皆でキャラ考えて『島京』で動かそう!なスレ

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80「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6
 東洋のダイヤモンド。
聞くからに陳腐ではあるが、それゆえに一層、人口に膾炙されたこの比喩。
今や23世紀を迎え、その異名は知らぬ人とておらぬ。
しかしながら、その都市は名実ともにそれを凌駕していた。
むしろ、陳腐な比喩そのものが言語の限界を持って示していたのだ。
まさしくそれは、ダイヤモンドであった。
青い星に翡翠の色合いを見せて横たわる秋津島、日本列島の中央に浮かべた、
なめらかな金属と珪素の織りなす天衝く結晶。
昼は陽光を反射して閃き、夜は内より眩しく白く、輝きは水平から地平に至るまであまねく照らす。
さながらアーク光にも似た、光輝の都市国家島京。
至高の人造宝石は今、自らの歴史を新たにしようとしていた。

 とはいえ、登場人物が揃うには、なお半世紀を待たねばならなかったのだが。
いつも演者の知らぬところで幕は上がるものだが、このときも例外ではなかった。
幕を引いたのは一つの偶然。
とはいえ、ひとつの偶然が決して必然ではない、と言い得る者がどこにいよう。
なんとなれば、喜劇には、そしてもちろん悲劇にも、脚本家がいるではないか。
登場人物であり観客でもある木偶たちのあずかり知らぬ場所に――。
81「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/07/28(火) 22:44:59 ID:egxww3/F
 最初の演者が舞台に姿を現したのは2233年である。
そう、この年九月下旬、島京を台風、通称、三三島京台風が襲ったのだった。
日本へ上陸した台風の中では最低気圧、最高風速を同時に記録した台風になるのだが、
人ならぬこの俳優は発生当初はそれほど警戒されていなかった。
フィリピン東方に生を受けた彼女(そう、女なのだ)は、
通常の台風とほぼ同じ経路をたどって北上。
初期には中心気圧990hPaと特に見るものはなかった。
勢力が強まったのは沖縄南方海上でのことだった。
他に類を見ない超弩級の成長速度と規模が確認されている。
ここで中心気圧840hPaを記録、瞬間最大風速は134m/s、優に480km/hを越すと推定されている。
この年、海水温が平年より高かったことからある程度の成長は予測されていたのだが、
世界史上最強レベルの風速に日本と島京は色めき立った。
参考までに、21世紀にその名をとどろかせたハリケーン、
「ザ」カトリーナの瞬間最大風速は78m/s、280km/hに過ぎなかったことは付記しておきたい。
日本国中が彼女に備えた。大戦後道州制を採用してからこのかた、
これほどの一体感がこの国に見られたことはなかっただろう。
各道、州においては買い占め騒動が相次いだ。
人間たちの騒ぎを余所に台風はゆっくりと勢力を弱めながら沖縄東方を北上、転向する。
このときの移動速度は時速10kmと、台風としては遅い部類であった。
同月27日には平均風速96m/sと――これは時速340km/hほどだ――勢力は弱まるが、
この時点でも史上最強の低気圧であることに間違いはなかった。
28日正午過ぎ、広大な暴風域に潮岬、洲崎が飲み込まれる。
29日未明、ついに三三島京台風が、かつて大島があった場所を通過して島京湾へ真正面から上陸。
長い惨劇の始まりだった。
82「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/07/28(火) 22:46:18 ID:egxww3/F

 島京1300万と一般に言われるが、この中に狭山霧一は含まれていたかどうか、定かではない。
というのも彼は日本よりの密入国者――それ自体非常な困難を意味するのだが――であって、
戸籍を島京に置いていなかったのである。
彼は、否、霧一と呼ぼう、霧一は島京の摩天楼群の底に、二匹の猫とともに生活していた。
猫の名は朝霧、夕霧という。

底と言っても、海抜高度は80m。地上換算にして20階余である。
もちろん遥か上方へと建物群は絡み合い、
カーボンとガラス繊維の道路網をまとわりつかせつつ登っているのだが、
この高さでも十分に島京湾は見渡せた。
外郭を成す建物群の窓から故郷を眺めるたびに、霧一は複雑な気分に襲われるのを感じた。

もちろんその気になれば文字通り結晶構造をもって作られた、
海抜高度1036mの島京塔の頂上へ登ることもできたのだが、彼はそんな気にはなれなかった。
それはひとつに、高いところへ登りたがるのは馬鹿と猫だけだという、
古い故郷のことわざのせいだったのかもしれない。

猫達も彼と同じ主義と見えて、むやみやたらと出歩いたりはしたがらなかった。
意気があったというべきか、類は友を呼ぶと言えば言いすぎか、
ともかく、一人と二匹は調和して生活していたのである。
83「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/07/28(火) 22:47:48 ID:egxww3/F
 霧一の手が動くと、卓上に人影が浮かび、猫たちは毎度のように耳をそばだてた。
女性のバストアップ。流れだす音声。

「島京統治政府気象委員会です……」
無表情に朝霧を撫で、霧一はニュースに注意する。

「……温帯低気圧はフィリピンの東120kmの海上にあって、非常に速い速度で成長しています。
日本の気象庁提供のデータによると、今後さらに成長が予想されるとのことであり、厳重な警戒が必要とされています」

「台風だとよ、お前ら」
キャスターの立体映像を消す。
猫たちはどこ吹く風といった風情だ。
二匹は目をつぶって横たわっていたが、寝入っているわけではないことを彼は知っていた。
 
 整えられた抽斗からカードを取り出し、卓のリーダーへ乗せる。
キンと震えるような音がして、卓上には海底から頂点までの島京の全体像が浮かび上がった。

こうしてみると、島京というのは紡錘を突き立てたような形をしている、と霧一は考える。
構造的にも外乱に影響されにくくはあるのだが、いかな紡錘形とはいえ、水面下に相当な重量がなくては安定しない。
釣りの浮きを想像すればわかるだろう。

むろんこの島は浮いているわけではなく、海底700mに突き刺さっている。
とはいえ、不安定な構造の弱点が解決しているとは言いがたい。
指を動かすと、表示されている立体コンソールをちょんと叩く。

外壁部が消え、骨組構造が、蛍光色のラインで宙に浮かぶ。
長ハニカム系の構造。I型材の鉄筋構造部とH型材の海面地上境界層構造、そしてそこから天へと伸びる流線形の建物群。

そのさまはカイロウドウケツを想わせた。
1000mを越す深海に生活する海綿である。それはこの都市と同様のガラス繊維の複雑な構造を生まれながらに持っている。
低温での硝子繊維形成を、人類はこの海綿から学んだのだった。
閑話旧題。
84創る名無しに見る名無し:2009/07/28(火) 22:48:08 ID:FUnp1/if
C
85「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/07/28(火) 22:49:17 ID:egxww3/F
 
 霧一は抽斗からもう一枚取り出し、乗せ換えた。
今度は異なるフォーマットで、立体映像が浮かび上がる。

三行にわたって文字が記されていて、
それぞれ「島京可動化プラン」「潜水型パターン」「浮遊型パターン」と読めた。

もう幾度となく目を通してきた資料を、彼はまた丹念に見返す。
どれも、今でも机上の空論とみなされているものだ。
だが、一部トップレベルの研究者の中には、全精力をつぎ込んでいる者もいることを彼は知っていた。

第七層に鍵がある、というのだが、資料が残っていない以上、どうしようもなかった。
調査しようにも、有人層として稼働できるのは第二層のみとあって、
その先がどうなっているかは今では知る由もないのだ。

 霧一はシステムを閉じた。
彼の頭の中には、これまでに出たパターンとは全く異なる可動都市が浮かんでいた。
それは海面地上境界層から分離する浮遊案でもなければ、潜水型都市でもなかった。
そもそも、潜水艦化するには島京は少し巨大すぎた。

卓の上にある、別の物体を手に取る。
平たい長方体をした緑色のそれは、今では高値でコレクターたちがやり取りするようなメディア――。
紙の本だった。

もっとも、この本の場合はその中身自体も、普通の本とは比べ物にならなかったが。
これこそ、霧一の作成しようとしている計画の裏付けとなる、たった一つの希望だったのである。

島京の設計者たちが、そしてその裏で企業たちが目指した真の島京の姿、それは恐るべき計画であった。
その時が近づいていることを知っている人間はごく限られていることだろう。
予兆は既に地下で起きていたが、大半の人間は無関係で平和な生活を送っているのだから。

夕霧が甘えた声で鳴いた。
食事をねだっているのだった。
例のキャスターが語っている。
「非常に大型で強い台風16号は、勢いをさらに増し加えながら北北東へ……」
86創る名無しに見る名無し:2009/07/28(火) 22:50:10 ID:egxww3/F
>>84
支援ありがとう

とりあえず一章分投下終了です
87創る名無しに見る名無し:2009/07/28(火) 22:52:20 ID:TNaFv5sm
投下乙!
88創る名無しに見る名無し:2009/07/28(火) 22:55:14 ID:/sBZB/Wo
ついに島京プロジェクトが動き出すか……投下乙!
これは災害脱出劇になるのかな?
とりあえずwktk
89創る名無しに見る名無し:2009/07/28(火) 23:09:41 ID:TNaFv5sm
かすれた感じと未来感がすげえ良いな
続きに期待
90創る名無しに見る名無し:2009/07/28(火) 23:37:42 ID:ZPxoi5Xe
相変わらず丁寧で完成度が高い描写だな
91 ◆LV2BMtMVK6 :2009/07/29(水) 23:56:20 ID:GeiUMr0v
翌日早朝、霧一は境界層まで降りていくことにした。

通勤者たちが続々と乗りこんでいく、工業区行きエレベータへ入る。
主に海抜150mまでは低所得層の居住区であることもあって、大きなエレベータは既に労働者でいっぱいだった。
かすかに甘い合成鉱物油の香りと、きな臭いようなオゾン臭が辺りに漂っている。
この都市はどこでも非常に明るかったが、エレベータですらこの例にもれなかった。
熱を発さない白色光源が、このガラスの箱を硬い色合いの光で包みこんでいる。

本来ならば、ほとんどここで会話が聞かれることはない。
だが、今日は違った。
「日本直撃は確実なコースだと言っとりますね」
「既にハリケーンで言うとカテゴリー5に入ってまだ成長を続けてるらしい、悠長にしてもいられないよ」

ざわつきはそこかしこに波紋を立てている。
それらの会話のうちの一つが、霧一の耳に引っかかった。
「最近おかしなことばかりだからなあ。発電区あたりも挙動が怪しいって聞いたし、台風までいかれてるっていうのか」
「なあに、島京だぜ?この辺じゃ強い地震なんて珍しくもないし、台風なんか毎年来てるだろう」
「今度のは桁違いだって言うぞ」

とはいえ、楽観的な見方が空気の大勢を成しているように思われた。
島京民には己の街への信頼と誇りを持っているものが多く、それは所得の高低とは関わりなく見られるものであったから、
それも自然な事といえただろう。

