狼と香辛料&文学少女シリーズ

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1名無しさん@お腹いっぱい。
クロスではありません 個別の二次創作のスレです
単独では過疎ると思ったので何となく合同にしてるだけです


どんどん投下しましょう ホロ、ノーラ、遠子、ななせ
みんなとってもいい子ですよね
2名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 01:11:44 ID:nsOlkJ++
まったくつながりが分からないのだが
3名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 01:14:15 ID:KXd4xFWs
では、つながりを教えてあげましょう

ズバリ、俺の好きなラノベトップツーです^^
4名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 02:14:55 ID:f7avutme
どっちも読んだ事がなく、
名前程度しか知らない俺に言わせてもらうと、
この二つはなにかふいんき(なぜか変換出来ない)が似ている。
5名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 13:14:00 ID:icVudmEV
なんで合同なのだ
6 [―{}@{}@{}-] 名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 18:36:12 ID:JFCnsW6O
こういうのはまず>>1が投下してみるべき
71:2008/09/25(木) 19:10:31 ID:Q3t7jMGl
わかりました。まずは私が投下しましょう
狼と香辛料か文学少女、どちらがいいですか?


*このスレにある程度人が集まるまでは、age進行でいかせてくりゃれ?
8名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 19:11:19 ID:m8xqH9zL
遠子先輩とホロの絡み
9名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 19:21:36 ID:icVudmEV
ホロとロレンスがひたすら会話、で
101:2008/09/26(金) 14:36:27 ID:tywExPVc
ごめん、やっぱり無理


誰か書いてよ
11名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 10:24:19 ID:fsZhxtGl
ダメじゃーん
12名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/18(土) 20:01:46 ID:ri1cnmJC
age
13名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 00:27:19 ID:1AabJ2Jz
文学少女の三題噺書くからお題3つよろしく↓
14名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 00:29:00 ID:bZv4cS4R
じゃあレモン味
1510/26に名無し・1001投票@詳細は自治スレ:2008/10/19(日) 00:29:52 ID:jGfA1kYa
放課後
16名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 00:32:30 ID:bZv4cS4R
調理実習
17名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 01:13:25 ID:1AabJ2Jz
書きやすそうなのがきたな。
やってみる。
18名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 18:46:09 ID:LS0bESLY
それぞれ個別に立ててよかったんじゃないか
1910/26に名無し・1001投票@詳細は自治スレ:2008/10/19(日) 18:47:33 ID:bZv4cS4R
どっちも人気作品だしな
同じ作者とか関連性があるわけでもないし
20名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 20:47:27 ID:CufyrgbN
だがハルヒもひぐらしも人気あるのに、スレは過疎りまくりんぐだぞ
21名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 20:49:42 ID:jGfA1kYa
そりゃハルヒもひぐらしももうすでに盛り上がってる二次創作スレが他板にあるから
必要ないもの
22名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/19(日) 20:57:19 ID:CufyrgbN
ってか三題噺まだ?
23創る名無しに見る名無し:2008/11/24(月) 12:41:01 ID:5YEMfV7P
他にスレってないのか?
ここだけにしては過疎りすぎだろ
24創る名無しに見る名無し:2009/01/08(木) 13:46:35 ID:/XEVUaq0
「ホロ……。あなた、ホロね?」
「む?小娘、わっちのことを知っておるのかや?」
「ええ……私はこの世の中のありとあらゆる物語を愛する文学少女だもの。ライトノベルだって、しっかり読んでるわ」
天野遠子はやわらかく微笑むと、そっとホロの頭に手をやった。触れているローブの中で、耳がピクピクと動く。
「わっちの正体も知っておるのかや……?」
「ええ、もちろん。本当はあなたの自慢の尻尾も見せてもらいたいのだけど、ここじゃ目立つわね」
25創る名無しに見る名無し:2009/01/08(木) 15:15:09 ID:ErVEJVS6
おおおおお
かんかキター
26創る名無しに見る名無し:2009/01/08(木) 15:58:16 ID:ErVEJVS6
なんかだよなんか
今気がついた
27創る名無しに見る名無し:2009/02/25(水) 00:27:28 ID:z2Xmqglu
          Z^ヾ、               Zヾ
          N ヽヘ             ん'い     ♪
          |:j rヘ : \ ____ _/ :ハ;、i     わ
         ぐ^⌒>=ミ´: : : :": : :`<ヘ∧N: :|  し   っ
         ∠/ : : ヘ: : : : : : : : : : : `ヽ. j: :|   l  ち
            / /: : /: /: : : /: : : : ^\: : :∨: :|  て  わ
        / //: : ∧/: : : :ハ : : \/:ヽ : ',: :ハ  や  っ
         /:イ: |: : :|:/|\: /   : :_/|ヽ: :|: : :l: : l  ん  ち
.        /´ !: :l: : l代ラ心   ヽ:ィ勺千下 : | : :|  よ  に
         |: :|: : |l∧ト::イ|    |ト::::イr'|ノ゙: | : :|   l
         |: :l: :小 弋少  :.  ゞ=‐'/: : ;リ : :|  ♪
         |: :|: : 八""  r‐―  V)"/: : /: : ;.;'   />
            Y : : : |>ーゝ _____,.イ⌒^`ーi : :八  </
          ヽ{: : !: /: : /IW ,(|_;i_;|_j__j: : : : \ に二}
      ,      人: ∨: :/{_幺幺 廴二二ノ: : : : : : ヽ
    _b≒==く: : ヾ:{__;'ノ∠ムム>‐弋 : : : : : : j: : : : '.
    _b≒/竺≧=巛_>''7   |   >、!: : : ハ: : : }
           レ'´|/く二>{__,|x-</}: /  } /∨
             /;∠.___ノレ<〕__'´   ´
         __厂X/XX{ ) ヾ!   \ \ヘヘヘ、_
         {{Zんヘ/XXXXじ   |!     `くxべべイ }
         _∧/ん<Xx厶    |!     r' ̄〈ヽ_!〈
        \ L 辷ヒ二二/   |! _/\「   r┘ーヽ`} ノ}
         `ヘ_`¬ヘxヘxヘxヘル^  xヘ厂: :=-: :(◯)'′
           ~^∀ヘxヘxヘxヘ/∀ー=-一'^ ̄´ ̄
28創る名無しに見る名無し:2009/02/26(木) 22:56:01 ID:Zt+cJSmW
あーそういやこっちもあったか…
29創る名無しに見る名無し:2009/04/03(金) 12:46:06 ID:O/MWZBOD
age
30創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 00:26:38 ID:kgVIc/q2
全然人いないみたいだけど投下しようかな

原稿自体はもうできてるので、淡々といきます
文学少女で一番不憫な結末を迎えたななせちゃんを幸せにしたいと思って書いた。
ただ遠子派の人たちを刺激するつもりじゃないです

文章は拙いですが、そこらへんはご勘弁を
31創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 00:29:21 ID:kgVIc/q2
 パリへ向かう飛行機の中で、あたしは昔のことを思い出してた。
 胸が張り裂けるほど大好きだったのに、井上はあたしを選ばなかった。井上は遠子先輩
を選んだの。あの日『琴吹さん』と呼ばれた時、苦しくて息がつまりそうになった。何と
なく気づいてたの。井上はあたしよりも遠子先輩のことが好きだってこと。だって井上の
奴、あたしの前では見せない顔をあの先輩には見せてたんだもんっ。文化祭の劇の練習の
時に遠子先輩と井上のやり取りを見てて本当に羨ましく思ってたんだぁ。あたしもいつか
あんな風に井上と話せたらいいなって。あぁっ、私ってば何考えてんだろ。もう、もうっ、
ホントに井上はずるい! 私と付き合うって言ってくれたのに、どうして私にはあんな風
に接してくれなかったの? 遠子先輩が羨ましくも恨めしくも思えたんだよっ!
32創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 00:31:27 ID:kgVIc/q2
久々に会って、溜まってたものをなんとか抑えつけて一息つく。窓の外を眺めると、
それは美しい青々とした海に澄み渡る空が広がってて、なんだか胸の中のもやもやが
すーっと引いてくようだった。
33創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 00:33:40 ID:kgVIc/q2
ねぇ、井上、覚えてるかな。文化祭の前日のこと。劇なんて初めてで不安だったし、芥川も
練習でいつも同じとこでセリフ詰まってたから、あたしが下手なせいかもって思ったの。
だから何回も何回も同じ所を繰り返し練習してたんだよ。そしたら井上が、それを横で見てて、
あの時は本当に恥ずかしかったんだよっ! そしたら往復書簡のシーンが思い浮かんで、
それで井上に
「みんなが来るまで、練習つきあって。井上が大宮のセリフやってくれる?」
って言ったの。言った途端に自分でも恥ずかしくなっちゃった。
34創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 00:36:38 ID:kgVIc/q2
『わたしはあなたのものです。あなたのものです』

『わたしの一生も、名誉も、幸福も、誇りも、皆、あなたのものです、あなたのものです』

『あなたのものになって初めてわたしはわたしになるのです』

ホントは練習なんてどうでもよかったんだ。あれは……告白だったんだからねっ。
あぁ〜、思い出しただけで耳の先まで熱くなってくる〜っ。あの時ホントに
すっごく勇気出したんだからっ。その後、また余計な事を言ってしまって、
うやむやになって井上はあの時のこと覚えていないかもだけど……あの時のこと、
あたしは絶ッ対に忘れない!
それにね、劇の練習の時にクッキーを持ってきたでしょ? あれは遠子先輩に
井上の好みを聞いて、井上のために焼いてきてたんだよ。井上はもう忘れてるかもしれない。
でもね、あたしはホントに、ホントに、すっご〜く、井上が大好きだったんだよ。だから
クッキーおいしかったって言ってくれたことや、衣装を褒めてくれたことも
とっても、とっても嬉しかったの。
35創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 00:38:16 ID:kgVIc/q2
これから向かうのはパリ。そこには『夕歌』がいる。彼女の魂がきっと
彼に寄り添うようについているはず。もうすぐ『彼女』に会える。
36創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 00:40:39 ID:kgVIc/q2
夕歌がいなくなったとき、あたしはどうしようもない不安に駆られてた。井上に心配かけて、
いっぱい引きずりまわして、迷惑かけたよね。でもあたしがいなくなったと聞いて、井上は
夕歌の家にまっすぐ駆けつけてくれたよね。不安でいっぱいなあたしを井上は優しく支えてくれた。
残酷な真実をあたしに知らせるべきかずっと悩んで、自分だって辛かったはずなのに……
夕歌がいなくなって、不安でたまらなかったのに、井上の腕の中にいたあの時は幸せだったんだよっ。
……あ、あたしのこと、パ、パンツを見て思い出したのは許せないけどねっ!
辛い思いもいっぱいした。でもね、その中で井上の手の温もりを手に入れられて、この幸せがず〜っと
続けばいいなって、思ってたの。

37創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 00:43:34 ID:kgVIc/q2
あれからあたし達は付き合うことになったよね。毎日がキラキラ輝いてるようで、いつも、いつも、
いっつも、井上のことばかり考えてた。って、それは付き合う前から変わらないか。あぁうぅ、何を
考えてるんだ、あたしっ。
だから、その幸せを続けてくために、あたしは彼女と戦わなければいけなかった。でも、結果は惨敗だったなぁ。
井上はずっと、過去の朝倉さんに囚われたままだった。あたしよりも過去の朝倉さんを信じた。
あの時の悲しみがわかる? どうしたってあたしでは井上を救えないっ! そう思ったら……遠子先輩に頼るしか、
それしか方法が思いつかなかった。悔しかった、辛かった、泣きはらした……結局あのときも井上を本当に
導いたのは遠子先輩だった。
それなのに井上は何にも気付かないみたいにあたしに寄り添って、デートに誘ってくれたんだよね。
「僕のために喧嘩してくれてありがとう」なんて澄んだ瞳で、あたしが見たかった本当の笑顔で
手を取るんだからっ! ちょっと不安だったけど、今はその笑顔をあたしに向けてくれてることが嬉しかった。
38創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 00:46:52 ID:kgVIc/q2
少しずつ井上とも近づけてきたのかな、なんて思ってきた時、あいつはやって来た。
初めはあたしを口説きにきてたのよっ。笑えるんだからっ。だってあたしが昔から好きなのは
井上ただ一人なんだよ? それが段々あたしは井上には相応しくない、別れろって、毎日のように
脅してくるようになったの。怖かった。あいつ自身もそうだけど、あいつの言ってることが本当かも
しれないって、自信がもてなかった。それで不安になって、大好きな井上があたしから離れてくのが
怖くて、あたしは井上の家に行きたいなんて言っちゃった。それなのに井上ってば、一番あたしを
不安にさせる遠子先輩を、あたしがくる前日に家に招いてたんだから、ホント信じらんないっ! だけど、
それはあたしの不安を、いいや、あたしの恐れる未来をより強固なものに感じさせたの。あいつの言ってた
ことは全部当たってた。あたしは自信を打ち崩されてた。
思えばあたし達のデートはいつも邪魔されてばかりだったね。登下校は一緒にできたけど、デートの日には
どうして、と言いたくなるくらい邪魔が入ってたもの。井上がすっぽかす度に、哀しくなった。けれど井上は
いつもひたむきに走るから、そして自分一人で抱え込むから、そんな時に見せる井上の悲しい顔が、あたしに
とって一番辛いことだったから、だから嘘をついてるような気がしながらも、深く聞いたりしなかったの。
39創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 00:51:41 ID:kgVIc/q2
夕歌のときみたいに、二人で助け合うことを選んでくれてれば、あたしにも相談してくれてれば、
きっとあたしは喜んで井上の助けになったよ。でも井上はそうしなかった。だから一人で抱え込み、
泣きながら家にたどり着いた井上を見て、もうそれ以上悲しみを抱え込むようなことをしてほしく
ないと思った。だから「井上が小説を書かなくても、あたしは井上が好き……っ。ずっと井上の
側にいる」って言ったの。
それを言った途端に、きっと井上が小説を書き始めたら、書きたいと思い始めたら、あたしとは
別れちゃうんじゃないかなって、不安がよぎったんだ。それを隠すように必死で井上を抱きしめて、
支えてあげたかった。そして、どうしてそんなに悲しいのと聞いてあげたかった。けど、喉まできてた
その言葉をあたしはどうしても言えなかった。きっと、今井上が苦しんでるのも、遠子先輩のため
なんだと思った。それがまた切なくて、だけど、今、目の前で井上が苦痛に顔を歪め泣いている、
それが何より心を痛めさせたの。
あたしは大好きな井上が、幸せであることを願った。その隣にあたしはいないかもしれないと
感じながら……
40創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 00:54:05 ID:kgVIc/q2
不安はやっぱり的中した。あたしのデートと、再三ひっかけられてきたあいつの罠とを比べ、
井上は罠に自ら飛び込み、そこで遠子先輩を選んでしまった。きっと井上は、もうあたしの
側にいてくれなくなる。そう思うと、胸がヒリヒリと痛んで、心がずたずたに切り裂かれる
ようで、心の中で泣き喚いた。
声が漏れるのを芥川や朝倉さんの前では必死で隠してたの。それなのに井上の顔を見たら、
どうにも感情を抑えられなくなって、大好きで、大好きで仕方ない井上が、すぐ目の前に
いるのに、それが手も触れられないくらい遠くに感じられたの。
41創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 00:57:17 ID:kgVIc/q2
大声で怒鳴りつけて、ほっぺをぶったこと、とっても後悔した。嫉妬深いって言ったのは本当だよ。
けど、もうあたしは井上があたしを好きでいてくれる自信がなくなってた。でもまだ、せめて小説さえ
書かないでいてくれたら……そんな痛切な想いであたしは賭けをしたんだよ。
「ホワイトデーにななせって……名前で呼んで。そうしたら、井上のこと、信じるから」
 自分でもバカな賭けだと思った。だって、この日は卒業式でもあるんだもん。井上に、あたしと
遠子先輩をもう一度、天秤に掛けさせたの。『きっと、彼女を選ぶだろう』そんな悪魔のような囁きが
耳の中を何度もこだまして、夜中に何度も嗚咽をもらしたんだよ。
 そしたら井上は、小説をあたしの目の前で書き始めたっ! 授業中も昼食も関係なく、一心不乱に書いてた。
どうして書き始めたの? あんなに書きたくないって言ってたじゃないっ! それは誰のために
書いているのっ! 心の叫びが、雫となって頬をなでる。きっと井上もあたしが睨んでいることに気づいてた
と思う。それでも書き続けてた。あたしはホワイトデーを待たずして、賭けに敗れてしまった。
42創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 00:59:12 ID:kgVIc/q2
 もう井上がどうするのかわかってた。だから朝早くに来て、井上にもらったマフラーを遠子先輩に突っ返したの。
それは井上と結ばれる人が持ってるべきだと思ったの。ホントはそれでもうそのまま、引き下がるつもりだった。
でも、やっぱり悔しかったの。
43創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:01:42 ID:kgVIc/q2
「遠子先輩、遠くへ行くんでしょう?」
 そんなことを前に聞いてたの。
「……ええ、北海道に行くの」
「……遠子先輩は勝手だっ! 井上の心をあれだけ引きつけたまま、井上の元から去ってくなんてっ。
ずるい、ずるい、ずるいっ! それじゃあ、あたしは絶対遠子先輩に勝てないじゃないっ! きっと
井上はこれからもずっと、遠子先輩だけを想い続けるんだっ! 遠子先輩が遠くへ行ったら井上は
どうなるのっ! ホントに勝手だっ!」
 一気に叫んで、息が切れ、肩が震える。遠子先輩は、哀しそうな目であたしを見つめ
「ごめんなさい……」
 そう呟いた。その瞬間、あたしは落ち着きを取り戻し、そしてまた辛くなった。
 そうだ、この人もきっと井上のことがホントに大好きでたまらないんだ。そんな気持ちを
ずっと隠して井上の側にいたんだ。それなのにあたしの相談にも乗ってくれて……あたしは
最低だっ! ホントにヤなやつだっ!
44創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:04:39 ID:kgVIc/q2
 もう井上は遠子先輩に傾いた。遠子先輩も絶対井上を好きでいる。彼女はあたしも救って
くれたのに。あたしは彼女に今何を言ったの? あたしはもう負けたんだ。
 あたしは井上の読んでた『狭き門』を思い出す。アリサはジェロームをジュリエットと
結ばせようとした。アリサはジュリエットがジェロームを愛してることを知ってたから。
でもジェロームはジュリエットを拒んだ。ジュリエットは身を引き、アリサにジェロームを
譲った。アリサもジェロームを愛してることを知ってたから。それを思うと、もうダメだと思った。
「ごめんなさい……」
 あたしもそう呟いた。あたしはあなたに彼を譲ります。どうか彼を支えてあげてください。
そう心の中で願いながら……
45創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:06:05 ID:kgVIc/q2
 きっと井上はこの道を原稿用紙の入った封筒をもってやってくる。あたしはそこで
井上を待ってた。もうわかりきった答えを、井上から聞くために。
46創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:08:51 ID:kgVIc/q2
「……琴吹さん」

