ネギまバトルロワイヤル25 〜NBR ]]X〜

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245作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/06(月) 21:42:41 ID:jL9YrfHU
のどかの告白は続く。
「だから私は……ゆえを守りたかった。守られてばっかりで誰も守れない自分が嫌だったから――」
「そんなことっ――」
「……わかんねぇよ。」
夕映の言葉をさえぎるようにして耳に入った声に、夕映とのどかは上を見上げる。
2人を見守るようにして静かに立っていた千雨が、不意につぶやいたのだった。
「私にはわかんねぇんだよ!! どうして自分の命を捨ててまでして人を助けたがるっ!! お前だって、さっきの話からすりゃ
早乙女に救ってもらった命なんだろ? それなのに、それなのに……なんでその命をもっと大切にしようとしないんだよっ!!」
はじめの小さなつぶやきとは打って変わって、叫ぶように千雨が声を上げる。
もうなんの音も聞こえない沈黙する集落の中を、投げやりな叫び声だけが響き渡った。
納得いかない。
助けられた命で誰かを助ける。そんなことをくりかえしていたら、結局は1人になってしまう。考えれば誰にだってすぐわかること
なのに、どうしてそれを続けるのだろう。
いくら他人を助けたって、自分が生きていなければ助けた相手と一緒に過ごせる日は来ないのに、みんな進んで死んでしまうそ
の精神が理解できない。
のどかにその答えを求めているわけではないが、思わず叫ばずにはいられなかった。
「はは……そうですね。こんなことしても、ハルナは喜ぶはずないですよね――」
多少自虐気味に返事をするのどか。
明日菜や刹那のように、うまくはいかなかった。のどかには荷の重すぎることだったのかもしれない。
でも言葉とは裏腹に、自分のとった行動を後悔している様子は微塵もなかった。
「……やっぱり、本当の意味で友達を救うのって……難しいです――」

夕映も千雨も、何もいうことができなかった。
夕映はひたすらのどかにしがみついて、死なないで欲しいと祈りながら涙を流す。
千雨はその姿を見て、物思いにふける。
「ゆえ……泣かないで。ゆえの戦いはまだこれからなはずだから――」
のどかの声はさらに小さくなり、聞き取るのも大変なくらいだった。
夕映はのどかの手を握る。体温を感じようとしたが、その手は人とは思えないほどに冷たくて、のどかの顔を見ては大声で泣いた。
「……私、ゆえに会えて本当によかったと思ってるよ――」
「そんなの……私もに決まってます。私も、のどかに会えてよかったです――」
「……うん。……いままでありがとう。それから、がんばってね――ハルナと2人で見守ってるから――」
のどかの瞳が潤んだかと思うと、すぐに目尻からしずくが零れ落ちる。
後悔はしていない。けれど、まだ生きていたいという思いは消えるはずがなかった。
「はい……わかったです、のどか。」
それでも、夕映が力強く頷くと、のどかは満足そうな顔をして微笑んだ。
そのあと、ゆっくりとまぶたが下ろされる。
「のどか……? のどかっ!! のどかぁっ!!!」
それが目に見えてわかってしまったから、夕映は再び名前を呼び続けた。
ありったけの力を込めて、ぶんぶんと体を動かす。けれどのどかが目を開けることはない。
――やすらかで、本当に幸せそうな笑顔のまま、のどかの体から力が抜けていく。
夕映が握っていた手もするりと抜けて、地面にだらりと横たわる。
そして最期に、ほんの小さな声と光だけが残った。

「ばいばい、ゆえ――」

   出席番号27番 宮崎のどか 死亡
                    残り 11人
246作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/06(月) 21:45:05 ID:jL9YrfHU
72.Lover 〜最悪の再会〜

気配を察して、頭を下げる。
風を切る音が間近に聞こえたかと思うと、頭の上を猛スピードでアイスピックが通過していった。
「…………。」
ザジは後ろを振り返り、ためらいもなくAK-47をフル稼働させた。
だが敵の姿はそちらにはない。ザジはあたりを見回すべく引き金を引くのをやめた。
「なかなかひどい格好ですね。」
背後から声が聞こえる。もう一度後ろを振り返っても、やっぱり誰もいない。
「それだけ怪我をしていると、戦う気力もないのでは?」
上を見上げる。確かに上から声は聞こえたが、薄暗い雲が立ち込めるばかりで、人の姿を確認することは出来なかった。
ザジの反射神経が悪いわけではない。完全に翻弄されている。
相手の力量がどれほどのものか、戦ってみるまでもなさそうだった。
いままで戦ってきたハルナやのどかなんかとはレベルが違う、戦いのプロとめぐり会ってしまったことを悟った。
いくらサーカスをやっていて身軽で、これまでの経緯上銃の扱いに慣れているといっても、所詮は人間。人は魔物には勝てない。
――ザジは思いっきり走り出した。

「なにっ!?」
勝てない相手からは逃げるしかないと思い、まさにそれを実行に移しただけだったが、ザジに狙いをつけていた刹那からしてみれ
ば少し予想外だった。
当然、刹那も走り出す。もう数少ない生存者に出会えたというのに、生かしたまま逃がしてしまうほどもったいないことをするつもり
はなかった。
明日菜を殺したことで、自分の最も得意とする部類の武器が手に入った。もう優勝までの道は短いだろう。1人ずつ殺していけばい
いだけだ。
自分以外の生存者が団結しないうちに、確実に事を進めていきたかった。
だからこそ、刹那はザジを追いかける。
あちこち火傷を負っていてボロボロのザジに対して、疲労こそあるものの腹にほんの少しの切り傷は1つあるだけの刹那は、まだか
なり速く走ることができた。
たまに振り返って撃ってくる弾は、いつも夕凪でやっている通りサーベルではじき落とせばいいだけ。連射されたらまずいが、そんな
余裕はザジにはないようだった。
ザジが勝てる気がしないのを悟ったのと同じように、刹那も負ける気配がないことを悟った。
やがて森を抜け、荒れ果てた大地に足を進める。
冷たい風が吹きすさぶ荒地には、隠れるところも盾にできる木もなにもない。
走りながらでも簡単に狙いを定めることができた。
「いままでどれだけ苦労してここまで生き残ってきたのか知りませんが、私に会ったのが運のつきだと思ってください。」
桜子から奪った銃で、ザジの背中を狙う。明日菜を撃ったときにわかったが、銃は刹那の小柄な体にとっては負担が大きく腕を痛め
そうだったので、連射せずに一発だけ撃った。
弾は反れることなく一直線に飛んでいき、体に吸い込まれていった。
「――――っ!!」
背中を打ち抜かれたザジは、必死に前に進もうともがくが、体がついてこないままその場に倒れこんでしまう。
即座に刹那は接近し、サーベルを首もとに突きつけた。
「ずいぶんあっけなかったですね。」
「…………。」
247作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/06(月) 21:46:33 ID:jL9YrfHU
言葉通り、あまりにもあっけない負け。でもそもそも、銃一本でここまで生き残ってこれたこと自体奇跡に近いことなのだから、
ザジにはそう悔しさは芽生えなかった。
化け物みたいな戦闘能力を誇る人材がそろいにそろったこのクラスで終盤まで残れば、それはすなわち化け物と戦う道を選ん
だということだ。ならば戦って華々しく散るのも悪くないと思った。
ザジにも簡単にわかった。刹那は無理をしていることが。
こうして人を殺すことに何のためらいも感じないような振る舞いをしているけれど、本当は誰も殺したくなくて仕方なくゲームに乗
っていることが、態度ににじみ出ていた。
でも、だからといってザジを生かしておくこともしないだろう。殺されるのはわかっている。反抗するつもりはなかった。
いままで説得されてきているのは雰囲気でわかったので、ザジごときが説得したところで刹那の気持ちが変わらないのは見え
透いている。
「私にも……友情が欲しかった……」
だから諦めがちに、めったにしゃべることのない口で、ひさしぶりに声を発した。
別に誰かに話しかけたわけではない。何かひと言だけでも、この世の中に残しておきたかったのだ。
ハルナとのどかの友情を見せつけられては、自分みたいな誰とも仲良くない人間が生き残ってしまうのはみんなに悪い気がした。
あんなにも人を思う気持ちを大事にして死んでいく人がいるのに、誰のことも想わずに寂しく生きていく価値は自分にはない。
今まで何も言わなかったが、3−Aの一員になれたことがザジにとっても幸せに思えて、やすらかな表情を浮かべた。
そして、それが最後の言葉となった。


――――――
背後に、人の気配がした。
刹那はそれを無視して森の中へ戻ろうとした。立ち止まってしまったらもう進めなくなると、本能が告げていたから。
ザジの死体を横目に、ついに自分の醜い姿を見られてしまったことを嘆き、でも涙は流さずに走り出す。
だが、その声を聞いてしまっては、立ち止まらずに入られなかった。

「せっちゃんっ!!」
一番会いたかったけれど、一番会いたくなかった人。
自分を呼ぶ声が、なんと悲痛に聞こえたことか。そしてその声がなんと自分の心に響いたことか。
「せっちゃん……待って。」

   出席番号31番 ザジ・レイニーデイ 死亡
                    残り 10人
248作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/06(月) 21:48:08 ID:jL9YrfHU
今日は以上です。
明日もいつもどおり投下します。

では。
249名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/06(月) 21:54:17 ID:PAY3mva1
乙です。

のどか・・・。
まだ茶々丸の死の表示がないのが気になる。
今週末ごろに終了かな?
250名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/06(月) 22:01:08 ID:PAY3mva1
別館のTOP絵になるかどうか知らんけど貼っときます。
ttp://www7.uploader.jp/user/yuyu/images/yuyu_uljp00007.jpg

あと、なんかアップロダに4コマ載っけてた人がいるけど、
何でアナウンスしてないんだろ?面白いのに。
251名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/07(火) 19:10:26 ID:FtWdxV9T
のどか…(泣)
252作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/07(火) 20:25:10 ID:a0ozC3uc
どうもー。

>>249
あとのほうに、6000字を超える話がいくつかあって、その話の日はキリとか関係なく
一日二話の投下にしたいので、今週末には終わらないかと思います。

では、今日の投下です。
253作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/07(火) 20:28:46 ID:a0ozC3uc
73.Despair 〜決められた未来〜

もといた場所をあとで訪れてみても、変わっていないとは限らない。
最初は明るい未来に出られると信じていたけれど、いまはその先に何もないことを知らずにはいられない。無理にでも
知らされるしかなかった。
――皮肉にも、いまいるこの場所は、木乃香のスタート地点だった。

ずっと会いたかった。ようやく会えた。
でも、誰よりも信じていた刹那は、いま目の前に木乃香の想像をはるか超えた殺人鬼に成り下がって立っている。
「どうしてなん……?」
刹那が何人もの人を殺しているのは見ればわかったけれど、それに対して憎いとか信じられないとかいう感情を抱く以
前に、木乃香はただ悲しみに暮れた。
木乃香のために振ってくれていた剣。それを友を殺すために使い、容赦なくクラスメイトの命の炎を消していく背中が、
そこにはあった。
一番頼りにしていた人の姿を目にしたことで木乃香は無心に虚空を仰ぎ、力の入らなくなった足はかくんと折れて荒野に
座り込んでしまう。
何かにすがるような表情で、呆然と見上げることしかできなかった。

小さい頃からずっと木乃香の事を守ってきてくれた刹那。
ピンチのときにいつも駆けつけてくれる刹那に、木乃香はいつの間にか、友達という感情以上に憧れを抱いていた。
最後には刹那がどうにかしてくれる。そんな淡い確信を常に胸に秘め、いつも辛いことにも立ち向かって生きてくることができた。
それなのに、この状況はなんだろう。
刹那に会いさえすればもう大丈夫だと思えると信じていたのに、見事なまでに木乃香の期待は裏切られた。
この島に残された数少ない希望を求めて生きてきたつもりだったというのに、そんな希望など最初から存在しなかったのだ。
絶対的な信頼をおいていた彼女に対して、なんの感情も抱くこともできなかった。

