シェアード・ワールドで青春物語

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1名無しさん@お腹いっぱい。
とりあえずやってみたいこと。
・オリキャラの設定を考えて、それらを各書き手共通の世界で動かす。
・メインとなる場所を決める。
・基本恋愛SSにしたいと思ってる。
・様々な書き手て物語を進めて、先の読めないSSにする。
・みんなで仲良くやりたいな。過剰な馴れ合いはやめるべきだと思うけど。

これくらいかな。
相談するべき事はこれから決めるということで。
2名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 18:14:20 ID:j3tNCgyQ
良くわかんないんだけど一人がキャラクターを動かしたらそれって他にも反映されんの?
3名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 18:15:08 ID:0c5zyvT5
リレーSSとは違うんかえ?
4名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 18:18:57 ID:gScJGDtZ
>>2
そうらしい。もう一つのシェアードスレを見れば多分分かる。

>>3
そんな感じだと思う。
俺もよく分かってなくて申し訳ないが、個々で決めたオリキャラを個々で動かして行く感じかな。
書き手AはオリキャラAを動かして書き手BはオリキャラBを動かす感じ。

間違ってたら誰か指摘お願い。
5名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 18:29:32 ID:0wpU+VpL
基準となる世界設定だけ共有して、あとは好きにやらかせ、ってことなんじゃないか?
たとえば誰かが「晴れた日には北極星の代わりにカエルの置物が空を飛んでいるのが見える」というギャグを書いたら
それが気に入った他人が、シリアス話で空飛ぶカエルの置物を使ってもいい、という感じ。

他人のキャラクターを動かすなら断わりを入れた方がいいけど、状況設定や、キャラクターの風聞程度のかすり具合なら
広い心で共有して楽しもうって趣旨だと思う。
6名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 18:47:36 ID:OIJ2AMzX
出来れば書き手だけじゃなくて読者にも参加して欲しいね。
イベントやらキャラクタ―やら出して貰えればそれを拾って行きたいし。
7 ◆UfPI417KJM :2008/09/01(月) 19:05:38 ID:VjEy4bki
こっちにも出来たのか
最初に言っとくぞ

単なるリレーで終わらせるんじゃないぞぉ〜
ある先生出したり、部活出したり、ラーメン屋出したり名物生徒出したり!
学校、いやさ学園のある地域とか気候とか交通機関とかも考えて書いてもいいんだぞ〜

こっちの方が学園とか学生とか青春で現代モノなのでやりやすいと思うからガンバレ〜!

以上、エールこと声援終わり
8名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 19:53:24 ID:gScJGDtZ
とりあえず何から始めたらいいかな。
あっちのスレみたいになんか投下して基本的な設定作るか、
最初に設定作るか。やっぱ前者か?
9名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 19:55:02 ID:OIJ2AMzX
さて、SSを投下して世界観を広げる?
それともある程度世界観を決めてみる?
個人的にはある程度世界観を決めた方が書きやすいと思うんだ。

自分の希望を言わせて貰えば、都会でも田舎でもなく、足を伸ばせば海や山がある街の学校とか。
10名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 20:12:58 ID:gScJGDtZ
んじゃ第一候補として、
物語の場所:都会でも田舎でもない足を伸ばせば海や山がある街の学校。

あ、俺は町とかは空想のもので良いと思ってるんだが、そこら辺はどうだろう。
そうすれば設定を挙げる時に街の名前とかも一緒に出せば楽だろうし。
あくまで大切にしたいのは個人的に現実感なんで。
11名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 20:19:32 ID:OIJ2AMzX
>>10
現代日本をベースにした架空の街で言いと思うよ。
12名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 20:34:15 ID:XW7M27E2
ちょっと古いけど、蓬莱学園シリーズみたいな感じかな?
13名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 20:37:50 ID:jjYdak/l
そんな感じでいいんじゃないの。
巨大な学園ってすげー便利だよね
14名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 20:43:53 ID:gScJGDtZ
それじゃ街は>>10でおk?
おkだったら街の名前を決めて学校の名前も決めてオリキャラの設定とか決めたりしたいな。
15名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 20:44:43 ID:i3shR38a
設定だけ作るよりなんか一本代表的な話があった方が書きやすいんじゃないかしら
16名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 20:45:25 ID:XW7M27E2
蓬莱学園みたいに、

『日本国内の領土には位置するが、外界から隔絶された巨大な島の中』

って設定だと、結構何でも無茶できるんだよな


17名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 20:51:05 ID:OIJ2AMzX
蓬莱学園みたいなのも良いけど、学校を含めた街を舞台にするってのはどうだろうね。
18名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 20:54:47 ID:XW7M27E2
街ごと舞台にした場合は、川上稔の都市シリーズに近くなりそうな気も
19名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 21:01:15 ID:vD/4CsbT
青春&恋愛をテーマに置くのなら、
舞台設定に凝りすぎないくらいでいいんじゃないかな。
どっちかっていうと、進め方とか権限のほうが
プロジェクト成否の鍵のように思う。

あとは、ファンタジックな要素をどこまで許容するかとか。
20名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 21:04:10 ID:0zN+3idZ
紫阿杜市。
観光名所も無ければ、歴史に絡む様な出来事も無い。
車で30分も飛ばせば海や山に突き当たる、平凡な都市。
特産品はたしか……なんだっけ?まあいいや。
そんな平凡な所で僕は生まれた。
高校二年の夏休みには、何か期待してはいたが、やはり平凡な所には何も起こらないのが常。
こうやって二学期を迎えてしまった。
朝だというのにまだ暑い。
久々に歩く通学路をぼんやりと踏みしめながら、僕は学校へとむかった。
2、3同じ制服を着た学生が行き先を一緒に歩く。
みんなだるそうだ。無理もない。
長い休みにまだひたっていたい気分だからな。
そんな事を考えながら足を動かしていると、学校へとついた。
「紫阿杜第二高等学校」
久々に見る我が校の文字を見て、「ああやはり休みは終わったんだな」と感じた。
ふと、頭上を見上げる。
憂鬱な気分の僕の心とは裏腹に、空は澄み渡っていた。
残暑の空気にセミの鳴き声がこだまする。
高校生活二年目、二学期。
平凡な街の平凡な僕に、何か面白い出来事は来るのだろうか。
21名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 21:15:37 ID:OIJ2AMzX
普通な日常を書きたい人もいれば学園伝奇物を書きたい人もいるだろうからね。

物語は一人一人の物だから制限はユルユルにするのもありかもしれない。

バカップル男「吸血鬼殺人事件知ってる?」
バカップル女「きゃー、こわいー」
通りすがりの伝奇物君(……吸血鬼退治疲れた)

なんてニアミスも面白いかも知れないし。
22名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 21:20:39 ID:+G9BZvJp
>>21
ああ、そう言うの好きだなあw
表向きでは普通の世界で、裏ではそんなのもあるってのw
23名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 21:31:23 ID:OIJ2AMzX
世界観は>>20みたいなのでおK?
紫阿杜市が読めないけど。

遅ればせながら>>20乙。
24名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 21:34:44 ID:gScJGDtZ
>>20
街の名前読めなかったww

ちょっと思い切って聞きたいんだが、実際どんなのを書きたいと思ってる?
伝奇かラブコメか日常か……etc

俺は伝奇かラブコメがいいなあと思ってる。
25名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 21:35:41 ID:gScJGDtZ
>>23
俺はおk
26名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 21:36:39 ID:jjYdak/l
> ・基本恋愛SSにしたいと思ってる。

とあるけど、SSってどれくらいの長さがいいのかな?
2、3レスでおさまるくらい?
書いてくと長くなっちゃうんだよねぇ
削る技術を身に付けないとな〜
27名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 21:42:46 ID:OIJ2AMzX
>>24
書きたいのはラブコメよりの日常かな。

>>26
SSの長さは人によりけり。20レス分の人もいれば1レスの人もいる。
28名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 21:45:15 ID:0zN+3idZ
>>23-24
ごめん、ルビふれば良かった
街(仮)は「しあと」市と呼んでください

青春物語っていうから、ラブコメしか思い浮かばなかったけど
平凡な街に見えて実は裏で伝奇めいた事が起こっている、てのもいいなぁ
伝奇かラブコメか日常、書く人がいれば並行して進められそうな気がするけどね
日常SSは○○さん、伝奇SSは○○さん、というふうに
一つの街で起こる様々なストーリーというのも面白そうだ
29名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 21:46:40 ID:jjYdak/l
>>27
そんなに長くてもいいんだ。安心したわ。
30名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 21:48:54 ID:wPyU3DfL
街の名前は誰もが読めるような物が素敵だと思うのです。
31名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 21:55:57 ID:OIJ2AMzX
>>28
難しく考える必要はないよ
キャラクタ―の一人一人の物語が作り出す世界なんだから。
一つのイベントだって視点が変われば別の物になるんだから。

>>29
さっき言ったのは一回の投下分量。長編だと10〜20レスで50話とかざらにある。
書き手によりけりだけど、ここの場合は一話連作の短編みたいな感じで良いと思う。
32名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 22:00:11 ID:gScJGDtZ
投下分量はそこまで気にしなくとも良いんじゃね?
極端に長すぎたりしなければ問題ないと思うし、1から5レスくらいを目安にすれば大丈夫だと思う。

この辺でジャンル決めとく?
まずそれを決めた方が元になるSSの投下もしやすいと思った。
33名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 22:02:12 ID:cMYl3CGb
街っぽいのが立ってたのか
ちょいと期待
34名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 22:07:10 ID:OIJ2AMzX
>>32
ジャンルは個人個人で良いと思う。
決めるんだったらテーマとかイベントだと思うよ。
>>20に倣って夏休み明けの二学期最初の日とか。
35名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 22:23:53 ID:gScJGDtZ
ってことは
Aがラブコメ投下

Bがラブコメに伝奇的な伏線を入れる

Cがラブコメしながら伝奇的に進める
みたいなのでも大丈夫ってことか。
端的に言えば全部その時の書き手次第って事で。

テーマもその内に自然と決まっていくんじゃない?
あとはスタートする所(イベント)を決めて、そっから進める感じか。

あと、登場キャラについてはどうしようか。
これも書き手次第にするのもいいと思うが、あまり増えすぎても把握しづらくなるし。
最初に上限人数決めるか、それとも大方の登場人物を決めて、後々追加するか。
意見求む。
36名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 22:26:29 ID:cMYl3CGb
暇なのでちょっとしたテストがてら投下してみる
371/1:2008/09/01(月) 22:27:59 ID:cMYl3CGb
「クソ暑いもんだな、全く」

頭上でサンと輝くお天道様を睨み付けたところで事態が改善されるはずもないが、
この纏わり付くような湿度と気温の中にあってはそうせざるを得ないというもんだぜ。
大体、暦上ではもう秋なんだぞ?
少しは遠慮して休暇でも取りやがれってんだ。

「クソッ……」

再び呟いてみる。
すると俺様の目の前に居た高校生の坊主が、怪訝にこちらを窺ってきやがった。
なんだってんだ全く。
校門の前なんかに突っ立ってないで、さっさと教室へでも行っちまえよ。
俺様は”依頼”で忙しいんだ。お前さんに構っている暇などないんだよ。

その学生の脇、つまりは校門前を素通りしながら”資料”を再確認していく。

名前:ぶっちょむ
概要:三毛猫、雄
特徴:片耳を齧られている
別途で写真同封

そうなのだ、つまり俺様に回された依頼内容は迷い猫の捜索。
そして俺様の職業は探偵。
事件でさえもない下らない依頼内容ではあるが、三毛猫の雄は中々に貴重であり、
ひいては依頼主が小金持ちの御婦人だったので、
売れない探偵業を営んでいる俺様の身としてはシノギを削る為に引き受けるほかなかったのだ。

「胸躍る事件が起きないものかねぇ」

職業柄一人で行動する羽目になる事が多い所為か、気付いた時には独り言が多くなってしまっていた。
悪い癖だとは自認しちゃいるんだがな、今更修正する労力を割くほうが無駄だってもんだ。

「クソッ……」

再三、ギラギラと暴れ狂う光源を睨む。
ああ、分かっているさ。
この季節なのに紺スーツにソフト帽、さらにはサングラスを掛けている俺が悪いってんだろ?
でもな、俺様は探偵なんだよ。
探偵足るもの、先ずは形から入るべきなんだよ。
それがお前に分かるか?

……分かったのなら、少しくらい雲の影に隠れてはくれないかい?
38名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 22:33:57 ID:OIJ2AMzX
>>35
あれ?俺の勘違いだったかも知れない。
書き手各々が競作するって思ってた。

A→ラブコメ物投下
B→伝奇物投下
C→スポ根物投下
D→ヤンキー物投下
読者→ネタ投下

書き手は自分の話を続けながら他の書き手の作品とニアミスしたり、読者のネタを反映させたりとかするんだと思ってた。
39名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 22:34:15 ID:LucHRwrm
架空都市と聞いて浮かんだのは、キングの小説に出て来る
キャッスルロックみたいな感じでいいんじゃないかな。

>>28
例えばその街に、ある学校があって、更にその中にとあるクラスがあって、
あるクラスメートAは同じクラスのB子に好意があったり、
別のクラスメートCは何かの事件に巻き込まれていたりとか。
勿論それぞれの生徒はそんな事は知らずに、同じクラスながらもそれぞれの物語を生きている。
直接は繋がってなくて物語は別なんだけど、共通する人物とか場所とかが少し交差したりすると
シェアワールドっぽくなるんじゃないかな。
例えばB子がCを心配する描写が入ったりとか。だがあくまでB子はCの物語には深く干渉しないゲストキャラ的な人物としてとかね。
40名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 22:36:16 ID:0wpU+VpL
お前らアレだ
クトゥルフ思い出せ
あんな感じだ
41名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 22:39:23 ID:OIJ2AMzX
>>40
ごめん。久トゥルー読んだことないあいあいあいあ! ふんぐるい(ry
42名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 22:40:21 ID:0zN+3idZ
えーとつまり、>>20で投下したSSの中の学生が
>>37でチラリとでてくる、と
双方の話には関係ないけど、街として生きている人物としてはかかわっているわけか

個人のSSは通常に進めておいて、時たま別のSSの人物を匂わせておいて
読んでいる人をニヤリとさせるという認識でOK?
43名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 22:45:34 ID:0wpU+VpL
ある風の強い夜、PCのディスプレイを殴打しながら「俺は○○と結婚した! 結婚したぞ!」と絶叫する>>41の姿を
近所に住む老人が目撃したのを最後に、彼の行方はまったくわからなくなった。


>>42
大体そういう感じ

あと学校だから、学校設備や校則、名物教師なんかは、話を組む上でイヤでも絡んでくるよな
44名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 22:47:07 ID:cP2sK+kz
リレー小説とシェアードワールドは似て非なるものだぜ
勿論リレーで進めるパートがあっても良いと思うけど
なんというか……本編不在で外伝がいくつもあるという感じが近いようなそうじゃないような……
45名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 22:55:55 ID:OIJ2AMzX
>>44
リレー小説→複数の書き手が話をバトンパス
シェアード・ワールド→複数の書き手の話が連立内閣
46名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 22:56:14 ID:cMYl3CGb
『街〜運命の交差点〜』っていうゲームを知っている人は居ないと思うけど、
俺はあんな感じで書いていきたいな

同時系列で一つの舞台で、それぞれの主人公達がそれぞれの物語りを送ると

んで、>>37の主人公の物語の場合だと、
どこか別の主人公(例えば>>20とか)で「三毛猫を見た」という話が出ればその人物に話を窺いに展開になったりとかさ
勿論、無理に交差させなくてもいいけどね
47名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 23:04:43 ID:cP2sK+kz
>>45
あー、それは把握してる
ただ、もう一つの方はアイディアが出たら即リレーみたいな流れになってるからさ
こっちでは短く繋いでいくよりもっと長めのもので積み重ねていきたいなと思って
48名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 23:08:59 ID:0wpU+VpL
こっちは学園という枠があるのに比べて、あっちは何も決めてない分広いからな
ああやって細かく継ぎ足して、融合点と限界を探りながらやっていこうとしてるんだろ
49名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 23:08:59 ID:OIJ2AMzX
そろそろ本格的に世界観を決めよう。
べースは>>20をベースとして
・街、学校の名前
・学校の施設とか形状
・学園長がロリババァ

色々と決める亊があるよ。
50名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 23:10:58 ID:0wpU+VpL
悪いが「しあと」だけはもうちょっとストンと落ちるような平凡なのにしてくれ
字面に無理さえなければ高天原でもいい
51名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 23:11:55 ID:0zN+3idZ
おいw三つ目www
52名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 23:17:29 ID:OIJ2AMzX
いっそのこと創発市で
53名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 23:35:23 ID:+G9BZvJp
3つ目は…すばらしいな
54名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 23:57:44 ID:0zN+3idZ
とりあえず現時点として

街の名前
・紫阿杜市・高天原市・創発市

学校の施設とか形状
・特に意見なし

学園長
・ロリババァ。身長120cm前後体重は秘密。黒髪長髪で着物が似合う大和撫子。
外見に似合わず性格はキツイ。吊り目がち。
年齢は百歳とも五百歳とも言われているが本人は黙して騙らず。
あれは学園長の孫娘さんで影武者、本人は別にいるという意見もあるが確認できず、
学園七不思議のひとつ。
好きなものは渋いお茶(日本茶に限る)と甘い物(和洋問わず)。

という案が挙がっているけど、ほかにあるかな?
55名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 23:59:02 ID:LucHRwrm
>>54
合体させて高杜市(たかもりし)は?
56名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/01(月) 23:59:18 ID:0wpU+VpL
>学校の施設とか形状
町に危機が及ぶと校舎が勇者ロボに変形して、小学部5年3組あたりが操縦すんだろ?
57名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 00:00:00 ID:04KD8XEK
じゃあ、合体させて杜高市(もっこりし)とかは?
58名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 00:11:40 ID:HrUCzAYR
>>55
賛成!

あと学校の施設とかは書き手が書いて行けばいいんじゃね?
とりあえず外観だけ決めて、各施設は後から追加していくみたいな。
59名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 01:12:51 ID:mtP0fVbY
自分のSSで書き足した設定は、SSの後に一レス使って明記したほうがいいかもね。
各種ロワ系みたいに
60名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 01:17:54 ID:aoD0Kz2e
もういっそ、高杜市全体が学校ってのはどうだ?
61名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 02:58:45 ID:d7XhdsQK
とりあえず参加希望・・・
各作品の事件を後追いで記事にする新聞部の話とかどうだろう
時々事件の首謀者になってたりしてw
62名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 04:58:58 ID:ra40vNaB
いくつ目かの路地に辿り着くと、やっと目的の人影を見止めることが出来た。
駅前から一直線に突き抜ける、商店街のアーケード。立ち並ぶ商店やスーパーの隙間の路地裏にまで、木々が並んでいる。
この街は緑に覆われ過ぎだと、いつも思う。市内にある学校からビルの屋上、街路樹、果ては交差点の真ん中にまで。
これでもかと言わんばかりに植林されまくった、この街の名は高杜(たかもり)。

「休憩終わり。持ち場に戻れ」
 そんな樹木の一つに腰掛けて、心地よさそうに風に吹かれている人影に歩み寄っては言い放った。
よく見ると傍らには猫がいる。白地に黒と茶色のぶち模様。片方の耳は歪になっていて、何となく目つきが悪い。
人影はそれを片手で撫でながら、俺の方を振り向きもせずに言う。
「九月だっていうのに、暑いね」
「そうだな、だから平日でも客が多いんだ。早く交代しろ」
 右手の拳、親指だけ立てて、俺が来た道を示してやる。もちろん視界に俺を入れていないこいつには見えていないだろうが。
当人は変わらず座していたが、ふと猫を撫でていた手の動きが止まる。
ぶち猫はゆっくりと、俺から離れるようにのうのうと歩きだしていった。
白い首輪から下げられた鈴が、ちりん、と音を残して。

後姿を見送っては、ゆっくりと立ち上がる。ぐしゃぐしゃの髪の毛の上に、薄汚れた白いユニフォーム。
店のシンボルでもある、真っ赤なキャップをかぶれば、ため息まじりにやっと視線を合わせてきた。
「そんなに後輩いじめて楽しい?」
 開かれているのかも分からないくらいの細い瞼の内側から、のんびりと言い放つ。
もうこいつの扱いにも慣れてきた。あんまりにマイペース過ぎて、人とまともに会話を成立させようともしない。
だから俺も、こいつの台詞はすべて話一割程度にしか聞いていない。
「とっとと行け、夏休み終わっても忙しいことには変わりねえんだから」
 渋々、と言う心情を全身でアピールしながら、真っ赤なキャップは店に戻って行った。

蝉がうるさい。木々が多いからか、虫もよくわく。
まだ午前も早い時間帯だと言うのに、空模様は馬鹿みたいに快晴で、
太陽すら既に建物の隙間にあるこの空間すら暑苦しく照らしてくる。
あいつの座っていた場所に、入れ替わりで腰を下ろす。ポケットに入れていたたばこは、ケースごとやや変形していた。
折らないよう慎重に取り出してくわえる。安っぽい百円ライターで火をつければ、のぼっていく煙を見送るように空を仰ぐ。
不意に、大通りから黄色い声が聞こえた。
制服姿のスカート娘、三人ほどの行軍が、十匹の蝉よりも姦しく通り過ぎて行く。
たばこを吸い終わったら、すぐにでも店に戻らなければならない。
単調な毎日。夏休みなんてもう何年過ごしていないだろうか。

心底楽しそうに、くだらないお喋りをしていた彼女たちの姿が、目に焼き付いて離れなかった。
63名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 11:06:51 ID:9ZnoYaJD
結局学校の名前は紫阿杜第二高等学校で決定?
それとも作者次第で増やしたりして大丈夫かな?
64名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 12:17:38 ID:xTXWW7F6
高杜学園とか高杜高等学校で良いでしょ。
で、学校の規模とかはどうする?
普通科とか進学科とか工業科とかある学校にする?
65名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 13:29:15 ID:mtP0fVbY
学園なら幼稚園から大学まで併設されてたほうが話広げやすいんじゃね
ネギマとか禁書ほど大袈裟な学園都市にする必要はないけど
66名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 14:17:20 ID:HrUCzAYR
大きい設定にすればやりやすいだろうし、とりあえず巨大な学園にしとけばいいんじゃね?
細かい部分は書き手に任せればだんだん出来て行くし。それだとまとめが必要になりそうだけど。

>>62
投下乙ー。
よみやすい文章だな。
67名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 15:39:01 ID:xTXWW7F6
生徒数十万とかの巨大学園や校舎がパカッと割れてロボットが出てくるのだけは勘弁。

プロローグ的なものを勝手に書いたが投下しても良い?
コテトリやタイトルとかはつけた方がいいかな。

>>62
投下乙。すらすらと読める文章は好きだな。
68名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 17:14:11 ID:HrUCzAYR
何でも試しに投下してみるもんさ。
コテ鳥は今はまだつけなくても良さそうだけどまあどっちでもいいんじゃないか。

とりあえず誰か書き始めないと始まらないし、何かしら書いた人はどんどん晒していいと思う。
69名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 20:24:01 ID:9ZnoYaJD
活動内容不明瞭な変な部(木工ボンド部みたいな)で頑張る後輩と無気力な先輩、ってな感じの話を考えたんだが、肝心の部活動名が思い浮かばない
外連味に溢れたいい名称はないだろうか?
70名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 20:32:21 ID:xTXWW7F6
>>69
木工ボンド部がなんなのか解らないけど、『崖っぷち同好会』とか。
71名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 20:34:39 ID:2MOEJ7XZ
早明浦観測会
72名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 21:01:36 ID:xTXWW7F6
取りあえず今から投下してみる。
73ensemble ◆rTnJeRmLss :2008/09/02(火) 21:06:47 ID:xTXWW7F6
#0 prologue 1/2

 夜更けに降った雨は夜明け前に止み、雲間から顔を覗かせた太陽が夏の日差しを投げつけてくる。
 濡れた地面が照りつけられて、生ぬるい湿った空気を作り出して朝のひんやりと冷たい空気を追い出しにかかっている。
 街の中心部から離れた高杜山の麓の閑散としたしたバス亭に一人、二人と学生服に身を包んだ少年少女が集まってくる。
「げ、由良、アンタどうしちゃったのさ」 頭の両側でキュッと結んだ髪を上下に揺らせて驚きながら、早川葉菜子は幼馴染みの岩波由良をまじましと見つめた。
つい数日前までは腰までさらりと伸びていた黒髪が、首のところでばっさりと切り落とされていた。
 しかもボブカットの様に切り揃えた髪型ではなく、毛先を無造作に、乱暴にカットした様な感じだ。
「見りゃわかるでしょ」
 女子にしては高過ぎる170cmという身長の由良の見下ろした時の凄みは、以前にもましてキツくなっている。
 あまりの威圧感に葉菜子は首を竦めてしまった。
「た、確かに見ればわかるけどさ、なんで切ったのかってさ」
「暑いし、うざいし、手入れがめんどい。好きなの選んで」
 ぶっきらぼうに答えると、由良は息せき走って来る少年に視線を移した。
「お、遠矢、今日は早いじゃん」
「おはよ、富士見」
「え、お前……由良だよな?」
「…………そのパターンはもう飽きた」
 由良は苦笑いしながら走ってきた少年――富士見遠矢の頭の上に手を置いて撫でる。
 遠矢の身長は由良よりも低く、背の順で並ぶとクラスの最前列の常連だ。そして、その低い身長に見合う位に容姿が幼い。
 由良との身長の差は手のひら
「びっくりしたけどかっこいいじゃん、それ」
 撫でられるのが気持ち良いのか、遠矢は目を細める。由良も気持ち良さそうに遠矢の坊主頭を撫でる。
 葉菜子はそれを見て、年の離れた姉弟――下手をすれば年の近い母子みたいだな、と思う。
 
「真っ黒に焼けてるけど、毎日ラジオ体操に行ってたみたいね。お姉さん、安心したわぁ」
 からかう様な口調の葉菜子に、遠矢は口を尖らせる。
「違うわ! 親父の仕事の手伝いをしたんだよ! だいたい、ハナん家にだって行ったじゃんか!」
 遠矢の家は造園会社を営んでいて、遠矢は休日に小遣い稼ぎがてらに手伝う亊がある。
74ensemble ◆rTnJeRmLss :2008/09/02(火) 21:08:57 ID:xTXWW7F6
#0 prologue 2/2

 夏休みは小遣い稼ぎに精をだしたのか、見事なまでに日焼けしている。
「あーら、遠矢ん家のおじさんは見たけど遠矢は小さすぎて見えなかったよ」
 遠矢と葉菜子のやり取りを見かねた由良が声を荒げる。
「二人とも恥ずかしいからやめな」
 と、子供じゃないんだから、と付け足して溜め息を吐き、まだ小声で言い合っている二人を尻目に空を見上げた。

 雲は山の向こうに消え去り、日差しが本格的になり始めてる。喧しい程に五月蝿い蝉時雨、草の青臭い匂い。汗がじんわりと滲むくらいに暑くなってきた。
「あ、バスが来た」
 遠矢は伸び上がるように背伸びをして、バスが此方に向かって来るのを見る。
 葉菜子は手でパタパタと顔を扇いでいる。
 由良はさっぱりと切り落とした髪がを名残惜しいのか、軽く涼しくなったうなじをかきあげる。

 バスが止まると生徒達は座席を求めて我先にと乗り込む。

 バスは走る。
 流れる景色は一つだけど幾通りもある。 時には早く、時にはゆっくり。
 幾つもの物語を乗せて
――向かう先は物語の舞台の学舎――。

――To be continued on the next time.
75ensemble ◆rTnJeRmLss :2008/09/02(火) 21:10:24 ID:xTXWW7F6
恥ずかしながらも投下終了。
自分はこんな感じでラブコメ目指します。
76月刊観光玄人:2008/09/02(火) 22:19:38 ID:az8Ta3s1
街の設定を考えてみた
合わないと思ったら無視して

特集「あの街が凄い!第○会」
―――自然に囲まれた緑市、××県高杜市―――

高杜市民に「何か観光名所はありますか?」と尋ねたとする。
すると決まってはにかみながら「いや、何もありませんよ」と答える。
私もルポを作成するにあたって、多くの地元住民から同じ様な事を返された。
しかし、果たして本当にそうだろうか。
地元の方々はいつも目にしているから、恵まれた環境に住んでいるのを気づいてないのではないか。
そんな高杜市のスポットを、部外者の立場からルポをおこしてみた。
近くを旅する人は、参考にしてくれるとありがたい。

高杜駅に着いて、まず目に入るのは屋根つきのモール街である。
「高杜モール」と呼ばれるそれには多くの店舗が連なっている。
食料衣服はもちろん、家電から映画館まで、一部企業も出店しているアウトレットモールである。
地元商店達も取り込む事により、地域活性化にも成功した珍しい例である。
天候に左右されない為、ほぼ毎日多くの人が行き交いしている。
所々設置されたテラスには、お年寄りが談笑している姿も見受けられる。
駐車場も設置されているが、駅を中心とした市電バス等で徒歩でも大抵の場所には行ける。
南へいくと住宅街、西にいくと工業地帯が連なっている

高杜市を歩いて感じる事は、緑の多さである。
辻々に多くの街路樹が見られ、目印となるような建物のそばには、
必ずといっていいほど植林された木々がある。
そのため四季折々街は花を咲かせ、その容貌を変化させる。
昭和の初め、ここはうっそうとした木々に囲まれた森林地帯だったそうだ。
戦後の復興政策と宅地造成に押され、開拓され今の高杜市となったそうである。
住民の「何もない」とは、昔の事も絡んでいるのではないのだろうか。
植林も、木々を開拓した事のちょっとした罪滅ぼしなのかもしれない。
そうした街路樹の通りを東へ進んで目に入るのが、「高見山(たかみやま)」だ。
高見山の由来は、地元古老に聞く所によると付近で一番高い場所であり
何かあった時は山にのぼって、辺りを見まわした事からきているのだという。
山の中央には神社があり、麓から下がった所には学園がある。

学園は小等教育から大学まで幅広く扱っており、それなりの広さがある。
知名度はあり、郊外からも入学を希望する人が少なくなく、編入試験も受け付けている。
また上記の理由から教諭寮・生徒寮が備わっているが、殆どの者は通学を選択している。
学園には図書館があり、地方都市には似つかわしくない蔵書量を誇っている。
一般解放もされているので、学術的興味のある方は足をのばすのもいいだろう。

高見山の神社は「高見神社」という。
祭ってある御神体は一般の人には閲覧禁止の為、掲載は出来なかったが
木で出来た人型である。大木を削ってこしらえたそうである。
豊穣を司っており、商売や農作物、子宝に恵まれない人は参るとよろしい。
おみくじ百円・絵馬五百円・高見団子三百円
静かで景色の眺めもいいため、境内周辺には親子連れやお年寄りの姿がみられた。
神主夫妻は気さくな方で、忙しくなければ土地の昔話を聞かせてくれるだろう。
静かな木々に囲まれて、団子を頬張りながら世俗を忘れてみてはいかがだろうか。
77月刊観光玄人:2008/09/02(火) 22:21:56 ID:az8Ta3s1
高杜駅から北西へ向かうと、海岸通りにつく。
フェリーの遊覧船や釣り船などが港に停泊しており、近くには遊泳場もある。
夏には花火大会が開催されているのだが、あいにくシーズンを逃してしまった。
もし見に行こうとする方がいるのなら、遊覧船の予約はお早めに。
海から釣ったばかりの肴を食べながら見る花火は、毎年席が埋まるので注意。
岬には灯台があり海産加工品を扱った店がある。ビールのつまみにひとついかが。
高杜漬(魚の干物に味噌を漬けた物)八百円
赤皮漬(魚肉を醤油に漬けて焼いた物)八百円
遊覧船チケット(一時間廻り)千円

なお、七のつく日と盆には全ての船が港に停泊する。
土地の風習に基づくものらしく、年配の方は船を出すのを渋る。
特に、夜間に船を出すのは絶対に断られる。
釣り船や遊覧船に乗る方は、行く前に日付を確かめるのがいいだろう。

上記が大体のスポットなのだが、知る人ぞ知る穴場がまだあるという。
もし観光されて見つけた方は、当編集部までご一報を。
今回のルポはここまで。すべての旅する方に、安全と平和を。

執筆者 宇蘇 葉玖夫
78名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 22:22:49 ID:az8Ta3s1
>>73
先駆けSS御見事、
どういう風に話がふくらむのか期待しています。
79名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 22:24:01 ID:xTXWW7F6
>>77
乙。こうゆうのを待っていた。
80名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 22:28:44 ID:9EdObM2+
>>73
一番槍乙です
これからどう展開していくのかwktkして待ってます
>>77
設定いいっすね、普通の街でありながら美味しい場所もありますし
81 ◆rTnJeRmLss :2008/09/02(火) 22:35:34 ID:xTXWW7F6
こんなキャラ出せやゴラァってキャラがいたら教えて下さい
可能な限り拾ってきます。
82名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 22:37:33 ID:04KD8XEK
>>76
結構よさげな予感

ところで、結局これって学園専門なわけ?
そうでなくて、街のおばちゃん的な役柄でいいのならやってみたいんだけどさ
83名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 22:38:14 ID:p3CxSkpT
>>73
乙!
やっぱラブコメはいいね

>>76
読んでるだけでいろんなイベントを思いついたよ
84名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 22:40:43 ID:xTXWW7F6
>>82
街のおばちゃんだってありだよ。
おばちゃんだって主人公さ。
85 ◆UfPI417KJM :2008/09/02(火) 23:04:11 ID:khcq050w
学校の食堂やカフェテリア勤務の姥桜(30〜50)なんていいぞぉ
性格崩してショタ好きとかにするとかさw

86名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:06:35 ID:p3CxSkpT
高見神社での丑の刻参りについては
いずれとりあげてみたいね
87名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:10:04 ID:xTXWW7F6
神社と言えば神主さん。
88名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:11:56 ID:evSZIt25
つまり巫女さんの出番と申したか
89名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:15:05 ID:6zC7fmEY
リアルババァ巫女が最高です。
高校生を庇って歳を吸い取る魔物の攻撃を受けてロリ化すると最強です。
90名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:19:56 ID:az8Ta3s1
やはりお前等のセンスには勝てねぇw
91名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:20:07 ID:9ZnoYaJD
ロングの黒髪の巫女が俺のジャスティス!

話題はズレますがちょっと投下してみます
92名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:22:36 ID:xTXWW7F6
>>91
期待!
93名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:22:54 ID:9ZnoYaJD
「先輩、部活しましょうよ、部活!」

 扉が開く音と同時に耳に飛び込むやたらテンションの高い声にうるさいのが来た、と彼はうんざりして作業を中断する。
 この部室は会議に使うような長机四つで四角形を形作っている。
 涼しい風を浴びたくて窓に近い場所に座っていたので位置的に無駄に明るい後輩の笑顔を正面から拝む破目になる。

 やる気の違いに嘆息しながら折りたたみナイフと削りかけの鉛筆を机に置く。
 続いてふう、と息を吹きかけて溜まっていた削りカスを机から飛ばす。
 机の上ならいざ知らず、床が汚れるのはさほど気にならない。

「先輩聞いてます? 部活ですよ、部活」

 一連の行動の間に後輩が隣に移動していた。
 壁の時計で時間を確認するがバイトの時間までまだある。
 今から部室を出ても暇を持て余すだけだ。

「一人でやれ、一人で。俺は暇じゃないんだ」
「えー。鉛筆削ってるだけじゃないですか。先輩、鉛筆削り持ってないんですか? そもそもシャーペンは使わないんですか?」

 こいつは一人でも姦しい。
 むしろ三人もいるとこっちがどうにかなる。

「部活に来れない部長に代わって私達が頑張らないといけないじゃないですか!」
「部長が幽霊部員とか廃部の前兆だな」
「もう。不吉なこと言わないくださいよ。私、入部して一ヶ月しか経ってないんですよ!」

 首だけ動かして窓から赤み始めた空を眺める。
 何処からか運動部の掛け声も響いてくる。
 体育会系の皆さんは頑張るな。

 しかし、もう一ヶ月経つのか。
 四月の頭にやった新入生の勧誘の時に両目を輝かせて説明を聞きに来た時は何事かと思った。
 そんな物好きはこいつだけだったし。
94名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:23:58 ID:9ZnoYaJD
「先輩、また自分の世界に入ってるでしょ?」
「あん? お前と一緒にするな」
「ひど! それより部活ですって。本当に廃部になったらどうするんですか!」
「心配しなくたって部室は余ってるんだから顧問がいなかろうが部員が一人でも存続出来る。学園長のババァが太っ腹で助かったな」
「そういう問題じゃなくて! 何でそう無気力なんですか!」

 うるさいな。
 再度時計で時間を確認する。
 ・・・・・・まだ時間はあるが、まあ、書店にでも寄って時間を潰すか。

 鉛筆を筆箱に入れてナイフを制服の内ポケットに入れる。
 教科書は教室に置いてあるので鞄の中でかさばるのは弁当箱くらいだ。
 その弁当箱もちゃんとある。
 この時期でも学園に一晩放置は拙い。
 鞄を肩にかけ、パイプ椅子から立ち上がる。

「それじゃ、俺はバイトに行く」
「あ、ちょっと待ってくださいよ!」

 机を飛び越えて最短距離で出口に向かい、未だに騒がしい奴の抗議を背中で受け止めて扉を開ける。
 捕まるより速く扉を閉め別れの挨拶とする。








「・・・・・・」

 外に出てから扉の上に張り付けられた部活動名を示すプレートを一瞥する。

「早明浦観測会・・・・・・」

 軽く調べた所、早明浦とは高知県にあるダムの名前らしいが、ここは高知県じゃない。
 何が悲しくて他県のダムの観測をしなければならないんだ。
 そして何故俺はこの部にいるんだ。

「隣の崖っぷち同好会も大概だけどよ」

 後輩にはああ言ったが、この部が承認された事は学園七不思議の一つに数えても大丈夫なんじゃないだろうか?
95名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:24:46 ID:9ZnoYaJD
以上です。
>>70さんと>>71さんのアイデアも踏まえて書いてみました。
勢いにまかせた考えなしだったので部室が余ってる〜のくだりは邪魔だったら無視してもらって結構です。
96名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:33:25 ID:xTXWW7F6
>>95
GJ。後輩の性別が解らないけど、ショートカットの鉄火娘という妄想が浮かんだ。

部室のくだりは何でもありのカオスな感じがしてて個人的には好きな感じ。
97名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:35:54 ID:p3CxSkpT
GJ!
俺もごく自然にショートカット女をイメージしてたわ
98名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:37:48 ID:ra40vNaB
流れ豚切。

付け焼刃の知識であれなんだけど。
「杜」ってのは元の中国読みでは自然林だけど、
日本では人工的に植えられた木々をあらわす文字なんだってね。
杜の都仙台もそこから来てるらしい。

ということを踏まえた上での高杜市でした。
バカの一つ覚えみたいに街路樹ばっかなのもいいよね!
無論生活排気で10月の頭には枯れ木になるけど。
99名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:41:00 ID:az8Ta3s1
じゃあ高森市が市町村合併によって隣の紫阿杜市と合併し、高杜市になったてのはどうかな
これだと自然林「森」から人工林「杜」に変わったのもあまり不自然じゃないっしょ
100名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:41:09 ID:evSZIt25
こっちもそろそろまとめが必要になってきたころだろうか
wikiでも借りてくる?
101名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:41:50 ID:3EA6ZctZ
とりあえず微妙にリンクさせてみた。
102名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:42:52 ID:3EA6ZctZ
行き当たりばったりに入った美容院『コーラル』には、先客が一人いるだけだった。

ぎょっとする位、背の高い、高校生位の綺麗な人。
ちょっと格好いい、これまた一人だけの美容師さんが、希望のヘアスタイルを尋ねている。

「ショートに。」

お姉さんはキッパリと答えた。

私は自分が、どうカットしてもらうか、全然考えないでこの店に入ったのに、いまさら気付いた。

小学校最後の夏休みは今日でおわる。
棘のような後悔を捨てたくて、髪を切ろうと決めた。明日、将也と会った時、話すきっかけ位にはなるだろう。

あの日まで、私たちは、なんの屈託もなく、長い休みを満喫していた。

リョウやミサ、それに将也と一緒に宿題をして、昼からプールに行き、帰りは『ダイセー高杜店』のフードコートでアイスを食べる。ずっとそうしてきた夏休みの日々。

夏祭りもやっぱりこの四人で、花火を見上げると、あの時は思っていた。
リョウが帰省し、ミサが夏風邪で寝こんだあの日、私は宿題を将也の家に持ち込んで、結局二人で午前中はゲームをしてごろごろ過ごした。


103名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:44:18 ID:lCB17T0V
仙台人の俺興奮

ふと思ったんだけど、たとえば最初のうちは全て物語を四月の新学期からスタートさせるとかどう?
場面の制約は増えるけど、物語同士の交錯とかやりやすいだろうし。SS数が増えてきたら解除して、
ブギーポップシリーズみたいに時間軸の好きな時点を舞台に出来るようにしてさ
104名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:48:51 ID:xTXWW7F6
せめて夏休み明けにしてプロットや書いてる分が全てパーになっちゃう
105名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:53:10 ID:HrUCzAYR
俺も夏休み明けで書いたから、それだと軽く死にたくなる。
106名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:54:05 ID:evSZIt25
時間も場所も制限ないほうがいいんじゃない?
むしろ時間を一律にしたら他の作品への影響を気にして思う存分書けなさそうだ
先発の設定・出来事を後発組が取り入れるという形の方が交錯させやすいような
107名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:54:48 ID:az8Ta3s1
一冬の失恋とか秋のはかない初恋とか書きたい人が体育座りで待ってないといけないじゃないかw
季節気にしないで、書きたい人は書けばいいと思うよ
108名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 23:56:59 ID:04KD8XEK
>>20の時点で二学期だと断定して書いていた俺ガイル
時系列は合わせないと他者との絡みが不可能になったり不整合になったりしない?

それに、回想やら突っ走るやらで時系列をずらすなんて方法はいくらでもあるしさ
109名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 00:01:39 ID:pBCCkTam
本筋のストーリーとは別にエピソードを抽出した外伝とか書くから許して。
110名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 00:03:27 ID:pBCCkTam
>>102
乙です。なんかワクワクする感じがして良い。
111名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 00:07:03 ID:wsCl+3VF
>>108
みんながみんな同時期の話を書いてたら矛盾大量発生でいやーんなことになりそうな予感
他者との絡みみたいなものこそ後から付け足していかないと不整合が発生しそうだけど
112名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 00:09:59 ID:w/Nclmg2
『昼からプール、行くだろ?』

最近急に低くなった声で将也が尋ねた。

『うん、水着取って来る。』

私は答えて、耳をつんざく蝉の声の中、家に戻って物干しからスクール水着と着替えをひったくり、将也と一緒にプールに行った。

四人だと、くたくたになるまで大騒ぎするのに、その日、将也と私はなぜか黙々と、行儀よくクロールで、プールを往復し続けて、将也の家に帰った。

リョウとミサのいない所で、将也とゆっくり話したい。六年生になってから、ふと、そう思うことがよくあるのに、二人は別に話もせず、夕方まで向かい合って宿題をして、バイバイした。


水着を将也の家に忘れたことに気付いたのは、家に着いてすぐだった。

なぜかすごく恥ずかしくてオロオロした挙げ句、私は将也に電話した。

『あ!! 将也? 私、水着忘れてたでしょ!?』

『…あ、ああ…』

『絶対触わんないでよ!! 触ったら許さない!!』

『すぐ行くから!! もし触ったら…』

突然将也の怒号が響いた。
『…触んねぇって言ってるだろーが!!』


113名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 00:12:11 ID:w/Nclmg2
電話は切れていた。

私は、将也を怒らせた事に悄然として、トボトボと水着を取りに行った。
誰にでも優しい将也。また同じクラスになれた桜舞う春、私の事を『少し好きかも』と言ってくれた将也。
浴衣を作るとき、私は確かに、将也と歩いている自分を想像して紺色に決めたと思う。

謝る言葉も思いつかぬまま、彼の家の玄関をくぐり小さな声を掛けたが、返事はなく、覗き込むと、ポツリと三和土の真ん中に、私の水着袋が置かれてあった。

そっと手に取り、逃げるように家に帰った。


やがてリョウとミサも戻ってきて、いつもの夏休みが戻ってきたけど、私と将也はあまり目を合わさなくなっていた。

そして夏祭りの日、結局現れなかった将也。

仲良く花火を見上げるリョウとミサから、少し離れて私は花火を見た。

花火も、賑やかな屋台の明かりも、すべて滲んで見えたあの暑い夜。

小学校最後の夏休みを、私は将也を大好きな自分に気付いて終えた。

114名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 00:14:06 ID:w/Nclmg2
「ありがと!!」

長い髪をさっぱりと切り捨てたお姉さんの声に、私は我に返る。
別人のような颯爽としたその姿に私は少し元気を貰った気がした。

美容師さんが私を振り返て尋ねる。

「…今日は、どうします?」
帰ってゆくお姉さんの後ろ姿を見送りながら、大きな声で答えた。

「私も、ショートに。」
明日は将也に笑顔で会える、と思った。


END
115名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 00:20:17 ID:w/Nclmg2
飛んじまってすいません。102の続き、以上です。
116名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 00:23:42 ID:wsCl+3VF
投下GJ!
小学生の淡い恋心いいなぁ……
>>73ともリンクしててシェアードワールドっぽくなってきた
117名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 00:56:03 ID:FzNNuZ1E
…あれ、ここって青春物っていうか学生が主人公じゃなきゃ駄目か?
なんか若い方々の甘酸っぱい恋愛話ばかりだから
118名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 01:00:17 ID:H70VuXrL
一応舞台が共通なら問題無いと思いますよ
119twin ◆wQx7ecVrHs :2008/09/03(水) 01:03:28 ID:ui86OJKz
>>117
別に大丈夫だと思う。
というか俺は見てみたいし。

では俺も投下ー。
120twin ◆wQx7ecVrHs :2008/09/03(水) 01:04:29 ID:ui86OJKz
 昨夜の雨が嘘のように晴れ渡った青い空に浮かぶ太陽が、刻薄なまでの熱気を地上に提供する中を一人の少年が必死
の形相を浮かべながら全速力で走っていた。朝は大分涼しくなってはいるが、濡れた地面を暖める太陽の所為で蒸した
空気が蔓延る中ではそれも意味を成していない。結局、走り続ける少年にとっては熱さなど問題ではなく、バスに乗れ
るかどうかの方が重要であった。それだから自身の寝坊の所為で予定のバスに乗り込めない危機に陥っている少年は暑
さに嘆く暇も持ち合わせていない。夏休みが明けて、初の学校だと云うのに遅刻をしては恰好が付かないし、何より幼
馴染の馬鹿にしたような笑みがま歌の裏に鮮明に蘇って来る。少年――藤堂彬はくそ、と恨めしげに呟いて、更に足を
速めた。
 燦と輝く太陽は、彬を苦しめるように照り付ける。バス停までの道のりは、まだ遠かった。


◆序章


「はあっ、はあっ、はあっ……あ」

 彬はバス停までの道のりを百メートルほどまで詰めた時に、無情な光景を目にした。自分が乗らなければならないバ
スは、丁度出発している所であり、最早手を振ろうとも要らぬ恥を掻く所まで来ている。彬はどうする事も出来ずに、
その場に立ち尽くすと茫然としながら空を見上げた。朝が来た事を喜ぶかのように縦横無尽に飛び回る雀達が、楽しげ
に唄っている。それとは正反対に一気に気分が沈んでしまった彬には、その歌声が嘲笑のように聞こえて仕方がなかっ
た。

「はあ……初日から遅刻か」

 最早バスの稼働音さえ聞こえなくなり、彬は項垂れながら閑散としたバス停を目指して歩き始めた。自宅から走り通
しで来たので、汗で着ているシャツが身体に貼り付くのが実に気持ち悪いが、今更後悔しても後の祭りだと云うのは自
明の理であった。結局、彬は何もかもを諦めて、俯きながら歩く。陽射しは相変わらず厳しいが、それも今の彬にはど
うでも構わない事であった。それよりも、如何に現実染みた遅刻の言い訳を考える方が幾らか正しいと思っていた。

「初日から寝坊なんて、良い度胸してるのね」

 びくりと彬の肩が跳ねる。聞こえるはずもない声が聞こえたのだから、一種物の怪の類にでも遭遇した気分であった。
だが、恐る恐る顔を上げてみれば、それを現実だと思わなければならない証拠が目の前にある。俯いていた所為で今の
今まで気付かなかったのかと考えると、彬は自分が心底間抜けだと思わざるを得ないが、初日から遅刻を確定させてい
るのだから、それも当然であった。元より目の前の人物が自分を罵るのは目に見えている。
121twin ◆wQx7ecVrHs :2008/09/03(水) 01:05:15 ID:ui86OJKz
「おはよう、琴音」
「何を呑気に挨拶してるんだか……私が起こしに行かないと本当に駄目なのね」

 どうせ罵られるのなら、いっその事爽やかに接してやろう、と云う彼の目論見は西条琴音の心底呆れたような声音で
紡がれた言葉によって一蹴され、追撃と云わんばかりに軽く額を突かれ、彬は申し訳なさそうな顔をして琴音を見遣っ
た。烏の濡れK羽――或いは漆を塗った陶器のように艶のある黒髪を腰まで伸ばし、端正な顔立ちの中にある切れ長の
目を細め、僅かに頬を膨らませて見せる彼女の姿は可愛らしい愛嬌があるが、幼馴染として殆ど毎日顔を合わせている
彬にとっては別段気に掛かるような事ではなく、彬は「どうせ僕は琴音が居なきゃ起きれないよ」と投げ遣りに云った。
 高杜神社の巫女を遣っているのも、彼女が生真面目な理由の一つなのだろうが、昔から常に姉のように在り続けよう
としているので、彬は彼女の指摘などに反論はしない。実際、こうして自分が遅刻するのも厭わずに待っていてくれた
りする、この関係が心地良くも思っていた。だが、何時見ても巫女服を着た琴音と、制服を着た琴音とで全く違った印
象を放つ姿は、拭い切れぬ違和感を彬に与える。今回もその例に漏れるような事は無かったが、口に出す事はしなかった。

「はあ……しかも汗だくじゃない。タオル貸してあげるから、せめてそのみっともない顔何とかしなさい」

 そうして顔面にタオルを押し付けられる。彬はそれを受け取って、一言礼を云ってから遠慮なく顔中を伝う汗を拭い
始める。今日中に返さないと絶対何か云われるな、と心中に呟かずには居られなかったが、それも新しく湧いて出た疑
問によって瞬時に忘却の彼方に置き去りにしてしまった。

「そう云えば、先に行ったんじゃなかったの?」
「彬が時間通りに来ないから、待っててあげたのよ。お陰で色んな人の話を聞けたわ。髪の毛を切ったとか、仕事の手
伝いがどうのこうのとか。この暑い中、本当に色んな話を聞かされたのは誰の所為なのかしら」

 何ともなしに尋ねたつもりだったが、皮肉ばかりを強調させて、大袈裟に首を振って見せる琴音を見ると、ありがた
さよりも先に苛立ちが募ってしまう。が、此処で何かしら反発しよう物ならあらゆる脅迫や理屈で押し込められるのは
長い付き合いで承知している事である。彬は敢えて何も反発せず、わざわざ待っていてくれていた事に対する礼と、待
たせてしまった事に対する非礼を詫びた。琴音もそれで満足したようで、笑顔で「よろしい」云った。

「但し、今度何か奢ってね」

 彬はそれを云って、楽しそうに笑う琴音を見て、嘆息を一つ落とした。丁度次のバスが近付いている。厳しい陽射し
は、先刻よりも心なしか強くなっている気がする。彬は、学校初日から幸先の悪いスタートを切ったな、と頭上に広が
る蒼穹に向かって呟いた。――やがて早く乗りなさいよ、と云う声を聞き、彬は冷房の利いた車内に乗り込む。時刻は
完全に絶望的な数字を表しているが、座席に腰を降ろして楽しそうに何を奢って貰おうだの、何時奢って貰おうだのを
楽しそうに話す幼馴染の姿を見ると、自然とどうでもよくなって行くのであった。



――続
122twin ◆wQx7ecVrHs :2008/09/03(水) 01:06:24 ID:ui86OJKz
投下終了。
>>73とリンクして>>75を参考にさせて貰った。
123twin ◆wQx7ecVrHs :2008/09/03(水) 01:07:56 ID:ui86OJKz
間違えた。>>76だった。
124名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 01:13:07 ID:DAZLCbCB
巫女さんktkr
125名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 01:14:36 ID:wsCl+3VF
黒髪長髪巫女さんktkr! これで勝てる!
126団子と嘘と子キツネ ◆v8ylbfYcWg :2008/09/03(水) 01:38:07 ID:FzNNuZ1E
>>118-119
ありがとう、少しキツイ話になるかもしれんw

一台のバスが停留所を後にした。ポツンと、一人の男が停留所に降り立つ
地味なワイシャツに地味なジーンズとマッチしたとても地味な男――森下隆也は小さく停留所の看板に振り向く
「高杜市……ねぇ」
人知れず森下はそう言って小さな溜息を漏らした。彼がこの辺鄙な町に来た目的は一つ
別居している妻の慧との再会、及び息子の誠二との1年ぶりの対面だ。仕事が多忙すぎた為、住居地は分かっていながら殆ど会えなかったのだ

町へと向かう坂道をとぼとぼと歩きながら、森下は周りの情景――街路樹に目を奪われる
ここに向かう前のバスで呼んだガイドブック――にはこう書いてあった。緑地に恵まれ、自然と触れ合える町と
この町には来たのは、慧と誠二と1年前に新しい住宅地の様子見に来て以来だったが、なるほど、ここは良い町だ
都会に仕事の為に長らく暮らしている森下には、いっそう高杜市の環境が良きものに思えてきた。やはり引越ししたのは正解だったのかもしれん

ふと、誠二の為に何か買ってやりたいなと、森下は思った。何しろ1年ぶりの再会なのだ
手ぶらでは少々味気ないというか、1年も離れていた誠二に申し訳ない。ここから慧と誠二の住む住宅街からは結構遠い
ふと立ち止まり、高森は片手間のハンドバックから例のガイドブックを取り出す。執筆者の名が少々変わっており、森下は妙にそれが可笑しかった
ここから北にいくと湾岸に出て、南にいくと駅とショッピングモールに出るらしい。と……ふと高森の目にあるスポットが映りこんだ

この先、住宅街に向かう途中に、高見神社なる神社があるらしい。丁度高見山――のふもとに、慧と誠二の住む住宅街がある
元々高見山の近くは豊かな森々が軒を連ねており、その土地を利用し、住宅街が建設されたという
山が近いだけあり、非常に自然が近い。森下が高杜市に住宅を構える理由はそこにもあった
誠二は元々喘息ぎみで、都会に住むには少々厳しいのだ。それに高杜市には一般知名度の高い学校もある。迷う理由は無かった

「山を登った先にあるのか・・・少々しんどいな」
ガイドブックをしまい、苦笑気味に森下はそう呟き、また歩き出した。無論目的地は高見山、及び高見神社である
日々、様々な業務の為に都会をくまなく歩き回る森下にとってそこまで行くにはさして苦労は無かった
が、意外にも高見神社まで向かう階段がなかなか険しく、喫煙者でもある森下には苦行となった
息を尽かし足腰を無理やり奮わせながら、どうにか高見神社の境内まで辿りつく

「つ・・・着いた・・・」
両手を両膝に乗せて弾んだ息を整えながら、森下は周りの景色に目を移す
――美しい。なるほど、ガイドブックにも掲載されるほどだ。高杜市を一瞥できるその光景は、森下はただただ感嘆するばかりだった
と、ここに来た理由を忘れる所だった。誠二に団子を買う為にここまで来たのだ。ガイドブックによれば、神主夫妻が絶賛するほどの美味らしい
それはおそらく誇張だろうが、それほど美味しい物ならお土産として買っても良いだろう

――実は長らく誠二と会ってない為、誠二が何を好むか分からないのは内緒だ。森下は正直、誠二と会うのは少し緊張するのだ
と、言うもの突然仕事に休みが出来た(ネガティブな意味ではない)為、今回の高杜市帰郷は慧と誠二には全く教えてない為だ
それに突然訪れた方が、ちょっとしたサプライズになるだろうという森下の少々身勝手な考えのせいもある

例のだんごはというと、ご神木が奉られている近くの小さな屋台で売られているらしい
さっそく森下はその屋台まで向かった。店には様々な種類の絵馬と、八方系の形をしたおみくじが置かれていた
立て札にはそれぞれ絵馬とおみくじと、名物の団子である高見団子の値段が書かれている

300円か、まぁそんな物かな。ハンドバックから財布を取り出し、小銭を漁る。と、ふとした緩みから100円玉が転がってしまった
森下は慌てて転がっていく100円玉を追いかけた。が、無常にも100円玉は鏡内に上がる際の階段に落ちてしまった
自らの運の無さに森下は大きく溜息をついた。もう一度買わなければ・・・と思い振り向いた矢先、

「久しぶりね」

そこには黒髪をなびかせ、ピンと張り詰めた表情の――

「・・・慧」


続く・・・かも?
>>76-77さんの設定を借用しました、すみません
127名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 02:00:08 ID:NvsF4CVY
おっとぉ、スレが回り始めたみたいだね
今後の展開にwktkものだ
128名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 04:49:13 ID:badsV1Uu
 男子トイレの一番奥、右手側にある個室の扉には、モップでがっちり
とつっかえ棒がなされていた。
 扉の下から排水口まで水溜りが出来ている。辺りにはトイレ用洗剤の
柑橘臭。中からは嗚咽。いじめ、である。
 その現場に──

ぺたっぺたっぺたっぺたっぺたっぴちゃ…

 スリッパの足音が水溜りを一歩踏んで止まった。
 個室の中で、いじめられっ子の男子高校生ススムは縮み上がった。
 が、その足音の主が発した声は、ススムの知っているどのいじめっ子
の声とも合致しなかった。

「ハハハ、こんなに判りやすい“いじめ”の現場、久しぶりに見た」

 ハスキーな女性の声…女性の声?!ここは男子トイレのはずじゃ…。

「女が何故男子トイレにいるのか…とか考えてるかも知れないけどさ、
とりあえず私の話を聞いてよ。拒絶の権利は無しね」

 ススムは洟をすすり、洋式便器の上にしゃがみ込んだまま、ハスキー
な声に耳を傾けた。

「私さ、学校ってカーストだと思うのよね。役人=教師、貴族=顔も育
ちも良いカリスマを持った勝ち組、平民=取り柄もないけど当り障り無
く安穏と暮らしてる奴等……そして君のような、全部のツケを払わされ
る貧民」
……。

 ススムはただ黙って聞いている。

「普通ならば、学年や学校が上がる度に貧民から脱するチャンスはある
でしょう……けどここは小等から大学まで揃った学園。あなたは学園内
の格差社会に埋没し、もう4年も苦渋を舐め続けている」
「な…なんで僕のいじめられた期間まで知ってるんだ!」

思わずススムが声をあげた途端──

どがんっ!

