醜くて、汚いのに、きみにはそう映っていたんだ!
あたしは恥ずかしさのあまり息が止まりそうになった。きみが好きになっているのは
幻想だよ。きみは本当のあたしが好きなんじゃない。きみが好きなのはその本にでてくる
羽鳥なんだね……あたしは、羽鳥なんかじゃないっ!
だから、もうきみをどうすることもできなかった。きみはあたしからなにもかも盗みとり、
そして小説家になって離れていく。あたしの世界はきみと物語だけだったのに……
物語はあたしから去って行き、きみはあたしにとどめを刺した。あたしの世界は本当に
なにもかもなくなってしまった。
◇ ◇ ◇
きみの世界はどうなの? あたしから全てを盗み取って見ている世界はどんなだろう。
綺麗で澄んだ美しい世界なのかな?
そんなの、絶対に許さない。
◇ ◇ ◇
――美羽っ!
屋上まで追いかけてきたきみは、あたしの背中に声をかけた。
静かに振り返ると、やわらかな風が撫でてきた。そしてきみは、目の前で切なそうな目
をしてあたしを見据えていた。
照りつける日差しで立ちのぼる陽炎。その中でもやもやとゆらめくきみは幻みたい。
あたしの世界にはもう何も残っていない。きみを引き留めることもできない。だからもう
きみにあたしの存在を焼き付けて去ることしかできない。
――ねぇ、どうして口をきいてくれないの? ぼくを無視するの? そんなに辛そうな顔
をするの?
きみは、カムパネルラの望みを叶えてくれないでしょう?
錆びた鉄柵を握りしめる。
きみの顔から一瞬にして血の気が失せ、青白い顔で今にも泣きそうになる。それでいい、
そうして何もわからないままに苦しんで、永遠にあたしを胸に刻みつけておけばいい。
――わからないだろうね。
――えっ?
――コノハには、きっと、わからないだろうね。
まっさかさまに、あたしは宇宙に飛び立った。
あたしは、生きていた。そのかわり足が動かせなかった。お医者様はリハビリをすれば
動かせるようになると言っていたけど、そんなことはどうでもよかった。
醜くも生き残ってしまった。きみに一生忘れられないように……そう思ってやった、最後の
願いすら叶わない。こんな間抜けな状態でどうしてきみなんかに会いたいものか。きみも
この街も、あたしにとっては苦痛の塊だった。おばあちゃんが無理やり連れ戻した時、少し
ほっとした。もうきみに会わなくて済むから。
相変わらずみんな汚いゴミをあたしに投げ捨ててくる。動けないあたしはもう逃げられない。
溜まりきったゴミが溢れかえっていく。深い泥の中に沈んでいき、何も見えない、何も
聞こえない。求めるのはきみだけ……
おばあちゃんが死んで、こっちに戻ってきたとき、きみに会いたくてたまらなくなった。もう
会っちゃいけないとは思いながらも抑えられなかった。きみから離れてみて、やっぱりきみが
いないとだめなんだとわかったんだ。
そして中学の担任が、きみは聖条学園に入学していて元気にやっているから安心しなさいと
教えてくれた。
きみのせいですべてをなくし、きみのために苦しんでいたのに、きみは何もなかったように
普通に高校生になっていたっ。きみはあたしを忘れたんだね。きみの目の前で飛び降りた
あたしをそんな簡単に忘れてしまうんだね? 許せない。ぎらぎらと憎悪の炎が体の中から
吹き上げてくるのを感じた。
復讐してやる。
病院できみを見かけたとき、きみは「遠子先輩」という女と「ななせちゃん」という女をお見舞いに
来ていた。あろうことかきみは、あたしを忘れてそんな女たちと仲良くなっていたんだ! その
光景を見て、胃が捻じ切れそうに痛んだ。
今度こそなにもかも奪ってやる。深い泥沼の中に引きずりこんでやる。絶望に
打ちひしがれるといい。苦痛に顔を歪めるがいい。絶対に許さない――
◇ ◇ ◇
隠されていた一枚のメモ
何度も何度も繰り返す呪詛――復讐。でも、本当に求めているのはこんなことじゃない。
そんなことはわかっているよ。
「ねぇ、コノハ? あたしのことが好き? あたしの目を見て言ってみて」
あたしはその答えだけが欲しかった。本当は何があっても、ただずっときみの隣にいた
かっただけ。カムパネルラの望みはジョバンニとずっと一緒に宇宙の果てまで行くこと
だったんだよ。そんなふうにあたしたちができていたら、そしたらきみはあたしの目を見つめて、
好きだと言ってくれたかな?