刹那は返事をしない。返事なんかなくても乗った理由なんてわかるだろうけれど、木乃香のせいで刹那がこうなったと
思わせたくないから、責任を感じさせないためにも返事はしなかった。
「なにが、不満ですか?」
そのかわりに、質問を投げ返してやる。
いつかこうなることはわかっていて選んだ道なのだから、この辛さを刹那は乗り越えなければいけない。苦境を乗り越えた
先にこそ、刹那の望む未来がある。
「私にまかせておけば、お嬢さまは生き残れます。」
何を言おうと木乃香が自分の行動を認めてくれることはないとわかっていたけれど、逆に何かを言えば言うほど確実に刹那が
悪者になっていく。
自分にすべての責任を背負わせておきたかった刹那にとっては都合がよかった。木乃香は何も考えなくていい。自分に任せて
おいてくれればそれで済む話だった。
けれど木乃香は頬に大粒の涙を流しながら、叫ぶように訴える。
「生き残っても、みんながいない。ウチ1人生き残っても何もできないことくらい、せっちゃんにもわかってるはずや!!
ウチは弱いから、1人じゃ絶対生きていけへん!!」
「もう1人、一緒にいられる人がいるじゃないですか。」
「そんなこと関係ない!! もっとたくさんの友達がいないと、ウチ笑っていられないんや!!」
悲しみのままに感情を露にする木乃香に対し、刹那は相変わらずの無表情っぷり。
もう1人というのは、刹那のことだからだった。
そう、木乃香が生き残ろうと刹那が生き残ろうと、結局最後の2人は同じ。
木乃香と一緒にいられるもう1人というのは、2人とも死なない限り変わることはない。どちらが優勝者になろうと、木乃香と
刹那がこの島から帰ることになる。
刹那はすべてを失い心に深い傷を負った木乃香を、支え続ける自信があった。いや、支え続けられると思い込まなければ、
自分の行動を正当化できなかった。
だから、刹那は木乃香がどんなに悲しむことになろうとも優勝を目指すことを決めたのだ。生き残って、それからゆっくりと
傷を癒していけばいい。
どんなに深い傷も、時間が経てば癒えていく。傷の深いうちに精神を乱さない限りは、いつか木乃香に立ち直れるときがくる。
その手伝いをできるのは刹那しかいないと自負していたし、そうなるのが最善の策であることも、刹那は確信していた。
木乃香を死なせるわけにはいかないが、超がいなくなってしまったから脱出の方法はない。
ならば優勝する、または優勝させるしかないと考えるのは仕方のないことだった。
木乃香に出会わなければただルールに乗っ取ってゲームを進めればいいし、出会ってしまえば木乃香を守り通せばいいだけ。
ただし木乃香の脇で戦うことはしたくなかったので、開始当時から出会わないことを祈りつつ殺しをしてきただけだった。
254作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/07(火) 20:30:13 ID:a0ozC3uc

「いままでこの島で生きてきて、わかったことがある。」
何も言わない刹那に対して、再び木乃香は口を開く。
刹那を説得しようという気持ちに、変わりはないようだった。
「ウチにはまだ誰かを守るなんてことはできないってことと、――それどころか、ウチ1人じゃ生きていけへんってことも。
強くなろうと思ったって、結局は誰かに支えててもらえないと無理なんや。
いまの弱いウチじゃ、他の人にすがって生きてくだけで、せいいっぱいだったんや……。
――それなのに、せっちゃんはウチに、みんなを犠牲にして生きろって言うん?」
瞳を潤ませながら必死に話しかけてくる木乃香を見ると簡単に決意が揺れそうになるが、刹那は負けるわけにはいかない。
「それしか方法がないんです。しょうがないことなんですよ。」
言い訳がましくなってきているのはわかっている。方法がないと思って疑わず、他の方法を探そうとしなかったのも事実だ。
けれど、ここで引いてはなんの意味もなさない。
「それに、そのうち新しい友達もできます。体を寄りかけることのできる友達だって、たくさん作っていけるはずです。
お嬢さまはずっと悲しいまま生きていくわけじゃない。笑える日だって、いつかくるでしょう。
だから、私はこのままの方針で動きます。」
「ダメや!! ダメやよ……そんなの……」
「ごめんなさい、お嬢さま……」
木乃香の声は、空から舞い降りる雪のように現れては消える。

刹那は木乃香に背を向けると、ザジのかばんを持って荒野を踏みしめる。
もう何人も残っていないこの島でやがて2人きりになったとき、再び出会うことになるだろう。
「待って!! せっちゃん!! お願いやから、待ってよぉ……」
「さようなら、お嬢さま。――また、後で。」
「そんな……そんな……」

追いすがる声を小さな背に受け、刹那は歩き出した。
あと数人殺せば、すべてが終わる。
いつまでも後ろでしゃがみこんでいる大切な人を救うまで、あと少しだ。

                    残り 10人
255作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/07(火) 20:31:44 ID:a0ozC3uc
74.Decoy 〜タイムリミット〜

『4回目の放送ネ。よく聞いておくことをお勧めするヨ。』
それは美砂と円が朝倉をしとめ損ねてからしばらくしてのことだった。
「ったく、なんだってのよこんな時に。」
「まぁまぁ、いまは朝倉も来てないことだし。」
物音を立てずに静かに移動し、朝倉がいないことを確認しては座り込んで作戦を考える。
そんな行為を永遠とくりかえしていたので、円のストレスはたまる一方で、美砂の方もかなり気分がだれてきていた。
『死亡者は、14番の早乙女ハルナ、16番の佐々木まき絵、22番の鳴滝風香、8番の神楽坂明日菜、27番の宮崎
のどか、31番のザジ・レイニーデイ、の6人ネ。』
『あと、禁止エリアのことだガ、ゲームの進行が遅いから増やすことにしたヨ。
一時間後にエリア11、三時間後にエリア2、五時間後にエリア8、となる。
では、健闘を祈ろう。』

なんら進展はない。朝倉からは攻めてこなかったし、こちらからも攻めていない。
朝倉からしてみれば人数差を考えて慎重に攻めたかったし、2人からしてみれば普通に戦えば勝てるはずなので
確実な方法を考えてから攻めたかった。
けれど、この放送のおかげで長かった耐久戦は終わりを告げることとなる。
「エリア11って……」
「うん、ここのことね――」
タイムリミットができてしまったからだった。
それもちょっとやそっとでどうにかなる時間ではない。たったの一時間で、この戦いにケリをつけなければならなかった。
すでに戦い始めてから6時間以上が経過している。
それなのにその6分の1の時間が経っただけで首が吹き飛んでしまうと言われて焦らないはずもない。
何か契機を作って早めに決着を付けられる方法を考えなければと、顔を見合わせた。
が、

パァンッ
1発、ずいぶん近いところから銃声が聞こえた。とっさに身をかがめてどこから襲ってくるかわからない弾丸に備えるが、
弾はどこからも飛んでこなかった。
こちらからきっかけを持ちこむ必要はなかったようだ。
朝倉も当然どこかで放送を聞いていたのだから、早めに勝負に出なければいけないことを悟って、積極的に攻撃を仕掛
けてくるつもりなのだろう。
音は場所を特定するための情報を提供してくれる。相手の場所を知るにはちょうどよかった。
美砂は手元にあった地図を覗き込んで、音のした方向を確かめた。
「ここから北にある通路で、一番近いところは――ここね!!」
指で紙面上をなぞっていき、該当する箇所をとんとんと叩いてみせる。幸い風はなかったので、音が流されていることも
ないだろう。自慢げに円の顔を見やると、円もそれに応えた。
「東西に伸びてる通路に行き止まりの細いわき道が一本、南に向かってあるだけだから、東西で挟み撃ちにすれば追い
詰められるはずよ。」
256作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/07(火) 20:33:38 ID:a0ozC3uc
――おそらくさっきの銃声は囮。
そのくらいのことは、美砂も円もわかっていた。朝倉だって、意味もなく銃を撃ったら居場所が知れることくらいわかっているはずだ。
だから朝倉は、こちらが焦っていることを利用して銃声でおびき出し、その間に裏をかいて2人を狙撃するつもりなのだろう。
朝倉の立場になって考えてみれば、いらいらして正常な思考を制限されている2人にもすぐに辿り着くことのできる答えだった。
いくら勝負を仕掛けたいと思っていた2人にとっても囮に自らかかりに行くのは気が進まないのは確かだったが、でもだからといって
このまま行動を起こさないというのも、時間の都合上できない。
いまなら確実に銃声のしたところに朝倉がいるが、時間が経ってしまえば敵の位置はわからなくなる。広い住宅街のどこかでめぐり
会うのはあまり期待できない。
朝倉のことだから時間ギリギリになってから2人を置いてエリア11から逃げ出すかもしれない。
ならばこのチャンスは生かすべきだった。
朝倉がどう裏をかいてくるかはわからないが、それをうまくかわしてこちらから返り討ちにして倒してしまいたかった。
入り組んだ戦場ならばいくらでも隠れる場所があるから、身の安全を保ちつつ朝倉に近づくことも可能だし、いざとなれば銃撃の盾
にもできる。
――2人は円の言葉どおり東西から挟み撃ちにする方針をとることにし、かばんを持って立ち上がった。
ボウガンとアサルトライフル。いまさらながらどちらも遠距離攻撃のできる優れた武器だ。
あとは朝倉の攻撃に気をつけながらうまくやるだけ。
軽く視線を交えると、2人は背を向けて敵を滅ぼすために走り出した。


美砂の西へ向かう足音を耳にして、円は大急ぎで東に向かう。最初の角を北に向かって折れると銃を構え、敵がいないことを確認する。
建ち並ぶ家には無数の窓があり、そのどこからでも朝倉が狙っている可能性があることに身をすくめながら、全速力で通路を駆けて
いった。
地面を覆う瓦礫は円の足元を救おうと不規則に落ちている。それを踏んでバランスを崩しそうになったが、横の壁に手をついてこらえ、
また休む間もなく突き進む。
まっすぐに走ると狙われやすいから適当に方向を変えながら走り抜けていったが、目的の角に到着するまでに銃声は1回も聞こえて
こなかった。
「……こっちにはいない――?」
安堵のため息と共に若干の不安を残して、円は一人つぶやく。
たぶん挟み撃ちにしてくることも承知で、朝倉はそのどちらかに絞って攻撃してくるはず。
銃声の位置からは美砂と円のことを見ることはできない。見られていたならば美砂の方に行くに決まっているが、そうでなければ話は違う。
円のほうにくるか美砂の方に行くかは五分五分といったとことだろう。
けれど円のほうに朝倉がいる気配はない。美砂の方か?
とすると、美砂が無傷で耐えていてくれる間に円が朝倉を見つけ出して攻撃しなければいけない。
でもそのために円ができることは、美砂が朝倉に見つからないよう信じることだけだった。

また後ろを振り返る。警戒心はどれだけ強くても強すぎることはない。そうして何も起こらなかったことを思い返して西へと曲がった。
この通路はさっき銃声が聞こえたときに朝倉がいたであろう東西に伸びる道。
「急ごう!!」
もといたところに留まっていることは絶対にない。
そう思って再び走り出したが、しばらく走っていくと道に落ちていたあるものを目にすることとなり、円はひどく嫌な予感に襲われた。

――遠くから銃声が聞こえた。
予感はすぐに的中してしまった。
すこし待っていてもその弾は円のところへは飛んでこない。つまりは、美砂の身に危険が及んだということだった。

                    残り 10人
257作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/07(火) 20:35:46 ID:a0ozC3uc
75.Treasure 〜3−A〜

西へと走る美砂。
円と同じように角で朝倉がいないことを確認すると北に曲がって身を隠す。
比較的広い通りには鍵のない自動車が放置されていたので、その後ろからガラスを通して先を見据えた。
開始から2日目を迎えようとするこの島に、残っているのはもう10人。
クラスメイトが減ってしまったことは当然悲しいけれど、逆に考えれば人殺しも減っていることになる。ここで朝倉を
殺すことができれば、もう殺人鬼は残っていないかもしれない。
そうなれば生きている人たち全員で集まって脱出へと踏み出せる望みだって大いにある。
そんな明るい未来を、自分の向かっていく通路と共に見つめていたような気がした。