 トイレ中に響き渡る衝撃音。ススムが居る個室のドアを、ハスキーな
声の持ち主が蹴り付けたのだ。

「黙って・聞いて・くれる・かな」
「ひぃ…」

 ただでさえハスキーな声が、ドスを利かせて苛立たしげに区切って喋
ったのだ。ススムの心臓がキュッとなった。

「じゃあ続けるよ。あれ?…どこまで話したっけ……え〜と……う〜、
めんどくさい!とにかく!貧民から脱出したかったらこの紙に名前書い
て部室来なさい!終わり!」

 上から紙切れがヒラリと投げ込まれ、紙にはこう書かれていた──

≪崖っぷち同好会入部届≫
129名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 07:00:59 ID:ui86OJKz
あ、神社の名前高杜だと思ってた。
まあでも>>126と被らなくて逆に良かったかも。
130名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 13:01:36 ID:2Kkm1beF
シェアード・ワールドってようは「エルツヴァーユ」みたいな世界観でしょ?
共通の外敵とかは作らないので?
131名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 13:05:04 ID:2Kkm1beF
あぁ、青春もの限定か……
132名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 13:29:15 ID:w/Nclmg2
>>131
…まあ主軸となる魅力的なストーリーが展開しなきゃ、同スレで、ただ地名だけカブってる青春モノと企業モノが同居してるだけになってしまうだけだから、気長に行くのが吉と思うよ。
133名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 13:30:07 ID:h7WaUOXa
>>73 ensemble
まだプロローグみたいだからなんとも言えんけどクールな由良とショタな遠矢に萌え。

>>76 るるぶ
ナイスな世界観乙。

>>93 部活
元気な後輩と幽霊部長部長に萌え。

>>102 小学生
ロリじゃないけど背伸びする主人公に萌え。

>>120 twin
巫女さんに萌え死んだ。

>>126 団子と嘘と子キツネ
サスペンスな感じが良い感じ。

>>128 崖っぷち同好会
ハスキーちゃんに萌え。

キャラの設定とか知りてえ。
ここって台詞形式のもアリ?
134名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 14:03:46 ID:w/Nclmg2
つか、今頃気付いたんだが、読み手スレと書き手スレに分けなきゃ今後大変じゃね?
135名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 17:36:38 ID:pBCCkTam
>>131
別に青春物だけでなくて良いんでない?高杜市って街を舞台にした話ならなんでもおKでしょ。
ただの毎日のように世界の危機とかロボットバトルは困るけどさ。

>>132
始まったばかりだから気長に待つしかないね。

>>133
SSで補完しきれないキャラの設定とかは必要かもしれないね。
台本形式だって良いじゃない?

>>134
間だ分けなくても大丈夫でしょ。まとめが必要だとは思うけど。
136ensemble ◆rTnJeRmLss :2008/09/03(水) 21:59:08 ID:pBCCkTam
#1

 始業前の教室の雰囲気は、未だに夏休みの余韻を引きずって浮わついている。
 仲間から夏休みの宿題を借りて写している生徒もちらほら見える。
「で、葉菜子は進路は決めた?」
 錆色の髪の少年――辻安武が隣の席の葉菜子に、にやけたしまりのない顔で話しかけた。
 葉菜子も安武も高等部2年だから進路を考えるのは決して早くない。むしろ遅い方だ。
「私は看護学校にいくよ。やっさんの場合は……進路を考えるよりも留年しない亊を考えるべきじゃない?」
 何をいまさら、と心で呟きながら葉菜子はからかうような口調で返す。
「俺はそこまで馬鹿じゃねえっての!」
 あらそう、と葉菜子に揶揄されると安武は白旗をあげて話題を変える。
「そう言やぁさ、ちらっと見ただけだけど、由良って髪切ったろ? なんかあったんかな」
「聞いたけどスカされちゃった。何かあったと思うんだけど」
「じゃあさ、遠矢に聞いてみたらどうだ?最近アイツら仲良いから」
 葉菜子はムムム、と口ごもると記憶の糸を依り戻す。

 朝のやり取りの限りでは、あまり変わった事はない。でも、少し違和感がある。

「……由良、珍しく笑ってた。由良ってなんかすました所があるじゃない? だけど遠矢の頭を撫でながら笑ってた」
「って亊は、由良と遠矢の間にに何かあったんだな? 俺にはなんもなかったのに……」
 安武は肩をがっかりと落として葉菜子を恨みがましく見た。
 その視線に生理的な嫌悪感を抱いたのか葉菜子は眉をひそめる。
「な、なにみてんのよ。」
「別にぃ。どっかの誰かさんのお陰で遠矢に先を越されちまったよ」
 アンタねえ、と握り拳を安武に落とすと、葉菜子はふぅっと溜め息を吐く。
 遠矢も由良も小さい頃からの親友だ。もし、二人の仲がそういう仲になったとしたら一言申告して欲しかったという気持ちがある。
 私だけ仲間外れはなんだか嫌、と葉菜子は小声で呟く。
「でもさぁ、遠矢と由良かヤっちゃったんなら、由良って犯罪者っぽくね? どう見たって遠矢って中学生じゃん」
 下手すりゃ小学生、と続けた所で本日二回目のげんこつが安武の頭に落ちた。
「アンタの方が遠矢よりガキよ」

 ――アンタがそんなだから私達の仲も進展しないのよ

 頭を押さえて痛がる安武の横顔を見ながら葉菜子は心の中で呟いた。

――To be continued on the next time.
137ensemble ◆rTnJeRmLss :2008/09/03(水) 22:00:21 ID:pBCCkTam
投下終了。
138名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 22:17:30 ID:lIn53icx
参加したいが……好き勝手にキャラ作って投下するのはあり?
139名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 22:37:03 ID:pBCCkTam
>>138
キャラを好き勝手に投下しても大丈夫。
140名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 23:32:59 ID:4inEnFCo
「先輩。この子どうしましょう?」

 部室に入ってきての第一声がそれだった。
 主語を抜かして喋られても理解出来ないので仕方なく読んでいた雑誌から顔を上げる。

「……その子はどうした?」

 後輩は一匹の三毛猫を抱えていた。


 話によると部室に来る途中の廊下にいたのを可愛いからという理由で捕まえたらしい。
 しかし、捕まえて気付いたが首輪をしているので野良猫ではなく飼い猫のようだ。
 よく見ると毛並みも艶があって厳しい野生の世界を生きてきたようには思えない。
 とにかく飼い猫なら飼い主の元に返してやらねばならない。
 そんな経緯を経て先のセリフに繋がる。

「立派な心がけだ。頑張れよ」

 疑問が氷解したので視線を再び雑誌に落とす。
 宇蘇葉玖夫って胡散臭い名前だな。

「先輩も手伝ってくださいよ! 飼い主捜し」
「やだよ。めんどくさい」
「そんなこと言わないで。飼い主の人も心配してますよ」
「そして猫にも帰る気があるならそのうち引き合わせてもらえるだろうさ」

 見たところ首輪には連絡先等の情報はないが、耳が齧られているのと三毛猫の癖に雄だというのは大きな特徴だ。
 飼い主を見付けるつもりなら自分が手を貸さなくても存外簡単にいきそうな気がする。
 後輩も同じ結論に達したのかバレリーナみたいにくるくる回りながら今後の心積もりを喋りだす。

「取り敢えずモールで猫捜しのチラシがないか確認して、それからキャットフードを買って……ああ、でも、やっぱり新鮮な魚の方が良いですかね?」
「猫が魚好きってのは俗説だぞ」
「マジですか!」
「大マジだ。まあ日本の猫に関しては魚好きかもしれないが」

 猫が魚好きだとしたら内陸部に住む猫はどうしたらいいんだ。
 今ならまだしも交通機関や食物の保存の技術が未熟だった昔は堪ったもんじゃない。

141名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 23:33:51 ID:4inEnFCo
「・・・・・・」

 部室中を歩き回っていた後輩が近くに来たのでちらりと目を遣る。
 手伝うつもりはないがちょっと興味を引かれるのも事実である。
 ほっぺを目指してそっと人差し指を近付けてみる。

「――っ!」

 引っ掻かれた。
 後輩は猫の腹を抱えていたので自由に動かせる前足でばっさりと。

 犯人はにゃあ、と一鳴きし『下賎な人間が触れるな』的な目を向ける。
 この畜生が。
 ナイフでその爪を綺麗さっぱり切り取ってしまおうか。

 ・・・・・・猫相手に本気になるのは阿呆みたいだな。

「猫なんて気難しくて自分勝手でペットには不向きだな」

 よくアンケートで犬派か猫派かを尋ねるが自分は断然犬派だ。
 観賞用としてなら猫も悪くないのだが飼い主との信頼関係が違いすぎる。

「でも犬と猫は祖先が同じだって聞きますよね」
「んなこと言ったら地球の生物は全部元を辿れば海から生まれてるだろ」

 衛生的に大丈夫かとも思ったが引っ掻かれた指先が痛むので舌で舐める。
 気のせいかもしれないがそれだけで痛みが引いたように感じる。

142名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 23:34:56 ID:4inEnFCo
「そういえば、あいつ猫飼ってたな」

 名前は確かキャスパリーグだのケット・シーだのバステトだの。
 ネーミングセンスが実にあいつらしい。
 今度名付けるとしたらシュレディンガーあたりか?

「あいつって部長ですか?」
「そうだ。前にそんな話をした」
「どういう成り行きで?」
「子猫が産まれたから飼わないかって。寮での一人暮らしだから断ったが」

 残念ながら規則を侵したり世話に時間を割くだけの魅力を感じなかった。
 子猫にしても自分に引き取られるよりちゃんとした家の方が幸せだろう。
 向こうも儀礼や惰性で持ち掛けただけだったようなので特に罪悪感もなかった。

 その部長殿はというと今日で欠席三日目。
 あいつの不登校は不規則で一日で終わる事もあれば一週間経っても出てこない事もしょっちゅうなので現段階での心配は不要。
 一年の時は出席日数の不足による留年の危機だったらしいが自分は与り知らぬ問題である。



「ああ!」

 突然の叫び声に何事かと振り向くと、猫が後輩の腕からすり抜け軽やかな挙動でサッシに飛び乗り開け放っていた窓から出ていってしまう。
 やっぱり自分勝手だ。

「……行っちゃったな」
「……行っちゃいましたね」

 後輩はがっかりしたように肩を落とすが、猫本人の意思なのでしょうがない。
 せっかく甲斐甲斐しく世話をしてくれるというのに、それを蹴って何処に行くかは知らないが、今だけは飼い主に会えるように祈ってやろう。
 その後、後輩が勝手に語りだした今年の抱負を適当に聞き流したり目ぼしいバイトにチェックを入れたりして部室での時間を過ごす。

 それは放課後の何気無い一ページ。

143名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 23:39:24 ID:4inEnFCo
以上です
144名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 01:09:30 ID:NtbJAk4b
乙っす。>>93-94の「早明浦観測会」の続き?
名前欄にタイトル的なものを入れてくれるとありがたい
145名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 01:11:35 ID:aDGtZXNU
小説の中で設定を分かりやすく明示しようとすると物凄く難しいことに気付いた
このスレに投下してる人は凄いわ
146名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 01:24:47 ID:kKhBuUSk
>>145
設定とSSを分けて投下したらいかが?
ぶっちゃけ自分もそうしたい。
147名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 01:28:19 ID:HdGmtWVf
>>145‐146
頑張って作中に設定を練り込むんだ
文章書きを語るなら、作品以外で自己主張しないぐらいの気合が必要だ
自然に描写できない設定は、伏せておけば読者が勝手に伏線伏線と騒いでくれてちょっとお得だぞ

水に入らなきゃ泳ぎは上達しない
設定描写もまた然りだ
ここが踏ん張りどころだぞ
148名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 04:34:18 ID:9N9Qvya6
説明的にならず自然に世界設定が浮かび上がるようなのって難しいよな
それができたら俄然面白くなるんだろうけど、やっぱり難しい
149名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 11:33:16 ID:udERslDI
>>144
すまん
今度から注意する

それとwikiが出来たっぽい
http://ime.nu/www26.atwiki.jp/sousaku-mite/
150名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 12:50:51 ID:GggH9KXM
>>136
乙。展開の予想が出来ねえ。だから期待
151ensemble ◆rTnJeRmLss :2008/09/04(木) 17:12:46 ID:kKhBuUSk
#2 1/2
 昼休みの屋上は生徒達で賑わっている。学園を一望できる屋上は昼食をとるスポットとしては学食は学食に次ぐ人気のスポットなのだ。
 由良と遠矢もその一員である。フェンス際の一角を陣取り向い合わせで持参の弁当を広げている。
 遠矢は全体的に彩りに欠けた味の濃そうな和風のメニューであり、由良は対照的に色彩鮮やかなサンドウィッチである。
 ジャガイモの煮物をパクついて煮物を咀嚼する遠矢の視線は由良の首元に固定されている。
 由良はその視線に気付いているものの、何処吹く風と言った風情でトマトサンドを頬張っている。
 無言のままの二人の間に、一陣の風が吹いて由良の髪を大きく靡かせた。
「由良、その髪型……」
「見えた? ぱっと見じゃ分からないけど、刈り上げてあるんだ、コレ」
 トマトサンドを小さいバスケットに置くと、髪をかき上げて側面と後ろを刈り上げられているのを見せる。
「それ、なんて髪型なんだ?」
 遠矢は弁当箱を閉じて、由良を注視する。
「ああ、ツー・ブロック・ボブって言うのかな」
「かっこいいじゃん、それ。前のは綺麗って感じだったけど今度のはかっこいいよ」
「一応誉め言葉として受け取る」
 由良はつまらなそうに素っ気なく返すと、再びトマトサンドを食し始める。

「おー、いたいた。探したぜお前ら」
「珍しいな、この組み合わせは」
 声の主は安武ともう一人、由良と同じくらいの安武よりも頭を一つ大きい少年――久我通泰だ。

「あれ、みっちゃんじゃん」
「久し振り、通泰先輩」

 通泰は由良や遠矢、そして安武と葉菜子よりも一学年上の高3だ。5人は家が近くて昔からの腐れ縁といった関係で結ばれている。

「別に珍しくないっしょ」
「そうでもないぞ」
 遠矢は通泰を見やるが、その言葉に上から疑問を被せられる。

「そーだ、お前らに聞きたかったんだけど……お前ら二人って付き合ってる訳?」
 よせ、といい通泰の制止を振りほどき安武は遠矢と肩を組む。
 掴み所の無いゆらよりも、遠矢に聞いた方が話は早い。答えなくとも顔に浮かんでしまうのだ。
 しかし、遠矢は無言のままキョトンとした顔だ。由良は相変わらずすました顔で、手に付いたパンくずをパンパンと払っている。
「ほら見ろ。お前のやってるのはゲスの勘繰りって奴なんだよ」
152ensemble ◆rTnJeRmLss :2008/09/04(木) 17:13:54 ID:kKhBuUSk
#2 2/2

 そりゃひでえよ、と通泰に振り返る安武の背中に、黙っていた由良が投げつける。
「付き合ってないよ。この前遠矢に告白されたけどね」
 そこで言い切ると、由良は遠矢の顔を真っ直ぐに見下ろした。
「ま、今まで返事するの悩んでたけど、良いよ。ヤスみたいなバカが増えたら困るし、遠矢の亊は嫌いな訳じゃないしね」
 由良の言葉に三人の動きが止まる。特に当事者の遠矢は口をポカンと大きく開けたまま、微動だにしない。
「じゃ、私はハナに報告するから。……先輩、ハナは食堂だよね」
 邪魔だと言わんばかりに安武を押しやりながら通泰に尋ねる。
 陸海も一緒にいる筈だ、という通泰の言葉に由良は満足そうに笑うと後の事はしらないよ、と言わんばかりにスタスタと歩いていった。

「みっちゃん……どうすんのよ、コレ」
「……どうにかする他ないだろうな」

 二人は石像みたいに固まっている遠矢を見ると案惨たる思いで晴れ渡る空を見上げて溜盛大なめ息をついた。

――To be continued on the next time.

153ensemble ◆rTnJeRmLss :2008/09/04(木) 17:15:35 ID:kKhBuUSk
世界観やキャラクタ―の造詣を上手く描写出来なくて泣きそうですorz
154名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 19:36:49 ID:5gNJOgdX
投下乙ー、そのうち固まっていくから大丈夫だぜ
いちおうwikiの頭だけ作った
個々の作品のリンクとかは、誰か頭の良い人よろしく
155高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2008/09/04(木) 21:36:26 ID:NtbJAk4b
前に参加希望したものです。投下します。


1‐1
「スクープはまだなのスクープは!」

 ここは緑に囲まれた高杜市にある高杜学園高校。その新聞部に入部
した途端部長の椅子を"乗っ取った"一年生、雨宮ツバキが声を荒げて言う。
「特ダネを見つけてきた記者には金一封の代わりに私のキッスをあげるわよ」

「……それより休みをくれよ〜」
 俺は入部してから1ヶ月間馬車馬の如く働かされてちょっと嫌気が差して
いた。俺はこの町の生まれじゃないので学校周辺の散策とかは当初割と
楽しんでたんだが同じところをグルグルと回ってくるとさすがに飽きてくる。

「ちょっとメガネ! あんた私に意見しようって言うの? そうなの? どうなの? 」
 ちなみに俺は近眼でもなければメガネベストドレッサー賞を目指しているわけ
でもない。"キャラが薄い"とかいう理由で雨宮さんから渡されたものだ。俺には
東雲蔵人という親につけてもらった立派な名前があるのに。まあ、「ひがしくも」とか
呼ばれるのも嫌なんで別にいいんだけど。

「アンタさー。この部に入ってからまともに記事が採用された事もないじゃない。
ジャーナリストとしての自覚は無いの?」

 いやいやいや。それは雨宮さん。あなたが俺の書いた記事を色々難癖つけて
ボツにするからでしょ……
 曰く、意外性がない。曰く、文章が硬すぎる。曰く、プロパガンダとして使えない。等々。

 そもそも俺がこの新聞部に入部したのは雨宮さんが新聞部の場所がわからない
って言うから部室を一緒に探してあげて……まあその時に下心が無かったかといえ
ば嘘になるが。……所謂若さゆえの過ちと言う奴だな。うむ。

「いつもの恒例企画、"学校の七不思議に迫る!"で行くしか無いっかなぁ」
 いや、その企画は既に十回目ですよ。七不思議って言ってるのにどんだけあるん
だよ……まあ日本××百選ってもの実際には100以上選んでたりするものだがな。

156高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2008/09/04(木) 21:39:34 ID:NtbJAk4b
1‐2
 あーでもないこーでもないと議論が続いてるわけでもなくどんよりとした空気が
部室内に立ち込め始めた。

「あ……あのっ……スクープのヨカンがっ…しますっ!」
「雷堂寺先輩? 急に立ち上がってどうしたんですか。びっくりした。」
「おっ! ひかるちゃん! 何か感じた? 」
 先輩にちゃん付けはやめろよ。確かに雷堂寺先輩は年上には見えないけど。むしろ中学生
くらいにしか見えない。
 小柄で童顔。巨乳。アニメ声。巨乳。ツインテール。巨乳。巨乳。巨乳。巨乳。巨乳……
ああっ……おっぱい!おっぱい!(AA略

「メガネ君? 私の胸、ジロジロみないでっ……恥ずかしいから」
「ああいかんいかん。俺としたことが」
「おいメガネっ! お前今からエロメガネに昇格させるぞゴルァ!!!」
 異例の昇格人事である。これはもう男の本能なんだから勘弁してくれ……

「あーあ。男ってなんで巨乳が好きなの? なんなの? 馬鹿なの?」
「俺は……別に貧乳だって好きですよ?」
「なーんでこっち見て言うワケ? だいたいアンタの性癖は訊いてないから」
 なんでって……そりゃあ……言えるわけが無いでしょう。

「あの……よろしいですか? 部長さん……メガネ君……」
 先輩は先輩で後輩である雨宮さんにさん付けしてるし……あ、俺もか。
 俺は……どうも相手に高圧的な態度をとられるとそれに順応してしまうところが
あるのだ。それのせいでアイツにも……まあその話はいつか暇があったらしよう。
「えと……私の第六感にピピッと来ましたっ! スクープが見つかると思います
……あれ? なんで皆さんポカンとしてるんですか?私のヨカンは当たるも八卦、
当たらぬも八卦なんですからっ」
 雷堂寺先輩が言うには、そろそろスクープが見つかるかもしれないよという事
らしい。予知能力か?それにしてはあやふやだが……

「部屋の中でウダウダしててもラチがあかないわ。じゃあ、早速調査開始よ! 
メガネ、ついてきなさいっ」
 へいへい。と生返事をして俺は部室から出て行く。どこかに雨宮さんが満足
するネタが落ちて無いかな。でないと俺の体が持たない。

157高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2008/09/04(木) 21:42:00 ID:NtbJAk4b
あ、投下終了です。
158名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 23:59:11 ID:ImJTC5jj
age
159名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 00:22:31 ID:g3mdoyi2
http://www26.atwiki.jp/sw_takamori/
とりあえず板wiki内のページじゃあ規模的に難しいだろうと思ったので独立したwikiをてきとうに立ち上げてみた。
誰でもいじれるようになってるはずなので、好き放題加筆修正してくれー。
160102:2008/09/05(金) 01:18:37 ID:JBSZb4lY
投下
161『煙突岩』:2008/09/05(金) 01:20:03 ID:JBSZb4lY
柚季がようやく登校できるようになったのは、新学期が始まって一週間も過ぎた頃だった。

夏休み最後の日、思い切ってショートにした頭で美容室を後にし、てくてくと帰宅の途についていた柚季は、高杜モールの手前で、バイクと乗用車の衝突事故に巻き込まれた。
突然の甲高いブレーキ音、そして、ぐしゃ、という嫌な響き。
文字通り空を切って飛来したバイクの運転者は、柚季の肩を掠めて『激安DVD』の立て看板に頭から突き刺さった。

そして柚季に向かって、原型を留めていないバイクであった鉄塊が、地面との摩擦で火花を上げながら回転しつつ迫った。

スローモーションのようにぼんやりとそれを見ていた柚季が、ようやく自らの命の危機に気付いた時、焦げ臭い匂いを撒き散らしてそれは彼女の目前でゆっくりと停止し、そのピカピカのマフラーに映る自分の顔を見ながら、柚季はようやく失神した。


162『煙突岩』:2008/09/05(金) 01:21:41 ID:JBSZb4lY
奇跡的にかすり傷ひとつなかった柚季だったが、彼女は収容された市民病院でも、事情聴取に訪れた警官にも、そして駆けつけた両親にも、全く言葉を発することができなくなっていた。

『失語症です。』

心配性の両親が大事を取って何軒も廻った病院で、すべての医師はそう告げた。

『心因性のショックによる失語症。 日常生活を普通に送れば、だんだん治りますよ』

バイクの運転者も軽傷ですんだと聞き、柚季は別に何のトラウマも感じていない。ただ、言葉だけが、もう少しのところで唇まで来なかった。

病院巡りで一週間遅れて登校したその日は、全校行事のひとつ、「高見山写生会」の日であり、久しぶりのまだ眩しい日差しを浴びて、柚季は山腹の高見神社に向かう六年生の長い行列のなか、三人の親友の少し後ろを歩いていた。


163『煙突岩』:2008/09/05(金) 01:23:10 ID:JBSZb4lY
振り返った将也が、歩みを遅めて柚季に並ぶ。

毛先を無造作に、乱暴にカットしたような見慣れない頭と、彼女らしからぬ沈黙。まるで別人に話しかけるように、将也はおそるおそる尋ねた。

「…大丈夫か? 柚。」

こくり。

頷く彼女に苦笑いして、将也が続ける。

「…無理しないで、声出るようになってから来りゃいいのに。」

柚季はちらりと翔也をみると、メモ帳に何か書いて差し出した。

(あいたかった)

「会いたかった? 誰とだよ。」

翔也が笑いながらメモ帳を返すと、柚季は上目遣いに翔也をじっと睨み、再びメモに書き込み渡す。

(みんなと)

少し乱暴なその字を見つめて少し頷いた翔也は、前を行く了と未沙に向かって大声を上げる。

「おい!! オメーら、久しぶりに四人揃ったし、ちっと面白いことしようぜ…」


164『煙突岩』:2008/09/05(金) 01:24:29 ID:JBSZb4lY
「面白いこと」はかなり無謀な計画だった。

高見神社で各自解散して思い思いの場所で写生を始めた同級生たちのなか、四人は神社の裏手に陣取って、将也が打ち明けた計画を検討していた。

「行こーぜ!!」

長身で二枚目だが、激しやすく騒がしい性格のため、女子には複雑な評価を受けている了が計画にまず乗った。

「…ここから頂上まで一時間なら、余裕で集合時間に間に合うさ。」

長い黒髪に華奢な手足、いつも眠たげな瞳をした未沙が尋ねる。

「…で、頂上には何があるの?」

将也はやんちゃな顔を皆に向けると、もったいぶって言う。

「…何もねぇ。」

三人が怒りと抗議の声を上げるのを制し、将也は続けた。

「…が、ここからは絶対見えない、幻の『煙突岩』が見える。 あの海の遥か沖合いにな。天気もバッチリだ。」


165名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 01:25:22 ID:q+j/hDIp
支援
166『煙突岩』:2008/09/05(金) 01:26:16 ID:JBSZb4lY
三人は眼下にみえる高杜湾を振り返った。神社の境内から、この湾を写生している者も多い。

「…空気の澄んだ、晴れた早秋に、高見山の一番てっぺんで… これが煙突岩を見るための条件だ。どーする!?」

柚季が足を踏み鳴らし、スケッチブックに大きな字で(いく!!)と書いて微笑んだ。

「…面白そうね。」

未沙が同意し、四人は、リュックと画材をいそいそと藪に隠した。

「…絵は、どうすんだ…」

ぽつりと了がつぶやく。
「あ…」

あっけなく頓挫するかと思われた計画だったが、未沙が静かに言った。

「…画用紙、並べて。」
四枚の画板に四枚の画用紙。
キョロキョロと四方の風景を確認した未沙は、両手にパステルを握ると、祈祷師じみた動きで、猛然と平行して四枚同時にスケッチを終えた。

「…すげぇ…」

「次。絵の具。」

未沙の姉は漫画家の卵で今、上京問題で彼女の家は揉めに揉めているという。

スケッチと同じく、巫女を思わせる神憑りのごとき筆遣いで、四枚の提出物はあっという間に完成した。


167『煙突岩』:2008/09/05(金) 01:27:42 ID:JBSZb4lY
「さて、行くぞぉ!!」

将也を先頭に、ガサゴソと斜面のわずかな獣道を登り始めると、背後で玉砂利を踏む音が聞こえ、忽然と一人の男子生徒が現れた。

「誠二!?」

了が呟き、誠二に向かって指を口に当て、シーッと見逃せというジェスチャーを送る。

誠二は苦笑いして、黙認を意味する敬礼を返した。

「…よかった…あいつは口堅いから…」

「それより将也、あんた道分かってんの?」

未沙の問いに、将也が答える。踏みしめた草の匂いが鮮烈だった。

「…ああ。この獣道をまっすぐ上がって、右手に小さな稲荷の祠、その横を岩伝いにひたすら上だ。」

四人は汗だくで細い斜面を登り続けた。
すっかりか細くなった蝉の声だけが響く。

「…ちっと休憩しようぜ …」
了がそう言ったとき、
最後尾の柚季が将也のTシャツをぐいぐいと引っ張った。

「…なんだよ柚。」

柚季は藪を指差し、ゆっくり人差し指と小指を立てて残りの指をくっつけた。『狐』だ。


168『煙突岩』:2008/09/05(金) 01:28:58 ID:JBSZb4lY
「狐がいるのか!?」

目を丸くする将也に、藪をしげしげと見た未沙が言う。

「違うわよ。お稲荷さん。」

「…よ、よく見つけた!!柚!! でかしたぞ!!」

了が将也を睨んで言う。
「テメー、ここ来んの、始めてだろ!!」

叔父さんがどうのこうのと呟く将也を最後尾に回し、四人は高見山の頂上を目指し、登り続けた。

風が強くなった。
ゴロゴロした岩場を手を取りながらひたすら登る。

「…山なんだから、上に登れば必ず頂上に…」

「うるせーよ!! さも詳しそうな事言いやがって!!」

言い争う二人を無視して、先頭を登っていた未沙が、ひときわ大きな岩の上に立った。

「頂上だ…」

びゅうびゅうと吹く風に黒髪を逆立てて、未沙はなんの変哲もない空き地に佇んでいた。


169『煙突岩』:2008/09/05(金) 01:30:18 ID:JBSZb4lY
未沙に続いてそこにたどり着いた柚季の、将也の、了の眼下には、生まれ育った緑の高杜市、そしてその向こうの青い楕円の海がどこまでも広がっていた。

「うわ…」

四人は声も無くし、壮大な青と緑にただ見とれた。

「学校、見える…」

「あれ、高杜駅だ…」

やがて了が海を見回して言う。

「煙突岩、どこだ?」

水平線を見渡しても、それらしいものは見えない。
しばらく見渡した美沙が呟く。

「…でも私、この景色見たから、満足かな。」

「そーだな…」

将也と了が少し残念そうに呟いた時、柚季が目を見開いて、ぴょんぴょん跳ねながら遥かな沖合いの一点を指差した。

「え!!」「見えたの!?」「どこだよ!!」


「…しょ…うや、あ…そこ…」

柚季の唇から声が漏れた事に驚いた瞬間、はっきりと三人にも水平線に陽光を受けて光る、小さく尖った何かが見えた。

「…煙突岩だ…」

姿を見せた煙突岩は、まるで彼らの労をねぎらうように霞の向こうで光っていた。

170名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 01:31:20 ID:q+j/hDIp
支援
171『煙突岩』:2008/09/05(金) 01:31:49 ID:JBSZb4lY
柚季は、将也が煙突岩を見ず、自分をじっと見ているのに気づいて照れた。
「…こえ…でたよ…」

そういって目を伏せると将也は彼女に寄り添って答える。

「…よかったな…」

了はポケットから携帯を取り出し、煙突岩を写真に収めようと苦心していた。

「…了、真っ青な画面にトゲ一本。感動する人、いるのかな?」

未沙の言葉に、了はカチリと携帯を閉じた。

「…そーだな…」

四人はやがて雲が出て、煙突岩が見えなくなるまで、故郷と、故郷の海を眺め続けていた。


172名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 01:40:01 ID:q+j/hDIp
終わりかな?
一応投下終わったら一言添えた方が良いと思う。

投下乙でした。
> 「…こえ…でたよ…」
これになんか萌えた。
173ストレイシープ 1/3 ◆WtRerEDlHI :2008/09/05(金) 01:49:53 ID:3bb4X6N3
投下乙です、あったかい話ですね
こういう話は好きです

>>159
まとめお疲れ様です、作者別に分けられて良い感じです

こちらも投下します
――――――――――――――――――――――――

電車から降りた私は、改札口を抜け駅の外へと出た。
8月も終わろうとしてはいるが、まだ暑い。
幸いここは屋根つきだから日陰の場所には困らない。
適当な場所へ腰を落ちつけ、私は少し休む事にした。
椅子に腰掛け一息つくと、鞄から地図を取り出し内容を確認する。
地図によれば、叔父の経営している店は駅から近い。
再度場所を反芻し、私は手荷物を抱えて立ち上がった。
街路を進んでいくと、店の看板が目に入った。

《美容室コーラル》

あった。
その先の角を左だ。
私は角を曲り、辺りを見回しながら先を急いだ。。
そのまましばらく歩くと、目的の場所へとたどりつく。

《   術美古之漢   》
《   人大態変    》

木製の看板に太墨でそう書いてある。
間違いない、ここだ。
こんな怪しい店が二つとあってはならない。
私はここに来るまでの事を回想した。
174ストレイシープ 2/3 ◆WtRerEDlHI :2008/09/05(金) 01:51:51 ID:3bb4X6N3
―――父親はいつもと変わらない態度で、私に問いかけてきた。
「……ゆり子、いくつになった?」
気だるそうな声で、目の前の本から視線を逸らさずに、話しかけてくる。
知っている癖に、という態度を露に私は答えた。
「160、を過ぎました」
「……ふむ。ではそろそろだな」
「何がですか?」
私の問いに、父親は本を閉じ私の方に向きなおる。
傍らに本を退け、眼鏡を拭きながら話を続けた。
「……高杜に叔父さんがいるのは知ってるね」
「ええ、何度か遊びに行った事がありますから」
「……お前も年頃だ。そろそろ『贄』を連れて来ても悪くはあるまい」
父親の発言に、私は眉をひそめる。
「ニエ、……ですか?」
「ああ」
「お母様ならともかく、まさかお父様が仰られるとは思いませんでした」
はは、と父親は自嘲する。
「まあ出来る事なら避けて欲しいがね、慣習なら仕方があるまい。
可愛い子には旅をさせろという言葉もある」
クスリ、と私は笑った。
「子離れ出来ない?」
「馬鹿を言うな」
憮然とした顔で親の威厳を取り戻そうとする。
懐から一枚の紙を取り出し、私に差し出す。
中には簡単な地図と、連絡先が書かれてあった。
「これは?」
「高杜学園と、叔父さんの家の地図だ。そこで贄を捜してきて貰う。
編入の手続きはもう済ましてある」
「ずいぶんと手回しがいいんですね」
「すまんな」
丁寧に紙を折りたたみ仕舞うと、私は尋ねた。
「いつから?」
「九月から編入だ。八月末に叔父さんの家に行くといい」
「わかりました」
「駄目だったら、遠慮なく戻って来い」
「ご期待にそえるよう、努力します」

それから手身近に支度をすませ、私は電車へと乗り込んだのだった。
正直言って、親元を離れるのは初めてだった。
不安がないと言えば嘘になる。
私はうつり変わる車窓の景色を眺めながら呟いた。
「でも、何とかなる、わ―――」
175ストレイシープ 3/3 ◆WtRerEDlHI :2008/09/05(金) 01:53:35 ID:3bb4X6N3
そして高杜駅へと電車に揺られ、叔父の家へと来たのだった。
高杜に住んでいる事は知ってはいたが、自宅兼店舗とは知らなかった。
もっとも名前を知った時は、知らなかった方が良かったとは思ったが。
ノブを捻って店へ入ると、中は薄暗かった。
明かりをケチるようになると、その店の経営は宜しくないと聞くが、
叔父の店はどうなのだろうか。
「こんにちは、叔父様います? 本家から来たゆり子です」
とりあえず、奥にむかって声をかけてみる。
しばらくすると何か動く音がして、それからこちらに来る人影が見えた。
くたびれた着物に、無精髭の顔。
休みの日ならともかく、ここは仮にも店舗だ。
客を応対する格好には見えなかった。
その人物は、私をじろじろと眺めるとしばし考え、大きな声で叫んだ。
「おお、ゆり子ちゃんじゃないか!姉さんは元気かい?」
「ええ、息災です」
間違いない。
認めたくはないが、これが私の叔父、誠司叔父様だ。
名は体をあらわすというが、ちっとも誠実そうには見えない。
内心そんな事を色々考えている私に、叔父がベラベラと喋る。
「話は義兄さんから聞いてるよ、学園で贄を探すんだって?
あそこは人がいっぱいだから、きっと見つかるよ多分。
どうだい、何ならオジサンが練習につき合ってあげるけど―――」
「私が借りる部屋の案内をお願いします」
まくし立てている話を遮り、私は奥へ進んだ。
ああそう、と叔父が後につづく。
どうやら間借りする部屋は二階にあるらしかった。
叔父の言葉に案内され、私はそこにむかう。
扉をあけると、畳と障子が私をむかえた。
「本家じゃ畳だろ? だから畳の部屋がくつろぐかな、と思って」
おそらく物置になってたであろう部屋の中は綺麗に片付けられていた。
窓の桟にも、埃は見られない。
だらしそうな顔をしてはいるが、客人を迎え入れる礼儀は持っていたようだ。
私は少しだけ叔父を見直した。
部屋の角に荷物を置き、中から封筒を取り出す。
「叔父様、これを。お母様が費用の足しにでも、と言ってました」
「姉さんが? 別にいいのになぁ」
叔父は封筒を受け取ると無造作にそれをしまい込んだ。
「ところで、これからどうする? ここら辺の事なら案内できるけど?」
「ええ、今日はこのまま休みます。旅の疲れもありますし。
明日には学園に出向こうかと」
「ああ、そう。僕は下にいるから、何かあったら呼びなよ」
それじゃ、と叔父は下へと降りていった。
私は、はしたなく伸びをし横になる。
窓の外では、どこからか蝉の鳴き声が聞こえる。
夏が終わると、新しい生活を営むわけだが、上手くやっていけるのだろうか。
私は目を閉じて呟いた。
「何とかなる、わ」



―――続く
176102:2008/09/05(金) 02:09:53 ID:JBSZb4lY
煙突岩の102ですが、規制で投下終了かけませんでしたすいません
177名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 10:11:00 ID:JBSZb4lY
>>175
GJ!!展開楽しみです。

…ついに人さらいが来たか…

178名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 13:47:53 ID:xJYHt+Rb
キャラの簡単な紹介が欲しいです
179名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 17:53:08 ID:q+j/hDIp
「全く……恥ずかしいなんてものじゃなかったわよ」

 昼休み、持参の弁当を広げたり、購買で買ってきたパンを食べたりして、夏休みの時の思い出をそれぞれで語り
合ったりする生徒達が大半の教室の中で、琴音は深い溜息と共にじろりと彬を見遣った。彬はと云うと、勝手に待って
いてくれたのだから自分に責任を問われても仕方がないと云いたくなったが、彼女なりの親切心で遣ってくれた事だと
強引に解釈して、ごめんと一言謝った。教室の喧騒は途絶える事が無い。久し振りに再開した友人への話題は累々と積
み重なっているのだから、それを消化するには多少の時間を要する。そのような中で、夏休みの事には一切触れない二
人の会話は何処か不自然であった。

 二人は遅刻の確定をありありと示唆する時間帯のバスに乗り、既に始まっている始業式の中に飛び込んだ。本来は遅
刻したら職員室にて、遅刻の手続きを取る事が原則とされているが、その事をすっかりと忘れてしまっていた二人は一
目散に体育館へと向かったのだ。閉じられた体育館の扉を勢いよく開け放てば、学校長の話を静聴している生徒達が一
斉に振り向くのは仕方がない事である。結果、息を切らせながら体育館に転がり込んだ二人は同情に満ちて、怪訝な眼
差しを一身に受ける事となった。学園長が規則やマナーに対しての指導が厳しいのは、全生徒が知っている事実で
あった。
 それから何時から此処の学園長を務めているのか、有り得ないほどに若々しい学校長に直接壇上に上がるように命じ
られ、全生徒達が立ち並ぶ前にて直接説教を受けた二人は、一瞬にして有名人になり、同時に恥晒しとなった。二人を
知る友人達は、始業式が終わった後で夫婦みたいだと囃し立てられたり、まるで知らない生徒から指で指し示されて笑
われる対象となった。自分に視線が集中する中で、彬は今朝幸先が悪いと思ったのは間違いでは無かったと痛感した。
余談ではあるが、学園長の猛烈な説教後、二人の頭の中には琴音と同じくらいに黒い髪の毛を伸ばした学園長の、冷静
に見えるようで何処か末恐ろしい端正な顔が焼き付いて離れなくなった。――もう遅刻はするまい。彬は心の中に
誓った。

「まあ、もう過ぎた事だし僕は忘れる。学園長の顔、思い出したくないし」
「……同感。あんなに怖いなんて思ってなかった」

 同時に安堵の溜息を落として、二人は各自の机に広げた弁当に箸を付けた。色鮮やかな料理が敷き詰められた弁当は
琴音の手造りである。両親を早くに亡くし、以来祖母と二人で暮らしてきた彬には絶望的なほどに家事を熟す事が出来
ない。頼りになる祖母も、一年前にこの世を去った。
 それからは古くから幼馴染の関係にあった琴音が彬の弁当を作っている。誰からも好かれた人の好い彬の祖母から何
かしら頼まれたと彬は聞いていたが、その詳細は知れていない。ただ、自分が家事を熟せないのは既に分かり切ってい
た為に、琴音の好意に甘える事にした。それが夫婦と周りから囃したてられる一つの要因となっているのだが、だから
と云って琴音がそれを止める事もなく、彬は止めさせようとする事も無かった。
180名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 17:53:54 ID:q+j/hDIp
「あ、藤堂君」

 二人が取り留めのない会話を交わしながら弁当を食べ進めていると、不意に彬は背後から声を掛けられた。人懐こそ
うな、独特の愛嬌を孕んだ声は、夏休みに入ってから以来聞かなかった懐かしい声である。彬はすぐに後ろを振り返り、
声の主の顔を確認した。地毛だと云い張る、肩に着くほどの亜麻色の髪の毛、常に柔らかな光を湛えた瞳、綺麗に伸び
る鼻、美人と云うよりは可愛い方に近い少女――栗本華は、にこにこと人の好い笑みを浮かべながら立っていた。

「なに?」

 彬も笑顔で応対すると、華は一層笑みを深くさせる。そうして近くの椅子を彬達の近くに持って来ると、そこに腰掛
けた。その様子を彬は嬉しそうに眺め、琴音は何処か不機嫌な面持ちで眺めている。だが、華はその二つの顔を別段気
にする事なく、話を始めた。

「今日委員会あるんだけど、一緒に来てくれないかな、って。夏休み明けたばかりだから忘れられてるかなーって
 思ったから声掛けてみたんだけど、どうかな?」
「一か月じゃ流石に忘れないよ。ちゃんと覚えてるから、一緒に行こう」
「ありがとう! それじゃ後でね」

 華はそう云って可愛らしく笑うと、教室の入口の所で待っていた友人達の元へ駆けて行った。彬はその後ろ姿を何と
なく追ってみたが、数人の友人にからかわれながら華は行ってしまった。仕方なしに顔を元の位置に戻すと、不機嫌な
面持ちで自分を睥睨する琴音と目が合う。余りに恐ろしい形相に見えたので、彬の肩は思わず跳ねた。

「……ど、どうしたの?」
「別に。……ご馳走様、私トイレ行ってくる」

 まだ半分以上も残っている弁当を机の上に残し、琴音は足早に教室を出て行った。冷や汗を背に流しながら彬はその
後ろ姿を、華を見送った時とは全く違った心境で眺めていたが、やがて琴音の姿が見えなくなると安堵にも似た諦念の
溜息を吐いた。そして、自分にしか聞こえない程度の声量で「なんだよ」と呟くと、琴音の弁当を片付けてから、自分
も残っている弁当を食べ進めて行く。教室内に居た生徒の誰かが、「夫婦喧嘩」だとからかったが、彬には聞こえてい
なかった。


――続

【藤堂 彬(とうどう あきら)】
・気弱、知らない人と話すのは苦手。
・西条 琴音と幼馴染。
・祖母が亡くなった時に別れた双子の弟が居る。

【西条 琴音(さいじょう ことね)】
・強気、彬の世話を焼くしっかり者。
・藤堂 彬と幼馴染。
・高杜神社の巫女。

【栗本 華(くりもと はな)】
・少し天然の明るい性格。誰にでも仲良く接する。
・高杜モールの中にある定食屋の娘。
・藤堂 彬と同じ、図書委員所属。
181twin ◆wQx7ecVrHs :2008/09/05(金) 17:55:06 ID:q+j/hDIp
鳥付け忘れた。
キャラの紹介ってこんなもんで良い?