ねぇ、あたしが本当に欲しかったのは、たったそれだけのことだったんだよ? あんな家に
生まれて、あたしは自分がなんで生まれたのかわからなかった。だからただ一言、好きだって、
言ってもらいたかった……あたしがいてくれて幸せだって、そう言ってもらいたかった。あたしの
存在を大好きな人に肯定してもらいたかった。ただ、それだけなんだ。
コノハ、あたしはあなたが好きよ……
だからねぇ、きみをあたしだけのものにしようとしても、許されるだろう? ねぇ……
終
なんとか終わりました。
5巻は9章の「木になりたい」のくだりがやっぱり素敵なんですが、
7章最後の太字を読んで、ああ、そういうことだったんだねと、
美羽の気持がよくわかって僕的には一番好きなんですよ。
せっかく書いたので批評頂けるとありがたいです。
見習い読んでたらななせちゃんがやっぱり不憫で、
それは仕方ないんだけど、なんか書いて勝手にフォロー
したくなる……
うわぁ…激しくも切ないなぁ
187 :
創る名無しに見る名無し:2009/05/06(水) 08:44:26 ID:eiBgIhEM
空手部か硬式テニス部に入るか……どっちにしよう……
狼さんの投下がないのね><
189 :
創る名無しに見る名無し:2009/10/29(木) 02:07:05 ID:yYfQUJ29
保守
190 :
創る名無しに見る名無し:2009/11/02(月) 23:02:07 ID:IzTwmuNj
「ね、天野さん、この本知ってる?」
「狼と香辛料?知らないわ。面白いの?」
「すっごく面白いよ!読んでみてよ、貸すからさ」
「そ、そう?でも私には最近買ったばかりのおいしそうな……じゃなくて、面白そうな本が何冊かあるから……」
「大丈夫、こんなのすぐ読み終わるよ。ライトノベル、軽い読み物だからさ」
「そう?わかったわ、読んでみるわね。ありがとう」
そして
そして誰もいなくなった……
192 :
創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 15:28:38 ID:jVmTQLKD
狼さんの書きたい!
けど誰もいない……
自分のブログからの転載ですけど、勝手に書いてますね。
木々が芽生え、花がこれでもかと咲き誇る。
頭上に茂る青々と光る木の葉は、時折吹く春風に揺られて、カサカサと音を立てる。
荷馬車が行くのは大した起伏もないとある山間の砂利道。
車輪が砂を踏むジャリジャリとした音は、木漏れ日に暖められた耳にはとても心地よい。
春を身体一杯に感じられる、のどかな道中だった。
「・・・・・・しよ、ぬしよ」
遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。
もう少し、もう少しこのままで。
荷台の上でそう呟きながら顔を俯ける青年、ロレンスにしかし、眠りを妨げる声は続く。
「ぬしよ!子がおる、馬を止めぬか!」
切羽詰った口調の少女は、やがてそれだけでなく、ロレンスの体を揺らし始めた。
子供がいる。
その言葉を聴いた瞬間に、ロレンスの眠気は吹き飛んだ。
ろくに前を見ずに、八年間培ってきた行商人の本能から、ばっと大きく手綱を引く。
気持ち良く足を進めていた雄馬は、突如首を締め付けてきた主人を不満げに振り向く。