 胸がズキンと痛んだ。わかってたのに、一番聞きたくなかった言葉。それはあたしとの別れを
表す言葉だった。井上は息を切らせて封筒を抱えて立ってた。

「おはよう、井上……今日、ホワイトデーだったよね」

 井上がわざとそう呼んだことに気づいてても、まだ諦められないようにそう言った。

「ごめん、お返しの用意が間に合わなくて」

 そんな言葉はいらないのに……

「ううん、それはいいの」

 私の視線にきっと井上は気づいている。

「……小説、完成したんだね」

「うん」

 井上の声にも悲痛な感じがこもっていた。

「遠子先輩に、あげるんでしょう」

 そんなのわかりきってるのに……

「琴吹さん、僕は――」

「その小説、破って」

 何を言おうとしていたのかわかってる。でも、お願い、わかったと言って……

「ごめん。できない。それに、琴吹さんともつきあえない」

 ――あぁ、終わってしまったんだ。今、井上は真っすぐな目であたしを見ている。その瞳の
先にいるのはあたしではない。あたしと井上の間に見えない壁ができて、ついにあたしと井上は
まったく別の世界に立たされたように感じた。
47_:2009/04/18(土) 01:12:02 ID:Ji9uQkHJ
48創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:12:25 ID:kgVIc/q2
「うん……わかってた。さっき、あたしのこと、『琴吹さん』って呼んだよね。
あれが、井上の答えなんだよね」

 そう、それが、井上が苦しみながらも見つけ出した答え。でも、でも……

「ぼくは、琴吹さんにとても救われたし、勇気をもらった。琴吹さんが、
もう書かなくていいって言ったくれたとき、すごく嬉しかった。あのとき
ぼくも、琴吹さんとずっと一緒にいたいって思ったんだよ」

 なんでそんなことを言うのっ! あたしは井上に何かあげたつもりなんてないっ!
いっぱい、いっぱいもらってたのはあたしなのにっ! どうしてそんな優しい言葉を
かけるのっ! これじゃ、これじゃあ、あたしはずっと井上に心が囚われたままじゃないっ!

「でも井上は、小説を書いたでしょうっっ! 書きたくないって言ったのに、書いたでしょう!」

 井上は黙ってる。そうだ、それが井上の選択なんだ。そう思うと、どうにも
涙が止まらなくて、顔を伏せた。
49創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:14:49 ID:kgVIc/q2
「あ、あたしは、井上が苦しいなら、小説なんて書かなくてもいいって思った。
 けど――そうじゃなかったんだね……っ。井上のこと、一番わかっていたのは、やっぱり
あたしじゃなくて、遠子先輩だったんだね。あたしじゃダメだったんだね」

 そうじゃないっ! 言いたいのはこんなことじゃないっ! きっと今、井上は困った顔を
してるに違いない。違うのっ! 言いたいのは――

「あたし、井上にもらったマフラー……ずっと大切にするねって約束したのに、なくしちゃった」

 何言ってるんだろう。きっと井上はあたしが遠子先輩にマフラーを返してあげたことに気づく
だろう。その時に井上に私のことを思い出させようとでもいうの? 違う、こんなことじゃないっ!

「……っく、お願いがあるの。一回だけ――一回だけでいいから、名前で呼んで」
50支援:2009/04/18(土) 01:16:14 ID:Ji9uQkHJ
 
51創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:16:34 ID:kgVIc/q2
 違うっ! これも言いたいことだけれど、どうしてっ! 言葉が、でない……っ。

「……ななせ」

 ――っ、もう、ダメだ。あたしに井上を繋ぎとめることはできない。一度じゃなくて、
何度でも呼んであげる。だからもう一度やり直そうって、そんな言葉をまだ期待してた。
 それでも、井上に名前で呼んでもらえたことは嬉しい。もうきっと、そんな仲になることはない。
あたしはそんな仲になることに憧れてたんだよ? 図書館で井上が朝倉さんを『ミウ』って呼んでたのを
見てたから。毎日図書館に会いに行くうちに井上を好きになって、そうしていつかあたしのことを
名前で呼んでくれるときがくればいいなって、ホントに思ってた。でももう、このたった一回きりなんだ……
 そう思うと、もう、言おうと思っていたことも喉から引いていった。
52支援:2009/04/18(土) 01:18:00 ID:Ji9uQkHJ
 
53創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:18:42 ID:kgVIc/q2
「ありがとう……。井上に、名前で呼んでもらうのが……夢だったの。
叶っちゃった。ありがとう。うれしい……」

 笑顔がうまくつくれず、きっとブサイクな顔になってる。こんな顔、これ以上
見せたくない。

「先に、行くね。ごめん……井上は、あと少し、ここにいて」

 これでいいの? もうあきらめていいの?
 あたしは今まで多くを求めてはこなかった。それは自分の周りが満たされた環境
だったからということは、井上や他のいろんな人たちの苦しみを見てわかったこと。
それについさっき遠子先輩を応援しようって決めたじゃないっ! でも、それでも、
一番大切なものくらい、わがままになっちゃダメなの? きっと、それでも井上は
繋ぎきれない。でも、でも、あたしの気持はどうしても知ってて欲しい。
54創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:20:14 ID:kgVIc/q2
「ねぇ、遠子先輩が遠くへ行っちゃって、会えなくなっちゃったら、あたしのこと、
また彼女にしてくれる?」

「そんなこと、できないよ」

 うん……わかった。そうだろうとわかってた。

「そっか……。あのね、あたしも、『狭き門』を読んだんだよ。それだけ……言いたかったの。
なんのことかわからないよね。いいの、わからなくて。じゃあね。教室でね」

 そう、あたし琴吹ななせは、ず〜っと、ず〜〜っと、ず〜〜〜〜っと、井上心葉、
あなたを想い続けます。
55_:2009/04/18(土) 01:20:58 ID:Ji9uQkHJ
 
56創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:21:39 ID:kgVIc/q2
 あたしの最初で最後の恋は、苦くて、苦くて、口の中にいつまでも残り続けながら、
幕を閉じた。あたしは過去の朝倉さんを断ち切り、今の朝倉さんに打ち勝ち、
未来永劫に渡って遠子先輩に敗れた。
57_:2009/04/18(土) 01:22:27 ID:Ji9uQkHJ
 
58創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:24:14 ID:kgVIc/q2
 あの後はひどかったなぁ。しばらくは井上のこと見るたびに泣いちゃったんだもん。そして
井上の書いた『文学少女』を読んでまた愕然としたの。どれだけ読んでみても、井上があたしを
本当に好きだったという思いが伝わらなかった。好きというよりも、使命みたいな感じであたしを
大事にしてたみたいだった。小説だから仕方ないとも思ったけど、それでもなんだか割り切れなかった。
 あたしも井上も、お互い会うのが辛かった。けど、井上のお仕事や、あたしの受験で、どっちも
忙しくて、結局そんなに顔も合わせずに済んだんだよね。けれどやっぱりあたしは井上のことを
見るとどうしようもなく辛くなって、顔を歪めてた。きっと井上もそれに気づいてたんでしょう? 
59_:2009/04/18(土) 01:25:05 ID:Ji9uQkHJ
 
60創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:25:07 ID:kgVIc/q2
 あたし達の卒業式。友達と写真を撮ったりして、別れを惜しんでいると、
「琴吹さん!」
 井上がそう呼んだ。ホントに久しぶりに井上の声を聞いたような気がした
61_:2009/04/18(土) 01:26:14 ID:Ji9uQkHJ
 
62創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:26:31 ID:kgVIc/q2
 あたしは井上に黙ってついて行った。二人ともその間言葉一つ交わさなかった。ぐんぐん進んでいって、
なんとなく見覚えのある景色が見えてきた。
「……入って」
「ちょ、ちょっと、ここ、井上の家じゃない」
「……入って」
 何だろう。今さらもう一度やり直そうなんて、井上は言わないだろう。でも、だったら何だろう?
 ずかずかと進み、リビングに連れられる。
63創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:27:57 ID:kgVIc/q2
「お父さん、お母さん」
 井上の両親だ。どちらも穏やかな人の良い顔をしてる。目元は母親に、口や鼻は父親にそっくり。
そんな風に思っていると
「一年前、紹介するって言って、できなかった。彼女は琴吹さん。僕のクラスメイトで、
僕の大事な親友なんだ」
 井上はそう告げた。
 なんて残酷な宣言をするのっ。嫌っ、嫌ぁっ!
64_:2009/04/18(土) 01:29:04 ID:Ji9uQkHJ
65創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:29:23 ID:kgVIc/q2
「彼女はいつも僕を本気で支えてくれた。僕が一番つらかった時、優しく手を伸ばし、
僕を立ち上がらせてくれた。僕の恩人なんだ」
 嫌っ、嫌ぁっ。そんなこと言って、あたしが心を砕かれてどうしようもなくなったのは
自分のせいじゃないっ! そうして井上はあたしを助けてくれなかったじゃないっ! そんなことを
考えているのに、そう、とご両親は穏やかに笑いかけてくる。あたしが眉に皺をよせ涙を
こらえているのはわかっているはずなのに。
66創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:31:37 ID:kgVIc/q2
 そして井上の部屋に連れて行かれた。あたしは差し出されたクッションを払い、その場に
座り込んで、俯いていた。
「琴吹さん……本当に、ごめん。僕は君の想いを受け入れながら、君を裏切ってばかりだった。
君がこの一年ずっと苦しそうな表情を僕に向けていたことも気づいていた。その度に胸が痛んだ。
でも、なんて声をかけたらいいのか、そもそも琴吹さんの心を踏みにじってしまった僕が声を
かけるのが正しいのかわからないでいたんだ」
「嘘っ、嘘よっ!」
 キッと睨みつける。井上の表情に変化はない。
「井上はちっとも悩んでなんかいなかった。それで仕事に打ち込んでいたじゃないっ!」
 そうだ! きっとそうなんだっ!
67_:2009/04/18(土) 01:31:56 ID:Ji9uQkHJ
 
68創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:33:09 ID:kgVIc/q2
「それは違う! 僕だって苦しかった。琴吹さんが苦しそうにしているのは
自分のことのように苦しかった。だけど、僕には何もできなかった。僕は
遠子先輩を選んで、君を拒んでしまったんだから……」
「だったらどうなの? 放っておけばいいじゃないっ! どうして今になって
優しくするのっ! そしてあたしを家に連れて来て、あたしが井上を好きだって
わかっていながら、どうして親友だなんて言ったのっ! またあたしの心を
引き裂きたいのっ!」
 もう何を言っているのかもわからなくなってきて、そのまま押し殺すように泣いた。
さすがに井上も困った顔をしてた。
69創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:35:38 ID:kgVIc/q2
「琴吹さん。僕は君を彼女としてはもう受け入れてあげられない。けれど、親友として、
僕は辛そうにしている君を助けたいんだ」
「……っく。そっ、そんなの、いらないっ! あたしは井上さえいてくれたらそれでいいんだか――」
 パクッ――井上がフォークに刺した何かでをあたしの口を塞いだ。睨みながらも、モグモグすると、口の中に
一気にレモンの酸味が広がってきた。これは……レモンパイ?
70_:2009/04/18(土) 01:36:54 ID:Ji9uQkHJ
 
71創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:37:11 ID:kgVIc/q2
「僕が焼いたんだ。君のために。僕には何ができるかわからなかった。だから
これくらいしかできなかったんだけど……」
 ずるいっ、こんなのっ!
「どう?」
 ずずっと鼻をすする。
「……酸っぱい」
 ぼそっと呟いた。
「えっ?」
「酸っぱいっ! 何これっ! さすがにこれはすっぱすぎだよっ。井上、こんな味が
好みだったの?」
 本当に泣きそうだったのに、なぜか心が和らいでた。
72創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:39:23 ID:kgVIc/q2
「えっ、ホントに?」
 モグモグ
「うっ!」
「ほらっ、やっぱりっ! こんなレベルで機嫌をとろうなんて、気がしれないっ!」
 ぷいっと横を向いたの。
「ぷっ、はっはっはっ!」
 なぜか井上が突然笑い出した。
「な、何よっ! あたし、何かしたっ? あっ、もしかして、顔に何かついてる?」
 そんな顔見せられないと思って焦ったの。
「やっぱり、琴吹さんはそうでなきゃ」
 なんか一人で納得してるし……
「だっ、だから、何なのっ!」
「はいっ、これ」
 井上が渡してきたのは、ホワイトデーに名前で呼んでと言った、その時に井上に貸していたピンクの手袋だった。
73創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:40:49 ID:kgVIc/q2
「僕はそれを大切にとっておいたんだ。琴吹さんに借りた勇気を、今度は僕が
返せるように、そうなった時にこれを君に返そうって決めていたんだ。受け取ってくれるね?」
 優しい目でそう言ってくる。いつも図書館で見せていた、あたしの好きだった笑顔。
やっぱり井上は、ずるいっ!
「……うん」
 そう答えるしか、ないじゃない……
「……あたしを好きだった?」
 それだけはどうしても聞きたかった。
「お願いっ! 本当のことを言って!」
「……僕は琴吹さん、君を本気で好きだったよ。何よりも愛おしいと本気で思っていたよ」
74創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:42:57 ID:kgVIc/q2
「……じゃあ……一回だけ――一回だけでいいから、あたしにキスしてっ!」
 井上はびっくりして、目をパチパチしてる。
「お願いっ! 井上に別れを告げられた時、あたしが本当に言いたかったのは、そのことだったんだよっ!
だって、あたし、井上が大好きなんだよ? 井上だってあたしを好きだったんでしょう? あたしはもっと
もっと、井上と一緒にいたかった! 井上といつも、いつも、いられることを望んでた。あたしはいっぱい、
い〜っぱいっ、井上と愛し合った証を作っていきたかったのっ! でも、井上はあんな風にあたしを拒んで、
あたしは今でも井上に囚われたままなんだよ? だから、お願いっ! あたしを井上から解き放ってっ!
じゃないとあたし、井上の親友なんて、なれっこないっ!」
 井上の顔が引き締まって、真剣になった。
「わかったよ……琴吹さん」
「そうじゃ、ないでしょうっっ!」
「うん……ななせ」
75_:2009/04/18(土) 01:43:20 ID:Ji9uQkHJ
 
76創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:44:37 ID:kgVIc/q2
 そっと、唇を重ね合わせる。ほんの一時が、数秒にも、数分にも感じられた。ずっとそうしてるみたいに、
柔らかな感触を、心に、刻んでた。

「……ありがとう――こっ、コノハ」
 最後は消え入るような声だったけど、きっと聞こえてる。
「……はぁっ、なんだかすっきりしちゃったっ! やっとあたしも前に進めそうな気がするよ。
ホントにありがとう」
 その後、二人で色々話をしたの。あたしたちが出会ってから、今日までのこと。ホントは胸が
ふさがるような話題だったけど、不思議と胸は穏やかで、快い音楽に身を委ねるように話を聞いてた。
そして、ふと思い出して
「どうして――」
 どうして、『文学少女』の中で、主人公はあたしを本当には好きにならなかったの? 本当にあたしを
好きだったなら、なんで小説の中だからといって捻じ曲げちゃったの? そう言おうとしてたの。
77_:2009/04/18(土) 01:44:59 ID:Ji9uQkHJ
 