というわけで投下終了。
182名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 19:31:43 ID:g3mdoyi2
高見神社と高杜神社は違うのかな?
183twin ◆wQx7ecVrHs :2008/09/05(金) 19:35:50 ID:q+j/hDIp
既に高見神社が他の方のSSで使われていたような気がしたんだけど……
使われてたら被っちゃうんで高杜神社のままで、使われてなかったら高見神社にしたい。
元々俺が読み違えてただけなんで。
184名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 19:42:07 ID:3bb4X6N3
地名としてでているだけだから、被っても問題ないのでは?
俺も巫女さん巫女さん巫女さん書きたいって人がいればあれだけど
185名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 19:46:10 ID:g3mdoyi2
団子と嘘と〜に高見神社が登場してるね。
最後に出てきた人物が神社と直接関係あるのかどうかはまだ不明だけども。
186102:2008/09/05(金) 19:53:06 ID:JBSZb4lY
『Twin』次回楽しみです。

拙作の小学生の紹介。
誰かの兄弟にでもしてもうと思い、名字はまだ無いです。

柚季 小学6年生
将也 小学6年生
未沙 小学6年生 姉一人了 小学6年生

お気軽に。
187名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 20:35:47 ID:UiYw1VGL
>>183
団子と〜の作者ですが、申し訳ないorz自分の読解ミスです
被らないようにこちらは高見神社のままで通します。遅くなってすみません
188名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 20:39:35 ID:g3mdoyi2
神社を被らせても問題ないのでは?
むしろシェアードワールドらしく、被らせましょうぜひ。
団子と〜の登場人物設定が、twinの登場人物とぶつからなきゃ大丈夫ですよ。
団子と〜の作中にtwinに出てくる巫女さんを登場させたり、話を絡ませやすくなりますし。
189ensemble ◆rTnJeRmLss :2008/09/05(金) 20:44:00 ID:HprxyFEa
>>181
投下乙。硬めの文体は好み。

自分は鋭意執筆中です。

一応自分のキャラ紹介。
岩波由良…高2。ノッポでツー・ブロック・ボブ。クールっぽい。

早川葉菜子…高2。世話焼きでミーハー。ツインテール。

江藤陸海…高2。ロリッ娘。ポニーテール。内気で地味。(未登場)

富士見遠矢…高2。ショタ坊主。家が造園業。

辻安武…高2。お調子者。バカ。

久我通泰…高3。体育系メガネ。
190とある昼下がり  ◆Ev9yni6HFA :2008/09/05(金) 23:05:47 ID:FNS7tzWE
「御上、昼飯を食おう」

 四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り、教師も出ていったので席を立って友人の所に移動する。

「ぅん? しょうごか?」

 その友人は教科書を立てて顔を伏せていた。
 どうやら授業の間は夢の中にいたらしい。
 尤も、自分も夢心地だったので非難する事は出来ない。

「授業は終わってたか・・・・・・」

 御上は瞼を擦りながら机の横に下げた鞄から弁当箱を取り出す。
 二人での昼食なら一つの机で十分だし、前の席の生徒は食堂に行っていて不在なので丁度いい。

 御上の弁当はピラフに唐揚げにシューマイに鮭の切り身。
 見事に冷凍食品で構成されている。
 その事を指摘すると眉を潜めてムッとした表情になる。

「お前と違って一人暮らしは家事が大変なんだよ」
「非難した訳じゃないけどな」

 自分も昨日の残りの炊き込みご飯と漬物なので大差はない。

「たくあんくれ」
「ほらよ」

 たくあんを二つ、箸で御上の弁当箱に移し代わりに唐揚げを貰う。
 食事中は等価交換が基本なので文句は出ない。

「そういえば、あの話は考えたか?」
「あの話? ああ、あれか」

 御上は箸の動きを止め、持っていた弁当箱を机に置く。
 食べたままでも問題なかったが変な所で律儀な男だ。

「二年になってから部活を変わるつもりはない。運動部なら尚更だ」
「あの変な部よりは有意義だと思うが?」
「ボケッとしてても注意されない分、あっちの方がマシだ」

 それで意思表示を終えたのか食事を再開する。
 部費増額の野望はあっという間に潰えた。


191とある昼下がり  ◆Ev9yni6HFA :2008/09/05(金) 23:06:54 ID:FNS7tzWE
「俺は構わないがな。あの噂の信憑性が強固になるだけだし」

 つまらないのでちょっとからかって見る。

「あの噂?」

 おお、食いついた。
 そうなると残酷な嗜虐心が鎌首をもたげてくる。

「知らないか? いや、この手の噂は本人のいない所でするものか」
「だから何だよ」

 周囲に視線を走らせ御上に顔を近付ける。
 これから内緒話をしますよと暗に仄めかす。

「お前は元々部長と付き合っていたが可愛い新入生が入ってきたのであっさりそっちに乗り換えた。
 捨てられた部長はショックで学校に来なくなった。みたいな」

 御上は目を見開き、口をパクパクさせて絶句する。
 箸を持つ手は力を失い箸は音を立てて机に落ちる。
 だが、御上にとっては些末な問題らしく両手を力強く机に叩きつけ激しい剣幕で捲し立てる。

「おかしいだろ! あいつは一年の頃から不登校だったろうが」
「お前が暴力を振るったんじゃないかって」
「第一、なんで俺があいつと付き合ってるって話になんだよ!」
「それに関しては仕方ないだろ。一年が入るまであんな部に二人だけでいればな」

 御上は言葉に詰まり顔の筋肉をひくひくと痙攣させる。

「彼女もそんなに悪くないと思うがな」
「てめえのセンスが壊滅的に狂ってる事はよく分かった」
「楽しいし面白いし」
「一歩引いた所から傍観してりゃあな」

 その発言はそれとなく親密だと匂わせているのだが、本人は気付いていない。

「噂の出所は?」

 噂なんて下手に否定しても逆効果なので無視するのが一番の解決だと思うが御上は元を絶つ気らしい。

「九条……」
「九条か!?」
「九条だ」
「あの女……!」

 自分達の知り合いには何人もの九条がいるのだが、どうやら二人とも同じ人間を連想出来たらしい。
 これも幼馴染みの為せる業か。
192とある昼下がり  ◆Ev9yni6HFA :2008/09/05(金) 23:08:53 ID:FNS7tzWE
「この時間は何処だ?」
「食堂で女友達と食事か談笑だろ」

 よし、と頷く御上の目には怪しい光がある。
 大方文句を言いに行くつもりだろう。
 そして、相手の出方にもよるが高確率で話し合いには留まらない。

「御上。殴り込むのは勝手だが、放課後にしろ」
「何でだ? 校外でやれってか?」
「場所は関係ない。ただ、食後すぐだと周囲の人間が大変だろ。掃除が」
「舐めんじゃねえ。あの女にはいい加減思い知らせてやらないとな」

 御上はそのセリフを一ヶ月に一度のペースで言い続けている。
 つまり一回も成功していないのだ。
 あの二人の力関係は子供の頃からなので今更変えられるとこっちが困るのだが。

 御上は食べかけの弁当を鞄にしまうと一目散に教室から駆け出す。
 教室にいた人間が何があったのかとこちらを向くが曖昧に濁しておく。

 才色兼備で(表面上の)性格も良くクラスの中心人物である九条恭華に喧嘩を売るとはいい度胸だと称賛を送りたい。
 まあ、御上の評価が下がる前にさっさと決着がつきそうなのは奴にとって幸いだろう。
 そも、さっきの“噂”は昨日恭華と話していた事であり、つまりは出鱈目だ。
 なので御上の行動は徒労だったりする。
 とは言え、あの二人が付き合っているのではないかというのは二年生なら誰でも一度は考える事なのであながち出鱈目とも言えないが。

「しかし」

 あそこまで露骨な反応を示すとは思わなかった。
 一年もの付き合いだし、ないがしろに扱う事もないだろうに。







 五時間目が始まる直前、御上は壁に手を付き、這う這うの体で教室に帰還した。
 全身に埃やゴミが付着し、髪はぼさぼさで制服はよれよれだが、言及しないのがせめてもの情けだろう。

 “噂”は自分のでっちあげだったのだが、御上は場所も弁えず言ったのだろう。
 「俺があいつと付き合ってるとか捨てたとかふざけた噂を流しやがったな」と。
 そして、それだけで事情を察した恭華の奴は煽ったのだ。
 それはもう執拗に。
 これもまた幼馴染みの為せる業である。
193名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 23:09:12 ID:HprxyFEa
C
194 ◆Ev9yni6HFA :2008/09/05(金) 23:11:30 ID:FNS7tzWE
以上です
今回からトリップを付けましたが。>>93-94>>140-143と同一人物です

「早明浦観測会」人物紹介

部長
・不登校気味の早明浦観測会部長
・御上との仲が噂されているので女性だと思う、多分

先輩
・姓は御上で名前は不明
・部活に対しては無気力だが部室には来ている

後輩
・常に元気いっぱいな早明浦観測会新入部員
・御上から一人でも姦しいと言われたので女である
195名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 23:33:29 ID:g3mdoyi2
投下乙です。
今回は視点が変わって友人視点ですね。
だんだんと登場人物も増えていくっぽいですが、
脇キャラとかを他の人間が取り上げて別の話の主人公にしちゃうとかはアリかな?
196トリップディスクロージャ:2008/09/05(金) 23:58:54 ID:FxSWASx4
◆UfPI417KJM
#01089213

ensemble ◆rTnJeRmLss
#ちくわぶ

ストレイシープ ◆WtRerEDlHI
#tonosama

とある昼下がり  ◆Ev9yni6HFA
#hansyuki
197名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 00:02:47 ID:yiem1Oh5
こんな過疎板にまで来るのかこいつw
Beって登録面倒だよね
198名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 00:07:08 ID:JaXXTxaX
鳥がばらされてる……
他スレでも使ってるのに……
199名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 11:24:55 ID:ssxW42zw
今の段階ならわざわざ乗っ取ったるで星人みたいなのはわかないでしょうきっと
早めにトリ変更を宣言して何事もなかったかのように進行しようぜ
200名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 12:14:07 ID:YpJcGVwc
>>195
キャラを使う事自体は問題ないと思う
ただ、性格を変えたり勝手に設定を加えるのはやめた方がいい
そう意味じゃ主人公にするのは難しいかもしれない
201名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 13:58:08 ID:PhvLSSIn
>>195
個人的には嬉しいから、是非脇役を主人公とかにしてほしかったりする。

まぁ、まだネタ考えてる段階だから投下してないけどな!
202102:2008/09/06(土) 17:46:04 ID:CW0rGtU8
投下
203名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 17:47:10 ID:01lueWsU
支援
204『プリズン』:2008/09/06(土) 17:47:24 ID:CW0rGtU8
高杜市立第二小学校校則12−2
『児童はアクセサリーをつけて、登校してはならない。』


放課後、音楽室の掃除を終えた柚季は、目を丸くして絵莉の耳元を凝視した。

「わ… ピアス…」

「内緒だよ。だから学校じゃ髪上げられないの。」
絵莉は得意げに髪を下ろし耳元を隠す。

「駅前の『プリズン』で買ったんだ。穴はお姉ちゃんに開けてもらった。」
ティーンエイジャー向けの雑貨店『プリズン』は市内の小学生の間では、畏怖と憧憬の場所だ。
柚季も一度、早熟な友人達と訪れたことがあったが、地下の古着売り場から響く大音量のハードコアパンクに仰天し、早々に退散した覚えがある。
「…ほんとは彼氏がね、買ってくれたんだ。 きゃっ、言っちゃった。」
夏休みが終わって変貌を遂げた同級生は少なからず柚季のクラスにいたが、絵莉の大胆さに柚季は大きなため息をついた。
205『プリズン』:2008/09/06(土) 17:48:33 ID:CW0rGtU8
「柚季も開けてみたら?…ほら、将也といい感じなんでしょ?」

「そ、そんな事ないよっ!!」

新学期早々の事故もあり、将也はまだ短くなった柚季の髪型になんのコメントも発していない。

今日も彼氏と約束があるという絵莉が帰り、柚季が一人音楽室に佇んでいると、中庭の掃除を終えた未沙が音もなく現れた。

「帰ろう、柚季。」

落ち着いた声。
細い脚が、黒い二ーソックスのせいで余計ひょろ長く見える。

「あ、うん…」

市の南端に位置する新興住宅地『フラウ高杜』のなかにある二人の家はわりあい近い。二人は駆け抜ける下級生に追い越されながら、ゆっくりと家路につく。

「ピアス?」

訝しそうに未沙は切れ長な目を柚季に向ける。

「うん… 開けてみようかな…って。」

「最後まで真面目に通学帽被ってたあんたが?」
未沙はトンボを追いかける下級生達の黄色い通学帽を眺めながら言った。

206名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 17:48:58 ID:01lueWsU
支援
207『プリズン』:2008/09/06(土) 17:49:36 ID:CW0rGtU8
「附属中もピアス禁止だよ? 面接でバレたら…」

柚季の友達は全員高杜高校附属中を志望していた。来年に迫った中学受験は彼らにとって人生初めての試練だ。

「…最初に通学帽、被ってこなくなったの、未沙だったよね…」

柚季がポツリと言う。

「黄色は似合わないから。」

はっきりとそう主張できる未沙に比べ、にこやかな童顔で体の小さい柚季は六年生になっても通学帽がよく似合ったのは事実だった。

「…創発市まで電車に乗って遊びに行くのも、私が一番遅かった。だから、勇気だして…」

「そういうのは勇気じゃないと思うけど…」

柚季の言葉を遮った未沙は、間をあけて続けた。
「…開けたげようか?
ピアスの穴。」


208名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 17:50:01 ID:YpJcGVwc
支援
209名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 17:50:10 ID:01lueWsU
支援
210『プリズン』:2008/09/06(土) 17:50:55 ID:CW0rGtU8
「え!!」

驚いて、柚季は未沙を見上げた。」

「お姉ちゃんの得体の知れない友達が、しょっちゅう家でやってたからね。家にアルコールあるからすぐにできるよ。」

柚季の心臓がバクバクと鳴る。どうしよう。いつも踏み出せない一歩…

「開ける!!」

柚季は決然と再び未沙を見上げた。

「…オッケー。じゃ、このまま私の家いこ。」

すたすたと歩き続ける未沙の後を、柚季は短い髪が耳朶を隠せるか、手をやって調べながらあわてて追ってゆく。


「でやああああ!!」

『フラウ高杜』の外れ、分譲中の看板の立つ空き地から、聞き覚えのある声が響いた。

二人が立ち止まると、乱れ舞うトンボの群れのなか、ダイセーのレジ袋を持った将也がトンボと同じく乱れ舞っていた。

汗だくで跳ねている将也の持った袋には、かなりの数のトンボが入っている。


211『プリズン』:2008/09/06(土) 17:52:16 ID:CW0rGtU8
「…なに、やってんの…」
柚季が怪訝そうに声をかけると、これまた汗だくの了が現れた。

「『四時までにトンボを百匹捕まえなければ伊丹書店のブサイクな方の店員に抱きつかなければならない大会』だ。お前らもやるか?」

「バカ!! 『五十匹』だろ!!」

ゼエゼエと将也が訂正する。

入学式で小さな四人が出逢って以来、将也と了の名誉を賭けた『大会』は、六年生になっても延々と続いていた。

「…行こ。」

柚季と未沙が立ち去ろうとすると、将也があわてて二人の前に立ちはだかった。

「待てまて!! 久しぶりに四人で、ダイセーへアイス食いに行かないか?」
女子二人を巻き込んで、今回の『大会』の勝敗をうやむやにしようとする将也の企みは明らかだ。
「テメー!! 前回の『セミ百匹とらなきゃ池田ん家のジョンに土下座する大会』の時も…」

騒ぎ続ける了と将也に、柚季がおずおずと、小さな声で尋ねた。

「…あの…ね、私、ピアス付けたら、似合わないかな…」


212名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 17:53:14 ID:01lueWsU
支援
213名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 17:53:23 ID:YpJcGVwc
支援
214『プリズン』:2008/09/06(土) 17:54:14 ID:CW0rGtU8
一瞬の静寂の後、将也の大声が分譲地に響いた。
「駄目だ駄目だ!! ピアスったら、その、耳輪だろ!! 絶対却下だ!!」

未沙がニヤニヤと言う。
「…あんた『耳輪』って… それに、なんであんたが反対すんの?」

将也の思わぬ態度に、柚季は戸惑いながらも口を開いた。

「…将也は、ピアスしてない私のほうが、…いいと思う?」

「当たり前だ!! そんな、小学生の癖に、イヤリングなんかしてる女は、その、全然駄目だ!!」

「イヤリング!!」
了と未沙が声を揃える。
「オメー、『イヤリング』はないだろ。 ま、ノートのこと、『帳面』だもんなぁ、将也は。」

「帳面は帳面だろうがぁ!!」

再び罵りあう二人を尻目に、未沙が柚季を振り返える。

「で、どうすんの?」

「…やっぱり、やめとく。ほんとは、普段どうやって隠すか、そればっかり考えてたし…痛いのも、怖い。」

「よおし、偉いぞ、くりくり頭!! 今日は口紅もつけてないしな。」

将也は上機嫌に微笑んだ。

215『プリズン』:2008/09/06(土) 17:56:00 ID:CW0rGtU8
柚季は驚きを笑顔で隠した。

新学期から毎日薄い色付きのリップをつけていたのだが、誰も気付かないので今朝から塗るのをやめていたのだ。

『…気付いてたんだ…』
柚季の頬が赤らむのに構わず、再び将也は了とのじゃれ合いに戻る。

彼らの『大会』はまだ当分、終わりそうになかった。



END
216名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 17:56:27 ID:01lueWsU
支援
217102:2008/09/06(土) 17:57:27 ID:CW0rGtU8
投下終了
218名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 17:58:55 ID:QgGelbzn
帳面ワラタ。
投下乙。
219名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 17:59:09 ID:01lueWsU
投下乙!
最近の女子小学生ってやつは…
220名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 18:00:27 ID:gRmHy3ui
ほんわかして良いね良いねー
こんな感じの話大好きだ
221名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 19:35:48 ID:ssxW42zw
高杜市立第二小学校ってことは、高杜市には小学校が最低3つはあるってことになるのかな?
高杜学園の初等部も合わせると。
222名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 19:47:07 ID:YpJcGVwc
それでいいんじゃないかな
複数あって困る事もないし
223名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 19:53:37 ID:8drSNkop
矛盾さえでなけりゃなんでもいいんじゃね?
224102:2008/09/06(土) 19:59:29 ID:CW0rGtU8
初等部は恐らく制服があり、ちょっと柚季達に合わないかな、というのと、学園の雰囲気の描写に恐れをなしました。『第二』は語呂です。すいません。


あと、どなたかに、モールにある新しい大きな映画館の設定お願いしたいのですが、こういう依頼は有りでしょうか?

経営会社のパンフのような、自慢たっぷりの紹介文希望です。
225名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 20:44:53 ID:tTPH7tYJ
映画館か……
近くにないから書けないな

そういえば、皆はどんなネタを暖めてる?
226名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 21:13:09 ID:JaXXTxaX
>>225
喫茶店とか、祭りの御神楽とかかなぁ。
227名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 21:28:11 ID:nRvuePnf
>>224
即効で作ってみたけど、息抜き程度だから駄目なら没っておk

50席をも誇る客席数を完全確保!自由席制だから好きな席を選べる!
堂々と背中と足を伸ばせる極上のリクライニングチェアーと、無料で借りられる温かな毛布!
そして、都内でも有数の音響効果と迫力の巨大モニター!
どんな方でも必ず楽しめる! 高杜モールプレゼンツ!
シネマ・パラダイム、今月オープン!

ちなみに、お車で来られた方は、駐車券提示で10%オフ。今月中なのでお早めに
228名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 21:33:42 ID:YpJcGVwc
>>225
短編メインで色々な場所を舞台に書こうかなと思ってる
○○荘とかついてるアパートの住人によるほのぼの話とか中年親父の集まる居酒屋の話とかロー・ファンタジーもいいかな
後半になるにつれてスレタイからズレてるけどw
229名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 21:34:18 ID:CW0rGtU8
>>227
サンクス!! 完全に使わせて貰いますぜ!!
230名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 22:45:40 ID:JaXXTxaX
>>227
ちょい突っ込み。50席は少な過ぎだからせめて200席ぐらいにした方が良いと思うよ。
231名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 22:47:55 ID:nRvuePnf
>>230
そうだなw自分でも50席じゃミニシアターより少ないと思ったw
>>229、スマン
232名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 22:54:49 ID:nG+ONvYC
>>227
俺も要らん突っ込みw
>50席をも誇る
→50席にものぼる
→50席を誇る
とかじゃないすかね?横槍スマソ
233名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 22:57:44 ID:ssxW42zw
高杜市って都内の設定なのか!?
234名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 23:01:58 ID:nRvuePnf
>>232-233
まぁ・・・そのなんだ、誤字もアレだし
都内有数の→都内有数の映画館でも採用されている
って感じで書きたかったんだって言ってももう遅いし

・・・なんかもう色々ごめんなさいоrz
235102:2008/09/06(土) 23:31:11 ID:CW0rGtU8
>>234
大丈夫!! とにかくバッチリだっ!!
236ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/06(土) 23:41:24 ID:JaXXTxaX
#3

「ちょっとびっくりだよね。由良ちゃんと遠矢君が付き合うだなんて」
「いきなりってのが、いかにもって感じだけどね」
「まあね。それでも少しは悩んだんだよ」
 小柄というよりは幼児体型に近い少女――江藤陸海と葉菜子、そして話題の主の由良は喫茶店『マクガフィン』に寄り道をしていた。
 マクガフィンは高杜駅前の高杜モールの一角にあり、美味しい紅茶と泥水みたいなコーヒーを飲ませてくれる店として有名だ。
 スウィーツもなかなか凝っていて、自家製のパウンドケーキとスコーンは高杜学園の生徒にも人気である。
 店内はやや暗めで落ち着いた大人びたムードがあり、三人は窓辺の席に陣取って、ゆっくりと時が流れる雰囲気を楽しんでいる。
 注文したものは陸海がロシアンティーとドライフルーツたっぷりのパウンドケーキで葉菜子はミルクティーとスコーン。
 由良は拘りがあるのか、コーヒーとフィッシュ&チップスだ。
「アンタねえ、そういう食べ方やめない?」
 素手で魚のフライを食べる由良を見かねて葉菜子が口を挟む。が、由良は気にせずに油で指を汚しながら食べる手を止めない。
「しょうがないでしょ。フィッシュ&チップスは上品に食べるものじゃないんだから」
 でもさ、と反論する葉菜子に由良は声を被せる。
「だいたいさ、フィッシュ&チップスを食べるのに作法なんてないんだよ。堅苦しいのはこの味に相応しくないし」
 そう言い切ると由良は一息にコーヒーを飲み干した。
「……でも、遠矢君が見たらどう思うかな」
 由良の様子を伺いながら、陸海は小さい声で問いかける。
 しかし、問われた由良が答える前に葉菜子は溜め息を吐きながら横槍をいれた。
「どうにも思わないわよ。遠矢ってあまりそう言うの気にする人じゃないし」
「気にする人なら付き合わないよ。遠矢は一緒にいても変に気負わないから付き合うんだし。……アイツって空気みたいなんだよね」
 反論しようとする二人を由良は手で制して言葉を続ける。
「遠矢と一緒にいると私は気を使わないでいられる。私にとってかけがえのない空気なんだよね、遠矢は」
「ごちそうさま」
「で、そのかけがえのない空気様は今はどちらへ?」
 由良は退屈そうに窓の外を見る。外には下校途中の小学生の姿も見える。

「ヤスと先輩にに連行されたよ」
「げっ。あんのバカ……」
237ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/06(土) 23:43:34 ID:JaXXTxaX
「ごめんね、由良ちゃん」
「ま、別に良いけどね。遠矢には釘を刺してあるから変な事は言わないだろうし」
 ウエイトレスが空き皿を片付けに来ると、由良は沈黙して少し間を置く。そして、ウエイトレスが去るとおもむろに口を開いた。
「今日は気分が良いから私が払っとく」
 伝票を取ると、由良はそのまま会計をすまして店を飛び出した。
 今なら間だ間に合う。さっき見た小学生に混じっていた学生服は遠矢だ。
 一緒に帰ったってバチはあたる筈はない。
 女同士の友情よりも好きな人と過ごす時間を優先したい気持ちは彼女だけのものではない。
 由良は見慣れた小さい背中を求めて走り出した。

――To be continued on the next time.
238ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/06(土) 23:45:18 ID:JaXXTxaX
投下終了。
やっと主要キャラクターを全員だせた…

ああ、トリバレしてたのでトリップ変えました
239名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 23:52:12 ID:nG+ONvYC
泥水みたいな珈琲www
240名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 00:01:30 ID:nkTUiGEV
乙です!!
由良、かっこいい…。
241名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 00:49:58 ID:0dKAl97k
遅れましたー。団子と〜の2話、投下しまーす
242団子と嘘と子キツネ ◆v8ylbfYcWg :2008/09/07(日) 00:51:17 ID:0dKAl97k
2話

意外な人物の登場に、森下はしばし言葉を忘れた。というか絶句だ。まさかこんな場所で、慧と出会うとは夢にも思わなかった
何か会話の、会話の糸口を探さねば。森下は今まで呆けていた脳細胞を必死に回しはじめ――たが
「お久しぶり、ってさっき聞こえなかった? ごめんね、驚かせちゃって」
黒髪をなびかせながら、慧は仏頂面のまま声だけ申し訳無さそうに言った。その姿はとてもラフだ

上は涼しそうな絵柄のTシャツに、下はライトブルーのジーンズ。もうすぐ30代だが、体のスタイルは全く崩れていない
と・・・・・・森下は久々に再会した妻を視線で一瞥した。慧は森下を見つめてじっと動かない
二人の間に奇妙な雰囲気が流れ、それが数十秒続いた後、森下は俯いたまま、慧に答えた
「いや、俺こそ突然尋ねてきてスマン。連絡くらい入れればよかったな」

慧は小さく首を横に振った。どこか陰りがあるのは気のせいだろうか・・・・・・恐らく
「ううん。・・・・・・でも本当に突然だね。まさか・・・・・・」
そう言うと慧はにやりと、悪戯っぽく笑みを浮かべた。その慧の表情に、森下は苦笑を浮かべた
「相変わらずだな、君は」
「あなたほどでも」

境内を出て、階段を下りながら森下は慧の近況報告を聞いた。電話や手紙で幾度か連絡しあったが、直で聞くのは本当に久しぶりだ
確か――いかん、思い出せない。森下は自分の記憶力の無さが憎い
慧は淡々と、先ほどの笑みを浮かべて、時折森下が自分の話を聞いているかを確認しながら近況報告をした
誠二が学校の交通安全週間の絵画大会で金賞を取った事、高杜駅のモールで映画館がオープンした事、住宅街に有名なカフェが移転した――
と、ふと森下は慧の話をさえぎった。慧が不思議そうな表情を浮かべた

「詳しい近況を教えてくれて有難う。それで……君は高見神社で何をしてたのかな?」
んーと、慧は人差し指を唇に当てて、考えるそぶりを見せる。その仕草に森下は妙に懐かしい気分を感じた
「別になーんも。ちょっと涼みに来たのだよ。今日はバイトも無いしね」

「……バイト? それは聞いてないな」
森下がすこし眉を潜める。電話や手紙でバイトの話は聞いた事が無い。ここは聞いておくべきだろう
「それで、どんなバイトをしているんだい? スーパーとかか?」
243団子と嘘と子キツネ ◆v8ylbfYcWg :2008/09/07(日) 00:53:07 ID:0dKAl97k
丁度二人が階段を降り終えた瞬間、ふわりと慧が振り返った。爽やかなリンスの匂いが森下の嗅覚をよぎる
「秘密。いつか教えてあげるよ、いつかね」
人差し指に唇を当てたまま、慧はそう答えた。その慧の表情に、思わず森下は呆れて良いやら苦笑して良いやら迷った
けれど――けれどその反面、慧の様子が変わっていない事に安心した。この人を食ったような性格に、森下は惹かれたのだ

「誠二はまだ小学校から帰ってこないから、ちょっと二人でこの辺周ろうよ。どうせ暇でしょ?」
住宅街に向かう街路樹を歩きながら、前方を歩く慧が、森下の方にちらりと顔を向けて聞いた
そうだなぁと腕を組み、森下は考える。二人でゆったり話せる場所――と考えても、自分では思い浮かばない
と言うか、1年前に来ただけでこの辺の地理には殆ど無知に等しい。だからどうするかと言うと

「すまないが君に一任するよ。詳しいんだろう?」
出来るだけ柔和な感じでそう聞くと、慧はくるりと右手首を回転させ、敬礼した
「了解。……でさ、その何というか、柔和な笑みって奴? 隆也君には似合わないよ、ぶっちゃけ」
慧の言葉に、森下はむっとした。途端、慧はニヤニヤする、そしてこう続けた
「そうそう、いつも真面目な顔の方が、隆也君らしいよ」

「それで何処に行くんだ? 俺としては少し小腹が空いたので……」
森下が慧に、多少不満げにそう聞いた。途方も無く歩いて既に30分ほど経っている
慧は悠々と歩いているが、森下の体力は実の所、底を尽きそうだった。足腰も軽くフラフラだ
確かこっちの方面は住宅街だったな。そんな中でも、森下は周辺の景色を眺める。数々の木々を挟んで、カラフルな住宅が軒を連ねる
その中で一際目立つ建物が、森下の視界に映った。茶色と灰色のシックな色に反して、デフォルメされた巨大なキツネのイラストが書かれている
「あ、ごめんごめん、ほら、そこだよ」

慧が立ち止まり、どこかを指差した。森下がその指の指す方へと視線を向ける
「そこが、私の言った住宅街に越してきたカフェ――リトルフォックスだよ」
「ほぉ・・・・・・」
慧が指差した先には――そのキツネのイラストが書かれた奇抜な建物が、細長い木々を挟んで蒼然としていた



キャラ紹介
森下隆也 
・173cm・31歳 
・髪型も身なりも地味な男。また、自己主張をあまりしないが、言うべき時には言うタイプ
・慧とは結婚して5年目。慧の性格には時折困惑するものの上手くサポート出来る為、険悪な仲になった事は無い

森下慧
・166cm・29歳
・黒髪ロング(仕事時にはポニーテール)で、ラフな服装を好む
・飄々としていて、尚且つ発言や行動がどことなく読めない不思議な性格。だが不思議な事に隆也とは阿吽の関係

森下誠二
・154cm・9歳
・高森学園初等部に通う小学4年生。特異科目は美術・苦手な科目は国語
・隆也と同じくどことなく地味な少年。友達間では無口と言われているが、自己主張が苦手なだけである

高杜学園初等部の設定を使わせていただきました。なるたけ矛盾が出ないようにしますね
また、新キャラが出るたびに、紹介させていただきます
244 ◆v8ylbfYcWg :2008/09/07(日) 00:56:34 ID:0dKAl97k
ってごめんなさいоrz
結婚して5年目じゃ誠二の歳に矛盾が出ますね
結婚して10年めに修正しておきます
245名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 01:58:09 ID:nkTUiGEV
>>244
乙です!!
246名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 07:05:28 ID:nkTUiGEV
投下
247『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/07(日) 07:06:42 ID:nkTUiGEV
「どーだ すげぇだろ!!五百席を誇る自由席、脚も伸ばせるぞ!! 豪華リクライニング…」

チケットを求め並ぶ人の列のなか、将也は得意げに柚季達に『シネマ・パラダイム』の解説を続けた。

「…静かにしないと、迷惑だよ。」

後ろの柚季が注意する。しかし、将也が浮かれるのも無理もない、素晴らしく立派な映画館だった。
いままでは、私鉄駅前の狭い『トリオ座』か、電車賃を使って創発まで出なければ観ることができなかったロードショーが、配給会社を問わずいつでも観られるのは、近郊の住民にとってはまさに夢の大型シネコンだ。

そして、彼らのはしゃぎっぷりにはまだ幾つかの理由がある。

まず上映作、『リベット』。
少年誌に連載されている、将也達が夢中のスチームパンク活劇、待望の実写映画化作品だ

「ジョン・スミス役がアンドリュー・カーだろ!? それから、テツヤの役が…」

将也に負けじとまくし立てる了に、柚季と未沙が声を合わせて叫ぶ。

「J→Dの純クン!!」

ローティーンに絶大な人気のアイドルグループの一員だ。

248『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/07(日) 07:08:07 ID:nkTUiGEV
これまで、四人で映画に来ることは常に口論の原因だった。
恋愛物は将也と了が退屈で騒ぎ出し、アクション物は柚季と未沙がそっぽを向く。初めて四人の嗜好が一致した作品。それが、この『リベット』だ。四人がはしゃぐのも無理はなかった。

「…でも私はパク・インスの悪役も楽しみ…」

人混みと、少年漫画が大嫌いな未沙までがそわそわと落ち付かず、忙しなく時計を見ている。

「…駐車券がありゃ、10%オフなんだが…」

ようやく順番が巡り、ぶつぶつ言いながら将也がチケットを買った。

「馬鹿。俺達徒歩だ。
ええと。ポップコーンはどこだ?」

了はせっかちにチケットを受け取ると、広く明るいロビーをキョロキョロ見渡して将也に尋ねる。
「…毛布なら借りられるぞ。 無料だ。」

「…テメー、またチラシか何か丸暗記して、知ったかぶりしてるだろ!!」

四人はあたふたとスナックを買い、上映開始のベルと共に、うきうきと柔らかいカーペットを踏んで分厚いドアをくぐった。

249『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/07(日) 07:10:03 ID:nkTUiGEV
やがて上映時間が終わり、先刻の彼らのように目を輝かせて上映を待つ観客を間を縫って、将也たち四人は肩を落とし、すごすごと『シネマ・パラダイム』を後にした。

「…あれじゃ、ジョン・スミス、ただの運転手じゃねーか!!」
「オチも酷い。コミックの三巻じゃ、落とせねぇって…」
「パク・インス、不精髭似合わない…」
「純クン、大根…」

悲しげに高杜モールを歩く四人の最後尾で、振り返りつつしょんぼりと将也が呟いた。

「『どんな方でも、必ず楽しめる』筈なんだがなぁ…」

END
250名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 07:11:30 ID:nkTUiGEV
投下終了。227GJです!!
今回から鳥つけます。
あと、これまでの作品タイトルは、適当すぎてアレなので、今後『杜を駆けて』(連作短篇集)に改題したいと思います。
251『美少女X』(1/2):2008/09/07(日) 11:42:48 ID:us8tJCnr
 静けさが耳に付く朝のバス停。
 歩道に人通りは無く、バス停に設置された標識のポールが寂しげに立っている。
 季節は夏に差し掛かっていた。
 朝方にも関わらず、粘りつく様な湿度から汗が滲む。
 たまに通る車の勢いで、生暖かい風が身体に絡みついていった。
 標識の右隣程に立ってバスを待ちながら、ぼんやりと空を見上げる。
 さっきまで小雨が降っていた空は、綿を広げた様な雲で一杯だった。

 ――タッタッタッタッタッタッ。

 不意に、誰かがこちらへ駆けて来る靴音がした。
 音のした方へ振り向くと、ローファーを履いた女子高生が立っている。
 軽く息を整えているのか、白いブラウスがそれに合わせてゆっくり揺れていた。
 片手でバッグを持つその左腕は華奢ながらもしっかりとしており、膝上のスカートからすらりと伸びた脚には、紺色のハイソックスがよく似合っている。
 彼女は右足のつま先を立てると、地面をコンコン、と蹴った。
 そしてバッグを逆の手に持ち替えながら、スッと右手側に並んで来る。
 その勢いでスカートが翻ったと同時に、何とも言えない甘い様な淡い匂いが漂った。
 匂いを追った先には、腰まで届く程の滑らかな髪が流れている。
 それに加えて透き通る様な白い肌と、揺らめく漆黒の瞳。
 彼女の強い存在感は感覚に訴えて来るぐらい活き活きとしていて、まるで周りから切り離された様に浮いている。
 視線を落として胸を見ると、ブラジャーが透けていた。先程まで降っていた小雨のせいか。
 その視線に気づいた彼女は、顔をこちらに向けると、綺麗に整った眉をひそめた。しっとりとした唇が力強く動く。
「どこ見てんだクソガキ」
 その冷たく澄んだ声が耳に入ると、おれの頭の中でドスを利かせて反響しながら暴れまくった。

252『美少女X』(2/2):2008/09/07(日) 11:45:38 ID:us8tJCnr

 いつの間にか到着したバスから、地味なシャツとジーンズを履いた男が降りて来た。
 入れ替わりに彼女がバスに乗ろうとすると、
「おはようー」とバスの中から可愛らしい声がした。
「あ、由美ちゃんおはようー」
 すかさずそう返した彼女と由美ちゃんは、どうやら知り合いの様だ。
先程のクールな啖呵が嘘の様に談笑している。
「よう了、何してんだ」
 背後から聞こえた素っ頓狂な声の主は、後から来た将也だった。
「恐ろしいものを見た」
「そうか」
 将也はまるで興味が無いという風にあくびをしながら軽く答えてくれた。
おまけに片手で早く乗れよ、という風に催促して来る。
 バスに乗り込み将也と二人で前の方の座席に座ったが、後ろの方では相変わらず二人の談笑が続いていた。
 横で寝ている将也を後目に、おれはポケットから取り出した携帯でこっそり彼女を撮影したが、
それを将也に見せてやる気は毛頭無かった。
253名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 12:05:26 ID:us8tJCnr
初投稿です。恐縮です。(1/2)の改行失敗しました。
>>73さん>>120さん>>126さん>>171さんを参考にさせてもらいました。


登場人物

美少女X…正体不明。>>192さんの九条さんを使わせてもらおうかと思いましたが、
メインに絡みそうなので設定いじったらあれかなと思い曖昧に。
観察者…>>186さんの了くんを使わせてもらいました。
観察者の友人…同じく>>186さんの将也くんを使わせてもらいました。
Xの友人…由美という名前以外全く設定考えてないです。
Xと同じく煮るなり焼くなり好きに使って下さい。
地味な男…>>126さんの森下さんを使わせてもらいました。
254高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2008/09/07(日) 18:15:01 ID:OPadNLOZ
乙です。

今度は拙著のキャラも使ってくださいよ
というわけで続きいきます。
255高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2008/09/07(日) 18:16:33 ID:OPadNLOZ
1‐3
「さあ、あらいざらい話してもらうわよ。隠したって何もいいことは無いんだからね」

 容疑者に自白を迫ってるわけではない。これが雨宮さんの取材スタイルなのだ。
「いやぁ……特に学校新聞のネタになりそうな話なんて、なあ」
「学校の中でも外でもそう物騒な事件なんて無いよ」
「この町は治安の良いのが唯一誇れる所だ。はっはっは」
 きょうも たかもりしは へいわでした まる

「あーもう。やってらんないわっ。なんなのよ、この町はっ」
「住みやすくて良い町じゃ無いですか。何をカリカリしてるんですか雨宮さん」
「無差別怪奇殺人とか、連続失踪事件とか、地球外生命体の秘密基地とか、そういう
ドキドキワクワクするような事件や発見は転がってないのかしら」
「……文芸部にでも行ったほうが良いんじゃ無いですか?」

「わかった。文芸部ね」
「え?」
 行くわよメガネ、と勢いよく学校のほうに戻っていく雨宮さん。その元気は
どこから来るんだろうと思わず感心してしまう。いやマジで。
 俺って昔から体が弱くてあまり外へ出ずに家で遊んでたから、こんだけ外で
歩き回っただけで息が上がってしまうのだ。
「あ、雨宮さ〜ん。待ってくださいよ〜」
 いつの間にか雨宮さんはあんなに遠くへ行っている。俺はあわてて追いかけた。

 ここは文芸部の部室――部の活動として2ヶ月に一冊のペースで小説誌を発行して
いる。タイトルはたしか「斜陽」。バックナンバーは図書館に行けば読めるようだ。
最近は「SYA‐YO」ってアルファベットのタイトルに変更され表紙にも可愛い
女の子の絵が描かれたりして、純文学からSFにファンタジー、ホラーにミステリー、
伝奇、ラブコメまでなんでもござれと言った内容である。

「部長の三島由紀恵です。今日はどういった用件で?」
 ……雨宮さん? そこで何故黙るんですか?
 え? 俺が文芸部って言ったから来ただけだ、って俺に話を振られても困るんですが。
「おお。新聞部の皆さん。本日は……雷堂寺さんは一緒ではないようですな」
 2年生の西京極秋彦先輩だ。和服(制服は?)に黒手袋というその独特な風貌は
1年生の俺でも噂に聞いたことがある。
 この部室に一度取材で訪れているロリ巨乳先輩、じゃなかった、雷堂寺先輩は今、新聞部
の部室でブログ用の記事を書いているはずだ。
「あ、こないだの妖怪の話。アレなかなか反響があったわよ。先輩。」
「ふむ。かのような話でよろしければいくらでも……いっそのこと新聞部専属で執筆しても
構いませんが……」

「西京極君。文芸部を裏切るつもりですか?」
 部長の三島先輩がギッと睨んでいる。自分が睨まれてるわけでも無いのに変な汗が流れた。
せっかくの美人が台無しです……
256高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2008/09/07(日) 18:22:03 ID:OPadNLOZ
1‐4
 西京極先輩から聞いた「最新の怪談話」を元に記事を作成する事になった。さすがに
見出しは「高杜市春の俳句コンクール」で3年の奥野細道先輩が金賞を受賞したニュース
という無難なものになった……雨宮さんは不満みたいだけど。

「夜の学校ってなんかワクワクテカテカするわよねっ。……え?しなくてもしなさいよっ」
「ほ、本当に幽霊なんて、で、出るんでしょうか……わ、私、に、苦手なんですよね……」
 というわけで俺は何の因果か雨宮さんと雷堂寺先輩を両手に従えて深夜2時の学校を探索する
ことになった。こ、このシチュエーションはっ……一歩間違えたら修羅場ルート一直線になりか
ねないっ……落ち着け蔵人。そうだ、落ち着くんだ。まだフラグのフの字も立っちゃいない。
「何やってんのっ、メガネ。 置いてくわよ」
「あ、待ってくださいよ雨宮さん」
 このパターンは三年間続くんだろうか。先が思いやられる。

 西京極先輩が言うには、深夜のプールに出るらしいんですよ。アレが。水着姿の女子高生の
幽霊が。随分マニアックな設定だな。スク水じゃなくて競泳水着なのが俺的にはいまいちそそられ
ないところだがそんな事はどうでもいいか。
「み、見たところ……な、何もなさそうですけど……」
 雷堂寺先輩は幽霊が苦手なようだ。ふるふる震えてる姿がかわいすぎます。
「おいこらーっ。取材してやるから姿を見せなさいっ。いるんでしょっ」
 この人には怖いものとか無いんだろうか。無いんだろうな。うん。
「ほらっ。メガネも何か声かけてみなさいよっ。誘ってみるとか」
「え……? そんな事して霊に憑かれたらどうするんですかっ」
「そんな美味しい状況になったら褒めて上げるわっ。格好の取材対象になるじゃないっ。そうね、
是非憑かれて頂戴。ね、他に役に立たないんだからそれくらいしてもいいんじゃない?」
 ん? 今何気に酷い事言われたような気がするんだけど空耳かな?

 一向に幽霊の出る気配が無い。別に幽霊の存在を信じてたわけでもないけど何の収穫も無く
取材を切り上げて帰るなんて雨宮さんに耐えられるわけが無い。だからってあんな事しなく
ても良いのに……。
「ぎゅっ」ぎゅっ? レモンを絞った音ではない。そもそもレモンなんて持ってきていない。
「ああああああ雨宮さん!? なななななな何してはるんですか?」
 雨宮さんが俺の右腕を取り胸に押し当てて……るつもりなんだと思う。感触は無いんだけど。
さらに体を寄り添わせきた。こここここここれって……
「メガネくぅーん。つばき、こわいの〜。おねがいだから、ずっとはなれないで〜」
 ああ。そういうことか。俺は一瞬で理解した。

 おかしな霊に憑かれちゃったんだね雨宮さん。あんな事言うから……

 その時……誰もいないはずのプールの水面が音も無くゆらいだ……気がした。
257高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2008/09/07(日) 18:33:32 ID:OPadNLOZ
投下終了っす。

じゃあ私も一応キャラ紹介をば。

・雨宮つばき(あまみや つばき)/♀
 高等部一年。新聞部部長。態度はでかいが胸はちいさい。
・東雲蔵人(しののめ くろうど)/♂
 高等部一年。新聞部。メガネ(ダテ)。下僕属性。
・雷堂寺光(らいどうじ ひかり)/♀
 高等部二年。新聞部。ロリ巨乳先輩。ひかるちゃんと呼ばれてるが本名は"ひかり"。

・三島由紀恵(みしま ゆきえ)/♀
 高等部三年。文芸部部長。美人だが睨むと怖い。
・西京極秋彦(にしきょうごく あきひこ)/♂
 高等部二年。文芸部。妖怪話や怪談を執筆中。
258ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/07(日) 20:30:38 ID:KgZpq8q2
皆さん投下乙です。だんだん世界観が広がってきて嬉しいですね。

スレ汚しかもしれませんが、拙作を2レスほど投下します。
259ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/07(日) 20:31:53 ID:KgZpq8q2
#4 1/2

 時計の針はまだ四時を過ぎたばかりであり、バス停にいる生徒はまばらだ。
 部活動に励む生徒、寄り道をする生徒は少なくない。
 蝉はまだ秋の終わりを告げずにいて、まだ高い太陽の光と一緒にアスファルトを溶かそうとしている。
 そんなバス停で、遠矢は苦虫を噛み潰した様な顔をしている。
 「由良、猫背になってる」
「ん、そうかな?」
 由良と付き合い始めてから遠矢には気になる事が出来た。
 凛とした真っ直ぐな姿勢だった由良の姿勢が悪くなっているのだ。
 姿勢が悪いのはみっともない、と由良が猫背になる度に背中を指でつつくのだが、なおる気配がない。
 校門からバス停までの僅かな道のりで三回。
 由良は意図的にやっているのかな、と遠矢は勘繰ってしまう。
 由良が意図的にやっているとすれば、自分の背が低いのが原因だという結論に辿り着いてしまう遠矢は、自然と気が重くなってしまうのだ。
 大きく嘆息して由良を見上げる。
 遠矢の身長は由良の肩程度。背伸びをしてもまだ由良の顔は遠い。でも、由良が猫背をすれば少しは距離が縮む。
 それは嬉しくもあるけど、やっぱり由良は背筋を伸ばしてツンとすましている方が由良らしい。
 遠矢はそんな由良が好きなのだ。
 それに、あまり気を使わせたくない。
 歩くスピードにしたってそうだ。コンパスが長い由良よりもどうしたって遠矢は遅くなる。
 なるべく速く歩いても、由良が合わせてくれているという事は遠矢にだって分かるのだ。
 身体は小さくても心だけはでっかく広く、と思ってきたが、今は自分の小ささが恨めしい。
 複雑な男心は遠矢を掴んで放さない。
「遠矢、悩み事でもあるの? 浮かない顔してる」
「え、別に……悩みなんてない」
 いくら口で誤魔化しても、察しの良い由良には自分の小さくて大きい悩み事はわかるだろう。
 そう考えると遠矢はますます小さくなっていった。
「……悩む事なんてないよ、遠矢」
 由良は遠矢の亊を見ずに言葉を繋ぐ。
「遠矢は遠矢で私は私。遠矢が届かないなら私が合わせる。私が届かないなら遠矢が合わせる。なんの問題もないよ」
 遠矢もまた、由良に視線を合わさずに言い返す。
「由良はそう言うけど、俺は猫背の由良なんて見たくない。それに、上から見られるのは良いけど、上から目線は嫌だ」
「……そっか、そうだよね」
 由良は遠矢の方に向き直ると、ポンっと遠矢の頭に手を乗せる。
260ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/07(日) 20:32:56 ID:KgZpq8q2
#4 2/2

「由良に届かなかったら背伸びだってなんだってする。だから、由良は由良のままでいてくれよ」
 遠矢は頭に乗せられた由良の手を引っ張って強引に由良の顔を近づけると頬に軽く唇を当てた。
 一瞬何をされたのか分からなかった由良は、何をされたのか気付くと手を振り払い凛とした姿勢に戻る。
「……このマセガキ」
「ふん、油断してる方が悪い」

 周囲の生徒は囃し立てようとするが、由良の冷たい視線の前に押し黙る。
「……噂になるよ」
「噂になっても良いじゃん。気にする事ないよ、だ」
 由良の口調を真似た遠矢の物言いに、由良は苦笑する。
「どうせだったら腕でも組む?」
「それじゃあ順番逆だろ」
「そうかな。遠矢は順番なんて気にする?」
「……ちょっとするかも」
「そこは、しないって言おうよ」

 他愛のない言い合いを止めるように、バスが到着した。
「乗ろうぜ」
 遠矢は由良よりも半歩前に出て、手を差し伸べる。由良は無言のままその手を握りしめた。
「遠矢、顔がちょっと赤いよ」
「……バカ」
 遠矢は火照る顔を由良に見せないようにエスコートしながら急いでバスへと乗り込んだ。

――To be continued on the next time.
261ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/07(日) 20:36:19 ID:KgZpq8q2
投下終了です。
262名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 20:47:13 ID:nkTUiGEV
>>261
GJ!!
263名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 23:18:30 ID:KgZpq8q2
制服とか体操着はどうしますか?
やっぱり女子はセーラー服とブルマ、男子は学ラン短パンみたいな感じなんでしょうか。
264名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 23:31:59 ID:nQmEeXpF
>>261
投下乙ー。
由良がなんとなく丸くなった気がするw

ブレザーが良いなと思ったりする。
体操着は、女子が短めの短パンで、男子が長めの短パン。
また一意見って事で。
265 ◆v8ylbfYcWg :2008/09/07(日) 23:34:47 ID:0dKAl97k
どもー、団子〜の三話が出来たので投下します。どうも描写が上手く…orz
それと世界観を広げるつもりで、新スポットを作ってみました
266団子と嘘と子キツネ ◆v8ylbfYcWg :2008/09/07(日) 23:47:19 ID:0dKAl97k
3話

慧に腕を引っ張られながら森下が店内に入ると、小洒落たBGMと明るい雰囲気の店内が二人を迎え入れた
客らしき人物は、今の所森下と慧だけの様だ。複数並んでいる白色のテーブルとイスが、窓の日光に照らされ美しいコントラストを作り出す
正面にはカウンターがあり、茶色のビンテージ物を思わせるイスが六つ並んでいる。と、森下はふと目を細めた
そのイスの一つに、おそらくエプロンをつけた…・・・筋骨隆々としたスキンヘッドの男が座っている。黙々とこちらに背中を向け、何かしている

おしゃれな店内に反して……と言えば失礼だが、そのスキンヘッドの醸しだつ雰囲気は、具体的には表現できないが確実に浮いていた
森下はどうしようか、横にいる慧に聞こうとした、が
「おーいこんちゃん! 今日もお仕事お疲れさん!」
気づけば慧が、手を振りながらスキンヘッドへと歩いていくではないか。森下は軽く驚く。眉が上がるくらいには

慧の呼びかけに、スキンヘッドは大きな図体でゆっくりと振り返った。図体と見合う、かなりの強面だ
「……いらっしゃいませ」
腹から搾るような渋い声で、スキンヘッドがそう言ってイスから立ち上がる。どうやらコップを拭いていた様だ
かなり丁寧に拭かれていたらしく、きらりとコップのふちが光る。スキンヘッドが座っていた席に慧が座る
森下ははっとすると早足で、慧の隣に座った。スキンヘッドがカウンターの中に入り、黙々とコーヒーを焚き始める

「あれ、そういやヘレンは買い物?」
慧がカウンターの中のスキンヘッドに向かい、気さくな口調で話しかける。慧の様子に、森下は若干訝しげな表情で
「君、彼と知り合いなのかい?」
と小声で聞いた。慧は少しだけ森下の方に体を向けると、左手でバスガイドのような仕草を作り
「彼は近藤君。ここのアルバイトしてるの。近藤君の入れる珈琲とか紅茶ってすっごく美味しいんだよ」

満面の笑顔で慧はスキンヘッドの――この店のアルバイトである近藤を紹介した
近藤は森下に小さく会釈をし、森下も会釈し返す。二人のやり取りに、慧はニヤニヤし、ふと思い出した様に
「あ、そうそう、でヘレンは何時帰ってくるの?」
と言った。近藤はグラスを洗いながら、視線を慧に向けずに返答する

「多分もうすぐですよ。今向かってると思います」
「ただいまー! っと、おー慧、昨日ぶりじゃーん」
突然、入り口のドアを豪快に開ける音がして森下が振り返る。
そこには、長身で金髪のショートカットである、聡明な顔の美女がスーパーの袋を両手で持って立っていた
美女は一息つくと、袋を持ったまま店内に入ってきた。そのまま近藤がいるカウンターの中まで進み、慧と森下をちらりと一瞥する
267団子と嘘と子キツネ ◆v8ylbfYcWg :2008/09/07(日) 23:48:20 ID:0dKAl97k

「近藤、後は私がやっとくから、店の前の花壇を見てくれるかな」
美女が近藤に向かいそう言うと、近藤は無言で頷き、カウンターの中から出て行った。その際にスコップの入ったバケツと、じょうろを手に持って
非常に手際よく、美女が背後の小型冷蔵庫にスーパーで買ってきたであろう食材を収納し、戸棚に近藤の拭いていた幾つかのグラスをしまう
その様子を眺めながら、森下は慧に目線を向ける。じっと正面を見据えている慧の横顔はどことなく幼く感じる

「お待たせー。じゃ、慧はいつもので良い? それで……」
美女が森下に視線を合わせる。その表情にはどことなく悪戯っ子のようなものを感じる
森下は美女の視線に少しどぎまぎし、小さく俯いて注文した
「俺は……ブラックコーヒーを頼む」

「はいは〜い。っつってももう出来てるんだけどね。はいどーぞ」
コトンと、森下の前に湯気を立てている珈琲が置かれた。近藤が先ほど焚いたコーヒー豆の香ばしい匂いが堪らない
森下はひとまず珈琲に口を付けて一口飲んでみる。瞬間、森下の口の中を、なんとも言えない深みと旨みがあふれ出す
「・・…・旨い。その……旨い」

「でしょー? 自慢じゃないけど、うちのカフェの珈琲はこの辺のカフェでは一番旨いと思うわ」
「それ、自慢になってるよ」
慧がそう突っ込むと、美女はあ、そっかと右手を額に当ててけらけらと笑った。慧もつられた様にくすくす笑い出す
と、美女が次は森下の方に顔を向ける。森下は目が合う事に少し照れながらも、美女の顔を観察してみた
顔のパーツ一つ一つが外国人のようだ。鼻は高く、目がライトブルーというか、蒼い。案外本当に外国人なのかもしれない

「そんなに見つめられると惚れるよ? 嘘だけど」
美女がにやりとしながら、森下に言った。森下は何処となく恥ずかしくなり、慧の方に顔を背ける
慧はというと、何処吹く風と言った具合で、「いつもの」カプチーノをちょこちょこと飲んでいる

しばらく森下と慧はそれぞれの飲物を堪能した。美人は二人をちょくちょく眺めながら、洗物をしている
「ご馳走様〜。やっぱり美味しいね。ここの珈琲」
慧がティーカップの中をスプーンでなぞりながら、淡々と言った

「そう褒めてもただにはならないって。諦めな〜」
美女が洗った皿を拭きながら慧に返答すると、慧は無表情で
「まぁ、私がココしか喫茶店を知らないからなんだけどね」
と答えた。美女は慧の返答にくくっと苦笑した。森下は二人の会話を聞きながら、心がホッと安らいでいるのを感じた

ふと、森下は右腕の腕時計を覗き見た。気づけた30分近く居たようだ。慧もカウンター上部に掛けられた掛け時計を見、
「じゃ、そろそろ帰るね。この人を案内しないといけないし」
と、申し訳無さそうに美女に言った。続けて後ろのジーンズに入った財布を取り出そうとする
「良いよ、慧。俺が払っておく」
慧が財布を取り出そうとするを見て、森下はそれを制しハンドバックを漁る

「あ〜今日の所はいいよ。慧の旦那さんの初来店記念ってことで。でも次からは払ってもらうからね」
美女が両手を振りながら、笑顔でそう言った。慧と森下は顔を見合わせる。
「ホント今日は良いって。良いから恩を受けときな。あたしが親切にするなんてめったにないんだからさ」

「じゃ、恩を受けとこうかな。ご馳走様、ヘレン」
慧が微笑んでそう言うと、美女も口元をニヤリとして返す。ちょっとした癖のようだ
「すまない、おいしかったよ、とても」
森下が小さく例をすると、美女も小さく礼を返す

ふと、美女が思い出したように、指を鳴らした。二人が美女に顔を合わせる
「あ、そうそう、自己紹介を忘れてたね。あたしの名前はヘレン・フォックススター
 この「リトルフォックス」のマスター……ってとこかな」

268 ◆v8ylbfYcWg :2008/09/07(日) 23:50:41 ID:0dKAl97k
上のフォックスカフェの設定です

リトルフォックスカフェ
高杜市の南に位置する住宅街で、1年前に都内から引っ越してきて以来、店を構える奇抜な外見のカフェ
マスターのヘレンの温かな人柄と、本格的な焙煎豆を使用した珈琲や現地直輸入の紅茶の旨さにリピーターが多い
また、アルバイトの近藤君はその外見とは裏腹に穏やかな人で、様々な質問にも丁寧に答えてくれるとおば様に評判

ちなみにヘレンの機嫌が良い時には、隠しメニューが出るらしい

近藤
・名前不明
・リトルフォックスで働く男。スキンヘッドかつマッチョ
・寡黙で黙々と仕事をこなす。動植物にはとっても優しい
・仕事が非常に丁寧でかつ。そつなくこなす為、ヘレンに全面的に信用されている

ヘレン・フォックススター
・リトルフォックスのマスター
・年々不明の金髪美女。国籍はアメリカ(本人談)
・あっけらかんとしていて大雑把な性格。それゆえに裏表がなく、誰とでも仲良くなれる人懐っこい性格
・慧とは数ヶ月前に、高杜モールでちょっとした件以来、友人同士になった
・近藤とはバイト以上従業員未満の関係らしい(本人談)

今後は皆さんの物語の中で使ってもらっても構いません
ヘレンや近藤ももちろん
269名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 07:42:45 ID:1t4CZUM/
どんどん設定が増えて世界が広がっていくなー
すげー
270名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 08:32:23 ID:mQG0QGzb
子狐へレンから来てるのかな狐喫茶は
学生がちょっと寄り道したりとか使い勝手よさそうだな
271名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 19:05:06 ID:4TsSWpow
>>団子と嘘と子キツネ
投下乙です。温かい感じがして良いです。
世界観が広がっていくのは見てて楽しいですね。

まとめwikiの人も素早い更新お疲れさまです。

制服は>>264さんの仰有る様にブレザーで良いのでしょうか?
272名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 19:17:51 ID:J9/gabLk
たぶん市内にいくつも学校があるんだろうけど、
その中のメイン的存在であろう高杜学園の制服は? ってことですよね。
なんとなくブレザーが合ってる気がします。
273名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 19:52:04 ID:ctL2nOaw
自分もブレザーのイメージだったな
まあ特に理由がないなら制服って表記して曖昧にしとけばいいし
274名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 20:05:38 ID:f97VNbnP
上はセーラー服、下はスクール水着という画期的な制服が当校の―――
……おや、学園長、どうしましたこんなところってれぉば!
275名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 20:34:49 ID:1t4CZUM/
想像しちゃったじゃないか!
276名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 20:42:07 ID:S5E19XPv
>>247
特別行事とかで出そうぜww
そして夢落ち
277名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 22:18:14 ID:ctL2nOaw
>>274
誰かその設定の私立出しちゃえよw
278名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 22:28:48 ID:4TsSWpow
>>277
読みたければ自分で設定を作ろう
279名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 22:30:28 ID:J9/gabLk
その学校では、
男子もそれ相応の
変態な格好をしていなければならないな
280名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 22:35:35 ID:ctL2nOaw
上半身裸にネクタイかな
281名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 22:35:39 ID:Q7otS6FN
なるほど・・・ネクタイとTパンか・・・
282名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 22:46:43 ID:ctL2nOaw
時間かかるかもしれないが短編でチャレンジしてみるか・・・・・・
283名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 22:48:51 ID:J9/gabLk
時間をかけるほどむなしくなりそうです
284名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 22:52:32 ID:fStzOKaR
・「近未来の新しい学生をうんたら」で作られた、市の海上5km地点くらいにある島一つ使った私立学校(小〜高まで)
・いつでも泳げるように女子はセーラー+スク水、男子は海パン+学ランで活動
・制服の関係で人気が出ず。運動会の時は応援合戦を見に多数のカメ子が来る

とかいう設定が浮かんだが作品にするにはかなり掛かりそうだぜ・・・・
285名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 22:55:50 ID:S5E19XPv
>>284
一瞬、パンツじゃないから恥ずかしくないもん!が謳い文句のあのアニメが浮かんだ
……でも面白いから出したいなwただマジで出すんじゃなくて子ネタ的な扱いでw
286ストレイシープ  ◆WtRerEDlHI :2008/09/08(月) 23:02:30 ID:f97VNbnP
投下します。登場人物の簡単な紹介

