黒井裁き
ここは、芸能事務所・765プロダクションの社屋でございます。
今、所属タレントの一人が早朝のラジオ出演を終え、事務室のソファで仮眠を取っております。黄色いロングヘアをだらりと下げまして、脳天に後れ毛を立てましたこの娘――名前を星井美希と申しまして、若手のホープでございます。
一方、そのそばの机で、熱心にそろばんをはじいている少女がまた一人。
横長の細縁眼鏡をかけまして、栗色の髪を二本の三つ編みに結いなし、脳天に二本の後れ毛を立てております。名前を秋月律子と申しまして、表向きは所属タレントでございますが、簿記・珠算共に二級という技能を活かし、計理の手伝いもしております。
「ちょっと、美希! そんな寝方してたら風邪引くわよ。いつの間にか、毛布を床へ落としちゃって……自分まで転げ落ちなかったのが幸いね。
ほらほら、毛布を掛けてあげるわよ……全く、鼻から提灯出したり引っ込めたりなんかして……お祭りの夢でもみてるのかしら? 難しい顔をして、何やら寝言をつぶやいて……そうかと思えば、にたりと笑っちゃってるし。
きっと、楽しい夢をみてるんでしょうね……それにしても、既に十時を回っちゃって……三時間も寝りゃ、仮眠としては充分でしょうに……これ、美希、起きなさい!」
「ん? ムニャ、ムニャ、ムニャ……あー、よく寝た」
「何を呑気なこと言ってるの? 既に十時を回ってるのよ! もうそろそろ、次の仕事の打ち合わせでしょ?」
「え!? プロデューサーさん、まだ来てないけど……」
「直に来るんだから、しっかり起きて待ってなさい……それはそうと」
「何、何?」
「さっき、一体、どんな夢みたの?」
「ゆ、夢!? ミキ、そんなもんみてないけど……」
「嘘おっしゃい! 難しい顔をして、何やら寝言をつぶやいて……そうかと思えば、にたりと笑っちゃってたし。あなた、一体、どんな夢みたの?」
「だから、ミキは、夢なんかみてないもん」
「みてたでしょ! さあさあ、話してごらんなさい」