78創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:46:23 ID:kgVIc/q2
 そしたら突然、バタンと部屋の扉が開いたの。そこから井上の妹、舞花ちゃんが入ってきた。
彼女はあたしを見ると、花が咲いたように笑って
「わぁ〜、レモンパイのお姉ちゃんだ〜。すごい、すごいっ! わたしもあんなにおいしい
レモンパイ作ってみた〜い」
 すっかり骨を抜かれて、微笑んでしまってた。もうそんな質問はいいじゃない。もう井上とは
決別したんだ。そう思った。
「井上、あたしね、井上からつきあえないって言われて、それでもう井上とは終わり、永遠の別れ
みたいに思ってたの。だから、その後もなるべく井上とは関わらないようにしていたの。けど
違ってたみたい。親友だっていい、井上が側にいてくれると、嬉しいなぁ、なんてっ、思う……
あっ、あのっ、あたし、いつもはこんなじゃないんだよっ。聞き分け悪いヤなやつだって思った?
でも、あたしは井上が、一番、だ、大好きだからっ!」
 あたしは耳まで真っ赤になる思いでそう言ったの、でも井上はまったく落ち着いてて、なんかムカついた。
79創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:48:19 ID:kgVIc/q2
「ありがとう。僕も琴吹さんが好きだった。僕は君と一緒には歩けないけれど、君を後ろ
から支えて、僕よりも君が幸せになるよう願い続けるよ」
 ねぇ、ねぇ、と、舞花ちゃんがせがんでくる。あたしは今度教えてあげるって言ってあげた。

 あたしは井上の彼女にはなれなかったけど、親友にはなれた。でも今はまだ、井上のことを
想い続けたい。私もきっと彼が幸せになるように支えてあげたい。それだけがあたしの喜び。
80創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:50:14 ID:kgVIc/q2
 フライト中ずっと、昔のことを思い出してた。あの頃の友人たちは皆幸せに向かってる。
なんだかあたしだけ損した気分……
 空港に迎えに来てくれた時、あたしは井上にあたしの秘めてた想いを打ち明けてやった。
最後に吹っ切れたって言ったけど、そんなことないんだよ。あたしは今でも井上を好きでいるんだ。
想い続けるだけでいいの。
 そろそろ六年になる。井上が言っていた遠子先輩の占い。きっと、井上はその通りに彼女と会うに違いない。
二人とも六年もの間、孤独に狭き門をくぐってきた。だからもう、二人が孤独に門を進む必要はない。
これからは支えあっていけるのだから。
 遠子先輩。いいえ、文学少女、井上を頼みました。
81創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 01:58:21 ID:kgVIc/q2
 『夕歌』に会えるのをひそかに楽しみにしてた。ずっとあたしを励まし続けて
くれてた大事な人だから。会ったらお礼を言わなくっちゃ。



何やら支援して下さる方もいるのでありがたいです。
ただ、もうそろそろ眠気がやばいので、今日はここらへんで切り上げさせて頂きます。
続きは明日にでも投下したいと思います。
だいたいここまでが前編みたいな感じです。
ただ後編は前編にもましてひどいので、あんま期待しない方が気楽に読めるかも!?
82創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 02:05:34 ID:Ji9uQkHJ
お疲れ様〜
最初読んでて、「あれ?まさか原文載せてる!?」とかおもっちゃいましたw
とっても読みやすかったですw
また明日期待して待ってますw
83創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 02:24:04 ID:l0QZ4vxP
うわ支援間に合わなかった
琴吹さんかわいいよ琴吹さん
まさかこのスレに投下があるとは思わんかった
84創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 06:07:16 ID:BghIkFt5
GJ! GJ! GJ! GJ! GJ! GJ! GJ! GJ!
85創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 23:42:36 ID:kgVIc/q2
さて、そろそろ昨日の続きをいきます。

後編はコノハ君の書いた『文学少女』が話にでてきて、実際は違うかもしれませんが
ここでは本家の文学少女とほぼ変わらない内容ということで進めます。

ところどころ曲解が入ってくるかもしれませんが、そこらへんは本家とは違う内容だったんだ
ということにしてください(^_^;)

遠子派には申し訳ないですが、もう彼女は十分幸せになってることが容易に想像できるので
別にいいですよね?

本家で最も不憫な結末となったななせちゃん。野村先生はなかなか彼女を救済する話を作ってくれないので、
勢いでこんなものを作ってしまいました。
僕なりに精一杯彼女を幸せにしてあげたつもりです。僕の妄想に今しばらくお付き合いくださると嬉しいです。
86創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 23:44:53 ID:kgVIc/q2
 劇は素晴らしい声援と拍手で幕を閉じた。復活の歌手は今も、
その美声を失わずにここに戻ってきた。『夕歌』はそこにいた。
「おかえりなさい……『夕歌』」
87創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 23:47:08 ID:kgVIc/q2
 それほど望みはもってなかったけど、控室は関係者以外立ち入り禁止で入れなかった。
少し残念に思いながら、劇場の正面ホールから外へ向かってた。
「ななせっ!」
88創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 23:49:05 ID:kgVIc/q2
 突然自分の名前を呼ばれたので驚いた。それは夕歌の声に似せた声だった。
「『夕歌』……」
 振り返ると『夕歌』がいた。実際はほとんど話したことがなかったから、あたしは
何を言えばいいかわからずにいた。視線だけが絡まり、そっと見つめ合う。二人の間は
一メートルくらいある。正面を横切って行く人たちもいる。あたしはなんだか
恥ずかしくて目をそらした。
89創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 23:53:32 ID:kgVIc/q2
「ななせっ!」
 そう言って、彼はいきなりあたしに抱きついた。
「えっ! ちょ、ちょっと……」
 振りほどこうとして腕を掴むと、微かに震えてるみたいだった。耳元からも小さく涙をこらえる音が聞こえた。
「ななせっ! オレはななせが好きだっ! 好きで好きでたまらない」
 まさか、そんなことを言われるとは思わなかった。
90創る名無しに見る名無し:2009/04/18(土) 23:58:48 ID:kgVIc/q2
「ななせが井上に振られた年。あの年のクリスマスにななせがそう『夕歌』に伝えてきた時、すぐにも駆けつけたかった。
でも、できなかった。まだやらなければならないことがあったんだ。振られてもなお、井上を想い続けるななせが
たまらなくいじらしく思えた。きっと天野遠子がななせの最大のファントムになるだろうと思っていたんだ。それで
井上は天野を選んでしまった。あいつがななせを幸せにするならオレはななせをあきらめるつもりだった。でも
そうはならなかった。だから今度はオレが、ななせを幸せにするっ! ず〜っと、ず〜〜っと、ず〜〜〜〜っと、愛し続ける。
 ななせ、オレと、結婚しよう」
91創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 00:01:00 ID:kgVIc/q2
 あまりに突然のことでびっくりしてしまった。それに周りからの視線が集まって……っていうか、
恥ずかしすぎっ! どうにか気持ちを抑え、振りほどこうと身をよじりながら言葉をかける。
92創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 00:03:44 ID:9FVoFopC
「あっ、あたしっ、ず〜〜〜〜〜〜っと、井上だけを、愛するんだよ?」
「それでもいい! オレだってず〜〜〜〜〜〜〜〜っと、ななせを愛するから」
「あたしの方は『夕歌』のこと、ほとんど、知らないんだよ?」
「それがなんだ。ななせは十分苦しんだ。一人でそれに耐えてきたじゃないかっ!
オレと結婚すれば必ず幸せにしてみせる! ななせだって幸せになっていいじゃないかっ!」
93創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 00:07:05 ID:9FVoFopC
「あっ、あたし、もう『夕歌』の知っているあたしじゃないかもしれないよ。あの頃好きでも、
今のあたしは嫌いになるかもしれないよ」
「そんなことないっ! ななせは変わっていないから、今でも井上を純粋に思っていられるんじゃないか。
クリスマスのメールで確信した。ななせは今も昔も変わらずに、優しい女の子だって。夕歌の自慢の親友の
まんまだって。ななせは可愛い。本当に可愛い。世界でいっっっちばん可愛い、あの頃のままのななせだって。
オレのために、自分のために、そして、ななせの想いをしっかりと感じながらも悩んで、悩んで、悩みぬいて
天野を選んだ井上のためにも、ななせは幸せにならなければいけないっ!」
94創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 00:11:23 ID:9FVoFopC
 さっきまで泣いていたのは『夕歌』なのに、いつの間にか泣いているのはあたしの方だった。
振りほどこうと胸に押し当ててた手ももう力なく、いつしか『夕歌』の背中に回っていた。
95創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 00:14:31 ID:9FVoFopC
 彼はあたしを名前で呼んでくれてた。夕歌がそう呼んでたからかもしれないけど、それは幸せな響きだった。
あたしはきっと彼を心から愛することはないだろう。けど、人は変われることを、あたしはあの学校で、
井上とともに見てきた。心から愛する人とはもう結ばれないけど、きっとあたしも幸せになれる。
そう、思えたんだ。
96創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 00:19:08 ID:9FVoFopC
 今まであたしに好きだと言ってきた人は何人かいたけど、皆あたしを幸せにしてくれるとは思えなかった。
けれど今、あたしを強く抱きしめているこの人は、あたしを幸せにしてくれるように思えた。愛は確かに
ないかもしれない。けれどあたしの孤独を救って……あたしを幸せにしてっ!
「……どうか、あたしを――幸せにしてください。今まで、励ましてくれて、ありがとう。あたしも精一杯、臣の気持ちに応えるよ」
97創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 00:36:08 ID:9FVoFopC
 あたしの『狭き門』の先にも一筋の光がようやく射した。きっと彼はあたしを大切にしてくれる。
いつかのあなたと違って。それでもやっぱり、あたしはあなたを想わずにはいられない。
98創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 00:39:53 ID:9FVoFopC
 井上と遠子先輩がお見舞いにきてくれた。あたしのまるくなったお腹を見て、感激しているようだった。
「触ってみてもいいかしら?」
 遠子先輩が目を輝かせてせがんでくるので触らせてあげた。
「うわぁ、コノハ君、見て見て、この中に赤ちゃんがいるのよ〜」
「妊婦さんなんですから、あんまり負担をかけさせないで下さいよ」
「もぉ、そんなことしませんっ!」
 相変わらずな人たちだ。何も変わっていない。けれど、とっても幸せそう。
99創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 00:42:27 ID:9FVoFopC
「でも、確かにこれは感激だなぁ。琴吹さん、僕も触っていい?」
「なっ、なっ、何言ってんのよっっ! い、井上には絶対、触らせてあげないっ!」
 うわぁ、なんだか井上が呆れたような顔でこっち見てる〜。ど、どうしようっ!
顔、真っ赤になってないよね?
「こらっ、コノハ君! ななせちゃんはもう琴吹さんじゃなくて臣さんでしょう。ななせちゃんが呆れてるじゃない」
 いや、そうだけど、それもそうなんだけどっ。
「でもなぁ、僕にとって琴吹さんはいつまでも琴吹さんのままなんですよねぇ」
 なんだか子ども扱いされてされてるみたいでムカついた。
「それっ、どういう意味っ!」
 眉を吊り上げ睨んでやったら、井上ってば、怯んでる。
100創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 00:44:27 ID:9FVoFopC
「じゃあ、コノハ君も『ななせちゃん』って呼べばいいのよ」
 なぜか遠子先輩が一瞬ウインクしてきたんだけど。自分の旦那さんに他の女性を
ちゃんづけで呼ばせようなんて、全く何考えてるんだか。
「え、え〜っと……」
「ほら、ほら早く、早くぅ〜」
 どうしよう。そう呼んでくれたら嬉しいけど、そうなるとあたし、
またダメになっちゃうかもしれない。あぁうぅ。あたしが一人うろたえてると、
病室の扉が開いて、臣がはいってきた。
101創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 00:46:49 ID:9FVoFopC
「あんまりななせをからかうなよ。井上」
「ちっ、違う! からかわれてたのは、どっちかっていうと僕の方だよ」
 臣も井上も本当に楽しそうに笑っている。二人は六年ぶりに出会って、しかも学校でも別に
親しくしてたわけでもないのに、一瞬にして目だけですべてを語り合い、それだけで打ち解けてしまった。
こうしてみると、二人はなんとなく似てる、気がする。だからあたしは彼を夫に選んだのかもしれない。
あたしの何よりも大切な親友と好きな人、どちらの面影も感じさせるこの人なら、あたしを必ず
幸せにしてくれるって、そう予感したのかもしれない。
102創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 00:50:47 ID:9FVoFopC
「それでね、今日来てもらったから、聞いておきたいことがあるの」
 皆、話を止め静かになる。
「この生まれてくる女の子に、遠子って名前、つけてもいいかなぁ? 臣と話し合って
そう決めたんだけど、二人にも許可がほしくて」
 そう、あの『狭き門』のジュリエットのように、あたしはこの子にもっとも信頼する人の
名前を付けてあげたい。遠子先輩は優しく微笑み言った。
「……もちろんよ」
103創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 00:55:20 ID:9FVoFopC
 井上も微笑んでいた。臣も少し後ろで少し目を潤ませながら笑ってる。遠子先輩は、
やっぱり透き通るように美しい瞳をこちらに向けていた。その目は何か言いたそうだった。
一人の男の子を求めあったあたし達は、目だけで多くを語れるようになってたの。
 しばらく皆で話をしていると
「ちょっと、二人ともおつかいに行ってきてほしいの」
 そう切り出した。
 紙に必要なものを書いて『ほらほら、早く行って、行って〜』なんて言って、
二人を部屋から追い出した。
104創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 01:19:56 ID:9FVoFopC
臣の告白シーンで終わらせればよかったかなと、今更ながらに後悔してます
まぁ、ここまできたらやるしかないですかね
105創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 01:31:22 ID:9FVoFopC
「ふぅ……これでゆっくり話せるわね。ねぇ、ななせちゃん。あなたはどうしてコノハ君が
あの本の中であなたを本能からは愛していないように書いていたのか気になってるんでしょう?」
「は、はい。もう気にしないことにしてたんですけど、当時はすっごく気になってました。
だって井上、あたしのこと本当に好きだったって言ってたのに、なぜかそうじゃないように
書いてたんですよ? 本当に好きだったのに、その子の位置づけを設定のために変えるなんて
おかしいじゃないですか」