パンッ
けれど、理想とは裏腹に現実はただ残酷だった。
「ぇ……?」
朝倉の現れるであろう通路へ向かい走り出そうとしたところで、背後から銃声が聞こえてきた。
そしてその直後には、美砂は胸に痛みを訴えてうつぶせに倒れていた。
何が起こったのかわからない。なぜか、自分は地面ととても近い位置にいる。
ゆっくりと近寄ってきた朝倉は、力なくだらりと伸びる美砂の両手を踏みつけると、ぐりぐりと踵に体重をかけて痛みにもがかせる。
手の甲の骨が折れるかと思うほど続けて、ボウガンを手から離したのを見ると、それを奪ってから美砂の背中を蹴りつけた。
「ほんとに単純な奴だね――」
いつもと変わらない調子で、朝倉がつぶやく。誰かを見下しているような声色。
しばらく時間が経ったためか最初の頃の狂気こそなかったものの、それでも右手を奪った美砂への怒りはいまだ途絶える
ことのない永遠のものだった。
「ばーか。」

どうしてだろう。絶対に音は北から聞こえたはずなのに、朝倉は南の方から現れて、美砂の背中を撃ち抜いた。
その理由を考えようかと思ったけれど、急にそんなことどうでもいい気がして、やめた。
自分は死ぬ。それだけがここにあるすべてだった。
もう焦る必要はない。無責任ではあるけれど、後は円がどうにかしてくれる。
――意識を保つのが辛くなってきてふと目を閉じると、桜子がすぐそばに眠っていた。
寝疲れたから起こして欲しいのかもしれない。それとも、一緒に寝てほしいのかもしれない。
美砂は死を目前にして、さっき死にそうになったときと同じように、思い出すのはやっぱり部活のことだった。
自分にかけがえのないものをくれたチアリーディングの時間、仲間。おかげで誰よりも中学校生活を楽しく過ごせた自信が、
美砂にはあった。
「――チアリーダーとして、私は桜子と一緒に円を応援します。」
一緒に練習してきた仲間が、散り散りに別れてしまう。
別れてしまういまだからこそ、入学してから一度もできたことのなかった大技でも、3人で完成させることができるような気が
してならなかった。
こんなにも友達を大切に思ったことはない。共にいるのが当たり前になっていたけれど、いつの間にか友達がこんなに大切な
存在になっていたのだ。
美砂はふと、自分が桜子や円のことを思うように、自分も2人にとって大切な人になれていたのかな、なんて思った。
(なれてたら、うれしいな――)
朝倉はもう一度美砂に照準を合わせて、美砂が何を考えているかも知らずためらいもせずに軽く引き金を引こうとした。
でも止めた。
「あんたにとって、一番大切なものはなに?」
銃口は向けたまま、美砂に問いかけた。
最後の一言を聞いてやるつもりだったのではない。単純に、答えが知りたかった。
「そうね……。3年A組っていうクラスかな。」
自分の大切な右手を奪った美砂にも、同じ苦しみを味わわせてやろうと、大切なものを奪ってやろうと思ったから。
「あ、そう。」
でもそれは壊せるものではなくて、朝倉はなんとなく喪失感に心を揺らした。
「――死にな。」
「……わかってる? あんたも含めて、3−Aっていうのよ。」
発砲音に、無音の住宅街ではエコーがかかる。美砂は頭に血の花が咲いて、華々しい最期だった。
「円、私たちは3人でひとつだから……心はいつも一緒にいるよ――」

258作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/07(火) 20:37:06 ID:a0ozC3uc

やがて、円が反対側からあとを追うようにやってくる。
「あんた――」
想像通り、朝倉の足元には動かぬものとなってしまった美砂の体。
円が通ってきた道。美砂が嬉しそうに地図上で指差した場所には、円の敗北を示すアイテムが残されていた。
爆竹だったのだ。
2人が銃声だと思って朝倉の位置を見つけ出したその音は、ただの爆竹が破裂する音。
素人の円たちに聞き分けるなんてことはできない。最初から朝倉の思惑通りだった。
それがわかった瞬間に、円は我を失って本物の銃声のもとへと駆けつけた。
そしていま、朝倉の左手にはまだ白い煙を上げている銃が、次の獲物を求めて息を荒げている。
「許さないから――」
獣が唸るように、低く声を発した。
怒りを露にし、威圧感を与えるには、それで十分だった。
でも心が壊れかけている朝倉には、威圧感もなにもない。にやついた顔で、円を見る。
「それで?」
朝倉は勝ち誇ったような態度をやめない。
左手に持つ銃を構えて円に撃つだけで自分の勝利が確定するのだから、当然かもしれない。
「それであんたになにができるっていうの?」
だから挑発のセリフを投げかけた。正気を失ってくれれば失ってくれるほどいい。
自分に対して腹を立てて殺そうとしてくる相手を無様に殺してやるという行為は、朝倉にとって快感にしかなりえない。
――円の目が、血走った。

『 あ ん た を 殺 す ! ! 』

ダァァァァァーンッ
そのタイミングで、朝倉のすぐ横の壁が、とてつもない轟音を立てて崩れ落ちた。
住宅街全体に届くくらいに、地面を揺らす低く重い音があたりに響き渡った。
建物の入り口部分が爆風でひん曲がって朝倉の後方を飛んでいく。あっという間に炎が燃え広がって屋根に上り、
一気に焼き払う。
何もないただの倉庫が突然爆発した。その不自然さに朝倉は一瞬精神をを保ちきれなかったが、円のほうは最初
から爆発が起こるのを予測していたかのように落ち着いていた。
自分が朝倉の前で何もできずに殺されそうになっていた現実から、爆発は自分を救ってくれただけ。言い換えれば、
これはチャンスでしかない。
宇宙人でも見るような目でそれを凝視した朝倉に向かって、円はためらいもなく狙いをあわせた。
スコープに憎き朝倉の顔が映し出される。それが見えた瞬間、円は激しい嫌悪感のままに引き金を引いていた。

「――私はまた、手の届くところにいた親友を見殺しにしたっていうの?」
寂しげな、後悔がひどくにじみ出ているひと言。
桜子を救えなかったから美砂だけは何があっても死なせないと誓ったはずだったのに、結局言葉は虚言でしかな
かった。助けられるはずだった人間を、助けられなかった。
力量不足だったせいだろうか。それともどこかで間違えた判断をしただろうか。
原因がなんであるか簡単にはわからないけれど、たとえなんであったとしても、いまここで、美砂はもう帰ってこない
という現実は確かに円の首を締め付けている。
息苦しかった。首を強く握りしめる思いは、何度はがしてもしつこく掴みかかってくる。
斬りつけて、文字通り断罪してやりたかった。――が、できなかった。
冷たい風が吹いて、首を解放することなく円の頬をなでただけだった。

ふと意識を戻すと、ギリギリのタイミングで自分を狙う円に気付いた朝倉は滑り込むように建物の影に身を隠し、弾は
朝倉がもといた場所の遥か後ろの壁を傷つけるのが見えた。
朝倉はそのまま円から距離をとるように遠くへ走っていく。
当然、円は追いかけた。時間はそう残っていないことを忘れるはずもない。
そしてある建物の前で立ち止まると、突然振り返って円に向かって発砲すると、当てるつもりもなかったのかその行方を
確かめもせずにドアを開けて入っていった。
円は確実にかわすために電柱の陰に隠れ、弾をやり過ごしてから2発立て続けに反撃したが、どちらも朝倉の開けた
ドアに阻まれて当たることはなかった。
朝倉の入った旅館らしき建物の外観を目にすると、円は安心したように裏口から侵入した。

   出席番号7番 柿崎美砂 死亡
                    残り 9人
259作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/07(火) 20:38:28 ID:a0ozC3uc
本日は以上です。

では。
260作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/07(火) 21:12:05 ID:a0ozC3uc
参考までに……

いま生き残ってるのは、出席番号順に、

名前    所在地   状況・心境
――――――――――――――――――――
朝倉和美  エリア11 乗っている
綾瀬夕映  エリア4  ショック
和泉亜子  エリア?  改心
絡繰茶々丸 エリア4  ?
釘宮円   エリア11 朝倉を殺す
近衛木乃香 エリア5  ショック
桜咲刹那  エリア5  木乃香以外全員殺す
龍宮真名  エリア?  迷い
長谷川千雨 エリア4  ?

という感じです。あんまり書くとネタばれになると思ったので、?を使いました。
禁止エリアは1・3・6・7・9・10
約1時間後にエリア11
約3時間後にエリア2
約5時間後にエリア8 が追加で禁止になります。

あと1週間ちょっとになると思いますが、これからもよろしくお願いします。
261名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/07(火) 22:10:17 ID:DVISD2TB
乙。
いいよいいよ和美
カッコいいよ
優勝してさよちゃんと二人でハッピーエンドだw
262名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/07(火) 22:12:38 ID:7rTcnlIT
おっつです。
生存者誰だっけ?と思ってたところだから助かった。
そろそろ生き残りは誰かと気になるところだけど、結構絞れないね。

このせつ主軸の話だけど生き残れるかは微妙、
脱出組のゆえちうも微妙、最後に超がどう絡むのかも気になるところ。
うーむ・・・楽しみにしてますよん。
263作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/08(水) 20:29:08 ID:b/azNB8O
どうも。こんばんは。

今日の投下に入ります。
264作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/08(水) 20:31:21 ID:b/azNB8O
76.Guile 〜罠、二重罠〜

朝倉が迷わず入っていったということは、建物内に何かしらのトラップが仕掛けられていると考えて間違いはないだろう。
そうでなければ、素直に銃撃戦をしたほうが時間的にもリスクが少ないはずだからだ。

やはりあいつは殺さなければいけない。美砂の仇は、必ずこの手で取ってみせる。
最初に美砂を殺そうとしていたときに確実に頭でも撃ち抜いておくべきだったかと後悔しつつも、今度こそは絶対に逃さ
ないと心に誓った。
円はあたりに細心の注意を払いながら1歩1歩進んでいく。罠に一度はまってしまえば最後。負けが確定するのはわか
りきっている。
旅館のつもりで作ったのであろうこの建物は、作り自体はとても単純なものだった。
玄関と広間があって、すぐ横にある階段で2階に上がれる。食堂は1階に大きなものがあり、風呂や共同トイレなどもす
べて1階、客室は2階に集まっているようだ。
円は自分が朝倉の立場だったらどこから狙撃を狙うか、どこからトラップにかかるのを見るかを考え、そのような場所は
避けて歩いた。
長い廊下なんかもなるべく通らないようにし、やむをえず通るときは早足で通過していった。
「いない……。」
だが1階をすべてまわり終ったところで、朝倉が潜んでいた形跡すら見つけられなかった。
残り時間的にこの建物から朝倉が出るとは考えづらかったし、かといって足音の1つも聞こえてこない。
もちろん円も足音を立てないようにしていたので、外で場違いに昼を歌う鳥たちの声がうるさいくらい耳についた。
朝倉の武器はただの拳銃とボウガンで、円の銃と比べれば遠くまでは狙いが定まりにくいことも考慮すれば、やはり狙い
撃ちよりもトラップにかかるのを待っていると考えた方が無難かもしれない。
ならば慎重を究めていけばいい。注意さえ怠らなければまず見破れるはずだ。

円は階段の下に立つと、顔は出さずに上に向かって銃口を向ける。
すぐ上で待ち伏せしていた場合、その銃口を見て相手は、存在に気付かれたかと思い逃げ出すか反撃するかのどちらか
の行動をとるはずなので、物音がしなかったのを確認すると円は安心して階段に足をかけた。
階段は上からも下からも狙われる可能性のある危険な場所。ゆっくり上るメリットはない。
円は手すりなんかをうまく使って足音を立てずに急いで2階に辿り着くと、構造はわかっているから背後を取られないよう
に気を使って歩いた。
2階のどこかには、必ず朝倉が隠れている。敵陣に乗り込んでいく円は、両側の壁が迫ってくるような幻覚に襲われた。緊
張の表れだった。
この建物に3階はないが、2階の天井は異様なほど高く、何かを落とすには最適に思われた。ボロボロで穴も空いているの
で、人は入れそうもないがナイフくらいなら隠せそうだ。
だが当然、無防備に視線を上に向けるなんて愚かなことはしなかった。何かを落とすにしても紐やワイヤーのようなもので
引っ張って落とすくらいしか方法がないのだから、足元さえ見ていれば引っかかることはない。