急に早まった鼓動を感じながら、轢いてはないか、もしそうだとして怪我を負わせてしまったか、頭の中を過ぎる不安とそしてその賠償等の勘定計算を走らせながら、ロレンスは慌てて顔を上げた。
ぼんやり霞む視界に人の姿は無かった。
「……子供、どこにいるんだ?」
ロレンスは寝ぼけ眼を右手で擦りながら、自分の胸倉を両手で掴んでいる少女に目を向ける。
亜麻色の長い髪、大きな赤銅色の瞳、整った顔立ちに、華奢な体つき。
上質なローブを羽織ったその姿は一見して美麗な修道女に見える。
しかしその実体は、齢百を優に超える巨大な狼だ。
故郷ヨイツでは何百もの狼を従えた賢狼ホロ、それがロレンスにしがみ付く少女なのである。
そして、そうでなければ納得し得ない証拠が、今はピクピクとローブの下で動き、または不安げに揺れていた。
狼の名残である耳と尻尾がホロにはついているのだ。
「ホロ?」
しがみ付いて離れないホロに、ロレンスはそっと声をかける。
が、それに反応して楽しそうに揺れた尻尾を見て、小さくため息をついた。
これは多分、いや確実に騙されたのだ。
案の定、上目遣いで見上げてくるホロの目は意地悪そうに光っていた。
「なんじゃ、急に止まったりして」
ホロはロレンスの問いを何処吹く風といった様で無視すると、小首をかしげて尋ねた。
「お前が止まれと言ったんだろう」
ロレンスはやれやれと首を振るが、ふとおかしい事に気づく。
ホロがただの暇潰しに、このような悪戯をするだろうか。
確かに、ロレンスがホロにその弱みを突かれ、裏をかかれ、散々にからかわれた回数は、最早万能の神のみが知る事柄だろう。
しかし、それはあくまで会話中での事だ。
ホロは我侭で子供っぽいが、妙なところで義理堅い上に、その実体である長寿の賢狼であるという誇りを持つ。
良く考えてみれば今の行為にだって何かしら意味があったのかもしれない。
と思っていた矢先に、ホロがからかう様な口調で言い返してくる。
「わっちはそんな事言っておりんせん。時よ止まれ、とは思ったかもしれんけどの」
以前に、こんなのどかな二人旅が続けたい、と言って命をも懸けてくれたホロの台詞だ。
当然その意味に気づいたロレンスは言葉に詰まりそうになるが、すんでのところで切り返す。
「春は旨い食べ物が多いからな」
「うぬ。現に、目の前には熱々になった旨そうな小僧がおるしの」
ロレンスが動揺していたのが分かっていたのだろう、ホロはにやりと牙を見せるとロレンスから離れて元に戻った。
頭に付いた一対の耳が楽しそうに揺れる。
「それにしてもぬしよ、本当に気付いてないのかや?」
「え?」
何にだろうか。
もしかして寝ている間に財布でも掏られていたのだろうか。
ロレンスがすっと腰元に視線を落とすのを見て、ホロが口を尖らせる。
「わっちはそんなに信用ならぬ相棒かや?」
ロレンスはすぐさま頷きたい衝動を抑える。
ホロが金銭面で信用に足りた事は一度たりともない。それどころか、町に着く度にそれは磨り減っているようにも思える。
以前銀貨を渡したら、山程の林檎を腕に抱えて戻ってきた事があったのを思い出す。
「少なくとも食べ物が絡むとな」
「ふん、ならばわっちは今荷馬車の前に釘付けじゃのう」
「荷馬車の前?」
またも謎だ。
この荷馬車を牽いている馬の事だろうか?