※本当に好きだったと言ったのは、僕の書いた、卒業式のコノハ君の家での出来事です
 一応、補足しときます
106創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 01:34:34 ID:9FVoFopC
「そうね。確かに、この物語で主人公ハルは使命のようにカナコを愛していたみたいに書かれているわ。そして、
そんな使命なんてものの混じった愛は間違いで、自分が本当に好きだと気づいたユイに想いを告げて終るわ。
 確かに一途に思い続けるこの少女はななせちゃん、あなたがモデルになっているわ。そして、ユイは私。もちろん、
ハルはコノハ君よ。カナコはハルにその思いを受け止めてもらえず、最後はぎゅうって胸を締め付けられるような役どころね。
一方、ハルとユイはお互いに秘めた思いを胸に一度別れ、そして感動的な再会を果たし、きっと幸せになったわ。でも、
この物語のヒロインは本当にユイだったのかしら?」
107創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 01:40:40 ID:ykJaRl27
今ウチのねーちゃんがPC使ってるから支援できないんだぜ……orz
でも、しっかり応援してるんだぜ!!
ファイトp(^-^)q頑張って下さい!
108創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 01:41:05 ID:9FVoFopC
「……どういうことですか?」
「気づかない? この物語で最も美しく、最も気高く、そして最も印象を残して去って行ったのが
誰であるか。普通の女の子でありながら、主人公ハルにはない勇気を見せて、彼を奮い立たせたのは誰?
最後に胸を締め付けるようにしてステージから去っていったのは誰? そう、カナコちゃん、つまり
ななせちゃん、あなたよ」
「違うっ! この物語ではいつも文学少女のユイが、ハルを導いてたじゃないですか!」
「そうね、確かにユイはハルのことを導いていた。でもカナコがいなかったら? この物語で
カナコはユイの恋敵であると同時に、ハルにとっての大事な心の支えになっているの。最後の謎で
ハルはユイに裏切られたと思い深く絶望するわ。それを救ったのは他ならぬカナコよっ。
カナコがいなければ、この物語はハルが絶望したまま終わっていたわ」
「でもっ! それでもハルはカナコを捨てていったっ!」
 話をしているうちに、当時の気持が蘇ってきて、思わず声をあげてた。
 そんなあたしを見て、遠子先輩は悲しそうに目を伏せる。
109創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 01:45:21 ID:9FVoFopC
応援ありがとう!
なんだかこんな時間に一人で何やってんだろうって挫けそうになってました(^_^;)
あともう少しなんで頑張ります!
110創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 01:48:37 ID:9FVoFopC
「そうね。だからこそカナコの悲しみに読者は胸を打たれるのよ。あのお話の中でコノハ君は
注意深く、ハルがカナコを心から好きで好きでたまらないと思わせる箇所を省いていたんだわ。
そしてハルがカナコを好きな理由も使命から、なんていう理由になってるわね。どうしてそこまで
する必要があったのか……ななせちゃん、覚えてる? ななせちゃん、はじめはコノハ君に
嫌われていると思っていたでしょう? それがいつ、ななせちゃんに好意があるように感じられた?」
 落着きを取り戻し、少し考えて、すぐ思い当った。
「夕歌のことがあった頃からかな?」
「ええ、そうね。その頃から二人は仲が良くなり始めた。でももしそれが夕歌ちゃんや臣君のことが
あったからだとしたら? そしてななせちゃん自身も、そうじゃないのかなという不安があったんじゃない?」
111創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 01:51:37 ID:9FVoFopC
「はっ、はい。あの頃から急にあたしに優しくなって、ホントに心配してくれてるんだ、とか
ホントに気にかけてくれてるんだって思って、うっ、嬉しかったです。でも臣のことは
わからないんですけど、夕歌のことがそうさせたんじゃないかなって、思ったりもしました」
112創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 01:54:00 ID:9FVoFopC
「そう、だからわざと、ハルは使命からカナコを愛していて、最後には
カナコの想いを受け入れず、ユイへの想いに素直になるという、カナコという
人物に惹きこまれた読者からは恨みを買いそうな形で描かれたの。
113創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 01:56:38 ID:9FVoFopC
 現実にコノハ君は、ななせちゃんの想いを受け入れず、あたしに想いをぶつけた。
けどね、なぜコノハ君はそこまでしてハルを恨まれるような人物にしたのかしら?
想像してっ。コノハ君はとっても迷っていたと思うの。だって、ななせちゃんのことが
好きで、好きで、それでいてあたしに抱いていた秘かな想いに目覚めていくのよ。
……もちろん、小説を書き始めた時には想いを決めていたのだと思うわ。そうすると、
ありのままを書けなかったのね。もちろん小説だから事実を書き並べるのとは違うわ。
けれど、ななせちゃんをこれから裏切らなければならないとなった時、コノハ君には
自分がななせちゃんを、カナコを本気で好きだったなんて、どうしても書けなかった。
だからコノハ君はわざと、自分は夕歌ちゃんのことがあったから、使命として
ななせちゃんを好きなふりをしていたんだって思わせるように書いていたのね。それで
心の優しいななせちゃんに、自分のことをきっぱり諦めてほしかったのよ。ななせちゃんなら、
今から裏切ろうという自分に、それでも永遠に愛情を注ごうとすると思ったのね。だから
ななせちゃんの心を解き放つために、あんな書き方をしたのよ。
114創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 01:59:54 ID:9FVoFopC
 覚えてる? 六年後、もう一度ハルとカナコが出てくる場面よ。そこで彼は
《僕は君のことを本当に好きになったことなど一度だってなかった。本当は
心が鉛のように重く、鎖に縛られているみたいで、辛かったんだ》
 と言うの。本当にそう思う? コノハ君と一緒に過ごした時間で彼は
そんな表情をななせちゃんに見せていた? それが演技として、そんなこと
コノハ君はできる人だった? それでね、カナコを好きで、好きで、
たまらなかったと考えた時、さっきのセリフは色を変えて現れてくるわ。
《僕は君のことを本当に好きだった。心が駆り立てられるように浮き立ち、
どこまでもいける夢のような心地だった》
 きっと、コノハ君はこう思っていたのよ。コノハ君が寝ていると、たまに
聞こえてくるの。ごめんね、ごめんね、っていううめき声が。きっと
ななせちゃんを裏切って傷つけたことを今でも悔やんでいるんだと思う」
115創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 02:01:34 ID:9FVoFopC
 あたしはもう、ただ静かに彼女の想像を聞いていた。文学少女の想像はいつも
あたしたちを正しい方向へ導いてくれてたから……
116創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 02:02:36 ID:9FVoFopC
「それから、卒業式にコノハ君、ななせちゃんをお家に連れて行ったでしょう?」
 コクリと頷く。
117創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 02:09:52 ID:9FVoFopC
「コノハ君はね、ななせちゃんを裏切ったっていうことで、自分からはななせちゃんに近づけないよう周りの子が警戒してたんですって。
だからどうしてもななせちゃんを元気付けられなかったの。
 ななせちゃんは吹っ切れて、自分に愛想を尽かすと思っていたのに、ななせちゃんも文学少女を読んだと友達から聞いた後でもまだ、
自分を苦しそうに見つめていて、コノハ君も苦しかったそうよ。そして卒業してもななせちゃんはこのままずっと苦しみ
続けるんじゃないかと思って、ななせちゃんをお家に連れて行ったの。親友ということを口にされた時、ななせちゃんは辛かったと思う。
それでも、コノハ君も同じように、大好きだったななせちゃんにそう告げなければならないのは辛かったのよ。もし、周りに止める人が
いなければ、苦しそうな顔をしたななせちゃんを抱きよせて、もう一度、絶対裏切らないから僕と一緒になろうって、きっと言ったと思うわ。
118創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 02:17:27 ID:9FVoFopC
 だから、コノハ君があの本の中に隠した想いはななせちゃん、あなたを狂おしいほどに
好きだったっていうことなのよ。作中何度も健気に主人公を助ける女の子。そして最後に
主人公にその想いを拒まれてしまう。そんな演出によって意図的に、最も鮮烈にその存在を
読者に刻みつけさせたカナコさん。彼女はそのように描かれなければならなかった。なぜなら
コノハ君の心に一番鮮烈なインパクトを残していたのはななせちゃんだったんだから。
 カナコさん、いいえ、ななせちゃん。あなたがあのお話の本当のヒロインだったのよ……
カナコさんの一途な想いと、優しい強さ、そして最後に待ち受けていた悲しい別れ。
この本を読んだ人たちはみんな、カナコさんが幸せになることを心から願わずにいられないのよ。
コノハ君は自分以上に、ななせちゃんが幸せになることを願っていたのよ。その想いを
この本にのせたの。これが、あたしの想像した文学少女よ」
119創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 02:20:25 ID:9FVoFopC
 一気に語り継いだ。遠子先輩の目は今も澄み渡ってる。
「そんな想像で、遠子先輩はいいの?」
 少し眉を下げて、そしてすぐにこやかに微笑み、
「それでも、今が幸せよ」
 そう笑いかけてきた。
120創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 02:23:35 ID:9FVoFopC
「頼まれたもの買って来たぞ……って二人とも何楽しそうに話してんだ? オレにも聞かせてくれよ」
「僕も聞きたいな」
 あたしたちは目を丸くして見つめ合い、なんだかおかしくなって言った。
「教えてあげな〜いっ!」
121創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 02:27:35 ID:9FVoFopC
『遠子』ちゃん。あなたも、いつかあんな風に誰かの物語を読み取って導いてあげるのかな。
今はウェーブのかかった髪型のあの人が、昔そうだったように、あなたにも三編み
してあげようかな? 今時さすがにないか。でもきっと、それが似合うように
なってくれるといい。あたしたちの幸せ。それは『遠子』ちゃん。あなたのおかげなんだから。
122創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 02:30:30 ID:9FVoFopC
 いつしか部屋はあたたかな金色に包まれていて、カーテンの隙間から覗くやわらかな光が
お腹の子を優しく照らす。
「さぁさぁ、せっかく来たんだから、二人ともななせにお祝いを言ってあげろよ」
「はぁ〜い。おめでとう、ななせちゃんっ」
 そして井上もなんだか気まり悪そうな、恥ずかしそうな顔をして
「おめでとう……な、ななせ」
 そう言ってくれたんだ。
123創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 02:35:23 ID:9FVoFopC
 あたしはこの時が幸せ。あたしの周りに彼らがいて、お腹の子がいて、そうしてそれらすべてが
やわらかな金色の光に包まれてる。ホントにあたしは幸せ。何度となくよろめきそうになったけど、
立ち上がってこれた。暗い、暗い、狭き門を、井上にもらった勇気で進んだ。
 井上は言った。あたしから勇気をもらったのだと。でもそれは違うの。あたしは井上に出会って変われた。
井上がいたから勇気を出せた。たどり着いた所に井上はいなかったけど、今も
側で支えてくれる。いつもあたしの幸せを願ってくれてる。
 体の中に温かいものが駆け巡るのをず〜っと、ず〜〜っと、ず〜〜〜〜っと、噛みしめてた。
ジュリエットは幸せになったと思う。だってあたしは今、とっても幸せなんだからっ!
124創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 02:40:54 ID:9FVoFopC
すみません、今のところで一応本編は終わりでした(^_^;)

追記

「ねぇ、ななせ、さん?」
「なっ、何よ、井上」
「それ、まだ持っていたの?」
 指差していたのは、いつかの校章と五百十円。前に見つかった時は恥ずかしくて、
動揺しちゃったけど、今はなんだかとっても心地いい。
「あっ、あれはねっ、あたしと井上のおまもりなのっ。あたしが幸せになれるように、
井上も幸せでありますようにって。だからね、ず〜っと、大切に持ってるよ……」
125創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 03:49:05 ID:9FVoFopC
 あたしの恋は、レモンパイのよう。口に含んだ時の爽やかさ、
そしてすぐに口いっぱいに広がるすっぱさ。そしていつしか口の中は、
ほんのりとした甘さで包まれてくの。
 あたしは井上心葉、あなたを忘れません――



126創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 03:58:24 ID:9FVoFopC
最後の最後に連投規制くらっちゃいましたけど、なんとか完成です
感想・批判などなど、何でもコメントもらえると嬉しいです

まぁ、遠子先輩の語り部分はかなりゴリ押しですね
僕の拙い想像力ではこれが限界です、はい
後は野村先生がななせちゃんを救済してくれるのを待ちましょうかね
127創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 10:24:09 ID:EfCNsz2F
すっぱいなぁ
文学少女的にいえば、レモンパイのように甘酸っぱいかな?
まぁ、文学少女は最後の上下巻だけ読んでないんですけどね^^;
感想めを。
文学少女シリーズでは琴吹ななせが井上と別れる(みたいですね)ので、
ID:9FVoFopCさんが書いたような物語も楽しいと思います。
語らずの場所があり、そこは“想像”で補っていくしかないのですが、
これは面白かったです。
(たぶん上下巻を読んだ後に読めばもっと良かったんだろうと思いますが、
個人的には3巻が最高で、ミウとの問題が解決した時点で終わりだと思ったので)
作中の文章も野村先生に似ていて読みやすく、臣君とも仲良くなったので
私としては十分満足しました。

ただし、物語において、全ての登場人物に救いが与えられるわけではなく、
諦観や悲劇、いわゆるBADENDも野村先生の魅力だと私は思っています。
まぁ、人それぞれと言う訳ですね。

最後に。
とても面白かったです。
文章も上手いですし、これからも書き続けてもらいたいです。
また何かありましたら、この板に投下しちゃてください。
待ってます^^

P.S.
支援間に合わなくてすみませんでした^^;
128創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 12:11:16 ID:9FVoFopC
すみません。読んでない人への配慮はほとんどない話でした。
特に最後の上下の話をベースにしてるので、ぜひこの機会に読んでみてください(^u^)

しかし、3巻好きですか〜、僕もあの巻大好きです。あの巻でななせちゃんに惚れちゃったんですよ。
丁度今、新しいのを書いてるところで、3巻の演劇練習の合間の風景を書こうかなと思ってたところです。
あんまり期待しないで待っててください。

>ただし、物語において、全ての登場人物に救いが与えられるわけではなく

まったく仰るとおりです。そういうのができないのと、どうしても書きすぎちゃうあたりが
素人丸出しですね。
129創る名無しに見る名無し:2009/04/19(日) 23:32:24 ID:1Xy7x15S
うわぁものすごく文学少女シリーズへの愛にあふれてるのがわかるよ
このSSたくさんの文学少女ファンに読んでもらいたい
130創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 22:33:48 ID:Efyk2VH7
新しいの出来きましたんで投下

若干記憶があいまいなもんで、前後関係や細かい点で間違ってるところもあるかもしれないです。
遠子先輩が暴走気味ですが、野島クンにたいする萌えどころなんて語り出す人なんで
問題ないでしょう。うん、絶対そうだ。
僕自身がかなり暴走した結果なんですけどね。
あと、遠子先輩の薀蓄や食べ物表現は僕には真似できませんでしたorz
それは目を瞑ってやってください。
まぁ、愛にあふれてるなんていうコメントの後にこんなの投下するのは
心苦しい気もしますが、これも愛ゆえってことで
131創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 22:36:33 ID:Efyk2VH7
――劇の練習が始まって、一週間程たったある日。少しでも上手くなろうとみんな張り切って、
この日は土曜日だったけど朝から練習していた。そのまま、いつも学校の終わる時間
まで練習を続けた。稽古が終ると男子二人は早々に帰ってしまったけど、女子は
ステージ脇に動かした長机にお菓子を広げ、楽しくおしゃべりをしていた。
132創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 22:39:17 ID:Efyk2VH7
「そうだ!」
 遠子先輩は何か思い出したように机に手をついてピョンっと立ち上がり、突然叫んだ。
び、びっくりした〜。
「ど、どうしたんですか、先輩?」
「まだ二人とも時間大丈夫?」
 まだ4時だし、特に用事もないからなぁ。
「あたしは、別に平気ですよ」
「は〜い、千愛もぜんぜん大丈夫で〜す!」
「そう、良かった」
 それじゃあ、と言いながら遠子先輩はホールの出口に向かった。
「ちょっと待っててね!」
 くるりとこっちを振り向いてそう言うと、遠子先輩は出て行ってしまった。何をするんだろう、
遠子先輩。
 にしても……よりにもよって竹田と二人きりになっちゃった。
 うんざりした顔で見つめると、お菓子を頬張りながらニコって笑いかけてくるし……ホント、
いかにもロリコン受けしそうな子よね。
 はぁ〜、どうせ二人きりになるなら竹田とじゃなくて井上とだったら良かったのに……って、
あたしってば何考えてんだろっ!
133創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 22:41:43 ID:Efyk2VH7
「え〜っと」
 探し物、探し物っと。はぁ〜〜、それにしてもこの部屋の匂いって本当に素敵っ! 特に
昔の本の匂いってなんていい匂いなのかしら。匂いにつられてつい食べたくなっちゃう!
いや、でもここは我慢よ。
「あった、あったぁ!」
 ふふふっ、これで今日は最高に甘〜いデザートが食べられるはずっ!
134創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 22:49:01 ID:Efyk2VH7
「はぁ〜」
 ホント、ななせ先輩ってわかりやすすぎるんですもん。これでも気付かないのって、心葉先輩
あんまりです。まぁでも、そんな心葉先輩にも萌えるんですけどね。
「どうしたんですかぁ? あっ、もしかして二人きりになるなら心葉先輩とがよかったなぁ、なんて
考えてるんですかぁ?」
「ばっ、バカっ! 全然そんなんじゃないってば! だ、大体、なんでここで井上の名前が出てくるのよ!」
 くすくすっ。や〜っぱりななせ先輩はからかいがいがある、っていうかここまでくるとからかわれがってるって感じ?
 けど、なんかそういうのってずるいなぁ。一人だけふつうすぎて人生謳歌してるって感じですかぁ?
 少し、試してみようかな。
「ねぇ、ななせ先〜輩っ!」
「なっ、なにっ!」
 思いっきり笑顔でそう言ったら、また追及されると思ったのか身構えちゃってます。
「前に言いましたよね? 感情がないってこと。あの時先輩は軽く流してくれて、変わらなく
接してくれたじゃないですか。でも今でもまだ感情なんてないんですよ。笑っていても全然、
ちっとも楽しくないんです。今でも先輩はそれでもいいと思いますか?」
 演技をしてない、感情のない声で言ってみました。正直少しはななせ先輩は怖がると思ったん
ですけどぉ……
「今でもそう思うよ」
 即座にそう答えてきたんです。驚かせるつもりが自分の方が驚いちゃいました。
「正直、初めにそのことを言われた時はびっくりしたよ。でも、誰だって本音を隠すことなんて
よくあるし――」
「あぁ、ななせ先輩のことですね」
「ちょっ、な、何であたしになるのよ。あたしは、い、いつだって素直だもん。……と、とにかく、
感情がなくても竹田は竹田でしょ? 感情がなくて苦しんでるっていうのも含めて竹田なんじゃない。
あたしはそれがわかって良かったとは思っても、それで軽蔑するようなことはしないよ」
 やっぱりずるいなぁ。普通なくせに、こんなに強いんですから。
「ただ――」
「ただ?」
「あたしは、単純にあんたのことがキライよ」
 ななせ先輩は目をそらして、ぼそっと呟いたんです。もぉ、バレバレですよ。そんな心のこもって
ない『キライ』なんて聞いたことないですもん。
「え〜、千愛はななせ先輩のことダ〜イ好きですよっ!」
 思いっきり抱きついみたんです。こうしてみると本当に嬉しいみたいに感じるんです。
「ちょっと、竹田、離れなさい、ってば!」
 少しだけ見直しちゃいましたよ、ななせ先輩。
135創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 22:53:37 ID:Efyk2VH7
 あたしが必死で竹田を引き剥がそうとしてると、遠子先輩が息を切らせて戻ってきた。
「ごめ〜ん、ちょっと時間かかちゃった〜、って、あらあら、二人とも本当に仲が良いのね」
「えへへっ、そうなんですよぉ。ねっ、先〜輩っ!」
 ムキになって剥がそうとするけど、竹田はあたしの腰に手をまわしてぎゅっとしがみついてくる。
「ちっ、違うでしょ! ぜ、全然そんなこと、ないんですよ」
「これからやっていくメンバーがこれだけ仲良しだと私も安心だわ〜」
 軽く流されちゃったけど、遠子先輩はとても嬉しそうにしてる。まぁ、遠子先輩が喜んでるなら
別にいいか。
 
 バンっ!
 