そうして1つ目の部屋の前で足を止めた。首を左右に振って敵がいないことを確かめると、ライフルを肩に構えたまま扉に
手を掛ける。いかにも軋みそうな扉だったので触れることすらためらわれたが、そのままでは事態が進展しないことを思って
勢いよく開け放った。
――人の気配はない。
円は息をできるだけ止めて数歩だけ中に入るとドアを閉め、部屋の奥へと進んだ。
窓の半分が割れ落ちていて、風が吹き込んでくる。人が隠れられそうな押入れを全部開けて中を見た後、窓から外を眺めた。
外には何度も通った覚えのある大通りが南北に伸びている。円は朝倉が一直線に建物を通り抜けて外へ逃げないためにわざ
わざこの通りからつづく裏口から侵入したので、こちらから出て行った可能性はきわめて低い。
ならばここには用はない。この部屋ではないことを知ると、円は再びドアを思いっきり力を込めて押し開けた。扉の前で朝倉が
待っていたときのことを考えての行動だった。
265作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/08(水) 20:33:00 ID:b/azNB8O

そういえば――。
円は突然思いだした。
美砂にこの島で初めて会ったとき、美砂は『斬られそう』になったから腰が抜けてボウガンを撃つことになったと言っていた。
とすると、朝倉の武器は銃とボウガンだけじゃない。きっとナイフか日本刀か、そのようなものがあるに違いない。
さっきこの建物に入ってから仕掛けをするには時間が少なすぎるから、たぶん円たちが逃げたり狙ったりしていた間に忍び
込んで罠を仕掛けたのだろう。
銃は美砂を殺すのに使っていたし、ボウガンは美砂から奪ったものだと円にもわかっていたので、トラップとして使われてい
るのは、2人と戦っている間に姿を見せなかった、その『斬る』ことのできるものだと考えられた。

廊下に戻るとすぐに、円は次の部屋へのドアを開く。
2つ目の部屋は1つ目とは違ってもっと広く、ミーティングなどで使われる多目的ルームを模して作られたものだった。
――人のにおいがした。
今度のは窓が全開になっていたが、それでも少し前までこの部屋で誰かが潜んでいた空気を円は感じた。
広さが違うだけで押入れの位置や洗面所の場所なんかも変わっていない。
危険な気がしたのでさっさと引き上げて次の部屋に向かいたかった……が、そうもいかなかった。
――それは、洗面所の扉の下にあるほんの少しの隙間に、洗面所の中へと細いワイヤーが張られているのを見つけたから。
注意していなければ見つけられなかっただろうが、気の張っている円にはあまりにも容易すぎるトラップだった。
ワイヤーを目でたどっていくと、先ほど想像したとおり屋根へと伸びていて、そこからはかすかに銀色に光る刃物が覗いていた。
内側のドアノブかどこかにワイヤーが巻きつけてあって、扉を開くとそれが引っ張られて上から刃物が降ってくる、という算段だ。
漫画でもなかなか見ないような幼稚なトラップだったが、円の警戒心は最高潮に達した。
ようやく、敵が姿を現すはず。
決着がつくまでは短いだろうが、――決戦が始まる。

トラップを見た円は、瞬時にその場に伏せた。
すると屋内では鼓膜が破れそうになるくらいうるさい銃声が鳴り響き、後ろから、頭の上をものすごい勢いで弾丸が通過していった。
それを見届けると円は体勢を立て直して部屋の外へと走る。
円の予想通り、背後に位置取っていた朝倉は、姿を見られていないはずなのに弾を避けられた驚きでとっさに円を捕まえることが
できなかった。
しかし呆然としている暇はないことなどいやというほどわかっていたので、すぐに廊下へ飛び出して円の姿を確認し、背中丸出しで
無防備に走る円に正確な狙いをつけて一発撃った。
「――――っ!!」
朝倉の持っているダブルアクションのリボルバーは、引き金を続けて引くだけで次の弾を射出することができる。装填時間が必要
ないため円との距離もそう離れず、さすがに外すわけもなく見事に円の腰辺りに突き刺さった。
赤い鮮血が木造の廊下に飛び散って、床を染める。
さらにもう1発撃つと、今度は円の唯一の武器であるスナイパーライフルの柄の部分に当たって、銃は回転しながら地面へと落下した。
勝った、と思った。
武器を落としてしまえばもうこちらのものだ。
だが円は武器など気にも留めずにそのまま一気に廊下を一番奥まで走りぬけると、そばにあったドアを開けて部屋に入り込む。
円の意地の強さに再び驚かされながらも、朝倉は口元を嬉しそうに歪めた。
「袋のネズミってやつだね。」
いくら逃げられたつもりになっていたとしても、そこは行き止まり。もうそれ以上逃げ場はない、一番奥の部屋だった。
朝倉は相も変わらず不気味ににやつきながら、まだ銃に弾が入っていることを確かめてゆっくりと歩を進めていった。

朝倉だけは、決戦は終わったと思っていた――。

                    残り 9人
266作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/08(水) 20:34:22 ID:b/azNB8O
77.Secrets 〜惨劇のあとに〜

やっぱり朝倉は知能犯だった。
幼稚とはいえもっともらしいトラップを仕掛けておいて、実はそれ自体がトラップだったなんて、瞬時に判断できる人は早々
いないだろう。
タイムリミットまでの時間が20分を切ろうかというときに、人は誰でも焦りを感じ始める。その焦りすらも利用して、朝倉は
狡猾に仕組んでいた。
トラップを見た瞬間に襲ってきた寒気。
とてつもない悪寒に身をすくめる羽目となった。背後に魔物でも取り憑いているかのような、猛烈な嫌悪感に震えそうになった。
罠の仕掛けられた部屋の反対側に用意されている客室の扉から、朝倉は円の様子を観察していたのだ。
こういう部屋にはたいてい、訪問者を確かめるために外を見ることができる穴がついていて、そこにガラス玉やなんかが埋め
込まれているのが一般である。
だから反対側の部屋にいた人にとっては円がこの部屋に入っていくのを見るのは簡単だったわけで、それを利用してトラップ
を仕掛けておいたのだった。

けれど円は、さらにその上を考えていた。
刃物をトラップに使っているという時点で、朝倉は罠で円をしとめる気はないのではないかと考えが至った。
例えばナイフが上から降ってきたとして、頭に刺されば死ぬが、肩に突き刺さっても死にはしないだろう。
銃が発砲されるのと違って落ちてくるまでに若干時間があるし、ワイヤーに引っかかった後に逃げる余裕がなくもない。
ならば刃物で足止めしている隙に近寄って、とどめを刺しにくるのではないか。
そんな考えが、美砂の言葉を思い出したときに一瞬で駆け巡っていた。
だから朝倉の動きを読んで、恐怖という魔物を無視して撃たれる前に伏せてかわすことができたのだ。

だが結局、自分の腰には穴が開いている。
この島で始めて食らった攻撃に円は撃たれた箇所を押さえてもがき苦しむが、左足に力が入らなくなるだけでそこを撃たれても
命に別状はなかった。
誰も味方がいないいま、介抱してくれる人もいなければ代わりに戦ってくれる人もいない。
ならば戦い続けるしかないだろう。怪我なんか気にしている場合ではない。
それよりも、朝倉を返り討ちにあわせることが最優先だ。
残り時間は15分を切っている。ここで仕留められなければ、もうチャンスはないだろう。
というより、仕留められなかったなら殺されて終了だ。
円にできることはない。ただ朝倉が勝手に死んでくれることだけを祈って待ち続けるしかなかった。

やがて、朝倉が部屋のドアの前に立つ気配があった。
円はドアを開けたところからは見えない位置に座りこんでいる。腰の痛みからか、支えがないと立ち上がることもできそうもなかった。
息は切れているが、呼吸を止める必要はない。もとからこの部屋にいることはばれているのだから、ただ突入して一発目の発砲だけ
食らわなければ大丈夫なはずだった。

まず、扉の覗き穴から弾を撃ち込んできた。
ガンッと鈍い音がしてガラスが砕け、ドアが大きく震える。と共に蝶つがいのところを撃って、ドアごと破壊しようとしているような音が
聞こえてくる。
3発ほどの銃声が鳴り止むと、朝倉は思いっきりドアを蹴ってガラガラになった入り口から堂々と侵入してきた。
267作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/08(水) 20:36:52 ID:b/azNB8O
――だが数歩歩いたところで、円からしてみればとても心地のいい音をたてて、腐っていた床に足を突っ込んだ。
その位置からはまだ円を狙うことはできない。壁がいい具合に邪魔してくれて、円の安全は確保されていた。
もとから円は確認してあった。床が腐っていて踏めば抜けることも、一度足がはまってしまうとなかなか抜け出せ
ないことも、確認済みだったのだ。
「あのさ、朝倉。」
ここで姿を見せてはいけない。そんなヘマはしない。
朝倉の姿も見ないまま、単調に話しかけた。
朝倉の方はというと、まわりも腐ってボロボロになっている床に必至に手をついて、足を抜け出そうとたくらんでいた。
けれど左手しか使えない朝倉にとって、床に引っかかる体を持ち上げるだけの力は出なかった。
「こんな子供だましのトラップ――――っ!!」
「トラップを仕掛けてるのって、あんただけだと思ってた?」
勝った。円は確信した。
自分がどうなるかはやってみなければわからないけれど、とりあえず朝倉を殺すところまでは成功する。
本来は足場が絨毯で隠してあったので落とし穴になっているのがわかりづらかったはずなのだが、朝倉が扉を壊す
ために思う存分暴れ、その後疑いもなく侵入してきたので、そんなことは関係なく勝手にはまってくれた。
「でも、あんたにはこんなもの仕掛ける暇なかったはずじゃ……」
哀れにも、現実を認められない朝倉は矛盾を口にする。
「あんたがトラップをしかけるために侵入したみたいに、結構前に私も美砂と一緒にこの建物の中に入ったんだ。その
ときに、ちょっとやらせてもらったってわけ。」
朝倉の顔がどんどん恐怖の色に染まっていく。
まんまと誘い込まれたのだ。ただの落とし穴とはいえ、戦場でそんなものにはまれば確実に殺される。その落とし穴の
仕掛けられた部屋に逃げ込むふりをして、円は朝倉のことを誘っていただけだった。
それがわかったとたん、朝倉はやり場のない怒りがふつふつと湧き上がってきた。
「この――このやろう!!――運よく倉庫の爆発のおかげで助かったくせに――」
「運よく? あの爆発は私が起こしたものなんだけど?」
「はぁ?」
「いや、はぁ、じゃなくてさ。私があんたのところに行く前に窓から手榴弾投げ入れといたから、いい感じのタイミングで
爆発してくれただけ。」
「手榴弾なんて持ってるはずない!!」
「実はいまあんたが持ってるその銃、ゆえのなんだよね。で、ゆえに手榴弾あげたんだけど、私のところにもいくつか
残ってたからそれを使っただけのことよ。」
「……そんなっ――」
「それと、その落とし穴にはまると、足下で爆弾のピンが抜けるようになってるんだけど、気をつけてね。」
言い終わるや否や、円は近くに用意してあったちゃぶ台を持ち上げると頭の上にかぶせるように構えた。
部屋の出入り口は1つ。そこへの通路は朝倉が埋まっている場所を通らなければいけないため、撃ち殺されないため
には爆発から身を守らなければいけなかった。
それでも円は、爆発に対する恐怖よりも朝倉を倒せたことにこの上ない喜びを感じていた。
不謹慎だってことはわかっている。だけど、美砂を殺した仇を取れたということはなによりもうれしく、そして達成感のある
ことだった。
「あんたも、死ぬんじゃないの?」
朝倉の声が聞こえる。覚悟を決めたのか、ジタバタともがく音は聞こえなくなっていた。
「そうかもね。でも耐えてみせるわよ。」
なにやら複雑な感情が入り混じった朝倉の声とは違って、円は自信のこもった強い声で答えてやった。
「それに、耐えられなかったとしても、桜子も美砂も失った私には――」
閃光がとどろく。部屋の形がばらばらに崩されていくのが見えた気がした。
「もう失うものなんか何もないっ!!」