・土見 ゆり子(つちみ ゆりこ)
とある目的の為、高杜学園に編入してきた。高校二年生。
やや時代遅れの感あり。

・沼田 誠司(ぬまた せいじ)
ゆり子の叔父。高杜モールの中にある骨董品屋「変態大人」の店主。
少し間が抜けている。
287ストレイシープ 1/3 ◆WtRerEDlHI :2008/09/08(月) 23:03:52 ID:f97VNbnP
「ゆり子、贄は誰でも良いという訳ではありません」
静かな和室に、母親の声が凛と響く。
私は正座でかしこまり、その言葉を受け止めていた。
「贄に必要とされるのは、肉体の強さなどではなく、精神面。外面の良さなどは些細な事です。
大切なのは、内面。わかりますね?」
「はい、お母様」
よろしい、と母親はうなずく。
「お前がこれから行く学園には、様々な人間がいます。候補もそれなりに見つかるでしょう。
ですが―――」
話を切り、まっすぐと指を一本立てる。
「一人で良いのです、まずは一人、卒業までに贄を選びここに連れて来なさい。
それすら出来ないのならば、帰ってこなくてよろしい」
それはつまり、それくらいも出来ないようならば勘当、という事なのだろう。
私は静かにその言葉を受け止め、うなずいた。
「はい、お母様」

頬にあたる日差しを感じながら私は目を覚ました。
どうやら夢をみていたらしい。
身体を起こすと、いつもの私の部屋ではないことに気づく。
……ああ、そうか。
私は高杜学園編入のために、叔父の家に間借りしているんだった。
鞄の中にある懐中時計を確認すると、時刻は七時をさそうとしていた。
階段を降りると、叔父が朝食の支度をしていた。
足音で私が起きてきたのに気づいた叔父が、私に振り向く。
「やあおはよう、もうすぐご飯できるからね」
「ありがとうございます。風呂場お借りしますね」
一礼して私は風呂場へとむかった。
寝巻きを解き、中に入って栓をひねる。
本当は風呂に入りたいのだが、居候の身ではそうもいかない。
シャワーというのは非常に便利だ。文明の機器にはおそれいる。
ぬるいというより、冷たい水を浴びながら、私は顔を洗う。
身体が目をさましていくのを感じ、私は風呂場を出た。
濡れた身体をふき、洗面器に垂らした椿油を髪に馴染ませる。
窓から入ってくる残暑の風を全身で感じながら、私は丁寧に髪を櫛で梳かした。
人からほめられた事もある自慢の黒髪だ。手入れは欠かした事は無い。
髪を一旦首の後ろで結び、長髪を腰までたらす。
鏡で調子を確かめて満足すると、私は台所へむかった。

台所では叔父がすでに一人で食事を取っていた。
あらかた平らげた叔父は、すでにカップに口をつけ一服している。
私は遅れた事を謝りながら椅子に座った。
食卓にはハムエッグとトースト、……そしてコーヒーがならんでいる。
「叔父様?」
「なんだい?」
「叔父様は、いつも朝食はトーストと……コーヒーなのですか?」
「ああごめんね、ご飯が良かったかい?でもこっちのが方がすぐ支度できるんでね」
新聞を読みながら叔父はのほほんと答えた。
ご飯やトースト、そういう類は気にしてはいない。……問題は、コーヒーだ。
何故にこういった物を人は飲みたがるのだろうか? 苦くってとても飲めた物ではない。
砂糖をいれればいいと言うかもしれないが、後から入れるなら最初から入れておけばいい、
そう思えて仕方がない。クリープを入れてかき混ぜた後などは、まるで子供が好き勝手に
絵具を混ぜたかのような稚拙さだ。
おなじ飲み物なら御茶があるというのに、なぜに泥水を選ぶのか理解に苦しむ。
ともあれ、居候の身だ。とやかくはいえない。
私は目の前の食事に手をつける。
本家跡継ぎたるとも、居候の身で食事を残す事は恥である。
全てをいただき、私は黙ってコーヒーを飲み干した。
叔父に聞こえない様にちいさく呟く。
「……やはり不味い」
288『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/08(月) 23:04:20 ID:KrpfJgF5
投下します
289ストレイシープ 2/3 ◆WtRerEDlHI :2008/09/08(月) 23:04:57 ID:f97VNbnP
朝食をすませた私は、駅から出ている「高見山」行きのバスへ乗り込んだ。
二学期が始まるまでに学園へ行かなければならない。
書類上の手続きはもう済んではいるが、やはり一度赴いた方がいいだろう。
私はバスに揺られながら道中の景色をぼんやりと眺めた。
この街は緑が多い。
田舎暮らしの私でも理解できるぐらいに、不必要に植林されている。
所々にある木洩れ日が、私の住んでいた所を思いださせていた。
ぼんやりと考え事をしていると、次々とバスに人が乗り込んでくる。
おそらく部活かなにかだろう、私と同じ制服を着た生徒が中に入ってきた。
ちらりと私の顔を一瞥するが、顔見知りではない事を知るとすぐに座席へと座る。
そして、知った顔が乗り込んでくると手を上げて迎え入れる。
まったく、私もいつかは同類となるのだろうか。
贄を確保すれば学園に用は無い。
できるだけ目立たないように心がけよう。
「次は高杜学園前」
バスに案内の声が聞こえると、誰かがベルを押した。

学園の前についた私はその大きさにまず驚いた。
小学から大学までとは聞いてはいたが、これほどまでとは。
門を抜けると大通りがあり、左右に校舎が建ち、さらに奥にも施設や木々が立ち並んでいる。
その整理された区画は、まるでいにしえの平安京のようだ。
いや、都会ではこれが普通なのかもしれない。
しかし、このままではどこにいけば良いのかわかりはしない。
とりあえず私は、門前の守衛に道を尋ねることにした。
学園長がいる棟の場所を確かめ、私はそこにむかった。
これから通う学び舎だ。挨拶はするべきだろう。
むかった先で事務員に用件を伝え、私は後についていった。

案内された先の扉を事務員がノックして開けた。
一礼して私も続き中へと入る。
簡素な一室の両脇に、本棚があるのが目に入った。
大きな窓の前に、年季の入った机が置いてある。
その机にこの場所の空気とは場違いな少女が、鎮座していた。
「高杜学園へようこそ、私がここの学園長です。これからここの生徒になられるようで、
よろしくお願いしますね」
少女は私の姿を見て微笑む。
…………学……園…長?
目の前の少女は、とてもそのようには見えなかった。
どうみても小学校高学年だ。長い髪を可愛らしいリボンで結んでいる。
そして、その身体には不釣合いのスーツを着込んでいる。
いったい、どこであつらえたというのだろう。
きっと本物の学園長は何か大事があって、目の前の少女は、娘かお孫さんなのに違いない。
私の心中を知ってか知らずか、少女は目の前の書類を目にする。
「土見 ゆり子さん、ね。通っていた学校が廃校になり転校、都会の学校を希望して
うちの学園を受験した。あらあら、大変ね」
「ええ、何しろ人がいない田舎でしたもので」
正しくは、人を寄せ付けない、だが。
「色々と環境が変わって大変だと思うけど、うちの生徒はいい子ばかりだから、すぐに
馴染めると思うわ」
「ええ、はやくここに馴染めるように頑張ります」

学園長からくる質問に模範的回答を返し、私は学長室を後にした。
これから通う高等棟の場所もわかった。
後は目立たぬよう焦らぬよう、じっくりと贄を探すだけだ。
外にでると日はすでに頭上高くあがっていた。
私は早々にバスに乗り込み、帰路につくことにした。
290ストレイシープ 3/3 ◆WtRerEDlHI :2008/09/08(月) 23:06:07 ID:f97VNbnP
ゆり子が去った学長室。
その学長室で、学園長はアイスを食べていた。
部屋には他に、数人の男が立っていた。
学園長は手に持っていたスプーンを一人の男にさしむける。
スプーンの絵には兎のイラストがプリントしてあった。
その可愛らしさとは裏腹に、学園長から発する声は静かだった。
「赤井」
「はっ」
「編入生、土見 ゆり子を監視しなさい。彼女が我が学園に危害を加えないならば良し、
もし加えようと画策しているのなら―――」
「つまり、教育的指導の下にあんな事やこんな事をしてもまったくの合法。
そういうわけですね?」
学園長は答えず、無言で備え付けの電話機のダイヤルを数回プッシュする。
瞬間、赤井と呼ばれる男の足元の床が抜け、奈落へと落とされる。
学園長は顔色を変えず、スプーンを別の男へとむけた。
「高杜学園に下品な輩は必要無い、青田」
「はっ」
「編入生、土見 ゆり子を監視しなさい。彼女が我が学園に危害を加えないならば良し、
もし加えようと画策しているのなら―――」
「はっ! 事実を確認し、縛につかせます!」
「よろしい、何かあったら至急報告する事、ではさがりなさい」
男達は直立不動のまま敬礼し、片手を高々とあげる
「我等、学園長の為に!」
すでに興味を失ったのか、学園長は三個目のアイスへ手を伸ばした。
スプーンの手を動かしながら書類に目をむける。
土見 ゆり子。
学校や場所も、実在する物だ。
「私じゃないと見逃しちゃうわね」
だてに長生きはしていない。
彼女は何かを隠している。
長年つちかってきた経験が、齟齬をはっきりと感じさせた。
「この味は……嘘をついてる味だぜ、なんてね」
一口アイスを口に入れ、学園長は窓の外を眺めた。



―――続く
291『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/08(月) 23:06:21 ID:KrpfJgF5

午後8時を過ぎると、高杜駅周辺には補導員が巡回し始める。仕方なく絵莉は、行くあてもなくモールを飛び出した。

夕闇が迫る市内に降り出した秋の雨は、途方に暮れる絵莉を冷たく濡らす。ようやくたどり着いた寂しい高架下のトンネルに座り込んだ彼女は、まだ幼い体を寒さと後悔で震わせた。

夏休みの間に彼女が積み重ねた過ち。柚季も、未沙も、同級生はみんな幼稚な子供に思えた。 しかし、背伸びし過ぎた自分も、彼女をそうさせた年上の少年達も、結局みんな同じ無責任な子供だったと、雨の音を聞きながら絵莉は思う。

『そーだよ!! あんた達が考えてること全部した!! 私の体だもん!! 自由でしょ!!』

自暴自棄な絵莉の言葉に崩れ落ちる両親。無計画な家出から、まだ四時間しか経っていない。もう、家には帰れない。


292『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/08(月) 23:08:29 ID:KrpfJgF5
『…これから、どうしよう…』

真っ暗な高架下のトンネルの中、悪夢のような孤独が絵莉を包む。


『…この街でオレの事知らねー奴ぁいねーよ。なんか困ったらいつでもオレんとこへ…』

腕のタトゥーをひけらかしながら話す『先輩』達の屯するゲームセンターが、ここからそう遠くないことを思い出し、絵莉ふらふらと立ち上ったが、しばらく躊躇して、またすぐしゃがみこんで再び膝を抱えた。

『…夢だったら、いいな… 目を覚まして、学校へ行って…』

朝の教室の喧騒。始まった運動会の練習。近付く中学受験の話…

髪から流れる雨の雫に混じって、涙が頬を伝った時、トンネルの向こう側から、高く足音が響いた。
トンネルに反響する堅い靴音。逆光でよく見えないが、どうやら女性のようだ。

『…もし親切な人で、助けてもらえたら…』

僅かな希望にすがって、次第に近づく人影を見つめる。


293『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/08(月) 23:10:06 ID:KrpfJgF5
高杜学園の制服を着た、驚くほど長身のすらりとした…女学生。
短く切った髪に意志の強そうな瞳。絵梨は一瞬、状況も忘れ彼女に見とれた。

彼女は歩調も変えず、無表情に絵莉に一瞥をくれると、すぐ怜悧な横顔を見せて絵莉の前を通り過ぎていった。

「あの…」

おずおずと小さな声をかけた絵莉は自分の行動に驚く。

しかし、この…場違いとも言える際立った個性の人物が去ったあと、再び自分を救ってくれる人がこの暗いトンネルを通ることはないという、確信めいた第六感が、絵莉の唇を動かしていた。


靴音が止み、静寂のなかで音もなくゆっくりと、女学生は小さな顔を絵莉に向けた。

『わ、私、行くところが…なくて、それで…』

絵莉のか細い声が届いたのか、彼女は未だ表情を変えぬまま、絵莉の目を真っ直ぐに見据えて、一歩だけ近づいた。

魂を見透かすように澄んだ、そして鋭い瞳に見下ろされて、絵莉は視線を自分の震える膝に落とし、審判を仰ぐように彼女の言葉を待つ。


294『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/08(月) 23:12:10 ID:KrpfJgF5
沈黙の後、耐えられず目を閉じた絵莉の耳にやっと届いた声は、不本意にも絵莉に向けられたものではなかった。

「…もしもし。霧尾の高架下に家出した子供がいます。 保護して下さい。」

絵莉は状況を悟り、携帯電話で話す彼女から逃れようとクルリと背を向けて走り出した。

「…はい。岩波 由良といいます。」

走っても遠ざからない声に思わず振り向いた時、絵莉の襟首を、力強い手ががっちりと掴む。

「離して… いや…」

「雛鳥はね…」

『岩波由良』は、その長身を曲げて絵梨に囁いた。
「雛鳥は、巣から落ちたら、大抵死ぬよ。」

喩えのとおり、ぱくぱくと惨めに抗う絵梨は雛鳥に似ていた。そして、由良は鋭利で強靭な爪を持つ鷹。

やがて絵梨は力尽き、抵抗を止めた。


295『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/08(月) 23:14:10 ID:KrpfJgF5
数分後、サイレンを鳴らさず到着したパトカーの後部座席で、絵梨は放心したように助手席の警官の質問に答えていた。

死んでしまいたかった。説諭の後、家に連れ戻されるのだろう…

絵梨を捕らえた由良と名乗る女学生が立ち去って行くのが見えた。

「ところで…」

助手席の警官が初めて振り向いた。

「…絵梨ちゃんはどこの神社の氏子かな?」

意外な質問に、絵梨は戸惑いつつ答える。

「高見…神社。」

「そうか!! それじゃ、今年の紫阿童子の神楽は絵梨ちゃん達だな。」

紫阿童子の神楽。毎年氏子を代表して、六年生が行う神事だった。絵梨は去年、上級生が演じる紫阿童子を、食い入るように見つめていた将也たち男子の眼差しを思い出した。
あの瞳の先にこそ、確かに『大人』が待っている筈だった。

そしてずっと昔、父親の肩車で見た、あの鮮やかで勇壮な舞い…。

突然絵梨は、先刻自分を捕らえた力強い手は、猛禽の鉤爪ではなく、地に落ちた雛鳥を巣に戻す、優しく暖かい手であったことに気付いた。


296『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/08(月) 23:16:57 ID:KrpfJgF5
絵梨は堪えきれずに激しく嗚咽し、とめどなく、涙を流し続けた。


…神代の昔、あやまちを犯したツバキヒメを、命がけで魔物から守った勇敢で優しい紫阿童子は、きっといつか、絵梨の前にも現れるに違いない。


END
297『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/08(月) 23:21:34 ID:KrpfJgF5
申し訳ありません!!
携帯投下の為、重なってしまいました。
投下終了です。

紫阿童子の伝承及び祭事の詳細、どなたか宜しければお願いします。


あとこれまで書いた設定整理しました。

『フラウ高杜』
高杜市南部にある、比較的新しいいわゆる新興住宅地。まだ分譲中の区画も多い。

『プリズン』
高杜モール内のファッション雑貨店。アクセサリー、ロック系アイテムが充実。B1Fは古着コーナー。

『煙突岩』
高杜湾の沖に立つ、煙突状の白っぽい岩。市内では高見山山頂より以外は視認困難。


岸谷絵莉
高杜市立第二小学校六年生。 補導歴二回。


298 ◆v8ylbfYcWg :2008/09/08(月) 23:31:43 ID:S5E19XPv
>>297
何分掛かるか分かりませんが作ってみます
物語に組み込んでみたいし
299名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 23:34:46 ID:f97VNbnP
>>297
いや、リロードしないで書き込む事はこちらもあるので、あまり気にしないでください
筆早い人は羨ましい…
300名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 23:42:32 ID:KrpfJgF5
>>299
ほんとに、すいませんでした…

298様、お願いします。
301 ◆v8ylbfYcWg :2008/09/09(火) 00:12:01 ID:LWBcmb/2
出来たけどかなり酷いから目に付くところは修正してくれ
つか伝承とか思いつかないよorz

高見神社に古くより伝わる祭事、及び神事。高杜市立第二小学校、6年生を中心に行われる
毎年、数人の男女を各クラスごとに参加希望者を募り、地元の方々の協力の下、高見神社で行われる
神事の構成は、伝承に伝わる劇と、紫阿童子役を演じた生徒と、舞を希望した生徒達による演舞の二部
椿姫役と紫阿童子役は非常に人気が高く、そのどちらかを演じた人には1年中幸運が付きまとうと、生徒たちの中で噂になるほど
地元住人には子供達と触れ合う機会もあって好感触。ちなみに学園長が子供達に混じって見学してるとかしてないとか

昔々、今の高見山にそびえる、ある宮殿に一人の我侭な姫様がいた。名は椿姫といい、家臣に対し我侭放題だったそうだ
そんなある日、椿姫は今の生活に不満を持ち、外の世界を見に行こうと宮殿を飛び出した
困った椿姫の家臣は、椿姫を捕まえようと、町の若者達を雇い、捜索に乗り出させた
その頃椿姫は、空腹から行き倒れている所を、とても貧相な家に住む少年、紫阿童子に助けてもらう

何一つ不自由なく暮らしていた椿姫にとって、価値観の違う紫阿童子との出会いは新鮮だったが、その性格からか冷たく当たってしまう
その折、椿姫は助けてくれた紫阿童子にお礼もせず、紫阿童子の家を抜け出す。そこに現れる、家臣が送り込んだ若者達
しかしその若者達は人間に化けた魔物だった。危機に陥る椿姫を助けたのは、冷たく当たっていた紫阿童子だった
見事に魔物を蹴散らした紫阿童子の果敢な姿に椿姫は、自らのわがままを反省し、これからは人に優しくなれる様に心を入れ替える事を決め、
椿姫を守り通した紫阿童子は家臣の命により、椿姫の婿として迎えられ、以降高見山は心優しき椿姫と、勇敢なる紫阿童子の二人のお陰で延々と平和だったそうだ
302名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/09(火) 00:28:19 ID:T+h2dCAz
>>301
乙です!! 附属小の生徒も参加してほしいような…
303私立紳淑学園:2008/09/09(火) 00:59:45 ID:7ePqrkxe
私立紳淑学園。
高杜市の沖合いの島にある小中高一貫の全寮制の学園である。
国家予算の一%の資産を持つとも噂される資産家が中心となって建てられたこの学園は当然ながら最新の設備を完備。
県内でもトップクラスの進学率、就職率を誇り学費も公立並みという至れり尽くせりの状況だったが不思議と年間の入学希望者数は芳しくなかった。
しかし、市内においてその事を当たり前だと納得する者はいても首をかしげる者はいなかった。


「おはよー」
「おはようございます」

朝の肌寒さを残す通学路に元気な声が飛び交う。
学園に通う生徒達だが、彼女らの服装には奇妙な点がある。
上はセーラー服だが下には何も穿いていないのだ。
尤も、下半身を晒しているという訳ではなく紺色のスクール水着を着用している。
その前を行く男子生徒は海パンに学ランである。

何も知らない人間がこの光景を見れば水泳の授業の前後かと思うだろうが、実際はそうではない。
この学園ではこの格好が校則で定められた“制服”なのだ。
そして入学希望者が少ない理由でもある。
304私立紳淑学園:2008/09/09(火) 01:02:14 ID:7ePqrkxe
当然、この学園が造られる際には風紀の乱れを理由に教育委員会や文部科学省は猛反対した。
しかし、数年に及んだ話し合いは大方の予想を裏切り、他の学校生徒に悪影響を及ぼさないよう市から離れた島に建設する事、学園外での制服としての着用を禁止する事などを条件に建設が認められる事になる。
この件に関しては裏で莫大な金が動いたとの噂もあるが真相は定かではない。


視点を再び登校途中の生徒に戻すが、彼女達には恥ずかしがる様子はない。
恐らく小等部からこの学園にいるのだろうがそれを差し引いても非現実的な光景である。
周囲を海に囲まれ外界から遮断された学園では常識すら遮断され異界となってしまうのだ。
ここでは奇っ怪な事件が頻発し、なおかつ生徒がそれを日常の風景として受け入れているという。
退屈な日々に飽き飽きし、何か刺激が欲しい人は一度訪れてはいかがだろうか。
ただ記録機器の持ち込みは厳しく制限されている事は注意されたし。
305名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/09(火) 01:04:33 ID:7ePqrkxe
以上です
>>284を参考にしてちょっと書いてみた
306名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/09(火) 11:31:23 ID:4zg6hStU
いくらなんでもカオスすぎるでしょう
ネタとしてならともかく、作品として見るとさすがに他の話とのギャップがヤバい
307名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/09(火) 15:34:33 ID:VJYAfuiI

>>301を独断で修正してみたよ


「高見神社、紫阿童子祭事」

高見神社に古くより伝わる祭事、及び神事。
紫阿童子の伝承を元に、毎年9月頃行われる。
高杜市の以前の名である「紫阿杜市」の語源が、この紫阿童子の名から来ていることから、この物語が市全体の伝承の中心にあることがわかる。


・紫阿童子の伝承
昔々、今でいう高見山にそびえ立つある城に、一人の姫様がいた。名を椿姫といい、たいそう我侭な性格で家臣を困らせたそうだ。
ある日、椿姫は城内の生活に不満を抱いて、外の世界を見に行かんと宮殿を飛び出した。
慌てて家臣たちは、姫を引き戻さねばならんとして、町の若者達を雇って捜索に出す。
椿姫は空腹によって行き倒れてしまうが、とても貧相な家の少年、紫阿童子に助けてもらう。
何一つ不自由なく暮らしていた椿姫にとって、価値観の違う紫阿童子との出会いは新鮮であり衝撃だった。
しかし、椿姫はその我儘な性格ゆえに紫阿童子に冷たく当たってしまう。
結局、助けてもらったお礼もせずに紫阿童子の家を抜けだした椿姫。そこに、家臣が送り出した若者衆が現れる。
これで冒険も終わりかと思った椿姫、しかし若者の中には人間に化けた魔物が混じっていた。椿姫は襲われてしまう。
窮地の椿姫を再び助け出したのは、姫が冷たく当たっていたはずの紫阿童子だった。
見事に魔物を蹴散らした紫阿童子の果敢な姿と、一度ならず二度までも救われたという恩義から、椿姫は自らの我儘を反省し、心を入れ替える決心をした。
椿姫を守り通した紫阿童子を、殿様は誉め、家臣は称え、ついに紫阿童子は椿姫の婿として迎えられる。
勇敢な紫阿童子と心優しくなった椿姫に見守られ、以降高見山周辺は繁栄と平和が永く続いたそうだ。


この祭事は、高杜市内の小学校の6年生を中心に、地元の人々の協力の下行われている。
祭事の構成は、伝承に伝わる劇と演舞の二部。それぞれ参加者は毎年各校各クラスごとに男女数名を募って決められる。
劇は紫阿童子の伝承をなぞるもの。演舞は魔物と紫阿童子の戦いと紫阿童子と椿姫の婚姻の儀の2つの場面を模したもの。
なかなか厳かな儀式であるので、劇や演舞の練習期間も長く取られている。特に主役の二役は劇と演舞の両方に参加するために、大変な苦労が付きまとう。
その割に、椿姫と紫阿童子の役は非常に人気が高い。どちらかを演じた人には、その年1年のあいだ幸運が訪れて離れることがないとして、児童たちの間で噂になっているそうな。
地元住人としては、高杜市の未来を担う子供達と触れ合う機会であるとして、非常に好印象。

ちなみに、毎年高杜学園の学園長がなぜか子供達の中に混じって見学しているという話があるとかないとか。

308名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/09(火) 17:08:12 ID:ffCC2vz8
皆さん投下乙です。

>>ストレイシープ
意味ありげな終わり方なので次回が楽しみ
>>『杜を駆けて』
由良カッコいい!

>>私立紳淑学園
ネタとしては面白かった
309名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/09(火) 20:08:02 ID:7ePqrkxe
>>306
まあ、自分もただのネタとして書いたし
他の作者の方々も無視してもらって結構です
310 ◆HdhN8f97gI :2008/09/09(火) 20:27:42 ID:zyCKtWkT
皆さん投下乙です。参考にさせてもらってます。

さて、結構前からROMっていたんですけど、参加したくて書いてみました。
皆さんほど上手くないので非常に心苦しいのですが、投下させて頂きますね。
311夏の残り香 ◆HdhN8f97gI :2008/09/09(火) 20:29:03 ID:zyCKtWkT
 ツクツクボウシが鳴き始めると、夏が終わるらしい。 
 人間が作った暦ももう九月で、夏と言うには遅すぎる時期に差しかかっている。
 夏休みも終わったし、もう夏だって終わる頃のはずだ。
 なのに、空から降り注ぐ日差しは未だに強く、夏の自己主張は終焉の気配を見せない。 
「くそ……」
 高杜学園高等学校の屋上で、仰向けになっている僕――米倉啓祐に向けて落ちてくる、容赦のない日差しに悪態を吐く。
 現在の時間は、二時間目の真っ最中。
 自習時間というわけではないし、屋上で寝転ぶ授業である道理など、当然ない。
 要するに、新学期早々サボタージュの真っ最中だ。
 ちなみに、一時間目だって出ていない。そもそも、学校に来たのがついさっきだ。  
 別に授業や勉強が嫌なわけじゃない。そりゃ、面倒だと思うときは少なくないけど。
 どちらかと言うと真面目な方だし、こうやってサボるのだって初めてだ。
 十七歳にしてサボり初体験をしようと思ったワケは、馬鹿みたいに単純で分かりやすい。
 クラスメイトに会いたくない子がいるのだ。正確に言えば、会うのが辛い子がいる。
 少し前までは、あの子に会いたくて会いたくて堪らなかったのに。
 
 ――そう、夏祭りの夜までは。

 あの子のことを考えるたび、胸が高鳴って眠れない夜を過ごした。
 あの子と一緒にいるときに流れる時間は、地球の自転速度が変わったんじゃないかと疑うほどに速かった。
 楽しくて、嬉しくて、幸せで、気恥ずかしくて、でもちょっとだけ、物足りなかった。
 だから、勇気を出した。
 浴衣姿のあの子が、あまりにも魅力的だったこともあったのだろう。
 汗ばんで、心臓がどくどく鳴って、顔が熱気に中てられたように熱かったのに、自然に、言えていた。
 夜空を彩る大輪の花火の下で、体を震わせるほどの大音響を受けながら。

 高校二年にして、愛の告白と言うものを、僕は初めて試みた。
 
 相手の名前は、沢口名希。
 地味で大人しいが、芯はしっかりしていてとても優しい、同じクラスの女の子。
 大好きだった。
 いや、過去形になんてしたくない。今だって、大好きだ。
 フラれたけどさ。
 ごめんなさい、って。
 申し訳なさそうにしてた。縮こまって、辛そうにして、必死で頭を下げてた。
 そんなに謝る必要なんてないのにな。
 僕が勝手に好きになって、友達のままじゃ満足できなくなって、暴走しただけなんだから。
 沢口は何も悪くないんだ。悪いのは、身の程知らずな僕だけで。
 あの日から、沢口に会ってない。
 始業式は休んだ。沢口の顔を見るのが、声を聞くのが苦しかったから。
 どうやって接すればいいか分からないし、顔を合わせているのに距離を置くのは辛い。
 そしたら、沢口からメールが来た。
 欠席した僕を、心から心配してくれる、優しいメールだった。
 嬉しかった。すごく嬉しかった。
 だけど同じくらい、切なかった。  
 沢口に心配を掛けたくなかった。
 僕が学校に行かないと、沢口はきっと自分を責める。
 だから、学校に行こうと思った。
 そう決めたのに、今朝はなかなか踏ん切りがつかなくて家から出られなかった。
 長い逡巡と葛藤の末、ようやく登校しても、教室に行く勇気が出ずに足は屋上へ向かうだけだった。
 サボりのメッカである保健室へ行かなかったのは、誰にも会いたくないからだ。
 きっと、今の僕は見るに耐えないような情けない顔をしているに違いない。
「あー、くそ……」
 米倉啓祐と言う人間が、こんなにヘタレだとは思わなかった。
 ヘタレ過ぎて泣きそうになる。
 その事実がまた格好悪く思えて、更なる自己嫌悪を生む。
312夏の残り香 ◆HdhN8f97gI :2008/09/09(火) 20:30:14 ID:zyCKtWkT
 逃げ道のない、ヘタレスパイラル。
 そんな僕を責め苛むように、太陽はぎらぎらと輝いて熱を降らせてくる。
 何処までも続いているような真っ青な空は雄大で、ちっぽけな僕を見下しているようだった。
 遠くから近くから聞こえる蝉時雨が、僕を取り囲んでいた。うるさいな。静かにしろよ。もう九月だぞ。
 何もかもが腹立たしく思える。
 全部八つ当たりだって分かってるのに、意識にも口にも、蓋が出来ない。
 僕の自尊心を糧にして成長した真っ黒な自己嫌悪は、心に収めておくには大きくなりすぎていた。
「くそ、くそ……っ」
 その欠片が、口汚く漏れ落ちる。
 それだけでは足りずに、涙となって目から流れ、鼻水となって鼻から垂れそうになる。
 これ以上惨めになりたくなかったから、なんとか抑えようと鼻を啜って目元を覆う。
 暗くなった視界に、相変わらず聞こえてくるのは蝉の声。
 このまま耳も塞いでしまおうとした、その直前に。
 
「腹痛か? さっきから随分と悶えているようだが」

 ――声が、飛んできた。
 まるで風鈴の音のように透き通った、大人びた女の声。
 その突然さに、心臓は敏感に反応して飛び出しそうになる。
 視界を塞いでいた手をどけるついでに目じりを拭い、上体を起こしあたりを見回す。
 慌ててキョロキョロする僕が見つけたのは、植林された木が作り出す木陰から出て、こちらへと歩み寄ってくる女生徒の姿だった。
 細い眉に切れ長の目、細い鼻梁と、薄めの唇。それらが絶妙のバランスで、色白の小顔の上に乗っている。
 女生徒にしては長身である彼女が、その長い足で一歩一歩を踏むたびに、漆黒の絹糸のような髪が揺れる。
 腰まで届くほどに伸ばした髪が、強い日差しを反射して、艶のある輝きを放っていた。
 同年代の女子とは思えない。学生服を着ていなければ、大学生か社会人に見える。
 可愛いというよりも、綺麗という表現が的確だろう。
 その大人びた美しさに見とれてしまっていることに気付いたのは、彼女が僕のすぐ側までやってきて足を止めたときだった。
 慌てて、僕は彼女から目をそらし地面を見る。
 好きな子がいるのに、他の女の子に見とれる自分が、嫌になる。
「大丈夫か? 私に医術の心得があれば診てやりたいが、残念ながら無知なんだ。
 保健室へ行くなら付き添うぞ? 腹痛ならトイレに行くという選択肢もあるな。
 階段を下りてすぐのところが一番近いが、そこまで行けそうか?」
 矢継ぎ早に問うてくる。女の子らしくない妙な口調が、やけに似合っていた。
「別に、体調不良じゃないんで、お気遣いなく……」
 素っ気なく返す。タメ口にならなかったのは、大人っぽい見た目のせいだろう。
 僕は再び、その場に寝転がる。そのときにちらりと見えた彼女の顔には、心配の色が浮かんでいた。
「本当に、大丈夫か?」
「大丈夫ですってば」
 返答は短く、簡潔に。告げた声には苛立ちが籠もってしまったが、謝罪する気にはなれなかった。
 目を閉ざし、寝返りを打って彼女に後頭部を向ける。耳に触れる地面の感触が、不愉快だった。
「……それならいいんだが、こんな直射日光が当たるところで寝転がっていると体を壊すぞ?
 日光浴をするにはまだ暑すぎる」
 話しかけてくる女生徒に、僕は答えない。ただ、いいから放っておいて欲しいと、背中で訴える。
 だけど、その願いは伝わらなかったらしい。
 汗まみれになった僕の背に、手が触れる感触が伝わってきた。
「ほら、汗だってこんなにかいてるじゃないか。一緒に木陰へ行こう?」
 ああもう、うるさいな。空気読めよ。誰にも会いたくないから屋上に来たのに、なんで人がいるんだ。
 僕は、黙りこくって無視を決め込むことにした。
 そのうち根負けして、木陰に戻るなり屋上から出て行くなりするだろう。
 そんなことを考えていると、背中から手の感触が離れていき、遠ざかっていく足音が聞こえてきた。
 思ったより早く立ち去ってくれたみたいだ。奇妙な安堵感は、でも、長くは続かなかった。
 また、足音は近づいてきたからだ。
 すぐ近くまで来て、音は止まる。背中の向こうに感じる、人の気配。
 そっと振り返ってみて、耐え切れずに溜息を吐いてしまった。
 僕の隣で、女生徒は腰を下ろしていたからだ。ご丁寧に、鞄まで持ってきて。
 訳が分からない。いい加減にして欲しい。
「何か用ですか」
「いや、別に」
「じゃあ何ですか」
313夏の残り香 ◆HdhN8f97gI :2008/09/09(火) 20:31:52 ID:zyCKtWkT
「もう夏も終わりだろう? もうすぐこの日差しも浴びれなくなる。
 そうなる前に、浴びておくのも悪くはないと思って。でも、日焼け止めだけは塗っておかないとな」
 女生徒は鞄から日焼け止めのクリームを取り出すと、細い腕に塗り始める。完璧に居座るつもりらしい。
「そんなの、また来年になったら嫌ってほど浴びれるじゃないですか」

「うん、夏はまたやって来るね。でも、ここで浴びる日差しは今年で最後だ。私にとっては、ね」

 蝉の鳴き声に包まれて聞こえた彼女の声は、なんだかとても哀愁を帯びているようだった。
 僕は、思わず彼女の顔を見た。
 眉尻を下げて笑む彼女の顔が、儚く憂いに満ちているようだった。
 それでいて。
 抗えない終焉を前にしたかのような表情は、とんでもなく綺麗だった。
 僕に絵心があったなら、すぐにでも絵筆を握っていただろう。
 胸が、締め付けられた。沢口のことを思うときとは違った切なさが、胸の奥で痛みを訴える。
 
「この広い屋上を独占するために授業をサボったんだが――」
 そこで言葉を切ると、僕へと微笑みかけてきた。
 たおやかな笑みはひたすらに無邪気で、優しくて、穏やかで。
 目が、離せなくなる。
 乾燥しひび割れたた心に、温かい湯が沁み入るように。
 彼女の笑顔が、僕の苛立ちを胸に温もりを与えてくる。

「こうして、誰かと共有するのも堪らなく素晴らしいね。
 一人だと、どうしてもよくない考えをしてしまうものだから、な」

 綺麗さに目を奪われていたせいで、今まで気付かなかった。
 彼女の瞼が腫れぽったくなっていて、両目が微かに充血していたことに。
 その事実は、彼女への忌避感を、瞬時に反転させた。
 きっと彼女は、僕と同じだったんだ。
 何か辛いことが、苦しいことがあって、耐えられなくて。
 誰もいない屋上に僕よりも早く来ていて、誰にも見られないよう、一人泣いていたんだ。 
 僕が邪魔されたんじゃない。
 僕が、邪魔していたんだ。
 一人になるための彼女の空間に、土足で踏み込んでいたんだ。
 そんな傍迷惑な邪魔者である僕を、彼女は気遣ってくれた。
 それなのに僕はどうだ?
 歩み寄ってくれた彼女を迷惑に思い、無視しようとし、邪険に扱おうとした。
 八つ当たりだって分かっていたのに、そうせずにはいられなかった。 

 ――ああ、やっぱり最低だ。こんな男、フラれて当然だよな。
 
 僕は、跳ね上がるようにして起き上がって彼女の瞳を真正面から見つめる。 
 黒真珠のような瞳を見つめるのは気恥ずかしかったけど、決して目を背けないようにする。
 そんなことをしたら、本当にヘタレスパイラルから抜け出せなくなる気がした。
「あの、すみませんでした。その、僕……」
 その優しい表情から、怒っていないことくらい分かる。
 それでも僕は、自分が情けなすぎて、謝らずにはいられなかった。
 僕の内心を知ってか知らずか、彼女は、必死で謝る僕の言葉を黙って聞いてくれていた。
 想いを声にし、外に出す。
 それに合わせて、胸に詰まったしこりや心を縛っていた鎖が消えていく。
 心が軽くなり、靄が少しずつ晴れていく。
 ようやく、気付いた。僕はどうやら、自分の心すら見えなくなっていたらしい。
 みっともないところを見せたくないから、誰にも会いたくないと思いながら、本当は。
 誰かと、話をしたかったんだ。
 さすがに、初対面の相手に失恋の愚痴を告げることはできなかったけれど、話をすることで、楽になっていく。
 彼女には悪いけど、今更ながら、ここに来てよかったと、思った。
314夏の残り香 ◆HdhN8f97gI :2008/09/09(火) 20:33:19 ID:zyCKtWkT
 ◆ 
  
「そういえば、自己紹介がまだだったな」
 謝罪を終えた僕を笑って許してくれると、彼女がそう口にした。
 軽く咳払いをすると、改まって僕に向き直る。
「三年の、宮野明菜。射手座のA型で、元弓道部員だ。もう止めた身だが、時々顔を出させてもらっている。
 趣味はゲーム。テレビゲームに限らず、カードゲームやボードゲームも好きだぞ」 
 どうやら彼女――宮野先輩はゲーマーらしい。
 予想だにしなかった趣味に驚きつつも、僕は、弓を射る先輩の姿を想像する。
 長い黒髪を束ね袴を纏い、鋭い眼差しで的を狙う。
 張り詰めた弓以上に引き締まった表情から感じられる、深く強固な集中力。
 あまりにもハマり過ぎていた。カッコイイ。
 危うく妄想に浸りそうになるが、先輩に自己紹介をさせて僕がしないわけにはいかない。
「二年の米倉啓祐です。帰宅部で、『マクガフィン』って喫茶店でバイトしてます。
 趣味、って程じゃないかもしれないんですけど、結構料理とかしますね」
 無難に纏めた自己紹介を終える。すると、宮野先輩は目を輝かせて僕の顔を覗き込んできた。 
「料理が出来る男の子とは素敵だ! バイト先でも調理したりするのか?」
「いえ、ウェイター業務なんで、注文取ったり料理運んだりレジ打ったりですね」
「おや、そうか。ならば米倉くんの料理を頂くには、直接お願いしなければならないというわけだね?」
 期待の色が、宮野先輩の顔に広がる。クールな人かと思っていたが、意外と感情が表に出るタイプのようだ。
「ええ、まあ。僕に出来るものなら、何かご馳走しましょうか? あまり期待されると困りますけど」
「いいのか? だったら是非お願いしたい!」
 僕の申し出に、先輩は大きく頷いて即答する。すごく大人っぽい見た目をしているのに、その仕草はやけに子供っぽい。
 そのギャップが、可愛さを強く演出してくる。
「何かリクエストとか、あります?」
 速くなりそうな鼓動を抑えるようにして、そう尋ねるのが精一杯だった。
「米倉くんの得意料理を食べたいな。嫌いなものは特にないから、大丈夫だぞ」
「分かりました。じゃあ、明日にでも作ってきますよ。昼休みに、屋上に持ってくればいいですか?」
 さっきのお詫びとお礼も兼ねるつもりだし、早いほうがいいだろう。
「うん、構わないよ。ふふ、明日のお昼が楽しみだ」
 心底楽しみにするように、先輩の表情が満面の笑みになる。そこまで楽しみにされると、嬉しい反面恥ずかしい。
「ところで、宮野先輩」
 だから話を摩り替えることにしたが、すぐに話題が思いつかない。
「……射手座だから、弓道やってたんですか?」
 咄嗟に口にしてしまったのは、しょうもない質問だった。
「いや、違うよ」
 そんな質問にも、先輩は笑って応じてくれる。
「あるゲームに、弓を使うキャラがいてな。そのキャラに憧れたのがきっかけだ」
 楽しそうな先輩の答えも、なかなかにしょうもなくて、僕は笑ってしまった。
 残暑の下で、穏やかな雑談が交わされる。
 日差しは変わらず強くてクソ暑いし、蝉は相変わらずうるさい。
 それでも、笑うことができた。 
 まだ、沢口と顔を合わせるのは辛いけど、何を話せばいいのか分からないけど。
 チャイムが鳴ったら教室へ行こうと、思う。
315 ◆HdhN8f97gI :2008/09/09(火) 20:34:54 ID:zyCKtWkT
以上、投下終了です。
キャラ紹介も書いてみました。よろしければ使ってやってください。

米倉啓祐(よねくら けいすけ)
・高校二年、帰宅部。
・真面目で人がいい。繊細で女々しい。結構ヘタレ。
・趣味は料理で、喫茶店『マクガフィン』でウェイターのバイトをしている。
・線は細く、身長は男子生徒の平均くらい。

宮野明菜(みやの あきな)
・高校三年、元弓道部員。射手座のA型。
・クールに見えるが、感情が表に出る。割と子供っぽかったりする。寂しがり。
・趣味はゲーム。テレビゲームで徹夜もしばしば。
・黒髪長髪。女子にしては高身長。大人っぽい外見。

駄文のくせに長文ですみませんorz

>>113で出てきた夏祭りと、>>236の喫茶店を登場させてみました。
今後も投下していけたらいいなぁ…
316名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/09(火) 20:39:43 ID:ffCC2vz8
>>315
投下乙です。
ヘタレな少年とミステリアスっぽい少女のボーイミーツガールに青春を感じました。
317名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/09(火) 21:05:36 ID:T+h2dCAz
>>315
乙!
ゲーマー登場っう事で、テレビやゲームはリアルでいくか、オリジナルひねり出すかという案件。
318名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/09(火) 21:32:16 ID:PJ6KPiOx
投下乙!GJ
319ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/09(火) 21:58:14 ID:ffCC2vz8
3レス程投下します。
320ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/09(火) 21:59:57 ID:ffCC2vz8
#5 1/3

「おい、安武。なんだその顔は」
 昼休みの人の込み合う廊下で、出会い頭に挨拶も疎かにして通泰は吹き出した。
 原因は安武の右目に出来ている立派なアザである。
「昨日ハナに迫ったら殴られた」
「まさかグーでか?」
「うんにゃ。パーだけど掌底」
 その言葉がが安武の笑いのツボに入って止まらなくなる。
 安武はクックックと喉を鳴らす通泰を睨み付けるが、笑い顔で黙殺される。
「流石は葉菜子だな……良いセンスだ」
「笑い事じゃないよ、みっちゃん!」
 笑い続ける通泰は込み上げてくる笑いを飲み込む様に耐えると、呼吸を整えるように深呼吸する。
「立派な笑い事だよ。そもそも迫ったお前が悪い」
 でもさ、と反論する安武に通泰は声を被せて制する。
「デモもストもないだろ。よし、身を張って笑いを取ったお前になんか飲み物を奢ってやるよ」
 通泰がついてこい、と顎で指図すると、安武は苦虫を噛み締めた顔で返えす。
「俺はヨゴレの芸人じゃないっ!」


 学食の前の自販機コーナーに着くと、そこは廊下以上の生徒達で賑わっていた。
「そう言えば、みっちゃん弁当は?」
 安武は何一つ持たず手ぶらの通泰を見咎める。
「ああ、江藤が俺の分まで弁当を作ってきたそうだ」
「……俺とハナの仲がピンチなのに自分は愛妻弁当ってワケ?」
 安武は無駄なオーバーアクションで暑い暑いと騒ぐが、通泰はノーリアクションで返す。
「俺の事情とお前の事情は別物だ」
「へいへい」
 安武は首を竦めて溜め息を吐く。
 なんで他人のノロケを見せつけられなきゃならないんだ、と一人ごちると悪戯心が鎌首をもたげてくる。
「おい、お前は何を飲むんだ?」
「みっちゃんが買ったやつよりも高いやつ」
「たわけた亊を言うんじゃねえ」
「じぁあ、みっちゃんと同じの」
 通泰は自販機に5百円硬貨を投入すると、冷たいお茶を選び三回押す。
 そして、出てきた3本のお茶を取ると、そのままスタスタと歩いていく。
「おーい、お釣り!」
「お前にやるから取っとけ!」
 ラッキー、とお釣りを取ると安武は通泰の後をついていった。


 屋上は昼食を摂る生徒達で溢れかえっていたが、どうにか三人分のスペースがあった。
 通泰は無造作に座り込み、安武にも座る様に促した。
 暫くすると、小さい体で生徒達の間を縫うように陸海が現れる。
「おーい、ここだ!」
「久我さん、探しましたよ」
321ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/09(火) 22:00:23 ID:ffCC2vz8
2/3

 ポニーテールを揺らしながら陸海は通泰の隣にちょこんと座り、手にした弁当箱を手渡す。
「おう、悪いな」
「一人分も二人分も同じですから」
「三人分だとどう?」
 通泰は買ったお茶を陸海に手渡し、安武には無言で投げ渡す。
「えーと、三人分でもあまりかわらないけど、安武君にはハナちゃんがいるし」
「江藤、安武にはあまり構うな」
「ちょっとそれ酷くない?」
 自分の弁当を広げながら安武は口を尖らせる。
「愉快な顔の奴にはちょっと酷いくらいが丁度いい」
「久我さん、食べないんですか?」
「ああ、食べるさ」
 陸海の言葉に急かされて、通泰は弁当を広げる。
 そんな通泰を見て、安武は目を細める。
「でもさあ、由良も丸くなったけどみっちゃんも丸くなったよね」
「そうか?由良ほどはキツくないと思ってたけどな」
 いなり寿司を頬張りながら通泰は答える。
「確かに。久我さんは丸くなりましたよ」
 安武と陸海のの言葉に通泰は無言のまま食べる手を止めた。
「だってさ、去年二人が付き合い始めた時……みっちゃんは江藤の作った弁当をなげすてたじゃん」
 想定外の言葉に通泰はむせて咳き込み、陸海はお茶を差し出す。
「あれはだな、俺が減量中だったからだ!」
 渡されたお茶を飲むと、通泰は安武を睨み付けた。
 確かに通泰は陸海が作ってくれた弁当を投げ捨てた事がある。
 それは柔道部に所属していた通泰が体重別の試合前の事であり、減量をしていたために気が立っていたからだ。
 通泰にしてみれば、減量中でマトモに物を食べてない人間に対して配慮のない、許されざる行為だった。
 しかし、その後に葉菜子と由良につるし上げられて土下座して謝った事で決着の付いた過去の話だ。
「あの事はもう良いですよ。どっちもどっちでしたから」
 陸海は伏し目がちに答えて、通泰からお茶を返して貰う。
「と、とにかく、お前はとっとと食いきれ! 食いきったら俺と一緒に葉菜子に謝りに行くぞ!」
「俺はみっちゃんみたいに早飯食らいじゃないんだけど!」
 確かに安武の言う通りに、通泰は弁当を殆ど食べきっている。対する安武はまだ半分を食べた所だ。
「やかましい! 我が侭言わずに食いきれ!」
「分かったよ……行くよ! すぐ行くよ!」 
 安武は弁当をしまうと立ち上がり通泰を急かし、陸海に振り返る。
「江藤、悪いけどみっちゃん借りるぜ」
「あー、帰りに何処か寄り道しよう」
322ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/09(火) 22:02:07 ID:ffCC2vz8
3/3「うん。じゃあ、放課後……校門で待ってます」
 陸海はにっこりと微笑みながら通泰から弁当を受け取り、手を振る。
「いつまでノロケてるのさ二人とも!」
「悔しかったらノロケてみろ!」
「それじゃあノロケるコツを教えてよ!」
「そんな事は自分で考えろ!」
 安武と通泰の二人はドタバタなやり取りをしながら出入り口へと向かう。
 陸海は二人の姿が消えるまで手を振っていた。
 そして、通泰に手渡されたお茶にそっと口を付けた。
 お茶の味しかしないが、通泰との間接キス。
 陸海は顔がぽーっと顔が熱く赤くなるのにを耐えきれずに、晴れたいわし雲の広がる空を眺めていた。


「ふーん、間接キスねぇ。陸海もやるじゃん」
 頭上から振りかかる声に余韻に浸っていた陸海ははっと現実に引き戻される。
「ゆ、由良ちゃん? ……いつから?」
「『由良ほどはキツくない』って所から」 通泰の口調を真似てお道化てはいるが、由良の眼は笑っていない。
 笑ってはいるが薄ら笑いだ。
「ああ、怒ってないから大丈夫だよ。久我先輩よりも丸いからね、私は」
 陸海は由良の拗ねた子供っぽい口調が何だか可笑しくて笑いを溢した。
 由良も陸海を見て、薄ら笑いではなく本当の笑顔を見せる。
 夏も終わりのイワシ雲の空の下、二人の笑い声は飽きるまで続いていた。

――To be continued on the next time.
323ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/09(火) 22:03:47 ID:ffCC2vz8
投下終了です。
世界観が広がらないなぁ、自分。
324月刊観光玄人:2008/09/09(火) 23:13:06 ID:I7xkZDFX
特集「あの街が凄い!第○会」
―――駅前総合店?高杜モール―――


宇蘇 葉玖夫です。みなさん、夏はいかが過ごされただろうか?
避暑地などで涼を楽しまれた事と思う。
季節は夏から秋に移り変わって紅葉の時期、旅の玄人も旅行の計画を立てているだろう。
さて、今回は以前特集した高杜市「高杜モール」についてご紹介する。
読者からのご一報、編集部は大変感謝している。
この場を借りてお礼申し上げます。

九月に入ると高杜市では、高見神社で「紫阿童子祭事」を行う。
昔ながらの祭事なので、歴史に興味ある方、近くにお住まいの方は
足を運んでみてはどうだろうか。
高杜市には、色々な店があるので、祭りの準備までは退屈しないだろう。
数点ピックアップしてみたので、参考にして欲しい。

・喫茶店「マクガフィン」
店内の照明は落ち着いており、大人びたムードを漂わせている。
美味しい紅茶と自家製のメニューがあなたを迎えるだろう。
ゆったりとした雰囲気の中、甘い果物でリラックスしてみてはいかが。
店頭の看板には、本日のお薦めメニューが書いてあるので、入る前に一覧するといい。
紅茶…300円 自家製パウンドケーキ…450円

・ファッション雑貨店「プリズン」
祭りの前におめかしは欠かせない。
ティーンエイジャー御用達のアクセサリーやロック系アイテムがあり、地下は古着屋となっている。
小生には刺激の強い処ではあったが、読者の若者達は祭りの開放感の中、
いつもとは違う自分を演出するのもいいかもしれない。
値段…各種

・映画館「シネマ・パラダイム」
駅前には珍しい中型シネマ館。スクリーンは5室あり、各100席となっている。
大勢の中で祭りの喧騒を楽しんだ後は、恋人と二人で世界を見てはどうだろうか。
一般1700円 大学・高校1500円 中学生以下1000円
シニア1000円  ※23:00以降に終了する作品は18歳未満入場不可
※20:00以降はナイター割引有り

・骨董品店「変態大人」
木製の看板が時代を感じさせる。
知らない街で、掘り出し物を探してみてはいかがだろうか。
値段…財布と相談

・アミューズメント「ハイランダー」
各種電動ゲームが置いてあるゲームセンター。
ちょっとした時間つぶしにはいいだろう。
各階で置かれている筐体が別れているので注意。
定期的にイベントが開かれている模様。
1F…クレーンゲーム 2Fアクション・パズルゲーム
3F…対戦ゲーム 4F…メダルゲーム 5F…大型筐体・カードゲーム

・カフェ「リトルフォックス」
駅から離れて高杜市南部の住宅街、狐のイラストがあなたを見つめる。
マクガフィンとは対照的に、ここは明るい雰囲気で迎え入れる。
本格的な焙煎コーヒーを飲みたいのならココ。現地から輸入した紅茶もある。
店主は外国の方だが、日本語は完璧なので気後れしないように。
コーヒー…350円〜
325月刊観光玄人:2008/09/09(火) 23:15:18 ID:I7xkZDFX
書き手の皆様、投稿乙です。
まとめwikiにある各店の紹介と、ゲームセンターを追加してみました。
自分の設定とは合わないとかだったら無視してください
326名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/09(火) 23:43:18 ID:AAE4clfK
>>325
乙ー。よく出来てると思う。
変態大人に吹いてしまったw

あとwikiの更新めちゃくちゃ早いなw
更新してる人乙です。
327名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/10(水) 00:14:48 ID:E42J9woe
>>325
乙です!!
更新の方もご苦労様です!!
328名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/10(水) 01:49:56 ID:YN9QavsD
>>325
乙!
ただマクガフィンの紅茶300円はちょっと高いような気がするのぜ・・・!
Wiki内の設定集ではちょっと安い値段にして載せておいていいかい?
329名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/10(水) 01:51:12 ID:U8OYvREd
え、そんなもんじゃない?
ベローチェみたいな価格設定にするんか
330名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/10(水) 01:53:25 ID:YN9QavsD
そんなもんなんだろうか・・・
個人経営の喫茶店とかあまり入ったことないから、よくわからんのだぜ
とりあえずそのままでいいか
331名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/10(水) 01:57:57 ID:U8OYvREd
個人経営の喫茶店としては安いくらいかも。
急須的なものに紅茶カップ何杯分か入ってたりするので。
332名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/10(水) 06:57:52 ID:R5QTVeIL
自分は紅茶ってティーポットで出される物だと思っていた。

紅茶は安いけどその分泥水コーヒーは割高って感じで良いんじゃないのかな。

まとめwikiの人更新お疲れさまです。
333名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/10(水) 21:41:18 ID:LiJDH2Zd
高杜市ではコーヒーの別名は泥水なのかw
334名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/10(水) 22:17:41 ID:E42J9woe
…しかしたった十日で、格好ついてきたねぇ…

335団子と嘘と子キツネ ◆v8ylbfYcWg :2008/09/11(木) 00:17:58 ID:wciDI2rL
ども。毎回読んでくれて有難うございます
私情で今度から更新が遅れるかもorz

団子と嘘と子ぎつね。第4話
※今回から主人公の表記を森下から隆也に変更します

「ヘレン……か」
手元の「リトルフォックス」の名刺を眺めながら、人知れず隆也は呟いた。ふと、慧が小さく頬を膨らませる
無論、隆也に不埒な気は無く、今後覚えておいても損は無いと思っての独り言である。慧がその真意に気づいているかはさておき
「リトルフォックス」を出た後、二人はここからだいぶ遠いものの、高杜市の名所……と言うより高杜市でもっとも規模の大きいアウトレットモールである
高杜モールに足を進めていた。慧が隆也に高杜モール内の店を紹介したい事と、ちょっとした買い物があるらしい

「でも何買うんだ? 食料品なら近くのスーパーで……」
訝しげに隆也がそう聞くと、慧は周辺に視線を移しながら
「ちょっとね〜。ま、気にしないでよ」
と返答した。隆也は微妙に納得がいかない表情を浮かべたが、特にそれ以上追及しない事にした

しかし遠い。何故なら「リトルフォックス」がある南部住宅街から、高杜市の中心である高杜モールには車でも20分は掛かる
隆也の足腰に、またも足腰の疲れがぶり返してきた。時折立ち止まりながら慧について行く
「どうしたの? 何かえらく億劫そうだけど」
目元をニヤケながら、分かっているような口振りで慧がそう言った。隆也は慧の発言に小さくカチンッとしながらも
「……体力不足だよ。ぶっちゃけ言わせてくれ。タクシーを拾わないか? 時間の節約になるし」

隆也の申し出に、慧はふーんと鼻を鳴らすとすたすたと早歩きしだした。隆也は正に困惑とした表情で
「ちょっお前……俺の話聞いてなかったのか」
と悲痛な音色で言うと、慧は立ち止まり、顔だけを隆也に向け、元気はつらつと言った口調でこう返した
「タクシーなんて駄目だよ。一々拾うのもめんどくさいし、何よりお金がもったいないじゃない」
それから一行に隆也の方を向かずに、慧は歩き出した。慧の反応に隆也は数秒唖然としてしていたが……

「…・・・あぁ、分かったよ」
と言って未だに疲労が残る足腰を無理やり引きずり、慧についていく。隆也が慧の尻に引かれているかは本人同士しかわからない
ひぃひぃ言いながらも、隆也はなかなか歩行スピードが速い慧に微妙に追いつけない程度の距離で付いていく
悠々と歩く女性と、その女性を息吐かせながら必死で追いかける男のツーショットは、傍から見るとなんとも奇妙な光景だった
336団子と嘘と子キツネ ◆v8ylbfYcWg :2008/09/11(木) 00:21:40 ID:wciDI2rL
しばたく歩いたであろうか、隆也の目に大きくカラフルな屋根が見え、人々の活気溢れるざわめきが聞こえた
ふっと、隆也は思い出す。1年前に慧と誠二と来て以来だ、ここに来るのは。確か……何かしたような気がするが思い出せない
「おーい、隆也くーん。なにしてんのー」
慧の声が聞こえ、隆也は我に変える。慧がこっちに向かって手を振っている。何を考えていたのだろう、俺は
隆也は自分の中で沸いたもやもやをを瞬時に振り切り、慧の下へと歩いていった。正直走るにはちょっと無理がある

高杜モールに入ると、実に様々な店が二人を出迎えた。飲食店に洋服店、雑貨店に書店に床屋に……
あまり買い物に対して興味が沸かない隆也であったが、その多様さには目を奪われた。すると慧が右腕を隆也の左腕に絡ませ
「じゃ、そこの雑貨屋入ってみよっか。前から行ってみたかったし」
とにこやかな笑顔を浮かべながら、無理やり引っ張っていく。隆也は特に何も言わず、慧に引っ張られるまま身をまかした

「ほら、これなんかキレイじゃない? 隆也君はどう思う?」
慧がキラキラと光るビーズが数粒、敷き詰められたTシャツを掲げて、隆也に聞いた
「うん・・・・・・まぁ、いいんじゃないか?」
「だよねー、やっぱ隆也君はあれだね、違いが分かってるね」
こういったやり取りが毎回服装だけを変えて30分ほど続いている。服選びに夢中な慧はともかく、隆也は別にどうする事もなく適当に相槌を打つ

「プリズン」という名のその雑貨店は、若者向けの多種多様な雑貨店としてガイドブックに記載されているほどの店だ
今、慧が服を選んでいるB1Fにはアメカジだとかそうゆう所から流通されてきた古着が多い為、都内にいけない若者にも人気らしい
……と、ガイドブックを斜め読みしながら隆也は慧に連れ込まれた店について分析してみた。我ながら何と適当な事か
それから時間が経ち、慧は紙袋一杯分に服を買った。隆也は金銭の事について心配したが、慧は

「バイト代が結構入ったからね〜。だいじょーぶだいじょーぶ」
と明るい音色で答えた。隆也としてはそのバイトについて聞きたかったが、疲れが先に来たようだ
「すまない、俺、ちょっと休んでくるよ。何かあったら俺の携帯に電話掛けてくれ」
と言って慧から離れた。慧はこくりと頷くと、軽い足取りでどこかにいってしまった

「……やっぱよく分からんな、あいつ」
指定の喫煙所でタバコを一本取り出し、苦笑しながらそう呟いて、隆也は懐からライターを取り出し、火をつけようとした

「あれ、ここでどうしたの? 久々の再開デート?」
ふっと、聞き覚えのある声がして、隆也はライターを着火させずに止めた。その声の方へと顔を向ける
「へ・・・・・・ヘレンさん?」



※今回k2D6xwjBKgさんの発案した雑貨店「プリズン」を借用させてもらいました
 上手く表現できなくてすみませんorz
337名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/11(木) 00:46:29 ID:35326kLN
乙っす!! 毎回楽しみにしてます。
338早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/11(木) 08:07:58 ID:JzM54zxf
「部室にいる先輩っていつもアンニュイな顔してますよね」

 部室で明日提出の宿題をやってると唐突に後輩がそんな事を言ってきた。

「俺はいつもこんなんだと思うが?」
「えー前に見掛けた先輩はサブミッションかけられても元気にタップしてましたよ」

 見てやがったか、こいつ。
 ……まあ、ここや寮にいるとテンションが下がるのも事実か。

「部室で一人でいるとな、将来について色々な事を考えちまうんだ」

 背筋を伸ばして軽く深呼吸。

「経済は未だ低迷しているし犯罪は凶悪化と低年齢化の一途を辿ってる。
 自分達の代表たる政治家も汚職や対立政党の批判ばかり。
 朝、テレビを見ても暗くなるニュースばっかなんだよ。
 俺自身も将来の夢とかなくてな」

 こんな事を他人に話しても仕方ないと思うが、誰かに聞いてもらいたくなる事もある。
 愚痴に付き合わされて申し訳ないと後輩の方に顔を向けると、

「えーと……」

 頬に指を当て首をかしげていた。
 もしかして聞いてなかったのか? という疑念が頭に浮かぶが、すぐにそれはないと打ち消す。
 こういう事をぞんざいにする奴ではない。

 後輩は勢いよく机を叩いていつもの朗らかな笑顔を見せる。

「部活をやって嫌な事を忘れちゃいましょうよ!」

 こいつは将来への不安とかまったくなさそうだな。
 それとも、変な気を使わせたか。

「……ああ、そうだな」

 名前からしていかがわしく活動も不明瞭な部活だがこいつと一緒にいるのは割と楽しい。
 宿題は捷護にでも見せてもらえばいい。
339早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/11(木) 08:09:34 ID:JzM54zxf
「やるか、部活」
「はい! 来れない部長の為にも」

 奮い立とうとしていた気力が一瞬で萎えた。
 宿題でもやるか。

「? どうしたんですか」
「いや、なんつーか、俺の「やるか、部活」で終わらせとけば綺麗に終わったんじゃないかってな」
「はあ。そうなんですか?」
「少なくとも俺のテンションが下がる事はなかった」
「ははあ〜ん。先輩って部長が来ないから寂しいんですね? だから部長の名前が出たら・・・・・・」
「それはない」

 全身に悪寒が走る。
 何故自分の周囲の人間は誤解するのか。
 御上は頭を抱えたい気分だった。
 あいつと男女の関係になる訳ないだろ。
 もしかして自分を陥れようとする秘密結社の陰謀ではないのか?

