サイバーパンクな世界で創作しようぜ

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 銃弾が足下を跳ねた。
 安堵の溜息をつく暇なんか、どこにもないという事だ。
 どこから狙われているのかさえ判断がつかない。

 そもそもテロリストとして名高い『釘』が、ゲリラ戦に長けているのは当然だ。
 僕は怖気だった。
 枯れ木の山に追い込まれた時点で、勝ち目がないのかもしれない。
「これまでの死傷者数は判るかい」
「……無線報告によれば、一人、らしい……」
「一人?」
「引火に巻き込まれた奴が一人、多分死んだと報告が上がってる」
 僕が聞きたいのは、そんな事じゃない。
 この泥沼の中、何人居るか判らない精鋭達に狙撃され続けているんだ。
 十や二十でも少な過ぎるはずだ。
 無線系統が乱れたのであれば、この進軍はここで終わりという事だ。

「君たち、隠れる必要なんかあるのか?」
 柊の声が響く。
 彼は、銃弾の雨の中で、両手を広げて戦場を見渡していた。

 ――神にでもなったつもりか。

 僕は、電磁フィールドの効果を改めて傍観した。
 銃弾は確かに柊に到達せず、軌道を曲げて跳弾する。
「跳弾した分の運動エネルギーがフィールド装置に伝わってしまうのが弾に傷だな。だが、距離があると十分我慢できるようだ」
 柊は自ら銃を構えて、素人の撃ち方で掃射した。
 銃弾が止む。
「隊長さんは、私の発明品がまだ信じられない様子ですな」
 僕は、我慢し切れずに叫んだ。
「柊博士。あなたは、この紛争を楽しんでいるのですか?」

 スキンが立ち上がる。
 銃弾が彼を霞める。
「隊長。俺ら、もしかして」
 散弾が彼の足下にばらまかれた。
 スキンは下腹部を抑えて体制を崩したが、すぐに立ち上がった。
「とんでもない茶番劇をやらされているんじゃないか?」
 スキンがそう呟きながら、ライフルを構える。
「隠れずに撃てりゃ、追い詰められたことにもなっちゃいない。同士討ちもない」

 僕もまた、いつしか銃弾を気にせずに歩き始めた。
 頭の中が、考える事をやめてしまったかのようだ。
 現実味のない発明品を持たされた時点で、僕らは虚構の中に引き摺り込まれたのかもしれない。

「隊長。こんなの、すでに戦争じゃねえよ」

 僕は草を掻き分けて、正面から敵に近づいて、銃弾を流し込んだ。
『釘』の精鋭達は手榴弾も備えていた。
 距離を取りながら迂回して、弾を節約しながらトリガーを引けば、そのうち悲鳴が響く。

 銃声がなくなったところで、僕はスキンの呟きに応えた。

「同感だよ。これは、ただの虐殺だ」
「君はさっき、こう訊ねたね。『この紛争を楽しんでいるのか』と」
 残っている車に戻り、僕たちは行軍を再開した。
 溢れた人員は徒歩なので、後続の隊の合流を待たせる事になった。
「……少なくとも愉快ではない――そうだな」
 柊は喋り続けた。
 彼の演説口調は、比較的どうでもいいものとして僕の耳に届いた。
 それよりも。
「時代の分岐点に関われた事を、喜んでいるのかもしれない」
 その言葉で僕は、『彼』について、ある事を確信した。
 根拠はない。
 ないのだけど。
 これまでの紛争で僕が予知能力を発揮出来ていたのであれば、

 ――間違いは、ないはずだ。

 - - -

 正直なところ、これまでのどんな拠点制圧よりもあっけなかったと思う。
 僕は、遠目に火事を見物していた。
 廃工場を改造したらしいその拠点のそこかしこから、既に煙が上がっている。
 こちらの損害は三名だ。
 電磁フィールドが、名前の通り爆発物には効果がないのが災いした。
 また、電磁フィールドの効果を知って兵達がはしゃぎすぎているのも問題だ。
『釘』の拠点近くでは、混じりっけなしの銃弾が飛んできた。
 本来であれば初速が桁違いな恐るべき素材だが、電磁フィールドの前では合成素材の銃弾よりも分が悪い。

 柊の演説の通り、この発明品は今後の紛争史において、銃弾の意味を変える事になるだろう。
 鉄を使わない銃弾が研究されるのか。それともカーボンのナイフや弓が発達するかもしれない。

「隊長。例の女が確認できたそうだぜ」
「捕らえられそうなら捕らえてくれ。家捜しして出て来なかった時のために、発電機の場所を聞かなきゃいけないからな」
 僕の言葉が終わるのを待たずに、立て続けに爆音が響く。
 報告を聞いて、僕はすこし感銘を受けた。
 レマと数人の精鋭が、銃を捨て、爆薬中心で反撃しているという。
 ホームグラウンドないを駆け回り、確執迂路を駆使し、僕の部下を五人も殺したという。
 本当に、戦争のプロなんだろう。