 遠子先輩は近づいてくると勢いよく机を叩きつけた。思わずびっくりしちゃったんだけど、そこには……
「原稿用紙、ですか?」
「ええ、そうよ!」
 五十枚綴りの原稿用紙が置かれてあった。遠子先輩は、これを取りに行ってたのかな。
「へ? それをどうするんですか〜?」
 ようやく離れてくれたかと思うと、今度は子犬が尻尾をフリフリするように遠子先輩に
すり寄って、愛想たっぷりな調子で聞いた。
 相変わらず話し方も態度もムカつくけど、これは納得。コクリと頷く。
「えぇ、小説を書いてもらいたいの」
136創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 22:58:26 ID:Efyk2VH7
「え?」
「そう、小説よ!」
「えぇ〜〜! で、でも、先輩、あたし小説なんて書いたことないですよ?」
「千愛はこの前レポート書きましたけど、あれだって小説なんて呼べるものじゃなかったですから、
自信ありませんよぉ?」
「まぁまぁ二人とも、そんなに敬遠しないで、ね? きっと楽しくなると思うの」
 おどおどしているあたしたちに先輩はそう優しく言い聞かせた。
 他ならぬ遠子先輩の提案なんだし、聞いてあげようかな。でも、少し不安。
「あんまり、うまく書けないと思いますよ?」
「いいのよ。むしろ初めて書く人の小説ってなんとも言えないおいしさがあるの!」
「おいしさ、ですか?」
 ちょっと言ってる意味がわからなかった。
「あっ……えっと、普通とは違った味わいのある文章ができるんじゃないかしら? ってことよ」
 あ〜、そっか、そういうことだったんだ。あたしってば、意味わからないなんて考えちゃったけど、
失礼だったな。先輩がそんな意味のわからないことなんて言うわけないじゃないっ。
「それにね、別に一人で書くわけじゃないの。みんなで書こうと思うの。リレー小説って知ってる?」
 う〜ん、なんか聞いたことあるんだけど、なんだったっけ? 走りながら小説を書くのかな?
って、そんなわけないよね。
「はいは〜い、知ってま〜す。一人ずつ書いていって、次の人が前の人の続きを書いていくんですよね?」
 やだ、竹田も知ってることを知らなかったなんて……
「ん? どうしたんですかぁ、ななせ先輩? あっ、もしかして知らなかったとか?」
「そ、そんなわけないじゃないっ!」
 ホント、どうしてこんなに鋭いかなぁ。
「そうですよね〜」
 なんか見透かしたように満面の笑みを浮かべてきてるし……やっぱり竹田はムカつくっ!
「そう、だからそんなに身構えることはないわ。一種のゲームみたいなものと思って!」
「先輩がそこまで言うなら、いいですよ」
「千愛もおっけーで〜す。あっ、でもこういうのって、題材をまず決めるじゃないですか? 何を
書くんですかぁ?」
137創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 23:04:54 ID:Efyk2VH7
「エヘン! 心配しなくてもいいわ。もう決めてあるの!」
 先輩は何を書かせるのかな?
「それはね」
 なんだが緊張する〜。
「芥川君とコノハ君の恋物語よ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! なっ、なな何言ってるんですか? 遠子先輩の提案でも
さすがにそれは無理ですっ!」
「あら、そう? でも何か問題あるかしら?」
「えっ? だ、だってそもそもあれですよ? 男子同士なんて間違ってるじゃないですか!」
「う〜ん、そこが問題なんだったら、そうねぇ……コノハ君を女の子にすればいいんじゃない?」
 ついさっき思ったこと取り消しっ! やっぱり遠子先輩でも意味のわからないこと言う時が
あるんだ! でもちょっと待って。井上が女の子になったら……結構、いいや、かなり可愛いかも
……ダメダメっ! やっぱり井上はカッコよくないとね。いや、でも…………
138創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 23:12:53 ID:Efyk2VH7
「ねっ? それでどうかしら?」
 あぁ、楽しみだわ〜。きっと、とびっきり甘いデザートができるはず。わくわく。あっ、でも
あんまりはしゃぎすぎてボロを出さないように気をつけないと。さっきはなんとか切り抜けたけど、
いつもフォローしてくれるコノハ君はいないもの。
「千愛は大賛成です〜。なんかそれってすっごい萌えですよね〜」
「でしょでしょ〜? それでななせちゃんは? あれ? どうしたの、ななせちゃん!」
 駆け寄ると、ななせちゃんは顔が真っ赤になって呆然としていた。やだ、どうしよう。
「大丈夫ですよ〜、遠子先輩。ななせ先輩はきっと、女の子になった心葉先輩を想像して悶えて
たんですよ」
 あぁ、そうか、そうよね。だってななせちゃんはコノハ君のことが、大好きなんだから。あんなに
精一杯アピールしてるのに気づいてあげないなんて、本当にコノハ君は罪な子よね。でもあれだけ
積極的でも気づいてくれないなら、私なんて……いいや、私は恋なんていいのよ。今は目的を優先
しておけばいいの。ななせちゃんにはうまくいってほしいなぁ。こんなに一生懸命で、優しい良い子
なんだもん。
139創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 23:15:52 ID:Efyk2VH7
 ペチペチっと頬を軽く叩いてみる。
「大丈夫? ななせちゃん」
「あっ、あたしより可愛くなっちゃダメーっ!」
「わっ! どうしたんですか、ななせ先輩?」
「あっ、あれっ? あっ、えっと……何でも、ないです」
 恥ずかしがって顔を伏せちゃった。耳まで真っ赤になってる。本当にななせちゃんは良い子ね。
「ななせちゃんも、書くわよね?」
「……はい」
 くぐもった声で了承してくれた。さーて、いよいよおやつが作られるんだわ〜。
「そうですね〜、子犬のような目で、瞳を潤ませ切なそうに見つめてくる心葉先輩、なんていうのも
いいかもしれませんね〜」
「〜〜〜〜っ!」
「あっ! ななせちゃん! しっかりして!」
 もう、千愛ちゃんったら。で、でも、子犬のコノハ君って……って、私ったらダメよダメよ、
抑えないと……
 すぐにも始めたかったけれど、ななせちゃんが調子を戻すまでにちょっと時間がかかちゃった。
140創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 23:19:51 ID:Efyk2VH7
「ところで、どういう風に進めるんですかぁ?」
 遠子先輩はいかにも嬉しそう。ななせ先輩も恥ずかしがってはいるけど、それなりに楽しんでる
んじゃないかなぁ? あたしは……あたしはどうなんだろう?
「そうね、あんまり長すぎると大変かもしれないから、一応、一人原稿用紙一枚ということにして
おきましょうか。別に過不足があってもいいわよ。順番は、そうね、まずは二人が方針を立てられる
ように私からいくわね。次は……」
「は〜い、千愛がいきま〜す!」
「じゃ、千愛ちゃんお願いね。最後はななせちゃんになるけどいいかしら?」
「はっ、はい! それでいいです」
「じゃ、そういうことで早速書き始めましょうね。あたしも自由に書くから、二人とも自由に書いて
くれていいからね」
 自由に、かぁ。あたしが自由に書いたら、やっぱりこの和やかな雰囲気を壊しちゃうかも。う〜ん、
でも、二人ともあたしのことを知ってますし、どっちもそれを受け入れてくれたんですよね〜。よし、
決めた。あたしも自由に書こうっと。
 ななせ先輩、覚悟してくださいね。
141創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 23:24:14 ID:Efyk2VH7
 幼少、出会った時から彼女のことを好きに
なってしまった。この溢れる気持ちをどうす
ればいいんだ。県下有数の地主の長男に生ま
れた俺があのような下女に惚れこんでいるな
ど、父上に知れたら大変だ。それどころでは
ない。このことが少しでも公になればたちま
ち噂は駆け回り、一家にも迷惑をかけてしま
う。俺にはそんな不誠実なことはできない。
だが誠実とはそもそもいったい何だ? それ
を考えると、彼女に対する思いに真剣になる
ことも誠実だと思える。
 長いこと眉間に皺を寄せ考え込んでいた。
「どうかなさいましたか?」
 はっとして我に返ると、すぐ側に件の下女
がいたのだ! なんとかあいい奴だ。俺のこ
とを心配して声をかけたのだ。その柔らかな
声、透き通る肌、潤んだ瞳、ふっくらとした
唇。全てが愛おしい!
 そっとその肩に伸ばした手を、ぐっと握り
こぶしに変えてとどめる。これは怒りだ。二
つの誠実に板挟みにあって、全く動けないで
いる自分に対しての怒りなのだ。
「コノハ」
「はい、なんでしょう、カズシ様」
「……二人の時はそんな堅苦しい言葉づかい
は止めてくれ」
「ですが……はい、わかりました。カズシ」
 形の上では主人とその使いではあっても、
俺たちは幼少よりともに過ごしてきたのだ。
それを分別のつく頃にもなると無理やりに引
き裂かれた。だが、家に対して怒りはない。
それは当然のこととして行われたのだし、で
なければ家の威信は失墜していただろう。だ
から俺は怒る。何にともなく怒るのだ。
「俺たちはどうすればいいだろうか?」
「私は、カズシが決めたとおりにする」
 真っ直ぐな瞳をこちらに向けてくる。俺の
決めたとおりにする、か……
142創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 23:25:51 ID:Efyk2VH7
「はい、じゃあここまでね。2枚いっちゃったわね」
 すごい! こんなにすらすらこれだけ書けるなんて、やっぱり遠子先輩ってすごい。でも、
なんだか劇の時みたいにすこ〜し、暴走気味な気もするけど……
「わぁ〜、すごいですねぇ。これなら千愛も続きが書きやすいです」
「ありがとう。じゃあ千愛ちゃんも頑張ってね!」
「は〜〜い!」
 なんだか一瞬あたしを見てクスッと笑ったように見えたんだけど、竹田ったら何か企んでる
のかしら?
143創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 23:32:02 ID:Efyk2VH7
 その言葉を聞いて俺は自分の中の黒い感情
を抑えられなくなっていた。叶うことなら邪
魔する者全てを排除して、コノハと寄り添い
たい。それが無理なら、コノハをズタズタに
引き裂いてその肉を喰らい、俺の血肉にして
しまいたい。愚かな考えだ。どちらも本当に
できるはずはないのだ。だがその欲望が自分
の中にあるのがはっきりわかる。
 そうかわかったぞ! 簡単な話だったのだ。
家の威信、愛するコノハ、どちらも平等に大
事であるのに両方を手に入れることはできな
い。ならばどちらともから手を引けばいいの
だ。俺は決めた。俺を最大の不誠実者と笑う
ものもあるだろう。だが、俺にはどちらかを
選ぶことなどできない。だったら……だった
ら自分で自分にケリをつけるほか何があるだ
ろう?
「コノハ、決めたよ。俺は……」
144創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 23:36:47 ID:Efyk2VH7
「ふー、できました〜。だいたい一枚ですね〜」
「どれどれ……わっ! これはすごい展開だわ」
 う〜ん、このままじゃまずいかも……これはこれでおいしそうなんだけど、もっと甘い展開を
期待してたのになぁ。初めにジレンマに陥ってる主人公、なんて設定にしたのがまずかったのかも。
うぅ〜、まだあきらめない! 大丈夫、最後はななせちゃんだもん。
「ちょっと、竹田、何してんのよっ! ドロドロじゃない! これを企んでたの? もっと易しい
バトンを渡してよね」
「さぁ、何のことでしょうね〜。それに、そんなこと言っても、もう書いちゃったんです〜。頑張って
くださいね、ななせ先輩」
「そうよ、ななせちゃん、頑張ってね!」
「先輩、そうは言いますけど……」
「う〜んと、この物語のカズシ君を救ってあげればいいんじゃないかしら? どうすればカズシ君が
救われるか考えてみて! 大丈夫、ななせちゃんならきっとできるわ」
「〜〜〜〜っ。わ、わかりました。それじゃあ頑張ってみます」
145創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 23:41:08 ID:Efyk2VH7
「俺は――」
「待って、カズシ!」
 カズシの表情はいつにも増して思いつめて
いるようで、血の気が引いた青白い顔をして
いた。だから私はカズシの決意がどこに向い
ているのかなんとなくわかったの。
「カズシ……やっぱり私、駄目。あなたのこ
とは好きよ。大好き。でも、あなたが私を選
んで全てを、ましてや命を失うようなことが
あっちゃいけないよ!」
 カッと目が見開かれる。それだけで私の考
えが当たっていたことがわかる。
「私はね、本当にカズシのことが好きよ。で
もね、別にあなたとの仲が認められなくても
別にそれでも構わないのっ!」
「どうしてだっ! 俺はこんなにも君のこと
を愛してやまないのに、なぜそんな簡単に割
り切れるんだ!」
「簡単なんかじゃ、ないよ……でもね、私は
カズシの側にいられるだけで幸せ。だから形
なんてどうでもいいの。だからお願い! 死
ぬことなんて選ばないで! カズシが死のう
とするのは、あたしに刃物を突き付けてるの
と同じなんだよ? だからお願い、死なない
で。ずっと、側にいて!」
146創る名無しに見る名無し:2009/04/23(木) 23:44:48 ID:Efyk2VH7
 その言葉を聞いた瞬間、つい先ほど浮かん
でいた欲望を思い出す。だが、それがいかに
恐ろしいものだったのか、彼女の必死の訴え
によって気づかされた。俺は決めた。再び拳
を握る。怒りのためではない。純粋なる愛の
ために!
「本当に決めたよ、コノハ。一緒に、ここを
出よう」
「それじゃあ……もう戻ってこれなくなるの
よ?」
「構うものか。俺はもう迷わない。君への愛
のために誠実になる。僕はコノハ、君が好き
なんだ!」
 ぐいっとたぐり寄せて強く抱きしめる。
「ありがとう、カズシ……」
 衿元を彼女の清らかな雫が濡らしていた。
147創る名無しに見る名無し:2009/04/24(金) 00:45:50 ID:Pwt1R2sg
「わぁ〜すごいですねぇ。真っ黒な世界を書いちゃうななせ先輩を期待してたんですけどね〜」
「本当、すごいわ、ななせちゃん。これでとってもおいし……いや、すばらしい作品になったわ」
「そんな、褒めすぎですよ」
 本当は、とっても嬉しかったんだ。
「なんだかやけに力のこもったセリフだったわね」
「そ、そうですか」
「うん、すごいすごい」
 単に井上に言ってもらえたら嬉しいなって思う言葉を書いていっただけだっていうのは秘密に
しておかないとね。
148創る名無しに見る名無し:2009/04/24(金) 00:50:29 ID:Pwt1R2sg
「さぁ、そろそろ時間も遅くなってきたし、帰りましょう」
「はい」「は〜い」
 もう頭の中は作品のことでいっぱいになってたの。期待に胸ふくらませて、どんな味がするのか
あれこれ思いを馳せていたら、ガタンっと、ホールの扉が開かれた。
「あらあら、おたくらまだいたの。こんな時間まで稽古とは感心ね」
 ずかずかとやってきたのは麻貴だった。せっかくの獲物をとられまいと思わず原稿用紙を急いで
カバンにしまおうとしたの。それが麻貴には見抜かれたみたい。
「な〜に、おたくら稽古じゃないのにこんな時間まで残ってたの? 呆れた。でも何をしてたの
かしら、ねぇ、遠子?」
 うぅ〜、なんでこんな時に麻貴なんかに捕まっちゃうかな〜。
「な、なんで麻貴に教えないといけないのよ」
「あら、遠子、何か勘違いしてない? おたくらが劇をするためにはうちの助けが必要なのよ?
これはもう交渉なんかじゃないの」
「ふ、ふんっ、別にいいですよーだ。私たちは別にきちんとした場所がなくても、照明や効果だって
なくてもやっていけるんだもん」
「遠子はそう思ってても、かわいい後輩たちはそう思ってないかもしれないわよ?」
「えっ、嘘? そんなことないわよね? ね?」
 二人の方を見るとなんだか不安な表情になってるのがよくわかった。
「……う〜ん、わかったわ。これよ、これ。リレー小説を書いてたの!」
「ふ〜ん、なるほどねぇ……なかなかおもしろいじゃない。当然あたしも書いていいのよねぇ?」
 うぅ〜、そうなると思ったのよ。だから見つけられたくなかったのに〜。麻貴に書かせたら
折角の私好みの作品が全部台無しになっちゃう!
「それだけはダメ!」
 って言おうとしたの。そしたらもう、書き始めてた。
149創る名無しに見る名無し:2009/04/24(金) 00:52:08 ID:Pwt1R2sg
 三人で麻貴の書くお話を覗き込んでみた。

 カズシはそのままコノハを畳に押し倒し、
着物を剥がしていく。露わになった肢体に思
わず息を呑む。その可憐な膨らみの作る流線
を、滑らかに指でなぞっていく。
「優しくしてね、カズシ」
 恥ずかしそうに頬を紅潮させ、目を潤ませ
ながらポツリと呟いた。