「ついでに言うと、あいつ、学校には来てるぞ。補習があるから部室には顔出さないだろうが」

 なので明日か明後日には部活に出てくるだろう。
 つまり今から覚悟をしておく必要がある。
 その事を告げると後輩はひゃっほーい、と破顔する。

「じゃあ一週間の成果を見せましょう!」
「ん、ああ・・・・・・ああ」

 こうして、彼等の日常はゆっくりと過ぎていくのだった。
340早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/11(木) 08:11:01 ID:JzM54zxf
以上です
トリ変更しました
ちなみに、最初書いた時は本当に「やるか、部活」で終わってたり
341名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/11(木) 09:41:21 ID:s/AJwVpu
みなさんGJです
7レスほど投下させていただきます。
(1/7)

以下の文章は、
高杜学園高等部二年・早川明の談話を
新聞部員・東雲蔵人がまとめた第一稿である。

--------------------------------------------------------------

 大した話じゃなくて本当に申し訳ないのですが……。
 これは三年前、ぼくが中等部二年生の頃の話です。

 ぼくは陸上部に入っていました。短距離の選手です。
 しかし二年生の四月に交通事故で脚を骨折し、一ヶ月入院することになりまして。
 陸上に心から打ち込んでいたぼくにとっては、本当につらいことでした。入院中、鬱々
とした気持ちになったかと思えば、次の瞬間は「いや大丈夫だ、すぐに取り戻してみせる」
と明るい気持ちになり、かと思えばまた次の瞬間にはどん底に突き落とされたような気持
ちになる……、そんなふうに両極端を行ったり来たりしていました。
 退院後もしばらくは松葉杖で学校に通うことになります。もどかしくはありましたが、
着実に復帰に向かっているんだという喜びの気持ちが強くなってきて、心の状態は少しず
つ安定してきました。
 放課後が来ると、ぼくは校庭のすみの石段に座り込み、松葉杖を横に置いて、部活に励
む人たちを眺めました。目立たない場所を選んで座っていましたし、ぼくの様子が妙に切
なげに見えたのでしょう、みんな気を遣ったのか、話しかけてくる人はいませんでした。
 それが何日か続きました。
(2/7)

 そんなある日のことです。
 同じように校庭を眺めているとき、ふと横を見ると、いつのまにか隣に女子生徒が立っ
ています。見たことのない顔でした。その子はぼくがさっきからそうしていたように、校
庭を見ているのです。
 彼女は最初なんということもない、ぼんやりと無表情な顔をしていましたが、ぼくのほ
うを見て、かすかに笑いました。そしてぼくに確認をとると、すぐ近くに腰をおろしまし
た。
 見知らぬ人間が突然そばに来たことの不思議さと、もともと女の子に免疫がないことが
理由で、ぼくは緊張するばかりでした。
 話しかけたのは、彼女からでした。
「脚、折っちゃったんですか」
「はあ、情けないことに」
「歩くの大変でしょう」
「ええ」
「いつ治りそうですか」
「あと何週間かかかりそうです」
 こういった会話のあと、彼女はまた校庭をじっと見つめ、無表情に黙ってしまうのでし
た。ぼくはなんとなく声をかけてはいけないような気がして、一緒に校庭を眺めました。
野球部やサッカー部、陸上部のみんなの声が、どこか非現実的な感じで聞こえてくるのみ
でした。時間がゆっくりと流れていきます。
「行かなくちゃ。それじゃ、また」
 彼女は突然そう言って立ち上がり、軽くぼくに手を振ると向こうへ歩き出しました。
 いつのまにか当初の緊張感がなくなってすっかり気を抜いていたぼくは、きちんとした
別れの挨拶をする暇もありませんでした。彼女が校門を出て見えなくなるまで、ぼくはそ
の後ろ姿をただ見ていました。

 次の日の放課後も、彼女は現れました。ぼくの脚に関してのわずかな会話を交わした後、
また二人して校庭を眺める……、前日とまったく同じでした。そうしてまた彼女は唐突に
去ってゆくのです。
 そしてその次の日も。
 またその次の日も。
(3/7)

 ぼくはだんだん彼女に妙な友情を感じてきました。
 最初は「もしかして彼女はぼくのことを好きなのかな」などと考えもしましたが、様子
を見ているとどうも違うようでした。根拠らしい根拠はありませんでしたが、なぜだかそ
う思えたのです。
 そして一方、ぼくのほうも彼女に恋心を抱くということはありませんでした。確かに可
愛い子だったけれど、そういう感じではなかったんです。
 お互いに名前すら聞かなかったし、話題はぼくの脚のことや入院生活のことばかりだっ
たけれど、こういった感じの淡々としたつきあいは妙に新鮮だったので、それはそれでま
ったく構わなかったんです。不思議な子だなあと思ったものの、ただ一緒にいるだけで落
ち着きました。

 ある放課後、また当然のように彼女はぼくのところにやってきました。
 そのとき、ぼくは無性に彼女のことが知りたくなったのです。お互いに名前すら知らな
いのはおかしいぞ、と。もっと早くそう思うのが普通なのでしょうけれど。
 彼女がそばに腰を下ろしたのを見計らって軽く挨拶をし、「そういえば」と切り出しま
した。「まだ自己紹介していませんでしたね」
「ああ……そうですね」彼女は小さくうなずきました。
「ぼくは二年五組の早川です」
「三年の加藤です」彼女は微笑んで答えました。
 ここを皮切りに少しずつさぐりを入れていくのが普通なんでしょうけれど、今日はこれ
くらいでいいかなとぼくは思い、「暑いですねえ」などと言いながらまた校庭に目をやる
のでした。
(4/7)

 そしてまた休日を挟み、翌週の放課後。
 自分は陸上部ですが加藤さんは部活をやっていますか、と訊きました。していないとの
ことでした。では何か趣味はと訊くと、特にないとのこと。
 この日はこれだけで終わりました。

 さらに次の日。
 ぼくは教師たちのことを話題に出しました。好きな教師・嫌いな教師について、なるべ
く笑えるものになるように気をつけながら話しました。加藤さんはこれ以上ないほど素晴
らしい聞き手でした。こちらを見る柔らかな表情・絶妙な相槌・的を射た質問。ぼくは気
分よく話し続けました。
 ぼく達の感性は非常に似かよっているようでした。笑いを意図した箇所では、その通り
に彼女は笑いました。つくったものではなく、ごく自然な笑顔で。
 別におかしくもないところでやたら笑う人がときどきいますが、彼女はそういうことも
ありませんでした。とにかく、ぼくの理想の聞き手だったのです。

 また次の日。
 ぼくは自分の友人達のことを話題に出しました。加藤さんは彼らのことを知りませんが、
それでも楽しめるように話すことができたと思います。
 ひと段落ついたあと、「加藤さんはどうですか、誰か面白い友達いますか」ぼくはそう
切り出しました。
「いやあ、どうでしょう。いないかな。うーん」
「面白くなくてもいいですよ。なにか、ごくごく普通のことでも。考えてみたらぼくが話
しているばっかりで、悪いなと思いますし」
「いえ、全然悪くないですよ」
 加藤さんはあまり話す気がないようでした。
 でもぼくはふざけながら、なんとか話をしてもらおうと促しました。そんなやりとりが
数回あったあと、「仕方ないなあ」という表情で、加藤さんは話し始めました。やっと初
めて加藤さんの個人的な話を聞くことができたのです。

 Kさん、Mさん、Uさん。それが加藤さんが特別親しくしている友達の名前でした。K
さんは男子、MさんとUさんは女子で、みなクラスこそ違うものの、仲がいいそうです。
 彼女が語る話は確かに特別なものではなく、どれもありふれた日常生活の一部といった
感じでした。しかし三人の性格・癖・小さなエピソードなどの描写がとても上手で、思わ
ず引き込まれてしまいました。

「さて」話し終えた彼女が立ち上がりました。「それじゃあまた」
「あ、はい、それじゃあ」
 足早に立ち去る彼女の後ろ姿を見ながら、ぼくは思いました。松葉杖がいらなくなった
ら一緒に帰りたいな、帰り道が同じ方向だったらいいな、と。
 そしてふと、あの不思議な女性は普段どんな様子で過ごしているんだろうか、という好
奇心が湧いてきました。
(5/7)

 翌日、ぼくは早速行動を起こしました。
 昼休みに三年生の教室を一組から順に訪問し、「女子の加藤さんって方はいらっしゃい
ますか」と尋ねてまわったのです。
 彼女がどのクラスかをあらかじめ聞いておかなかったのが悔やまれました。しかし、む
しろそのほうが向こうの驚きも大きいだろうからまあいいか、という気もしました。
 早めに加藤さんを見つけることができればいいけれどと思いながら、一組、二組、三組
……、と入っていきましたが、なかなか彼女は見つかりません。
 結果、ぼくは一時間を目いっぱい使い、すべてのクラスをまわりました。
 学年に加藤という女子は四名いました。そのいずれもが、ぼくの探していた加藤さんで
はありませんでした。
 そしてその日以来、加藤さんはぱったりと姿を見せなくなったのです。

 ぼくはそれからも毎日、放課後になると一人で石段に座り込んでいました。
 何がなんだかわかりませんでした。

 ぼくは後日、念のため一年生と二年生の教室をも一通りまわりました。松葉杖に頼る身
には少々大変でしたが。
 しかしやはりあの女性はいません。
 彼女はいったい誰だったんでしょうか。
 今に至るまで、ぼくは彼女と再会していません。

 ……これでぼくの話は終わりです。
 気の利いたお話なら、ここでそれなりの理由がついてしかるべきだと思います。でも本
当にこれで終わりなんです。
(6/7)

 後日、それなりに調べたこともあります。
 例えば、突然彼女が引っ越してしまったのではないか、とか。……でも、そんな人はい
ませんでした。
 あるいは、なぜかはわからないけれども彼女は偽名を使っており、あのあとも普通に学
校に通っていたんじゃないか、とか。……でも、部活の先輩が中等部を卒業する際にアル
バムを見せてもらったんですが、彼女の写真はありませんでした。そればかりではなく、
自分の卒業アルバムもしっかり確認しました。また、考えにくいですけれど、あのころ彼
女は一年生だったのかとも思い、後輩のアルバムも穴の空くほど見せてもらいました。い
まから数ヶ月前のことです。しかし、やはりそこにも彼女はいませんでした。
 オカルトじみた考え方もしてみました。彼女は幽霊だったんじゃないか、と。遡って調
べてみれば、若くして亡くなった人は学園内にいくらかいたでしょうし。しかし、あんな
にはっきりと話したのに、まさか幽霊であるはずがありません。
 あるいは、他校の生徒がわざわざうちの学校の制服を着て、遊びに来ていたんでしょう
か。でも何のために?
 いろんな理由を考えたものの、どれひとつとして納得できるものはありませんでした。

 そういえば、彼女が話していた友達、Kさん、Mさん、Uさんに関してですが。
 その三人は実際にいらっしゃいました。彼女の言ったとおりみなさん三年生で、クラス
はばらばらです。彼女が話していた三人の性格・癖・エピソードもすべて正しいものでし
た。
 しかし、たったひとつだけ違っていた点があります。その三人は仲良しグループでもな
んでもありませんでした。何の交流もなかったのです。一切、です。
 また、ぼくが加藤さんのことを説明しても、そんな人は知らないと言われるのみです。
かなり食い下がって質問したのですが、本人たちも周りの人たちも嘘をついている様子は
ありません。ただただ気味悪がるだけでした。
 僕自身も気味が悪かった。加藤さんがその三人のことを話したからには、何かしら共通
点があるはずなのです。しかしそれはどうしても見つからなかった。彼女は一体どのよう
にして三人の情報を知ったのでしょう。なぜその三人が選ばれたのでしょう。
(7/7)

 ぼくはどうしても納得できる理由がほしかったので、何人かの友達にこの話をしました。
しかし、なにも得られるものはありません。

 彼女が幽霊だろうと妖精だろうと幻だろうと普通の人間だろうと、唯一確かなのは「彼
女は嘘をついていた」ということです。しかしなぜあんな無意味な嘘をつき、そして屈託
なくぼくと話していたのでしょうか。そのすべてがなんだかとても非現実的で不思議なこ
とに思えるんです。

 そして今でもときどき考えてしまうんです。ぼくが自分から彼女に会いに行こうとしな
ければ、彼女はずっとあの場所に来てくれたのだろうか、と。ぼくは何か、守らなければ
いけないルールを破ってしまったのでしょうか?

 ……ぼくの話が記事になるんですよね。もしかしたら記事を読む人の中に、真相を知る
人がいるのかもしれませんね。
 何か知っている人がいたら何でもいいから教えてほしい、とは思うんですが、それと同
時に、もういいかなという気持ちもあるんです。この謎は解かなくてもいいんじゃないか、
と。

 うん、そうですね、いまふと思ったんですが……。この事件には、真相なんてないのか
もしれません。裏側には何ら特別な理由や秘密など隠されてはいないのかもしれません。
ぼくの体験したことがこの事件のすべてであり、ただそれだけの話なのかもしれません。

 以上でぼくの話は終わりです。ありがとうございました。

--------------------------------------------------------------

[了]
350 ◆U4jQgFN8e. :2008/09/11(木) 23:09:48 ID:YpJDQa3z
◆IXTcNublQI さんの『高杜学園たぶろいど!』より、
新聞部員・東雲蔵人の名前をお借りしました。
351名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/11(木) 23:16:47 ID:vbOb+hby
GJです
352名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/11(木) 23:39:22 ID:MK71EvVk
乙です!
353名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/12(金) 01:33:53 ID:rFHHjrwf
釣られて書いてみました。
354普通の日常:2008/09/12(金) 01:34:55 ID:rFHHjrwf
終業の鐘が校内に鳴り響く、そのまま教室に残る者、慌しく帰宅する者、部室へと向かう者達の中で
ドアの横からひょっこりと一人の少女が顔を出すといつもの席の前へと近付いてゆく。
お目当ての相手、松田五郎は机に突っ伏し身動きしないまま眠っていた。

「また寝てるよ――ゴロー? 起きれ、帰んぞぉ……」

「ふがッ!?」

五郎は寝ぼけまなこで机から跳ね起き、そのまま椅子に大きくもたれかかり伸びをする。
傍で携帯を弄りながら待機している、長岡梅子と松田五郎は、
互いに中学時代の友人の知り合いを通じて知り合った、
似たもの同士波長であるのか、ウマが合うのか、二人で共に帰宅することが多くなっていた。

「今日もタケちゃん部活って、あたしらだけで帰ろ」

「まぁ、俺ら帰宅部だしな、今日はサテンとバーガーどっちだ?」

「今週ちょい、ピンチなんでバーガーやね」

五郎達は中学からつるんでいた同級生を合わせて数人いるのだが、
皆、二年生になり部活や塾へ向かうことが増えた為、大人数が集まることは珍しくなった、
男が多い時はゲーセン・ハイランダーやボーリング、女が多い時はモールの中を回りカラオケ。
二人の時は喫茶店マクガフィンやバーガーショップで暇を潰し、本屋を巡るのが基本ルートになっている。

「ゴロー、こないだの中間どだった?」

「数学が50点割って危なかったが、まぁ……普通だな」

「あんた、いつも寝てるってタケちゃん聞いてるけど、何でか赤点とらないよね?
なんだアレか!……カンニングか?」

「――睡眠学習の成果」

五郎の寒いギャグを梅子がスルーすると、二人はいきつけのバーガーショップへと辿り着いた。
小奇麗な内装にこじゃれたインテリア、周囲では他の学校の制服を着た学生たちが談笑している。

「いらっしゃいませ! ご注文をどうぞ!」

「アイスコーシーとポテトお願いします」

「俺も飲み物はアイスコーヒーを、Aセットで」

梅子がジャラジャラとポーチの中の小銭をかき集めているのを他所に、五郎が五千円札を店員に預けると、
そそくさとポーチをしまい精算を済ませ、席に着いた梅子に五郎が手を差し出した。

「ポテトとアイスコーヒー、しめてご会計は480円でぇす」

「奢りじゃないの!?」

「男女平等の理念に反するとは思わんかね?」

「やな男ー、やな男ー、悪い噂とか流してやるぅ!」

「冗談はさておき、今日なんか新刊出てたっけかな?」

そういうなり、五郎は携帯で本屋のアドレスに繋ぐと、新刊リストをチェックしていく、
梅子がかたわらに置いたカバンを膝の上に置くとノートと筆記用具を出し始める。
355名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/12(金) 01:35:44 ID:rFHHjrwf

「こんな所で予習か?」

「こないだテストに授業で出てないところの問題が出たのよ、
ちょっとあんたのノートも見せてくれる? 見比べるからさぁ……」

「余裕のない人ってこれだから」

「余裕じゃなくて、ちゃらんぽらんなだけでしょ、あんたの場合……
って、字がちいさっ、読めないわこんなの!」

ノートにみっちりと書かれた字を梅子が頭を抱えつつ解読している内に、
Aセットが運ばれてくると、五郎はもそもそと腹の中に詰め込んでゆく。

「ほれほれ、ポテトがきたぞ」

「ちょっと、これ借りてってもいい?」

「あぁー、うちのクラス、明日ノートの提出日なんすわ」

「うー……」

腹に燃料を詰め込んだ二人は本屋へと向かうとめぼしいものを探し店内を見て回ると、
本屋の入り口で落ち合った。

「おまたー」

「長岡なんか買ったんか?」

「漫画とCDの新譜、へへっ」

「今週ピンチとか言ってなかったか、君」

「ドンマイ、ドンマイ!」

日の傾き始めた長い通学路を二人で歩いて行くと、分かれ道となる橋の元へと辿り着く、
不意に五郎が手を上げ、応じるように梅子が手を上げ、一時の別れを告げる。
何気ない日常の何気ない毎日、そんな日々も、あと2年もすれば終わるだろう。
五郎はオレンジ色に染まった夕日に向かい、ひとつ大きなあくびをした。
356名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/12(金) 01:37:02 ID:rFHHjrwf
投下終了です、普通の生徒風に書いてみました。
357名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/12(金) 01:48:44 ID:hwJEMsq0
新作どちらも乙です!!
前編投下
358『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/12(金) 01:49:42 ID:hwJEMsq0
6−1

近藤が夕刻のライトアップを終えた。

「そっか…お義母様、やっと退院か… 弥生さんも、大変だったね…」

ヘレンはカウンターでコーヒーを待つ、珍しくスーツ姿ではない弥生に話しかける。

税理士事務所に勤務する坂田弥生は四年前に夫を交通事故で失い、以来夫の母であるハツエと、一人息子で小学六年生の剛と暮らしていた。

義母のハツエが腫瘍の手術の為、高杜市民病院に入院し、ずっとハツエに任せきりだった家事をこなしながら仕事を続けていた弥生は、義母を見舞う帰りのごくわずかな時間を、この『カフェ リトルフォックス』で過ごすのを唯一の息抜きとしている。

「それがね… 主治医の先生は、まだ様子を見たい、っていうんだけど、剛が、息子がね、今年の秋祭りで、『杉登りの先手(さきて)』に決まったって聞いて、『先手だ、うちの剛が先手だ』って…」

近藤の出したコーヒーの芳香に、思わず弥生はすこし言葉を切って陶然と目を閉じた。


359『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/12(金) 01:50:45 ID:hwJEMsq0
「そりゃもう、寝ても覚めても『先手、先手』で、祭りまでに動けるように、って、強引に退院しちゃったんですよ。」

カウンターから出て、弥生の隣りに腰掛けたヘレンは、首を傾げて尋ねた。
「『先手』っていうのはどんな役割なの?」

近藤がBGMを少し落とす。どうやら彼も『先手』に興味があるらしい。

弥生は時計をチラリと見ると、一口、コーヒーを啜り、ヘレンと近藤に語り始めた。

「全部、お義母さんの受け売りなんだけどね…」

360『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/12(金) 01:52:41 ID:hwJEMsq0
『紫阿童子の演舞』のクライマックスは、なんといっても童子と魔物の最後の攻防である『杉登り』だ。

『杉登りの紫阿童子』に選ばれる児童は三人。それぞれ『先手(せんて)』『中手(なかて)』『後手(あとて)』と呼ばれる。

舞台の中央に、童子に恩を受けた狐の一党を演じる児童によって高々と支えられる、枝を落とした二間(約4m)もの杉の木の頂きには、姫が魔力によって姿を変えられた一輪の椿の花が乗っている。
『杉登りの紫阿童子』は姫を救わんと、これをよじ登る。狐と魔物は争い、杉の木は激しく揺れ動く。

トップバッターである『先手』が首尾よく椿を手にすれば、その年は大豊作とされ、転落等の失敗がおこると、いわば『控え』である『中手』『後手』が順次挑戦し、いずれも不首尾であれば後に続く『婚礼の幕』はこの年中止となる。

度重なる市当局による安全面に関する指導がなされるなか、これからも花形たる『先手』は、高杜の少年少女の憧憬の的であり続けてゆくだろう。

はるか書房
『農耕と信仰』より

361『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/12(金) 01:53:48 ID:hwJEMsq0
まだぎこちない太鼓と笛の音が止まぬ高見神社の境内。

ようやく主役らしい台詞がすらすらと出るようになってきた将也と柚季は、休憩の合図と共に、配られた団子を頬張って、涼しい神社の縁側へ腰掛けた。

「…しかしなんで主役の俺が『杉登り』だけ『後手』なんだよ!?」

憤懣やるかたないという調子で将也が愚痴る。

くたくたに疲れた様子の柚季は、よく乾いた板張りの縁側に仰向けに寝そべり、眠そうな声で答えた。

「高小の剛クン…だっけ? あの子もここの氏子だからね… つかれたぁ…」

祭りに参加する小学生は多忙だ。特に『童子と姫』は本番の二週間前から下校後、この高見神社に陽が落ちるまで缶詰めになる。

「…いいじゃない、『先手』が上手くやってくれたら、『杉登り』の間、将也は休めるんだから…」

362『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/12(金) 01:55:10 ID:hwJEMsq0
「いや!! 高小のヤローも、『中手』の伊東もすぐ転がり落ちる!! 結局、俺が一番いいとこ全部もってくんだよ!!」

延々と豪語する将也に、柚季からの答えはなかった。

「柚?」

将也の横で、柚季は眠っていた。校章の入ったTシャツが捲れ、ちらりと見えたへそが寝息に合わせて上下している。

つい先日、柚季が事故にあったと聞いた瞬間の、どす黒い戦慄を将也は思い出す。

『こいつといるのが、あたりまえなんだよな… 俺…』

素足を投げ出しすやすやと眠る柚季を、将也はとても愛しく感じた。Tシャツの裾をそっと直してやり、休憩時間が終わるまで、ずっと寄り添って、その寝顔を眺め続けていた。


続く

363名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/12(金) 02:04:47 ID:rFHHjrwf
乙です、設定の絡み方がいい感じですね。
364名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/12(金) 18:39:12 ID:hwJEMsq0
後半投下
365『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/12(金) 18:40:35 ID:hwJEMsq0
6−2

鮮やかな剣の一閃。
横笛の旋律が止むと同時に、魔物はばったりと崩れ落ち、一瞬のおごそかな沈黙のあとで、割れるような喝采が高見神社の境内を包む。

ここまで、見事に紫阿童子を演じた将也は、鳴り止まぬ拍手を浴びながら舞台を降りて、控えの白いテントに入った。

世話役達がにわかに緊張に包まれる。いよいよ祭事の華である『杉登り』の開始だ。

山車に乗った見事な杉の木が、ガラガラと運びこまれ、眦に朱を引き、砂色の羽織に長いたすきを掛けた『狐』達が舞台に上がる。

「栗本さん、宮野さん、しばらくは団子、売れないから、君達も観て来なさい。」

神主の言葉に、アルバイトの巫女達も笑みを交わして舞台に走る。

そして、短い休憩を終えた将也が、そのきらびやかな装束を整えて舞台にむけて歩き出すと、全く同じ衣装に身を包んだ『先手』と『中手』、二人の紫阿童子も姿を現した。


366『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/12(金) 18:41:47 ID:hwJEMsq0
「…さて、前座の奮闘でも、見学しようか。」

将也の聞こえよがしの大声に、了たち狐がどっと笑った。しかし、緊張で蒼白な『中手』伊東の隣りで、高杜第一小学校から来た『先手』坂田剛は、傲然と将也を睨んで応える。

「…オメーら出番無えからさ、団子でも食ってこいよ…」

尊大さと愛嬌が同居した、どこか将也に似た風貌。
険悪な空気が流れ、温厚な伊東がさらに青ざめたとき、『杉登り』の開始を告げる太鼓が、低く、厳かに鳴り響いた。再び、拍手と歓声が舞台を包む。

「せいっ!!」

気合いの声と共に、ゆっくりと『狐』たちが杉の木を秋空高く立ててゆき、穏やかな風に先端の椿がゆらゆらと揺れる。


「義母さん!! 始まったよ!!」

車椅子を押した弥生の言葉に、ハツエは精一杯曲がった腰を伸ばし、次第にせり上がる杉の木を見つめた。先に逝ってしまった夫、そして息子が、見事に椿を掴んだ遠い日の興奮が、老いた体を駆け巡った。

「先手、よしっ!!」

今、剛が狐の背を蹴って、そそり立つ杉の幹に食らいつく。


367『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/12(金) 18:43:19 ID:hwJEMsq0
ここで紫阿童子と、盟友たる狐たちに危機が迫る。 童子の剣に倒れた魔物は、息を吹き返し、童子を追って杉の木を登ろうとするのだ。

かくして杉を支える狐達と魔物は揉み合い、ひたすら椿を目指す童子は必死で揺れに耐える。


「…なるほど、魔物の中身は大人ね… 児童の安全確保と演出のために…」
熱狂する群衆のなか、ファインダーを覗いて呟く『部長』に、眼鏡をかけた手下がツッこむ。

「部長。夢のないこと言わないでください…わっ!!」

驚くべき敏捷さで、すでに杉の幹のほぼ真ん中まで登り終えた剛に観衆は熱狂し、世話役の制止もむなしく前へ前へと殺到し始めた。

「お義母さん、危ない!!」
揉みくちゃにされた弥生は必死に車椅子を押さえ、ハツエを宥めつつ後退しようとする。

「剛!! 剛が!!」

ハツエの叫びに、かろうじて見える舞台に目をやると、剛がじりじりと、杉の幹を滑り落ちるのが見えた。

『…靖夫さん、どうしよう…』

弥生が初めて、息子と義母のため、亡き夫に助けを求めたとき、ぬっ、と太く逞しい腕が彼女の前に伸びた。


368『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/12(金) 18:45:23 ID:hwJEMsq0
「近藤…さん!?」

エプロンを着けた『リトルフォックス』の無口な従業員は、軽々とハツエを抱え上げ、躊躇なく群衆の波へ歩を進めていった。

「なんだテメー!?」

湧き上がる怒号も罵声も、近藤の魁偉な風貌と迫力の前にあっけなく霧散し、彼はしずしずと最前線の柵までハツエを抱いて進む。

辛うじて幹にしがみつき、腕の痺れに耐えていた剛は、揺れる視界のなか、観衆の中央で大男に抱かれた祖母の姿を認めた。

「婆ちゃん!!」

子守歌代わりに飽きる程聞かされた父の、そして祖父の武勇伝。
祖母の誇り『杉登りの紫阿童子』の栄誉は今、剛のすぐ頭上に揺れる。

「ボケっとすんな高小!!椿だけ見るんだ!!」

突然の大声に、伊東は驚いて将也を見た。

「幹揺らして、反動で体勢直すんだよ!! 大丈夫、二小の『狐』を信じろ!!」

将也の檄に、剛は九月の高い空をキッと睨んで這い上がる。
椿だけ。椿だけを見て。
狐達が雄叫びを上げる。その勇ましい声とひとつになって、剛の指はしっかりと一輪の赤い椿を掴んだ。



369『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/12(金) 18:47:19 ID:hwJEMsq0
歓喜に沸き立つ群衆の先頭で、孫の勇姿を瞼に焼き付けたヒサエは、この無口な恩人のエプロンを、溢れる涙で濡らしてしまったことにふと気付いた。

そして彼女は、涙の跡が点々と残るエプロンの胸に、かわいい刺繍のキャラクターを見つけ、驚きと感謝に再び頬を濡らす。
「…狐さま……」


舞台では、一輪の椿を手にした紫阿童子が狐達の祝福を受け、照れた笑みを浮かべている。

そして、倒れた杉の下敷きになった魔物が最期を迎え、震える尻尾がパタリと倒れたとき、まるで魔法のように、紫阿童子の傍らには華やかな赤い着物の椿姫が立っていた。


「…狐に混じってたのね。砂色の風呂敷か何か被って…」
「…だからそういう、夢の無いことを…」


例年より少し小柄な椿姫は、『先手の紫阿童子』の傍ら、少し緊張した顔で舞台の下をキョロキョロと見回す。そして口をへの字に曲げたもう一人の紫阿童子を見つけ、彼が苦笑いしたのを見てにっこり微笑んだ。

その愛くるしい姫の笑顔に、観衆はもう一度、どっと大きな喝采を送った。


END

370『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/12(金) 18:48:51 ID:hwJEMsq0
投下終了

登場頂いたキャラクターの作者様、有難うございます。


登場人物

坂田剛
高杜第一小学校六年生

坂田弥生
剛の母親

坂田ハツエ
剛の祖母

伊東
高杜第二小学校六年生

371普通の日常:2008/09/12(金) 22:25:05 ID:J1t1GIat
長めに投下します
372普通の日常:2008/09/12(金) 22:25:54 ID:J1t1GIat
休日の朝、松田五郎はいつものように家を出ると散歩先の公園へと向かった、
向かう途中の自販機でコーラを買い、公園内に捨ててあった空き缶を拾いベンチに腰掛ける。
懐から両切り煙草を取り出し火をつけると、一息で肺へと吸い込み、もうもうとした煙を吐き出した。

「うーむ、思考が冴え渡るようだ……」

「松田さん?」

「うぉッ!? と……何だ、竹井さんか」

「何だ、はないでしょう、こんな所で煙草なんて吸って、補導されてしまいますよ?」

背後から現れた少女、竹井芳乃は表情を変えることなく、
煙幕を張る、五郎から距離をとってゆっくりとベンチへと座った。

「松田さん、なんだか物凄く煙でてますけど?」

「こうして吸い込んだニコチンにより、血管を萎縮させることで、
血の気を押さえ冷静かつ深い思索が可能に……」

「珍しいから携帯で写真でも撮っておこうかしら」

脅し文句に押され、五郎はしぶしぶ地面に煙草を押し付け火を消すと、
捨ててあった空き缶の中に吸殻を投げ入れる。
芳乃は僅かに腰を浮かし、離れて座っていた場所から声の届く距離へと座りなおし、
五郎と顔を見合わせるとくすりと笑った。

「最近は値上げで一本辺りの値段も馬鹿にならないんだよね、これ……」

「これを機会にやめられてはどうですか?」

「ときに竹さんは何故ここへ? 散歩?」

「いえ、ちょうどここを通ると図書館への近道なのですけど、
偶然見覚えのある、後姿を見かけたもので」

「俺の唯一の憩いの場が、こうも容易く看破されるとは」

気力を失いうなだれる五郎をうながすように芳乃が立ち上がり、
抱えた本を見せると、休日の暇つぶしにと図書館へと誘う。

「お暇でしたら、これから図書館までご一緒にいかが?」

「うーん、これといって興味もないし……」

「高杜の国立図書館は設備も充実していて、蔵書もかなりの数にのぼりますし、
あ……それに図書カードがあれば無料のドリンクがあるのでコーヒーも……」

「あ、ご一緒させて頂きます」
373普通の日常:2008/09/12(金) 22:27:12 ID:J1t1GIat
無料に釣られた五郎は芳乃に連れられ、国立図書館へと足を踏み入れる、
広大な敷地に膨大な蔵書が並び、五郎は物珍しげに周りを見渡すが、
休日というのにひと気はまばらであり、余り利用率が高いとはいえないようだ。
芳乃は受付にカードを手渡すと、持っていた本を返却し、先導して五郎に館内の案内を始めた。

「こちらの棚はいかがです? ホームズにポアロ、エラリークィーンにブラウン神父、
松田さん、推理物お好きでしたよね?」

「まぁ、その辺のものはあらかた読んじゃったんで……、
竹さんは図書委員でしたっけ?」

「はい、学校の図書室で貸し出しカードを管理していると意外な人が本を借り出していて、
ついつい覚えてしまうんですよ」

「なるほど」

意外な人扱いを受けた五郎はドリンクのコーヒーをあつかましく2杯おかわりした後に、
芳乃の後ろをせせこましく着いていきながら館内を後にした。

「どうも天井が高い場所ってのは苦手だなぁ」

「そうですか? 開放感があって落ち着けると思いますけれど……」

「根が貧乏性なもので」

「まぁ……ふふ」

二人でたあいもない話をまじえながら、稀に芳乃が投げ出す五郎に対する質問を、
のらりくらりとかわしつつ帰路へ着く。


「図書室の本も管理する手間もかかるでしょう、
借りる人によっては、結構雑に扱う人も多いのでは?」

「辛いのは本の入れ替え作業ですね、
この間も古書の詰まったダンボールを抱えようとして腰をつってしまいました」

「図書委員も大変ですね」

「今度暇があれば、また学校の図書室に借りにいらしてくださいね」

「これはどうもご丁寧に痛みいります」

お辞儀をした芳乃に五郎がぎこちない動きでお辞儀を返すと、その場で二人は別れ五郎はモールへと向かった、
ショッピングモール前のベンチで腰を下ろし、両切り煙草の一本に手をかける、しばらく思案にふけったのち、
煙草を元に押し込み腰を上げると、とぼとぼと歩きながら五郎はそのまま家路についた。
374普通の日常:2008/09/12(金) 22:28:19 ID:J1t1GIat
翌日の午後、昼休みともなると廊下に生徒達がひしめくの廊下をかいくぐるように、
梅子が五郎の教室へと向かう、当の本人がいそいそと教室を出ようとしたところにばったりと出会い。
きょとんとした表情で目を丸くした

「あら? どしたんゴロー?」

「いや、今から図書室に顔を出そうかと」

「タケちゃんとこ? そのご関係はいつ頃からぁ?」

「最初は優しかったんですけどー……」※プライバシー保護のため音声は変えてあります。

五郎の寒いギャグを梅子が再びスルーすると、二人は人通りの激しい廊下のなかを、
図書室を目指して歩き始める、階段を登り図書室の前へと差し掛かった場所で
周囲の談話を引き裂くような悲鳴が、周囲に轟いた。

「わッ、何かあったのかな? ……あっ、ちょっとゴロー!?」

図書室の前に出来た人だかりの中を、ひょいひょいと潜り抜けながら五郎が入っていくと、
信じがたい光景が目に飛び込んできた、床に倒れこむ男性教諭を数人の生徒が看病している。
不意に声をかけられ、視線を横にそらすとそこにはおろおろとした表情で竹井が困惑していた。

「竹井さん――これは?」

「そ、それが何がなんだか、突然あちらの席で本を読んでいた先生が倒れて、
いま、看病されている高野さんが先生が息をしていないって、それで……」

「病院に連絡は?」

「えぇ、先ほどあそこにいる下級生の小金井君が通報をされました」

松田は注意深く周囲を観察し部屋の周りを見渡す、天井・床・窓に異常はない、
教師が座っていたと思われる机の上には本が3冊ほど丁寧に積み上げられ、若干の水滴が零れている。
椅子は全て机の内へとしまわれており、傍らには水の入ったバケツが置かれていた。
看病をしているのは二人の女は確か藤木、もう一人は胸元のネームから、さきほど名前を聞いた高野だと分かる。

他の生徒は回りには近寄っては来ない、五郎は現在の状況を整理し、
目にはいってくる情報を、熱した刻印を脳に焼き付けるように記憶すると
下級生の小金井に声をかけた。
375普通の日常:2008/09/12(金) 22:29:16 ID:J1t1GIat
「病院への連絡はすんだかい?」

「はい、すぐにでも来るそうです、先生に何があったんでしょうか」

「先生は本を読んでいて倒れたって聞いたけど、
あの机の上で本を読んでいたのかな?」

「はぁ……そうですけど、何か問題でも?」

「いやね、パッと見、誰かが現場を動かしてるように見えたんで、ちょっとね、
一応こういうことは動かさずにしておくのがいいんだけど、動かした人は警察に事情聴取されるかも」

小金井は五郎の言葉を聞くと焦った表情を浮かべ、手を横に振ると五郎の言葉を否定した。

「ぼ、僕は動かしてませんよ、先生が椅子から倒れて、
看病する為に藤木さんが先生が読んでいた本を片付けて、一緒に運ぶ為に抱えあげただけです」

「先生を抱えあげて、椅子も動かしたの?」

「えぇ、抱えあげる時に邪魔でしたから……調書取られますか?」

「取られるね、警察の事情調書は2回取るから結構終わるのに時間掛かるよ」

「そんなぁ……」

五郎はしばらく考え込んだ様子で鼻をさすると、竹井の元へと歩み寄り、
詳しい当時の状況を聞くために質問を加えた。

「医者と警察はすぐに来るみたいですよ、ときに竹井さん
あの机の足元にあるバケツは一体誰が……?」

「あっ、あれは私が……先生の飲んでいた水が
倒れこんだ際に床に零れていたのを拭くためにと、高野さんに頼まれたので、つい」

「水を飲みながら本を読んでたんですか」

「はい、図書室では飲食禁止なんですけど……」

「先生が読んでいた本は机の上に乗っているあれですか?」

五郎が机に詰まれた3冊の本を指さすと、竹野はしばらく考え込んだ素振りを見せ、
ゆっくりとうなずき答えた。

「確かそうだったと思います、新書のなかで面白そうなものは、前もって読まれることが多くて
今日も水を飲みながら読まれてたんですが、急に顔を押さえながら倒れたんです」

五郎は竹野の手元に置かれた五郎は貸し出し履歴のファイルを覗き見すると、
図書室の本の貸し出し期限は1週間、小金井はこの1週間、本を読んではいない。
高野がライトノベルを3冊、藤木が重版の小説を1冊借りているようだ。


焼きついた記憶と情報を脳の中で攪拌し、目を閉じると全ての状況から統合するように推理する。

(普通に考えれば病気だが、何の前兆もなく唐突に倒れるのは不審な点が多すぎる、
病気であるのなら前もって体調の不良を訴えるはず、発作的に何かが起こったとも考えにくい。)

(教師が倒れこむまで近付いた生徒はおらず、まず最初に近付いたのは
藤木それに続くように小金井、最後に高野)

(状況から考えて毒薬か? これだけ人の多い場所で犯行に及ぶのも考えにくいが……)
376普通の日常:2008/09/12(金) 22:30:21 ID:J1t1GIat
学園は騒然となり、病院の診察結果と警察の現場検証により教師が何者かに命を狙われたいう噂が僅かな間に校内を駆け巡った、
早々に臨時休校となり、生徒たちが帰宅するなか、三人は今回の事件の話題を取りざたしながら、
大通りを歩き、いつもの橋で梅子と別れた。

「じゃぁまたに! ゴロー……タケちゃんに変なことしたらダメよ?」

「しねぇよ……」

「またね梅子ちゃん」

梅子と別れ、五郎は芳乃を駅前へと送り届ける、その場を振り向き学校の方へと歩き始めると、
背後から唐突に芳乃に声をかけられた。

「松田さん、どちらに行かれるんですか?」

「ちょっと――忘れ物を」

「私もご一緒して、宜しいですか?」

「まいったな……えぇ、構いませんよ」



すっかり日の落ちた学園の図書室、現場検証を終えた闇の中をライトで照らしながら1人の少女が1冊の本を探していた、
なかば半狂乱になりながら、崩れ落ちた本の山を漁っていると、不意に図書室のライトがともり、
そこに松田五郎と竹井芳乃が現れた。

「ひッ!? だ、誰!」

「2年の松田五郎、こちらは図書委員の竹井さん……」

「な、何か御用ですか?」

「いえね――何かをお探しのようなんでお手伝いしようかと
ときにお伺いしますが、お探しの本はこれじゃありませんか?」

『藤木さん』

五郎がカバンから取り出した本を見るなり、藤木の顔色から血の気が引いてゆくのが分かる、
目線を逸らし冷静さを取り戻すように藤木が答えを返す。

「いえ、それではありません」

「そうですか、まぁそうですよね、なんだかタイトルと内容が噛みあってないですし、
まぁ……カバーを二重にかぶせてあるから当然といえば当然でしょうが」

「あっ、この本のカバーは確か今日、藤木さんが借りていたタイトル!
これ?どういうことなんです、松田さん?」

「あの時、先生が倒れこんだ時、松戸さんが駆け寄って先生が読んでいた本を戻したそうですね?
小金井君から聞きましたよ、そこがずっと引っかかっていたんです……、
何故、そんな一刻を争う状況で、まず最初に本を触れたのかがね」
377普通の日常:2008/09/12(金) 22:31:11 ID:J1t1GIat
五郎が語気を強めると天井を仰いでチリチリと音を立てる蛍光灯に目を向けると、
黙殺する藤木を他所に芳乃の受け答えを続けながら更に推理を続けた。


「あの時、犯人は先生をずっと監視していた、何せ毒を仕込んだ本を目の前で読み始めたわけですから、
彼が本を家に持ち帰り、家で読むとばかり思っていた、犯人は内心気が気ではなかった……」

「本に毒を――ですか」

「彼が罠にかかり、床に崩れ落ちた時に飲んでいた水が零れ、本が濡れようとした
そこであなたはとっさに彼のそばに駆け寄り、落ちていた本を拾い上げ
自分が持っていた本のカバーを被せて、机の上ではなく本棚の中へと押し込んだ……
水に触れてしまえば本に仕込んだ毒が水に染み出し、犯行がバレてしまいますから」

「そ、そういえば、あの時先生がお読みになられていた本は4冊、
でも倒れたあと机の上に置かれていた本は3冊になっていたような……」

藤木がキッと五郎の目をにらみつけるとすかさず反論を返した。

「ばかばかしいッ! そんなことあるわけないじゃないの?
仮に先生が毒をなめたとしても、毒は飲んでいた水に入っていたかもしれないじゃない!
その場に居合わせていた他の2人――それに水を用意した竹井にだって犯行は可能よッ!」

「それはないよ、かりに毒が水の中に仕込まれたとしても、
とっさに雑巾で拭いたりバケツの水につけたりはしないさ、そんなことをしても証拠が増えるだけだ、
竹井さん、ちょっとこの本を閉じたまま、背表紙を下にして立ててもらえるかな?」

「……!?」

五郎に言われるがままに芳乃が背表紙を持ち本を立てると、本が自然に開いてゆく。

「これはクセがついてるのかしら?」

「そう、めいっぱい本を開いていると、その本には開いたページのクセがつくんだ、
そしてそのページ数を読んでもらえるかな、竹井さん?」

「はい、132ページに……あら、もう一枚はとんで135ページ……
それにここの紙だけ妙にざらつきます?」

「めいっぱい本を開いて一枚をカッターで切り取ってある、気をつけて竹井さん、そこが毒が塗ってあるページ
――重なったページをめくる為に指をうっかりなめないようにね」

ハッと我に返った芳乃が本を取り落とすと指についた粉末を振り払う。

「水を含ませたハンカチで拭けば落ちるよ、あいにく俺は今もってないけどね、
藤木さんはハンカチ持ってるよね?」

「……」
378普通の日常:2008/09/12(金) 22:32:17 ID:J1t1GIat
「――とまぁ、外部から犯人が本が持ち込み、
先生の殺害を企てたってのが事の顛末だってことかな……未遂に終わったみたいだけど」

「!?」

「あ、あら? 松田さん、藤木さんが犯人ではないのですか?
あたしったらてっきり……」

五郎が唐突に推理をそらせると、芳乃は素っ頓狂な声を上げて頭を抱え込んだ。
この発言には藤木も面を食らったのか目を白黒させて狼狽している。

「いやー、藤木さんが犯人にしたって、動機がないでしょ竹さん、
おおかた、あの先生どこかで悪さでもして、痛い目あわされたんじゃないかなぁ?
藤木さんは俺と同じように推理し、この本のことを知って、この決定的な証拠品を犯人の手に渡さないように
カバーで偽装して本棚に隠したのさ」

「あら、そうでしたの? しかし凄いですわ、松田さんの名推理
まるで本物の探偵みたいです」

「ふっ、それほどでもあるぜ……んじゃ、この本は警察に届けておくかぁ
つっても、指紋ベタベタに付いちゃったけど、藤木さんもあんまり遅くならないようにねぇ」

「え……ぁ、はい?」

「ほなら、さいなら」

ぽつねんと1人図書室に取り残される藤木をよそに、2人はすっかり日の落ちた道を歩いていく、
新月の暗闇の中を、星明りのみを頼りに五郎は芳乃を自宅まで送り届けた。

「では、竹さん――またにー」

「ふふっ!」

「ん、俺の顔になにかついてます……?」

「いえ、五郎さんのそういうワルっぽい所も、嫌いじゃないかなって思ったんです
ではまた明日、学校でお会いしましょうね」

「へぇ、それはどうもご丁寧に……」

五郎は一人自宅へと向かいながら、途中星空をあおぎ、大きなあくびをすると、
懐から煙草を取り出し火をつけ、くしゃみをしながら鼻水をすすり、1人ごちた。


「今日も元気だ、煙草がうまい」


379名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/12(金) 22:33:52 ID:J1t1GIat
なぜか書いてる勢いで推理物になってしまいました、投下終了です
380名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/12(金) 22:53:31 ID:pmRkoVu/
>>370
乙です。良いなぁ、祭事の雰囲気が
近藤活躍しすぎww
>>379
乙でース、たまには違うジャンルでも良いんじゃないでしょうか
次はどんな人の日常か、楽しみです
381名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 09:44:29 ID:nmykE1q4
みなさん乙です。


1つ伺いたいのですが、修学旅行ネタを書きたいのですが、時期と場所はどうすればよいでしょうか
382名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 10:05:54 ID:hjcslRT4
当然、高杜の学生が他府県へ行くんだよな。
京都とか、沖縄でいいんじゃね? 架空の観光名所でっち上げるのは大変かと

時期は高校なら、2年生で行く学校もあるし、結構自由でしょ
時系列的には読み切りか連載かで事情は全然違ってくるな


ぷりぷり県とかww
383名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 11:53:43 ID:/he7S4RY
参考までにそれぞれの作品の時期を書いてみる

ensemble       2学期
早明浦観測会     5月
杜を駆けて      2学期
twin         2学期
高杜学園たぶろいど! 5月?
ストレイシープ    8月終盤
夏の残り香      9月
384名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 16:59:55 ID:NZTg+aUZ
大正伝奇浪漫で参入したいよー
歴史の簡単な設定&年表誰か作ってくれません?
385名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 17:34:12 ID:hjcslRT4
さらりと凄いこと頼むな…。
ちょっとだけ関連して、こないだ考えた産業の設定