 もし僕が彼女の立場だったらどうしただろう。
 銃の通用しない兵隊数十名に襲われたら、僕はどうしただろう。

 ――たぶんそれは、どんなホラー映画よりも恐ろしい不条理のはずだ。

「隊長、手こずってる。作戦の指示を」
「ARだ。用意は」
「一応ね。でも、通用するか?」
「多分ね」

 - - -

 観念した彼女は、ARの制御を解いて投降した。
 驚いた事に、彼女は未だにマリリン・モンローのスリーサイズを公開情報として背負っていた。
 あの出会った日から、何も変わっていないのだろう。

 彼女の何もかもを諦めたような表情は、とても愛おしく感じた。
311 ◆vGw/wR461o :2009/05/01(金) 15:10:38 ID:ECv/8TMz
三話ここまで。続きはまた明日かもー

第三話のあらすじ!
・主人公の名前が未だに出てきてない!

次回、恐らく最終話。乞うご期待!
 カビ臭い監獄の中で、両手を釣り上げられた彼女はとても艶かしく感じられた。

「久しぶりだね、レマ」
「あんた、誰よ」
 彼女は僕の事を忘れていた。
 彼女と接したのは一日しかなかった。――覚えてないのは当然だと思う。
 魅力的な彼女の事だ。彼女と接した男なんて、数え切れないほどいるに違いない。
 テログループ『釘』は、身内を増やすきっかけを逃さないという。

「ラブコールを送った本人さ」
「あの狂ったARは、あなたの仕業なのね」
「殺したくなかったんだ」

 彼女は僕の顔を睨みつける。

 施設中に、文字通りレマへのラブコールを含めたARを設置したのだ。
 散弾や手榴弾で撒き散らせるタイプのARも残っていたので、ふんだんに使い切らせた。
 得体の知れない兵隊に囲まれた中で、その情報はさぞかしおぞましい物だった事だろう。
 彼女達はあっけなく、そのARが少ない方に誘導されてしまった。
 人間は弱い。尚かつ、極限状態で通じない訳がない。
 捕らえた直後のレマは、狂人そのものだった。

 今、彼女は獣の目で僕を睨みつけている。
 僕は部屋の傍らにあった埃だらけの椅子に息を噴きかけてから、背もたれに両腕をかける格好でまたがった。

「何がラブコールよ。リンクスの場所を聞き出したいだけでしょう」
「それだけじゃない。君には命を救われたからな」
「ふざけんな。協会のお偉いさんの命を救った記憶なんかない」
「僕は、君に見捨てられて、統合協会に縋るしかなかったんだよ」
 僕は、彼女に会いたかったはずだ。
 でも、会ってどうしたかったんだろう。
 僕と彼女は敵同士。
 僕は士官から、命令を受けている身。

 ――拷問して、プロトタイプの核融合炉『リンクス』の在処を聞き出さないと。
「何の話をしてるの? 人違いじゃないの?」
「君はあの日、こう言ったんだ。『核融合なんて、あなたの時代には夢物語だったでしょう?』ってね」

 そうだ、
 こうしよう。

 レマが、僕の事を思い出してくれたら、助けよう。
 思い出してくれなかったら、殺そう。

 そうだ。
 それでいい。

「なんであんた、勃起してんの?」
 言われるまで気付かなかった。
 僕は、彼女を殺す事を想像して、少なからず昂奮していた。
 それは半ば、自棄に近い方の昂奮だ。
 あまり自然な感情とは言えないだろう――
「犯すなら犯せば」
 彼女もまた、下衆な笑みを口元に浮かべている。
 眉間の皺が、彼女もまた不自然な感情に流されている事を示している。
「良い提案だ。もしもの時には、そうする事にしよう」
「これは尋問じゃないの? あなた達は、リンクスの場所を知りたいんでしょう?」
「尋問にもならない。君は僕と会ったあの日に、自分で証言しちゃっているからね。
 『核融合って、あなたの時代には絵物語だったでしょう』――って」

 レマは応えない。
 惚けたような表情で、僕の両目を覗き込むばかりだ。

 僕は、銃の撃鉄を起こした。
 筋書きはこうだ。
 リンクスの場所を応えろ。嫌よ。じゃあ死ね。
 ――完璧だ。
 僕は椅子から立ち上がり、レマに一歩歩み寄った。

「――思い出した」

 僕は立ち止まる。
 嘘かもしれない。

「あの、コールドスリープの」

 レマ。どうか。
 どうか僕を、
 期待させないでくれ――
「生きてたんだね」

 彼女は、何故か涙を流した。
 僕は拳銃を取り落とした。
 僕は、無意識のうちに彼女を抱きしめていた。
「ずっと、君の事を考え続けていた。それだけが糧だった」
 彼女は目を背けた。
「ひとりぼっちの人をたらし込んで、兵隊として引き込むのが仕事だったわ」
 謝罪のつもりだろうか。
「判ってる」
 僕は、彼女を許したい――