しかし、以前ホロはロレンスの愛馬を見て、筋張っていて不味そうじゃと呟いていた気がする。
だとしたらホロが指す"前"とは何のことだろうか。
ロレンスは荷台から身を乗り出し、馬を、そしてその先を見る。
愛馬の蹄の先に確かに、一羽の白兎がいた。
体が普通の兎とは一回り小さく、どうやら子兎が親からはぐれたみたいだ。
と、そこで気付く。
ホロが人のまどろみを突き破ってまで荷馬車を止めさせた、子の正体。
確かに人、とは言っていなかった。
ロレンスが体を戻してホロに向き直ると、
「わっちは食べ物に夢中じゃからの。本当に夢の中におったぬしに呼びかけることもできんす」
ホロは荷台から降りようと姿勢を変えながら、そう言ったのだった。
今日の分はここまで。
人がいないようなので、小出しにしてきたいと思います。
おお、わっちキタ!続きが気になる
昨日の続きです。ちょっと短いです。
道のど真ん中で止まっている荷馬車の前にしゃがみ込むと、ホロは小兎の耳を掴んで、牙を見せた。
兎が怯えるのを見て楽しんでいるその様子は、さながら年相応の少女のようだ。
しかし、それで終わればロレンスだってこんなに苦労しない。
「ぬしよ、手を貸してくりゃれ」
ホロがロレンスの手を借りながら荷台に登る様子を見ながら出てくるため息は、決して甘い匂いではない。
「昼はシチューかや」
「それは構わんが……」
嬉しそうに膝に兎を乗せて笑うホロとその発言があまりに真逆すぎて、ロレンスは少しばかり笑ってしまう。
こういうところにホロの狼である部分は顕著なように思う。
「うむ。だからぬしも夜は気をつけんす。いんや、昼もかや?」
冗談めかしてロレンスを見上げるホロには、そんな胸中は透けて見えているようだった。
「それより、本当にこれだけか?」
ロレンスが苦笑いしながらそう尋ねると、ホロはわざとらしく、何がかや?と小首を傾げる。
やはりホロが荷馬車を急に止めたのには兎以外に理由があったらしい。
とすると、自然と理由は絞られてくる。
「お前、するなら早……」
そう思って口を開いた途端、それ以上言ったら噛むといった目でホロが睨んできて慌てて口を閉じる。
ホロはしばらく尖った視線を向けられていたが、やがて荒い鼻息と共に前に向き直った。
「……何でもない。早く走らせんす」
明らかにロレンスの言葉にご立腹のようだった。
「おい、勘違いしたのは謝るが、何もそこまで……」
ロレンスはからかうつもりで言ったならまだしも、気を遣って言ったのだから、しょうがないと思う。
第一こんなやり取りは以前にも普通にあったはずだ。
そう思って言ったロレンスに、ホロはあからさまに肩を怒らせている。
「ふん、自分中心な女で悪かったの!」
そう言ってそっぽまで向いてしまったホロを隣にして、ロレンスはもう手の付けようがない。
というかそもそも、ホロの言葉の意味も分からない。
生きとし生けるもの、これと食事ばかりは本人の意思と関わらずどうしようもないものだと神すらもお告げであるというのに。
おどおどと手を伸ばして肩を掴もうとすると、その手も邪険に払われる。
こんな風にホロが唐突に怒り出す事は確かによくある。
そしてその原因は大抵ロレンスの鈍さがホロの琴線に触れているからで、だからこそロレンスは必要以上に焦ってしまう。
しかし、そこら辺の鈍さをどうしろと言われても、ロレンスにはどうしようもない。
そういう時にはその焦りを飲み込んで、触らぬ神に祟りなしと手を引く他ないのだ。
「なら、行くぞ?」
語尾はホロに伺いを立てるように呟き、ロレンスは足元に落としていた手綱を取った。
ホロは何も返さずに反対側の森をじっと見たままだ。
ロレンスがやれやれ、と決して隣のホロには聞こえないように心中で呟こうとした、その瞬間だった。
プアーン。プアーン。
パッパプパアー。パッパプパップッパー。
森、それもホロが見つめるその先から、力強い角笛の音が鳴り響いた。