「きゃ〜〜」「いやぁ〜〜っ!」「おぉ〜〜」
 三者三様の叫びを上げて文章から目をそらす。麻貴ったら、なんてことしてくれるの!
150創る名無しに見る名無し:2009/04/24(金) 00:55:15 ID:Pwt1R2sg
 う〜ん、なんだが騒がしいなぁ。忘れ物したから取りに戻ったんだけど、ホールの鍵はまだ
返されてなくて、まだ誰かが残っているのかもしれないと思った。でも、こんな時間までみんな
残っていたのか。
 扉を開けると、そこには演劇の女子三人に麻貴先輩がいた。みんなぼくが入った途端にキョトン
としてしまったみたいで、呆然とこっちを見ていた。麻貴先輩だけは変わらずに、何かを書いてる
みたいだった。
「ちょっと忘れ物しちゃって取りに来たんだけど、みんなどうしたの?」
 あれ? やっぱり反応がないぞ。ぼく、何かしたのかな?
「リレー小説書いてるのよ」
 さっきまで猛然と筆を進めていた麻貴先輩が筆を止め、そう言ってきた。
「リレー小説、ですか? ここのみんなで書いたんですか?」
「そうみたいね。おたくも読んでみる?」
「ダメ〜〜っ!」「ダメだってば!」
 遠子先輩と琴吹さんが一斉に叫んできた。でも、そこまで言われると余計に読みたくなるもの
なんですよ、遠子先輩。それに、たった五日で原稿を書かせるような先輩には、たまにおしおき
が必要ですしね。
 麻貴先輩が原稿用紙を差し出してきて、それを受取る。
「え〜っと――」
151創る名無しに見る名無し:2009/04/24(金) 01:00:07 ID:Pwt1R2sg
 パーンっと、すごい音が鳴ったかと思うと、琴吹さんがすごい勢いで原稿用紙をひったくってた。
「ダメって言ってるじゃないっ! やっぱり、井上ってば、最低っ!」
 眉を吊り上げてものすごい勢いで睨んでくる。
 う〜ん、確かに無理に読もうとしたのは悪かったと思うけど、そんなに読まれて困るもの
なんだろうか? はぁ、また琴吹さんに嫌われちゃったみたいだ。どうにかならないかな。
 琴吹さんはひったくった原稿用紙を妙にそわそわしながら遠子先輩に渡していた。なんだか
よくわからないけど、女子たちはうまくいっているようだ。琴吹さんと竹田さんの仲は少し心配だった
けど大丈夫そう、仲良くやってるみたい。男子は……ぼくと芥川君は? う〜んよくわかんないな。
今のなんとなく心地いい関係が続いてくれるだけでいいや。
 それにしても『友情』、か。そうだ、ぼくたちに友情なんていらないんだ。そんなに深く関わって、
相手も自分も傷ついちゃうなんて、ぼくはもう、まっぴらごめんだ。
 ギリギリのバランスで付き合っている彼に突然見えだしたプライベートな事情。それに好奇心が
掻き立てられつつある自分に必死で言い聞かせていた。
152創る名無しに見る名無し:2009/04/24(金) 01:01:58 ID:Pwt1R2sg
 翌日、遠子先輩は二日酔いだとかで、ずっと頭が痛いと言い続けていた。文章にもお酒みたいな
ものがあるんだろうか? わかっても、さすがにそれだけは書かないであげよう。酔った勢いで
また暴走されても困りますしね。




153創る名無しに見る名無し:2009/04/24(金) 01:16:40 ID:Pwt1R2sg
ふぅ……また懲りずに書いて規制くらってしましたorz
ちょっと暴走しすぎた感がありありしてますね……特にリレー小説部分。
そもそも、芥川君も心葉くん(ちゃん?)も完全に別人ですもんね。
ま、また懲りずにやってきます。
次は美羽も書いてみたいかな〜、という感じ。まぁ、わかりませんが……
とにかく、次回はもっと上手く書けるように頑張ります!
ゴールデンウィーク前くらいまでにできるといいなぁ
154創る名無しに見る名無し:2009/04/24(金) 01:17:07 ID:7hayPEVI
>>57
第二期の0話付き、買えるらしいよ
http://tenbai.livedoor.biz/archives/50051891.html
155創る名無しに見る名無し:2009/04/24(金) 07:16:52 ID:Yta4xXn1
熊を食べる俺
156創る名無しに見る名無し:2009/05/02(土) 21:07:21 ID:9gXf4Sg+
GWに帰省する予定取り止めちゃって、余裕こいてたらGWに入ってたよ!
てことで、今から若干の修正しながらいきます
勝手に過去編、朝倉美羽様です
このために、5巻を改めて読み返したんですけどやっぱりあの巻はいいですね〜
それで、実は耐え切れず見習いも読んだんですけど、びっくりですね
5巻と見習いで美羽様にギャップがありすぎて思わず笑ってしまいました
まぁそこがいいんですけどね
美羽様と言えば、足をペロペロなんてみんな言い出すわけですが、
今回はねっとり、じっとりとした感じなんでそういうのは期待なさらずに
書きたかったですけどね、はい
5巻の感動に繋がるように頑張ったつもりなんで、ぜひまた5巻ひっぱりだして
読んでみてください

最後に謝罪
遠子先輩のセリフで「コノハ君」→「心葉くん」
心葉くんのセリフで「僕」→「ぼく」
でした。主人公、ヒロインでこんなミスをしてしまうとは恥ずかしい限りです
まぁ今更読むことはないでしょうが、読むことがあったら脳内変換して読んでね!
157創る名無しに見る名無し:2009/05/02(土) 21:10:54 ID:9gXf4Sg+
 もうずっと、細い蜘蛛の糸を張り巡らしてきた。後はもう一度、獲物が掛かるのを待つだけ。
そうしたらもう絶対に逃がしてやらない。全身を糸で絡め取って、永遠にあたしの側に繋ぎ、
飼い殺してやる。


                   ◇    ◇    ◇


158創る名無しに見る名無し:2009/05/02(土) 21:20:29 ID:9gXf4Sg+
 本当の幸いとはなんだろう。
 世界は汚い。本の中みたいに綺麗な世界はどこにも存在しない。
 喧嘩を繰り返すパパとママ。おばあちゃんとの言い争いも絶えない。そして、彼らはみんな、
自分の汚い感情をあたしに捨ててくる。あたしの体には絶えず汚いものばかり堆積してきて、
心はその下に埋もれてしまっている。もがいて抜け出そうとしても、積み上げられたゴミは
あまりに重くてどうすることもできない。そしてあたしは、埋もれている本当の自分が純粋
だったのかもわからなくなった。きっと、あたしも醜いのだろう。家族にゴミ箱にされている時、
あたしの中からふつふつと湧き上がる感情が綺麗なはずはない。
159創る名無しに見る名無し:2009/05/02(土) 21:35:18 ID:9gXf4Sg+
 みんなみんな、汚いものだらけ。空が晴れても、あたしの眼にはいつも曇って見える。毎日
浴びせられる汚い言葉。
 だけどあたしは諦めなかった。周りの物事が語りかけてくる物語を「そうぞう」した。たとえ
どんなに世界が荒んで汚いもので溢れかえっていても、その中にあたしは本のように綺麗な
世界を夢見た。そうしてそんなものを表出させたかった。それを見せて「こんなにも綺麗な
世界があるのよ」って知らせたい。それを見た彼らに少しでも喜んで笑ってほしい。
160創る名無しに見る名無し:2009/05/02(土) 21:48:42 ID:9gXf4Sg+
 あたしのそんなささやかな願い。それも脆く崩れ去った。もうパパとママの関係は
どうにもならないらしかった。『それなら別れればいいじゃない』小学三年生のあたしにも
わかることがどうしてできないのか。
「パパとママ別れちゃうの?」
 ママがあたしを連れて別居すると言い出した時、そう、パパに聞いてみた。パパは
醜く歪んだ嘘の笑顔を浮かべてあたしを諭した。
「そんなことしないよ。そんなことしたら、パパが会社で困っちゃうからね」
 愛があるから。そんな綺麗な理由ではなかった。もっともっとバカバカしい、ひどく
醜悪な理由だった。
 そんなことあるものか!
 下らない体裁を大事にする、醜い虚栄心。
 下らないっ! 下らないっ!
「大丈夫、心配しなくてもママと美羽が生活に困るようにはしないから……それにしても
あいつときたら美羽だけは連れて行きます、だなんて、ひどいあてつけだ! だいたい
いつもそうなんだ……」
 下らない、下らない、下らないっ!
 必死で心に蓋をしながらも、耳から捻じ込まれてくるゴミは行き場もなく、結局心に
積み重なる。胃壁をカリカリと爪で引っ掻くような痛みが走る。あたしはいつもそれに
耐えて生きてきた。
 痛い、苦しいよ……なんで? なんでこんなにひどいことが起こっているの?
あたしはただ純粋で綺麗なままに生きていたかったのに。それはもうだめなの?
お願い、誰か助けて……
 
161創る名無しに見る名無し:2009/05/02(土) 22:01:37 ID:9gXf4Sg+

 ママと出ていく時、またしてもパパ、ママ、それにおばあちゃんは喧嘩をした。
かんかんに怒ったママはあたしの手を乱暴に握ると、痛いと泣き出すあたしのことも
気にせずにずかずかと車まで引きずった。
「ひどいあてつけだ」
 パパの言っていたことは正しかったみたい。ママの手は凍るように冷たく、そこには
微塵も愛情が感じられなかった。
162創る名無しに見る名無し:2009/05/02(土) 22:20:45 ID:9gXf4Sg+

 学校なんてバカらしい。
 転校初日、挨拶する時に周りを見渡すと、どいつもこいつも好奇心を剥き出しにした
目で見つめてくる。いかにも波風なく生きてきて、なんの悩みもないみたいだった。
 ああ、こいつらは家畜なんだな。そう思った。教師という主人にいいように飼い
ならされて、従順につき従う、愚かな子羊たちだ。
 休み時間になると、周りに集まってきてあれこれと聞いてくる。キンキンと甲高い声を
上げて叫びまわる。男子たちは外で駆け回る。みんななんの悩みも、苦しみも知らない
みたいで、いかにも精神的に成長してない子供で腹が立った。
 適当に目についたものが語りかけてくる物語を聞かせてみると、手のひらを返して
あたしを嘘つきだと非難した。
 構うもんか! この世に存在するありとあらゆるものたちが、自分の物語を語ってほしい
と頼んでいるのがどうしてわからないのだろう。そんなこともわからないあんなやつらなんか
どうだっていい!
 あたしは、刻みつけられてきた心を守るために、自分を醜い性格に変容させていくしか
なかった。助けに差しのべられた手をあたしは、自分で振り払ってしまっていた。
 そこにきみは現れた! ずかずかと、無邪気な笑顔を浮かべ、あたしだけの世界に
踏み込んできた!
163創る名無しに見る名無し:2009/05/02(土) 22:37:36 ID:9gXf4Sg+

 あたしはいつも朝早くに家を出て、帰りはなるべく遅く帰るようにしていた。そうすれば
少しでも電話やママの小言に付き合わなくて済んだから。それは子供なりにあたしの
考えた、悲しい防衛策。
 物語が舞い降りてくる時だけ、あたしは純粋でいられた。物語だけがあたしのすべて
だった。その日もいつものように朝早くに登校して、一人窓の外に目をやり、語りかけて
くる物語に耳を澄ませていた。
 透き通るように青い空をオタマジャクシが泳いでいた。
164創る名無しに見る名無し:2009/05/02(土) 22:54:41 ID:9gXf4Sg+

 ふと気配を感じて振り返ると、きみはそこにぼーっと突っ立っていた。こいつも他の
やつらと一緒なんだろうと思うと気分が悪くなって、また窓の外に目をやった。
「あれ? 朝倉さん、おはよう。学校来るの早いんだね。なにを見てたの?」
 あぁ、面倒くさい。あたしが嘘つきだって噂が広まっているのはわかっているだろうに、
わざわざ話しかけてくることないじゃない……なんにしても、こいつもあたしの話を聞けば
あたしを嘘つきと非難して去っていくことだろう。別にそれでもよかった。あたしのこの
世界が守られていればあたしは耐えていけると思った。
165創る名無しに見る名無し:2009/05/02(土) 23:20:52 ID:9gXf4Sg+

 でもきみは違った! 他のやつらはすぐに嘘つきだと言って去って行ったのに、きみだけは
嬉しそうにあたしの話を聞いてくれた! ねぇ、このときの喜びがわかる? どんなに綺麗な
世界を紡いでも、それであたしの心が平静を得ても、それは本当の幸いなんかじゃない。
自分の紡いだ世界で誰かが幸せになること、それがあたしの願いだった。
 きみは本当にうれしそうに笑ったね。あたしの口から音楽のように漏れてくる言葉を
一言も洩らすまいと一生懸命になって聞き入っていた。そうして一つ一つの言葉に驚き、
悲しみ、喜び……初めは驚いたけど、それはあたしにとっても嬉しいことだった。自分の
物語が誰かを幸せにしている。傲慢にもそう思った。あたしはいつの間にか、ひとりの時よりも
もっとずっと滑らかに滔々と流れ込んでくる物語を、夢中になって語り聞かせていた。
 きみはそれから、たびたび朝早くにやってきて、あたしに物語をねだったね。あたしは
世界が大きく広がって、何もかもが透明に澄んでいくように感じた。物語はあたし達を繋いで、
きらきらと光を放つ美しい世界を見せてくれた。
 好きになるのに、時間はかからなかった。
 
 あたしの世界は、舞い降りてくる物語と、そこに覗き込んできたきみとになっていった。
166創る名無しに見る名無し:2009/05/02(土) 23:34:47 ID:9gXf4Sg+


◇    ◇    ◇


 あたしの世界にはもう何もない。
 美しい世界を見せてくれた物語たちはもう、あたしのもとを訪れない。その上きみは、
あたしが苦しんでいる時にひとりのうのうと幸せに生きていた!
 絶対に許さない。その眼に口に鼻に心臓に、じっとりとナイフを突き刺し、ずたずたに
切り裂いてしまいたい。でも、ねぇ、許されるだろう? だってきみがあたしから全てを
奪ったんだから。ねぇ、だからあたしがきみから全てを奪っても、許されるだろう?


◇    ◇    ◇


167創る名無しに見る名無し:2009/05/02(土) 23:48:11 ID:9gXf4Sg+
 
 毎日毎日が色めき立ち、すべてが綺麗に澄み渡っていた。だけど、忘れてはいけない。
そんな綺麗な夢の世界から引き戻すように、あたしの家は存在した。
 ママはいつもパパの悪口を言った。そうして毎日毎日、ゴミはいっぱいになっていった。
家にいると、きみといる時が嘘だったかのように世界は真っ暗な闇に包まれていく。
 ママは頻繁にパパのところに電話をかけた。金をくれ、金をくれと、乞食のように頼む
のだ。電話はいつも一方的に切られる。そうするとべっとりと嘘の仮面を被った笑い顔で、
まったくお父さんたら酷いわねと、賛同を求めてくる。答えは決まっている。あたしは
曖昧に頷くしかないのだ。それを見ると満足したように、次から次へ悪態をついていく。
にわかにエスカレートする怒りの矛先は、パパや祖母に対する呪詛が尽きてしまうと
あたしに向けられる。顔の仮面は剥がれていき、怒りが滲み出てくる。だいたい
あんたが……ちょっとはあたしのために……
 知らないっ! 知らないっ! 知らないっっ!
 そんなのあたしには関係ない! そんなの自分たちのせいじゃないっ! あたしを
巻き込まないでよっ!
 心の中の叫びは、どこにも行くことができず、自らを切り刻む。あたしは、あたしの中に
溜まっていくゴミをどうしていいのか、次第にわからなくなっていた。
168創る名無しに見る名無し:2009/05/02(土) 23:57:42 ID:9gXf4Sg+
 いつからだろう? きみといるのが苦痛になり始めたのは……
 きみはいつでも純粋な瞳でさも幸せそうに笑顔のナイフを突き付ける。あたしの抱える
闇なんてまったく疑うことのない目。それはもう、ただの凶器だった。幸せな家庭。それは
もう、処刑場に等しかった。でも、家に帰るよりは幾分ましだった。でなければ毎日毎日
あんな幸せそうな家に上がったりしない。
169創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 00:12:37 ID:OfIvn67O
 
 醜く変質していくあたしの心は、その幸せを少し奪ってみたくなった。リビングで
すぅすぅと穏やかな寝息をたてる赤ん坊を見たとき、黒い考えが浮かんできた。
こんな物体、簡単に壊れてしまうんだ、そうすれば幸せなんて簡単に終わって
しまうんだ。そう思うと、気づいたら石鹸を捻じ込もうとしていた。ひどく心は痛んで
辛かったけど、その衝動を抑えられなかった。ぐいぐいと捻じ込もうとしていると、
きみの母親が血相を変えて赤ん坊をひったくった。それからきみの母親はいつも
あたしのことを注視してくるようになった。息苦しい。ねっとりと絡みつく視線は
あたしの家族のものと何ら変わりないじゃない。
 そして、あたしはきみからなにもかも、奪ってみたくなった。
170創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 00:23:06 ID:OfIvn67O

 まずはきみが大切に飼っていた白い小鳥。針を近づけるとバサバサとうるさく暴れた
から、柵の中に手を突っ込んでその小さな鳥を左手に掴んだ。ピーピーと泣き出す鳥を
見ていると全身が粟立つようだった。
 息をのみ、そのまま針を喉に突き刺した。
 かあいそうに。きみは声を立てて泣いていたねぇ。でもきみがきちんと見ていないから
いけないんだよ。
 あたしはそんなきみに餌をまいた。「チュチュは宇宙に行ったんだよ」って、チュチュの
物語を聞かせてあげた。あたしを疑うことをしらないきみはそれだけで大人しく涙をこらえて
いたねぇ。
 その少し後だった。きみの母親はあまり家に来ないでほしいと言ってきた。雌豚めっ!
今度はこの雌豚の喉元にハサミを突き刺し、切り裂いてしまいたいと思った。
 あたしは、きみの家から離れる代わりに新たなターゲットを見つけた。きみが学校で飼って
いた金魚。洗剤を水槽に入れてみたらすぐにぷくぷくと泡を吹いて、だらしなく腹を水面に
浮かべて死んでしまった。きみは本当に悲しそうに泣いていたねぇ。あたしはそれを笑顔で
見つめていたんだよ。そうだ、なにもかも失ってしまえ。そうしてあたしにすり寄ってくればいい。
そしたらいつでも餌をまいてあげるよ。きみはあたしの犬なんだから。
171創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 00:36:56 ID:OfIvn67O
 その頃からだ。あたしのもとに物語は訪れにくくなっていた。
 家に帰ればゴミを捨てられ、学校に行けば無邪気な犬が、その無邪気さで切りつけて
くる。これまでずっと支えてくれていた物語はあたしから隠れていった。頼るところのない
不安に駆りたてられ、ぐさりと熱い爪が心臓に突き刺さる。鋭い痛みに呻いているのに、
それをきみは笑って眺めているんだ。そんなきみを見ていると苛々した。それに電話が
きてゴミがいっぱいになった時も胸がふさがるように苦しかった。
 物語を……物語を……
 あたしを崇高なものへと高めてくれる物語を……
 渇望して手を伸ばせば伸ばすほど、それはするりと手からこぼれていった。
 だけどあたしは、心に引きずられるままに手を伸ばした。そして、アレをした。初めて
やった時は心臓がはじけそうにどきどきして、息が詰まるほどに緊張していた。でも、
アレをした時、あたしはふわりと宙に浮ぶようで、すーっと汚いもの達はどこかに吹き飛んで
しまい、物語はあたしのもとに次から次へ訪れて、語ってくれとせがんできた。
 あたしの世界は物語ときみだけなんだ。それなのに、きみはそれをまるっきりわかっていない……
172創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 00:39:58 ID:OfIvn67O