かつて大英帝国は世界に広がる領土を持って日の沈まぬ帝国を標榜したが、
「島京、ただの一都市にしてなお陽、沈まず」
とは、程度の差こそあれこの輝ける不夜城の住人たちが一様に抱いていた感慨の表明に違いなかった。
92 ◆LV2BMtMVK6 :2009/07/29(水) 23:58:17 ID:GeiUMr0v
海抜0m、一階に到着すると、霧一は一人エレベータを出た。
背後にいぶかしむような視線も感じたが、気にとめない。
ジャンクメタルのタイルが敷き詰められた、無人の道を歩く。

「風が強いな」
ひとりごちた。
確かに、安定した強さで吹いてくる潮風からは、上層部のそれとは異なる湿度と圧迫感が伝わる。
未だ姿を見せない、沖縄はるか南方海上の台風が、あたかも降伏を促すかのように自らの威力を誇示しているのだった。
通常であれば、日本領海にも入らない台風の影響が島京湾周辺で見られることなどあり得ない。
事実、隔壁の向こうでは、打ち寄せる三角波の砕ける音が響いていた。

「波高は……」
ポケットから取りだした携帯端末スティックに触れると、メインメニューがドーム状に浮かんだ。
その一つに触れて表示されたデータに、彼は驚かされることになった。
2.5から3.5mだと?波防帯と同じ高さじゃないか。

天を見上げる。超超高層ビル――公式にこう呼ぶのだ――の先端は雲の上に消えていた。
流線形が特徴的な建物群はなお昂然と、来るべき敵を待ち受けているかに見えた。
93 ◆LV2BMtMVK6 :2009/07/30(木) 00:03:36 ID:zKcDF8Qe

とはいえ、彼は特に台風のためにこの階、海面地上境界層まで降りてきたわけではない。
いつの時代にも、光があれば影があるものである。
光、ことさらに輝けば、より一層闇も暗く蠢く。

島京の場合も例外ではない。
ここでも比喩的な意味で、海面下部分が影、海上部分が光となって相互に補完し合っていた。
 光と闇はせめぎ合う。一見無人のこの層で。
そこは居住区最下層部の、外見からは想像もつかないが確かに存在する半スラム部とも違っていた。
半スラム部は治安が若干悪いとはいえ、人間の住む場所なのだ。

だが、ここはそうではない。地上一階分だけの、無機質な光沢を放つゴーストタウンだった。
植物の姿すらちらほらとしかない。

無人のはずのここだが、最近頻繁に不審な動きが見られていたのだ。
霧一とて興味本位の行動ではなかった。

トップ企業連の手のかかったクェーカーが保っている秩序は、
地下にある何かを守るためのものに他ならなかったのだが、
最近、ことに奇妙な事態が続々と起きていることを情報は示していたのだ。

外部からの特殊部隊の関与も示唆されていたため、
民間人が――それも密入国者だ――公に嗅ぎまわるのは得策ではなかった。
だが、外側勢力が行動を起こすとしたら、台風や地震、その他の災害は好機になるのではないか。
そんな考えから、水際に特徴を読み取ろうとした霧一の行動だったのだが――。

「無駄に広いんだよ」
この人工都市の断面積がもっとも広くなるのは海抜0m階であったから、それは無理からぬことではあった。

彼は自分のバイク――フローティングシステムが開発されてすぐの時期に開発されたものだが、今でも十分通用する程度にチューンされていた――
に乗ってくるべきだったかとも思えたが、すぐにその考えを打ち消した。
有人層ならともかく、無人層で目立つべきではなかった。

この都市は基本的に統治機構の監視下にあるのだ。
企業連盟の手は故郷の官憲よりも速く長いことを、彼は知らぬわけではなかった。

霧一がビルの先を曲がったその時だった。
彼は細い路地の先に動く影を認めて、そばの壁に張り付いた。
94 ◆LV2BMtMVK6 :2009/07/30(木) 00:04:40 ID:GeiUMr0v
今回の投下分はここまで。
95創る名無しに見る名無し:2009/07/30(木) 00:35:16 ID:+6CYG825
なんかサイバーパンクな感じだぜ
サイバーパンクってよく分からないけど
96創る名無しに見る名無し:2009/07/30(木) 20:26:06 ID:apNILQPp
おおおコレは続きが気になる!
次の投下を待ってるぜ!
97恒星都市  ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/02(日) 00:18:17 ID:wdUn2A8v
じりじりと後ずさり、陰へ躰を寄せる。 影は一つではなかった。
重装備に身を包んだ五人ほどが通って行く。各々の荷物はおそらく偽装された武装だろう 。
霧一は動きを止めた。夜間ではないから赤外線暗視スコープなどは入れていまい。
動きさえしなければ発見は免れるはずだ。
携帯端末スティックを逆探知でもされない限り、十分な彼我距離は確保できていた。

足早に歩きすぎる姿を彼はじっと見送り、不審部隊の目的を考えた。
奇妙な点は多かった。
どう行動すべきだろうか。
このまま帰って出直す?
そんな選択肢はない。

行き先と行動を確認するのが妥当だろうと判断、陰から足をゆっくり外した瞬間。
また人陰が横切った。
どうやら先行した者たちについて動いているらしい。
作業服を着た、やや小柄ですらりとした影だが。

「尾行にしちゃ下手くそすぎる」
霧一が呟いた通りだった。
雑な動きは、取り残された子供が慌てて遊び仲間に従うかのようにすら見えた。
しかし、この道化の出現で追尾行動は困難になった。
首輪に鈴のついた猫が鼠を狙うようなものである。
彼は鈴を鳴らさずにネズミの向かう餌場へ到達しなくてはならなかった。
一人目の追尾には気付いているだろうが、霧一の存在には気付かれては困るのだ。
98恒星都市  ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/02(日) 00:19:23 ID:wdUn2A8v
 慎重に彼は後へ続いた。
可能性は低いものの、更に他の尾行者がいる状況をも想定しなくてはならなかった。
その様子を想像して霧一は思わず笑うところだった。間抜けな図ではないか。

 先行する数人は広場から左へ折れた。
広場は美しかったが、やはり無機的で殺風景だ。
中央、滑らかなカーブを組み合わせて作られたオブジェは艶と輝きを失ってはいなかったが、
広場の隅々には塵芥がたまっていた。
 
 追って広場に入ろうとして、霧一は足を止めた。 丁度上空に、鏡面が被う道路の高架が横切っている箇所。

 歩きながら先ほど感じた不審を整理する。
そもそも、どんな勢力の手先なのか。
外部からのものではないように思える。
この時間帯を選んだ理由は?
工作員は普通、夜陰に乗じて動くものだ。
それに、工作員ですと言わんばかりの装い。
一番目の尾行者のように、作業員のかたちをとることすらしていない。
99恒星都市  ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/02(日) 00:25:21 ID:wdUn2A8v
 とすると陽動か。
だが、そもそも陽動が必要というのはどういう事態だ。

 島京は少なくとも表面上は、どこかと敵対してはいないし、各企業連に関してもそれは同じだ。
地下の不穏な情勢にしても、一階で陽動して利点がありそうな存在は思い当たらなかった。
 
 ここは平和な自治国家であったし、企業連の自警機構も機能している。
恐らく彼らは無人システムに現在進行形で監視されているだろう。
それに、彼らは自警機構よりずっと高機動な手段をも擁しているはずだった。

陽動でないとなれば、よほど切羽詰まった状況であることになる。
それも、企業連そのものが。

 思い当たる節があり、霧一は足を早めた。
一行は西へ向かっていた。
霧一の思惑が正しければ、そこは発電区から電源が上がってくる西南区画ではなく、
富士山に面した、生産物エレベータのはずだった。
ちょうど、霧一たちの住居の方へ円を描いていることになる。

 この軌跡に意味はあるのか考える彼の前で、
最初の尾行者の作業帽がぴょこぴょこ揺れていた。
全ては硝子の絶壁の下。
ネズミは終点に近づいている、と彼は思い、なんとか鈴が鳴らなければいいが、と余計なことまで考えた。
はるか天上では、摩天楼が彼らを見下ろしていた。
100 ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/02(日) 00:26:18 ID:wdUn2A8v
今回はここまで。
101創る名無しに見る名無し:2009/08/02(日) 00:33:15 ID:K7EBoCcK
投下乙
続き楽しみにしてるぜ
102創る名無しに見る名無し:2009/08/02(日) 01:07:33 ID:NkKc8Qup
おもしろい
103恒星都市  ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/03(月) 01:01:59 ID:P9+Mj9h0
予想を裏切ることなく、西北の端に来ていた一行。
ここまでは霧一の予想の範囲だったが、ここで初めて選択を迫られることになる。

 ビル群の密林から、比較的開けた地区へ出た。
周辺には平屋の大きな倉庫が並ぶ。
振り返れば、今朝後にしてきたガラス張りのビルが、朝霧と夕霧の待つ部屋が、
この結晶の形をした都市の、威圧感を具現したかのような壁面が望まれた。

 男たちは互いに何事か言い交わしている。
だが荷物を下ろしていないことから見て、ここが最終目的地ではないことは明らかだった。

 さらに気がかりでならないのは、男たちではなく、作業服の人間だった。
一応見えない位置にはいるのだが、一々場所どりも悪ければ、注意も散漫。
まして霧一の存在など、端から考えもつかないといったふうである。

風の様子は変化していた。
先ほどまでのビル風めいた強弱がある風は、今では安定した強さで横から吹く風になっている。
台風は未だにずっと南にあるとは思えない強さで、辺りには甲高く笛を吹くような音が響いていた。
島京が、啼いていたのだ。
104恒星都市  ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/03(月) 01:04:38 ID:P9+Mj9h0

 短く会話した後、彼らは二手に別れた。
なぜ最初から別れていなかったのかが気になるが、
今はどちらを監視するか定めなくてはならなかった。

 そうだ、あいつはどうする?
作業服も判断しかねているように見えた。
これではまず参考にはできないと判断して動きを見る。
未熟な人間には同じ方向に動かれない方がいい。

 
 幸いにも、作業服は南へ向かう方を追うことにしたようだ。
まあ、ここまで一緒に行動したからにはさほど離れることはなかろう。
合流点があるとすれは、発見されることだけは避けなくてはならないが。
目的地を確認できるだけでも上出来なのだ。