強烈な爆発音が、耳に残った。
268作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/08(水) 20:38:37 ID:b/azNB8O
――――――
そっと目を開ける。
意識を失っていたようだ。
と、円は勢いよく起き上がると自分の首に手を当てる。そしてまだ金属の感触があるのを感じると、左腕についた
ボロボロの腕時計を覗き込んだ。
すすだらけで何も見えなかった時計も、右手で払えばまだ普通に見ることができた。
「あと2分、か。」
案外眠っていた時間は短かったようだ。それとも、死ぬ間際に誰かが起こしてくれたのだろうか。だとしたら余計
なことをしてくれたもんだ。
もうこのエリアを抜け出す時間はない。ただでさえ2分しかないのに、円はまともに歩けないのだから、もう諦める
ほかなかった。
けれど、せっかく目が覚めたのだからと思って、円は何度も往復した大通りを這って進み始めた。
体にのしかかる瓦礫が痛かったが、そこから抜け出すと一気に体が軽くなる。
建物は完全に崩れていたので、逆にそれが円にとっては助けになった。1階まで降りる手間が省けたのだから。
腕は健在だったので、両手の力で前へ進む。目指すところは決まっていた。もちろん、美砂のところだ。
「ごめんね、美砂……」
青く澄み切っていた空はだんだんと雲が立ち込めてきていた。もうすぐ雪でも降るかもしれない。
そんな空に、円の小さなつぶやきは吸い込まれて、消えた。
戦後の廃墟のようなそこでは、さっきまで鳴いていた鳥たちも声を上げない。
円の体を引きずる音だけが、住宅街にある命だった。他には動く物も聞こえる音もない。
ふと目を前に向けると、杖にするのにちょうどよさそうな木材が落ちていた。
腕を伸ばして引っ張ってくると、それを地面に立てて支えにしながらなんとか立ち上がる。
――1分を切った。
立ち上がったからといって円の進むスピードはそれほど上がらない。着実に1歩1歩踏みしめて、体勢を崩しかけ
たりしても一生懸命に前へと歩いていった。
何かが焦げたようなにおいと共に、さっき朝倉の気をひきつけた倉庫が姿を現す。
「もうすこし――」
激しい頭痛が襲ってきた。怒ったり悲しんだり、安心したり緊張したり、そんなののくりかえしで頭も疲れてしまった
みたいだ。それとも爆発したときに物にぶつかっただけだろうか。
円は眉をひそめて歯を食いしばって、腰と頭の痛みにやられないように堪える。
うつむいて視線を地面に向けると、空になった薬莢が落ちているのに気付いた。またこれが美砂を撃ち殺した最初の
弾の薬莢だと考えると、いてもたってもいられなくなった。

ガラクタの影からようやく美砂の姿が見える位置まで辿り着いた。
と同時に、首輪から耳障りな音が聞こえ始めてしまった。
――死神が、呼び声を上げ始めた。

バタンッと音をたてて、円はその場に倒れこむ。木材は跳ね飛ばされてどこかへ消えた。
「ぐすっ……美砂……美砂ぁ――」
倒れたその先で待っていてくれた美砂の手を、そっと握りしめる。わかっていたけれどやっぱりその手は驚くほど冷たく、
円はやりきれなくなった。
「仇はとってきたから――」
返事なんて、聞こえてこない。聞こえてきたらどんなに嬉しいだろう。
代わりに耳に入ってくるのは、対象を焦らせるためなのか知らないが次第に間隔の狭くなっていく機械的な音声だけ。
だが円には、そんなもの雑音にすら思えなかった。
「ごめんね……美砂。――私、3人一緒じゃなきゃうまくやっていけないよ。」
円のことを思って死んでいった美砂に、美砂のことを思って死んでいく円が泣きつく。
涙で顔がくしゃくしゃになってしまっても、円は拭おうともせず、ずっと美砂の手を握っていた。
少しでも暖めてあげたかった。寒空の下で寝ている親友が、あまりに悲しかった。
「でももう、ずっと一緒だね――。絶対、離さないから――」

パンッ

血しぶきが美砂へとかかり、その上へ円が倒れこむ。
重なり合った2人の体には、やがてはらはらと雪が舞い降りてきて、天が祝福しているようだった。

   出席番号3番 朝倉和美 死亡
   出席番号11番 釘宮円 死亡

                    残り 7人
269作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/08(水) 20:40:20 ID:b/azNB8O
今日からは2話ずつの投下にさせていただきたいと思います。
もしかすると話の流れで3話投下する日もあるかもしれませんが、基本的に2話ずつ切ったほうが都合がいいので……

では。
270名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/08(水) 22:02:28 ID:yyhnBPxU
乙。
円大活躍。和美も良い悪役だった。

しかし、超、古は呼び名が統一してるし、葉加瀬もあだ名がハカセだから
名字で表記されるのは良いにしても、朝倉は名前でも呼ばれているのに
朝倉と表記されているのはちょっと他人行儀な気が・・・
いやまあ作者の書きたい表記で良いんだけど。
271名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/09(木) 06:54:34 ID:BCbTcyTi
>>270
朝倉を名前で呼ぶキャラって千鶴と桜子しか知らないんだが、他にいる?
PS2のゲーム版では夏美も名前で呼んでた気がするんだけど、原作じゃ朝倉って呼んでるし・・・。

俺も以前に別のSS書いてた時に朝倉だけ地の文でも名字表記じゃおかしいかな、と思って和美で書いてみたんだけど、
逆に違和感バリバリになって朝倉表記に戻した事があるんだわ。
朝倉は名字で呼ばれる方が定着してるから、地の文でも名字表記でいいんじゃね?
272作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/09(木) 20:18:00 ID:FTmZafRG
ちわー。16です。

>>270
そこは最後の最後まで考えていたところだったんですが、>>271のおっしゃる通り、
名前で書いてみるとなんかしっくりこなかったので、苗字で書いていたまま変更しなかったんです。
苗字で読んでいる人のほうが圧倒的に多いことからも考えて、朝倉、と表記しました。

では、今日の投下です。
273作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/09(木) 20:20:20 ID:FTmZafRG
78.Brilliance 〜柔らかな光の意味は〜

「ここで、なにをしている?」
廃病院であやかの遺体を埋葬すると、亜子は最初の河辺へと戻ってきた。
いま考えてみれば、木乃香からもまき絵からも言われたことを、2人より先にあやかから言われていたのだ。
あやかは一生懸命自分を正気に戻そうと語りかけてくれた。
記憶があいまいだが、そのときはあやかの話を聞こうと殺すのをためらった覚えがある。
自分の中の鬼が影をひそめて、振りおろすチェーンソーが最初のうちはうまくあやかに当たらなかった。当てられなかった。
こんなことをしたくないと心の奥底で抱く思いが、亜子を止めようと必死で働いた。
それでも結局、亜子はチェーンソーで切り刻んでしまった。
アキラが死んでしまったという事実。それを思い出すだけで、あの時の亜子には他人を信じられない気持にさせるのは十分
だった。
あの時に我を取り戻していれば、あやかを殺すことはなく、また、まき絵を殺してしまうこともなかったはず。
止め処なくあふれてくる後悔に、亜子は心がいっぱいになった。

不意にかけられた声に、亜子は振り返る。
涙に腫らして真っ赤になった目が捉えたのは、自分と同じ殺人鬼のにおいのする真名の姿だった。目に巻いている眼帯が
痛々しかった。
「――お墓を、作ってるんや。」
とたんに両者一歩も動かず、じっと相手をにらんで立ち尽くすことになる。
すべてが止まって見えるほどの精神力のぶつかり合い。
真名にはどこまでわかっているのだろうか。亜子が何人殺したのか、亜子はもう殺す気がないこと、そんなことまで見透かされ
ているようで、片目の真名が不気味に思えた。
けれど、亜子はおびえなかった。
どんな困難が立ちふさがろうと、亜子は全力で生きていく。
3人に言われた意味を、自分が殺した人の遺体を目にしてやっとわかったような気がしていた。死ぬのは逃げでしかない。生き
ることが、最大の償いだと。
だからこんなところで立ち止まるわけにはいかない。武器なんかなくたって、真名の持つギラギラと輝くナイフにも刃向かって
みせる。絶対に死にはしない。
「ほう、なるほどな。」
その答えに、真名は全く興味がなさそうだった。というより、亜子の存在自体に興味がなさそうだった。
ただひとつ、亜子の身の回りを取り巻くおびただしい量の蛍に目を向けていた。
「龍宮さんは、ウチを殺すんですか?」
「ああ、殺す。」
「そうは見えへんのやけど――」
「でもまず、話を聞きたい。」
確かに、真名には殺気が感じられなかった。それに殺すつもりだったのなら、話しかける必要はない。バカみたいにひたすら地面
を掘っている亜子の背中に近寄ってナイフを刺せばいいだけだったはずだ。
土木用具もなく、血のにじむ指で惨めに土を引っかいている亜子は隙だらけだったし、反抗してきそうな様子も気配もなかった。
真名が力を抜いたことで緊張がほぐれて、周りの景色さえも落ち着いたように感じた。
「なんですか?」
「単刀直入に聞こう。――その光はなんだ?」
「光……?」
「お前のまわりに飛びまわっている、大量の光のことだ。」
真名には見覚えがある。蛍なんかじゃない、人の強い思いを形にしたときに現れる、意思の光と呼ばれるその輝きに。
「なんやろ、これ……。」
亜子は今まで気づかなかったそれに驚くと共に、美しさに心を打たれた。
アキラと古菲の墓を作る単純作業に没頭していたのだから、気付かずにいて当然だろう。
まき絵と木乃香のところから走り出したときには、こんな光は纏っていなかった。とすれば、この場所で、亜子に何らかの変化が
あったと考えるのが自然だ。
274作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/09(木) 20:22:33 ID:FTmZafRG
「いま、強く願っていることがあるか?」
光の意味を理解していない亜子に、真名は淡々と質問を重ねる。
真名の目的は、人を殺して優勝することなんかじゃない。このゲームの目的を知ることで、自分の立ち位置を考え直す
ことこそ、真の目的だった。
賛同できる理由ならば、超の味方につく。逆ならば反抗する。
その手がかりが、ようやく掴めそうだった。
「ウチが、願ってること?」
「そうだ。その光はお前の心を映し出す。強い願いがあるからこそ、存在するものだ。」
それに、魔力のあるところでないと光は現れない。
この結界だらけの島の中でも、魔力が通っていることがわかったのも1つの拾得だった。
「それやったら……生きたいってことやね。」
亜子は摘んできた花を手向けてある墓を見やって、続けた。
「ウチは何人もの友達をこの手で殺してもうた。それで、みんなに生きろって言われた。
それがウチにはどういうことかわからんかったけど、こうやってお墓を作ってる間に思ったんや。
ウチがなにをしようとこの罪を贖いきることはできへんから、せめてみんなの分も幸せに生きたらいいんやないかな、って。
もちろんできることはなんでもするし、みんなのことは絶対に忘れない。みんながウチのこと恨んでるのもわかってる。
けど、ウチまで死んだら何も始まらないって、気付いたんや――」
言い終わると共に、また浮かぶ光の輝きが強くなった気がした。
数も増え、その思いの強さに比例するかのように亜子を包み込む。
「そうか……。」


