196 :
創る名無しに見る名無し:
虫が鳴いていた
秋の夜風に乗り枯れ尾花が揺れる
都の界隈
朧月が微弱に照らす界隈は誰一人歩かず静寂に包まれるのみ
そこに蠢く巨大な黒い影が一つ
ムシャムシャというくぐもった音を響かせるそれは、都に置いて民から畏れられる異形の存在であった
「其処までだ怪物」
砂利を踏みしめる音と共に一人の若者が現れる
青みがかった黒い髪を短く切った彼は口を真一文字に結び怪物に対峙する
彼の女郎のように美しい唇と同じように真一文字に備えられた腰元の刀
その柄を右手がぎりぎりと握りしめる
すると、骸を貪る下劣な音が止む。
淀んだ黄色い瞳が月光に反射し
巨大な狗の形をした其れは吠恍をあげる
今宵は生者に肉にありつこう
そうとでも言わんばかりに垂れ流される涎
その臭気が男の鼻腔を刺激する
「わかっているわね悠仁」
すると、男の背から少女が一人、影のように姿を現す
艶めくほどの輝きを備えた黒い髪が夜風に揺れる
白い着物を着た少女に生の温もりは感じられなかった
「貴方の刀で鬼神に致命傷を与えられない」
「わかってる。鬼神は姫神でしか倒せない」
「それならいいわ」
少女は男の前に立つと手を翳す
空間に現れる刀
少女は其れを手に取ると再度吠恍をあげる黒い巨大な狗の鬼神目掛けて駆け出した