霧一が追った片割れはさほど移動しなかった。
倉庫群のはずれ、打ち捨てられた工場のようにも見える建物へ、彼らは入っていく。

 建物とそれに空き地をはさんでつながる大きめの小屋。
潮風に腐食した壁が歴史を感じさせる。

 この超現代の都市には植物と名のつくものはほとんどなかったが、ここにはそれがあった。
といっても、黄色い花を頂いたセイタカアワダチソウを始めとした雑草だったが。

 近辺にはあちこちに明かり取りの低い煙突が地に生えている。
低電消費の半地下稼働区だったのだろう。

 流石に中へ入ることはしない霧一。一ブロック手前で様子を伺う。
すぐに身を隠せる場所だ。

そろそろ引き上げる潮時でもあった。

風にしなうセイタカアワダチソウの花冠は、雲をまとう島京そのもののように見える、と彼は考えた――。
105 ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/03(月) 01:05:19 ID:P9+Mj9h0
短いけど今日はここまで。
追尾パート終了。
106創る名無しに見る名無し:2009/08/03(月) 01:08:17 ID:Ge6jj+S2
投下乙だ
描写が来いから島京の具体的なビジョンが見えてくるなー
107創る名無しに見る名無し:2009/08/03(月) 01:11:43 ID:yHBqUpMA
そろそろ話が動き出しそうな予感
wktk
108創る名無しに見る名無し:2009/08/05(水) 12:13:21 ID:dYpWsMyx
投下乙
具体的なビジョン見えてきたな
とりあえずwktk

盛り上げようとまとめの紹介充実させようとしようと思ったら別のとこに作ってたー
パニックになって挫折しちゃったorz
109『恒星都市』  ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/06(木) 04:47:55 ID:SripvwTK
 部屋へ戻った霧一はソファーへ身を投げ出した。
あの計画のためならどんなリスクを踏むことも厭わなかった彼だが、
流石に今日の尾行には疲労させられた。

 目の前にあの作業服がいなければこんなに消耗するはずはなかったのだが、
彼がどうこうできる状況でもなかった。
まどろみながら考える彼の足元に、夕霧が頬をすりよせる。
朝霧はと言えば、ソファーの上に腹を見せて熟睡の体だ。

 尾行は時に命がけになることもある。
例の作業服の挙動もそのプレッシャーによるものかもしれないが、あれでは逆効果というものだ。
いつへまをするかとハラハラさせられたせいもあり、極度に負担がかかった神経を休めたいところだった。
彼はソファーに横になり、一分後には眠りの沼へと沈んでいった。


 夢の国を訪れていた霧一だったが、それほど長く休息できた訳ではなかった。

 午後一時、彼を目覚めさせたのは絹を引き裂くような調子で泣き叫ぶ風でもなければ、
優しく触れる夕霧の前足でもなかった。

 それは一件のボイスメールの着信を知らせる音だった。
受信データを確認する。
定期更新の天気予報ではない。
緊急警報であった。

「今さらだな」
確認する必要もないといった口ぶりだ。

 実際、この島からどこかに逃げることはできなかった。
そもそも、逃げる必要を感じさせるような要素はこの人工島には皆無であった。
最低限の備えをしておくことはごく当然であり、直前に騒ぎ立てるメリットなどない。
だが、情報を知っているに越したことはないのは明白であったから、彼はそうすることにした。
インスタントコーヒーを片手に卓へと向かう。
110『恒星都市』  ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/06(木) 04:51:00 ID:SripvwTK

 データを開く。
本来、市民をパニックにさせないための警報であり、実際にもパニックを起こさないようにと述べているものの、
緊急警報自体がパニックに陥っているかに思われるような内容である。

 異常なものを感じて詳細データを取得する。
 
 猫たちは素知らぬ顔だ。
動物が不安感に騒いだりしないことに、彼は少し感銘を受けたものの、
猫たちがここにいれば安全だと考えているのか、それとも台風の進路自体ここを大きく外れているのか、
はたまたこれらの怠惰な動物たちが野生の勘を無視することに決めたのかははかりかねた。

 天気図を読みこむと台風の立体モデルが表示される。
息を飲む霧一。
予想を遥かに上回る規模のそれは、芸術的なまでに美しくくっきりとした渦を描いている。
彼はその壮大さに見とれてしまいそうになる。

 気圧。
865hPa。
あまりの低さに目を疑うが、見間違えようはない。
見たことも聞いたこともないような数字である。

 風速。
実測値不明。
注釈に、風速計のベアリングが摩擦熱で焼き付き、なぎ倒されたとある。
計算値、130m/s。
時速にして468km/hである。

 俺のバイクの最高速より150km/h以上も速いのか。
取り乱した彼はあらぬことを考えてしまった。

 メディアの態度は不自然だったが、 島京を襲うルートが高確率と報じられている今、
報道側が先に恐慌状態になるようなパターンは想像に難いものではなかった。
とはいえ、意図的にアジテートしている存在の可能性は十分に考慮すべきでもあったのだが。
111『恒星都市』  ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/06(木) 04:54:03 ID:SripvwTK
 夕霧はソファーで爪を研いでいる。
霧一は以前止めてくれるよう二匹に頼んだこともあったのだが、猫たちはいよいよ盛んに爪を研ぎはじめたのだった。
しかもどう見ても彼が困るのを喜んでいる様子が伺えたため、説得を諦めたのだ。
市販の爪研ぎのどこが悪いのか、と海に向かって呟いたことを、霧一は鮮明に覚えている。

 そうだ、朝の連中の足取りを辿るのだったと思い出し、彼はホログラムリーダーにカードをセットする。
プロットしていって北西地区へ。
ちょうどこの部屋の足元から防波堤、さらにその外側に突き出した波防帯までにあたる。
窓辺に立てば、彼らの入っていった廃墟も視界の端の方に小さく見えた。

 この地区は……。
霧一は意外なことに気付いた。
製品搬出エレベーターは第二層工業区へ直通、そのあたりに半地下の施設など存在しないことになっているのだ。
カードの誤りかとデータベースに要求してみても、それ以上の内容は得られない。

 例の緑の本には、かつて頓挫した島京浮遊可動プランの中で、電気利用の超巨大モータが設置されることになっていたと記されていた。

 強制的な電磁誘導をベースにナノマシンを使用したMR4Wドライブ、
液体窒素で維持可能な、−150度程度の高温超伝導エンジン。

 だが、浮遊可動プラン自体は机上の空論に終わった計画であり、
島京のあるべき真の姿としてかつての開発者たちが、
企業の首脳たちが、そして霧一が信じたものとは全く異なっていた。

 行儀よく欠伸する朝霧を見ていて出した結論は、まだこちらから判断するには早いというものだった。
なにしろ、中央のサーバにあの工作員たちの監視データが何も残っていなかったのだから。

 一部独立したシステムを用いられているとしたら、こちらを逆引きされるリスクを背負うのは愚かなことだった。

 しかしながら、霧一の想定より遥かに迅速に、状況は変化することになる。
時代の足音はすぐそこに迫っていたのだった。

いよいよ勢いを強める風。対岸の日本は霞んで見えない――。
112 ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/06(木) 04:56:46 ID:SripvwTK
今回投下分はここまで。

>>108
創発まとめ編集お疲れ様です
113創る名無しに見る名無し:2009/08/06(木) 12:34:58 ID:rqR9uHZX
投下乙
114創る名無しに見る名無し:2009/08/06(木) 22:33:13 ID:TM2C/EV0
投下乙
wktkしながらまとめにスレの概要として1をコピーしておいたよん
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/59.html
115創る名無しに見る名無し:2009/08/06(木) 22:35:02 ID:TM2C/EV0
誰か興味のひきそうな紹介文おもいついたら編集しちくれ
116創る名無しに見る名無し:2009/08/11(火) 21:26:31 ID:eSLToCHm
今更だが投下乙!

続きマダー?
117「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/13(木) 20:21:25 ID:3TxlSTkO
 その日のうちに霧一が行動を起こす契機となった、最後の要素が現われた。
それはある人間からのボイスメール――それも、ソリッドビジョナルテレフォン――だった。

 今ではほとんど使われていないそれ。
無論盗聴の危険もあり、設置個所から動かせない点で携帯型の超短波通信に比すべくもなく劣る。
リーダとその無線利用親機からできているこれだが、なぜこの部屋にそれがあったのか。
彼の答えは単純だった。
「好きなんだよ、懐かしくて」
だが同時に、好きでもなければ使わないような代物であることをも、その言葉は暗に物語るのだが。
ともかく、入電があったのである。

 相手は、女。
年の頃三十程か、平均的な顔だち、眼光は鋭い。
彼女は若輩ながら企業連会長会の末席に名を連ねていた。
もっとも、企業力の方は末席どころか島京――ということは世界でも―― 一、二を争うほどだったのだが。
彼女はすぐに本題へ入った。
「久しぶりだね、霧一。」
「はあ」
「用件はわかるね?」
「は?台風ですか」
「いや、違う。しかし、関わりなくもないか。『今朝の』件だ」
「はあ。あれは一体何なのですか?島京可動化計画と何か関係が?」

 女は息をついた。
そばでは二匹の猫がじゃれあっていたため、霧一は注意を逸らされそうになるのを堪えなくてはならなかった。
不意に、猫が積んであった箱を崩してしまった。
彼は振り向いた。
「あの計画の残党ではなさそうね。全く風の音が強い……霧一、そこに誰かいるの? 」
「ああ、猫がいますが」
118「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/13(木) 20:23:57 ID:3TxlSTkO
「……そう、続ける。手短に言うと、ある企業の企みよ」
「ははあ、貴女の? 」
勘ぐりにも冷静な彼女。
「違うわ。アメリカに本社を置きながら、島京支社は東塔上部140階にも及ぶ……」
「WPか、わかりましたよ。で、WPは何を意図しているんです?」

 WP。かつて米国の筆頭企業だったホワイト・パーフェクションを前身とする、巨大複合企業だ。
IT、軍需、重工業から紙おむつ、出版まで幅広い分野を手がけている。
恐らく現在、もっとも強力な複合企業だろう。
まさしくゆりかごから墓場まで、金で売れるものはおよそ全てのものを売るような世界的組織だった。

「何を意図しているか、それを調べてるんじゃない」
もっともな意見である。
「そうですか、事情は知らないが悠長な事で……今朝の奴らは相当急いでいましたがね」
「知ってるわ。こっちにも情報がないわけではない。そこで、あなたに用があるワケよ」

 短い間。
「あなたには今朝の部隊……WPの私兵集団をマークしてもらう。内容によっては阻止も」
「おたくにはそういう集団は無いんですか」

「ウチは島京に籍がある企業なのよ?そんなものを置けるハズがない」
「そうですか?」
「これまでは、必要がある時に統治委員会に図ってクェーカーを出していたからね。
ウチにも諜報部はあるけど、事を構えたが最後潰されるか、余所に漁夫の利をかっ攫われるわよ。」

「今回はクェーカーは使えないんです?」
「金で雇える者には金で裏切られる、それくらいわかるだろう。子飼いのクェーカーは今手元にいないのよね」

 自分は信頼されているというわけか。賢明にも、皮肉めいた呟きが実際に音になることはなかった。
体のいい使い捨て要員か、などと言えるはずがない。
表情に出たのか、内言を見透かしたように彼女は続けて口を開いた。

「もちろん無理にとは言わないし、見合うことはさせて貰おう。わたしとしても、脅迫めいたことは言いたくない」
彼女は具体的な脅迫の中身は述べなかったが、彼の立場を考えれば、霧一にはそれで十分だった。
さらに、彼の島京上陸に援助の手を差し伸べたのは彼女であり、
そもそもその支援なくして彼がこの街にいることもなかっただろうから、選択の余地は元からない、ともいえた。