――――――
しばらく、真名は考え込んでいる様子だった。
その光が何を示すものなのか、亜子には全くわからないけれど、真名にはどこか自分たちを救ってくれそうな信頼のような
ものが感じられた。
もう殺そうとする気配は感じられない。心強い味方ができたとさえ亜子は思った。
「超がこのゲームを行う理由は、おそらく私たちには想像もできないくらい大きなものだ。」
真名が再び口を開く。長い話になりそうだった。
亜子もそれを察してか、小さく頷いて真名の目を見た。
「私は始まる前に超に交渉を申し込まれた。
『金は払うから、殺す立場になって欲しい』とな。
このことについて考えたんだが、あいつはたぶん私に優勝して欲しいわけではないんだろう。それならば単純に、優勝して
欲しいといってくるはずだからだ。そう言われたら、私はあらゆる方法を使って優勝を目指したかもしれない。
だが実際は違った。人数を減らして欲しいと言われたんだ。
それで私はずっと、人を少なくすることに意味があるのだと思っていた。そしてその方向で超の目的について考えていた。
――答えは出なかった。
ただ無駄に大事な人を失っただけで何も進まない。さらにはこんな傷まで負う。――無力だった。
だから、考え直してみたんだ。
人が少なくなることにではなく、人を殺すことに意味があるのではないかと。
生き残る人は少なければ困るなどとフェイクをかけておいて、いかにも人を減らせと言っているふりをし、私にも目的を悟ら
せないようにしたんだろう。
言っていることは間違っていない。人を減らす、と、人を殺す、はこの島では同義だからな。
けれど奴の狙い通り、言い方が違うだけで私は簡単に振り回された。人が減ってからその意味がわかるかもしれないと思って、
殺しを続けた。――やっぱりわからなかった。
だがいま、お前を包む光があった。『生きたい』という意思の象徴だったか。
それでわかったんだよ。超の本当の目的とやらが、ようやくな。」
275作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/09(木) 20:23:58 ID:FTmZafRG
冷酷無血だと思っていた真名が、話しているうちに感情的になっていくのを見て、亜子は真名の後悔と怒りの大きさを感じた。
また、話し終わった後、真名の出した結論はいまだに亜子にはわからなかったが、殺すことに意味があるというならば、やはり
亜子を殺しにかかってくるだろう。
相変わらず武器なんてなかったが、そこらへんに落ちている木の枝を拾って、貧弱にも戦闘態勢を整えた。
そしてさっきと同じ質問をくりかえした。
「龍宮さんは、ウチを殺すんですか?」
「ああ、殺す。……と言うと思っていただろう?」
「――殺さないんですか?」
「殺さないさ。お前を殺す意味はない。むしろ超からしてみれば、お前は生きていたほうが価値がある。」
「生きていたほうが……?」
「そうだ、生きろ。生きたいと思い続けろ。私は超の意見に賛成した。だから――」
真名は遠くを見やった。その姿が、亜子にはとてもかっこよく見えた。
「――私について来い。超に、会いに行く。」


『主人公って、最初にマイナスなコトがあるやないですか。
けどきっとそのマイナスなコトが逆に力になって、その人は主人公になれるんやと思うんです。』
昔、亜子が15歳のネギに言った言葉。
ネギには父が行方不明というマイナスがあった。いまの真名にもマイナスがある。
大切な人を失ったと、真名の口から話してくれた。
だから麻帆良祭のときと同じように、真名のことをうらやましいと思ってしまったのかもしれない。
でも、あの時とはひとつ違うことがある。
「ウチにもマイナスができた。力を与えてくれるマイナスが。」
親友を3人とも、亡くしてしまった。あやかと古菲だって、亜子にとっては十分大事な人だった。
いまならば、きっと亜子も主人公になれる。ならばなってやろうじゃないか。
ひとつの物語に主人公が一人しか存在しちゃいけないなんて決まりはない。

亜子は、真名の背中に大きく頷くと、しっかりとついていった。

「やはり考えのスケールが違うな、超よ。だが考えには同意するが、やり口が汚すぎた。
みんなの犠牲とお前一人の命は到底釣り合いそうもないが、私が制裁を加えてやろう。」

                    残り 7人

276270:2008/10/09(木) 20:24:30 ID:Vrea8w9y
>>271
うん。別に地の文で名字表記は良いと思っている。
この辺は作者の自由であることは大前提にある。

おいらが思ったのは、似たような立場で、
チア同士でしか名前呼ばれない柿崎と釘宮、
楓と古にしか名前を呼ばれない龍宮が名前表記されているのに、
なぜ朝倉だけ・・・とちょっとさびしく思っただけだよ。
俺が和美と表記されて違和感を感じないというのもある。

作品の表記自体は別におかしいとは思っていないよ。
しっくり来るかどうかは個人差あるよね。
277作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/09(木) 20:25:43 ID:FTmZafRG
79.Friends 〜本当の友達〜

それからしばらく、夕映はなにもせずただのどかの傍らに座っていた。
放送では、当然のように2人の名前が呼ばれた。
何も考えられない。のどかもハルナもいなくなってしまった世界で、これからどう生きていけばいいのか。何を支えに生きて
いくのか。
図書館探検部で親しい友達も、もう木乃香しかいない。2人で部活を続けていけるかと聞かれれば、答えは『いいえ』だろう。
大好きだった親友を失って、夕映は心を閉ざしてしまいそうだった。
それこそ祖父が亡くなったときのように、誰にも心を開かず、意味のない人生を送っていく。そんな未来が、夕映の頭の中で
揺らめいては、消えた。

「なぁ、綾瀬。」
突然かけられた声に、夕映はびっくりして声の聞こえたほうへ振り向く。
この世界中で自分ひとりしかいないような錯覚に陥っていた夕映は、いま共に悲しみを分かち合ってくれる千雨の存在すら
も忘れかけていた。
「なんですか……?」
「ありきたりなことしか言えなくて申し訳ないけどな、大事なことは、辛いことがあっても前に進むことだと思うんだ。それが残
された私たちに与えられた、最低限の義務なんだって、そんな気がする。」
「――――はい。」
その通りだった。
夕映もわかっていたけれど、自分のせいで、と自己嫌悪に走り、悪い方向にどんどん妄想を膨らませてしまうことで、そんな
ことすらも考えられなくなっていたのだ。
のどかのもとを離れるという行為に踏ん切りをつけなければいけない。
あったことを悔やんでもどうしようもない。これからを悔やまないように生きていけばいい。
いまは無理やりにでも元気を出して一生懸命生きていくべきだと、千雨に言われて再確認した。
「悲しいのはわかるし、立ち直るのに時間がかかるのは仕方のないことだ。でもそのままいつまでも落ち込んでいたら、切り
開ける未来も閉ざしてしまうことになるんじゃないかな。」

夕映は、放り出してあったバッグを肩にかけると、2本の足でしっかりと立ち上がる。
右足の痛みがあるが、そんなものはあまり気にならなかった。
「ありがとうです、千雨さん。」
その姿は、見ていて頼りになりそうな意志の強さを持ち合わせていた。
色を失いかけていた瞳も、すっかり元に戻っている。道を踏み外すことはないだろう。
「大したことはしてねーよ。」
対する千雨の方は変わらない。
戦う前と、なんら変わらない表情に見える。
夕映の目には、何事にも動じない強い信念を持っているように映った。
けれどそれは、夕映という心の弱いものを守り抜こうとするための強がりでしかなかった。

「千雨さんは、強いですね。」
それを見て、感心したように夕映が言う。千雨は意外そうに首を傾げると、夕映に向き直った。
「強くなんかないと思うけどな。私も所詮人間だ。人はみんな弱いもんだろ?」
「いえ、だってのどかが死んでしまったのに、あなたは立ち直りが早かったです。私がうじうじと落ち込んでいるときにはもう、
真剣な顔をしていました。……あ、えーと、冷淡だとか言うつもりではなく――」
夕映は、ほんの少し前のことなのに、遥か昔のことを思い返すような遠い目をして話す。
「――ああ、わかってる。ようするに、感情に動かされにくいってことだろ?」
「はい、そうです。」
夕映も強くなりたいのだろう。
どんな苦境も乗り越えていけるだけの、強い精神力を求めている。
千雨は恥ずかしさとかすかな罪悪感に苛まれ、ふと真っ青な大空を見上げて、上を向いたまま答えた。
278作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/09(木) 20:28:26 ID:FTmZafRG
「それは……やっぱりちげーな。私が強いわけじゃない。
ひどいことだってわかってるけど、私はあの時、本屋が死んで悲しいって気持ちよりも、お前とあいつみたいな関係をうらや
ましがる気持ちのほうが強かったんだ。――だから立ち直るのが早いとかいう問題以前に、私は落ち込んでなかったんだよ。」
「え?」
「――つまりな、本屋が死にそうなときに、お前思いっきり泣いてたじゃねーか。それが私には単純にうらやましかった。
自分は生きられたのに、友達が死んでしまうことに自分が死ぬ以上の悲しみを感じてただろ? そんなときに流す涙が、
私にはすごく輝いて見えたんだ……。自分のことで流す涙はあっても、友達のことを思って流せる涙なんて、私にはなかったから――」
そう言う千雨は、どことなく寂しげだった。
ずっとひとりで周りとの環境を遮断して生活していたことで、友達との付き合い方を忘れてしまったような、そんな儚さが千雨を包む。
最近みんなと付き合うようになったけれども、それほど深く関わりを持った『親友』と言えるような友達はいただろうか。
人としての不安が渦巻き、千雨を感傷的にさせた。
逆に、このまま薄くなって消えてしまいそうなそんな千雨を、夕映は守ってあげたかった。
「あなたにだって……もうたくさん友達がいるじゃないですか。」
「――どうだかな。」


――と、2人は耳障りな音がすぐ近くから聞こえているのに気が付き、口を閉じた。
そういえば動かないことを確認しただけで、完全に壊れているかどうかは見ていなかったロボット。
それはあちこちのプレートが剥がれて無様な姿になっているが、システムすべてが死んでいるわけではなさそうだった。
「――移動システム、全壊。――攻撃システム、異常あり。――記憶システム、損傷。」
油の切れた歯車が力づくで廻るのにも似たキーキーとした音を発しながら、なにかしゃべっている。音声に関する部分も壊れて
いるのか、ところどころ聞き取れない箇所もあったが、とりあえず正常に動いていないことはわかった。
「どうすんだ、これ?」
「放送で呼ばれなかったということは、死亡扱いにはなっていないようですが――」
「なら壊しといたほうがよさそうだな。」

本当はいい奴だと知っているけれども、なぜか敵になることが多い茶々丸を自らの手で壊してしまうのには少し抵抗があったが、
千雨はぎゅっと目をつぶって、思い切って頭部に踵落としを食らわせる。
金属の糸の束に当たったので痛くなかったが、相手に衝撃を与えられた気もしなかった。
何度かやってみても結果は同じで、茶々丸はぶつぶつと呟くだけ。
「あああああぁーうざいっ!! なんか一発で壊せる方法ねーのかよ。」
ストレスのたまってきた千雨は、茶々丸の上に乗っかって地団太を踏む。
だがそれによって甲高い金属音は増し、さらに2人の気分を悪くさせた。
「川に落としてみるとかはどうですか? せっかく遥か下を流れていることですし――」
それは名案だ、とでも言いたげな顔をして、千雨は指を鳴らす。
「よしっ、それでいこう。――綾瀬、手伝え。」
「はいはい、ホントにガキですねこの人は……。」
「なんか言ったか?」
「いえ、何も。」
数分前までは尊敬の目ですら見ていた相手がこんなふうになるギャップが面白くて、夕映は1人で笑いそうになる。
だがそんな雰囲気も、物体のひと言ですべて無に帰った。
「――すべてのシステムの状態を確認。――緊急事態と判断。」
千雨が頭を持って、夕映が足を持つ。
さっさと落としてしまおうと、橋のかかっている崖へと向かって重い体を運んでいく途中、悪魔が冷たく笑った。
「――自爆します。」

「なにぃっ!?」「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!!」
あまりにも現実離れした宣言に動揺した2人は大急ぎで茶々丸を手放すと、できるだけ遠くへ離れようと全力疾走する。
10メートルくらい進んだところで、
――茶々丸は本当に爆発した。

   出席番号10番 絡繰茶々丸 爆発により機能停止
                    残り 6人
279作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/09(木) 20:32:05 ID:FTmZafRG
本日は以上です。

>>276
言われてみれば確かにチアや真名もそうですね……
考え不足でした。指摘ありがとうございます。

相変わらず、明日の金曜日は遅くなると思います。
では。
280名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/09(木) 20:36:08 ID:VK0G2hfG

龍宮がまた葉加瀬のときと似たような・・・
281270:2008/10/09(木) 20:37:39 ID:Vrea8w9y
作者乙です。

投下の最中にレスして申し訳ない。
作者16氏が朝倉と表記したのが違和感ないとするのなら、そちらで表記する
方が正しいです、はい。
どちらかというと、おいらの気持ちの方の問題だから作者16氏は気にせんでください。
変なこと言い出して悪かった。

ラストまであと少し。期待してます。
282名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/09(木) 22:12:33 ID:B2ZsOEfx
乙です

和美ヲタの俺は今まで和美としか呼んだこと無いな
それが普通だと思ってたけど、他人からすれば朝倉が名前なのかorz
283名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/09(木) 23:47:51 ID:8DS9s1Qe
乙カレー
いよいよ核心に迫る感じか?
楽しみにしてます
284作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/10(金) 23:23:44 ID:j/MHU8St
どうもー。
今日はまた一段と遅くなってしまいました。すみません。

では、今日の投下です。
285作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/10(金) 23:25:15 ID:j/MHU8St
80.Union 〜炎の砦を抜けて〜