 次の瞬間、僕は一瞬意識を失いかけて、しりもちをついていた。
 どうやらこめかみに頭突きされたらしい。
「生き方が違いすぎる」
 彼女は僕の足下に唾を吐き捨てた。
「あなたは、私の仲間を殺した」
「レマ。君や君の仲間もまた、僕の仲間を殺したんだ」
「あなたが何を言おうと、どう思おうと」
 彼女は僕の言葉を遮るかのように、声を張り上げた。
「少なくとも、あなたが『統合協会』の兵士として辿った道を、私は絶対に受け入れられないわよ」
 レマの双眸には、憎しみの色は感じられなかった。
 次第に彼女の涙の跡は薄れ、兵士の無表情さに戻っていった。
「……リンクスの隠し場所を教えるわ。だから、殺して」

 僕が銃を構え直すと、彼女は洗いざらいを喋り始めた。
 死を選ぶ事が、彼女の筋書きなのだろう。
 彼女は、僕の筋書きには乗ってくれない。

 仕方がないだろう。
 あのときイエスと応えなかった瞬間から、僕と彼女は敵同士なのだ。

 僕は彼女を殺さずに、部下達に託した。
 犯しても良いかと聞く部下には、何も応えなかった。

 犯したければ犯せば良い。
 そうとも。
 僕と彼女は、敵同士なのだから――。
 完勝を祝うパーティーの最中、僕は別室に招かれた。
 そこには、士官が並んでいた。
 士官というのはこんなにいたのかと、改めて驚いた。
 十人以上が、豪勢なテーブルを囲っている。よく肥えた人物も目立つ。
 壁際には時代物のサーベルを携帯した兵士が、銅像のように直立して十人ほど並んでいた。
 この席で、無礼な発言は難しそうだ。
「悪い話ではなかろう。君の指揮力、応用力は現場には相応しくない」
 士官の一人が僕に説明を続けている。
 彼の声は、まるで、悪い耳鳴りのように甲高く響く。
「我々は、『世界政府』を追い詰めて、アメリカ政府との協力を密にし、この国を建て直さなくてはならない」
 アメリカを牛耳る、の間違いだろう。
 資金援助を打ち切られた時に、弱体化したアメリカを追い詰め、核を発射させたのはこいつらなのだ。
「そのために、君を福士官としての教育課程にだな」

「お断りします」

 士官連中は、一様に僕の顔を睨みつけていた。
 驚きの色も、怒りや呆れを表現している表情もあった。

「何故かね。君は、戦う事のみが生き甲斐なのかね?」
「やり残している事があります」
「なんだね」
 僕はかぶりを振った。
 元々この国の人間でさえない僕が、たまたまこの国の情勢に闖入しただけの事だ。
 そんな僕が出世すると言うのも滑稽な話だ。
「……とても、個人的で、下らない事です」
「次の機会は、無いかも知れんぞ」
「構いません」

 僕は儀礼的に非を詫びてから、格差の扉を開けて、俗世の廊下を踏んだ。


 - - -

 あれから二日になる。
 休暇は今日までだ。
 今日中に調べないといけない。

 ――ここだ。

 ここで、僕は――レマに拾われたんだ。
 近場で紛争があったのだろうか、研究所跡地は随分と崩壊具合を増しているように感じた。
 もっとも、僕の記憶がどれだけ確かなのかは知るべくもないが。
 マリーの白骨屍体は変わっていない。
 影になっている建物跡で、崩れたコンクリートの隙間から日が差し込んでいる。
 いくらか幻想的な光景だと思う。
 僕もまた、本来こうなるべきだったのだろう。
「生きてしまったなら仕方がない」
 言葉に出すと、微かに残っていたやる気がいくらか沸き起こってくる。
 理由を探そう。
「……理由を、探そう」
 僕は、土の積もった研究所の床をスコップで掘り始めた。

 ここには、証拠があるはずだ。
 例の予感だ。
 ここに残っているという予感がしていた。

 その予感は、僕にどこを掘ればいいのかまで指示していた。

 こんなにも朧げで、確証のない予知しかできないのか。
 それでも、参考くらいにはなる。

 掘り進むうちに、どこまで掘れば良いのかという不安がなくなった。
 あと七十二回、土砂を書き上げれば、生きているフロアの天井に当たるはずだから。

 気付かないものだ。
 これは確かに予知能力だ。
 昨日まで良く判らなかった使い方さえ、判ってしまえば単純なものだ。
 勘がよくなるだけの事だ。
 何も意識せず、ただなんとなく気付く。それだけの能力だ。
 具体的に考え過ぎれば、言語に支配されて予知は認識できなくなる。
 それだけの事だった。