短いですが、続きはまた明日に。
人が来ているみたいなのでちょっちモチベーション上がりました。
続きです。
角笛はその後も数度にわたって吹き鳴らされ、その度に森に住まう鳥達が一斉に飛び立った。
「狩人……か?」
春、それも雪解け直後の新春といえば、冬眠から覚めて地上に出てきた動物達が未だ意識を朦朧とさせている、狩りに最適の時期。
当然と言えば当然であるこの角笛の音だが、それでもロレンスはそっと眉をしかめた。
そもそも狩人達の殆どは農民であり、村の仕事と兼業している。
となると彼らが属する町、あるいは村が近くにあるはずなのだが、ロレンスは今通っている南から北へ抜ける山道の付近にその存在を知らないし、遠くの町から狩人がはるばるやって来る程には、この山は豊かではない。
そして、この道はロレンスの行商路であるので去年までの周辺の地理は一応は熟知しているつもりでいる。
となると結論は、一年以内に村が新しく興された、という事だろう。
すると、その村は以前訪れたような、教会の正教徒によるものである可能性が高い。
土地を持つ教会派の貴族、もしくは領主が税を増やすために興した村。
その立地は一概には言えないが、既存の村や町がある場所の近くであることは少ない。
そしてそれは勿論、他の商人に発見されにくく、今の今までご用達の行商人がいないままであるかもしれない事に繋がる。
ロレンスは顔が思わずにやけそうになるのを、頬ひげを擦ることで誤魔化した。
201 :
創る名無しに見る名無し:2010/03/15(月) 16:02:44 ID:blzL7Q2L
と、そこでふと気づく。
以前同じような村に訪れた際に、ホロは一緒にいた。
その新興の村では少しの間滞在し、そこでロレンスはかなりの儲けを出すことが出来、それにはホロも一役買った。
ということはつまり、ホロはその類の村の大体の特徴を掴んでいることになる。
それから、ホロは人並み外れて目が良い。
ロレンスが数分後に気づく向かいからやってくる商人を先に見つけ、耳を隠すためにローブを被っているのをみても、それは明白だ。
そして、角笛がなる前からずっと、ホロはその方向を見ていた。
「ホロ、お前……村を見つけていたのか?」
ロレンスがそう声をかけると、ぴくりとローブの下の耳が動いた。
それでもホロが黙っているので、ロレンスは言葉を続ける。
「お前はその遠目で前に見たような村を見つけた。しかし、お前は基本的には儲け話は嫌いだ」
ホロ自身がそう言った事はないが、それは多分本当で、しかもロレンスがそれによって何回も痛い目を見ているのを知っているからだと勝手に思っている。
例えそうでなくとも、合意の上とはいえ一度は自らの身を質屋に入れられたのだ、好きな訳がない。
「しかし、俺はそういった話が好きだ。それこそ身を滅ぼす程に」
ロレンスの冗談に、ホロは背を向けたまま、下らないといった風に尻尾を一度振る。
「お前は自分より俺を優先して、村があることを教えようと思った。ところが俺は、食い物だとか何だとかと、お前が自分の都合のために荷馬車を止めたように言い続ける」
ロレンスはそこで一端言葉を切って、ホロがちらと視線を向けてくるのを見た。
「……悪かった」
少し間を置いて、素直に頭を下げることにした。
というのも、ロレンスは正直、今回は気づけなくてもしょうがない、というかむしろホロの方がそのように仕向けていた感じが無くもないと思っているからだ。
ホロは不機嫌そうな表情を崩さずに、ようやくロレンスに向き直った。
「本当に反省している顔には見えぬ」
ロレンスはまた心の内を読まれたかと身を硬くすると、ホロは分かっているとばかりに鼻を鳴らした。
それでも、尻尾が少し膨らんでいるのを見ると、先ほどの怒りはやはり半分くらいは演技だったのだろう。
「先に待っている儲け話に、顔がにやけているんだろう」
ロレンスが言い返すと、耳がピクリと反応する。