先ほど使った手榴弾なんかの爆発音とは比べ物にならない轟音で、地面が揺れた気がした。
ハルナの起こした爆発も、このくらいだったのだろうか。
爆風に巻き込まれて数メートル飛ばされた2人は、一瞬なにをすればいいのかわからず戸惑ってしまったが、
落ち着いて考えてみればやることは1つだった。
このエリアと外とを繋ぐ唯一の手段。
茶々丸を川へ投げ捨てようと橋の近くまで持ってきてしまっていたので、爆発による炎が木製の橋へと燃え移っていた。
橋が落ちれば、戦場の環境的には楽園とも思えたエリア4という監獄から抜け出すことはできなくなってしまう。
そうなると、結果は目に見えていた。
完全に遮断された2つの場所では殺し合いは行われない。となると、6時間のタイムリミットによって全員お陀仏となるか、
エリア4内の2人、またはそれ以外の生存者全員が死んで全滅だけは免れるか、その2つしかない。
それに連絡が取れなくなれば、脱出に関することも何も伝えられなくなり、結局殺し合いは止まないことになる。
「千雨さんっ!! 急いで渡るです!!」
「あ、ああ。わかってる……。」
つまり、炎上する橋を渡る以外に2人に選択肢はなかった。

長い間使われていなかったからか見事に乾ききっていた両端にある太い紐が、瞬く間に炎に包まれ、橋を支えるものが
ゆるくなったことで足場も上下に揺れ始める。
木の板でできた床も、炭になろうと黒くなってきているところもあった。
迷っている暇なんかない。
夕映はためらいもなく一歩目を踏み出した。
わざと力を入れて橋の強度を確かめると、慣れた足取りで先へ進んでいく。
緊張した面持ちではあったものの、足も震えることはなくしっかりと反対側へと歩けた。
手すりであったロープは赤く染まった蛇のように襲ってくるので、掴むことはできない。
おかげで不安定なところを、足だけを頼りに進まなければならなかった。
「千雨さん、何をやってるですかっ?」
夕映はしばらく行ってひときわ丈夫な板を見つけると、そこに両足をそろえて乗り、千雨のほうを振り返る。
そこで唖然とした。
千雨は板一枚分すらも進んでいなかった。
ただ青白く恐怖に染まった顔で橋を見つめるだけで、がくがくと震える足を動かそうという意思すら見いだせない。

橋は揺れている。炎は着々と橋を包んでいく。
早く渡らないとどんどん渡りにくくなってしまうこともわかっているだろうが、それでも千雨は歩を進めない。
どうしてこんなことができないのかと不思議に思っていらいらしたが、少し考えて夕映はようやく納得した。
(私は図書館探検部でこういうのに慣れているから平気なだけです!!)
麻帆良の部活はかなり危険なことまでしている部も多く、図書館探検部もその1つ。
落ちれば死は確実というところを命綱一本でほふく前進しなければいけなかったり、20階建てビルくらいの高さをロープで
降りたり、なんてことをしょっちゅうしていたから、夕映は吊り橋程度のものが怖くなかったのだ。
だが千雨のような危険も何もない生活をしている人にとっては、遥か下に川の流れる吊り橋は十分恐怖に値するものだった。
中一の頃を思い出してみると、確かに最初は図書館島が怖くてしょうがなかった覚えがある。
しかもただでさえ怖いのに、いまその場は燃えている。
286作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/10(金) 23:27:09 ID:j/MHU8St
仕方なく、夕映は来た道を引き返し、声も上げずおびえている千雨の腕を取った。
「時間がないです!! 私の腕を放さないでくださいっ!!」
そう言って、さっきよりも明らかに揺れが大きくなっている橋を再び渡り始める。
「わ、悪いな……。」
「気にしないでいいです。ちゃんと自分の足で歩いてください。」
夕映は一歩ずつ踏みしめて歩くのに対し、千雨は千鳥足で、体重を夕映にかけながら慎重に慎重に歩いていた。
どんな歩き方をしようと、橋は2人の動きに合わせて激しく揺れる。
それならばと、バチバチ、バチバチと炎の上げる雄たけびが大きくなってきたのを感じ、夕映は足を速めた。
腕を握られている千雨の足も自然に速くなる。
だが千雨も運動は好きじゃないが、運動神経は悪い方じゃない。
橋の中ほどに来るまでには足も慣れ、夕映に普通に付いていけるようになっていた。

ガタンッ
「あちっ!!」
一瞬、大きく橋が傾いた。その衝撃で、もう通り過ぎた床の板が一枚、奈落の底へ落ちていった。
夕映の左腕を、生き物のように動く炎がなでる。
「だいじょぶかっ!?」
「大丈夫です、このくらいっ……」
2人はもう、あと10歩くらいのところまで差し掛かっていた。
もはや両側は炎の壁と化していて、橋の中心部分しか通る場所がない。けれどすこしでも通れる場所があるならば、
2人は諦めなかった。
焦ってはいけない。走れば、その勢いで紐が切れて橋ごと落ちてしまうかもしれない。
最後まで落ち着いて、冷静に冷静に夕映は歩いていった――

が、残り2歩で反対側に辿り着けるというところで――

バキッと太い音をたてて、夕映が足を踏み出した板が折れ、落ちた。
「ひっ!!」
体重はその板にかかる予定だったので、重心が浮く。
ほとんど重さのない残った足では体全体を支えることはできず、夕映のバランスは崩れた。
なにかを掴もうと両手が空中を泳ぎ、なんとか熱さを我慢して炎に包まれたロープを握りしめたが、すでに炭となって
いたそれはちぎれ、夕映の体は宙に投げ出された。
背後から、千雨の『あっ』という声が聞こえる。
ゴール地点が見えて、それが猛スピードで視界の下へと消えていったかと思うと、今度は雲ひとつない快晴の青空が目に入った。
(落ちて、しまったです――)
すべてのものが、夕映から遠く離れていくのを感じた。
287作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/10(金) 23:28:23 ID:j/MHU8St
――夕映は突然、のどかとハルナのことを思い出した。
ハルナはのどかのために、のどかは夕映のために命を捧げてくれたのに、自分は誰のために命を捧げたのだろうか。
いま一緒にいるのは千雨だけ。だから千雨のため?
それは違う。そもそも千雨が助かったかどうかはわからないし、もし無事助かっていたとしても、夕映が千雨になにかを
してあげた覚えは何もなかった。
だとすると、誰だろう。思いつく人を順にあげていこうかと思ったが、この島に来てから会ったのはのどかと千雨と茶々丸、
そして最初に会った円だけだったことを思い出し、何の意味もなく死んでいく自分の空しさを感じるだけだった。
のどかは最期に、がんばって、と言ってくれた。
その応援が無駄にならないで済むようなことを、できただろうか。
やっぱり、できていない。
考えれば考えるほど自分の無力さが心を締め付け、みんなに申し訳なくなった。
(ごめんなさい、みなさん……なにもできなくて――)

がくっと急降下を始めた。
夕映は現実を受け入れようと、しずかに目を閉じた。不安から解き放たれて、快楽だった。
悔しさや苦しさ、他にもたくさんの負の感情はあったけれど、死ぬ間際になって見るとそのどれもがどうでもいいようなもの
に思われてしまう。
最期くらい、安心して迎えたい。
が、そうもいかず、再びがくっと体が揺れて、驚いて目を開けてしまった。
強い衝撃が体を襲い、一瞬頭が真っ白になった。
落下は止まっている。目の前には黒光りする崖が広がる。
土と水の混ざったような、自然の香りがした。そして、下からは相変わらず水流の音が聞こえてきた。
――右手だけ不自然に上に上がっているのを感じ、ふと見上げると、そこには轟々と燃える橋から身を乗り出して夕映の
腕を掴んでいる、千雨の姿があった。
「どうして……?」
夕映なんか見捨てて、とっとと橋を渡りきってしまえば、千雨は絶対に助かった。
けれどこうして夕映を掴んでいると、いつ落ちるかわからない不安定な橋と運命を共にすることになる。
一刻も早く、逃げるべきだった。
それでも千雨は、腕を放すどころか握る力を強めた。

「腕を放すな、って言ったのはどこの誰だったっけ?」

                    残り 6人
288作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/10(金) 23:29:44 ID:j/MHU8St
81.Tears 〜涙の理由〜

「腕を放すな、って言ったのはどこの誰だったっけ?」

千雨は得意げににやっと口元をゆがめ、腕を持ち上げる。
夕映は、のどかの死のときで枯れ果てたはずの涙腺がゆるみ、大粒の涙が零れ落ちた。
ほほをつたって流れ、顎から落ちたかと思うと白い激流に飲み込まれていく。
だが千雨が力を入れると、橋陥落の最後の砦である陸との接合部分がミシミシと嫌な音をたてる。2人分の体重を
支えるには限界が来ているようだった。
「くそっ、もうすこし、もうすこしなのにっ!!」
けれど千雨は構わず夕映を持ち上げようと力を込める。やがて音はミシミシからバキバキに変わり、落ちるまでもう
時間がないことを知らせてくれた。
炎による崩壊も侵攻してきていて、もう半分以上の床は炎に包まれてしまっている。
「もうやめてくださいっ!! これ以上続けたら、2人とも落ちるです!!」
言葉の通り。
千雨が夕映と一緒に助かろうと思ったならば、もっと頑丈な支えが必要だ。
このまま千雨が力を入れて夕映を持ち上げられたとしても、陸に上がる前に接合部分が外れて2人とも落下、死亡
という未来が目に見えてわかるようだった。
だからといって、千雨にはどうすることもできない。
夕映を離すなんてもってのほかだし、だからといって現状維持ができるわけでもない。
結局、橋が落ちないことを祈って夕映を救うしかすることがないのだ。

だから、ある想いを決めた夕映は、腰に引っかかっていていまにも落ちてしまいそうなバッグを左手のみで開けた。
取り出すものは1つでいい。千雨を救うために、自分を捨てる。
さっき死んだと思ったときみたいに、何のために死ぬのかわからない死に方だけはしたくない。この方法をとれば、
千雨は確実に助けられるし、夕映は確実に死ぬだろう。
でももとから死ぬ身だったんだ。ならば精一杯人のためになることを、しようじゃないかと思った。
炎は着実に迫ってくる。タイムリミットがあるいま、急ぐ必要があった。
――そしてやっと手探りで見つけたそれを、夕映は深く握る。
幸いなことに、歯を食いしばって夕映を引き上げることに精一杯な千雨は、それに気付いていないようだった。

夕映は静かに目を閉じる。目を閉じて、いままで生きてきた道のことを思う。
ハルナのこと、のどかのこと、ネギのこと――――
本当にいろんなことがあって、いまとなっては思い出せるすべてのことがキラキラと輝いて見えた。
極論から言えば、麻帆良に入らなければこの辛いゲームに参加することはなかっただろう。
けれど逆に、麻帆良でなければこんなにも楽しい時間を過ごすことはできなかったはず。
夕映は、この学園で生活してきたことをなによりも誇りに思えた。
また、A組というクラスになれて本当によかったと思った。

もう一度絶対に落とさないよう力いっぱいそれを握ると、大きく息を吸い込んでゆっくりと吐きだす。
(のどか……いまそっちに行きます。)
気持ちが落ち着いたところで、ゆっくりと腕を振りかぶって、千雨の手の甲に突き刺した。
「千雨さん――いままで、ありがとうです。」
たくさんの気持ちの詰まった言葉。最期に何を言おうか一生懸命考えてみたけれど、このひと言だけですべてを
伝えられる気がして、夕映は小さくつぶやいた。

夕映を命ごと掴んでいる右手に、最初千雨を脅すときに使った包丁が深々と刺さった。
289作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/10(金) 23:32:21 ID:j/MHU8St
「あああああぁぁぁぁぁーーーーー!!」
千雨は予想外すぎる痛みに叫び声を上げ、右手の力が失われていく。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
助けようとしている夕映に包丁を刺されるなんて、誰が考え付くだろうか。
だが鋭い痛みが襲ってくる右手を見てみれば、その事実は明らかだった。
そして、少し考えてみれば、夕映がなぜそんな行動をとったかの説明も付いたような気がした。
「この、くっそやろおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーっ!!」
鋭い痛みは不安定な右腕からみるみるうちに力を奪っていく。
ただでさえ緊張と炎の熱さのおかげで大量に汗をかいている右手では、夕映の小さな手を掴んで離さないよう
にするのすら大変だったのに、長時間握り続けていて握力が落ちてきた千雨に物理的な傷を与えてしまっては、
夕映を逃さずにいるのは絶対不可能に思えた。
それが夕映の目的だとわかっても、千雨には反抗の余地もなかった。
手を離すことで、夕映は死ぬ。これだけ深い谷底に落ちて生きていられるはずがない。