「ええ、俺も聞きたくありませんからね、ただ、簡単な条件をつけさせてください」
「簡単なものならね。それはあとで聞こうか。肝心の依頼なんだが、WPの工作員の尾行と報告だ。
だが状況次第では妨害や阻止もしてもらう。というより、それがメインだ。一人、アシストをつけるね」
「はあ、期待に添えますかどうか」
119「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/13(木) 20:28:01 ID:3TxlSTkO
「努力の量など必要ない。結果を出して貰おう。で、条件とやらを聞こうかね」

「実は二つあるのですが」
「ではひとつめ、二匹の猫の世話をお願いしたい」
「いいわ。誰か人を寄越しましょう。あずかるのは現実的ではないし、台風が気になっているからね」
「避難しないんですか?」
「どこに避難できるというのか。だいたい私が避難しては、事後、逃げたとの誹りを免れん」
「ふたつめ、ご存じとは思うが、島京に関して俺にも未来のビジョンがないわけではない。主義に反する行動はとれない」
「二つ目は容れられないよ、残念ながら。ま、状況的に大丈夫だとは思うがね。
言うことを聞けない場合は消えてもらうわ。それでは、二階で待機して貰おうか。
ウチのアシストの到着を待ってほしい。スティックは持っている?」

「……持っています、それでは」

 特有のシュンッという音とともに立体映像は消え、奇妙な会話は終わった。
風は割らんばかりの勢いで広い窓を叩いている。
猫たちも流石に落ち着かぬ素振りになってきたようだ。
夕霧を抱き上げると、ソファーへ座って撫でてやる。
「いい子で待ってるんだぞ」
服装はあまりゴテゴテできまい。
機動性が命だ。
その分、リュックにはきっちり詰めた。
すぐに投げ出せる背嚢に荷を集中するのは基本でもある。
風が窓をびしびしと殴りつけるのを後目に、重量感たっぷりのリュックを背負う。

 秋涼の候にも関わらず、室外は妙に暖かかった。
120 ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/13(木) 20:29:02 ID:3TxlSTkO
今回分はここまで。
もったいぶってつもりはないんだけど
待っててくれた人、遅くなってゴメンよ
121創る名無しに見る名無し:2009/08/13(木) 20:30:01 ID:3TxlSTkO
どうでもいいながら

>>120
×「もったいぶって」
○「もったいぶった」
122創る名無しに見る名無し:2009/08/13(木) 20:46:11 ID:T5XPcp3T
これは続きにwktkせざるを得ない

ところでシェアードなのに書いてるのが一人じゃ寂しいな
俺もなんか考えてみるか
この話の後じゃあかなりハードル上がってるけどw
123「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/21(金) 04:32:25 ID:/03Bo+wQ
 二階に着く頃合いで、スティックに着信があった。
独特のクリック音を三回させた電話の相手は、先ほどの女。

「確認のために連絡がいる、と思ったのでね」
「はい」
「もう着くようね」
「ええ」
 
 ライブ状態でエレベータのカメラから見られているわけだ。
それは体温、脈拍から装備の逐一まで、彼女に――ということはWP側の中央頭脳オペレーターにも、
筒抜けであることを意味した。
ただ、例の仮想敵がどの程度霧一をマークしているかは未知数であり、不必要に監視されている可能性は薄かった。

「境界層、そしてそれより低い地下を動くことになるでしょう。移動手段の用意はあって?」
「徒歩を予定してますが」
「そう。それより速い選択肢があるのなら、そちらに変更して貰おうかしら」
「部屋へ戻ってバイクを出すべきでしょうかね」
「そうしてもらえる?」
「はい」

 だがエレベータの内で上昇しながら、彼は一つの疑問を口に上せずにはいられなかった。

「アシストの移動手段は?」
「二人乗りしてもらおうとは考えていない。別行動をとってもらう可能性もあるからね」
124「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/21(金) 04:33:26 ID:/03Bo+wQ
部屋に戻った彼は、バイクの巨体を隣接した車庫から側道へ押し出した。

 ちょうど、ビルの側壁から主要軌道へ、加速コードのように繋がっている形だ。
丸く左右からアーチ状に覆い被さった防音壁のおかげで風はほとんど感じられなかったが、
高い音域の轟音と高架橋群を揺さぶる風圧は厭が応にも身に迫る。

 側道にアイドリングしている愛馬へまたがる。ライムグリーンのそのモンスターは、未だ水冷機ながら二百四十馬力。
車重は二百キロであるからパワーウエイト比は0.83。怪物の名にふさわしい。
ゼロ発進から100km/hに達するまで、二秒程度と言えば伝わるだろうか。

 曲がりくねった都市環状線を駆け下りる。フロートシステムとはいえ、車体を傾けなくては曲がらない。
右に左にステップを擦り、珪素と希金属の火花が尾を引く。大きく減速する度に、アフターファイヤが炸裂した。


 二階のパーキングスペースに横向きでスライドしながら入っていく。
霧一は車体に派手なカウンターアクションを与えつつ、頭では冷静に思考を巡らせている。
自分はあの女の狂言の中でただ舞っているだけではないのか、と。

 風に唸るパーキングには小さな四輪の姿があった。
光学ウインドウで乗り手の姿は見えない。
と、着信があった。

出た彼の耳に、聞き慣れない声が飛び込んで来た。
「霧一さんですね、アシストの露です」
若い女?
「はい。……つゆ、さん?」
来たとき同様、唐突に通話は切れた。
視界の端に動くものを認めて振り向く霧一。

その目に映ったのは、あの作業服だった……。
125 ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/21(金) 04:37:00 ID:/03Bo+wQ
今回は二レスのぷち更新。
ここまで。

>>122
書きたいコトを書けるのがいいところですよ!
思うがままにやってしまっていいと思います><
126創る名無しに見る名無し:2009/08/21(金) 11:05:31 ID:/F4m8UdO
いよいよ本格的に話が動き始めた感じだな
127創る名無しに見る名無し:2009/08/21(金) 13:38:46 ID:i8ZXvKTq
投下乙!
この出会いは先が楽しみでならない
128「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/27(木) 22:48:35 ID:g1R2bpqQ
 昼間とは言え、あたりはうそ暗い。
轟音を立てて風が駆け抜け、立っているのもやっとといったところだ。
壁によせて止めたはずの車両が、煽られて揺れている。
この時すでに、日本国太平洋沿岸、及び島京は暴風域にあった。

 入電。
「着いたようね。目の前に見えるのが一番北側のブロック。その建物から地下区域へ入ってもらうわ。露と一緒にそのバイクで入って」

 霧一は答えなかった。風の音は強く、発話は聞き取りづらいことこの上ない。
「あまり時間はなさそうなんだけれど、以上でいいわね」
「俺は正直、あいつと一緒に動きたくない気持ちなのだが。動きがお粗末過ぎるのを見てるので」
「私も見ている。だからあなたと一緒に動かせることにした」

「……選択の余地はないか。ところで、単車で中へ入れるのか?」
「入れると思う。待ち伏せなどはないはずだけれど、探査には露を使って頂戴。そのためのアシストよ」
「そういえば、地下区域の構造データはなかったようだったが」
「例の計画で秘匿条項になったのでね。こちらにはある。露が手元に持っているから問題はない」

 露を後ろへ載せ、慎重に工場へ進入する。
貼り付けインカムのヘッドセットで会話は可能な状態だ。
マイクは邪魔にならないよう首元に留めてある。

 工場の中はがらんどうだった。バイクのライトに映ったのはただの壁。
床はいやに埃っぽい。
建物の中央と思しきあたりに、下へ向かうスロープが掘られている。
もともと製品搬送に使われていたようにも思われるものだ。
窓では風が金切り声をあげている。

 外から逃げ込んだのだろう、天井のトラス鉄骨には鳥たちが並んでいた。
スロープへ入ろうとする二人の上で、時折鳥が飛ぶ。

 地下道へ進入。
完全に地下区域に入ったところでバイクを横へ寄せて停車。
マップを露に見せてもらうことに。
129「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/27(木) 22:50:18 ID:g1R2bpqQ
「巨大なS字を描いていると取ればいいのかな」
これは霧一。
「西側に限ればそうみたい。ただ、どこへ行けばいいのかわからない……。実際には第一層居住区と第二層工業区の間に挟まれた、
海抜がゼロメートル以下の地区になるはずなのだけれど」
エンジンを切る霧一。

 露の端末が展開した構造マップへ見入る。
「S字の内側にはつきあたりから折れていくんだな、こちらへ行くか」
言ったその時、ステイックタイプ携帯端末に入電があった。
「霧一、WPの私設舞台が地下地区へ入る。やり過ごして追尾して。彼らは徒歩だ」
「了解」

もちろん露もこのメッセージを聞いていた。
一応了解はしたものの、彼は目前のハードルが若干高く見えてきている。
だが、いつまでも通路脇にいるわけにもいかない。
残留熱量探知でも使って追われたなら、地の利のないこちら側が逃げ切れるはずもないのだ。

 後ろへ乗るよう手振りで促し、霧一はエンジンクランキング、火が入るやスロットルを全開。
長くゆるやかに弧を描いた地下道内を疾駆する。
人口的な照明に包まれた通路――というよりは道路と言っていい広さだが――を切り裂くヘッドライト。
空気の壁を貫き、振動を後ろへ絞り込む。ただ前へと狂ったように駆ける金属の馬。
衝撃波が後ろへ長く尾を引いて消えていく。
2km近くを一瞬にして走った彼は不意に減速すると、レーリングシステムいっぱいまで使って左へターン。
枝道へ飛び込んだ。バンクの激しさにイン側ステップが床と接触して火花を散らす。

「とりあえず、かなり時間が稼げただろう」
「でも、そんなに長いことじゃないわ。それに、彼らがここまで来なかったり、あるいはまさにここに来たりするとしたらリスクは高すぎる」
「確かにな。彼らの目的地がS字のつきあたりでなかったとしたらかなりまずいし、つきあたりだったとしても気づかれては追尾するどころじゃない。
逆に追尾されてしまうのがオチだ。もう少し落ち着いて隠れられるところを探すか」

 言って霧一はリュックサックから小物を取り出し、本通路への出口に置いてきた。
「自動ドアのシステムは二百年前と変わらない。動くものの熱に反応しているわけだ。そのメカニズムは今でも生きている。
さっき置いてきたのは発信器だ」
「つまりそこを通るかどうかくらいはわかると」
「そういうこと。ただし気付かれる危険性も無きにしもあらず」
「それで?」
「ここを離れてさらに奥へと入れる。さっきマップを見たとき、研究施設の分館のような場所があった、無論現在生きてはいないだろうが」
「了解」
130「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/27(木) 22:51:53 ID:g1R2bpqQ
さらに移動。五分後、二人は廃墟と化した施設内に一旦腰を落ち着けていた。
バイクも中へ入れてある。