「その儲け話を用意してやろうとしたわっちに、ぬしはさっき何と言った?」
「だから悪かったって……」
「ふん、だから反省してるようには見えぬと言っておる」
ホロはそう言うと、じとっと冷えた目でこちらを睨む。
これでは永遠にこのやり取りが繰り返されてしまう。
ロレンスは胸中で苦笑いを浮かべると、では、と言葉を返した。
「では、何をもってこれを証明すれば良いでしょう?」
ロレンスは気取った商人のような口調でその顔に笑みを浮かべて尋ねる。
ホロはその顔を黙って見返した後、興が冷めたと言わんばかりに目を閉じて俯いた。
「精々稼いでおくんじゃな」
ロレンスがその言葉に先程の笑顔そのままに答えると、ホロはそっと顔を上げた。
そして再び向けてきた赤銅色の目は、これでもかとばかりに意地悪く輝いていた。
「わっちゃあ、これっぽっちではひもじくてひもじくて……、これでは出るものも出ないかもしれぬ」
その直後、膝に乗せた小さな白兎を撫でるホロは、下らないことを言ったとばかりにけふけふと笑い出す。
「下らないな」
ロレンスが苦笑いと共に返してやると、ホロはこっちに体を寄せてきた。
くふ、と微笑みをこぼした狼の口元には、鋭い牙がちらりと覗いている。
「ぬしはわっちに頭が上がらないがの」
そう言ってロレンスを見つめる目には、何かを期待する色があった。
一瞬の間を置いて、ロレンスは顔を商人用のものに切り替える。
「しかし、太陽は空をあがります。取りあえずは豪勢な昼食でもお作り致しましょうか?」
ロレンスはそう言って隣の手を取ると、尻尾がもぞりと動くのが分かった。
「この肉はわっちのじゃ。が、少しなら分けてやってもよいぞ」
ホロは偉そうに威張りかえると、耳を掴んで兎を差し出してきた。
ロレンスも恭しく頭を下げながら、それを受け取る。
事情の分からない哀れな小兎は、宙に浮きながら目を瞬かせていた。
馬鹿馬鹿しいのはお互いに重々承知している。
それでもやはり、こんなやり取りをしてしまうのはそれが楽しいから。
プアーン。プアーン。
プッパッパッパラパー。
そんな二人を笑うかのように、再び森の奥で角笛が響いた。
今日の分投下終了です。
やっぱりわっちは人気無いのかや……
「ここじゃ。この先を真っ直ぐ行った所に村が見えんす」
そう言って、進みだした荷馬車を再びホロが止めたのは、それから間もなくだった。
ホロの指差す方へ目を向けると、確かに木々の合間に道らしきものが見える。
但し、言われなければ分からないようなものだ。普通に通っていたらならば多分見過ごしていただろう。
その前後、つまり今まで来た道は両脇に背の高い広葉樹が立ち並び、その合間を縫うように若木が萌えている。
山の中に出来ているこの自然の道は、遥か北方へと続いているのだろう。
そしてその北にこそ、ホロの故郷であるヨイツがあり、ロレンスはそこまでの案内人、という名目でこの二人旅は続いている。
しかし、その実質が徐々に変質しつつあるのに気づいているのは、決してロレンスだけではないはずだ。
ホロもまた、この旅を少しでも長く続けたい。
そう思っているからこそ、あのような下らない駆け引きをしたり、嫌だという顔を見せつつも少しの寄り道に安堵の息を吐いてしまうのだろう。
「ぬしよ、一つ約束をしてくりゃれ」
そんなロレンスの思考を遮って飛び込んできたのは、男からしたら一見魅力的な、しかし商人にとってはこれ以上恐ろしいものはない言葉だった。
しかし、隣から見上げてくるホロの顔はどうやら演技にも見えない。
「内容によるな」
ロレンスは咄嗟にそう言った。
人の表情ほど信用できないものは無い。それが狼だったらなおさらだろう。
人の身であるロレンスのような商人に、それが見分けられるはずが無いのだから。
「ふむ、わっちを信用せぬのか。ま、いいじゃろ」
ホロはそんなロレンスの心中に一言睨みをきかすと、言葉を続ける。
「商人にとって儲けとは何じゃ?金とは、命に等しいものなのかや?」