◇    ◇    ◇


 深い泥沼の中に、絶望を携えて沈んでしまうといい。あたしはそこの深い所に囚われたままだ。きみもそこに引きずり込んでやる。


◇    ◇    ◇


173創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 11:15:42 ID:OfIvn67O
 きみはあたしを信用しきっていた。だけど、全然わかっていなかった。あたしの世界に
色を与えてくれる人間はきみだけだというのに、きみはふらふらと誰とでも仲よくして
いたね。許せない。だからあたしは策を弄した。そうしてきみがひとりになるように仕向けた。
きみは何が起きたのか全くわからないでいたけれど、それでもあたしを信じ切っていた。
そうしてひとりになったことにも疑いを持たずに、あたしにすり寄ってきた。
174創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 11:26:53 ID:OfIvn67O
 あたしにはもう物語が訪れていなかった。アレをしても物語が訪れないばかりか、ゴミ
も消えなくなった。そうしてきみは、それでもあたしに物語をせがんできた。もうあたしには
きみだけが世界の全てになっていたというのに……きみからなにもかも奪ってやるつもりが、
いつのまにか全てを奪われていたのはあたしの方だった。それなのにきみは無邪気で
罪悪感のかけらもない笑顔であたしについてくる! そうしてまだあたしに求めてくる!
これ以上あたしに何を求めるというの? あたしはもうからっぽだ! あたしにはもう何も
残ってないんだよ!
 あたしはもう怖くて仕方がなかった。きみまで失うと、あたしは本当になにもかもなくして
しまう。それが怖かった。だから必死で物語が訪れるのを待った。
 それでもやっぱり物語はやってこなかった。深い絶望の淵に沈み、打ちひしがれるあたしに、
君はなおも尻尾を振ってついてくる。その姿を見るたびに、あたしは焦りを感じてしまう。
所詮犬は犬だ。餌を与えなくてはそっぽを向いてしまう。
 餌をあげなくては……餌を……
175創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 11:44:34 ID:OfIvn67O
 あたしは作家になりたかった。そしてその本で誰かを幸せにしたかった。そんな夢を
もっていたあたしが、最も軽蔑すべき手段に手を出してしまった。宮沢賢治――彼の
作った作品を盗作した。夢ががらがらと音をたてて壊れていくのを見た。それでもとにかく
きみを繋ぎとめなければならなかった。
 相変わらず書けない自分の小説。なぜ物語が去っていったのはわかっていた。自分自身
がどんどん醜く卑しい人間になっているのに、綺麗な世界を描いていけないのは当たり前
だった。
 きみのせいだ! あたしがこんなに自分を貶めてしまったのはきみのせいだ! きみが
こっちの世界を勝手に覗き込んできたから! そして気づけばなにもかも奪われていて、
作家としても最低の行為に出てしまった! 相変わらず家に帰ればパパやママ、おばあちゃんの
ゴミ箱にされて、アレをやってももうどうにもならない! 苦しい、辛い、心が枯れてしぼんで
いく。泥で淀みきった沼に溺れて、必死でもがいているあたしにきみは何をしたっっ!
176創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 12:00:28 ID:OfIvn67O
 あたしは薫風社の新人賞に応募するときみに告げた。それで賞をとって、本物の作家に
なることが今の苦しい状況をひっくり返す最後の手段だと思った。でも、やっぱり書けな
かったっ! きみの見ている前で白紙の封筒をポストに入れた時、どう思っていたと思う?
きみにバレちゃうのが怖くて、必死ではしゃいでいたんだよ。そんなあたしを見てきみも
興奮してきて「美羽なら絶対大丈夫だよ」だなんて!
 そしてきみは、あたしに最後の打撃を与えたんだ!
177創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 12:11:28 ID:OfIvn67O
「ぼくが……井上ミウなんだ」
 あたしが白紙で応募した賞に最年少で大賞に選ばれた作家の名前。井上ミウ。きみは
その名前で小説を投稿していた。
 発表を見た瞬間、地面がぐにゃりと歪んだ。平衡を失いその場に倒れるしかなかった。
頭の中で鐘が荘厳に鳴り響く。それは全てがなくなったことを告げていた。
 きみの小説を読んでみた。すぐに登場人物のモデルがわかった。わかった……けれど
それは、まるっきりあたしとは違う人みたいだった! 強くて、綺麗で、自分の夢に一生懸命
で……違う、違う、違うっ! あたしは全然そんなに綺麗じゃないっ! あたしはこんなに
醜くて、汚いのに、きみにはそう映っていたんだ!
178創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 12:26:51 ID:OfIvn67O
 あたしは恥ずかしさのあまり息が止まりそうになった。きみが好きになっているのは
幻想だよ。きみは本当のあたしが好きなんじゃない。きみが好きなのはその本にでてくる
羽鳥なんだね……あたしは、羽鳥なんかじゃないっ!
 だから、もうきみをどうすることもできなかった。きみはあたしからなにもかも盗みとり、
そして小説家になって離れていく。あたしの世界はきみと物語だけだったのに……
 物語はあたしから去って行き、きみはあたしにとどめを刺した。あたしの世界は本当に
なにもかもなくなってしまった。
179創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 12:38:57 ID:OfIvn67O


                 ◇    ◇    ◇


 きみの世界はどうなの? あたしから全てを盗み取って見ている世界はどんなだろう。
綺麗で澄んだ美しい世界なのかな?
 そんなの、絶対に許さない。

 
                 ◇    ◇    ◇


180創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 12:53:24 ID:OfIvn67O
――美羽っ!
 
 屋上まで追いかけてきたきみは、あたしの背中に声をかけた。
 静かに振り返ると、やわらかな風が撫でてきた。そしてきみは、目の前で切なそうな目
をしてあたしを見据えていた。
 照りつける日差しで立ちのぼる陽炎。その中でもやもやとゆらめくきみは幻みたい。
 あたしの世界にはもう何も残っていない。きみを引き留めることもできない。だからもう
きみにあたしの存在を焼き付けて去ることしかできない。

――ねぇ、どうして口をきいてくれないの? ぼくを無視するの? そんなに辛そうな顔
をするの?
 
 きみは、カムパネルラの望みを叶えてくれないでしょう?
 錆びた鉄柵を握りしめる。
 きみの顔から一瞬にして血の気が失せ、青白い顔で今にも泣きそうになる。それでいい、
そうして何もわからないままに苦しんで、永遠にあたしを胸に刻みつけておけばいい。

――わからないだろうね。

――えっ?

――コノハには、きっと、わからないだろうね。

 まっさかさまに、あたしは宇宙に飛び立った。
181創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 13:10:31 ID:OfIvn67O
 あたしは、生きていた。そのかわり足が動かせなかった。お医者様はリハビリをすれば
動かせるようになると言っていたけど、そんなことはどうでもよかった。
 醜くも生き残ってしまった。きみに一生忘れられないように……そう思ってやった、最後の
願いすら叶わない。こんな間抜けな状態でどうしてきみなんかに会いたいものか。きみも
この街も、あたしにとっては苦痛の塊だった。おばあちゃんが無理やり連れ戻した時、少し
ほっとした。もうきみに会わなくて済むから。
 相変わらずみんな汚いゴミをあたしに投げ捨ててくる。動けないあたしはもう逃げられない。
溜まりきったゴミが溢れかえっていく。深い泥の中に沈んでいき、何も見えない、何も
聞こえない。求めるのはきみだけ……
 おばあちゃんが死んで、こっちに戻ってきたとき、きみに会いたくてたまらなくなった。もう
会っちゃいけないとは思いながらも抑えられなかった。きみから離れてみて、やっぱりきみが
いないとだめなんだとわかったんだ。
 そして中学の担任が、きみは聖条学園に入学していて元気にやっているから安心しなさいと
教えてくれた。
182創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 13:33:37 ID:OfIvn67O
 きみのせいですべてをなくし、きみのために苦しんでいたのに、きみは何もなかったように
普通に高校生になっていたっ。きみはあたしを忘れたんだね。きみの目の前で飛び降りた
あたしをそんな簡単に忘れてしまうんだね? 許せない。ぎらぎらと憎悪の炎が体の中から
吹き上げてくるのを感じた。
 
 復讐してやる。
 
 病院できみを見かけたとき、きみは「遠子先輩」という女と「ななせちゃん」という女をお見舞いに
来ていた。あろうことかきみは、あたしを忘れてそんな女たちと仲良くなっていたんだ! その
光景を見て、胃が捻じ切れそうに痛んだ。
183創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 13:39:45 ID:OfIvn67O
 今度こそなにもかも奪ってやる。深い泥沼の中に引きずりこんでやる。絶望に
打ちひしがれるといい。苦痛に顔を歪めるがいい。絶対に許さない――
184創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 14:04:41 ID:OfIvn67O


                  ◇    ◇    ◇


隠されていた一枚のメモ

 
 何度も何度も繰り返す呪詛――復讐。でも、本当に求めているのはこんなことじゃない。
そんなことはわかっているよ。

「ねぇ、コノハ? あたしのことが好き? あたしの目を見て言ってみて」

 あたしはその答えだけが欲しかった。本当は何があっても、ただずっときみの隣にいた
かっただけ。カムパネルラの望みはジョバンニとずっと一緒に宇宙の果てまで行くこと
だったんだよ。そんなふうにあたしたちができていたら、そしたらきみはあたしの目を見つめて、
好きだと言ってくれたかな?
 ねぇ、あたしが本当に欲しかったのは、たったそれだけのことだったんだよ? あんな家に
生まれて、あたしは自分がなんで生まれたのかわからなかった。だからただ一言、好きだって、
言ってもらいたかった……あたしがいてくれて幸せだって、そう言ってもらいたかった。あたしの
存在を大好きな人に肯定してもらいたかった。ただ、それだけなんだ。
 
 コノハ、あたしはあなたが好きよ……
 だからねぇ、きみをあたしだけのものにしようとしても、許されるだろう? ねぇ……





185創る名無しに見る名無し:2009/05/03(日) 14:25:43 ID:OfIvn67O
なんとか終わりました。

5巻は9章の「木になりたい」のくだりがやっぱり素敵なんですが、
7章最後の太字を読んで、ああ、そういうことだったんだねと、
美羽の気持がよくわかって僕的には一番好きなんですよ。


せっかく書いたので批評頂けるとありがたいです。


見習い読んでたらななせちゃんがやっぱり不憫で、
それは仕方ないんだけど、なんか書いて勝手にフォロー
したくなる……
186創る名無しに見る名無し:2009/05/05(火) 02:02:06 ID:OqOHNTBv
うわぁ…激しくも切ないなぁ
187創る名無しに見る名無し:2009/05/06(水) 08:44:26 ID:eiBgIhEM
空手部か硬式テニス部に入るか……どっちにしよう……
188創る名無しに見る名無し:2009/07/13(月) 15:52:06 ID:pe+tRJd/
狼さんの投下がないのね><
189創る名無しに見る名無し:2009/10/29(木) 02:07:05 ID:yYfQUJ29
保守
190創る名無しに見る名無し:2009/11/02(月) 23:02:07 ID:IzTwmuNj
「ね、天野さん、この本知ってる?」
「狼と香辛料?知らないわ。面白いの?」
「すっごく面白いよ!読んでみてよ、貸すからさ」
「そ、そう?でも私には最近買ったばかりのおいしそうな……じゃなくて、面白そうな本が何冊かあるから……」
「大丈夫、こんなのすぐ読み終わるよ。ライトノベル、軽い読み物だからさ」
「そう?わかったわ、読んでみるわね。ありがとう」

そして
191創る名無しに見る名無し:2009/11/05(木) 19:02:41 ID:th98FvWO
そして誰もいなくなった……
192創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 15:28:38 ID:jVmTQLKD
狼さんの書きたい!

けど誰もいない……
193創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 16:23:53 ID:jVmTQLKD
自分のブログからの転載ですけど、勝手に書いてますね。


木々が芽生え、花がこれでもかと咲き誇る。
頭上に茂る青々と光る木の葉は、時折吹く春風に揺られて、カサカサと音を立てる。
荷馬車が行くのは大した起伏もないとある山間の砂利道。
車輪が砂を踏むジャリジャリとした音は、木漏れ日に暖められた耳にはとても心地よい。
春を身体一杯に感じられる、のどかな道中だった。

「・・・・・・しよ、ぬしよ」

遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。
もう少し、もう少しこのままで。
荷台の上でそう呟きながら顔を俯ける青年、ロレンスにしかし、眠りを妨げる声は続く。

「ぬしよ!子がおる、馬を止めぬか!」

切羽詰った口調の少女は、やがてそれだけでなく、ロレンスの体を揺らし始めた。
子供がいる。
その言葉を聴いた瞬間に、ロレンスの眠気は吹き飛んだ。
ろくに前を見ずに、八年間培ってきた行商人の本能から、ばっと大きく手綱を引く。
気持ち良く足を進めていた雄馬は、突如首を締め付けてきた主人を不満げに振り向く。
急に早まった鼓動を感じながら、轢いてはないか、もしそうだとして怪我を負わせてしまったか、頭の中を過ぎる不安とそしてその賠償等の勘定計算を走らせながら、ロレンスは慌てて顔を上げた。

ぼんやり霞む視界に人の姿は無かった。
194創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 16:28:16 ID:jVmTQLKD
「……子供、どこにいるんだ?」

ロレンスは寝ぼけ眼を右手で擦りながら、自分の胸倉を両手で掴んでいる少女に目を向ける。
亜麻色の長い髪、大きな赤銅色の瞳、整った顔立ちに、華奢な体つき。
上質なローブを羽織ったその姿は一見して美麗な修道女に見える。
しかしその実体は、齢百を優に超える巨大な狼だ。
故郷ヨイツでは何百もの狼を従えた賢狼ホロ、それがロレンスにしがみ付く少女なのである。
そして、そうでなければ納得し得ない証拠が、今はピクピクとローブの下で動き、または不安げに揺れていた。
狼の名残である耳と尻尾がホロにはついているのだ。

「ホロ?」

しがみ付いて離れないホロに、ロレンスはそっと声をかける。
が、それに反応して楽しそうに揺れた尻尾を見て、小さくため息をついた。
これは多分、いや確実に騙されたのだ。
案の定、上目遣いで見上げてくるホロの目は意地悪そうに光っていた。

「なんじゃ、急に止まったりして」

ホロはロレンスの問いを何処吹く風といった様で無視すると、小首をかしげて尋ねた。

「お前が止まれと言ったんだろう」

ロレンスはやれやれと首を振るが、ふとおかしい事に気づく。
ホロがただの暇潰しに、このような悪戯をするだろうか。
確かに、ロレンスがホロにその弱みを突かれ、裏をかかれ、散々にからかわれた回数は、最早万能の神のみが知る事柄だろう。
しかし、それはあくまで会話中での事だ。
ホロは我侭で子供っぽいが、妙なところで義理堅い上に、その実体である長寿の賢狼であるという誇りを持つ。
良く考えてみれば今の行為にだって何かしら意味があったのかもしれない。
と思っていた矢先に、ホロがからかう様な口調で言い返してくる。

「わっちはそんな事言っておりんせん。時よ止まれ、とは思ったかもしれんけどの」

以前に、こんなのどかな二人旅が続けたい、と言って命をも懸けてくれたホロの台詞だ。
当然その意味に気づいたロレンスは言葉に詰まりそうになるが、すんでのところで切り返す。

「春は旨い食べ物が多いからな」

「うぬ。現に、目の前には熱々になった旨そうな小僧がおるしの」

ロレンスが動揺していたのが分かっていたのだろう、ホロはにやりと牙を見せるとロレンスから離れて元に戻った。
頭に付いた一対の耳が楽しそうに揺れる。
195創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 16:33:19 ID:jVmTQLKD
「それにしてもぬしよ、本当に気付いてないのかや?」

「え?」

何にだろうか。
もしかして寝ている間に財布でも掏られていたのだろうか。
ロレンスがすっと腰元に視線を落とすのを見て、ホロが口を尖らせる。

「わっちはそんなに信用ならぬ相棒かや?」

ロレンスはすぐさま頷きたい衝動を抑える。
ホロが金銭面で信用に足りた事は一度たりともない。それどころか、町に着く度にそれは磨り減っているようにも思える。
以前銀貨を渡したら、山程の林檎を腕に抱えて戻ってきた事があったのを思い出す。