 廃墟とはいえ、内部は整然としていた。数列に並んだデスク類の上には物もない。
自動照明が人間に反応して、ぼんやりと二人を照らしている。
白い壁に、二人とバイクの影が伸びていた。

「露さん?」
「ハイ」
「今回のことはどれくらい理解しているんだ? なぜアシストに来ている」
「うーん、あなたのアシストができる程度には理解しているつもりよ。アシストに来た理由は……裏切らない方がいい、とだけ言っておくわ」

 年下に見えるが、こんなことを言われるのも妙なものだ、ぞっとしないとは思ったが、あえて口に出すこともなかった。
「じゃあ、今回の出来事をどう認識しているのか話してくれないか」
露が応えて口を開こうとしたその時、再び入電があった。

「退避はできたようね」
「かなり不安ですがね。結局何をすればいいんです?」
「当初説明したことと全く変わってはいない。基本的には監視」

「そうですか……猫の世話の方は問題ありませんか」
「人をやっている。問題は今のところないね、ただ……」
「ただ?」
「今後どうなるかはわからない。台風が常識を超えた規模なのよ。隣のオフィスなどは窓が割れた」
「はあ……」

彼は地下に入ってから、台風のことなどすっかり忘れていた。
ステイック端末を使い、台風情報を再生する。
その内容に二人は息を呑んだ。
「これは……」

低気圧によって海面が著しく上昇しており、風速はコンスタントに100m/sを記録。
波の高さは8メートルから12メートルというから、四から五階あたりまでは波をかぶりかねない計算だ。
「これで島京は持ちこたえられるのか……」
「凄い規模。『史上最強の低気圧』らしいわね」
そのまま押し黙る二人。
彼等はあらゆる意味で、極限を知ろうとしていた。
131「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/27(木) 22:53:55 ID:g1R2bpqQ
その時だった。発信器に反応があったのだ。
「奴らだ。思ったより早いペースだったな。そして……これはこちらへ向かっているのか!」
「そのようね」

 今はバイクに執着せず、できるだけ奥へ行かなくてはならなかった。
二人は早足で移動し、施設の奥、独立発電ユニット室と書かれた扉を入った。
だだ広い空間と、巨大な二つの発電機。水力を使ったものか燃料熱を使ったものかは外見からはわからない。
多分、本体は下の階へと続いているのだろう。

「もし気づかれたのなら時間の問題でしょうけど、待ち伏せやすい場所でいいわね」
「ああ、警戒したなら突っ込んでは来ないだろうからな」
もっとも彼はこんなところに籠城するのは御免だったが。

 現在位置を非音声通信で報告し、すぐに電源を切る。
沈黙のまま、永遠とも思えるほどの時間が過ぎた。
結論から言えば、例の工作部隊は研究施設まで至らずに、少し離れた場所へ入っていったのだが、この時二人には行き先まで知る由もない。
ただ、研究施設まで入ってきていないことは、バイクの近くに置いてきた長波形レーダー ――例の、コーヒー缶よりコンパクトな発信器だ―― から判明していた。

「こちらの強さを測りかねているのか、そもそも気に留めてもいないため気付かないのか……」
「気づいていないんじゃないかしら」
この時露は正しかったのだが、正確な根拠のないことであるし、憶測を元に動くわけにもいかなかった。

 話すこととてなく、二人は細々と会話した。
「本来の設計者たちが目指した島京、ってのがあるんだ」
「聞いたことがないわ。浮遊計画のこと?」
「いや、そうじゃない、だが、WPはそれを知って、浮遊計画を元に何かを図っている可能性がある」

 やや短い間。
「私もそれは聞いてきている。だから実際何を目指しているのかが気になったんだけれど」
「簡単に言うと、頓挫した浮遊計画は島京上部切り離し、この西地区の高温超伝導エンジンで駆動を駆けるものだったんだが、
今回のWPは、本来の島京計画……真島京プランとでも言うか、そのために用意された機能を流用して浮遊させようとしているんじゃないかってことだ。
発電変電区域を狙ったテロじゃないところから、俺はそう結論付けた。この思惑が当たっているかどうかは、近い将来にわかるだろうさ」
「さっぱりわからないわ」
「今は、ね。第7層、最深部に何があるかが鍵になってくる、と俺は思っている」
「あの、第7層……」


 会話が止み、霧一がリュックを下ろした瞬間、スティックがあのクリック音を立てた。入電だ。

「今西地区の独立発電室に籠ってるんですが」
「そう」
バックには台風だろうか、大音響が轟いているようだ。
「悪いけど、これからは確実に連絡を取れるとは限らないわ、この風で。島京はもう、駄目かもしれ」

通話は途中で、切れた。
132 ◆LV2BMtMVK6 :2009/08/27(木) 22:54:45 ID:g1R2bpqQ
今回の投下はここまで
板発足一周年、おめでとう!
133創る名無しに見る名無し:2009/08/27(木) 23:00:04 ID:xaO7VaXz
投下乙! そして一周年おめ!

話が第七層の真相に迫るのか
こいつぁシェアードしがいのある、軸になる投下だねぇ
134創る名無しに見る名無し:2009/08/27(木) 23:03:42 ID:xt7xbdKZ
じりじりぞわぞわくる…!
135創る名無しに見る名無し:2009/08/27(木) 23:18:14 ID:G+jhiE+S
投下乙!
136創る名無しに見る名無し:2009/10/01(木) 18:07:41 ID:CMT60tXE
なんだこれ超かっこいい
世界観あんまりよくわからないけど続き期待してます。
137創る名無しに見る名無し:2009/10/04(日) 16:41:18 ID:ZOd6YYQR
>>128 動かせる→動かすor動かさせる >>129 私設舞台

いや、ちょっと気になったので。
弐瓶勉っぽい感じですね。期待して続編待ってます。
138「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/10/07(水) 20:17:03 ID:/xrf0RO1
「なんだ!?」
 異様なものを感じて絶句する二人。
同時に顔を見合わせていた。
風の影響だというのなら、一体、どれほどのことがあったというのだ。
二人の不安を裏付けるように、その後再入電がくることはなかった。
仄暗い人口都市の片隅で、二人は今、決断を迫られていた。

「いつまでもこうしてはいられないな、当然ながら」
「選択肢は?」
「幾つもあるわけじゃあない。当初の予定通り、彼らの監視を続ける方針でいくべきだろう……ただ」
「ただ?」
「連絡がとれない状態で、どうするかだ」
 霧一はいまだに連絡が取れない、手元のスティックを見やった。

「これではこちらから呼び出すことは出来ないと思っていい。しかしながら、指揮官なくして瓦解する軍のような真似も御免ではあるな…………!!?」
 発電ユニットの向こうで物が落ちたような物音がして、彼は思わず腰を浮かせた。が、すぐに我に返った。
この女の方が落ち着いているじゃないか、情けない……。

 立ち上がっていた彼は、ふと妙なことに気がついた。
信じがたいその事実を、霧一より先に露が口に出した。
「傾いている……?」
 
 そう、床面、というより全てのものが傾斜していた。 この都市の構造くらいなら誰でも知っている。
簡単に傾くことなどは考えられない。
少々の地震などでは無論不可能なことであるし、この区域だけのトラブルだろうと考えた彼だったが、それはすぐに、端的事実に否定されることになる。
露の端末が示した島京の現在水平は、傍目にわかるほどはっきり傾いていたのだ。

 地区によっては浸水が始まっている。
このとき、未だ島京湾は満潮を迎えてはいない。降り始めからの降水量、1000ml。
しかしながら水門が風によって破損したため、蟻の一穴が堤をやぶるがごとき状態にあったのだった。
このときなんと、島京の南側と北側では波高にして2m前後の差があった。
大時化という言葉では表せない規模である。


 台風16号が、いよいよその片鱗を示し始めていた。

 バイクの元に戻る二人。
そこで彼らは声に気づいた。近くの室から聞こえてくるらしい。
来た道には幾つもの区画のドアがあった。
唇の動きで会話をかわす。
(これでは上へ戻ることはできないな)
(でも、このまま……?)
(今のところは好都合だろう)

 人声は途切れて聞こえてくる。
壁を一つ挟んでいることを考えると、鮮明に聞こえないのも無理はなかった。

 どうやら、第7層を大陸棚から分離させるために、WP――例の巨大世界企業――が介入、人的な支援をしているということらしい。

 聞こえている会話は、送り込まれた人員たちと計画者たちとのもののようだ。

「浮遊計画がこんなかたちで」
「ああ、しかし台風様々って」
「バカを言うな、こいつは」

 いまひとつ会話の要旨はつかめないが、どうやらこの台風は、彼らにとっても桁外れに予想外なものらしい、と霧一は認識した。
139創る名無しに見る名無し:2009/10/07(水) 20:17:54 ID:ba59VsoY
支援
140創る名無しに見る名無し:2009/10/07(水) 20:22:13 ID:ba59VsoY
台風だから台風ネタを進める気になったんだなw
141「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/10/07(水) 20:49:20 ID:/xrf0RO1
 この規模を目の当たりにしていれば、それも無理からぬことではあった。

 ここにいてこそ静かな島京ではあったが、上層部の破壊の程度はわからないわけだし、
それに六時間前の時点であれだけの轟音が都市を震わせていたのではないか。

 まだ、台風は最後の、そして最大の力を人間たちに見せてはいない、というのに。
先ほどの通信からするに、オフィス機能は停止、通信環境は壊滅と見ていいだろう。
もっとも有線の通信環境なら利用できるかもしれないが、それもかなりの程度怪しいものだった。
そもそも有線で通信すること自体、この時代にはほとんどあり得ないのだから。

 その時だった。
ひとつの足音が、こちらへ近づいてくる。
気づいている様子ではないが、油断はできない。

(霧一。これはどう……)
(やりすごして制圧しよう。一人のようだし)
(気づいているかしら)
(当然、気づいているかもな)

 扉の右陰にはバイクと霧一。左陰には露。

 入口に影が差し、侵入者の足が踏み込まれた。
瞬間。
露が内側から強烈な足払い、つんのめって泳ぐ体に霧一がタックル、後ろ手に倒して口を押さえる。
きっちり横向きに床へ頭を押さえつけると、同時に露がハンドガンをこめかみに擬した。
この間およそ、一秒。

 ゆっくりと上体を起こさせる。
男は白衣を着ていた。
何が突きつけられているのかわかっているらしく、抵抗はしない。

(今君に押し当てているものが何か、わかるな)

 目でうなずく男。

(よし、騒がなければ殺しはしない。質問に答えて貰おう)

(もし騒いだら……?)
目で問いかける男。

 露は口を開くことなく静かに、銃床を握りしめると、渾身の力で男の頭を殴りつけた。
霧一が続ける。
(騒ぎたいのなら、騒げるかどうか試してみるといい。賢明ではないと俺は思うが)
142「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/10/07(水) 21:30:12 ID:/xrf0RO1
ややあって。