西部の港湾地域には、戦前より高杜市の経済を支えてきた『三嶽重工』及び関連企業である
『三嶽金属高杜製鉄所』『三嶽造船所』の広大なコンビナートが広がる。
一時期は市の人口の半分が、何らかの形で三嶽グループの産業に従事している時期もあり、
いわゆる『三嶽マン』は戦後急成長を遂げた高杜市経済の先端を担う戦士として、地元の厚い信頼を受けた。

戦時中は軍需工場として兵器の生産に従事した為、数度にわたる米軍の空襲を受けたこの巨大な施設は、明治時代の赤レンガを用いた外壁、操業構造物を未だそのままの姿で現存させており、
見学に訪れる者に、我が国の工業の礎をしのばせる。

はるか書房
『高杜市の工業』より

386名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 18:14:23 ID:d3Iib+Kp
>>384
あまえんな。自分で物語つくってやるのが基本だろ。
387名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 18:31:08 ID:nmykE1q4
>>384
見てみたいけど……スレ的にはどうなんだろ?
388名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 19:37:47 ID:hjcslRT4
>>387
老人の回想から、過去の高杜へ…
なら、十分おKでは?
389名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 19:41:39 ID:/he7S4RY
>>387
とりあえず外見にまったく変化がない学園長を出せば大丈夫なんじゃね?w
390 ◆HdhN8f97gI :2008/09/13(土) 20:17:52 ID:CRFrkVep
読んでみたいと思うけど、スレ的にどうかはコメントしづらいですね…
個人的にはOKだと思いますけど。

さて、ちょっと投下していきますね。
391夏の残り香 ◆HdhN8f97gI :2008/09/13(土) 20:19:59 ID:CRFrkVep
 学校とは、チャイム一つで雰囲気がガラリと変わる場所だ。授業時間終了の音が鳴り終わるとすぐに、校内は喧騒に支配される。
 授業という、学生にとって戦いとも呼べる時間を乗り切るために与えられた、束の間の休息。
 楽しげな談笑や騒々しい会話に没頭するし、辛苦に満ちた戦場を一時的に忘れ去る。
 中には、次の戦いに向けて修練に励む者もいる。
 教科書、問題集、参考書。それらの武器を血肉と化して、来る戦に備えるのだ。
 机に突っ伏し、英気を養う者だって少なくない。消耗した上で乗り切れるほど、戦いは甘くない。万全なコンディションを整えようとする彼らの選択もまた、有意義な時間の使い方だろう。 
 次なる戦闘開始のチャイムが鳴った瞬間、学校は戦場に姿を変える。リスクなしに逃れる術など、ありえない。

 ……まぁ、僕は本日の初戦と二戦目をブッチしたけどさ。
 
「はぁ……」
 思わず零れた溜息が、思考を現実に引き戻す。今は、亀の歩みで教室に向かっている最中だ。
 穏やかな喧騒が、僕の耳に入っては通り抜けていく。楽しそうな響きは、僕の中に留まってはくれなかった。
 随分とアホな妄想をしていたと、我ながら思う。
 そんな下らない空想に意識を任せていたのは、ぐるぐる回る悩みを追い出すためだ。
 訳の分からない電波妄想に脳を浸していないと、ヘタレ心が顔を出して、また教室から足が遠のいてしまいそうだった。
 宮野先輩と話をしている間は、何の問題なかった。
 でも、別れて一人になって教室に向かおうとするや否や、不安や憂鬱が鎌首をもたげてきたのだ。
 一人だとよくないことを考えてしまう、という先輩の呟きが脳裏に甦る。至言ですね、宮野先輩。
 教室が近づくにつれ、足取りが重くなる。このまま教室の前を素通りし、昇降口まで行ってしまおうか。
 そんなヘタレ誘惑に少しだけ心が揺らいでしまったとき、向こうから歩いてくる中肉中背の男子生徒と目が合う。
 クラスメイトの、岸原敦彦だった。

「お、啓祐じゃんか。ガッコ来てたんだな」
 そいつが僕を呼びつつ手を挙げてきたから、僕も反射的に手を挙げた。
 茶色がかったくせ毛が特徴的なそいつは高校に入ってからの友人で、よくつるんでいる男だ。 
「始業式を休んだ上、二学期早々重役出勤とは、夏の間に不良になっちったか? 素行不良が学園長の耳に入ったら大変だぜ?」
 不良云々はともかく、学園長の話は笑えなかった。
 始業式欠席は連絡を入れたからよしとしよう。だが、さっきのサボタージュが学園長の耳に届いていたとすれば、ご指導を受けざるを得ないだろう。
 未だ一度も学園長直々のご指導を受けた経験はないが、噂では相当お厳しいらしい。
 ご指導を受けた学生の中には、トラウマを植えつけられて、学園長のお姿を拝見するだけで震え縮み上がってしまうようになってしまった奴もいるとかいないとか。流石に誇張表現だと思うけどさ。
「たった今まで夏休みは続いてたんだよ。僕の中では」 
「気持ちの切り替えが出来ていないダラけた啓祐に、面白い話を教えてやるとしよう。始業式に遅刻してきた奴らが、式中に公開説教をされたお話だ」
 敦彦の言が嘘や冗談でないのなら、どうやら、学園長伝説に新たな一ページが追加されていたらしい。
 正直、聞きたくない情報だった。
「遠慮しとく。笑えないから勘弁して……」
「安心しろ、笑えないのは啓祐だけだ。つか、お前凄い汗だな。走ってきたのか?」
「そうじゃないけど。色々あって、さ」
 屋上で日光浴をしてた、とは言えなかった。
 変な目で見られるくらいならまだいい。理由の追究が始まってしまうと、色々話さなければならなくなる。
 まだ気持ちの整理や感情の処理が少しも出来ていない。
 尋ねられれば誤魔化せないのは分かっているから、はぐらかせるうちに曖昧にしておいた。
 それでも、僕は自然と敦彦から視線を外していたんだけど。
 嘘は、苦手だった。
392夏の残り香 ◆HdhN8f97gI :2008/09/13(土) 20:20:54 ID:CRFrkVep
「……ふーん。ま、いいけどな。とっとと教室行こーぜ。深谷も沢口も、お前のこと気に掛けてたぞ」
 深谷と、沢口。
 その二人に敦彦と僕を加えた四人が、いつも集まって遊んでいる面子だ。
 だから彼女らの名前を出したことに、深い意味などなかったと思う。
 それなのに、僕の心が縮み上がった。沢口の名に、敏感になりすぎていた。
 沢口に気に掛けて貰えるなんて、震えるくらいに喜ばしかったはずなのに、今は切なくて仕方ない。
 胸が痛み、肺に重い空気が溜まってくる。心臓が拍動するたび、憂鬱さが広がっていく気がした。
 もう二度と、沢口の気持ちを喜んで受け取れる日は来ないのだろうか。
 寂寥感が渦を巻き、僕を飲み込んでいく。ちっぽけな僕は、それに抗えず流されるだけ。
「ほら、ぼーっとしてないで、行くぞーっ」
 敦彦が、僕の汗まみれになった背中を押してくる。暑いのにご苦労様だ。
 その元気さが羨ましく、そしてありがたい。
 押されるがままに廊下を進めば、あっという間に教室まで辿り着く。それでも、敦彦の勢いは止まらない。開け放たれたドアを潜らせようと、ぐんぐん僕を押していく。
「ちょっと、敦彦、待って――」
 制止を試みるが、間に合わない。心の準備も、沢口に会ったときのシミュレーションもできないまま、僕は穏やかな喧騒に満ちた教室に入れられた。
 約一ヶ月ぶりの教室。休み中に何度か顔を合わせた奴もいれば、全く会わなかった奴もいる。
「おーっす。久しぶりだなあ!」
 豪快に声を掛けてきたのは、学級委員の牧田君だ。貫禄のある笑顔に、懐かしさを覚える。
 牧田君に挨拶を返しながら、さりげなく教室中を見渡す。日焼けをしたり、髪型が変わっていたりで、雰囲気が随分違う奴も少なくない。
 夏休みを終え、少しだけ新鮮な級友たち。沢口の姿は、見当たらない。
 安心した自分が、憎らしい。
 楽しげに談笑するクラスメイトの中から、見慣れた女子が駆け寄ってきた。 

「体調崩したって聞いてたけど、もう大丈夫なの? 夏風邪引いちゃうなんて、米倉って実はバカだったの?」
 瑞々しい髪をベリーショートに切った、ボーイッシュな女の子が尋ねてくる。口調の端には毒が交じっているが、もう慣れているし気にならない。
 彼女の名は、深谷真奈子。僕や敦彦、そして、沢口とよくつるんでいる、友人の一人だ。
 爽やかな外見通りに明るく、自分の考えをストレートに口に出す奴だ。ストレート過ぎて時々毒を吐くが、悪意を感じさせないのがこいつの凄いところだと思う。
「まあ、ね。バカだとは自覚してるよ」
 質問の後半にだけ、答える。最初の問いに答えなかったのは、大丈夫だと言い切る自信がなかったからだ。
「そうかー。ま、バカでも生きていけるから元気出せ。あたしだってバカだけど、元気に生きてるよー」
 深谷は快活に笑い、僕の肩を叩いてくる。その様子は確かに、少しバカっぽいが、不快感を伴わない。 
 そもそも、深谷はバカなんかじゃない。頭の回転は速いし、成績だって悪くない。苦手科目に限っては赤点に近い成績を出すときもあるが、その程度ではバカと呼べない。
 まぁ、単純な奴だとは思うけど。
「いや、お前がバカだったら俺はどうなる? バカの中のバカとか、バカの王になってしまうじゃないか?」
 僕と同じことを考えていたのか、敦彦がツッコミを入れていた。
「岸原はバカっていうより、やれば出来る子。でも、やらないからダメな子だね」
 深谷の切り返しを聞き流しながら、ふと、思う。
 沢口は、僕の愚行を深谷に話しただろうか。
 沢口と深谷の付き合いは、小等部の頃からだと聞いている。実際、二人はめちゃくちゃ仲がいい。前にアルバムを見せてもらったが、彼女らはいつも同じ写真に映っていた。
 誰にも言えない話もできる仲なのは、間違いない。
 沢口の性格上、僕の愚かな告白を面白おかしく語ったり、雑談のタネにはしないだろう。
 でも、相談事としてならば、話している可能性はある。
 たとえば、告白を断った相手とどうやって付き合っていけばいいか、とか。
 ……考えただけで、死にたくなった。
 鬱に片足を突っ込んだ僕。出そうになる溜息を我慢し、何気なく引き戸の外に目を向けた。
 すると、丁度誰かが入ってきたところで――。
393夏の残り香 ◆HdhN8f97gI :2008/09/13(土) 20:22:44 ID:CRFrkVep
 心臓が、弾かれたように大きく跳ね上がった。
 慣用句ではなく本当に、心臓が口から飛び出しそうだった。
 
 教室に入ってきたのは、肩まで伸ばした黒髪に、黒いヘアピンを付けた女の子だった。フレームの薄い眼鏡の向こうにある瞳は大きく、ガラス玉のように綺麗だ。
 派手さは皆無で、素朴な印象を全身から醸し出している。
 小柄で華奢な体つきをした彼女は、小さな両手でピンク色の携帯電話を握り締めていた。
 彼女は相変わらず可愛くて、堪らなく魅力的で、だからこそ、僕の胸を締め付けて止まない。

 大好きな、女の子。
 沢口名希が、僕を、じっと見つめていた。

 急激に脈拍が増加し体温を上げていく。
 汗が掌を滲ませ背筋を伝い落ちる。
 筋肉が強張り体が動かせない。
 カラカラに渇いた喉からは声が出せない。
 極度の緊張感に支配されて頭が真っ白になる。
 暴れまわる心臓の音が聴覚を埋め尽くしていく。

 それでも鼓膜は、しっかりと彼女の声を、拾う。 
 
「米倉、くん……」

 沢口の小さな口が、僕を呼んだ。
 返事をしなければならない。何か答えなければならない。
 なのに体は言うことを聞いてくれない。呆けたみたいに口を開けているだけだった。
 ぐちゃぐちゃになった感情が心を荒らし、僕から冷静さを奪っている。
 悲しくて、苦しくて、切ない。
 そのくせ、嬉しくて、愛しくて、大好きで、訳が分からなくなっていく。
 ごちゃまぜになった感情が、巨大な津波となって押し寄せてくる。受け止めるには、あまりにも大きすぎた。
 
「さっき、米倉くんの携帯に電話したの。繋がらなかったから心配だったけど、来てたんだね」

 ピンクの携帯を掲げ、沢口が笑ってくれる。素敵な笑顔なのに、見ていられない。
 だから、目を背けた。本当は、もっと見ていたいのに。
「……ごめん」
 目を合わせずに短く謝るのが、精一杯だった。
 携帯は今も、ポケットに入っている。ただ、電源は切ってあった。
 心配の詰まった沢口からの連絡を、受け取るのが辛かったから。
「ううん、いいの。気にしないで。その、わたしの方こそ……」
 尻すぼみになって言葉が消えると、沢口も口を噤んだ。
 気まずい沈黙が、僕と沢口の間に横たわる。
 少し歩けば触れられる距離にいるのに、足掻いても手が届かない気がした。
「啓祐? 沢口? どしたんだお前ら?」
 敦彦が首を傾げて聞いてくる。
 深谷は黙ったままだったけど、心配そうに僕らの顔を見比べている。
 答えられずに、黙りこくる。沢口も、困ったように口ごもっていた。どちらも言葉を発さない。
 そんな僕らの代わりというように、授業開始のチャイムが鳴った。
 それでようやく、体は自由を取り戻す。でも僕が取れる選択肢は決して多くなくて。
 逃げるようにして踵を返すだけだった。
「お、おい! 啓祐!」
 敦彦の呼び声が投げ掛けられるが、振り返りも答えもせず席に向かう。
 夏休み前の席と変わっていないのが、救いだった。
394 ◆HdhN8f97gI :2008/09/13(土) 20:25:23 ID:CRFrkVep
以上、投下終了です。

今回登場したキャラの紹介を書いておきますね。
皆さんの物語を彩れるキャラになれば幸いです。

岸原敦彦(きしはら あつひこ)
・高校二年、帰宅部。
・やらないからダメな子。でもやれば出来る子。成績はよくない。
・少し茶色がかった髪、くせ毛。中肉中背。

深谷真奈子(ふかや まなこ)
・高校二年、帰宅部。沢口の幼馴染。
・単純で、考えをストレートを口にする。バカっぽいが、頭の回転は速い。
・ベリーショートでボーイッシュ。

沢口名希(さわぐち なき)
・高校二年、帰宅部。深谷の幼馴染。
・大人しくて気弱。真面目で細かいことを気にするタイプ。
・セミロングの黒髪。小柄で痩せ気味。近眼で、フレームの薄い眼鏡をしている。ヘアピンで前髪を留めている。

牧田(まきた)
・高校二年。学級委員♂。今後登場する予定はない端役。
395名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 21:44:14 ID:W+8YvThA
乙です、なぜか牧田を応援したくなりました、不思議!
396名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 21:47:56 ID:6j0pkA/4
>>384
18・・ 「高見山の合戦」 詳しい時期については不明

1866 「紫阿杜塾」が開設

明治

1868 戊辰戦争

1872 版籍奉還・廃藩置県を受け
    学制を定め、全国に小学校を開設 「高杜学園」に改名 初代学園長就任
    『高森学園 新聞部』発足

1877 西南戦争

1894 日清戦争

1902 『三嶽金属高杜製鉄所』が創業
    これにより高杜による政治的介入が始まる

1902 同年『三嶽造船所』運転開始

1904 日露戦争

大正

1914 第一次世界大戦 「高杜学園」に「士官学校予科予科」が併設される

1914 同年 学園敷地を巡る『高見神社』移転問題が起こる

1915 高杜学園にて学生運動の気運が高まる「契合事件」発生

1915 同年 高森学園にて謎の不審火が相次ぐ

1918 『高見神社』移転問題が白紙となる

1925 治安維持法 日本のファシズム体制が始まる

昭和

1929 アメリカの大恐慌 一時沈静化していた「高杜学園」による学生運動が激化

1931 満州事変

1937 日中戦争 

1939 第二次世界大戦 「高森学園」内部における対立が表面化する

1941 太平洋戦争

1944 『三嶽重工』を狙った空襲により『高見神社』の一部が焼失

1950 朝鮮戦争

1945 ポツダム宣言受諾 終戦

1946 財閥の解体

適当に捏造してみました、足りない部分は随時追加しましょう、
個人的に学校の教室と設備の設計図みたいのが欲しいですね、茶室とかもあるのかな?
397名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 21:51:50 ID:6j0pkA/4
×「士官学校予科予科」
○「士官学校予科」

訂正
398名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 21:52:00 ID:nahBN0C5
茶室というか、文化部と運動部の施設は一通り揃っているイメージがある
学年は何クラスあるんだろう、一学年で6〜8とか?
399名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 22:10:24 ID:/he7S4RY
早明浦観測会で部室が余ってるから一人でもOKみたいな台詞があったな
400名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 22:16:38 ID:HgeZaFEK
昔は経済・工業・情報科をあわせて十数クラスあったけど
少子化で教室が余ってるって感じですかね

あと現実の学校と同じで成績上位の進学組と落ちこぼれ組をクラスで分けてあったりw
学園長の性格からしてNGかな?
401名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 22:22:00 ID:hjcslRT4
>>396
…年表、ぞくぞくした。早速歴史モノ書き始めた。大正ロマンも頑張れ。
402名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/13(土) 22:30:31 ID:nahBN0C5
「わたしが当学園の学園長である、話しかけられたとき以外は口を開くな
口でクソたれる前と後に学園長ステキと言え、分かったか、ウジ虫ども!」

「サーイエッサー!」

「貴様ら雌豚どもが当学園を卒業できたら各人が兵器となる、母国に全てを捧げる勤労戦士だ
その日まではウジ虫だ!地球上で最下等の生命体だ!
貴様らは人間ではない!両生動物のクソをかき集めた値打ちしかない!
貴様らは厳しい授業を嫌う。だが憎めば、それだけ学ぶ
私は厳しいが公平だ、差別は許さん、不登校、落第生、お菓子をくれない奴を、私は見下さん
すべて―――
       . .
平等に価値がない!

私の使命は役立たずを刈り取ることだ、愛する大和の害虫を! 分かったか、ウジ虫!」

「サーイエッサー!」

「ふざけるな!大声だせ!」
403名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 00:42:11 ID:viyjkht7
>>402
あくまでネタだよね?
404名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 01:11:57 ID:EuprFhjO
ハートマン先任軍曹ネタ
405名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 01:17:36 ID:+0aXVc6Q
>>396
…やっぱり『三嶽』って響きが険悪だから、
『三峯』のほうがいいかなあ…
406名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 01:19:25 ID:982SR6aA
その名前だと鬼才を思い浮かべてしまうから困るw
何かイメージ固まりそうなSSが投下なされるといいんだけどね
407高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2008/09/14(日) 09:21:10 ID:KZRYqk6V
投下いきます。
あと、キャラクター使ってくれた人感謝です。
408高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2008/09/14(日) 09:22:40 ID:KZRYqk6V
1−5
 出た。信じるとか信じないとかそういうのを超越して、"彼女"は、ハッキリと俺達の
目の前に現れた。西京極先輩の言っていた"競泳水着を着た幽霊"……なんだよな。

「人が泳いでる前で何をイチャイチャしてるんですか。不潔ですよ」
 ん? イチャイチャって何のことですか? もしかして俺たちがそんな風に見えるのか?
「ふっふっふ。ようやく姿を現したわね。取材に応じてもらうわよっ」
 あ、雨宮さん? さっきまで俺の腕に抱きついてた女の子はドコ行ったんですか?
「いつまでくっついてんのよメガネザルっ。離れなさいっ」
「あっ、すいません。」
 あれ? そっちからくっついて来たんじゃ……

「私は水泳部の3年、氷川雹子です。明日は競泳の競技会だから残って練習してただけなの
ですが。あなたたち、一体何者なんですか?」
 このプールに未練を残して亡くなったんだな……おそらく。
「私達は新聞部なの。で、私は部長の雨宮つばき。こんな時間まで練習ってのは熱心でいい
心がけだけど、おかげで変な噂話が立っちゃったみたいね。今日のところはまっすぐ家に帰り
なさい」
 ん? 何を言ってるんだ雨宮さん。
「ご忠告どうも。でも最近タイムが落ちてきてるのです。もし明日の競技会で優勝できなかっ
たら……いっそ明日なんて来なければ、などと思うくらい不安になってしまうんです。泳いでる
時だけはそういう事を忘れられるんですが……」
「何言ってるの? 水泳の大会で優勝できなかったくらいで何がどうなるっていうのよ」
「……私には競泳しかないのです。競泳で結果を出したときだけ周りが私の存在を認めてくれる。
あなたたちには理解できないかもしれないですけれど」
 随分思いつめていたんだな……それで成仏できないってところか。
「はぁ? 意味わかんないんだけど」
「あ、雨宮さん……あんまり刺激しないほうがいいんじゃ……いえ、何でもないです」
 まさか雨宮さんに除霊の心得があるとも思えないけど、何? って顔をされたので黙っておく。

「わかりました。騒動になるといけないから夜中に練習するのはもうやめます」
「人生は一度きりなんだから、一つの事に固執するのはもったいないわ。もっと楽しい事を
見つけなきゃ」
 雨宮さん。あなたは楽しいかもしれませんが、周りのことも……ちょっとでいいから考えて下さい。
「あなた、曇りの無いまっすぐな眼をしていますね。私は泳ぐのが楽しいからから泳ぐ……その事を
忘れていたのかもしれないですね。」
 氷川先輩は優しい微笑みを浮かべてプールの出口のほうへと足音も無く進んでいった。

「こういうの、『幽霊の正体見たり枯れ尾花』っていうのかしら」
「え? 何言ってんですか雨宮さん。氷川先輩は本物の幽霊でしょ?」
「はぁっ? だって普通に立ってたじゃん」
「あ、雨宮さん、こ、怖くないんですかっ。わ、わたしなんか震えが止まらなかったんですよ〜」
「ひかるちゃんまでおかしな事言うわね。なんで幽霊扱いなのよ」
 おい、まさか本当に水泳部員がこんな時間まで残って練習してたなんて言うんじゃないだろうな。

 まあ、いいや。今日のところは眠いので帰って寝よう。明日にでも水泳部を訪ねてみればわかることだ。
409高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2008/09/14(日) 09:24:02 ID:KZRYqk6V
1‐6
「氷川……雹子……だと?」
 水泳部の顧問、水本先生の表情が強張る。
 氷川先輩との出会いから一日経って、水泳部が練習する室内プールにやってきた俺と雨宮さんの二人。
「そ、そんな部員は……ウチにはいない。よ、用はそれだけか?」
 うーむ。何かを知ってるなこの人。しかしこれ以上の詮索は……
「新聞部の尋問に対して黙秘権は認められないの。知ってる事は全て吐き出しなさい」
 じ、尋問!? 取材じゃなかったんですか??? それに、そんな権限はウチの部には無いですよ、
雨宮さん……

「と、とにかく、氷川なんて生徒はいないんだっ。もう済んだ事……いや、何でもない」
 済んだ事? 何だろう。でも確かに練習中の部員の中に昨日会った氷川先輩の姿は見えないようだが。
「どうします? 雨宮さん……」

「あー、ひかるちゃんからメールだ。ちょっと待って」
 関係ないが、雨宮さんに会ったあの日に俺のメアドを教えようと思ったら「いらない」って即答され
た事をふと思い出す。
「ん? 新聞部の部室に誰か来てるみたい。行こっ」
「あれ? 取材はもういいんですか? あ、待ってくださいよ……えっと、水本先生。失礼します。」
 俺は取材(?)に応じてくれた水本先生に軽く挨拶し、雨宮さんを追った。

 新聞部の部室に着くと、扉の前に雷堂寺先輩がちょこんと立っていた。
「あ、部長さん。メガネ君。……ええと、あの……中に、中にいます。」
 雷堂寺先輩のこのうろたえ様は……また、出ましたか。
 ガラガラガラ。部室の扉を開いた雨宮さんの背後から部屋の中を覗き見る。雷堂寺先輩は遠くから
様子を見ている。
「あっ。部長さん。ええと、後ろの……」
「東雲っす」
「どうも。東雲君ね。昨日は見せつけてもらったわ」
 昨日の夜中にプールで会った氷川先輩が椅子に座っている。格好は競泳水着で無くこの学校の制服
を着ている。昨日会ったときは暗かったのでよくわからなかったが、肌の色は透き通るように白く、幽霊
っぽさをグッと増している。ていうか昨日のアレは……俺たちそういう関係じゃないですから。
 俺と雨宮さんは椅子に座って話を聞くことにした。
「私はつばきでいいわ。えっと、昨日はあの後ちゃんと家に戻ったのね」
「はい……」
「あなた水泳部でしょ? 他の部員と一緒に練習しなくていいの?」
「雨宮さん。だから氷川先輩は……」
「ていうか今日競技会だって言ってなかったっけ?」
 雨宮さんは氷川先輩がまだ普通の水泳部員だと思っているのか。
「自分の部屋に戻ったら、すごく綺麗に整頓してあって、机の上には写真が飾ってあったんです。そこへ
お母さんが入ってきました。写真に向かって手を合わせその日の出来事を話しかけていました」
 それって……どう考えても。やっぱり、そういう事なんだな。ご愁傷様です。

410高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2008/09/14(日) 09:26:09 ID:KZRYqk6V
1‐7
「その姿を見て、私……わかったんです。もう帰る場所は無いんだなって」
 後で雷堂寺先輩が調べたところによると、氷川先輩は今から十数年前に競技会を翌日に
控えた晩に交通事故で亡くなっている我が校の水泳部の生徒である事は間違い無かった。
その事故に関しては既に処理が済んでおり、加害者のトラック運転手はもう賠償も刑期も
終えている。

「それで私……どこに行ったらいいのかわからなくて」
「ふーん。そうなんだ」
 返事をしているが、ちゃんと理解してるのかな雨宮さん。雰囲気で言ってないか、ん?

「そこで提案なんだが」
「いたんですか部長……じゃなかった、部長代行」
 ここで紹介をしておこう。新聞部の俺以外のもう一人の男子部員、3年生の雪村冬慈先輩である。
4月、雨宮さんに部長の座を譲った……いや奪われた後も部長としての雑務はほとんどこの人が
こなしている。いい人なんだろうけど自己主張に欠ける(俺も他人のことは言えないが)、というのが
俺の人物評である。

「あ。ちょっと待って」
 いきなりさえぎりやがった。せっかく台詞をもらえたのに不憫過ぎる。
「で、ひょこたんは何したいわけ?」
 雹子=ひょこたんです。念のため。
「私……水泳ばっかりしてきたので、本当は何をしたいのかわからないんです」
 いいねえ。青春っぽいよ。うん。
「じゃあさ、ウチの部に入ったらいいんじゃない?」
 そう言いながら雨宮さんの表情がちょっと変わった。面白い事をおもいついた顔だ。嫌な予感がするが。
「この部って……新聞部ですよね。取材とかするんですか」
「正確に言うと、取材と称して学園の内外をただただ歩き回ってるだけの……ゴフッ」
 雨宮さんの右ヒジが俺のみぞおちにクリーンヒットした。昼食べたカレーが逆流しそうになる。うぷっ。
「そんなことないでしょ。我々はジャーナリスト精神にのっとって活動してるんだからね」

「ふふっ。仲良いんですね、お二人さん。うらやましいです」
 いや、俺が一方的にボコられてるだけですが……でも、氷川先輩の笑顔は初めて見たな。
「ふうん。コイツでよかったら貸すけど?」
 おい。誰がいつあんたの所有物になったんだ? それに貸すってどういう意味だよ。
「じゃあメガネ。そういうわけだから」
「え……そういうわけって何?」という俺の質問は無視し話を続ける。
「ひょこたん。デートってしたことある?」
「デートですか……? 私、恋愛というものに縁がなくて……泳いでばかりでしたので」
「ちょうどいいわ。初々しい画がとれそうね」
 雨宮さん。何でちょっと楽しそうなんですか? ちょうどいいってどういう事だろ。
「よくわからないですけど、私も仲間に入れてくれるってことですね。よろしくお願いします」

 というわけで、新しい部員を加えた我らが高杜学園高校新聞部は、世界を大きく揺るがすことも
なく、フツーの日常をほんのちょっとだけ刺激的にするきっかけを日々追い続ける。

 ――多分つづく。
411高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2008/09/14(日) 09:31:10 ID:KZRYqk6V
投下終了。一応ここまで第1話です。

キャラク紹介
・氷川雹子(ひかわ ひょうこ)/♀
 高等部3年。新聞部。幽霊部員。
・雪村冬慈(ゆきむら とうじ)/♂
 高等部3年。新聞部部長代行。影薄い。
412名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 11:05:19 ID:LnR2r5Vx
乙です

それと一つ質問が
いま書いてる話が偶然他の人の作品と似てしまったんだが、やっぱり書き直すべきだろうか?
413名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 11:30:24 ID:viyjkht7
>>412
折角書いたんだから投下した方が良いと思うよ。
414名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 11:36:18 ID:+0aXVc6Q
>>411
GJでした。
415早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/14(日) 11:40:19 ID:imiILW/R
これから投下します
416早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/14(日) 11:41:11 ID:imiILW/R
 今日は週の始めの月曜日。
 休みが終わり、新しく訪れる五日間に憂鬱なものを感じながら登校した御上は教室に入るなり更にテンションを落とした。
 その日は早く目が覚めたので教室で一眠りしようとしていた事もあり教室にいる人間は少ない。
 が、一人の少女が席に座って本を読んでいた。
 長い黒髪は艶やかで美しいのだが、前髪まで長く、表情を隠しているのが原因か陰鬱な雰囲気を漂わせている。
 夜道で遭遇すれば幽霊と間違えること請け合い。

 この少女こそ御上の天敵と言っても過言でない存在だった。
 天敵だとはっきり認識しているなら無視すれば良いのだが、生憎と彼女の席は御上の隣だったりするので無視しても向こうから接触してくる。
 そうして基本的にヘタレな御上は相手のペースに乗せられて会話を始めてしまうのだ。
 しかし、それは何となく面白くないので最初くらいは能動的に行こうと思うのは彼のくだらない自尊心だった。

「……来たのか。一週間ぶりだな」

 鞄を机の上に乱暴に放り投げ何気ない口調で話しかける。
 向こうは読んでいた本に白詰草の押し花で作った栞を挟んでパタンと閉じる。

「……ええ…………百六十時間ぶりね」

 声に色があるとしたらこいつの声は間違いなく黒系統だ、と御上は確信を持って言える。
 この女の名前は綾嶺槙葉(あやみねまきは)
 本人曰く、現世での名前らしい。
 そして早明浦観測会の部長である。
 余談になるが、人数の関係で御上は仕方なく副部長をやっている。
 しかし、部長の登校状況は教師陣にとっては周知の事実なので連絡事項はすべて副部長に伝えられている。

「毎度の事だが、休んでいる間なにをやってた?」
「…………世界の平和を……影ながら」

 一年前から変わらぬ返答。
 完全な予定調和である。
417早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/14(日) 11:42:17 ID:imiILW/R
「……そうかい。そりゃご苦労様。感謝状でも贈ろうか?」
「別に……見返りが…………目的じゃないから」
「あっそ」

 生返事をしながら椅子を引いて席につく。
 会話が一段落した事を察したのか、相手は本を開いて読書を再開する。
 本は黒いハードカバーで表紙はよく見えないが指の隙間から黒魔術という単語が確認出来る。
 記憶を呼び起こすと一週間前は陰陽道関連でその前はアメリカ発の創作神話だった。
 その読書傾向から分かるように彼女はちょっとアレな所がある。

 だが、別にそれは構わないと昔の御上は思っていた。
 人の嗜好までとやかく言うつもりはなかった。
 他人に押し付けさえしなければ。

 彼女に言わせると御上は「未だ目覚めぬ精錬の御子」らしい。
 期待されても一生目覚めないと御上は思う。
 それと巫女や皇子や神子もいるらしいが深く考えないようにしている。

 高校二年にもなって何を言ってるんだろうな。
 そういうのは三年前に卒業しろよ。

 御上としては、少年少女による凶悪事件が起きるたびにマスコミが熱心に主張する漫画やゲームの悪影響を肯定する訳ではないが、こいつといるとちょっと揺らぎそうになる。
 まあ、彼女はオタクともちょっと違うが、周囲にとっては十把一絡げだ。
 そして、これが学年トップクラスの成績なのだからこの世界は間違っている。
 なので「一週間も休んで大変だな。俺のノートを見せてやるぜ!」などという気遣いの心が沸き上がる余地はまったくない。
 尤も、御上のノートは字が汚い上に黒板を全部写している訳ではないので他人に見せられる代物ではないのだが。

 ふと、黒板の上にかかった時計を見上げると長針が「11」を指している。
 HRまで時間があるので御上は当初の予定通り机に突っ伏して瞼を閉じる。
 時間が経つにつれ生徒が増え教室内がざわめきだす。
 週明けなのか、いつもより明るく、賑やかな気もする。

 そんな中、退屈ながらも平和だった日常は呆気なく終了し、また今日から始まるだろう波乱に満ちた日々の予感に御上は背筋を震わせるのだった。


418早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/14(日) 11:43:22 ID:imiILW/R
以上です。

>>412
投下する人が増えてきたから内容が似るのはある程度しかたないと思う。
似てる度合いが分からないから何とも言えないが、同じ様な内容でも作家によって雰囲気は変わるし気にせずどんどん投下していいんじゃないかな
419名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 13:31:07 ID:IMRPzlyB
ここまでのスレの流れをちょっくらまとめなおした。
設定と合わせて、たまに読んでみてね。

http://www26.atwiki.jp/sw_takamori/pages/20.html
420名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 15:27:06 ID:+0aXVc6Q
>>419
乙です!!

とりあえず小学校の設定を整理してみました。
あと学園初等部との三校が、市内の小学校ということでどうでしょうか。

高杜市立第二小学校

市の南部の住宅地に隣接した公立校。好況と開発に沸き、市の人口が跳ね上がった約四十年前に創設されたが、昨今の少子化により、同じ市内の高杜市立第一小学校との統合が検討されている。
通称『二小』。

高杜市立第一小学校

市の中央、いわゆる『旧市街』に建つ、創立八十年を迎える小学校。
ノスタルジックな木造の旧校舎、講堂は古き良き教育環境を偲ばせるが、児童数の減少により、高杜市立第一小学校との統合が検討されている。
通称は『高小』

421『杜を駆けて 番外壱』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/14(日) 16:37:49 ID:+0aXVc6Q
投下
422『杜を駆けて 番外壱』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/14(日) 16:39:05 ID:+0aXVc6Q
「じいちゃんが兵隊にいったんは戦争に負けるほんの少し前、そろそろ、セミが鳴き始めたころやった。
戦争に行く、言うても、もう日本には、船も飛行機もない。配属先が、その高杜市やった。
当時三峯の軍需工場があったから、そこの守備隊駐屯地へ送られたんや。正直、三峯の造船所も、製鉄所も、空襲でほとんど焼けてしもて、なんにもすることが無い毎日やった。
ボケっと哨舎の前に立っとったら、そのうちに街の人が『兵隊さんどこから来てるんですか?』
て話かけてくるようになって、『大阪のおもろい兵隊さん』ちゅうことでまあ、のんびりやっとったわ。
上官の堀少尉言う人も、わしよりだいぶ若かったけど、優しい人でな。ほんま戦争や、ちゅう緊張感は全然なかった。

ある日、その堀少尉が、部隊の連中集めて、珍しく難しい顔で、わしらに言うた。

『…新高炉の復旧工事の為、材木が必要になった。今から高見神社に、杉材を徴発に行くから、トラックの準備をするように。』

嫌な予感がした。
神社の杉材ゆうたら、たいてい御神木や。ほいでも、日本じゅうで寺の鐘を溶かして、弾作っとった時やし、それに何よりも上官の命令は、絶対やっちゅう時代やったんや。

423『杜を駆けて 番外壱』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/14(日) 16:40:31 ID:+0aXVc6Q
『何人、行くのでありますか!?』

吉田伍長が尋ねた。

『神社の石段は長い。トラックまで担いで降りるから、八人連れて行く。』

行きたなかったけど、案の定、わしはその八人の中に入っとった。
貴重なガソリン使こて、丸太一本で直るはずもない設備のために…
とため息をつきながら、わしらはトラックの荷台に揺られて、高見神社へ向かって走った。


『…見てみろ、あれが自分の母校だ』

高見神社に着いて、堀少尉が真下に見える広い敷地と学舎を見下ろして言った。
堀少尉が高杜の出身やて、この時初めて知った。
『…頂上へ上がるとな、沖のほうに…』

少尉が子供みたいな表情で話し始めたとき、神主と土地の顔役が集まってきて、もじもじした挙げ句に、神主が口を開いた。

『…なんとか…ならんでしょうか?あの杉は、『杉登り』の… 』

秋祭りの祭事に使う、お祓いも済んだ大事な木や、ちゅうことやった。
…まあ、わしらに、だんじりの山車よこせ、ちゅうようなもんや。酷い話やな。

『…この時局に笑止である。聞かなかったことにします。』

堀少尉は冷たく言って、わしらに、すぐ杉を運び出すように命じた。


424『杜を駆けて 番外壱』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/14(日) 16:42:19 ID:+0aXVc6Q
そのとき、顔役の一人が、赤い顔で、震えながら堀少尉に怒鳴った。

『…信夫!! お前も、『先手の童子』だろ!!』

『受領票であるッ!!』

少尉はポケットから書式をテーブルに叩きつけると、そのままトラックに向かった。辛そうやったが、何も言えんかった。
杉を担いで石段を降りていくと、あっちにひとり、こっちにひとり、年寄りと小さい子供ばかりが、恨めしそうにこっちを見とった。

祭りで神楽や太鼓をやるような大きな子供は、みんな勤労奉仕で、その上の学生らは学徒動員でおらんかったんやな。
わしらは目ぇ伏せて、黙々と荷台に杉をくくりつけると、逃げるように山を下った。

誰も荷台で口を開かんまま、トラックは駐屯地を目指した。
みんな田舎の祭りを思い出してるみたいで、ええ天気やのに、暗い道中やった

それから、今はどうなっとるか知らんけど、西へ流れる糸切川に、糸切橋ちゅう長い土橋があって、その橋の丁度真ん中でまできたとき、突然、嫌なサイレンの音が鳴り響いた。
空襲や。
橋を歩いてた高杜の人が頭抱えてうずくまったんで、トラックは前にも後ろにも行けんようになった。
そして、すぐに街のあちこちから火の手が上がり始めた。

425『杜を駆けて 番外壱』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/14(日) 16:45:03 ID:+0aXVc6Q
わしらは兵隊らしいことなんにもできんと、ただ、阿呆みたいに『退避!! 退避ー!!』と叫び続けとった。どこも、逃げるとこなんか、有らへんかったのに。
トラックの荷台で、斜め上空を睨んどる杉の木を見て、『ああ、こいつが高射砲やったらなぁ…』て思た瞬間、橋の欄干に爆弾が落ちた。
わしらも、トラックも、高杜の人達も、あっという間に崩れた橋から、はるか下の川に落ちた。

ここで死ぬんか…
そう思たけど、わしはトラックの荷台に乗ったまま生きとった。
ほいでも、死ぬんは時間の問題や。トラックは沈んで行くし、川の両岸は火の海や。水面には、
一緒に落ちた女学生や、小さい子供がひしめいとった。軍人の端くれとして、ここで高杜の人と一緒に死ぬんが当たり前やと思た。

そのとき、そのときや。人生で初めて、わしは奇跡ちゅうもんを見た。

トラックは姿が見えんほど沈んで、わしが立ち泳ぎを始めたとき、しっかり結んであった杉の木のロープが、バチッと音を立てて切れた。
何ヶ所も、同時に丈夫なロープが切れて、枝を払った杉の木は、ぷっかりと、水面に浮かんだ。

わしと堀少尉だけが、はっきりと、それを見とった。

426『杜を駆けて 番外壱』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/14(日) 16:46:36 ID:+0aXVc6Q
『少尉殿!! ロープが!!』

わしが叫ぶと少尉は黙って溺れる子供を杉の木に掴まらせ、ただ『民間人を救助!!』とだけ命じた。
九州で水泳の選手やった山口上等兵は、もうふんどし一枚になって次から次へと、杉の木へ溺れる民間人を運んどる。
わしも、無我夢中で木と高杜の人の間を往復した。
やがて杉の木は、周りの人がみんな掴まったのを確認したように、ゆっくり下流へと動き始めた。丁度潮の流れが変わっただけかも知れん。でもわしらには、神さんの仕業としか思えんかったな。

火の海になっとる両岸を避けて、すいすいと川の真ん中を走る杉の木の上で、小さい子供が軍艦マーチを歌いだした。
わしらは笑うた。
この状況で笑えるやなんて、神さんの力やのうて何や、とそのとき、また思た。

…ほんで、これが最後の不思議な話や。

『ほれ。着いたで。』

そんな感じで、杉は焼け残った安全な岸へすっ、と寄って、わしらを下ろした。
岸へへたり込んで一服しながら、ふと気づくと、川から上がって来た人数がなんと三十九人。
とても一本の杉に掴まれる人数やない。そら、人の背中やらに掴まってた人もおるかも知れん、
それでも全員、呆気にとられて杉の木を見た。

427『杜を駆けて 番外壱』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/14(日) 16:47:59 ID:+0aXVc6Q
年寄りがしわくちゃの顔、もっとしわくちゃにして、杉の木を拝んどる。わしは、じっと杉の木を見とる堀少尉に言うた。
『この木は、命の恩人であります。神社に返すべき、と考えます。』

山口上等兵も吉田伍長も、それから助かった高杜の街の人も、みんな堀少尉を見た。ほんで、少尉は、今思えば軍隊最後の命令を出した。

『…これより本隊は、徴発品『キー八拾八』を高見神社に返納する。民間人は、可能な限り協力するように。』

みんなワッ、と歓声を上げた。
杉を担いで、ぞろぞろ歩く道中、街の人は、『紫阿童子の神楽舞い』の話を聞かせてくれて、
堀少尉も、この木に登った武勇伝を楽しそうに
話してくれた。

そのあと…堀少尉は軍規違反で営倉に入れられて、すぐ日本は負けた。
結局、少尉に挨拶もせんまま、わしは復員して、大阪へ帰って来たわけや…」

おじいちゃんの長い話が終わり、僕は再び高杜学園の入学案内を見た。

『よし…』

…どうやら僕の人生も、高杜学園に向いた流れに乗って、進んでいくようやった…


END

428名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 16:49:57 ID:+0aXVc6Q
投下終了。こういうのはやっぱりペケ!?
429名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 16:50:21 ID:viyjkht7
投下しても大丈夫かしら?
430ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/14(日) 16:54:34 ID:viyjkht7
#5 1/2

 暗がりの暑苦しい部屋の中、汗の匂いはきつくむせ返るほど不愉快に漂っている。
 しかし、シーツの上で遠矢は胎児のように丸くなり、スヤスヤと寝息を立てている。
 どんな夢を見ているのかは解らないが、瞳を閉じて穏やかな笑みを浮かべて、僅かに開いた口端からは涎の糸が垂れている。
 隣で肘をついて寝転んでいる由良は、そんな無防備な遠矢の寝顔を見て相好を崩す。
 由良があいている指で涎の線を救うように撫で取ると、遠矢はむにゃむにゃとむずがりながらその手を叩く。
 そしてうっすらと目を開け、寝ぼけ眼を擦りながら上半身を起こした。
「……汗臭い」
「おはよう、遠矢」
「暑いし、汗臭いから、窓、開けて」
 まだ目が覚めきってない遠矢は間延びして片言だ。
 由良がカーテンを開けると柔らかい日差しが射し込み、窓を開けると涼しい湿った風が入ってきて、部屋の空気を入れ替える。
「今何時?」
「ちょっと待って……、まだ、10時前ってとこかな」
 シンプルな目覚まし時計が指し示した時間を読み上げると、由良はクローゼットから白いコットンシャツを取り出して遠矢に渡した。
「いつまでも裸でいないで服を着な。一応、男物だから」
 遠矢は目を細めて怪訝そうに由良を見る。
「男物?」
「そ。このなりだとサイズが合うのが少ないんだよ」
 気だるそうに答えて、由良は窓の外を見ながら髪をかきあげる。
「由良ってでかいからな」
「遠矢は大きいのって嫌いだっだ?」
「そうでもない」
 遠矢は上体を起こすと渡されたシャツに顔を押し付けて匂いを嗅いだ。
「由良の匂いがする」
 遠矢の仕草に、由良は眉を潜めて冷たい視線を送る。
「匂いなんてしないよ。洗濯済みだからね」
「そうか?でも、なんだか良い匂いがする」
 遠矢は匂いを嗅ぐのを止めて、シャツに袖を通した。由良はその姿を見てプッと吹き出した。
「ちょっと大きすぎたね、それ」
 シャツを着るというよりシャツに着られているといった姿の遠矢は、ダボダボと余った袖を揺らして憮然とした顔だ。
「腕をまくれは関係ないよ、こんなの」
「……そうだね」
 身体を震わせて笑いを堪えながら、由良は遠矢の隣に腰を降ろした。シーツは二人の汗で湿っているが、それは不快ではない。
431ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/14(日) 17:07:57 ID:viyjkht7
#5 2/2

由良はそっと遠矢の手に手を重ねる。
「昨日は元気だったね」
「俺、初めてだったから良く解らない。由良は初めてじゃないんだろ」
 由良はフッと笑うと、遠矢の頭を髪をクシャクシャにするほど強く撫でる。
「まあね、初めてじゃない。……ガッカリした?」
「うーん、よくわかんない。ガッカリしたかもしれないけど、由良は綺麗だったし、色々教えてくれたし」
 言葉には釈然としない響きがあるが、遠矢は顔に不快感を出してはいない。
「そっか。それなら良い」
 由良は撫でる手を放して、立ち上がる。そして、部屋の入口に立ちドアノブを握る。
「なにか飲む? 親が出掛けてるから大した物が出せないけど」
「だったら外で飲もう。今からモールに出ればマクガフィンだって開いてるし、ヘレンさんとこだってやってる」
 遠矢はズボンのポケットから安っぽいナイロン地の財布を取り出すと、中を確認する。
「だったらマクガフィンのコーヒー、奢ってくれる?」
 由良の言葉に遠矢は、げ、あの泥水、と顔をしかめる。
「美味しいコーヒーは何処でも飲めるけどあの泥水だけは余所じゃ飲めないんだから良いじゃない」
 仕方ないな、と諦めて立ち上がと、遠矢は身体の節々が重く痛むのに気付いて閉口した。
「なに、遠矢……筋肉痛? やっぱり昨日は頑張りすぎたね」
「別に良いだろ? 由良の事が好きなんだから」
 由良はその言葉を聞くとぺしっと遠矢の額にでこぴんをする。
「好きって言葉、安売りしない方が良い」
「安売りだって良いじゃん。由良にだったらバーゲンセール、大安売りだ」
「……マセガキ」
 呆れたように呟く由良は、勢い良くドアを開けた。
「じゃ、行こうか」
「そうだな。早く行けばモーニングに間に合う」

 遠矢は部屋を出る前にベッドを見る。昨日は確かに頑張りすぎたな、と一人ごちてドアを名残惜しそうにゆっくりと閉めた。

――To be continued on the next time.
432名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 17:09:30 ID:viyjkht7
皆さん投下乙です。

>>428
自分は大丈夫だと思います。
433名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 17:24:22 ID:+0aXVc6Q
つか、由良が
(((゜д゜;)))
434ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/14(日) 18:06:27 ID:viyjkht7
今回は#6でしたorz
まとめサイト管理人様、訂正をお願いします。
435名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 20:23:38 ID:LnR2r5Vx
このスレには百合が足りないな……
436名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 20:55:53 ID:imiILW/R
百合、か・・・・・・
とりあえず今考えてる女子校の設定を投下してみる
書きたいネタはあるのに遅筆な我が身が憎い


創発女学院
明治に創立された伝統ある学校で高杜市の北部に位置する。
元々は英国に姉妹校を持つキリスト教系のミッションスクールだったが昭和前期の軍国主義の煽りや生徒数の減少による経営悪化。
それより一般の生徒も受け入れるようになり現在はお嬢様学校として知られている。
前記の理由により創立初期に比べれば宗教色は薄まっているものの、週末のミサや朝夕の礼拝などの習慣は残っており選択教科で神学を学ぶ事も出来る。
幼等部から大学院までの一貫制だが高等部や大学からの入学生も多く、当然ながら高等部や大学からの生徒にキリスト教徒は少ない。
また、高杜学園と同じく敷地内に学生寮があるため遠距離通学者や特別な事情を持った生徒も安心して通う事が出来る。
437名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/14(日) 21:05:07 ID:viyjkht7
百合は嫌いじゃないけど……書くのがむずかしいです。
ライトじゃなくてヘビーな物になる可能性が高いかも。
438 ◆v8ylbfYcWg :2008/09/14(日) 21:17:22 ID:6K8CJHsb
休日だからか投下が多くて嬉しいっす
どうも上手く書けない・・・orzてな訳で5話投下します
439団子と嘘と子キツネ ◆v8ylbfYcWg :2008/09/14(日) 21:19:32 ID:6K8CJHsb
団子と嘘と子ぎつね。第5話

顔を上げた隆也を、人懐こい笑顔がニィと覗く
後ろに紙袋を持ったヘレンが、背を曲げてタバコを吸おうとした隆也の顔を見てニヤついている
隆也は懐からタバコの箱を取り出し、吸おうとしたタバコとライターを収めると髪を掻く様な動作で俯いた
「……まぁ、そんなもんです」
どことなく気恥ずかしさを込めて、隆也はそう言った。正直アングルに困っている。胸的な意味で

隆也の返答に、ヘレンはニヤニヤしたまま、紙袋を持っていた手を横に回して隆也の横に座った
意外に距離が近い為、隆也はどう反応して良いか困る。と、ヘレンが微かに顔を隆也に向けながら言った
「タバコ吸うんだね〜。結構意外。慧の話を聞くと生真面目で健康そうなイメージがあったから」
ヘレンの言い方に妙なシコリを感じながらも、隆也はそうですか? と苦笑交じりに答えた

「うん。まぁ私の勝手なイメージだから気にしないで。スパスパ吸いなよ……ってそんな事言っちゃ駄目か」
ククっと、ヘレンは含み笑いをした。隆也はぼうっとしていたが、釣られる様に苦笑した
しばらく二人で小さく笑いあい、、ふっと隆也はヘレンに聞いた
「それで、ヘレンさんはモールに何の用事で来たんです?」

視線を宙に漂わせながら、ヘレンは淡々と答える
「ちょっとした野暮用だよ。店は近藤に任せてあるからだいじょーぶ」
そう言ってニっとヘレンは笑顔を作った。可愛らしいな、と隆也は思ったが慧に怒られそうなので止めた
そういや慧は何処に行ったのだろう。探しに行こうかなと、隆也はヘレンには悪いが会話を区切ろうとした、矢先

「あ、ごめんごめん、慧を待ってるんだよね。ごめんね、長話させて」
へレンがそう言って腰を上げた。片手で尻をはたき、隆也のほうを向き直って言った
「じゃ、慧に宜しくね。またうちに来てくれると嬉しいな。それじゃ」
隆也に背を向け、小さく手を振りながらヘレンは雑踏の中に消えていく。ヘレンと入れ替わるように、慧の姿が見えた

「ごめんね〜。かなり待たせちゃったね」
駆け寄ってきた慧の手には、先ほどの「プリズン」での買い物の紙袋とは別に一つ、買い物袋が増えていた。ビニール袋だ
それほど膨らんではいない為、大した買い物では無さそうだ。隆也はそれに気づくと、息を整えている慧に率直に聞いた
「また、何か買ったのか?」
440団子と嘘と子キツネ ◆v8ylbfYcWg :2008/09/14(日) 21:21:01 ID:6K8CJHsb
隆也の質問と目線に気づき、慧は右手に持ったビニール袋を掲げた。何かのキャラクターだろうか? 
着物を纏った少女のイラストが、『高杜スマイリー』と言う文字と一緒に印刷されている
「あれ、隆也君ガイドブック読んでるのに知らないの? ここのスーパーって品揃えが良いんだよ」
小さく首をかしげながら、慧が微妙に的外れな答えを返す。慧の用事が一通り済んだ様なので、モールを後にする

タバコは吸えなかったが、それなりに足の疲労が回復したようだ。隆也は慧の歩行スピードにあわせる。結構早い
「今日はお祝いでね、夕食はステーキにしようと思うの。誠二ももう帰ってくるしね」
微笑みながら慧が、隆也にそう言った。ステーキか……隆也は食卓に並ぶそれを思い浮かべた
あっちではインスタントというか簡素な食事ばかりなので、ちゃんとしたご飯は久々かもしれない
それに……ふっと、慧が隆也の顔を見て、ぷっと吹き出した。

「私の顔、そんなにおかしい?」
「え?」
「だって私の顔じっと見てるんだもん。何か勘ぐりたくなるじゃん」
ニコニコしながら慧が、頭に疑問符を浮かべた隆也に言った。隆也は慧が笑っている理由がイマイチわからない
けれど慧の表情がここまで豊かなのかと、隆也は改めて思った。1年足らず傍に入れなかっただけで色々と忘れてしまう物だと、しみじみ感じる
そろそろ隆也、もとい森下家の一軒家がある南部住宅街が見えてきた。会話を止め、二人は足を速める

「……ごめんな、傍にいてられなくて」
ぼそりと、隆也が慧にそう呟いた。慧は隆也の言葉にううんと小さく首を振る。そして小さく呟く
「そんな事、無いよ」
慧が足を止め、隆也の服の裾をきゅっと掴む。隆也が顔を向けると、慧がどこか神妙な表情で、隆也を見つめている

「ねぇ、隆也君。もし……」
はっきりと、けれどどこか頼りなさげな声で、慧が言った。隆也は黙って聞く
「……ううん、ごめん、何でもないよ、かえろ、お腹すいちゃった」

一転ぱっと満面の笑顔で慧は隆也の前にスキップしながら躍り出た。隆也はその代わり身に、俯いて苦笑した
だが妙な不安も抱いたのもある。慧の憂鬱な表情を見るのはここ数年見なかった。いつも明るい表情ばかりが記憶にある
ふと、頬に冷たい感触を感じた。隆也は空を仰いだ。先ほどまで晴天から、灰色の雲が空を覆っている

