ガチャリと、金属が回る音。
「お邪魔します」という二つの声と足音がして、買い物袋を手に提げた春香と美希が部屋に入って来る。
社長から事前に知らせがあって、家の鍵を二人に貸したとの事。俺の住いは社宅で、事務所からそう遠くない。
プロデューサーの俺が風邪でダウンした事で、彼女達の活動はあまり動きの無い、雑誌の取材等軽い物に絞っているらしい。
今日も仕事が早く終わって、俺のお見舞いに来てくれたのだ。
まぁそれでもちゃんと回転してる辺り、765も立派になったとしみじみ。
「プロデューサー、少し見ない間に老けたね」
美希は冗談を言わない。見たまま感じたままを口にする娘だ。
だからきっと今の俺の心境が映した顔を的確に捉えた発言なのだろう。開口一番にそんな言葉が出てくるのもご愛嬌。
「いや、こう家でじっとしてるとさ、俺って居なくてもいい存在なのかな、とか考えたりしちゃって……」
実際、自分が居なくても回る世界――765に、部屋で独り、淋しさを感じてたりした。
熱にうなされながら、そんな想像で心まで消耗させて――。
彼女達がこうして見舞いに来てくれなければ、年甲斐もなく拗ねていたかもしれない。
「自分の体調管理も出来ないダメプロデューサーなんだよ、俺は。二人も、いつか俺を見捨てて――」
「そ、そんな事ありませんよッ!! それに、もしプロデューサーさんが『落ちぶれて』も、私がずっと面倒見ますから……!!」
持っていたスーパーの透明な買い物袋を床にドサッと落とし、必死の形相でベッドに寄って来る春香。
ちょっとした冗談なのだが、春香は本気にしてしまったようだ。その気持ちは嬉しい(?)のだが、その言葉がなんとも微妙で――
春香の言動は時折、雲みたいな性分の美希より理解に窮する事がある。
「や、冗談だってば春香。それにしても“面倒見る”とは、流石売れっ子アイドルは言う事が大きいな。お父さん嬉しいよ」
「は、えぇ! 冗談!? ……ですか。やだ、私ヘンな事……りり、リンゴお借りするのでキッチン剥いて来ます!!」
熱い鍋の蓋でもさわったみたいに、バッと俺の横たわるベッドから離れ、顔をまさにリンゴのように赤くしてキッチンに飛び去る春香。
「うーむ……面妖な。転ばないといいけど」
その狼狽ぶりに、逆に自分が変な事を言ってしまったのかと頭をひねる。
いぶかしげな目で、混乱したひよこみたいに動く春香の姿を追いながら考えた。
「寝ても覚めてもにぶい男なの……あふぅ」
眠たげに、あくびを手のひらで伏せた美希の呆れた視線。
こっちもこっちでわからん。