隣室、発電ユニット室の一角に、三人の男女の姿がある。

 会話は静かに始まった。
白衣の男はイシダと名乗る。

 彼の言によれば、島京を離底させて従来の浮遊計画に準じた動きを取らせることが今回の計画の要旨であり、
WPはそれに乗じて多企業の連合自治委員会から抜け出し、この都市の覇権を握ろうとしているものらしかった。
複数の企業が一つの企業に変わっても問題はないだろう、ということらしい。

「電力が回復し次第、MR4Wドライブは起動できるのだが……」
「あのエンジンは完成していたのか! しかし、『だが』とはどういうことだ」
「なに、単純なことさ。この台風のために水中発破と離底ができない。浸水が進めば、
液体窒素で維持する高温超伝導エンジンは一度も稼働することなく沈黙する可能性だってある」
「それで、この都市をどこへ移動するつもりだったんだ」
「太平洋を横断するつもりだった、といえば大体わかるかな。今となっては実行できるものか怪しいものだが。
現在も、水中で技術者たちが発破に向かっているはずだが、風で土台そのものが揺れていると言ってきていた」

どうやら、計画は実行されつつあり、なおかつ水泡に帰す可能性が徐々に膨らんできているらしかった。
ここに及んで、霧一はひとまず安堵した。
最初の依頼はどうにか達成できそうなのを悟ったのだ。
さらに局面が進んでも余裕を持てるだけの主要な人物を人質とするという、良い札を引けたのかもしれない、と。

逆にイシダが疑問を抱いたのは、二人の素性であった。

「WPの部隊から、侵入者がいるかもしれないとは聞いたが、君たちは何をしているのだ」
「我々に、それを教えてやる必要性があるのかな?」
「…………」
「まあいい。要はWPの専横は捕捉されてたってことだ。」

「……それでこれからどうする」
「そちらにしても教える義務などないが……」

霧一は露を見やった。
「どちらにせよWPがこのまま主権を執れるとは思えないし、もう少し踏み込んだ話をしようか」

二人を目の前にして、霧一は語りはじめた。
本来、そうあるはずだった島京の姿を。
143創る名無しに見る名無し:2009/10/07(水) 21:32:27 ID:ba59VsoY
スレの要点になりそうだな
wktk
144「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2009/10/07(水) 22:21:31 ID:/xrf0RO1
 霧一が話し終えると、異様な静寂があたりを包んだ。

「俺は今回のことを、天が与えた契機だと考えている。もし第7層の『核』が、記されているとおり解放されるものならば、それは今を措いてない。
そうして新しい都市は、ここに生まれる。水底に縛りつけられていた幼生は羽化する、渓流の蜉蝣の如く」

彼は上を見上げた。暗い天井ではなく、星に満ちた天空がそこに広がっているかのような表情だった。

「俺は第7層へ向かい、核の封印を解こうと考えている。この期に及んで企業間のしがらみは考えない」
「ほう……」

「俺としては、そちらの様子がつかめたのが何よりの嬉しい誤算だったね。というわけで露」
「何かしら」
「イシダの見張りを頼みたい。こうなっては最初の依頼は果たされたようなものではあるし、武装した勢力と彼が接触さえしなければ阻害されることもない」
「…………」

 口を開いたのは、露ではなくイシダの方だった。

「本当に行くのか。WPは……」

「WPは、なんだ?」
「さっきMR4Wドライブが完成していたといったろう? あれはナノマシンを利用する、高温超伝導のエンジンだ。知ってるな? ナノマシンが利用できるってことが何を意味するか」
「強化人間でも作ってるのか」
「もうちょっとましなものだ、戦闘用の……そうだな、元、人間というか、元、動物だな」
「ふむ……」

「提案だが」
「聞こうか、イシダ君」
「俺と彼女が同行する、というのはどうだ」

「二人してついてくる、というのか」
「足をひっぱることもなかろうし、そんな夢なら俺も乗ってみたいね、そういう夢が欲しくて俺は浮遊計画を復活させたんだ。
第一、浮遊計画とそいつは矛盾しないじゃないか」
「ふむ、第一段階で浮遊遊動型、第二段階でコア解放とでも言うつもりか」
「可能じゃないか」

 ここは悩みどころではあった。第一、イシダの本心からの申し出かどうかわかったものではない。
その上、露のレベルを知っている霧一には、彼女が足を引っ張らないという確証は持てなかった。
作業服だけ見ると立派な工作員なのだが、へまをやらかさないとも限らない。

 その上、移動手段が限られてくる。
いくらモンスターマシンとはいえ、彼のバイクには三人が乗るスペースはなかった……物理的に。

「申し出はありがたいんだがな、どうやって移動するつもりだ? 」
「エレベータを教えよう。大分スマートにたどりつけるはずだ。ただし、一層、15階ごとに乗り替えなくてはならない。」

 短い間があって、イシダは付け加えた。
「ま、動けばの話だがな。恐らく動くだろうと思うがね」
145創る名無しに見る名無し:2009/10/08(木) 01:00:50 ID:b0q5XYnT
リアル台風により投下が中断されたと独断で判断
146創る名無しに見る名無し:2009/10/08(木) 01:46:54 ID:FcVO8vG0
投下乙! まってたよ
147創る名無しに見る名無し:2009/10/08(木) 10:50:37 ID:0hwQiqyk
投下乙!
新キャラktkr
148創る名無しに見る名無し:2009/11/08(日) 02:10:27 ID:6aeUv1wb
第一層に立ってる高層ビルって上の方でつながってたりするんだろうか
隣のビルに行くのにいちいち地上まで降りるのはかなり面倒くさそうだけど
149創る名無しに見る名無し:2009/11/08(日) 02:51:06 ID:AlKcLiZR
当然通廊とか吹き抜け廊下あると思ってて、そういう設定っぽく書いてみてはいる
150創る名無しに見る名無し:2009/11/08(日) 03:13:11 ID:6aeUv1wb
>>149
やっぱりそうか
下に行く程貧乏人が多くなるイメージだっけ?
151創る名無しに見る名無し:2009/11/08(日) 03:22:01 ID:AlKcLiZR
んー、豊かな都市ですよって設定なんで、スラムとかおおっぴらには書いてないや
まぁ誰かが書けばそれがデフォになるんじゃないかな
上の方のSSでもそういうのあったし
152創る名無しに見る名無し:2009/11/08(日) 03:25:36 ID:6aeUv1wb
ありゃ、スラムメインの話書きかけてたんだけど、ひょっとしてマズかった?
153創る名無しに見る名無し:2009/11/08(日) 04:06:32 ID:AlKcLiZR
んー、いいんじゃないかな?
みんなで作れるのががシェアードスレでしょー
154創る名無しに見る名無し:2009/11/08(日) 13:04:39 ID:8XEBoXT2
恒星都市で海抜0m地帯ってのが出てるけど
それがいわゆるスラムに近いんじゃないかな、
狭山の活動範囲にはだれもいないみたいだけど。
これよりもう少し上なら普通に人いそうだよな。

高さ基準で考えると高層ビルの下の階に怖くて入れないなんてことになりそうで
だから同じ層の中でも高い天井で仕切られてるのかとも思ったけど
(上の層にも地面があってビルの途中に出入り口があるような)
そうすると下の層に日光はささないよな、とか。

そんなこんなで俺は世界観が把握しきれてなくて全然かけない
ものすごく未来的なんだけど、公園とか学校は普通に現代に通じるかんじでいいんだろうか
155創る名無しに見る名無し:2009/11/08(日) 14:00:55 ID:AlKcLiZR
ぶっちゃけ恒星都市にしても>>1の設定に近づけようとしてるとはいえかなり齟齬があるし、自分が感じた世界観、でいいんじゃないかな
「紡錘形をした偕老同穴のような」とか書いてるでしょw
複雑に絡み合った巨大ビル群みたいなのを想定してるけど…


スラムにしても↓くらいしか触れていないし、膨らむ幅はいっぱいあるんだよ!

>ここでも比喩的な意味で、海面下部分が影、海上部分が光となって相互に補完し合っていた。
>光と闇はせめぎ合う。一見無人のこの層で。
>そこは居住区最下層部の、外見からは想像もつかないが確かに存在する半スラム部とも違っていた。
>半スラム部は治安が若干悪いとはいえ、人間の住む場所なのだ。

>だが、ここはそうではない。地上一階分だけの、無機質な光沢を放つゴーストタウンだった。
>植物の姿すらちらほらとしかない。



書いてない部分は書いたもの勝ちだと思うんだなー、自分好みにできるっていうか…
他人の世界観が見たいからあまり設定は細かく縛ってしまわないようにしてるし、文章外で設定喋るのはあんまり好きじゃない

自分が思った島京、ってことになるよね、最終的には。
前出投下と著しいずれが出ない限り、で
156創る名無しに見る名無し:2009/11/08(日) 14:25:27 ID:AlKcLiZR
追記:それとも、こういったものがあった方がいいんだろうか?(チラ裏にテキトーに書いた)
http://loda.jp/mitemite/?id=545.jpg

一つだけはっきりしてるのは、投下があった方がいいってことだw
157創る名無しに見る名無し:2009/11/08(日) 16:43:55 ID:6aeUv1wb
>>156
すげえw
でも携帯厨だから細かいところはよく分からないw
158創る名無しに見る名無し:2009/11/08(日) 18:21:52 ID:8XEBoXT2
比較用ゴジラw
島京パネェw