「小雨か……土砂降りにならなきゃ良いが」



高杜モール内に新スポットを作ってみました
今後物語の中で自由に使ってもらって構いません

高杜スマイリー
・高杜モールで経営しているスーパーマーケット。それほど規模は大きくないが、品揃えが良いと市民から好評
 毎回趣向を凝らしたセールをしており、特に詰め合わせセールは大好評
 ちなみに買い物した際に貰えるビニール袋の絵は、高見神社に伝わる継承、紫阿童子の登場人物、椿姫をモデルとしている・・・・らしい
441セクシャルコンプレックス:2008/09/14(日) 23:59:28 ID:TqPdKm5D
投下乙です、読み切りっぽいのいきます
442名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 00:00:23 ID:TqPdKm5D


 『私はとても臆病な人間でした』


風呂上りの湯煙の中で、私は脱衣所の鏡を通し、自らの顔を見つめていた。
すっかり熱を失い、冷たく濡れた髪は肩口から外にはね、目つきの悪い鋭く開いた両目を見開く、
手に持ったかみそりを眉に当て整えようとするけれど、剃った後が目立つから、つい剃るのをためらってしまう。
開いた掌で浅黒い顔の肌に浮かんだ、そばかすをなぞると、思わず無意識に口をついた言葉が出る。

「――ブサイク」

顔に浮き出た模様を指でなぞり、水滴で音を立てて肌を拭う、何度もひっかいてみる
むきになって掻いてみても、この汚れは落ちることはない。
業を煮やした私は手元に握ったかみそりの刃を顔につけた。

「これさえなければ」

刃を横に引いた顔から真っ赤な血がぽたぽたと流れ落ちると、洗面台の排水溝の中へと消えていく。
視界がぼんやりとゆがみ、顔を抑えると両目からも流れた。



次の日、高杜の街をバスの中から眺めながら学園へと向かう、中学から高校に進学する際に高杜を受けたのは私だけだった、
ともに登下校する友達はいなくて、もともと中学の頃から多いわけでもなかったけど。
ふと車内に目を移すと、仲のいい学生の男女が仲睦まじく手を繋いでいるのが見える。
羨ましい……私には下の名で呼び合う友達すらいないのに。

「姫木!」

「――はい」

「返事が小さいぞ、次……船川!」

出席を取り終わり1時限目の準備を始める、ノートを出し筆記用具をを出そうとした時、
ちらりとカッターナイフが目に入り、うっかりシャーペンを掴みそこね、床に取り落とした。
私は拾い上げようとその場に屈みこむと、遮るように誰かの腕がそのペンを拾い上げる。

「小金井君」

「大丈夫? 姫木さん」

「ごめん、ちょっと手がすべって」

「いや……それもあるけどその傷」

小金井君が自分の鼻先をちょいちょいと指をさすと、私はあわてて絆創膏を貼り付けた傷口を隠す。
恥ずかしさで顔が燃えるように熱くなり、つい、目線を外して無視してしまった。

「あ、ごめんね」

別に小金井君が悪いわけではないのだけれど、彼は頭を軽く下げるとそのまま机へと戻ってしまった、
きっと根暗だと思われた、今までがそうだったから。
443セクシャルコンプレックス:2008/09/15(月) 00:01:14 ID:8oWqU1jY
昼休みの時間ともなるとあたりは騒がしく、各々が机を寄せ合いお弁当を食べ始める。
私は1人ランチボックスを持ち、美術室へと向かい、持っていたスペアキーで倉庫のドアを開けると
極彩色豊かな一枚の絵画が目に飛び込んでくる、ルノワールの描いたイレーヌ・カーン・ダンヴェールの肖像画、
当然イミテーションだけれども、私はこの絵が好きだった。

その場に座り込み、お弁当を口の中にかきこむと、手元の木炭を手に取り絵の続き描く。
選んだのは彫刻だったが、最近ではこうしてキャンバスに向かうことの方が多い、
無心になって真っ白なキャンバスを黒く塗り潰していく間は、余計なことを考えずにすむから……。

「――静か」

しばしの間、腕を休め換気のためについた窓へと目を向ける、抜けるように青い空にさわやかな翠の葉が生い茂る木々が重なり、
しばらくその光景に惚けて眺めていると、ふと、将来のことを考え始める、高杜に通い卒業した未来のことを。
私のような人間がまともな職に就けるものかと漠然とした不安を抱え。
その場で厚ぼったい思わず唇を噛んだ。

その瞬間、力を入れすぎたのか木炭が中ほどからポキリと割れ床へ落ちると、イレーヌの元へと転がっていく、
薄暗い倉庫の中で、誰も気にも止めない、あなたと私は似ている……でもあなたは綺麗だもの。
拾い上げた木炭をイレーヌの頬へと突きつける、自分の顔は切れるのに、私には彼女の肖像画を汚すことが出来なかった。



家に帰ると部屋に閉じこもり、携帯を開きネットへと繋ぐ、何通か返事のメールが来ていた、
出会い系サイトなら話を聞いてくれる人がいたから、すっかり私はその遊びにはまってしまっていた。
たまにいやらしいメールが来るけれど、メールをくれる人は、私の話をしっかりと聞いてくれるのでほんの少しうれしい。

『今日会えませんか?』

何度かやり取りを終えると決まってそうメールが届いた、実際に会う勇気はなかったので断わっていたけれど、
その日はなんとなく受け入れて貰えるかもしれないという淡い期待があったのか、承諾してしまった。
制服を着て、ぎこちない動きで薄く化粧をすると、階段を降り、玄関へと向かうと母に言葉をかけた。

「ちょっと……外にいってくる」


母の返事はなかった。
444セクシャルコンプレックス:2008/09/15(月) 00:02:00 ID:TqPdKm5D
男の人は既に待ち合わせの場所へと来ていた様子だった、私が彼の元へいき、消え入りそうな声をかけると
彼は失望した表情を見せたような気がしたが、私の手を取るとモールにある一軒の洋食屋へと招きいれた。
運ばれてきたメニューに目を通す、いつものファミレスの数倍近い値段の料理がずらずらと並んでいる。

食事を済ませ彼の車に揺られながらいろいろな場所へと連れてってもらった、
次第に楽しくなってきて、私の話を親身になって聞いてくれた気がした、男の人が私の頬に手を当てるとキスをしてきた。
私は目を閉じたままそれを受け入れる。

「……それじゃいこうか?」

車がホテルの中へと入り私はよろけながらもホテルの一室に入る、ベットに2人で腰を下ろすと彼の手が私の体に触れ、
惚けたように顔が熱くなり変な声が出てしまう、服ははだけたまま、私はぼんやりと天井を眺めていた。

「ッ!?」

その時、下腹部に違和感があり、とっさに立てた膝が彼の顔に当たってしまった、
わざとじゃなくて偶然だったから、私は言い訳をするように彼に言葉をかけようとすると、彼は突然怒り出した。

「痛ぇな! このクソアマッ!!」

「え、ぁ……ごめ、ごめんなさ……」

「なめてんのか、コラ! あぁーアゴ折れてんよコレ、どうすんのコレ!?」

「そんな……ち、ちょっと当たっただけで」

男は近くにあった瓶を壁に投げつけ、怒鳴りながら私を威圧すると、腕を引きずるように床の上に私の体を投げ出した。

「ちゃんと出すもん出して払わないとダメでしょー!?
ねぇお前、どこ高? その制服、高杜だよね? バレると不味いんじゃない、こういうの?」

「お、お金なんて、持ってな……」

「だったら、親から盗むなり、テメェの体なりで稼げや!!」

「う、うぅ……ひぐっ、ひ」

こんな筈じゃなかったのに、今まで優しかったのに、さっきまでは楽しかったのに、
声にならない嗚咽と共にボロボロと涙が流れてくる、公開と絶望が私の頭の中でぐるぐると混ざり始めると。
私は無意識の内にその場に落ちていた割れた瓶を片手で掴んでいた。

「今から仲間呼ぶから、大人しくしとけや、な?」

「うあぁぁぁぁッ!!」

「!?」

手に引き裂いた肉の感触が伝わってくる、私は茫然自失になりながら崩れ落ちた男をその場に置き去りにすると、
乱れた着衣をそのままに部屋の中から勢いよく飛び出し、裸足のままアスファルトを駆けた。
445セクシャルコンプレックス:2008/09/15(月) 00:03:19 ID:TqPdKm5D
気持ち悪い、吐き気を催すような不快な倦怠感、私は公園の水道の蛇口を捻ると、先ほどまであったことを思い起こす内に、
あの男にキスされたことを思い出し、何度も口をゆすいだ、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
その場でしゃがみこんでいると、通りかかった中年の男に声をかけられる。

「大丈夫かい、警察を呼ぼうか?」

「……」

声をかけてきた男性の声を無視して、私は裸足のまま公園を後にする、もう私はダメになってしまった、もう誰も信用できない、したくない。
みんな嘘ばかり、こんなことになるのならイレーヌのように誰の目にも触れられなければ、綺麗なままでいられたのに……
馬鹿だった、私は普通の女の子とは違うんだ、馬鹿で醜くて結局最後にはひとりぼっち。

非常口の階段を使い、ビルの屋上へと登っていく、赤く錆び付いた鉄の色が足に染込んで、
細かな砂利が私の足の裏に突き刺さった、きっとあの男は生きているだろう、私が高杜の生徒だと知って、仲間を集めて復讐される。
屋上の金網を越え、眼下に広がる光るネオンに照らされた高杜の街を見下ろす……綺麗なままでいたいから。


 『私はとても臆病な人間でした』


私はありったけの勇気を出し空に歩き出すとゆっくりと手を伸ばし自由を掴んだ


446名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 00:04:59 ID:TqPdKm5D
投下終了です
447名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 03:33:41 ID:82J7KYC2
どこがどう青春なんだろう……
448名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 03:45:36 ID:nX6opfA9
読みきりとはいえ自殺者出しちゃったか
これ否応なく他の高杜学園舞台にしてる作品書いてる人は話に影響させなきゃいけなくなるよな・・・
449名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 03:51:11 ID:y/B+zfbW
死んだとは書いてありませんが
450名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 04:09:31 ID:nX6opfA9
ビルの屋上から空へ歩きだして、でも死なない!ふしぎ!ってそれすごくファンタジー
むしろオチが曖昧でその後がはっきりしないってそれ余計にこまる、どう扱えばいいの他の作品でこの事件を
勝手に「なんとか助かりました」みたいに第三者が話作っちゃってもいいのかな?
451名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 04:11:12 ID:3fUgTmyu
そこらへんは書いてしまった者勝ちな気もしますね。
重傷を負っても生きていました、でも良いんじゃないですか。
452名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 04:32:29 ID:RTGTOty1
ネタバレすると抱き枕抱えたギャルゲマニアのオタク少年の上に落ちるw
453名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 05:33:20 ID:wy1+BZwq
各書き手さんは問題なく処理するだろうし、
それが自然とこの作品の位置付けを決める。
と、思う
454名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 06:33:14 ID:NpVl7MoY
んじゃあ、こんなんでどうだい?
4551/1 なんとか通り探検隊(仮):2008/09/15(月) 06:34:38 ID:NpVl7MoY
「絵画に宿る地縛霊、ねぇ」

肩を竦めると同時に口元を歪める一連の動作。
さらには嘲笑の色を帯びたその眦。

一目でわかった。
ユカリ先輩は私が仕入れて来た”噂”を、根も葉もない風評だと切り捨てたのだ。
けれども、こちらだっておいそれと引き下がる訳にもいかない。
その為に証拠だって手に入れて来たのだから。

「ほら、これを見てくださいって」
机の中の取り出し易い位置に収めておいた写真を取り出し、次いで突き付ける。
「なによコレ?」
流れるように私の手からそれを奪い取った彼女は、あからさまに眉を潜めていた。
それもそうだろう。写真の中に写っているのは単なる一枚の肖像画でしかない。
しかしそれに”いわく”という付加価値が宿れば、それはたちまち証拠となり”噂”と成り得るのだ。
私は若干の高揚感を憶えつつ、身を乗り出すようにして語り始めた。

「それはですね、10年前に飛び降り自殺をした女生徒が描いていた絵画なんです!
 しかもなんと! その女生徒は、うちの学校の生徒だったという話もあるんですよ!」
「はいはい」
「ちゃんと聞いてくださいってー」
「わかったわかった、分かったから袖を離す」
「先輩のそういう所、ミカは好きですよ?」

はぁ、と溜息。
先輩は所謂、逆八方美人で一つ一つのリアクションがオーバーの為に反感を買い易いが、私にとってそれが魅力でもある。
……って、想いに耽っている場合ではなかった。

「それでですね、実はこの絵画、夜になると血の涙を流すんですよ」
「またまた在り来たりな怪談話って訳ね」
「違いますよ! これにもちゃんとした謂れがあってですね、」
「はいはい、取り敢えずチャイムが鳴るからクラスに帰りな」

強制的に話の腰を折られ、まるで犬でも払うかのように手で制された。
もう、いつもマイペースなんだから。
でも、そういう所もミカは好きなんですけどねっ!

「とにかく」
またも夢想の境地に入り掛けていた私だったが、不意に注いで来た先輩の声で現実へと招かれた。
そして私の注意を十二分に引きつけた後、静かに宣ったのだ。

――信じないから、この眼で見るまでは

先輩お決まりの常套句だ。
つまりこれが意味するものは、
「今日の放課後でいいんですか?」
「ま、暇つぶし程度にね」
素っ気ない声での”検証”承諾のサインだ。

良かった。
これで今日も先輩と一緒の時間を過ごす事が出来る。

私は軽やかに一礼を送ると、小躍りする心を抑え切れずにクラスへ向かって走り出したのであった。
456名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 06:40:54 ID:NpVl7MoY
ありゃ、不覚にもミス発見

写真が収めてあったのは”机の中”ではなく、”私のポケットの中”だ
携帯については現在が2008年と置いた場合、その10年前なら高校生への普及年度的にもギリギリOKって所だろう
457名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 08:24:10 ID:D3P9IbH0
私見ですけど、自殺なら悲しい事件としてキャラの会話に混ぜるとかすれば処理は難しくないです。
何度も出させると困りますが。

どちらかと言えば歴史を確定してしまう様な年表の方が処理が難しいです。
絡めなければ良いだけの話かも知れませんが。
458名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 08:24:37 ID:0B3j2Xzr
ずっと楽しみにROMってるものだが。純粋に作品として観賞した場合、決して
異端な作品ではないと思う。
救いの無い結末はともかく、街というモノがこういう悲劇も内包して成り立って
ているのは現実であるし、そして現実の他者は彼女に対し、驚くほど無関心なの
のもまた現実。他の作家の方が言及してもしなくても、高杜の1ページとして、
けして排除する必要はない、と思います。
459名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 08:41:34 ID:S/YTUlSg
伝奇物も内包してるから無理に悲劇として纏めなくてもいいのでは?

学園長が500歳で幽霊が普通に出てきたり、
糸切り橋のエピソードは特殊な能力がある人間の存在を諮詢するようにも見えるし。
シェアードで進めるなら、その内ひょっこり生きて出てきても別におかしくはないでしょ。
460名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 08:53:08 ID:S/YTUlSg
というか、他の作品で死んだことになると、
続きが出せなくなるんで、死亡した人は全体の流れでは
「行方不明者」扱いでいいと思います。
461名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 10:16:48 ID:FyHqFODO
他の作者次第じゃないかな。
絡ませてもいいし、無理に絡ませる必要もないと思う。
462ストレイシープ 1/3 ◆WtRerEDlHI :2008/09/15(月) 14:01:06 ID:Ma7VwtSt
「土見 ゆり子です。これからよろしくお願いします」
転校生の存在が珍しいのか、ざわざわと生徒が騒いでいる。
まあ仕方がない、最初はそんなものだ。
じきにクラスの一人として馴染むだろう。
事が運ぶまではあまり目立ってはいけない、平凡な人物を演じなければ。
「じゃあ、あそこの窓際の席に座って」
「はい」
教師に促されて、自分の席へとむかった。
私は筆記用具を広げ、窓の外を何となく眺める。
他のクラス生徒が体育の授業なのか、グラウンドで何かやっている。
窓から入ってくる風が心地良い。悪くない席だ。
教室へと目を戻すと、数人の生徒がこちらを見ているのに気づいた。
私と視線が合うと、慌てて視線をそらす。
そんな雰囲気を気にもせず、私は授業に集中した。

案の定、一時限目が終わると周りから質問攻めにあった。
クラスの女子が私を取り囲み矢継ぎ早に質問する。
「土見さんてどこからきたの?」
「バスで一緒だったよね!どこに住んでるの?」
「髪長くてキレー!何使ってるの?」
適当にそれらの言葉をかわしながら、私は教室を見回した。
男子がちらちらと私を見て、ひそひそと話している。
ふむ。
あまり良くはない。
軽薄そうな奴等がいっぱいだ。贄の対象としてはよろしくない。
別にクラスが一つだけという事もない。
探せば対象者がたくさん見つかるだろう。
最後の最後の妥協案。焦らず、ゆっくりと、探すか。
「土見さんて、前の学校どんな部活入っていたの?」
「部活、ですか?」
「そ、部活。見た所文化部っぽいけど、なんか運動もできそうだよねー」
部活、か。
「部活には入ってませんでしたね」
「あら意外、帰宅部なんだ」
「田舎の学校だったもので、人数が集まりませんでした」
ただしくは、人がいないのではなく、人が近づけないだが。
「そうなんだー、でもこの学校いっぱい部活あるから大丈夫だよ」
「そうなんですか」
「うん、中には訳わかんないのもあるけどねー」
そうだね、と周りの女子もつられて笑う。
生徒は部活に入っているのが当たり前なのだろうか。
少しは考えた方がいいかもしれない。
とはいっても、何をすればいいのだろうか。
まあ、そのうちに見つかるだろう。
私は適当に周りをいなしながら外の景色を眺めた。
463ストレイシープ 2/3 ◆WtRerEDlHI :2008/09/15(月) 14:01:58 ID:Ma7VwtSt
午前の授業も終了して、昼休みとなった。
各々の場所で、昼食を取っている。
転校生の私には、一緒に食べる友人も見つからず、学食へむかう事にした。
ここに来た時に一度みたが、やはり広い。
いや、生徒数を考えると妥当というべきか。
弁当もいいが、やはり温かい食べ物の方が美味しい。
食券を購入して、私は適当に座った。
食事を取っていると何やら騒がしい。
ふと見ると、一組の男女が食堂へと入ってきた様だった。
何やら喋っているが、私を見つけると一直線にずかずかとむかってくる。
男女は私の前までくると、いきなり話し始めた。
「あなたが噂の転校生ね?私は新聞部部長、雨宮つばき!そしてこっちはメガネ!」
「雨宮さん、メガネじゃなくて東雲って立派な名前があるんですが……」
「そんな事どうでもいいじゃない!今大事なのはアナタ!」
雨宮と名乗った女性は、私を指さして言った。
一体、何だというのだろうか。
状況がつかめず、箸をおいて見つめ返す私に、彼女は続けた。
「夏が終わった高杜にひっそりと転校してきた一人の女性!これは、スクープね!」
「いや雨宮さん、転校生ってのはそう珍しくないから」
男性は、すまないといった顔で私を見ている。
辺りでは災難だな、と遠巻きに見ている人がいる。
はて、どうしたものか。
対応に困っている私にかまわず、雨宮はまくしたてる。
「謎の転校生の秘密を新聞部が暴く!さあ観念して洗いざらいぶちまけなさい!」
「雨宮さん、犯罪者じゃないんだから」
なるほど、そういうことか。
記事になる物が欲しくて、私に白羽の矢を立てた訳か。
転校初日によくよく嗅ぎつけるものだ。
しかも新聞部とは。色々な部活がここにはあるらしい。
「すみません食事中ですので。質問には後で答えますので静かにしてもらえますか?」
「あ、じゃあいつでもいいので俺達の部室にでも……」
「ちょっとメガネ、何勝手な事してるのよ!」
騒がしい二人を前に器を平らげると、私は早々にその場を後にした。
まったく、ゆっくりと食事も取る事も出来はしない。
まあ一月もすれば馴れるだろう。
私は自分のクラスへと戻る事にした。。
九月といえどもまだまだ暑い。廊下の窓から入る風が心地良かった。
464ストレイシープ 3/3 ◆WtRerEDlHI :2008/09/15(月) 14:02:51 ID:Ma7VwtSt
午後の授業も終わって放課後となった。クラスの生徒も、帰路や部活へとむかう。
私も鞄に荷物を詰め込んで帰る事にした。
下駄箱で靴を履き替えて帰ろうとしたが、ふと思い直した。
昼の一件を思い出す。色々な部活もあったものだ。
少し寄り道するのも悪くない。私は、部室棟へとむかう事にした。

廊下に連なって様々な部屋がある。
扉の上にはプレートが立てかけてある。私はそれを眺めなら先へと進んだ。
『崖っぷち同好会』、『早明浦観測会』、etcetc……
名前を見ただけではどういったものかはわからない。
数多くの部室が並んでいる。
そんな中、私は一つの部屋の前で足を止めた。
『新聞部 ! 』
新聞部という文字の後に、マジックか何かで『!』を書き足してある。
私はその力強い文字に、誰が書き足したか何となく想像できた。
そういえば、後で行くという約束をしていたのだった。
まあ、本当の事を喋る訳にもいかないし、適当に合わせておこう。
私はノックをして中に入った。
中には一人の女性がいた。他には人は見えない。
昼に会った二人組みは、今はいないようだ。
「こんにちは、土見 ゆり子といいます。雨宮…さんはいますか?」
「氷川 雹子です。すいません今は出かけているみたいですね」
「どちらに行かれたかはわかりますか?」
「さあ……多分、スクープになるような物を探しに行ったと思うんですけど……」
一足違いというわけか。
まあいいか、次あった時に話せばいい。
「そうですか、では土見が来たと伝えてもらえますか?」
「ええ、伝えておきますね」
ありがとうございますと、いって私は彼女を一瞥した。
「……なにか?」
「いえ、何も。それでは失礼します」
一礼して私はその場を去った。
廊下に出るとしばらくしてから振り返った。
「人外の者が平気で居るとはね……この学園、侮れないわ」
人間だけかと思っていたが、人外もいるとは、都会という物は恐ろしい。
やはり慎重に運ぶ必要がある。
焦らず、じっくり、慎重に、
「……まあ何とかなる、わ」
私は学園から出る事にした。
校舎の塀から出てバス停へとむかう。
備えられた椅子に座ってバスを待っていると、何か視線を感じた気がした。
辺りを見回すが、特に怪しい人物はいない。私と同じ生徒が帰路についているだけだ。
きっと転校初日で過敏になっているのだろう。
私は自嘲してバスに乗り込んだ。

ゆり子がバスへと乗り込み、しばらくした後、
バス停近くのポリバケツの蓋が、ゆっくりと開く。
そして、中からスーツ姿の男がゆっくりと現われる。
「フン……勘の良い奴……」
上半身をポリバケツから出し、男はゆっくりと呟いた。
「ママー、あのおじさん!」
「しっ!見ちゃいけません!」

―――続く
465名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 14:04:44 ID:Ma7VwtSt
投下終了です
「高杜学園たぶろいど!」からキャラをお借りしました
466名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 15:07:45 ID:D3P9IbH0
>>465
投下乙です。オチにふいたw

ちょっと趣の違った作品を書いたんだけど、投下しても大丈夫?
467妖杜伝奇譚『‡』 ◆rCcpj6XBC. :2008/09/15(月) 16:30:20 ID:D3P9IbH0
第1話『“彼女”の空葬』
1/

 誰が彼とも解らない黄昏の時が終わると夜の帳が高杜市を包み込む。
 街はネオンに彩られて昼とは別の貌となり、蒼い月の玲粛な光を浴びて艶やかな姿となる。
 月光は、闇に満ち溢れた街灯の作り出す人工の灯りが届かない路地裏を、嘲笑うかのように降り注ぐ。
 風は無軌道に吹き荒れ、風圧は鞭となり袋小路に追い詰められた男を打ち付け、皮膚を切り裂いて肉を穿っている。

「た、助けてくれっ! 許してくれっ! 悪気はなかったんだっ! 遊びだったんだよぉっ!」

 歪な響きのある悲鳴が木霊するが、街頭の喧騒はそれを拒絶するかのように、路地裏に押し込める。
 悲鳴を上げた若者は、這いずりながら“何か”から逃げようと藻掻く。
 何か――漆黒の闇に舞い漂う、白磁にも似た病的な白さの光は、人の形となり、若者を冷たい慈悲すら感じられる視線で射る。

「貴方達は、私がどんなに頼んでも、懇願しても、決して、許しては……解放してはくれなかった。……私にした仕打ちを遊びだと、戯れだと……言うんですね」

 悲しみを帯びた言葉は、乾いた旋律となって吹き荒ぶ風を一層強くする。
「誰なんだよ、オマエ! 俺はオマエなんか知らねぇッ! ……まさかあん時のメスガキか!? お前だって楽しんでたろ? 腰振って喜んでたじゃねーかよっ!」

 全身を鮮血で朱に染め、流れる血を滴らせ乍、若者は宙に浮かぶ“彼女”を睨み付ける。が、“彼女”はその言葉で、能面のように無貌だった貌に憎しみを浮かび上がらせた。

「……貴方には生きる価値がないんですね。その生命、刈り取らせて貰います……」
 ゆらゆらと揺らぎ揺らめく“彼女”の悲しみ、憎しみ、怒りが、明確な意思を伴った殺気へと変化し、風が鞭から槍へと形を変えて、その切っ先を男に向ける。

「オマエ、オマエェッ! いい加減にしねえと仲間呼んでボコるぞ! ナニ訳ワカンねー事をォォォォォォォォォォ!?」

 ――腕が貫かれ、肘から先が地面に落ちる。 
 ――足が穿たれ、皮膚一枚で繋がっているだけになる。
 ――腹を切り裂かれ、中身が零れ落ちる
「ヒャッ! 痛え、いでえヨォォォッ! 俺の身体! 身体がァァ! アヒャッ……ハハハハハァッ!」

468妖杜伝奇譚『‡』 ◆rCcpj6XBC. :2008/09/15(月) 16:33:32 ID:D3P9IbH0
2/

 壊れていく身体を見て、精神を砕かれた男の狂気混じりの悲鳴は、荒ぶる風の前に屈服し、途絶える。

「……これで、終わり……何もかも……」

 動かぬ肉片と化した男を見て、“彼女”は満足そうに唇を歪め、血塗れの路地裏に降りる。そして、血を指で掬い取ると表情のない貌に戻る。
 同様に吹き荒れていた風も穏やかなそよ風となり、澱んだ生臭い匂いを乗せて往来に運び出そうとする。

 ――刹那。

「――つか、煽ってんの、オマエ?」

 無機質な響きを含んだ、少年の声が“彼女”を振り向かせる。

「察するに、其処に転がっている奴には存在価値がないみたいだけど……アンタにも同じ事が言えるな」

「……何者?」

「ただの通りすがりの闇を狩る者さ。……自らを縛るだけならば無視をしても良かっが、……祟るのなら放ってはおけない」

 学生服を来た少年は、路地裏の惨状を見て呆れ果てた表情になる。

「誰なんですか、貴方。私の気持ちを知らずに、私を否定して、踏み荒らす貴方……」

「名乗るだけならタダだから名乗ってやる……菅原倭斗だ」

 “彼女”は倭斗の言葉を否定するように再び冷たい殺気を纏う。そして、風を操るように手を中空に浮かぶ月に掲げる。

「……貴方の存在……不愉快だわ」

「へえ、意外と気が合うな。俺もアンタみたいに悪霊の存在が……気に食わない」

 うねる風が鋭い刃となり、虚空に現れる。のたうつ風が鞭となり虚空かにをのさばる。

「東風なら梅の香を想い起こすだけですんだのにな。死臭の漂う風ならば、一切合切を無に帰す!」

 無言のまま“彼女”か腕を降り下ろすと、無数の刃と鞭が倭斗の生命を抹消せんと襲いかかる。

 ドッヒュゥゥゥゥゥゥッ!

 倭斗は地を蹴り宙を駆けるように跳ねて紙一重で避ける。その勢いに乗って“彼女”に右拳を叩きつける。

 スガッ!

 しかし、“彼女”が作り出した風圧の檻によって妨げられる。

「なんて、出鱈目な人なんでしょう……」

「死人風情が良く言う!」

「私は、好きでこんな風になったんじゃない! あの人達が、彼等が、私を蹂躙したからっ!」

 倭斗はその言葉を聞くと、慈悲深い笑みを浮かべる。

「同情はする。だけど、怨霊となったアンタにはその価値はないっ!」

「私はっ! 私はっ!」

 
469妖杜伝奇譚『‡』 ◆rCcpj6XBC. :2008/09/15(月) 16:34:36 ID:D3P9IbH0
3/3

 一瞬の交差。そして沈黙。月が陰り路地裏は深淵の闇に包まれた。
 音をたてることもなく、彼女は地に伏せ、倭斗はその傍らに立つ。

「1つ聞きたい。……復讐をして、アンタの気は晴れたか?」

「……解らない。初めは愉しかったけれど、今は良く解らない」

 “彼女”は力ない口調で答えると全身から澱んだぼんやりとした光を放ち始める。

「歪みに呑まれれば、行き着く果てには何もない。……何もかも忘れて、成仏しろ」

「……私には忘れるほどの物はないわ。……夢を見ていたのかもしれない」


「なら、それは悪夢だ。新しい夢を見ろ」

 “彼女”が目を綴じると、つうっと涙が糸を引くように流れる。

「……これ以上は未練ね。最後にお願いがあるの。……貴方の手で、私を葬って……」

 パシィィィィィィィィッ

 倭斗が合掌すると、乾いた破裂音が路地裏を支配する。

 そして、印を結ぶ。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」

冷たいが柔らかい声が響き、倭斗の右手に弾ける様に鋭い光が宿る。手刀を作ると、“彼女”の胸に突き立て、そのまま押し込んだ。

「……散れ。せめて色鮮やかに。アンタが流した涙は無駄じゃない……」

 “彼女”の光は儚くなり、闇に溶けるように霧散した。

 倭斗は立ち上がると、着ていた学生服についた埃を念入りに叩き落とした。そして、不快感を露にした顔で虚空を一瞥する。

「……いるんだろ? 覗き見は趣味とは悪いな、深都姫」

「出歯亀って訳じゃないんですけど。約束の時間になっても来ないから……心配で」
 月が姿を顕すと、深都姫と呼ばれた少女――役深都姫が現れる。
 倭斗よりも背が小さく、肩にすら頭が届いていない。顔にはあどけなさが残り、身体の凹凸が少ない。

「見てるだけなら手伝っても罰は当たらないと思うぞ?」

「私の手伝いなんて必要ないと思ったけどね」

 倭斗はフウッと溜め息を吐くと、闇に浮かぶ満月は暖かい光で路地裏を照らした。風は凪ぎ、闇は静けさを取り戻している。
「ねぇ、遅刻したんだからさ、罰として今日は奢りだからね?」

「……マクガフィンの泥水で良ければ、な」

 深都姫は唇を尖らせて不満を口にすると倭斗の手を引いて路地裏から街の喧騒に消えて行った。


――To be continued.
470妖杜伝奇譚『‡』 ◆rCcpj6XBC. :2008/09/15(月) 16:37:56 ID:D3P9IbH0
というわけで第一話、投下終了です。
感想、ご指摘はご自由にどうぞ。

キャラ設定

菅原 倭斗(すがわら やまと)
高杜学園高等部の生徒。
天神様の末裔の退魔師。
雷を操る事が出きる。
背が高いイケメン。
理屈っぽくて持論を展開するのが好き。
梅干しが好き。
マクガフィンの泥水コーヒーの愛好家。

役深都姫(えんの みつき)
高杜学園中等部の生徒。
役行者の血を受け継ぐ退魔師。
背が小さくて凹凸のない体型。ツルペタ。
電車を子供料金で乗れる。
結界を展開する事が出きる。
怒ると怖い。
甘党。
471『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/15(月) 17:05:57 ID:wy1+BZwq
乙です
昨夜半から血なまぐさいなか投下
472『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/15(月) 17:06:58 ID:wy1+BZwq
 明け方から降り出した雨のせいで、早々に運動会の予行演習は中止になった。

「…ちくしょー ぶっちぎりで一位の筈が…」

クラス対抗リレーの早朝練習を強引に決め、夜明け前に登校した将也が 、教室の窓から濡れたグラウンドを見て言う。

招集にいやいや応じたのは、いつもの三人だけ。誰も、登校してくる気配すらなかった。

「…まだ予行演習だし、多分この雨止まないよ。 帰ろ。」

「日曜日だし、グラウンドぬかるんでるから、もう練習無理だしね。」

未沙と柚季の、至極最もな意見。

「…じゃあ今から、『面白い話をして、雨が止むのを待つ大会』を始める。」

教室の後ろに張られた、写生会の作品を、ボーッと見つめていた了が、『大会』と聞きつけて飛んできた。

「将也テメェ、『大会』というからには、よっぽど面白い話するんだろーな!!」

「ちょっと!! 私達誰も、そんな大会…」

「いいからいいから!!」
将也は慌ててガチャガチャと、椅子を四つ、車座に並べ、『大会』会場のを設営を始めた。

不承そうに座りながらも、柚季は内心うきうきする。帰っても退屈が待っていそうだ。どんな面白い話が聴けるのだろう。

473『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/15(月) 17:08:09 ID:wy1+BZwq
「…さあ、言い出しっぺからだ。」

了が期待にみちた、挑戦的な視線を正面の将也に向け、そして両脇の未沙と柚季に言った。

「公正にな。」

「…私達、審査員な訳!?」

未沙が膝で華奢な指を組み、ため息をつく。彼女の笑いのツボを突ける者はクラスにはいないはずだった。

「よぉし。あのな…」

自信たっぷりな将也は、固唾を呑む三人の顔を見渡し、声を潜めて語り始めた。

「…モールにある、『コーラル』って床屋知ってるか?」

「床屋!!」

柚季と未沙が、唸るように唱和した。まだ、『髪結い』とまで言わないだけ、彼としてはましだったかも知れない。

「…続けて。」

柚季が、自分の事のように顔を赤らめ、先を促す。

「その床屋の裏手に、薄暗い、不気味な店がある…」

「…知ってる。大きな木の、中国語みたいな汚い看板があるところね。」
「そーだ。おまえら、あの店の名前知ってるか?」

三人は首を横に振って、将也の言葉を待った。あのいかがわしい建物が、店舗であることさえ初耳だった。
魔法の薬、あるいは毒虫や呪文書が似合うあの建物…

「…あの店の名は…」

将也が更に声を落とし囁く。
「…ヘンタイオトナ。」

474『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/15(月) 17:09:27 ID:wy1+BZwq
「ぶははははははは!!」
了が爆笑した。

「マ、マジか!? 変態で…大人!? は、腹いてぇ!?」

なおも身をよじって笑い続ける了を、柚季と未沙は気味悪げに眺め、得意満面の将也に冷たい一瞥をくれる。

「ほ、本当だぞ!! ウソだと思ったら…」

あたふたと釈明する彼を無視し、柚季は腹立たしげに腕を組む。もう少し、ロマンティックな話が出来ないのかこの男は…。

「…笑ってないで、了も反撃したら? どうせおんなじ位くだらない話だろうけど…」

未沙が椅子から落ちた了に言った。この二人が、同じ日に同じ病院で産まれ、今日までずっと一緒のクラスで過ごしているのが、柚季には信じられない。

「…お、おぅ…、凄ぇのいくぞ!! 」

了はまだヒイヒイ言いながら、椅子に座り直し、苦労して真顔に戻る。

「…言っとくが、国家機密レベルの話だ。 むやみに余所で喋るなよ…」
三人は、これ以上ないくらい、疑わしげな瞳を了に向けた。

「…高見山頂から、遥かに見える煙突岩。そして、そこからまだまだ遠く…」

流れるような了の弁説。柚季は、少し期待して、了の名調子に耳を傾ける。

「…ひっそりと浮かぶ謎の島、そこに建つのは…」

475『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/15(月) 17:10:53 ID:wy1+BZwq
「建つのは!?」

将也が身を乗り出した。

「私立伸縮学園!!」

唖然とする三人を代表して、未沙が尋ねる。

「…何、それ?…」

「…全寮制の秘密学校だ。この学校は校則で生徒全員が…」

「全員が!?」

声をさらに低くした了の口元に、三人の頭が集まる。

「…フリチンなんだ…」

「ぶはははははは!」

将也が卒倒した。

「いやぁ!! 馬鹿!! 了の馬鹿!!」

耳まで赤くなって、柚季が立ち上がり、未沙が蛇のような視線を了に向け、怒りを込めて冷ややかに促した。

「で!?」

「…う、上はちゃんと着てるんだぞ!! 間違いなく着てるんだ。」

「…余計不気味でしょ。…どこで、そんな下らないネタ仕込んで来たの!?」

詰め寄る未沙の足元で、笑い過ぎて息も絶え絶えの将也が、這いつくばったまま苦しげに顔を上げ、この期に及んで火に油を注ぐ問いを発する。

「…じょ、じょ、女子は…」

「…そりゃもちろん、フリ…」

パコーン!!と軽快な金属音が響き、了はガチャンと椅子を倒して親友の横に崩れ落ちる。未沙の手にはいつの間にかアルミ製のリレーバトンが握られていた。

「…帰ろ。柚季。」

「…うん…」


476『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/15(月) 17:12:28 ID:wy1+BZwq
身支度を始めた未沙と柚季の耳に、哀れな二人の囁きが聞こえる。

「…気を付けろ…うかつに喋ると家族ごとどっかへ…」

ますます軽蔑と羞恥を露わにして、足早に立ち去ろうとする未沙と柚季に、二人の大会参加者は、公正なジャッジを求めてよろよろと追いすがった。
「ど、どっちの勝ちだ!! それだけ、聞かせてくれ!! 頼む!!」

「いやあああ!!」

もはや勝負への妄執だけで動く将也と了は、逃げ惑う二人を羽交い締めにして審判を迫る。
そして彼らの手は、審判達の、まだ発育途上の柔らかく敏感な二つの膨らみを、躊躇なく鷲掴みにした。

「ひゃああああ!!」


…色とりどりのバトンによる容赦ない乱打を平等に受けた将也と了は、定まらぬ焦点を写生会の絵に向けて座り込み、とりとめのない会話を交わしていた。

「…了。なんで『伸縮学園』なんだ?…」

「そりゃ、フリチンだぜ 伸縮するだろ… 普通。」


END
477『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/15(月) 17:13:43 ID:wy1+BZwq
投下終了
設定拝借、毎度感謝です。


wiki管理人様、申し訳ありませんが、キャラクター整理しましたので、差し替えお願い出来ますでしょうか。

『杜を駆けて』登場人物
和泉柚季(いずみ ゆずき)♀12歳
高杜市立第二小学校六年一組

日高将也 (ひだか しょうや)♂12歳
高杜市立第二小学校六年一組

戸田山了 (とだやま りょう)♂12歳
高杜市立第二小学校六年一組

佐伯未沙 (さえき みさ)♀12歳
高杜市立第二小学校六年一組

岸谷絵莉 (きしたに えり)♀12歳
高杜市立第二小学校六年一組

坂田剛 (さかた つよし) ♂12歳
高杜市立第一小学校六年二組


478名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 20:52:27 ID:VqLAKzfB
素朴な疑問なんだが、みんなキャラクターの名前ってどうやって決めてる?
479名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 21:07:20 ID:/DGMDmBT
>>462-464
この人の文章いいね。
整理されてるしリズムも良いから、すごく読みやすい。雰囲気も好き。
480妖杜伝奇譚『‡』 ◆rCcpj6XBC. :2008/09/15(月) 21:45:41 ID:D3P9IbH0
名前は適当に決めてます。
481普通の日常:2008/09/15(月) 22:06:28 ID:TbeJO+ot
見も蓋もありませんが松竹梅です、投下しまっす
482普通の日常:2008/09/15(月) 22:07:16 ID:TbeJO+ot
「高杜学園の裏サイトって知ってるか?」

「なんです、急に」

探偵事務所を経営する知人に休日の朝一番に呼び出され、『マクガフィン』に辿りついた松田五郎は
聞き覚えのない単語に眉をしかめそっけなく返答する、額に汗を浮かべたスーツ姿の探偵は
コーヒーを一息に飲み干すと更に言葉を続けた。

「いやな、ウチの事務所で小耳に挟んだんだけどよ……」

「噂話ですか? そういえば『学園の七不思議』でもそういうの聞きますねぇ」

「お、興味出てきたか?」

「やーこれと言って特に……」

五郎が運ばれてきたクラブハウスサンドイッチに齧りつくと、探偵も皿に並べられたサンドイッチを手に取り、
互いに競うように腹の中へと納めていく、探偵がソフト帽を浅くかぶり直し一息入れると次に五郎の口が開いた。

「最近景気どうです?」

「今のところ、事件らしい事件ってのはおこらねぇなぁ、
せいぜいここ最近で失踪事件の捜索依頼が増えたってことくらいか?」

「失踪?」

「あぁ、どこの街でも夏場は行方不明者が増えるからな、ゆきずりとかそういう場合もあるんだろうが、
特に今年にはいってからその手の事件が多いらしいぜ」

会計を済ませると、探偵から頼んでいたレポートを受け取り、謝礼金を渡す。
学生という身分である五郎にとって知りえない情報、何より本職の探偵が靴をすり減らして得た情報の得る価値は高い。
いつもの公園のベンチに腰かけ、資料の一枚を引き出す、まず藤木と例の教師との関係についての調査結果に目を通す。

(まぁ、予想通りといったところか)

軽く全文に目を通した後に続いて『学園長』に関する資料を手に取る、
予測と推測が混じる報告資料に五郎が頭をひねらせると、高杜学園の経営状況に対する報告資料にも目を通す。
幅広く他県からの生徒を受け入れ、数多の部活動、同好会の数、施設の管理維持費、無尽蔵に支出を垂れ流しながらも、
高杜学園の赤字を補填する収入源については不透明なままだ。

「学園の存在そのものが謎だな」

「あら、松田さん、おはようございます、またここでお会いするなんて奇遇ですね」

「……」

「もぅ、無視しないでください」

「おはよーさんでございます」

ここ最近、奇遇の回数が増えつつある芳乃に五郎が軽く会釈すると、芳乃はいそいそと五郎の隣に座り、
マスコットキャラの絵柄がついた水筒から紅茶を注ぐと、五郎の手元に差し出し
ニコニコと微笑みながら五郎が飲む姿を見つめた。
483普通の日常:2008/09/15(月) 22:08:08 ID:TbeJO+ot
(の、飲みづら……)

「今日は紅茶が美味しく入ったんですよ、それに甘味処小掠(こがすみ)屋の大福」

「竹さん、あまりお気を使わなくても、なんだか申し訳ないんで……」

「いいえ、私が好きでやっていることですから」

頬を桜色に染め、芳乃がうつむいて目をそむけると、紙袋から取り出した大福を手渡す。
世話好きなのか、それ以上に好意があってのことなのかは判断しかねるが、
五郎にとっては神経の磨り減る状況である。

「しかしまぁ、この大福美味いですね」

「えぇ、私もこの大福大好物なんです」

「ん……? 雨か」

「あら?」

ぱらぱらと降り始めた雨粒が五郎の持っていた紅茶に波紋を立てると、
いそいそと近くの木に雨宿りする二人を待つまえに本格的に降り始め、たちまち周囲の雨音が鳴り響いた。
五郎は着ていた上着を脱ぎ芳乃の頭から被せ、木々から漏れてくる雨粒から守ると
憎々しげに空を見上げながら鼻をかいた。

「まいったなこりゃ、通り雨ならいいんだが、
これだから、天気予報ってあてにならないんだよなぁ」

「……」

「冷たくないですか?」

「はい」

雨音で車と人波の音がかき消され、2人の立てる衣擦れの音がくっきりと周囲に響く、
芳野は僅かに身を寄せ、五郎の肩に顔を寄せゆっくりと息をついた。

「やっぱり、少し……寒いです」

「なに、すぐに止みますよ」

「そうですね」


数十分程度の気まずい沈黙の中、雨が止みあがるまで2人はそこで立ち尽くしていた。
次第に雨の勢いが弱まり雲の隙間から青空が覗くと、晴れ間から差し込んでくる光が周囲を照らす。
耳まで紅潮し頬を染めた芳乃は別れを告げる五郎の声に喉元から声を絞り出すように答えた。

「じゃぁ、また明日」

「はぃ……」

五郎は雨に濡れた上着を肩にかけ、ぎこちない動きで頭を下げ公園を後にした。
484普通の日常:2008/09/15(月) 22:09:06 ID:TbeJO+ot
投下終了です、設定つくりまんた

松田五郎
高杜学園二年 身長172p 体重65s 帰宅部
性格は冷淡 興味を示さない物事には無関心 最大の関心事は「高杜学園」に隠された謎
愛煙している銘柄は「ゴールデンバット」

竹井芳乃
高杜学園二年 身長161p 体重43s 茶道部
性格は温和 清楚な外見とは裏腹にのんきもの 父親に似ている五郎に惹かれている
中央市街の旧家に住む

長岡梅子
高杜学園二年 身長166p 体重47s 帰宅部
性格は勝気 友達は意外に多い暴れもの 音頭を取るのが得意なムードメーカー

甘味処『小掠屋』
(こがすみや)と読む、中央市街にある和菓子専門店。
人気商品は小豆のぎっしり詰まった豆大福、趣のある店内では純和風の雰囲気で食事が楽しめる。
一通りの和菓子を取り揃え、白い椿の花を象った銘菓白椿などがある。
485名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 22:12:51 ID:TbeJO+ot
あと>>37さんの探偵をお借りしました
486『杜を駆けて 番外弐』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/16(火) 00:09:45 ID:W3d7PTA9
投下
487『杜を駆けて 番外弐』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/16(火) 00:11:06 ID:W3d7PTA9
漆黒の闇の中、あざやかに高杜湾に浮かび上がるコンビナートの煌めき。不夜城と呼ぶに相応しい天高く輝くこの巨大な施設に、一台の黒い公用車が静かに乗り入れた。
入門証を確認した警備員が緊張した敬礼を送る。 車は蒸気と騒音の中を静かに走り抜け、やがて『三峯製鐵會社』と小さな看板のある、古ぼけた小さな建物で、二人の乗客を降ろした。

「…こちらに会長が!?」
二人のうち若い乗客が思わず声を上げる。年齢は四十歳過ぎだろうか、
逞しい大柄な体を、窮屈そうにスーツに包んでいる。

「…高杜に来られた時は、ここの仮眠室が一番落ち着くんだそうだ。」

答えた六十歳前後のこれまた恰幅の良い、にこやかな人物、高杜市市議会議員、本郷孝一は、重いガラス戸を押して、館内へ同行者を誘った。
リノリウムの床にゾラコートの壁。 外界から隔絶されたようなその古風な館内に、二人の足音が高く響く。
突然、『給湯室』のドアがバタンと開き、盆に不揃いな湯呑みを載せた小柄な老人が現れた。

「…砂糖も、サッカリンも無い。 コーヒーは、出せんよ。」

老人は、呆気にとられる若い方の訪問者を一瞥して続けた。

「…軍人さんだな。」


488『杜を駆けて 番外弐』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/16(火) 00:12:29 ID:W3d7PTA9
「ゆ、結城であります!!」

白髪に高い鼻、鋭くかつ柔和な若い目。すぐにこの老人が三峯グループ会長、加賀十三であることに気付いた陸上自衛隊結城吾郎一佐は踵を合わせ、老人に敬礼した。

「…軍政一致で、また、うちみたいな零細企業をいじめにきたのかな?
え? 本郷君。」

「お久しぶりです。会長。」

すたすたと歩き出す加賀会長を追って、本郷と結城は『會議室』に入る。
「ま、掛けたまえ。」

黒板とパイプ椅子。
椅子には乱暴なマジックの文字で、『持出禁止!!』と書かれてあった。

「…中東はいかがでした? 会長。」

手渡された熱い湯呑みに、手を灼かれながら、本郷は老人に尋ねたが、この狷介な財界の巨頭は、にこりともせず本郷を睨み答えた。

「アラブでも、日本でも同じ事だ。前置きの長い奴は、大抵嫌われる。」
本郷と結城は顔を見合わせ、額の汗を拭おうとして… 再び湯呑みの置き場に困った。
そして二人は悪戯を自ら告白する子供のように加賀をまっすぐに見つめ、低い声で本郷が切り出した。

「…高杜市は『一次処置』に該当すると思われます。つい今も、悲しい『風』を見ました。『学園』内も、あの頃と同じ妖…」

489『杜を駆けて 番外弐』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/16(火) 00:14:52 ID:W3d7PTA9
不躾けに老人が遮る。

「『学園長』… 彼女には接触してるかね?」

「いえ… あの方は、何があろうと、『生徒』であれば守ろうとするでしょう…」

加賀老人は無言で、二人の公僕を見つめ続け、そして本郷は、それに耐えかねるように再び唇をひらいた。白髪の混じった頭が小刻みに震えていた。
「…孫が…今年、中学に上がります。一佐の御子息も、大学に… 最近、道行く若者が全て、子供や、孫に、見えるのです。」

「…それで、『一次処置』かね? ちょうど 四十年前、君の『最終処置』で、巻き添えになった学生くらいの年だな。」
…燃え上がるバリケード、散乱した白いヘルメット、そして、途絶えたシュプレヒコール… 本郷の能裏に、キャンパスの惨状と自らの恐ろしい誤算が蘇る。
首都の学府に巣くう強大な邪気とは関係ない、名も無い小妖の悪ふざけだった。それが、理想に燃える学生たちの未来を奪った…

違う。

あの子たちの未来を奪ったのは自分だ。この国が、街が、『彼ら』との共存なくしては成り立たないことを理解しなかったあの頃の自分…


490『杜を駆けて 番外弐』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/16(火) 00:16:26 ID:W3d7PTA9
本郷は肩を震わせ、懺悔するように老人の言葉を待った。

「本郷君、結城君、君らはまだ若い。大陸で、南方で、『人でないもの』をおろそかにしたわしらが、この国をどんな危険にさらしたか、今晩は、ゆっくり話してやろう…」

窓から見える高い煙突のまばゆい照明は、遠く高杜の暗い空と海を、いつまでも照らし続けていた。

END
491名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/16(火) 00:17:36 ID:W3d7PTA9
投下終了
492早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/16(火) 02:14:28 ID:AmeFRriW
 昼休みになったので友人の捷護と昼食にしようと思った御上だったが、肝心の捷護の姿が見えない。
 いつも一緒に食べる訳ではないし、向こうには向こうの付き合いがあるのでその事に不満はない。
 不満があるとするなら、さも当然のように机を引っ付けて弁当箱の包みをほどいている部長殿の事か。
 尤も、これも一年前からよくある事なので今更やめろとは言いづらい。

 だがしかし。
 最近知った事だが、周囲は自分とあいつが付き合っていると思っているらしい。
 御上にしてみればとんでもない誤解なのだが、こうして一緒に昼食をとったりしているとどんどん否定材料が減っていく気がする。
 なので、どうやって自然に同席を断ろうか考えを巡らせる必要があった。

「……御上君?」
「何だよ」

 先手を打たれた。もう何を言っても無駄だ。今日は大人しく一緒に飯を食うしかない。
 早々と降参した御上はそそくさと昼食の準備を始める。
 こうなると捷護の姿が見えないのは幸いかもしれない。

「夏期合宿の予定だけど……」
「……今年もやる気か?」
「……勿論……ハルカちゃんも入った事だし」
「俺はパスしちゃ駄目か? 夏休みの間はずっと実家に帰省してようかな〜とか思ったり」
「副部長の自覚が足りないのね」
「殆んど幽霊部員の部長に自覚を説かれるとは思わなかった」

 痛い所を突いたらしく相手は沈黙。
 御上は僅かばかりの優越感に浸るが、その刹那。

「……雷堂寺さんから聞いた話なんだけど」

 何の脈絡も伏線もなく唐突に話題が変更された。
 なんでも学園のプールに幽霊が出るとか出ないとか。
493早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/16(火) 02:15:30 ID:AmeFRriW
「アホらしい」
「他にも幾つかの心霊スポットの情報を入手したから……今度三人で巡ってみましょ」
「お前なぁ、そういうのはオカ研とやれ。あの新聞部の部長とでもいいぞ」
「御上君は一人暮らしだから遅くなっても大丈夫だけど……問題はハルカちゃんよね……」

 御上の提言は何事もなくスルーされた。
 寮は寮で門限があるのだが、彼女の中では部で行う事は既に決定事項のようだ。

「場合によっては御上君と二人でやるしかないわね……御上君って写真撮影すると変なモノが写ったりするタイプ?」
「心霊写真を撮った事は今まで一度もない」

 答えながら御上は会話の内容を変えるタイミングを伺っていた。
 別に幽霊が怖い訳ではない。
 断じて。

「そういえば、もしかしてお前、休んでる間に心霊スポットとやらを調べてたのか?」
「いいえ……これは……本当は先週の火曜日に話すつもりだった」

 一週間先延ばしになった事は喜ぶべきか御上には判別出来なかった。
 別に幽霊が怖い訳ではない。

「俺には余り関係ない話だが、お前、出席日数ヤバいだろ」

 それが原因で部長殿は一年の頃に留年しかけている。
 危うく一年の部長と二年の副部長という奇妙な構図が完成する所だった。

「そうね……だから今日は放課後から補習……ハルカちゃんにもそう言っておいて」

 黙っていても後輩は普通に欠席だと思うだけで特に問題ないと思うが、登校報告の代わりにでもするつもりだろうか。

 余談だが、不登校常習者の彼女が補習でどうにかなるのは一重にその学力のお陰らしい。
 有名大学にも現役合格出来そうな優秀な生徒をみすみす留年、ましてや退学にするのは勿体無い、と。
 あくまで噂なのでどこまで本当かは分からないし、恭華が言うには完全なデマで別の理由もあるらしいのだが、御上は大して気にしていなかった。
 どうせ、あと二年もすれば別れる相手だ。
 日本人の平均寿命を考えれば高校の三年間などあっという間だし。
494早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/16(火) 02:16:32 ID:AmeFRriW
「ねえ……御上君……」
「何だ?」
「私が来ない間……寂しかった?」
「いや、全然。むしろ静かで心が休まった」

 後輩といい、何故寂しがるという結論に達するのか、御上の理解の範疇を超えていた。
 一瞥したあいつの表情が何処となく曇っていたのもただの見間違えだろう。
 そもそもだ。
 部員が一人しかいないのは大変だろうな、と妙な気遣いを起こしたのが間違いだったのだ。
 あの一時の気の迷いのせいで散々な目に遭った。
 二人一緒に行動したのに自分だけ被害を受けたのも気に喰わない。
 最初に会った時は綺麗な女の子だと……
 そこで御上は思考を一旦中断する。
 思考が脇道に逸れまくっている。