「才能なんて、大衆の言い訳に過ぎないんだね」
 マリーは応えない。

 もっと早く気付いていたら、何か変わっただろうか。
 僕も、時代の分岐点に立っていたのだろうか。
 無駄な紛争や茶番劇を、もう少し減らせたんだろうか――

「大衆は、どんなに努力しても大衆なんだ」

 やっとで、天井の板に突き当たる。

「大衆にできる仕事をしよう」

 僕は、超能力研究室だった場所の天井を、スコップの先で思い切り貫いた。
 ドクは両足を失っていた。――しかし、神経信号を補う義足が正常に機能していた。
 ドクター・クロムという闇サイバネスティック医師の技量を物語っている。
 
「僕を覚えてますか?」
「ああ……レマが連れ込んだ男のうちの一人だろ。確か、南部のコールドスリープ難民だったか」
「ロスの施設でした」
「そうか。悪いな、実はよく覚えていない。まあ見覚えはあるぜ。独裁政党が反逆者の負け犬になんの用だい?」

「この紛争を起こした人間を特定しました」
 ドクター・クロムの表情は動かない。
「その人物を、殺そうと思います」

 ドクター・クロムの表情は動かない。
 彼は無感動に――何も聞こえていないかのような表情のまま、口を開いた。

「なんで儂に、そんな話をする?」
「興味ありませんか」
「興味はあるよ」
 興味があるような表情はまったく示していなかった。
 いま僕が喋った事を、絵物語でも評価しているかのようだ。
「だが……なんで儂みたいな、老いた場末のサイバネスティック医師に、そんな話をする?」
「あなたは僕と始めて会った日に、臓器を売れと言いました。差額で機械の体を得ても尚、金になる、と」

「誰にでも言うとるよ。それで?」
「機材があれば、ここでも作業できますか」

 ドクター・クロムの目が、急に開かれた。

 老いた老人の目が、再び社会に焦点を合わせて輝き始めていた。

「可能だよ」
「電磁フィールドに守られている人間に一瞬で近づける脚力、そして手づかみで殺せる握力。その二つを僕に仕込んでください」
「……まずは、詳しく話を聞かせて貰おうか」

 彼はついに表情を取り戻し、口元をにやりと釣り上げた。
 ――柊は約束を守ってくれた。
 僕を、日本に連れてきてくれたのだ。
「案内人に美人でも用意した方が良かったかね」
「いえ。むしろ博士自らH.I.C本社を案内してくれるなんて光栄ですよ」
「だろう」

「これが、今の日本、ですか」

 日本という土地は、水没していた。
 変わりに、海面に浮上する形の人工島が無数に浮いている。
「君が故郷と呼ぶ土地自体は沈んでしまったことになるが、どうだい。悪くないだろう」

 H.I.C本社ビルの屋上からの長めは雄大で、水平線の際までビルの生えた巨大な船が点在していた。
 その合間合間に、海面に反射した夕日が輝いている。
「これから社会が変わる。紛争も形骸化するだろうし、エネルギー問題も解決し、食料問題も中期的解決になる。資源戦争以降増えなかった人口は、瞬く間に回復するだろう」
 僕は頷いた。
「あとは、あの得体の知れない『世界政府』を、世界が一丸となって殲滅すれば――新時代が訪れる」
「素晴らしい事です」

 僕は柊に笑いかけて、

 ――そのまま殴りつけた。


 柊は顔を腕で庇ったが、僕は構わず殴り倒すつもりで腕を振り切った。
 柊は尻餅をつき、腕の合間から僕を睨みつけていた。
 彼の右腕は肘の先で間違った方向に曲がっていた。
「電磁フィールドの効力が出ない、ファイバ製の人工筋です。金属フリーのため一時期流行りましたが、摩耗が早いため、前世代の技術だそうです」
「いつ気付いたのか、聞かせて貰って良いかな」
「あなたは、あの超能力研究所の残党ですね?」
 彼は立ち上がる。どうやら、左腕も十分おかしくしたらしい。
 彼は両腕をだらりとさげたまま、笑みを浮かべて頷いた。
「僕が殺さずとも、あなたの寿命は残りわずかでしょう」
 彼は頷き続ける。
「あなたは自ら、知能を加速させる実験の被験者となりましたね」
「そうとも」
 彼は僕に歩み寄ってきた。
「……そうか。合点が言ったよ君も被験者か?」
「被験者番号は、B七十二番でした」
「『予知能力』のカテゴリか。しかし二桁とは、ずいぶん古いな……私の記憶にないようだ」
 僕は、超能力研究所で拾った文書を示しながら、肩を竦めた。
 どうやら僕は、色んな人の記憶からすっぽぬける存在らしい。
 むしろ嘆く事ではない。かくあるべきだ。
 僕はこの次代の闖入者なのだから。
 闖入者は闖入者らしく、こそこそと嗅ぎ回るのが相応しい。