未来モノはあまり触れたことないからイメージわきにくいんだけど
この世界観は好きだからがんばってみるかー
159創る名無しに見る名無し:2009/11/08(日) 23:56:39 ID:8XEBoXT2
 緑に囲まれたエリアに設えられたベンチに寝転がり、女はふうと息を吐いた。
肘掛に首を預けると視界には緑に切り取られた薄青い空が広がり、
高い位置で無造作に結った黒髪がさらりと音を立てて毛先を地に着ける。
 島京。技術と文明の粋であるこの街には、しかし野趣に富む緑地帯が点在していた。
当然都市計画に組み込まれ計画的に造園されたエリアでしかないが、
それでも無機質なビル群やそれらをかいくぐり空間を縦横に走る通路に比べれば
ずっと女の心を和ませ緊張をほぐすものだった。
 目を閉じて僅かながらマイナスイオン濃度の高い空気を吸い込み、吐く。
寝転がったはずみにちらと覗いた腹部は程よく引き締まり呼吸に合わせてかすかに上下する。
投げ出された脚も腕も同様に引き締まり、彼女が何らかの手段で鍛えていることは容易に伺えた。
160創る名無しに見る名無し:2009/11/08(日) 23:59:57 ID:8XEBoXT2
「随分とだらしないわね、グスク」
 そう声をかけられたのは、あまりに長閑な空気に意識を手放しそうになった頃合いだった。
一瞬で覚醒した女──グスクは視線を巡らせて声の主を探す。
目の端に影を捉え身を起こすと、はたしてそこには見知った女が立っていた。
「……姿勢が? それともこの格好が?」
「両方よ」
 聞き返すグスクに女は大仰に肩を竦める。
女はきっちりと化粧をし、スタイルを誇示する露出の高いスーツを着こなしているが、
対するグスクは薄汚れたシャツとスカート、長い髪を梳った様子もなく、
極めつけにノーメイクの頬には手で擦ったのだろう、油汚れが伸びている。
「二十歳過ぎのオンナの格好じゃないわね」
「……まだ二十歳。いいじゃないか、疲れてるんだ」
 些細な鯖読みを訂正し、グスクは再びベンチに寝そべる。
歳といえばこの女はいくつだっただろうか。付き合い始めてしばらくになるが外見からは予想がつかない。
女は化けるとはよく聞くが彼女はまさしくそれで、時と場所と場合によって
まったく異なる雰囲気を身に着けていて、グスクを戸惑わせる。
161創る名無しに見る名無し:2009/11/09(月) 00:02:26 ID:VY8Ab7eC
「それで、何か用?」
「用がなきゃこんな浮浪者じみたオンナに声はかけないわ。手を貸してほしいって子がいるんだけれど」
「内容は?」
「人探し。と言っても、彼本人なんだけれど」
「……なにそれ」
「記憶がないらしいわ」
 頭上から降ってくる声に、胸にたまった空気を盛大に吐き出す。
周辺に漂いだした女の香水の匂いも吹き飛べばいい、とグスクは考えた。
「断る。言っただろう、疲れてるんだ。厄介ごとは暫くパス」
 ここ暫く請け負っていた仕事を遂行し契約を終了させたのはつい数時間前なのだ。
些細な、とはいえ同行者にはそれなりに気を使い、下手をすれば命すら落としかねない仕事。
暫くはこの開放感と温まった懐──実際はデジタル数字が増えただけの代物だとしても──を満喫していたい。
 女は来たときと同じように大仰に肩を竦めたが、それはグスクには伝わらなかったようだ。
「……了解。いいわ、たまたま見かけただけだしね。他を紹介するわ。
アンタも暇に飽いたら連絡のひとつもちょうだいな」
「あんたの持ってくる話はいつも碌なモンじゃないからお断りだね、00」
「その代わり割りはいいでしょ」
「……あんたの年齢、教えてくれるなら考えておく」
「情報屋は対価に見合った情報しか提供しないもんよ」
 悪戯めいた声音を残し、草を踏む音が遠ざかると同時に人工の香りも薄れていく。
グスクはしばし薄青い空を見やってから目を閉じた。
 木々を通り抜ける風は僅かに冷たくなったが、まだ優しい。
もう暫し、人工の自然に癒されていても誰もとがめたりはしないだろう。

162創る名無しに見る名無し:2009/11/09(月) 00:06:13 ID:VY8Ab7eC

というわけで書いてみました。ぜんぜん島京らしさがないけど勘弁。
>>43の少し前ってイメージす。
情報屋さん貸してもらいました。イメージ違ったらコレも勘弁。
163創る名無しに見る名無し:2009/11/09(月) 21:28:40 ID:Wetz7iq5
おー、投下ktkr
読み手を引き込む入り方でいいすねー
164『恒星都市』 ◆LV2BMtMVK6 :2009/12/01(火) 02:53:14 ID:FtfZi7RX
エレベータは……動いた。

ただし、動き続けるという保証ができるかと問われたら、誰だって首を横に振るような様子ではあったが。
搭乗口周囲の埃の積もり具合からいって、少なくとも十年単位で利用されていないに違いない。
それは白くあたりを覆っていて、霧一の後ろには足跡が残った。

第一層の下部、比較的に海面に近いとあって、このあたりにはまだ異常な状態を思わせるような雰囲気はない。


さしあたって、できるだけ高い速度で降下することが目的だったが、あいにくと降下速度は変更できなかった。

「なんとかできないのか」
「いや、無理だね」
「無理ですね」
「そうか……」

「……それどころか、限度を超えた揺れ方をしたら止まる可能性すらある。台風のことは忘れちゃいるまい?」
「…………」

三人は、一部屋分ほどもあるエレベータの隅に固まっている。
沈黙の部屋は、小さな音を立てて海中深く ――そう、ここでは地下がすなわち海面下を意味するのだから―― へ沈んでいく。
石灰と金属の融合体に抱かれ、その胎内を下る彼らは、ほぼ無人の、無機質な巨像の中、いかにもちっぽけに感じられた。

二層、約30階分を下る。途中、第二層発電区画へ入る際にエレベータを乗り換えたが、周囲の様変わりの仕方に露などは目を見張ったものだった。
といって、無機的なところだけは変わっていないのだが。

超巨大都市を支える原子力発電所と、その六つの原子炉――常時、四つが稼働中である――を抱え込んだ、そのためだけにある区画である。
それは些かの間違いで島京1300万の生活を灰燼に帰せしめうる、巨大な心臓だった。

あいもかわらず、沈降速度は遅い。
誰も言葉を発さず、やきもきするような時間が流れた。
広いドアの向こうを、発電区画の景色が、その照明がぼんやりと尾を引いて流れていく。

人の姿は、どこにも見えなかった。
165『恒星都市』 ◆LV2BMtMVK6 :2009/12/01(火) 03:00:16 ID:FtfZi7RX

 やがて、景色は明確に変化する。
発電区の入り組んだ回廊は視界から消え、代わりに変に生気のある、部屋の戸が並んだ場所へ入った。
化学工場のような雰囲気だが、それともはっきり違う生々しさが迫るものだった。
といって何か生物がいるわけでもなかったし、人影が見当たるでもなかったが。

 深度にして海面下およそ150メートル、立ち並ぶ研究施設は、はっきりとした異質さを隠そうともしていなかった。
ここに来て人は悟るのだ、ここから下の部分が、ここまでの層とは全く違う目的のために作られたものだということを。

第4層三番研究区に入ってからややあって、エレベータはとうとう動くのをやめた。
不意に地球の重力の手に戻された三人はよろめき、ついで外へ出ようとして、止まるには早すぎることに気付いたのだった。

「台風……か?」
「さて……。他の理由だとしても、不思議ではないが……」
「同感だな」


 このとき、巨大な衝撃が島京を揺さぶっていたのだが、エレベータで降下中の三人には、大きな揺れとしては感じ取られなかったのだった。
台風が人の築き上げたものを制した瞬間であり、人ならぬものの手に島京が膝を屈した瞬間であった。

 島京、離底。
 皮肉にも、WPの工作部隊たちが並々ならぬ努力を行おうとしていたことを、彼女はその強大すぎる右手で軽々と成し遂げたのである。
だが、3人は未だ、その事実を知る由もなかった。

「さっきひどく傾いたのが原因じゃないかしら」
「ああ、そうかもしれないが、さしあたってもう一回動かないのか、試してみるぞ」
「…………駄目だ。受け付けてくれない」
「しょうがないな。外に出よう。外には出られるのか」

どうやら、ひとまず大きな揺れはおさまったらしく、彼らは外へ出ることができた。
「B、59階か」
「第四層の終わりあたりですね」

「他にエレベータは?」
「沢山あるが、もしかしたら全部動かないかもしれないな」
「そうだとしても、下へ向かわなくてはならないんだ、行くぞ」
「待ってくれ、このあたりにまで詳しくはないんだが」
「………道案内できる範囲でいい」

全く状況を把握していなかった霧一の足を急がせたのは、ひょっとしたら感覚のレベルでの緊急感だったかもしれない。
しかし、次のエレベータに進もうとした彼らは足止めを食うことになってしまった。
ここは都市としての島京が成り立つ以前から、ある種の研究がなされていたのだが――生体兵器関連開発がこの第四層の研究所の目的だった――。
ここにきて、島京は、世界経済都市でもなければ、超巨大人口都市でもない、過去の姿をほんの少しながら晒すことになる。それは、最先端の研究施設であった遺構としての姿だった。

陽光が差すことなど絶対にないこのブロックで、そこかしこの戸が声高にバイオハザード警告を告げているのは、決して単なる伊達や酔狂ではないのだ――。
166 ◆LV2BMtMVK6 :2009/12/01(火) 03:01:39 ID:FtfZi7RX
伸びねー!
まぁちょこっと。
167創る名無しに見る名無し:2009/12/01(火) 04:11:31 ID:icJoVjhD
待ってました! 乙です。
第四層の実態が垣間見えてきましたねぇ。
168創る名無しに見る名無し:2009/12/02(水) 09:45:38 ID:f3l5BO+0
これはこの先が楽しみですね。
169 【だん吉】 【770円】 :2010/01/01(金) 01:08:27 ID:utFhp5a8
てす
170恒星都市 ◆LV2BMtMVK6 :2010/01/23(土) 21:55:19 ID:0ZNlVhLU

 島京の海中部には4つの主要な地下エレベータがある。
このコンクリートの地下研究都市には8方位に主要な構造柱――といっても、並みの高層ビルより太い鉄筋の構造体だが――
があり、そのうちの4つはことのほか規模が大きい。
4つの主柱にはそれぞれに一基ずつエレベータが設けられていた。
安全と効率のため、一層ごとに乗り換える必要があるのは前述のとおりである。

 次のエレベータまではまた、狭い通路を通り抜けていく必要がある。
3人は降り口で見た図のとおりに移動していた。
湿った空気の中を動いていく。

そこかしこに研究室の扉があり、幾重にも警告標識が掲げられている。
むろん見た目には無人の地区であり、他に人の気配はない。
天井に壁に、いくつもの大きな配管がうねって伸びている。
保温剤が巻かれたもの、灰色に塗装され、びっしりと結露した大きな鉄の管、
人の胴回りほども太さがあるケーブル……。

 ところどころに見える赤い照明が、重く不気味に通路の様子を写しだしている。
辺りはお世辞にも明るいとは言えなかった。
一層目で入ってきたあの通路よりもLED照明の間隔が広く、光も弱い。

 その気配に最初に気付いたのは霧一で、露もほぼ同時にそれを感じた。
一行の歩く気配が通路の壁の向こう側に染み透っていくにつれ、それはますます強くなる。

表立っては彼らのほかに動くものはなかったが、霧一はとうとう、足を止めざるを得なくなった。

「なあ」
二人が振り向く。

「何かがいるような気がするんだが」
今はかすかに響いていた足音も途絶え、音がなくなった通路、だが――。

「イシダ君、ここでは何を研究していたんだったかな」
「元、動物のことか。おそらくそれ、だが……」

 イシダは途中で言葉を切り、霧一の背後、頭上を見た。
つられて視線を動かした露の目が驚愕に開く。

 霧一も、二人の表情を不審に思いつつ、振り返ろうとした――。
171恒星都市 ◆LV2BMtMVK6 :2010/01/23(土) 21:58:44 ID:0ZNlVhLU

「危ない!」

 声より早く霧一を突き飛ばしたのはイシダで、もう少し遅ければ永久に手遅れになっていただろう。
同時に何か黒い、重みのある影が霧一をかすめて飛来し、湿っぽい床に音を立てて跳ねた。
霧一はそれがかすめ過ぎた襟に手をやろうとして、ちぎり取られているのを知った。
すぐに床の方を見たが、仕事に失敗した襲撃者はすでに配管の陰に戻った後だった。