――けれど千雨は、白い水しぶきに人が落ちて赤く染まるのは見たくなかった。
ここまでやってきたのに、一緒に帰れないでどうする?
一緒に帰って、一緒にまた悲しむんだ。
一生かかっても癒えることのない傷を抱えて、夕映と一緒に生きていきたいんだ!!
「どいつもこいつもっ、どうしてそんな簡単に死にたがるんだよぉっ!!」

夕映は、風を切って落ちていく自分の体を感じる。上りきれば生きられる望みの見える陸地が、どんどん遠ざかっていく。
反対に、触れればとたんに意識のなくなる地獄への入り口へ近づいていくのを感じた。
――感じようとした。必死に、感じようとした。
感じることで、千雨を助けられたと実感できるような気がしたから。
冷たい風が服の中まで吹き荒れてくれることで、達成感を得られると信じたから。

――けれど、周りの景色が飛んでいくのを、感じることはできなかった。

夕映は落ちなかった。
包丁が刺さっていても、鬼のような形相で夕映を掴み続ける千雨がそこにいたから、夕映が崖の下に飲みこまれていく
ことはなかった。
千雨の手から噴き出した血は、そのまま手をつたって夕映の手へと流れていく。
赤く筋を彩ったかと思うと、また水滴が現れて違う川を作り出す。
夕映が感じられたのは、その川が自分の腕に作られる感覚だけだった。

「千雨さんっ!! 離してくださいっ!!」
どうして? 純粋にその疑問だけが夕映をとりまく。
とてつもない痛みが、千雨を襲っているはずだ。それこそ人生で一番の痛さかもしれない。
それなのに、夕映というちっぽけな命1つを救うために、痛みを我慢して手を離さずにいる千雨が、どうしても信じられなかった。
いや、我慢して掴んでいられるものではない。
夕映を死なせないという本当に強い意志がなければ、握ったままでいるのは不可能だっただろう。
「ぜってぇ離さねぇぞ!! 死んでも離すもんかっ!!」

普段運動もほとんどしない白い肌をした腕が、紫色に染まってぷるぷると震えている。
見れば夕映の体重を抑えきれなくなった千雨の体がずるずると崖に近づいてきていた。
このままでは千雨も落ちてしまいそうになっているのに、やっぱりどうしても手を離そうとはしなかった。
やがて炎が千雨の服をなでる。
すぐに火がついて千雨は火だるまに近い状態になってしまう。
「さっさとしろっ、ゆえ!!」
290作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/10(金) 23:34:36 ID:j/MHU8St
千雨の決死の行動で、もう夕映も死のうなんて考えはどこかに飛んでいってしまっていた。
千雨がこんなにもすべてを懸けて助けようとしてくれているのに、どうして自ら死の道を選ぶ必要があるのか。
2人とも落ちようが知った話じゃない。
生きようと、助かりたいと願うことが、千雨に対する感謝の一番の象徴になるはずだった。
「ぐっ!!」
夕映は千雨に刺した包丁を抜いてためらいもなく崖下に落とすと、空いた左手で何か掴むものを探す。するとすぐに
地面から突き出た根っこを見つけ、それへと手を伸ばした。
確かな感触を感じると、思いっきり力を込めて体を上へと押し上げる。
力は弱いが、体も小さい分、なんとか少しずつ引き上げていくことができた。
ゆっくりと、千雨にも手伝ってもらいながら、光に包まれて地面を目指していく。
すぐ近くでぱちぱちと炎が燃え広がる音がする。千雨の息も絶え絶えで、橙色の世界の中で苦しそうに呼吸をくりか
えすのが耳についた。
そうして顔が地面よりも上に来ると夕映は千雨の手を離し、崖っぷちに手を置いてもう一押しで、一気に登りつめた。

深く、深く息をつく。
橋が落ちなかったことを神様に感謝すると同時に、しゃがみこんだ。
このまま地面に寝転がって目を閉じてしまいたいくらいに、疲れきっていた。

だが、その瞬間だった。
一番太いロープがついに燃え尽き、かすかな煙を残して切れたのは。

ガタンッッ
橋は真ん中で遮断された。陸との接続部分を支点に、重力に耐えられなくなった真っ二つの木の板たちは、なめらかに
四分の一円を描いて崖へとたたきつけられる。
千雨のいる方はエリア4の出口の方に、反対側は集落の方に向かって衝突した。
その衝撃で、一番下にある床の板が軽い音をたてて無力に落ちていく。
ただ燃える床の上にうつぶせになっていただけでどこかに掴まっていたわけでもない千雨の体は空中に投げ出されるか
と思ったが、運のいいことに左腕が木と木の間に挟まれたことで固定され、落ちることはなかった。

「ふぅ……ようやく登り終わったか――」
左肩だけが命綱となって宙に浮いている千雨も、自分の命の心配よりも先に、夕映を見てほっと一息つく。
だが夕映にとっては、逆にそれが痛々しい強がりにしか思えなくてやりきれなくなった。
服どころか、肌も髪も焼けてちりちりになっていまっている千雨は、意識があるだけでも奇跡だと思えるくらいに辛そうで、
死にそうだった。
目は虚ろで、夕映のことを大切なものを見るふうに見つめていた。
炎で揺れる橋もそろそろ長くない。千雨が上がってくるころには落ちているかもしれない。
一刻も早く千雨を救い上げたかった夕映は、千雨がそうしてくれたように、必死に千雨に向かって腕を伸ばした。
夕映はもう安全圏にいる。
千雨を確実に助ければ、すべてはうまくいったことになる。

――けれど、千雨はその手を取ろうとはしなかった。

「……私は、ここでゲームオーバーだ。」

寂しげに、力なく微笑んだ。
「何を、言ってるですか?」
それに対して、夕映は驚愕しきった目で千雨を見つめた。
頭ではその意味が理解できた気がしたけれど、本能が理解したがらなかった。
いやだ。もう何も失いたくない。
大切な人を、目の前で救えないのはもう嫌だ。
「……左腕が挟まれてるんだ。おかげでこうして話をする時間はできたが、生き残るのは無理みたいだな――」
そう言って、千雨は右手で左腕を固定している忌々しい板を力づくに殴りつけるが、びくともしなかった。
押しても引いても、何の効果もない。
むしろ橋が揺れて落ちるまでの時間を短くするだけのように思えた。
「そんな――」
「あれだけ本屋に怒鳴っておいて、結局私もお前のために自分の命を捧げることになっちまった……皮肉なもんだよ――」
291作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/10(金) 23:36:13 ID:j/MHU8St
小さな爆発音がして、板がまた一枚落っこちる。
炎は、燃やせるものをすべて燃やし尽くしたのか、いまはその勢いを弱めつつあった。
夕映に聞かせているというよりは、自分に言い聞かせているような口調だった。
夕映は崖の上で無意識のうちに座りこみ、千雨のぶらさがる板を凝視するばかり。

「でもな、わかったことがあるんだ。みんなどうして人を助けて死にたがるかってこと。」
空を仰ぎ、儚く脆い夢を語るように、静かに言葉を発する。
「――それはな、たぶんただの自己満足なんだよ。
やってみなきゃわかんねーよな、こんなもん。でもな、確かに私は感じたんだ。
綾瀬夕映という1人の人間を助けて、私はよくやったって、自分を褒める理由を見つけた。もう十分がんばったんじゃないか
って、勝手に思いこめるようになった。
みんなこの感覚を求めて、何かを救おうとしてたんじゃないかなって、そう思うんだ。」

夕映は無心状態だった。この島に来て何度目かともわからない、無心。
千雨の言うとおり、左腕はがっちりと挟まれていて、茶々丸の銃弾のせいで左肩に力の入らない千雨ひとりでは外せそうもない。
かといって夕映の手の届くところではないし、届いたとしても、左腕を外した時点で千雨は支えを失って落下してしまうだろう。
なす術なしとは、まさにこのことだった。
「あんなに、自分を大切にしろとか言ってたじゃないですか……なのに、どうして――?」
これまた数え切れないくらい言ってきた『どうして』。
この島では、理不尽なことが多すぎた。
罪のない人が、罪のない人に殺されていく。助けたい人を助けられない。
そのすべてが、行き場のない怒りを夕映の心に残していく。

「どうして、か。……たぶん、親友ってのを見つけたからじゃないかな――」
視線を空から目の前の崖へと戻す。そしてすぐに、夕映へと向けて、瞳の奥底まで覗き込もうとじっと見つめた。

「ゆえっていう――親友を、さ。」

言ってから、ぶわっと目からなにかが溢れ出るのを感じた。
それを右手で拭ってみて初めて、千雨は涙だということに気付いた。
涙なんて流したのは、何年ぶりだろう。思い出すこともできない。

「なぁゆえ、こんなときって、泣いてもいいのかな?」

夕映がのどかのために流した涙とは少し意味合いは違う。
けれど、千雨が自分にはないと言った『友達のために流す涙』であることに、間違いはなかった。
自分が死ぬことで、自分の苦しみもすべて夕映に押し付けてしまうことになる。
その辛さに、夕映は耐えられるだろうか。
「もちろん……いいに決まってるです。」
夕映なら、耐えてくれそうだった。
いくつもの試練を乗り越えて強くなっていく夕映には、見ている人に夕映自身を信じさせてくれる何かがあった。
夕映も涙を流す。
その涙が、千雨にはなによりもうれしかった。
自分のために泣いてくれている。自分が死んでしまうことを悲しんでくれる友達がいる。
千雨が心の奥で必要としていたものが一気に満たされたような気がして、涙が止まらなかった。
……あまりにも、幸せだった。
292作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/10(金) 23:37:10 ID:j/MHU8St
――――――
かつて橋であったものは、もう人をぶる下げているだけの力も残っていない。
千雨は、それを体全体でもって感じた。
「さて、そろそろお別れだ。」
だから、そうあっさりと言い放った。
「もしも仲間が集まって、お前たちの勝負に決着を付けたい時が来たなら、どうにかしてもう一度聖堂に戻ってパソコンを見ろ。
そこに、私のすべてをしまってある。」
「……わかりました。」
2人の目に、涙はもうない。あるのは意志の炎だけ。
千雨はどんなにみすぼらしい姿になっても、輝いて見えた。
「ゆえ、お前は早乙女、本屋、そして私、3人分の命を背負ってる。……絶対に死ぬんじゃねーぞ。
何十年後になるかは知らないが、幸せそうな顔して向こうの世界に会いに来い。」
「ふ――ずいぶんと、非現実的なことを言うようになったですね。」
「はは、誰のせいだか。」
「私のせいではないはずですが……」
「さて、どうかな?」
2人は顔を見合わせて幸せそうに笑うと、いつまでも親友であることを心に誓った。
そして――時は満ちた。

「じゃあな、バカリーダー。――わかってると思うが、自殺なんて馬鹿なことはするなよ。」
「私を誰だと思ってるんですか? バカにバカリーダーは務まらないです。」
「はっ、それを聞いて安心したぜ。精一杯生きろよ。」
「……はい。――それでは。」

――――夕映の別れの挨拶と共に、橋は崩れ去った。
こうして、エリア4での悲しみの第一章は、幕を閉じたのであった。

「まったく、バカはあなたですよ、千雨さん――」

   出席番号25番 長谷川千雨 死亡
                    残り 5人
293作者16 ◆KKIM59nvpg :2008/10/10(金) 23:39:16 ID:j/MHU8St
本日の投下は以上です。
今回のゆえちうの場面は、たぶん一番力入れて書いたんじゃないかなーって思ってるところです。
気に入っていただければ幸いです。

では、また明日。
294名無しさん@お腹いっぱい。
乙!
ゆえちうの話には素直にGJを送ろう。
特にちうが綾瀬からゆえに呼び名が変わるところなんかは良かった。
あとはこのせつと超の話で大体終わるね。wktkして待ってます。