「少なくとも食べ物が絡むとな」

「ふん、ならばわっちは今荷馬車の前に釘付けじゃのう」

「荷馬車の前?」

またも謎だ。
この荷馬車を牽いている馬の事だろうか?
しかし、以前ホロはロレンスの愛馬を見て、筋張っていて不味そうじゃと呟いていた気がする。
だとしたらホロが指す"前"とは何のことだろうか。
ロレンスは荷台から身を乗り出し、馬を、そしてその先を見る。

愛馬の蹄の先に確かに、一羽の白兎がいた。
体が普通の兎とは一回り小さく、どうやら子兎が親からはぐれたみたいだ。

と、そこで気付く。
ホロが人のまどろみを突き破ってまで荷馬車を止めさせた、子の正体。
確かに人、とは言っていなかった。
ロレンスが体を戻してホロに向き直ると、

「わっちは食べ物に夢中じゃからの。本当に夢の中におったぬしに呼びかけることもできんす」

ホロは荷台から降りようと姿勢を変えながら、そう言ったのだった。



今日の分はここまで。
人がいないようなので、小出しにしてきたいと思います。
196創る名無しに見る名無し:2010/03/13(土) 17:29:47 ID:b8M09wXY
おお、わっちキタ!続きが気になる
197創る名無しに見る名無し:2010/03/13(土) 19:47:54 ID:lnAWEW+/
昨日の続きです。ちょっと短いです。

道のど真ん中で止まっている荷馬車の前にしゃがみ込むと、ホロは小兎の耳を掴んで、牙を見せた。
兎が怯えるのを見て楽しんでいるその様子は、さながら年相応の少女のようだ。
しかし、それで終わればロレンスだってこんなに苦労しない。

「ぬしよ、手を貸してくりゃれ」

ホロがロレンスの手を借りながら荷台に登る様子を見ながら出てくるため息は、決して甘い匂いではない。

「昼はシチューかや」

「それは構わんが……」

嬉しそうに膝に兎を乗せて笑うホロとその発言があまりに真逆すぎて、ロレンスは少しばかり笑ってしまう。
こういうところにホロの狼である部分は顕著なように思う。

「うむ。だからぬしも夜は気をつけんす。いんや、昼もかや?」

冗談めかしてロレンスを見上げるホロには、そんな胸中は透けて見えているようだった。
198創る名無しに見る名無し:2010/03/13(土) 19:51:05 ID:lnAWEW+/
「それより、本当にこれだけか?」

ロレンスが苦笑いしながらそう尋ねると、ホロはわざとらしく、何がかや?と小首を傾げる。
やはりホロが荷馬車を急に止めたのには兎以外に理由があったらしい。
とすると、自然と理由は絞られてくる。

「お前、するなら早……」

そう思って口を開いた途端、それ以上言ったら噛むといった目でホロが睨んできて慌てて口を閉じる。
ホロはしばらく尖った視線を向けられていたが、やがて荒い鼻息と共に前に向き直った。

「……何でもない。早く走らせんす」

明らかにロレンスの言葉にご立腹のようだった。

「おい、勘違いしたのは謝るが、何もそこまで……」

ロレンスはからかうつもりで言ったならまだしも、気を遣って言ったのだから、しょうがないと思う。
第一こんなやり取りは以前にも普通にあったはずだ。
そう思って言ったロレンスに、ホロはあからさまに肩を怒らせている。
199創る名無しに見る名無し:2010/03/13(土) 19:55:27 ID:lnAWEW+/
「ふん、自分中心な女で悪かったの!」

そう言ってそっぽまで向いてしまったホロを隣にして、ロレンスはもう手の付けようがない。
というかそもそも、ホロの言葉の意味も分からない。
生きとし生けるもの、これと食事ばかりは本人の意思と関わらずどうしようもないものだと神すらもお告げであるというのに。
おどおどと手を伸ばして肩を掴もうとすると、その手も邪険に払われる。

こんな風にホロが唐突に怒り出す事は確かによくある。
そしてその原因は大抵ロレンスの鈍さがホロの琴線に触れているからで、だからこそロレンスは必要以上に焦ってしまう。

しかし、そこら辺の鈍さをどうしろと言われても、ロレンスにはどうしようもない。
そういう時にはその焦りを飲み込んで、触らぬ神に祟りなしと手を引く他ないのだ。

「なら、行くぞ?」

語尾はホロに伺いを立てるように呟き、ロレンスは足元に落としていた手綱を取った。
ホロは何も返さずに反対側の森をじっと見たままだ。

ロレンスがやれやれ、と決して隣のホロには聞こえないように心中で呟こうとした、その瞬間だった。

プアーン。プアーン。
パッパプパアー。パッパプパップッパー。

森、それもホロが見つめるその先から、力強い角笛の音が鳴り響いた。


短いですが、続きはまた明日に。
人が来ているみたいなのでちょっちモチベーション上がりました。
200創る名無しに見る名無し:2010/03/15(月) 16:01:33 ID:blzL7Q2L
続きです。

角笛はその後も数度にわたって吹き鳴らされ、その度に森に住まう鳥達が一斉に飛び立った。

「狩人……か?」

春、それも雪解け直後の新春といえば、冬眠から覚めて地上に出てきた動物達が未だ意識を朦朧とさせている、狩りに最適の時期。
当然と言えば当然であるこの角笛の音だが、それでもロレンスはそっと眉をしかめた。

そもそも狩人達の殆どは農民であり、村の仕事と兼業している。
となると彼らが属する町、あるいは村が近くにあるはずなのだが、ロレンスは今通っている南から北へ抜ける山道の付近にその存在を知らないし、遠くの町から狩人がはるばるやって来る程には、この山は豊かではない。
そして、この道はロレンスの行商路であるので去年までの周辺の地理は一応は熟知しているつもりでいる。

となると結論は、一年以内に村が新しく興された、という事だろう。

すると、その村は以前訪れたような、教会の正教徒によるものである可能性が高い。
土地を持つ教会派の貴族、もしくは領主が税を増やすために興した村。
その立地は一概には言えないが、既存の村や町がある場所の近くであることは少ない。
そしてそれは勿論、他の商人に発見されにくく、今の今までご用達の行商人がいないままであるかもしれない事に繋がる。

ロレンスは顔が思わずにやけそうになるのを、頬ひげを擦ることで誤魔化した。

201創る名無しに見る名無し:2010/03/15(月) 16:02:44 ID:blzL7Q2L
と、そこでふと気づく。

以前同じような村に訪れた際に、ホロは一緒にいた。
その新興の村では少しの間滞在し、そこでロレンスはかなりの儲けを出すことが出来、それにはホロも一役買った。
ということはつまり、ホロはその類の村の大体の特徴を掴んでいることになる。

それから、ホロは人並み外れて目が良い。
ロレンスが数分後に気づく向かいからやってくる商人を先に見つけ、耳を隠すためにローブを被っているのをみても、それは明白だ。
そして、角笛がなる前からずっと、ホロはその方向を見ていた。

「ホロ、お前……村を見つけていたのか?」

ロレンスがそう声をかけると、ぴくりとローブの下の耳が動いた。
202創る名無しに見る名無し:2010/03/15(月) 16:03:52 ID:blzL7Q2L
それでもホロが黙っているので、ロレンスは言葉を続ける。

「お前はその遠目で前に見たような村を見つけた。しかし、お前は基本的には儲け話は嫌いだ」

ホロ自身がそう言った事はないが、それは多分本当で、しかもロレンスがそれによって何回も痛い目を見ているのを知っているからだと勝手に思っている。
例えそうでなくとも、合意の上とはいえ一度は自らの身を質屋に入れられたのだ、好きな訳がない。

「しかし、俺はそういった話が好きだ。それこそ身を滅ぼす程に」

ロレンスの冗談に、ホロは背を向けたまま、下らないといった風に尻尾を一度振る。

「お前は自分より俺を優先して、村があることを教えようと思った。ところが俺は、食い物だとか何だとかと、お前が自分の都合のために荷馬車を止めたように言い続ける」

ロレンスはそこで一端言葉を切って、ホロがちらと視線を向けてくるのを見た。

「……悪かった」

少し間を置いて、素直に頭を下げることにした。
というのも、ロレンスは正直、今回は気づけなくてもしょうがない、というかむしろホロの方がそのように仕向けていた感じが無くもないと思っているからだ。

ホロは不機嫌そうな表情を崩さずに、ようやくロレンスに向き直った。

「本当に反省している顔には見えぬ」

ロレンスはまた心の内を読まれたかと身を硬くすると、ホロは分かっているとばかりに鼻を鳴らした。
それでも、尻尾が少し膨らんでいるのを見ると、先ほどの怒りはやはり半分くらいは演技だったのだろう。
203創る名無しに見る名無し:2010/03/15(月) 16:05:51 ID:blzL7Q2L
「先に待っている儲け話に、顔がにやけているんだろう」

ロレンスが言い返すと、耳がピクリと反応する。

「その儲け話を用意してやろうとしたわっちに、ぬしはさっき何と言った?」

「だから悪かったって……」

「ふん、だから反省してるようには見えぬと言っておる」

ホロはそう言うと、じとっと冷えた目でこちらを睨む。
これでは永遠にこのやり取りが繰り返されてしまう。
ロレンスは胸中で苦笑いを浮かべると、では、と言葉を返した。

「では、何をもってこれを証明すれば良いでしょう?」

ロレンスは気取った商人のような口調でその顔に笑みを浮かべて尋ねる。
ホロはその顔を黙って見返した後、興が冷めたと言わんばかりに目を閉じて俯いた。

「精々稼いでおくんじゃな」

ロレンスがその言葉に先程の笑顔そのままに答えると、ホロはそっと顔を上げた。
そして再び向けてきた赤銅色の目は、これでもかとばかりに意地悪く輝いていた。

「わっちゃあ、これっぽっちではひもじくてひもじくて……、これでは出るものも出ないかもしれぬ」

その直後、膝に乗せた小さな白兎を撫でるホロは、下らないことを言ったとばかりにけふけふと笑い出す。
204創る名無しに見る名無し:2010/03/15(月) 16:07:56 ID:blzL7Q2L
「下らないな」

ロレンスが苦笑いと共に返してやると、ホロはこっちに体を寄せてきた。
くふ、と微笑みをこぼした狼の口元には、鋭い牙がちらりと覗いている。

「ぬしはわっちに頭が上がらないがの」

そう言ってロレンスを見つめる目には、何かを期待する色があった。
一瞬の間を置いて、ロレンスは顔を商人用のものに切り替える。

「しかし、太陽は空をあがります。取りあえずは豪勢な昼食でもお作り致しましょうか?」

ロレンスはそう言って隣の手を取ると、尻尾がもぞりと動くのが分かった。

「この肉はわっちのじゃ。が、少しなら分けてやってもよいぞ」

ホロは偉そうに威張りかえると、耳を掴んで兎を差し出してきた。
ロレンスも恭しく頭を下げながら、それを受け取る。
事情の分からない哀れな小兎は、宙に浮きながら目を瞬かせていた。

馬鹿馬鹿しいのはお互いに重々承知している。
それでもやはり、こんなやり取りをしてしまうのはそれが楽しいから。

プアーン。プアーン。
プッパッパッパラパー。

そんな二人を笑うかのように、再び森の奥で角笛が響いた。

205創る名無しに見る名無し:2010/03/15(月) 16:11:01 ID:blzL7Q2L
今日の分投下終了です。

やっぱりわっちは人気無いのかや……
206創る名無しに見る名無し:2010/03/16(火) 13:21:11 ID:o54wS0Qf
「ここじゃ。この先を真っ直ぐ行った所に村が見えんす」

そう言って、進みだした荷馬車を再びホロが止めたのは、それから間もなくだった。
ホロの指差す方へ目を向けると、確かに木々の合間に道らしきものが見える。
但し、言われなければ分からないようなものだ。普通に通っていたらならば多分見過ごしていただろう。

その前後、つまり今まで来た道は両脇に背の高い広葉樹が立ち並び、その合間を縫うように若木が萌えている。
山の中に出来ているこの自然の道は、遥か北方へと続いているのだろう。

そしてその北にこそ、ホロの故郷であるヨイツがあり、ロレンスはそこまでの案内人、という名目でこの二人旅は続いている。
しかし、その実質が徐々に変質しつつあるのに気づいているのは、決してロレンスだけではないはずだ。
ホロもまた、この旅を少しでも長く続けたい。
そう思っているからこそ、あのような下らない駆け引きをしたり、嫌だという顔を見せつつも少しの寄り道に安堵の息を吐いてしまうのだろう。

207創る名無しに見る名無し:2010/03/16(火) 13:22:08 ID:o54wS0Qf

「ぬしよ、一つ約束をしてくりゃれ」

そんなロレンスの思考を遮って飛び込んできたのは、男からしたら一見魅力的な、しかし商人にとってはこれ以上恐ろしいものはない言葉だった。
しかし、隣から見上げてくるホロの顔はどうやら演技にも見えない。

「内容によるな」

ロレンスは咄嗟にそう言った。
人の表情ほど信用できないものは無い。それが狼だったらなおさらだろう。
人の身であるロレンスのような商人に、それが見分けられるはずが無いのだから。

「ふむ、わっちを信用せぬのか。ま、いいじゃろ」

ホロはそんなロレンスの心中に一言睨みをきかすと、言葉を続ける。

「商人にとって儲けとは何じゃ?金とは、命に等しいものなのかや?」

ホロの口から出たのはそんな唐突な言葉だった。
すぐさま答えようとしたロレンスの口を、ホロが手で塞いだ。

「ぬしは多分こう言うじゃろう。儲けとは、商人の命。じゃから金と釣り合いをとれるのは商人としての命まで。人の命と金とでは天秤は命の側に振り切れる、とな」

言おうとした内容を更に簡潔に言い当てられて、ロレンスはそっとホロの手をどけた。

「しかしぬしは、心の底ではこうも分かってるはずじゃ。すなわち、商人としての死は人としての死にほとんど等しい」

実際にロレンスがリュビンハイゲンで破産した時、それを痛い程実感している。
助けを求め扉を叩いても、決して手を伸ばしてはくれない商会の人々。
その動揺から、仕舞いには差し出されたホロの手を叩くなどという事までしてしまった。
これでそんなことはないなどと言えば、あの行為はただの八つ当たりにまで成り下がる。
いや、本当のところはそうなんだろうが。

208創る名無しに見る名無し:2010/03/16(火) 13:22:55 ID:o54wS0Qf

ホロはそんな心中を考えてか、少し表情を柔らかくした。

「わっちゃあ別にそんなぬしをせめる気はさらさらない。この二人旅を続けられるのも、ぬしの商談による稼ぎがあってこそじゃ。ただの……」

ロレンスはそう言ってしばし口を閉ざしてしまったホロを黙って見つめる。
二人の合間に、空気を震わす角笛の音が何度か響く。

「無理はせんで欲しい」

ぽつりと、それこそ春の暖かい風に浚われてしまいそうな小ささでホロが呟いた言葉は、多分ロレンスの何かを繋ぎ止めるためのものなのだろう。

確かに人としてのロレンスは、ホロを好いているし、そう明言している。
しかし、そこに商人としてのロレンスが絡むと、話は急に曖昧になってくる。
二人がずっと一緒にはいれない理由もそこにあるし、多分だがロレンスの時折見せる金への執着をホロは少し不気味にも思ってるのではないだろうか。

しかし、そんな重い言葉だからこそ、ロレンスはここでそれをホロが口にする理由がいまいち掴めない。

「それは、勿論身の程を踏まえるつもりだが……」

ロレンスが若干の戸惑いを込めて返事をすると、ホロは呆れたように口を開いた。

「ならば、ぬしの身の丈はこの頃急に成長しておるみたいじゃの」

そんな切り返しは、ホロの仲間である狼の遺骨や神獣と呼ばれるイッカクを巡った騒動の事を言っているのだろう。
両方共に、ホロが提案した案を蹴った上で、もしくは反対を押し切った上で、無茶と呼んで差し支えのない荒事をしている。
結果無事に切り抜けたとはいえ、傍から見ているホロにとっては相当な心労なのだろう。
209創る名無しに見る名無し:2010/03/16(火) 13:24:01 ID:o54wS0Qf
ホロはローブの下に隠れている尻尾を前にまわして一撫ですると、顔を村があるであろう方へと上げた。

「ぬしよ、この先の村は少し危険な匂いがする。鉄と、血の匂いじゃ」

そう言ってもう一度尻尾を撫でるホロの様子は、普段より一回り小さくなったようにも見える。
ロレンスはその言葉に驚きながらも、それならば、と考える。

先ほどから吹き鳴らされている角笛。
狩人がこれを使う目的は二つあり、一つは獣への威嚇、もう一つは仲間との位置確認、意思疎通だ。
前者は大抵に力いっぱいに吹き、後者は独特のリズムで確認しあっている。
ロレンスは聞こえているものが後者だと思っていたのだが、これがもし狩人のものではなかったとしたら。
他に角笛を頻繁に使う場合は限られている。

可能性が最も高いのは戦、だろう。
南であろうと北であろうと、角笛の力強い音色は味方の戦士達を鼓舞させるために吹かれる。
大都市の兵団や大規模な傭兵団では、そのためだけの部隊を設置しているところも少なくない。

他に徴税吏や領主の行幸の際にも使われるが、これほど頻繁には吹かれないだろう。
210創る名無しに見る名無し:2010/03/16(火) 13:25:59 ID:o54wS0Qf
今日の分おわりです。

ちょっとばかし色々な理由付けが適当ですけど、まぁ気にしないでください……
211創る名無しに見る名無し
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