「これが……ナノマシンのバイオハザードか?」

 襟を示しながら口にする。
切れ口は鋭利な刃物でスライスしたとも見える鮮やかさだった。
少しずれていたなら頸動脈が同じ形にぱっくり口を開いていたに違いない。

「天井が鎌首をもたげるのは初めて見たわ」

 作業服の水気を不快そうに振り払い、どことなく的外れな感想を口にしたのは露であり、イシダが言葉を次いだ。

「実物を見るのは初めてのことだが、ヤマビルのような、マムシのような……だが、ヒラメか何かのようにも見えたな。
当然ハイブリッド、いや、ナノマシン構築したキメラなのだろうが」

「人型みたいにも見えたけど」
「ああ。だが幼児並みに小さいし、そもそも人間は天井に貼りつかない。ましてや保護色になどならない。恐らく過去に捕食した動物の形をコピーしているのだろう」

「あんなものがうようよいたらことだな。また来ないとも限らない……露、どうした」
「あの、このあたりの壁とか天井、あれ……」

 男たち二人は言われた通り辺りに注意を払い、危機的な状況を瞬時に悟った。
「あれ」の気配が、四方から押し包んでいた。あきらかにそれと見えるものもいる。
そこらの陰にも幾組もの目が見えるような気さえした。

絶体絶命という四字熟語がよぎり、同時に結論を出す。
172恒星都市 ◆LV2BMtMVK6 :2010/01/23(土) 22:02:01 ID:0ZNlVhLU

 ……およそ100mほども走っただろうか。
緑色をした床は非常に足場が悪く、不健康な色の暗い通廊は走りやすいとは言えなかったが、
誰もあのおぞましい生き物の犠牲にならずにすんだ。

 もっとも、走りだす間際にイシダの方も白衣の襟を持って行かれたが、それだけで済んだのだと言うべきだろう。
すんでのところで死地を脱した焦りの表情が、皆の顔に浮かんでいる。

「二度と御免だな」
霧一の言葉にも、もちろん誰も異論はなかった。

「まだいるだろう。油断はできない」
窮地を脱したとはいえ、現在進行形でひそかに狙われていないとは言えない。
三人は用心深く急ぎ足でエレベータへと向かった。

 時折後ろから人の足音のような音が聞こえてきたが、この足音の反響の中それを気にする余裕は誰にもなかった。


 さらに移動し、ようやくエレベータのところへ到着する。
霧一の指が祈るような気持ちでタッチパネルに触れる。

が、報われることはなく、緊急停止中の文字がむなしく明滅した。
思わずエレベータの扉にもたれてへたりこむ。


「非常階段、か……?」

 非常階段は鉄筋構造の主柱内部に設けられている。
もちろんその名の示す通り非常用であり、移動速度も落ちる。
だが、霧一は復旧をエレベータの前でおとなしく待つつもりはなかった。
今ではそれほど急ぐつもりもなかったとはいえ、長く滞在するつもりで地下へ入ったのではない。

それにもちろん、食料もなかった。
173恒星都市 ◆LV2BMtMVK6 :2010/01/23(土) 22:04:24 ID:0ZNlVhLU
「イシダ君、ナノマシンの集合体生物は食えるだろうか」
 彼はその質問にあきらかに呆れたようだった。
気づけば白衣が汚れ、白とは言い難い色になっている。

「食えないだろう。そもそも殺せるものかどうか。向こうはこっちを食うことができるがな」

 食料の調達の見通しは暗かった。そもそも人間が生活する場所ではないのだ。
最低限の休憩を取ったのち、霧一に続いて二人も腰を上げる。
階段の扉を目指さなくてはならないのだが。

「足音が聞こえる」
「気のせいじゃないな。しかも通ってきた通廊だ」

三人は非常階段へ通じる角へ身を潜めた。
やがて、ペタン、ペタンと姿を現したのは、人のような生物だった。
ぬめぬめとした光沢があり、あちこちに目が付いている。

(奴ら合体したのか……)
(あるいは、人間を組み替えたのかも知れない)


 いずれにせよ、人型の怪物とはお近づきになるべきでなかった。
数に勝るとはいえ、戦闘用に開発されたナノマシンで組織を形作っているのだ、
その見た目から戦闘力は測れないものの、弱かろうはずがないと見て当然である。

通廊は一本道であったから追ってきたものの、どうやらエレベータ前のホールで彼らを見失ったのだろう、体中の目があちこちを見まわしている。
三人はしずかにそこを後にした。

非常階段の扉を抜けると、打ちっぱなしのコンクリートに覆われた、上下に伸びる吹き抜けに出る。
梁や鉄筋がかかる中、はるか上空に地上の明りがうっすらと見え、霧一は台風のことを思い出した。
今なお、海上は荒れ狂っているに違いない。

ともあれ、階段を下るときであった。
鉄製の錆びた段が、四方の壁に沿って螺旋状に下っている。
先は暗闇の中に消えており、かなりの高さを感じさせた。

非常階段の扉を施錠できなかったことに少し失望しつつも、一行は奈落の底へ足を踏み出した――。
174 ◆LV2BMtMVK6 :2010/01/23(土) 22:05:14 ID:0ZNlVhLU
今回ここまででー
175創る名無しに見る名無し:2010/01/23(土) 22:15:42 ID:+Qj+AKHA
戦闘シーン北!
謎クリーチャーヤバいよ気持ち悪いよ!
176創る名無しに見る名無し:2010/01/24(日) 00:38:25 ID:ziO8LnGi
おおおおお投下乙!
177創る名無しに見る名無し:2010/01/24(日) 09:07:01 ID:yUpG52VF
面白くなってきたwww
178「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2010/01/29(金) 00:03:36 ID:D2C+Ti0o
 さて、階段はいかにも長かった。
空気は重く冷たく、どこまでも続くコンクリートの内壁には、今にも押しつぶされそうな圧迫感があった。
階段の幅は狭く、鉄の錆びた手すりが壁に張り付くようにして下へ伸びている。
それに沿って鼠色の小さな影が三つ、黙々と進んでいく。
 
 踊り場ごとに消火器が設置されていたが、霧一にはこの長大な階段のどこかに可燃物があるとは思えなかった。
好奇心から設置された日時を確認してみた彼は、それが43年も前に有効期限を終えていることを知り、少々唖然とした。
やはりここでもあの青白い照明が儚げに存在を主張していたが、中には長年の仕事に疲れて引退しているものもあり、
そんなところでは、三人は足下に出ている鉄筋に裾を取られて小さく毒づくのだった。

 ――階段は、長かった。階数にしてはおよそ三十階分に過ぎないのだが、一階分が優に8メートル分はあり、
いつまで経っても、どこまで降りても、全く終わる気配は感じられなかった。
いつしか彼らが入ってきたあたりは見えないほどに降りてきていたが、それでもこの階段がどこまで続いているものか、皆目見当もつかなかった。

 非現実的なほど長く階段を降り続け、もはや機械的に降りているだけとなっていた霧一は、不意に、一人足りないことに気付いた。
足音が二人分に減っていた。
振り返ってみて、足りないのは作業服ではなく、白衣の方であることを知った彼は、無言のまま来た方へ登り始めた。
露も振り返った時に気付いたらしく、同じく無言で後に続いた。
一階半分――つまり、階段を登り、角の踊り場へ到着すると折れて、また壁に沿って階段を登る――これを六階分おこなって、二人は白衣を見つけた。

 イシダは踊り場に倒れており、何かおぞましいものが足下に動いているのが見えた。
二人を認めてイシダは弱弱しく手を振ったが、それはこっちへ来るなと言うようにも見えた。
露の方は構わず駆け寄ると、左手で右手首を素早くホールドし、躊躇わず足下の生き物へ二発撃ちこんだ。
それは大きなネズミのような外見で、猿のような顔を持っていた。長い牙は光沢があって、血が付いている。
毛は生えておらず、両生類のもののような足がたくさん生えていた。
銃に脳天を撃ち抜かれた猿は怯んだようだったが、痛手を受けたというようなそぶりは見せず、手すりの外、暗闇の奈落へ落ちていった。

 今回は周りに他の生物がいないのを確かめて、霧一がイシダの足を検める――までもなかった。
左足先はなくなっていた。
足首、及び太ももの内側の動脈を細いロープで圧迫し止血――ロープというのはやむを得なかったのだが。
心臓より高い位置に傷口を持ち上げるべきだと聞いて、壁に足先をもたせかけるイシダ。
むろん同行できるような状態ではない。
早急に処置を施す必要があった。
179「恒星都市」 ◆LV2BMtMVK6 :2010/01/29(金) 00:04:25 ID:hrnJHUwz
「医務室はあるかしら」

「生物をいじくってた地区だから医療機器くらいはありそうだが……この地区がいつまで活動してたかを考えるときついな」

「それもそうね」

「止血できてるとはいえ……。こうなってくるとエレベーターが使えなくなってるのはいかにも痛いな」

臍を噛む思いの霧一に露がかぶせる。

「使えたとしてもあの台風よ」

「そうだったな……畜生」

 もちろんイシダを放置するわけにはいかない。
といって、ここで手をこまねくのは一層望ましくなかった。

「連れて行くか……」
「でも、どうやって?」
「少なくとも階段に置いて行くわけにはいかんだろう、また襲われる可能性もある」

 二人はイシダを間にはさみ、わきの下へ肩を差し入れると、慎重に降り始めた。
二つ下の踊り場に、B180の文字を認めると、彼らはそこの扉から再び島京内部へと戻った。
イシダは口を開かない。危険な兆候だと言えた。

 この階はそれまでよりも暖かかった。
エレベータはやはり動かなかったが、近くに小さな部屋があるのを見つけて、そこの椅子にイシダを寝かせた。
やはり手当できるようなものはなく、がっちり止血したまま、青ざめた顔のイシダを見守る。
締めこんだ布には血がにじみだしていたが、場所を考えれば仕方がない。
どれくらい失血したのか、今は考えたくもなかった。

「行くぞ」
「でも、どこに?」
それには答えず、霧一は先ほどの階段の空間へと足を進めた。

終わりが、近い。
180 ◆LV2BMtMVK6 :2010/01/29(金) 00:05:06 ID:hrnJHUwz
ここまで
181創る名無しに見る名無し:2010/01/29(金) 00:34:18 ID:QaISFhtt
緊張感やばいな
182創る名無しに見る名無し:2010/02/10(水) 21:52:13 ID:lTvCdXf5
いよいよ佳境ですな。どうなるんだろう。


wiki弄くりました。同名のページがあまってたから
設定まとめみたいにしようと思ったんだけど、ぶっちゃけこれ要るかなぁ
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/59.html
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/250.html
183 ◆LV2BMtMVK6
凄く見やすいですね
毎度ながらお疲れ様です!

設定はページを分けるか微妙なところですが、
この状態が閲覧しやすいのでこのままの形がいいかなーと思うです