 僕は柊に一歩歩み寄って、言った。

「『世界政府』のスポンサーは、あなたですね?」
「その表現は、正確ではないな」

 彼は立ち止まり、笑う。
 それは、狂人の笑い方としか形容しようがない物だ。

「H.I.Cの全力を挙げて、本当の意味での『世界政府』の地盤になろうとしたのだよ」

 柊の口調は、いつにもまして演説調になっていく。

「人工穀物と事実上のフリーエネルギー、そして銃弾の無力化。私が着想できた事、そしてその成果物、次代への大きな足掛かりになるだろう」

 彼はそこまで言うと横を向き、夕日に向かって両腕をひろげようとした。
 折れた右腕が、彼をカリカチュアライズしていた。

「凡人には理解できない点があります」
「なんだい」
「『世界政府』が各地で紛争を誘導し続けなければ、それらの技術は普及しなかったとでも?」
「人工穀物発表時に、資源戦争が起こったのだよ」

 狂った科学者のエゴで、今も沢山の人が死んでいる。

「あの戦争で、当時勤めていた会社が襲われ、妻が殺された。子供は探しても見つからなかった」

 無意味な死なら、止める価値はあるだろう。

「私は助かったが、生き延びたことそれ自体を呪った。自棄になった私は酒に溺れた。そんな折、左遷の形であの研究所に転属した」

 この科学者がなんと言おうと、僕は。

「そこで脊椎と脳への改造技術が俎上に上っていた。
 知能の劇的な向上が確実で、かつ、『アルジャーノンに花束を』になる事が判り切っていた」
「なんですか、それは」
「知能の劇的な向上と、その後の末路を語ったお伽噺だよ。
 人体実験をやりたがっていた研究所に対して、私はその被験者になることを申し出たんだ」

 天才が歴史を動かすのもまた一興かもしれないが、僕は別に作られた天才の愚行には興味はない。

「すぐに私はH.I.Cを設立、核融合系の技術パテントを買い漁って、実用性を跳ね上げる研究に没頭した」

 世界中で紛争をけしかけている『世界政府』の存在理由が判らないのだ。

「――『世界政府』を、撤収してください」
 柊は、僕に向き直った。
 夕日を浴びながら、彼は常人の笑顔に戻る。

「幕引きが必要だな。君、僕を殺してくれ」

 ああ。
 つまり彼は、

「指令がなければ三日で止まるようになっている」

 もう、彼の全ての目的を、敢行してしまったんだな――
320創る名無しに見る名無し:2009/05/01(金) 17:32:16 ID:HA4wpZy/
支援
321創る名無しに見る名無し:2009/05/01(金) 17:42:39 ID:HA4wpZy/
支援
322創る名無しに見る名無し:2009/05/01(金) 17:44:32 ID:HA4wpZy/
支援
323創る名無しに見る名無し:2009/05/01(金) 17:45:24 ID:HA4wpZy/
支援
324創る名無しに見る名無し:2009/05/01(金) 17:46:12 ID:HA4wpZy/
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325創る名無しに見る名無し:2009/05/01(金) 17:49:34 ID:HA4wpZy/
支援
326創る名無しに見る名無し:2009/05/01(金) 18:01:21 ID:HA4wpZy/
支援
 他人のレールで全てが終わり、世の中は平和になるのか。
 先の戦争の悲劇の上で、柊はつまらない茶番を始めてしまった訳だ。
 彼の作った技術は確かに素晴らしく、今後の復興のために無くてはならないものだろう。
 ――僕の意味はなんだろう。

 僕はなぜ、ここにいる?

