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創る名無しに見る名無し:
少年はクラスに一人は居る、「孤独な奴」だった。
気弱で人と接するのが苦手だった。初めの方こそ彼に声を掛ける者も居たが、仲間の中に
上手く溶け込むことができず、いつもおどおどして少年は浮いていた。その内誰も相手にしなくなった。
家と学校をただ往復するだけの毎日だった。
唯一の楽しみは物語を書くことだった。ファンタジーの世界を舞台にした胸躍る冒険譚、スペースオペラ
もどきやエブリデイ・マジックもの。少年は自分をそれらの主人公に当てはめては空想に耽っていた。
自分に自信が持てず、いつも己の安住の地に閉じ籠もり、外に目を向ける事を拒んでいた。
ある日の帰り道、少年は奇妙な少女に出会った。
その少女は何かを探すように道端をうろうろしては、不意に立ち止り考え込むように唸っていた。
少年は無視して通り過ぎようとしたが、少女に呼び止められてしまった。
背は低いが少年と同い年くらいだった。
少女は探し物をしているから手伝ってほしいと言った。
何を探しているのか尋ねると少女は「天使の羽根」だと答え、勝手に説明し出した。
―――この世には目には見えないけれど人間を見守る天使が存在していて、天使は時々背中に生えた
翼から羽根を落とす。その羽根を拾った者には幸せが訪れると言う―――
この年頃にはよくある他愛も無い妄想だった。
だが少年は少女を手伝うことにした。
別に彼女の話を間に受けた訳ではなかった。そういう話はあくまで物語の中だけでの事だとわきまえていた。
ただちょっと少女に興味を持っただけだった。
少女は呆れるほど真剣に天使の羽根を探していた。少年も指示された場所を探すものの、当然ながら
天使の羽根など見つかりはしなかった。傍から見れば実に滑稽な様だった。
結局二人は日が暮れるまでありもしない天使の羽根を探した。
別れ際少女は「また明日ね」と言って学校近くの公園を待ち合わせ場所に指定した。
それから少年は少女の「天使の羽根探し」に付き合うようになった。
少年は何故か少女にはおどおどせずに接することが出来た。少女は自由奔放に少年を振り回したが、
そんな彼女の態度はむしろ彼には心地が良く、自然なままの自分で居られた。
徐々に少年は少女との関わりを楽しむようになっていった。
そしていつしか少女と同じくらい真剣に天使の羽根を探すようになった。
勿論それが存在しないものだと言う事は理解していた。ただ、一度でも何かに本当に真剣になってみたかった。
例え無意味な行為だとしても、その先には何か得られるものがあるはずだと信じた。
一方の少女はいくら探しても天使の羽根が見つからない事に落ち込んでいた。
少年は何とか少女を元気付けてあげようと考え、一つ自分に出来る事をひらめいた。
放課後、いつもの公園で待っていた少女に、少年は一冊のノートを手渡した。それには少年が少女の為に
作った物語が書かれていた。一人の少女が天使の羽根を探し、やがてそれを見つけて幸せを得る話だった。
自分の作った物語を誰かに読んでもらうのはこれが初めてだった。
少女は瞳を輝かせ夢中で物語を読んでいた。読み終えた後、少女は少年に「ありがとう」とお礼を言った。
満面の笑顔だった。
少年はその時ようやく、自分が少女を好きになっている事に気が付いた。
ふと足元を見ると、真っ白な羽根が一枚落ちていた。
少女はその羽根を拾い上げると、少年の前にかざした。
「見つけたよ」
「見つかったね」
きっと、ただの鳥の羽根だった。二人ともわかっていた。
少女は羽根を空へと放った。
羽根は風に乗ってどこへともなく飛んで行った。
二人は静かにそれを眺めていた。
得られるものは確かにあった。
手はしっかりと繋がれていた。