ホロの口から出たのはそんな唐突な言葉だった。
すぐさま答えようとしたロレンスの口を、ホロが手で塞いだ。
「ぬしは多分こう言うじゃろう。儲けとは、商人の命。じゃから金と釣り合いをとれるのは商人としての命まで。人の命と金とでは天秤は命の側に振り切れる、とな」
言おうとした内容を更に簡潔に言い当てられて、ロレンスはそっとホロの手をどけた。
「しかしぬしは、心の底ではこうも分かってるはずじゃ。すなわち、商人としての死は人としての死にほとんど等しい」
実際にロレンスがリュビンハイゲンで破産した時、それを痛い程実感している。
助けを求め扉を叩いても、決して手を伸ばしてはくれない商会の人々。
その動揺から、仕舞いには差し出されたホロの手を叩くなどという事までしてしまった。
これでそんなことはないなどと言えば、あの行為はただの八つ当たりにまで成り下がる。
いや、本当のところはそうなんだろうが。
208 :
創る名無しに見る名無し:2010/03/16(火) 13:22:55 ID:o54wS0Qf
ホロはそんな心中を考えてか、少し表情を柔らかくした。
「わっちゃあ別にそんなぬしをせめる気はさらさらない。この二人旅を続けられるのも、ぬしの商談による稼ぎがあってこそじゃ。ただの……」
ロレンスはそう言ってしばし口を閉ざしてしまったホロを黙って見つめる。
二人の合間に、空気を震わす角笛の音が何度か響く。
「無理はせんで欲しい」
ぽつりと、それこそ春の暖かい風に浚われてしまいそうな小ささでホロが呟いた言葉は、多分ロレンスの何かを繋ぎ止めるためのものなのだろう。
確かに人としてのロレンスは、ホロを好いているし、そう明言している。
しかし、そこに商人としてのロレンスが絡むと、話は急に曖昧になってくる。
二人がずっと一緒にはいれない理由もそこにあるし、多分だがロレンスの時折見せる金への執着をホロは少し不気味にも思ってるのではないだろうか。
しかし、そんな重い言葉だからこそ、ロレンスはここでそれをホロが口にする理由がいまいち掴めない。
「それは、勿論身の程を踏まえるつもりだが……」
ロレンスが若干の戸惑いを込めて返事をすると、ホロは呆れたように口を開いた。
「ならば、ぬしの身の丈はこの頃急に成長しておるみたいじゃの」
そんな切り返しは、ホロの仲間である狼の遺骨や神獣と呼ばれるイッカクを巡った騒動の事を言っているのだろう。
両方共に、ホロが提案した案を蹴った上で、もしくは反対を押し切った上で、無茶と呼んで差し支えのない荒事をしている。
結果無事に切り抜けたとはいえ、傍から見ているホロにとっては相当な心労なのだろう。
ホロはローブの下に隠れている尻尾を前にまわして一撫ですると、顔を村があるであろう方へと上げた。
「ぬしよ、この先の村は少し危険な匂いがする。鉄と、血の匂いじゃ」
そう言ってもう一度尻尾を撫でるホロの様子は、普段より一回り小さくなったようにも見える。
ロレンスはその言葉に驚きながらも、それならば、と考える。
先ほどから吹き鳴らされている角笛。
狩人がこれを使う目的は二つあり、一つは獣への威嚇、もう一つは仲間との位置確認、意思疎通だ。
前者は大抵に力いっぱいに吹き、後者は独特のリズムで確認しあっている。
ロレンスは聞こえているものが後者だと思っていたのだが、これがもし狩人のものではなかったとしたら。
他に角笛を頻繁に使う場合は限られている。
可能性が最も高いのは戦、だろう。
南であろうと北であろうと、角笛の力強い音色は味方の戦士達を鼓舞させるために吹かれる。
大都市の兵団や大規模な傭兵団では、そのためだけの部隊を設置しているところも少なくない。
他に徴税吏や領主の行幸の際にも使われるが、これほど頻繁には吹かれないだろう。
今日の分おわりです。
ちょっとばかし色々な理由付けが適当ですけど、まぁ気にしないでください……
211 :
創る名無しに見る名無し:
age