 考えれば考えるほど、
 何もかもが空しくなる。
 
 考えれば考えるほど、
 今、自分が何故ここに立っているのか判らなくなる。

 僕が存在する必要は、なにも、なかったのかもしれないな――
「博士」
 僕は涙と鳴き声を隠さずに、柊の両目を覗き込んだ。
「なんだ」
「あなたを殺す前に、伺いたい事があります。――僕の寿命は、あとどれくらいですか?」
「『予知能力』、使ったんだろう?」
 僕は、頷いた。
「『予知能力』と意識できるレベルで覚醒したかい?」
「はい。この資料を探す際に、確かに」
 彼は頭を振った。
「それじゃ無理だ。半年持つまい――君もあの『ハリー・ヤコブマン症』の患者として死ぬだけさ」

 目眩が、僕を襲う。
 あの目眩だ。
「超能力の時代は人類には早過ぎる。あと百年は後回しにすべきかもな」
 コールド・スリープ前に陥った、あの不快な――人事不省に陥るほどの目眩――
 僕は堪えた。
「共にあの忌まわしい研究成果を墓場に持ち込んで、超能力の歴史を消そうじゃないか。
 人類はまず、立ち直らないといけない」
 仕事を――終えなくては。
 僕は、人工筋が千切れる限界まで力を込めて、柊の頭蓋を殴りつけた。
「おう。ごうふ」
 柊は転がって血を吐いた。
 まだ死んでいない。
 彼は僕に顔を向けた。
 僕は、傍らに転がっていた木材の切れ端を掴み、槍の要領で柊の頭蓋の上に構えた。
「それでいい。きっと、これで新時代が訪れる」
 僕の視界は、すでに何も映ってはいない。
「『世界政府』なんてものが不要だという事に、きっと人は気付けるだろう」
 微かに聴力が残っている。
「『世界政府』こそが、私が次代に送る、最大限の皮肉さ――」
 頭蓋が潰れる音と共に、柊の声は聞こえなくなった。

 目眩が去り、四肢から力が抜ける。

 - - -

 寒い。
 寒い。
 寒過ぎる。

 ――誰か――
 暖房を、つけてくれ――
328創る名無しに見る名無し:2009/05/01(金) 18:03:06 ID:HA4wpZy/
支援
 いまさら生死の意味を訊ねられても、困るというのが正直な感想だ。
 もともと、意味を背負って生まれてくる訳じゃない。
 僕らはなんらかの歯車でも、何かを示す記号でもない。
 そう考えると、すこしだけ気分がラクになる――

 傍らで、レマが泣いてくれている。
 僕のために。
 信じられない事だ。
 なぜ彼女が今、僕を理由に据えて涙を流しているのか、僕は知らない。

 このカビ臭い一室のベッドに括りつけられてから、何ヶ月が経っただろう。
 三日も経っていないのかもしれない。
 僕の意識は、ろくに戻らない。

 僕の一生に、価値があっただろうか。
 隣で泣かれると、まるで、僕の一生に意味があるかのように感じる。
 ――意味か。
 集団幻想。
 僕には、英雄という記号が背負わされたのか。それとも、偉大なる科学者を暗殺した戦犯として独房に入れられているのか。

「レマ。君は、なんで泣いているんだい」

 僕はそう呟いたつもりだ。
 彼女はただ、喋らないで、と言った。

 改めて眺めると、レマはやはり美人……だと……思……

 血が……

 目眩が

 視界はまだ明瞭だ

 あれは医師か

 ドクター・クロムかな

 誰かが レマに

 なにかを告げている

 あれは、医師か

 医師

 白衣

 あれ

 どうして

 みんな


 真っ白だ

 - - -
330創る名無しに見る名無し:2009/05/01(金) 18:05:18 ID:HA4wpZy/
支援
「アメリカが、新らしい政府体制を打ち立てました」

「非常に良く出来ています。他の大国もまた、我々を支持してくれています」

「世界はまた、整うでしょう」

「私もまた、アメリカを建て直す事だけを目標に、働き尽くしたと思います」

「あとはもう全て、次代に託せることでしょう」


 老いた女性が、墓前に花束を添えた。


「あなたは、売国奴として裁かれました」

「あなたの事も、柊博士の事も、私と今は亡き育て親クロムしか知りません」

「クロムに全てを聞いてからしばらくの間、私は正気を失っていました。でも――」

「あなたが歴史に事実が刻まれる事を避けたのであれば、私はその遺志を尊重したいと思います」

「きっとあなたは、一生を賭して、ただ、正直に生きたのだと思います」

 錆びた空に、小鳥の歌声が響く。
 彼女は、空を見上げた。

「その結果、罪を負った」

 花束が、風にそよぐ。
 ――せめて、小鳥の歌声が鎮魂歌とならん事を。

「生前に受け入れられなかった事をお詫びします」


 拳銃の戟鉄が、ゆっくりと引き上げられる。


「――今、改めて、あなたに尊敬の意を表明させて頂きます」






 花束が、硝煙の香りに揺れた。





 
[end]
332創る名無しに見る名無し:2009/05/01(金) 18:06:44 ID:HA4wpZy/
最後までの流れがちょっと唐突だったかな?
でも世界観はいい感じでした
乙!
333 ◆vGw/wR461o :2009/05/01(金) 18:09:30 ID:ECv/8TMz
支援感謝ー

無事、完結しました。見切り発車でしたがなんとかまとまった……かな……。まとまってるといいな……。
至らないところも多々あると思いますが、お楽しみ頂けたら光栄です。
また後日、テキスト推敲し直してコソーリ.txtでうpりに来るかもです。

ご拝読どうもありがとうございました。
334創る名無しに見る名無し:2009/05/01(金) 19:21:38 ID:MP4HnMVo
乙!
おもしろかったよー、txtも楽しみにしてる
335 ◆vGw/wR461o :2009/05/01(金) 19:32:36 ID:ECv/8TMz
重ねてご拝読どもですー。楽しんでいただけて幸いです。
336創る名無しに見る名無し:2009/05/01(金) 21:40:10 ID:IJT9rWuH
オチがメタルギア3と4の混合パクリ過ぎで噴いたw
337創る名無しに見る名無し:2009/05/02(土) 00:57:53 ID:qxpaWWvi
見覚えあるIDだと思ったらGで支援乞食してやがる
Gでやれ
338創る名無しに見る名無し:2009/05/04(月) 18:27:51 ID:XYHlHTx+
>>333氏の投稿も完結したところで、おまいらの望むサイバーパンクを教えてほしい。


俺はパワードスーツとかがメインの話を希望。
339創る名無しに見る名無し:2009/05/04(月) 19:38:26 ID:GBS6Rt0n
サイボーグははずせないと思う
340創る名無しに見る名無し:2009/05/06(水) 12:05:29 ID:XEbNEAT0
サイバー戦国時代パンクを・・・
サイボーグ武将同士の一騎討ちとか。
341創る名無しに見る名無し:2009/05/06(水) 12:28:29 ID:wnjCyNrE
銃夢LOのノリで舞台がスペースオペラ戦争ものとかかな
342創る名無しに見る名無し:2009/05/06(水) 22:37:02 ID:XEbNEAT0
『キャプテン・ムバティ』

○ 主人公はいわずと知れたキャプテン・ムバティ
○ ヒロインは、金髪でムチムチプリンのたまご攻め
○ パイロットは金星出身の四頭身
○ メカニックは木星出身のサイボーグ
○ その他、地球出身とかアステロイド・ベルト出身とか。
343創る名無しに見る名無し:2009/06/03(水) 01:04:47 ID:ToXhyahX
ニューロマンサーちっくなものにすると攻殻臭がするから不思議だねっ!
344創る名無しに見る名無し:2009/06/07(日) 22:04:53 ID:q8jzDbRX
『ナノテク幼女 ミームさん』

サイボーグA「おらおら、俺達は凄いメタリックな世紀末サイボーグだぜェ!」

ミーム「おたすけー」

サイボーグB「ヒャッハー! ガキは撃ち殺せーッ!」

ダダダダダッ!

ミーム「アイタタタタ」

サイボーグC「ウヒョーッ! 全弾命中だァ! ……あ?」

サイボーグA「気のせいか、幼女がデカクなったように見えるぜ!?」

ミーム「きのせいでう」

サイボーグC「なぁんだ気のせいか……おんみょうだんをくらえェーッ!」

ドカーン!

ミーム「げーッぷ」

サイボーグB「……ひょっとしてコイツ、質量攻撃を吸収してるんじゃねぇか?」

サイボーグA「なんかさっきよりサイズが大きくなったような……」

サイボーグB「うぉぉぉッ!? いつの間にかビルよりデカイ幼女にッ!」

ミーム「きのせいでう」

サイボーグC「なぁんだ、気のせいかぁ……」

ミームさんは周囲の物質を分解し、体内に取り込むことで
見る見る内に地球サイズを越え、宇宙を飲み込み、銀河系より巨大化。
ブラックホールを飲み込まれるギリギリまで、質量を増大させることが可能なのだ!

サイボーグA「うべらばッ! デケーッ!!」

ミーム「みーむデコピン!」

ズゴゴゴゴゴッ!! カッ!!

こうして、宇宙よりデカイミームさんのデコピンによる
超巨大質量攻撃により、地球は崩壊したのであった。

345創る名無しに見る名無し:2009/06/07(日) 22:27:22 ID:LZhfvtsL
サイバーパンクは奥が深い…w
346創る名無しに見る名無し:2009/07/16(木) 10:40:52 ID:Kb8Zjcf0
創作文芸板の関連スレ

サイバーパンクを書きたいのですが
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/bun/1234870230/l50
347記憶喪失した男:2009/07/16(木) 11:53:58 ID:3AWWcvtD
>>344 久しぶりにまともなネット小説を見た。
348創る名無しに見る名無し:2009/07/16(木) 12:31:38 ID:UHlP8+gn
>>347
きのせいでう。
349創る名無しに見る名無し:2009/07/21(火) 11:54:38 ID:QBZ0+XOe
メタルヘッドとかでみんな遊んだ?
350創る名無しに見る名無し:2009/07/22(水) 23:04:55 ID:YVSQIhhk
ルールブック買っただけ止まりでした
351創る名無しに見る名無し:2009/07/26(日) 13:52:54 ID:b0kW/DIM
>>333
亀レスだけど、導入部は良かった
それ以降は微塵もサイバーパンクじゃないね
屁理屈で武装したラノベって感じ
352創る名無しに見る名無し:2009/07/26(日) 13:59:46 ID:YBQh6Dci
あら、感想thxです。投下から随分経っとるのにw
序盤の空気だけで書いてたらSFになっちゃったですわ
また機会があれば、今度はもっとマッドな科学者や嘘科学塗れな世界を検討してみたいでうす
353創る名無しに見る名無し:2009/11/08(日) 01:54:42 ID:6aeUv1wb
>>344
俺のサイバーパンク観がいかに矮小だったか思い知らされた気がしたが、やっぱりきのせいでう
354創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 23:45:24 ID:hIcy5bJB
――黒野、今何をしている?
「超野か。今はウパ太郎の世話をしているところだ」
――そうか。
「で、何の用だ」
――仲間を増やすことにした。ターゲットは09-28A35DF1号、名前は只野だ。
「分かった。“向こう”で落ち合おう」
通信を終えた俺は、ウーパールーパーのウパ太郎のエサを水槽に放り込んでから、ジャケットを着た。
別にこれから行く“場所”にジャケットなど必要無いのだがな。気分の問題だ。
机の引き出しから携帯端末を取り出す。
ふと、ガラスの無い窓の外を覗く。人っ子一人いない世界。クソ食らえだ。
それにしても、ずいぶん長く拠点にしたこの廃墟だが、もうそろそろ政府に感づかれるだろう。
今日の……只野? だっけ? ……の救出を最後に、ここは去るとするか。
思考を一段落させた俺は、外から見えない部屋に移動した。
椅子に腰掛け、携帯端末を頭に接続。意識が“中”に吸い込まれていく……。

「よう、黒野。久しぶりだな」
「ふっ、お前こそ、よく生きてたな」
挨拶はそこそこに、だ。無駄口を叩いてる暇は無い。
「只野はどこにいる?」
「K-48地区のマンション『グレートサラマンダー』だ。政府の追っ手が来る前にさっさと片付けないとな」
侵入者はすぐにバレる。早く只野にたどり着かないと。
「二手に分かれるぞ」
ああ、頼りにしてるぜ、相棒。
355創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 23:46:23 ID:hIcy5bJB
俺たちは同時に例のマンションに到着した。
超野があらかじめハッキングして特定した只野の部屋に入る。
「邪魔するぞ」
「な、な、なんだ、お前たちは!」
驚くのも無理はない。俺たちは鍵の掛かった扉をすり抜けてきたのだから。
だが俺たちは冷静に奴を諭す。
「ここは現実世界じゃない。こういうことも可能だ」
「今や、一般市民は電脳世界に閉じ込められ、すべて政府の監視下にあるんだ」
「な……」
「気づいてるんだろう? 理屈じゃなく、感性では」
「そんな話! 信じるわけが!」
「大丈夫、俺たちは君を助けるために来たんだよ」
「そうだ。お前がこの窮屈な世界を脱出する力を貸そう」
「やめろ! やめてくれ!」
「心は知っている。お前が完全に“理解”したときがお前の解放されるときだ」
俺の声に呼応して、奴の体が反応を示した。
「なんだこれは! 体が……透けていく!」
「おめでとう、お前は間もなく解放される」
「冗談じゃない! 俺は……俺は……」
そこで奴の姿はこの電脳世界から消え去った。

「さて、俺たちも戻るか。さっさと奴を見つけないとな」
「黒野、君の話し方は恐怖を与えすぎだ」
何を言い出すかと思えば。小言は帰ってから現実世界で聞いてやる。
「それより、お前、只野を仲間にするとか言ってたな」
「ああ、彼には適正がある」
「じゃあこれからは3人組ってこったな。どうだ、これを機にチーム名でもつけてみるか」
俺のくだらない冗談に、超野はやけに乗り気で答えた。
「そうだな……携帯端末を持つ者、モバイラーズというのはどうだ」
「なんだそりゃ」
ま、悪くはないかな。


おわり
356創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 23:46:30 ID:D2C+Ti0o
ウパかwウパなのかww
357創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 23:50:20 ID:wQKhLi6D
5人揃えば超無敵
でも4人しかいないので比較的普通です
358創る名無しに見る名無し
そのフレーズ懐かしいw

只野さんがこれからどうなるのか気になっちゃうぞw