 普段ならあいつが会話の話題を提供するので意図せず思考が途切れるのだが、今回はなかなか新しい話題が出てこない。
 さっきの返答は流石に冷たかったかな。寂しかったというべきだったか、と御上は自省しながら彼女の方を見て、気付いた。
 微かに俯いているので目は髪に隠れてよく見えないが、口元が緩んでいる。
 こういう時は大抵、変な妄想に浸っているのだ。

「お前、なに考えてた?」
「……聞きたい?」

 そこはかとなく嬉しそうな表情になったのを見て、やっぱやめとこうかなと思ったのも束の間。

「授業中に武装したテロリストが侵入して学校を占拠」
「はあ?」
「でも偶然トイレに行っていて難を逃れた御上君が見回りに来た下っ端を倒して反撃開始」
「人を勝手に妄想の材料に使うな!」
「今は二階の教室に仕掛けられた爆弾を解体した所」
「知るか!」

 御上は立ち上がりざまに机を思いっきり叩いて大声を上げた。
 こいつの頭の中の俺はどういうキャラ設定なんだ?
 捷護や恭華じゃあるまいし、一介の高校生にテロリストが倒せる訳がないだろう。

 その時になって教室の視線が自分に集中している事に気付いた御上は気恥ずかしさを感じながら席に着いた。
495早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/16(火) 02:17:34 ID:AmeFRriW
「行儀が悪いわよ」
「誰のせいだ、誰の」

 無言で自分に向けれた人差し指をへし折りたい衝動に駆られた。
 ついでに何時の間にかこっちを見てニヤニヤしている捷護の奴も。
 カウンターで掌底の一発でも貰いそうなので出来ないが。

「あー、もう昼休みあんまりないじゃねーかよ」
「……どうせ時間があっても御上君って日々を無為に過ごしてるでしょ?」
「うるさい! 地味に気にしてる事を言うな!」

 懲りもせず、再び声を荒げてしまう。
 しかし、ここまで心置きなく怒鳴れる相手も少ない。
 幼馴染連中以外ではこいつくらいか。
 だからこそ、今までも愚痴を言いつつも奇行に付き合ったのだろう。
 そして多分これからも惰性で付き合ってしまいそうな予感がする。
 まあいい。どうせ、高校の三年間なんてあっという間だ。

496早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/16(火) 02:19:29 ID:AmeFRriW
以上です

このペースなら1000より速く500kbに行きそうだな
497名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/16(火) 14:56:47 ID:W3d7PTA9
乙です。

それからwiki管理人様もご苦労様です。
498名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/16(火) 15:07:23 ID:SjWkAiY9
このスレの投下率すごいもんな
もう350KBいってるし
499名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/16(火) 15:29:24 ID:XW9m/Y0t
1日見に来なかっただけでどえらい数投下されててびびったぜ
連休パワーに恐れ入りながらwiki更新、なるべくリアルタイムを心掛けますね
500名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/16(火) 16:16:09 ID:kdjw7z6R
投下されすぎて読むのがおいつかないぐらいだもん
ちゃんと感想かけなくてなんか悪い気分
501名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/16(火) 18:42:45 ID:uyldT/gG
wiki管理人と書き手の皆様には頭が下がる
気の利いた感想言えないからずっとROMってる
502名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/16(火) 19:12:41 ID:32jp7hlX
>>500
最近は感想が一つ、下手すりゃない状態で次の投下があるもんな
書き手のモチベーションが心配だ
503名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/16(火) 20:45:06 ID:TXGNoh8K
全話感想とかやろうと思うんだけど、いつも途中で挫折してしまうダメな俺。
感想書くの苦手なんだ…
504courageous cat's theme ◆FVfgoBMtRs :2008/09/16(火) 21:34:19 ID:I5xIV4EW
1/
 うららかな日差しを浴びながら居眠りするのはとても気持ち良いです。
 春眠暁を覚えずという言葉が頭によぎりますが今は春ではないし、暁ではありません。
 ファンタスティックな夏が終わり、メランコリックな秋です。そして更には昼休み後の授業中です。
 本来ならば居眠りなんて事は言語道断なのですが、少しでも気を緩めると目の前に花畑が広がってしまいます。
 コスモスの花が零れるほどに咲き乱れ、柔らかいそよ風になびいています。
 羊の群れが現れて、境界の区切りの柵を軽快にピョンピョン跳び跳ねています。

 一匹、二匹、三匹、四匹。

 羊の数を数えていたら、気づいてしまいました。とても重大な事です。
 四と匹って似てますよね? 棒が一本だけの差、大発見です。

 コツン。

 夢と現の狭間でうたたねをしている私の額に何かが当たりました。あまり痛くはありません。

「ほえ?」

 間の抜けた声を挙げつつ緩慢とした動作で上体を起こすと、信じられない光景が寝ぼけ眼に入ってきます。
 信じられません。私の教科書が、ノートが謎の液体で濡れています。キラキラと輝く糸を引いて私の唇に繋がっています。
 つまり、よだれですね。
「ひいぃぃぃっ!」

 あまりのはしたなさに絶望して、身体を硬直させながら絹を切り裂くような悲鳴を上げます。
 クラスメートの視線が集まります。私は気弱で恥ずかしがり屋さんなので、顔を真っ赤に染めてしゃがみ込んでしまいました。
 奇異な物を見るような視線は、私にとっては恐ろしい武器です。兵器なのかもしれません。
 
 ――ざわ……ざわ……ざわ……。

 ざわめきが波の様に押し寄せて、私のささやかな純情を打ち砕こうとしています。しっかりと胸に抱いて守ろうとしたのですが、駄目でした。
 何故ならば。
 21世紀になった今でも旧世紀の詰め込み教育を声高らかに主張する昭和の遺物とも言うべきスパルタ教師が、なまはげの様な顔で私を睨んでいるからです。

「わるいごはいねーがぁー」

 頭の中で何処かで聞いた事のあるフレーズがリプレイして叫んでいます。
 恐怖のあまりに失禁してしまいそうです。でも、此処で踏ん張らないと私は笑い者になってしまいます。
 だけどそんな心配は杞憂でした。卒倒して意識を手放してしまったのです。
 閉じていく視界の中、私は合法的に居眠りが出きる事を喜んでしまいました。
 
505courageous cat's theme ◆FVfgoBMtRs :2008/09/16(火) 21:35:43 ID:I5xIV4EW
2/
 だけど、それはなまはげ先生には内緒です。



 気づくと見慣れた天井を見ていました。制服のまま硬いベッドで寝ていました。
 そうです、ここは保健室です。
 仕切りのカーテンで閉ざされていますが、何度もお世話になっているので間違いないのです。

「おーい、起きたか?」

 カーテンの向こう側からハスキーな女性の声がします。

 カーテンが開くと、養護教諭の新井先生が顔を覗かせます。
 ちなみに新井先生は養護教諭であって、保険医や保健医ではありません。間違えると口では言えない程のとても恐ろしい事になります。

「はい、気分が良くなりました」

 ベッドから起き上がると、新井先生は私に向かってニヤニヤ笑いかけてきます。

「でかいいびきをかいてたからぐっすり寝れただろ」
「私はいびきなんてかきません!」
「かいてたよ? ぐーすかぴー五月蝿くて大変だった」

 ショックです。私はいびきなんてかいていないのに。『ぐーすか』ならまだ理解は出来なくはないのですが、『ぴー』は訳がわかりません。
 兎に角。
 身に覚えのない事実を捏造されてしまいました。

「人を信じられないのは悲しい事ですね。それが教育者なら尚更です」
「教師を信じる事が生徒がいるなんて悲しいなぁ」
「新井先生に私の悲しみがわかるんですか?」
「君……えーと、3年2組の沖方鼎さんだっけ? 君に私の悲しみがわかるかい?」
「2年1組です」
「間違えてゴメンね?」

 駄目です。私は現代教育の腐敗を垣間見てしまいました。コミュニケーション不足を起因とする凶悪犯罪はここから起きるのです。

「兎に角。元気になったなら教室に帰りな。今からなら6限の授業に間に合う。1ダースの学校生活は大事にしないとね」

 1ダース。私は指折り数えます。6+3+3=12。

「先生は私が大学に行けないとおっしゃるんですか?」
「む。そいつは盲点だった」
「酷いおっしゃりようですね」
「君の場合、病欠が多いから進級だって危ういぞ?」

 そうでした。病弱で薄幸な美少女、それが私なのでした。
 つくしの様に背が高いわりにはやせっぽち。趣味は読書と絵画。アウトドア派ではなくインドア派です。
506courageous cat's theme ◆FVfgoBMtRs :2008/09/16(火) 21:36:52 ID:I5xIV4EW
3/
「そう言えばさ、この前こんなのを見つけたんだ」

 新井先生は机の上から一冊の薄っぺらな本を取り出して私に手渡します。

 表紙を見ると見覚えがあります。中身を見ると確定できます。

「……私の本ですよね?」
「サークル『高杜亭』の新刊だよ?」
「……お買い上げ頂きアリガトウゴザイマス」
「いやー、我が校の生徒がもの凄いBL書いてるとは思わなかったなー」
「……私のBLはファンタジーです」
「しかも、どこかで見た事のあるキャラクターだ」
「……実在の人物、団体とは関係ないフィクションです」

 思いもよらぬところで生徒と教師、作家と読者のコミュニケーションが取れてしまいました。
 世間は意外と狭いです。嬉しいような、悲しいような。なんだかアンニュイな気分になってしまいました。

 ガラガラガラ。

 ドアが開くと、クラスメートの博多利敬君が息せききって登場しました。

「佐藤さん、様子を見に来たんだけど……大丈夫?」
「ええ、少し休んだから気分は楽になりました」

 利敬君は私の隣の席の男の子です。背が私よりも高いノッポさんで、謎の格闘技を学んでいるナイスガイです。
 超絶理論を展開する癖がありますが、草を生やすみたいに笑う笑顔がチャームポイントの気の良い優しい人です。
 だけど、時折ヘタれる仕方のない人でもあります。

「あー、鼎さんなら元気になったみたいだから、連れて帰ってくれ」
「新井先生は人使いが荒い先生ですね! 俺は様子を見に来ただけですよ!」

 今、ちょっと面白い事を言いました。
 本当に仕方がない人です。

「あれ? これは?」

 利敬君はめざとく私が新井先生に返しそびれて床に落としてしまった、私謹製の“ものすごいBL本”を手に取りました。
 よせば良いのに、ペラペラと中身を見ています。

「……これって俺だよね」
 いいえ、違います。
「……これってなまはげ先生だよね」
 いいえ、他人のそら似です。
「……これって良い子がみたら駄目な本だよね」
 多分、そうです。
「……なんで俺がなまはげ先生と絡んでるんだろうね」
 それはファンタジーだからです。ちなみに、それはフィクションなんですってば。
507courageous cat's theme ◆FVfgoBMtRs :2008/09/16(火) 21:37:45 ID:I5xIV4EW
4/4
 私の心の叫びは利敬君に届かないみたいで、肩を震わせてぷるぷるしています。
 新井先生はというと、ニヤニヤ笑っています。
 ですが、何故か私の胸はときめいています。
 利敬君が禁断の愛に目覚めてしまったらうれしいな、と。

 ですが、利敬君はそんな私の全否定する顔をしています。困ってしまいます。
 本当に仕方のない人です。
 いいえ、本当に仕方のないのは私なのかもしれません。
 罪深い女ですね、私って。
 そわそわしてしまって落ち着きません。
 落ち着付かないのはいけないことです。オチがつかないのは危険な事です。


 そんな訳で話は次回に続きます。
508名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/16(火) 21:44:50 ID:I5xIV4EW
投下終了でゴザイマス
509名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/16(火) 21:44:52 ID:kypEzT5c
糞ワロタ、投下乙。
510名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/16(火) 22:47:03 ID:e1IAE1UQ
投下乙です
このスレ、作品投下率高いね。色々読めて楽しい。
511普通の日常:2008/09/17(水) 19:47:03 ID:HcYsiGID
投下します、伝奇ルートに入ってみました
512普通の日常:2008/09/17(水) 19:47:55 ID:HcYsiGID
高杜学園の午後、寄りかかるように背をもたれ、五郎は時折かたわらの資料を眺めながらあごを撫でる。
不意に目を移すと教室のドアから中ほどから顔を出し、梅子がにやついてるのが目に入り、
その場でどたりと突っ伏し、たぬき寝入りした。

「ちぃーす、ゴロー何やってんのぉ?」

「……寝てます」

「今までおきとったやろ! かなんなぁ、
まぁ、ウチが気になって思わずそないなこと言うんも分かるけどなぁ」

「何人だ、お前は」

「実はウチ関西人やってん、家にたこ焼きのプレートもあるし……」

梅子の寒いギャグを五郎がスルーすると、シャーペンの芯を数える作業を再開する、
横で梅子がスカートをなびかせてふりふりと踊りながら、ツッコミ待ち待機している為に集中することが出来ない。

「なんだアレか……出番欲しさにテコ入れでもしたのか?」

「もぅ、わかんないかなー、いつもよりスカートの丈が短いでしょ、
チラッてパンツが見えちゃうかもしれない期待感、むっつり助平のゴローには刺激が強すぎたかしらん?」

「お前のハミ毛なんぞ見て、何が楽しいの?」

「ハ、ハミ出てない! ハミ出てないよ!?」

頭にびしりと手刀が打ち込まれると、五郎はそのままわざとらしく机に卒倒し眠り始めた。
喧騒と笑いに包まれる教室内の空気を避けるように、廊下の窓際に立つ少女は二人の姿を見つめている、
芳乃は自分で作った二つのお弁当箱を手に持ったまま軽く唇を噛むと、俯きながら自分の教室へと帰っていった。
513普通の日常:2008/09/17(水) 19:48:42 ID:HcYsiGID
放課後、芳乃は部室へと向かう通路から窓を眺め、一つ溜め息をつくとぼんやりと思案にふける、
心に靄がかかったような焦燥感のなかで、向かう足はついぞ動かなくなっていた。
不意に顔を上げると、先ほどまで廊下で談笑していたはずの生徒や、部活に向かう者達の姿もいつの間にか消え。
澄んだ空気を通して、聞こえてくる奇妙な旋律を耳で捉えた。

「――ピアノの音色?」

一歩また一歩と音に近付いてゆくうちにその音はますます鮮明になってゆく、
階段を登りきり、今まで入ったことのない区画へと足を踏み入れる、各教室には札がかかっておらず
床には細かい埃が積もっている、その全てが空き教室なのだろう。

「こんな場所があったのね……」

なぜここからピアノの音が聞こえてくるのか不審に思いながらも、埃の上を歩くように音のする方角へと引き寄せられ、
行き止まりとなっている、一つの扉の前で芳乃は足を止めた、古くなっている他の扉とは違う、真新しい扉に手をかけ横に引くと、
外界と隔絶されていた部屋に空気が流れ込み、細かな塵が風にあおられ部屋に舞い上がる。

天窓から差し込む光に当てられ、まるで雪のように塵が揺らめく薄暗い部屋の中央には、ピアノを爪弾く一人の少女の姿があった、
背は芳乃よりも低く、制服からのぞく雪のように白いその指が止まると、吉乃の元へ顔を向けた。
同姓ですら息を呑むような流れるような黒髪、紅のかかったような唇がうっすらと開く。

「555曲のソナタ」

「え?」

「曲の名前、素敵な曲名でしょう?」

少女は薬指を鍵盤の上に置くと透明な音が部屋に響き渡る、芳乃が困惑してはにかむと、優しげな微笑で彼女は答えた。

「申し訳ありません、練習のお邪魔をしたみたいで……」

「いいのよ、芳乃さん、この曲はいつでも弾けるから」

「――私の名前?」

「不思議ね……」

彼女がこちらへと近付くと、怯えるように身をすくめる芳乃のあごに手を沿え互いに見つめあう、
その瞬間、背筋に何かが這いずるような感触を感じると、光を失った彼女の瞳に魅入られたまま、動けなくなってしまった。
514普通の日常:2008/09/17(水) 19:49:32 ID:HcYsiGID

「あなたは今『孤独』を感じている、そしてとても恐れている……」

「……」

「あなたのお父様は、あなたの『孤独』を埋めてはくれなかった、
拒絶され、離れ離れになり、そのことでとても傷ついているのね」

「ぁ……あ」

自らの家族でしか知りえない秘密を見透かされたように暴かれ、言葉を失った芳乃は身を引こうとするが、
まるで自分の足に鉄の棒をねじ込まれたかのような圧迫感を感じ、身をよじることさえ出来ない。

「――可哀想、あなたはお父様と体で繋がって愛されたかっただけなのに、
お母様がそれを許さず、引き裂いてしまった……」

「やめて、やめ……て」

「感じるわ、とても綺麗で純粋なあなたの心に黒いしみが広がって、あなたの中を穢していくのを」

「違う! 私は……!!」

少女はにこりと微笑みながら、放心状態になった芳乃に顔を寄せた。

「このままでは同じことの繰り返し、あなたにも私の血肉を分けてあげる、さぁ、口を開けて」

「……」

「彼が欲しいんでしょう?」

戸惑いながらも芳乃が薄く口を開くと、少女は唇をぷつりと噛み切りお互いの唇を合わせた
少女が背中をさする内に抵抗を失った、芳乃の中へと舌を差し込み絡ませると、
芳乃の口の中にも血の臭いが伝わってくる。

恍惚とした表情で体を震わせながら身を任せると、唐突に視野が暗転し芳乃の意識は途切れた。



――雑音に叩き起こされるように吉乃の体がびくりとはねる、
そこには先ほどの廊下で窓を見つめたままの状態で固まっていた自分がいた。
辺りを見渡すと廊下に座り込み喋りこんでいる生徒や、駆け足で部活へ向かう生徒達であふれている。

「……夢?」

「竹井せんぱーい、部活始まってますよぉ!」

「あ、あらあら、ごめんなさい……すぐ行きますね」

ホッと胸を撫で下ろした芳乃は後輩の声に呼ばれ、茶道部の部室へと向かう途中
ふと、あのピアノの音色が聞こえたような気がした。
515普通の日常:2008/09/17(水) 19:50:20 ID:HcYsiGID


『学長室』


学園長の執務室、皮椅子に小柄な体をすっぽりと収め、肘をかけた学園長が椅子に座りなおすと、
サクマ式ドロップスを片手に生徒会執行部からの報告を受け取っていた。

「では、牧田……現状はどうなっとるかの?」

「はい、例の件に関しては、我々執行部も情報を集めています」

「先のことを読めぬようでは後手後手に回るだけじゃ、
該当する生徒の監視をより一層強めるようにな、ところで小金井をみかけぬようだが?」

「まだ情報収集から戻らないようで連絡が取れていません……」

学園長はふむと一息入れると、カラカラとドロップを振り、小さなてのひらにカラフルな飴をいくつか乗せると
牧田に向かって差し出す。

「大儀であった、飴ちゃんをやろう、好きなものを選ぶがよい」

「は、はぁ……じゃぁ黄色で」

「む、ぱいんか? ぱ、ぱいんはたしかに美味いしの
高級感あふれる味がするよのう!」

「あ、えと……では赤を」

「い、いちごと申すか? わしも大好きでな……いちご!
ふるーてぃで甘酸っぱい感じが何とも言えぬ!!」

「では、ハッカ味で」

「うむ、そうか」

しぶしぶとハッカ飴を受け取り、学長室を退出しようとした牧田を学園長が呼び止めると、
整然とした口調で警戒をうながした。

「ゆめゆめ油断するでないぞ、あと――」

「学園長、何か問題でも?」

「――深く座りすぎて椅子から尻が抜けなんだ、手を貸してくれ」

(大丈夫か、この学園……)
516普通の日常:2008/09/17(水) 19:55:09 ID:HcYsiGID
投下終了です

>>394さんの学級委員の牧田をお借りしました
あと、学園長の口調をロリババァにしてみました
517名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/17(水) 20:36:33 ID:lg+fsfUL
乙。
しかし、小金井君って…
518名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/17(水) 23:37:22 ID:HZd46SmN
椅子から抜けなくなったのは、きっと体重が増えたからららrっぱいやあべし!
519名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/18(木) 00:57:15 ID:B6wu56Ce
投下します
520『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/18(木) 00:58:36 ID:B6wu56Ce
「『ルノアール展!?』」

了は目を丸くした。
未沙から了を誘うことは珍しい。いつものクールな物腰で、佐伯未沙は彼の返答を待っている。

「十年振りって。 …うーん、なんか小難しそうだしな…」

「…そ。」

あまり乗り気では無さそうな了の様子に、未沙は呆気なく踵を返す。

「あ!! 待てよ!! 柚季なら…」

「いいの。 一人で行く。」

下校路をすたすたと歩み去る未沙を見送りながら、了はため息をついて呟いた。

「…あいかわらず、かわいくねーなぁ…」


未沙はポケットの二枚のチケットを握って、てくてくと家路につく。
実際、未沙が友達を誘うのは、本当に珍しい。いつも騒がしく計画を立てるのは了と将也で、未沙はその行き当たりばったりな計画の現実的な行程を組み立てるのが常であり、未沙にはそれが性に合っていた。
柚季も含めた、デタラメ三人組のお目付役。
未沙はその役割に満足していたし、内心三人に感謝していた。

『…了と、行きたかったな…』


521『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/18(木) 01:00:10 ID:B6wu56Ce
内心の呟きを彼女はその端正な面に出すことなく、自宅に着くとすぐ、二階にある自室に入った。

少し前まで姉と共同で使っていた部屋。
年の離れた活動的な姉が、家出同然に上京してから、部屋の半分は雑然としたままだ。
なぜか、絵画に惹かれる家系だった。恐らく母方の血だろう、漫画家を目指す姉を連れ戻そうと、高杜と東京を往復する母に、未沙はしばらく会っていない。

『…柚季みたいに、『行きたい行きたい!!』って、駄々こねられたらな…』

ルノアールの絵を了と一緒に観たい。それだけの我を通せない自分が、未沙は少し悲しくなる。
自分のシニカルな言動は、拒絶を恐れる臆病さを隠す鎧。 それを未沙はよく知っていた。
そして、同じ日に産声を上げた、かけがえのない友人である戸田山了。 底抜けに明るく間の抜けた彼をサポートすることが、未沙の人生にどれだけの笑顔をもたらしてくれたか、それも未沙は、よく知っていた。

乱暴に服を脱ぎ捨てた未沙は、部屋に座り込み、ふと、姉の荷物の中に古ぼけた画材ケースを見つけた。『 HIMEKI』とレタリングしてある。

『…ああ、叔母さんの…』

522『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/18(木) 01:02:28 ID:B6wu56Ce
未沙は歩み寄り、汚れたケースを開けてみる。
油絵具の独特の匂い。先日の叔母の法事に、祖母が姉と未沙に形見として持たせてくれたものだった。
結局姉は開けずじまいで出奔してしまったが、祖母がケースを運んできたときの、母の複雑な表情が奇妙に印象に残っていた。

『…叔母さん、生きてたら、まだ二十代だっけ…』

未沙の母の妹である叔母は、未沙が幼児の頃に亡くなった。 まだ高校生だった。
未沙達には事故とも、自殺ともあいまいに教えられていたが、写真でみる叔母は未沙には似ておらず、これまで肉親らしい想いを抱いたことはない。

未沙はガサガサとケースを探る。 まだ彼女は油彩画を書いたことがなかった。
ふと彼女は、了をモデルにカンバスに向かう自分を想像した。そして、慌ててそれを打ち消す。

…きっと、了はそんな退屈なことは嫌いだ…

一番底から、デッサン帳が出てきた。 アグリッパ像、二ケ像… 精緻なスケッチに未沙の瞳が少し明るくなったとき、ページの間から、ハラリと二枚の紙片が落ちた。


523『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/18(木) 01:04:07 ID:B6wu56Ce
拾いあげた未沙の表情が驚きに凍る。

二枚の黄変し、印刷の少し滲んだ紙片は、脱ぎ捨てたホットパンツのポケットに入っているのとデザインまでそのままの、高杜市立美術館で開催される、ルノアール展のチケットだった。

『そんな…』

最終日は叔母の命日の一日後。 自殺なら不自然だと、少しだけ未沙は考える。

…一体誰と行く筈だったのか、そして何故、行けなくなったのか、恐らく母に尋ねても解らないだろう。

『…未沙は少し、あの子に似たところがあるねぇ…』

祖母の言葉を、むきになって否定していた母。
時々、涙ぐみながら、未沙をぎゅっと抱きしめる母。

古ぼけた二枚のチケットを見つめ、未沙の瞳が潤んでゆく。
今ではもう、何も解らない。
でも、叔母と、もう一人の誰かは、決して二人で絵を眺めることはないのだ。

幸薄かった叔母が、まるでそこにいるような悲しみのなかで、弔辞を読むように、泣き声で未沙は呟いた。

「…叔母さん、私、とても臆病だよ… でも…」

524『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/18(木) 01:05:29 ID:B6wu56Ce
ピンポーン。

突然のチャイムの音に、あわてて涙を拭いながら、未沙は服を着て走り出る。

伏し目がちにドアを開けると、そこには、了がそわそわと所在無げに立っていた。

「あ!! お前、何泣いてんだ!?」

「…ううん… 何も。」

「馬鹿。何にもないのに泣かねぇだろ!!」

肩にかかる了の力強い手。未沙は唇を噛んで堪えていた嗚咽の声と共に、了の胸に飛び込んだ。

「…一緒に、ルノアール展、行きたい…」



次の休日、未沙と、無意味に緊張し、呼吸すら遠慮がちな了は、最近改築工事を行い、立て続けに大作を招致している高杜市立美術館で、『イレーヌ・カーン・ダンヴェールの肖像』の前に立っていた。

「…かわいい…」

了の感想に、クスリと笑った未沙のポケットには、叔母のチケットが入っていた。
十年振りに、この絵に会いにきたのだ。


END


『セクシャルコンプレックス』
『なんとか通り探検隊

にリンクさせて頂きました。

設定
高杜市立美術館
最近改築工事を行い、積極的に大作を招致している。


525名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/18(木) 01:07:09 ID:B6wu56Ce
投下終了
526『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/18(木) 01:10:24 ID:B6wu56Ce
すいません『杜を駆けて』8です。
527 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/18(木) 02:32:24 ID:N6g5mznJ
ちょっと思いついたネタを投下してみます
528居酒屋『遊楽亭』 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/18(木) 02:34:26 ID:N6g5mznJ
 この界隈に店を開いて随分経つが毎日色々な客が訪れる。
 そんな客との会話がこの仕事の醍醐味の一つだ。
 それがただの愚痴だったとしても。

 カウンターに顎を乗せて、一人の男がくだを巻いている。

「娘がさ、男を家に連れて来たんだよ。その男がどうにもいけすかない奴でさ」

 そこまで言って猪口に注がれた酒を一気飲みする。
 その横には空になった徳利が四つ。

「旦那、ちょっと飲み過ぎだよ」
「減らしたかったらもっと強いの用意しろ!」

 やれやれと嘆息しながら徳利を取り出す。
 今相手をしている客は常連という程ではないが、ちょくちょく顔を見せる男だ。
 店に来る時は大抵の場合、今回のようにぐでんぐでんに酔っ払って愚痴を漏らす。
 愚痴の内容は大体が家庭の話で占められている。
 何でも、婿養子なので家の中では立場が弱いらしい。

「娘は娘で「なんだ、いたの?」って目で見てくるし。確かに仕事で家を留守にする事は多いけどさ」

 猪口に注ぐ事が面倒になったのか、徳利に直接口を付けて飲み始める。
 仕事の詳しい内容は聞いた事がないが海外への出張が多いらしい。

「その仕事も幸先が悪いんだよ。用事があるから会いに行った奴は留守だし。これもそれも、あのクソガキのせいだ」

 何処の誰かは知らないが、不幸な青年がいるものだ。
 もし店に来る事があれば奢ってやるのもやぶさかではない。
529居酒屋『遊楽亭』 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/18(木) 02:35:38 ID:N6g5mznJ
「嫁は日和った事を言うし。何が「若いっていいわね」だ」
「でも、あれだろ? 娘さんも高校生なんだから父親を煩わしく思い始める頃なんだよ。下着を一緒に洗濯するなって言ったり」
「昔は一緒に風呂に入ってたんだけどな……。俺風呂嫌いなのに頑張ったんだよ」
「諦めるしかないんじゃないかね。娘を持つ父親の共通の悩みだな」

 実は客の中にはこの手の愚痴は少なくない。
 娘が援助交際をしているらしいだの、フリーターと結婚すると言い出しただの。
 本当に深刻な場合だと、声もなく泣き出すので愚痴として吐き出せる内はまだ気軽に付き合える。

 まあ、酒を飲むだけで料理を一切注文しないのは、料理人の端くれである自分にとって、もどかしいものがあるが。

 ふと、男が横を向き、視線が一ヶ所で止まっている事に気付く。
 その視線を追ってみると壁に張られた一枚のポスターに向いている。

「紫阿童子祭事」

 まだまだ先の話だが、地域住民にとっては一大イベントなので今から宣伝が行われている。

「五年前のに娘が出てたな」
「へえ。娘さんの晴れ舞台だし、写真とか撮ったのかい?」
「知り合いも動員してあらゆる角度から撮影して高画質、高音質で保存してある」

 男は得意げに立てた親指を突き出す。
 親バカだ。
 むしろバカ親だ。

「今年の祭は見るのかい?」
「どうしよっかな。それまでには仕事が片付くだろうから高杜にはいられないかも。
 それに、どうせ娘はあのクソ野郎と見に行くとか言うんだろうなぁ」

 残念ながら、父親と一緒に祭に行く女子高生というのは少ないのではないだろうか。
 他の客との会話等を鑑みるに友人、あるいは恋人と一緒に出歩くのが一般的な気がする。

 鬱になったのか、男はカウンターに顔を伏せる。

「旦那、今晩は付き合ってやるよ」

 その日は閉店時間を過ぎても店の明かりが消える事はなかった。
530居酒屋『遊楽亭』 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/18(木) 02:36:52 ID:N6g5mznJ
以上です

居酒屋『遊楽亭』
高杜モールの本通りから外れた裏通りに居を構える居酒屋。
面倒見のいい店主がおり仕事帰りのサラリーマンに人気である。
おでん、焼き鳥、刺身、唐揚げ、漬物などの定番メニューは大体取り揃えられている。
531名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/18(木) 12:55:57 ID:+Fbd80gR
書き手の雑談用のスレとか欲しいな
情報交換とかした方がそれぞれの書き手のキャラクターも使いやすそう
532名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/18(木) 13:04:56 ID:CvUWay8X
>>『杜を賭けて』
こちらはハッピーエンドでほっとした。上手いつながり方だと思う。

>>居酒屋『遊楽亭』
投下乙。
ありがちなシーンだけれどもそれだけにしんみりと来た。

>>531
廃スレ利用で雑談用に為てしまえばどうだろうか?
533名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/18(木) 13:50:17 ID:N6g5mznJ
創作発表板避難所
http://jbbs.livedoor.jp/internet/1246/

ここを利用するって手もあるな
なんにしろ、他の書き手の意見次第だな
534名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/18(木) 21:30:31 ID:B6wu56Ce
とりあえず、投下に気を遣わないで、雑談やリクエスト、感想なんかレス出来る場があれば、とは思う。
…今の独特のムードも好きなんだが。
535名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/18(木) 21:35:37 ID:CvUWay8X
>>courageous cat's theme
腹を抱えて笑いました。
利敬=理系なのでしょうが、たしかに文章書きからすれば
超絶理論かもしれません。
536名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/18(木) 21:43:10 ID:qONYUL81
投下の間の雑談とかでは駄目なの?
>>1に過度の馴れ合いは駄目ってあるから別って事?
長い雑談になるならともかく、書き手が「これ使っていいですか」とかそういった流れはスレ内で把握したいな
537名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/18(木) 23:21:11 ID:M8izqKoV
書き手としてはこのスレでやり取り出来れば楽だけど、ネタバレになりかねないのが怖いかな
538名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/18(木) 23:31:39 ID:B6wu56Ce
>>537
同感。
539名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/18(木) 23:44:18 ID:M8izqKoV
>>538
場所つくるとしたらしたらば?
自分は良くわからないけど
540名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 00:10:42 ID:ep/Fgujh
>>533の避難所でいいと思う
スレッド2つしか無いし
541普通の日常:2008/09/19(金) 01:15:06 ID:fK1+jcW0
長いです、投下します
542普通の日常:2008/09/19(金) 01:15:55 ID:fK1+jcW0
一人の少年が国立図書館の玄関先で壁に背をもたれかけ、待ち人を待った、
単語帳を手に取り片手間でテスト勉強に勤しみながらも、かれこれ1時間以上の時が経ち、思わず不満の声が漏れる。
背には風呂敷包みの長物を抱え、中身が壁と触れるたびにかちりと音を立てた。

「やれやれこの調子じゃ、次のテストが思いやられるよ
まったくもう、生徒会長も人使い荒いんだから……」

一人ぼやきながら不意に目を上げ、目的の人物が国立図書館から出て行くのがみえると、重い腰を上げ尾行を再開する。
『松田五郎』現在マークされている要注意人物の一人、小金井が一通り彼の経歴を読んだ感想を言えば目立たない男だった、
女子との間にうわついた噂もなければ、勉学に勤しむ様子もなし、運動レベルも並以下である。
それゆえ彼が学園について調べまわることに大した警戒もしてはいなかったのだが……。

(あまりに手際がよすぎる……
この場合、わざと目立たないように行動してると考えた方が自然だよね)

薄く考え事をしながら、五郎と距離を取り尾行を続けていたが、突然五郎が脇道へと走り込むと、
あわてて少年も彼の姿を追った、店の路地裏を突き進むと、途中でぷっつりととぎれ、道は行き止まりとなっている。
呆気に取られ頭をかく少年の背後から迫る黒い影が彼の視界の隅に入ると、素早く身を翻しその場を飛びのいた。

「!?」

「おっとぉ、落ち着いて、小金井君」

「――松田さん、タチの悪いジョークはよしてくださいよ」

「そりゃーこっちの台詞だよ、誰か尾行してくるもんだから
ちょっと確認しようと思っただけだよもん……でもあれだね、いま凄い飛ばなかった?」

とっさの判断の行動だったため、不信感を覚えた五郎を説得するように、
小金井は苦しい言い訳を考えるとその場を取り繕うようにごまかす。

「実は僕、逃げるのだけは得意なんです」

「オリンピック目指してるの?」

「あ、ありませんよ! そんな競技!」

「カバディ、カバディ……」
543普通の日常:2008/09/19(金) 01:16:47 ID:fK1+jcW0
怪しげな動きでまとわりつく五郎を無視すると、しばらくの話し合いの後に
『マクガフィン』にて話し合いの場がもたれることになった、本来マークされている人物との接触はご法度だが、
双方に敵意がない上に、尾行がバレた今となってはやむをえない状況だった。
二人が席に着くとウェイターの牧田が現れ、なにげなく注文を取り始める。

「らっしゃーやせー」

「な、何してるんですか? 牧田先輩」

「これも任務のためだ、見逃してくれ、守……今月ピンチなんだよ」

「めっちゃ、私情ですね」

あえて牧田の存在を無視しながら、二人はコーヒーを頼むと、五郎が持っていたカバンからメモ帳をゆるりと取り出し
テーブルの上におくと小金井の質問に対して受け答えを始める。

「それで……尾行をしてまで、この松田五郎に何のご用件ですかな?
愛の告白以外なら、何でも受け付けておりますよー」

「あなたに対する尾行に関しては生徒会長、ひいては学園長の指示です、
我々生徒会には生徒の安全を守る義務も含まれていますので……。
松田さんが今調査されている件は危険をはらんでいるんです」

「学園長? 俺が過去の資料を引っ張り出して、調査すると不味いことでも何かあるのかい?
――それとも高杜、ひいては高杜学園で頻繁に起こっている失踪事件に関することかな」

「そこまで調査されてるのなら話は早い、仰るとおりです」

小金井のその言葉を聞いた瞬間、五郎から感じられる視線の質が変化する、
さきほどまで飄々としていた男から感じられるものとは全く異質なものである。

小金井の一族は代々、高杜に根を張り暗躍している剣客の一族であった、兄弟は全て高杜学園に通い
生徒会執行部としての責務と学園長から与えられた恩義に報いる為に働いてきた。
そして、その累々たる血脈にからくる本能がその殺気を否応なく察知したのだ。

「こ、怖いな……勘弁してくださいよ、松田さん」

「ん、なにが?」

「失踪事件に関しては生徒会の中でもたびたび問題になっています、
僕の兄も……10年ほど前に該当する事件に出会ってまして、その事を非常に悔やんでいました
これらが一定周期で増加傾向にあるのはこちらでも掴んでいますが……」

「失踪の原因に関しては不明、という事かな?」

「えぇ、そうなります」

五郎がいつものような気の抜けた目付きに戻ると、小金井はほっと胸を撫で下ろし苦笑いする、
コーヒーを飲み干し、トイレに松田が席を外すと、小金井は車の流れる街並みを眺めながら帰りを待った。
――10分後――

「お、遅いなぁ……松田さん」

「なんだ守、まだいたのか? 連れの人ならさっき店から出てったぞ?」

「そういう重要なことは早めに教えてくださいよ、牧田先輩!」

「泥水2杯のお会計、しめて630円です」

「しかも食い逃げッ!?」
544普通の日常:2008/09/19(金) 01:17:38 ID:fK1+jcW0
淡い色彩を放つ追憶、公園の緑あふれる景色のなかで小さなてのひらとてのひらを結んだ二人は遊歩道を歩いていく、
ゆるゆると流れていく時間、そこには二人だけの時間が広がっていた、澄み切った青空を眺め談笑するうちに
二人は小指を絡ませ、ゆびきりをすると一つの約束を誓った、一人にとっては他愛もないこと。
だが、もう一人にとってはそれが人生の全てだった。


『指きりげんまん嘘ついたら針千本飲ます……指切った』


屋外の電灯に火が灯る、引き寄せられた蛾が電灯に幾度となくぶつかると、かつかつと音を立て周囲に響いた。
街並みから流れてくる重低音の耳鳴りを聞きながら、五郎は真夜中の公園に辿りつくと、いつものベンチへと座り込む。
周囲には人気もなく、時折風に吹かれた木々の枝葉が音を立てる、高杜の植林された木々の中で
この公園は最も自然に近い形で今もなお、生き続けている。

五郎は胸元のポケットを探り、両切り煙草の最後の一本を取り出すと、鼻に下にタバコを横になぞらせゆっくりと臭いを嗅ぐ、
ライターで火をつけゆっくりと肺に満たすと、虚空に向けて煙を吐き出した。

「――五郎さん」

「……!?」

後方の木陰から声が聞こえてくる声、被っていた帽子を脱ぎ黒髪を露わにすると、芳乃は五郎の背後へと近付く、
手に持ったランチバックを長い時間持っていたせいか、握った手のひらが赤く染まり、顔には疲弊の色が見える。
いつもの休日、いつもの時間、彼女はこうして現れることのない人を待ち続け休日を過ごしていたのだろう。

「今日はたくさんお弁当を作ってきたんですよ、
少し……冷えてしまいましたけど、ハンバーグはお好きですか?」

「竹井さん……」

「ち、ちょっと失敗して玉子焼きの形を崩してしまったんですけど、
でも……あ、そうそう、麦茶は――」

「竹井さん、あまり俺に構わないでください」

ランチバックからお弁当を引き出そうとしていた芳乃の手がぴたりと止まると、小刻みに震え始める、
吉乃が顔を上げ五郎の横顔を見つめると、理由を問いただした。

「な、なぜですか? 松田さんは……やっぱり長岡さんと?」

「いえ、関係ありませんよ、ただ、俺はこうしてあまりよくしてもらえるのは、
気がねすると言うか……」

「嘘、嘘ですそんなの……私はただ松田さんの為に
喜んでもらおうと、頑張っただけなのに」

「長岡の奴とは中学からの腐れ縁で友人の一人なんで、これと言って親密な関係じゃないですよ、
竹井さんも俺の友人として、それで仲良くやっていければ――」
545普通の日常:2008/09/19(金) 01:18:54 ID:fK1+jcW0
言葉の先を待つ前に芳野は五郎の袖口を掴み体を寄せ、甘えるような仕草で頬を寄せた、
興奮状態にあるのか、呼吸は荒く、目は虚ろになり五郎の目を見つめる。

「松田さんにとって遊びでもいいんです、
私は傍においてもらえるだけで、だから……私を――」

「悪いですけど、こればかりはどうにも」

「――なぜ? どうしてッ!!」

しがみついてくる芳乃に引き倒されるように二人はベンチから転げ落ちると、五郎は地面を転げながら芳乃と距離をとった、
火のついたタバコを地面に取り落とし、若干困惑の表情を見せる五郎が周囲を見渡す。
芳乃の周りにある空間が文字どおりに『歪んでいく』のが目に見えて分かる。

「もう、一人ぼっちは、嫌なんです……」

「!?」


右腕に違和感を覚えると、何も無い空間から波紋が広がるように五郎の腕が変形していく、
本能が危険を察知したその瞬間、体に衝撃を感じると、二人の影がもつれあいながら、
公園の丘の下へと転がり落ちていく。

「小金井!? さっきのコーヒーごっそさんっした」

「んな、のんきな事言ってる場合ですか! 彼女になにをしたんですかッ!!」

「なにもしなかったら怒られた」

「また、意味の分からないことを……」

二人が恐る恐る丘を登ると、芳乃の姿は既に見えなくなっていた、
小金井は携帯を懐から取り出し電話をかけるが、繋がらないのかそのまま電源を切ると、
五郎に話しかける。

「菅原さんに繋がらない……こんな時に、松田さん一体何があったんです?」

「君が隠してることを教えてくれれば、協力するよ」

不意に交換条件を提示された小金井は迷った様子を見せたが、しばらく思案したのちに重い口を開いた。
546普通の日常:2008/09/19(金) 01:19:51 ID:fK1+jcW0
「――紫阿童子の伝承はご存知でしょう?」

「あぁ、知ってるけど?」

「人間に化けた魔物から椿姫を守る為に紫阿童子が戦う、
ここまでが口伝の伝承で伝えられていること、問題は姫を攫う魔物の動機です」

「人を喰うだとか、単純な理由付けじゃないのか?」

周囲を走りながら見渡すが芳乃の姿はどこにも見当たらず、二人は肩を下げて顔を見合わせる。

「僕は詳しいことは分からないんですが、死者に魅入られるといった方が適切ですね、
椿姫が伝説通りの人物なら、周囲は彼女に対してどうすると思いますか?」

「我侭な姫様らしいから、いやいやながらも従うが、腹の底では疎ましく思うだろうな」

「つまり、妖に惹かれやすい人物というのは、周囲から孤立する人なんです」

「……そうか、成る程な」

「どこで引き込まれたかは分かりませんが、ひょっとしたら学校にいるのかも……
僕、ちょっといって来ます!」


夜の公園を飛び出し、深夜の街中を走ると二人は高杜学園へと辿りつく、月明かりは雲に隠れ、周囲は静寂に包まれる。
二人は小金井の持っていた鍵で校舎内に進入すると、辺りを見回し芳乃の姿を探した、
校舎の教室内からは時計の刻む音がかすかに聞こえ、二人の足音が廊下に響いた。

「幽霊でも出そうな雰囲気だな」

「害の無い霊ならいくらでも出ますよ、ここじゃないのかな?」

「多分、上の階じゃないか?」

階段をかけのぼると、どこからとも無く悲しげなピアノの旋律が聞こえてくる、
小金井が周囲を警戒しながら歩調を落とすと五郎が先行して最上階の教室へと辿りついた。

「こんな場所に教室は無かったはず、それにこの曲は?」

「――555曲のソナタ」

「とにかく先を急ぎましょう、手遅れになる前に!」
547普通の日常:2008/09/19(金) 01:20:40 ID:fK1+jcW0
廊下に積もる埃を舞い上げながら、廊下を駆け抜けると行き止まりにある扉を開く、
天窓から差し込む月明かりに照らされる少女、そしてその傍らには芳乃の姿があった。
芳乃は驚きの表情を見せみじろぎすると、先ほどの五郎とのやり取りを思い出し、顔を赤く染めて俯いた。
少女がピアノを弾く指を止め、その場で立ち上がると、小金井は背負っていた風呂敷包みから刀を取り出し、
半身に構えると少女に向かって話しかける。

「あら、今日は随分とお客様が多いのね、嬉しいわ」

「あんたが何者なのかは知らないが……その子を渡すわけにはいかない!」

「面白いことを言うのね、この子は自分からすすんでここに来たのよ、
私以外に誰も頼る人がいない……なんて可哀想な子」


少女が芳乃の体を抱き寄せ子供をあやすように頭を撫でると、五郎が歩みを進め、少女の元へと近付いていく、
白い腕をついと差出し、五郎へと向けると、先ほどと同じように五郎の周囲の空間が歪み、
腕を捻る動きに呼応するかのごとく激しい衝撃が五郎の体を襲った。

「がぁッ!?」

「やめてッ! 松田さんは関係ないの!」

芳乃の体が少女から僅かに離れたその瞬間を見逃すことなく、小金井が鋭く床を踏み抜くと
少女の元へと襲いかかり、肩口から袈裟に振り下ろすように斬りかかる。

「まぁ、怖い」

「!?」

切っ先が少女の体に触れる直前に、中ほどから二つに折れ、小金井の放つ剣戟が虚しく空を切る、
振り向きざまに剣を振るおうとした、小金井の脚が急激に感覚を失い、完全に硬直する。

「クソッ、身動きが取れない! 竹井さん逃げてッ!」

「無駄なこと、もう一人はまだ元気のようだけど」

ゆっくりと立ち上がる五郎に向け腕を広げた少女は、何かを思い直すような仕草を見せ、
指を一本だけ立てると、五郎の周囲に小さな歪みを作り出した。

「芳乃さんの心をもてあそんだこの男に罰を与えましょう、
これで分かるかしら? 『孤独』に追い詰められた者の気持ちが……」
548普通の日常:2008/09/19(金) 01:21:27 ID:fK1+jcW0

「五郎ちゃん?」

「ずっと待ってたけど来なかったから……捜してた、遅くなってごめん」

あの頃の少女に身をあずけると、いくぶんか大人になった少年は彼女の手を取った、
在籍していた学園から唐突に姿を消し、行方知らずとなった少女を捜し歩いた。
休日の日にはいつものように公園で待ち続けた、ただ一目でも彼女が幸せになれたのだと知りたかったから。

「そんな、こんなことって……」

「はは、御伽噺の世界と一緒だね」

「私……大変なことを」

「俺のこと嫌いだった?」

少女が首を左右に振ると、五郎は彼女の頭を胸に抱きしめる、
ずっとこうしたかった、ずっとこうされたかった、二人の想いが互いに交じり合うと、
小さな少女の体が、淡い光に包まれると月明かりに舞う塵と共に霧散していく。

五郎自身こういう結果になることは分かっていたのかもしれない、
未練を残して妖になるのなら、その思いが消えれば同じくして消えるのだと。
彼女が消えてしまう前に五郎はずっと伝えたかった言葉を口にした。

「――ずっと、好きだった」

少女は戸惑いながらもにっこりと口元に微笑をたたえると、天窓から空へと塵となって消えた。

芳乃と小金井が五郎の元へと歩み寄ると、
涙を流す五郎に慰める言葉も見つからぬまま、その場に立ち尽くす。



薄暗い空に朝日が昇り始めると、今日も普通の日常の始まりを告げた。
549普通の日常:2008/09/19(金) 01:25:39 ID:fK1+jcW0
投下終了です
再び牧田をお借りしました

『普通の日常』
『セクシャルコンプレックス』

は自分が書きましたが、キャラクターはガンガン使っていただきたいです
今度は他のキャラを主役で書きます
550普通の日常:2008/09/19(金) 01:27:34 ID:fK1+jcW0
>>547>>548の間が抜けてました……

次々と繰り出される衝撃圧の連激が五郎の体を襲うと、芳乃は少女の腕を振り解き、五郎の体を寄り添うように支えあげる、
その光景を見た少女はその眼に、より一層の深い憎悪を浮かべると、
五郎の体を弾き飛ばした。

「もうやめてッ! 私はこんなこと望んでなんかいないッ!」

「う……ふふ、ははは、そうよ……そうよね、結局は好きな人が大事!
芳乃さんには救いがあるんだもの、御伽噺の世界と一緒! 妖は救われないのよ、いつだって!!」


「どいてくれ――竹野さん」

「え……?」

五郎は庇う芳乃の体を突き放すと、ゆっくりとした足取りで少女の下へと歩き出す。

「鬱陶しい!!」

打ち込まれた衝撃で膝をつき、五郎の顔が歪む。

「もういいわ……茶番はここまでよ! それとも本気で死にたいのかしら!?」

数度打ち込まれた衝撃に五郎は膝を付くことなく立ち上がる。

「なんなのあなた? それ以上近寄ったら、首の骨をへし折るわよ!!」

五郎は少女へ向かいゆっくりと小指を立て手を差し出す。

「――約束」

「!?」

五郎は誰にも見せることのなかった笑顔を少女に向けると、
彼女の白い指に手を触れる、どことなく懐かしいその温もりに少女の心は落ち着きを取り戻した。

――――――

ラジオから幾度と無く繰り返されるピアノの旋律、変わらない毎日

高杜学園に在籍していた少女は生涯の大半を、病院から窓の外を眺めて過ごした

外出許可の出た休日には、公園の緑を眺めていた

ある日、一人の少年と友達になった

お互いに手を引いて、二人は小指を絡ませ、ゆびきりをすると一つの約束を誓った

『大きくなったら迎えにいくから』

一人にとっては他愛もないこと

だが、もう一人にとってはそれが人生の全てだった

――――――


551 ◆vLN9sBRUZc :2008/09/19(金) 07:38:23 ID:1QZKWcak
>>普通の日常
投下乙です。夜が明けると普通の日常、これが大事ですね。
幼き日の約束事を一生抱えている松田が純で良いです。

ついでにtest
他の方の作品に出たキャラクターをメインにして書いてしまうのは、
反則でしょうか?
552名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 08:37:22 ID:4Mgw6f5f
曖昧に聞くより、どの作品のどのキャラを使うかを明記したほうが手っ取り早いんじゃないかい?
結局は作者間の取引に集約されるんだろうしさ
553名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 08:48:26 ID:O9b6YLUf
GJでした!!
伝承、短編を巧みに織り上げていると思います。…でも、確かに今後、最低限のネタ合わせは書き手間で必要になりそうな…
554名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 09:41:54 ID:kK76dV9H
>>551
他の作品の作者にしか答えられない質問だな。
555名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 10:08:30 ID:/M7oPoxv
>>195>>200>>201でも触れられてるが、脇役ならまだしもメインで勝手に使うのは難しいかもな
例えば、そのキャラ本来の書き手は両親が離婚しててその事をテーマに書こうとしたのに他の書き手が家族円満だって書いたら困るだろうし
そういう意味じゃ、書き手専用の場所は必要かもな
556名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 10:20:18 ID:O9b6YLUf
『書き手テンプレ』
みたいなもの張ってく?提出のない書き手さんに関しては借用不可ってことで。

557名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 10:32:09 ID:kK76dV9H
テンプレよりも連絡用の場所が必要かもな。
558 ◆vLN9sBRUZc :2008/09/19(金) 13:33:02 ID:1QZKWcak
■courageous cat's theme >>504と、
■ 妖杜伝奇譚『‡』 >>467に出てきた二人組みがマクガフィンで遭遇、
というのをやりたかったんですが、許可が降りるまで待つか、
キャラを変えて書き換えるかにします。
559 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/19(金) 15:26:48 ID:O9b6YLUf
『ロリババァ』というのは、小柄な美少女で、口調が老人、ちゅう認識でいいんですか。
誰かある程度学園長の容姿を設定してもらえると助かります。

560名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 15:37:58 ID:9iaxr281
【ロリ】ロリババァ創作スレ【幼女】
ttp://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1220004679/

口調は場合によって変わりますが、小学生程度の見た目で実年齢は100歳以上
行動パターンがババ臭いのが特徴です

年下に説教
鍋奉行
胡散臭い駄菓子を買ってくる
縁側が好き
通販が好き
年金生活
駄賃はヤクルト…等
561名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 17:19:59 ID:O9b6YLUf
>>560
有難うございます。
一応懸案の使用許可は要りますかね?
562名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 18:50:03 ID:T8YJqcXE
一応>序盤スレ>54に大体の説明があるね
「ストレイシープ」では小柄にスーツで
「普通の日常」だとサクマドロップ持ってる
563名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 20:28:02 ID:O9b6YLUf
>>562
じゃその辺に準拠します。有難う。
564ストレイシープ 1/3 ◆WtRerEDlHI :2008/09/20(土) 01:45:35 ID:a6KhspK7
佐藤 雅之がいつもと変わらずに学食で昼食を取っていると、ずかずかと横に男が座ってきた。
中学からの悪友、池上 明である。
高校生になってからはクラスが離れてしまったが、休み時間の折にはこうやって会う事もある。
スプーンでカレーを描き回しながら、池上は佐藤の方をむいて笑う。
「よう佐藤、長い休みは楽しめたかい?」
「何わけのわからない事を。夏休みも一緒に遊んでただろ」
顔をむけずに、佐藤は呆れながら箸を動かした。
寝言につき合っているとせっかくのソバがのびてしまう。
麺をずるずるとかき込み汁をすする。
池上は、つっけんどんな返しにも気にせず話を続けた。
「そうだったな、へへ。実はよー俺っち、今すげーウキウキしてるんだよ!」
佐藤はちらりと池上へ視線をかわした。
……いつもじゃないか。
年がら年中陽気な奴だ。落ち込んでいるところを見たことがない。
「君がしんみりしているところなんて、あったかな?」
「さあ? へへ、実はよ、クラスに転校生が来たのよ、これが!」
「女の人?」
おう! と池上は力強くうなづく。
やっぱり、と佐藤は思った。
この男が変に元気なのは、おおかたその人が綺麗だったとか可愛かったとか、
きっとそんなたぐいなのだろう。
「何ていうかな、ほっそりとしてキレーなの! 和美ちゃんみてーなボン、キュッ、バン!
とかじゃなくて、柳みたいに折れそうな、でもそこがいいんだよ!」
ふう、と佐藤は溜め息をついた。この男は、実に予想通りで、逆に感心する。
この情熱を学業にむければ、かなり上位にいけるかもしれない。
「……で、告白するの? 花火大会の時みたいに?」
「……あれは、タイミングが悪かった」
彼氏持ちという事に、タイミングは関係あるのだろうか。
ああそうだ。
あの時はさすがに落ち込んでいたが、次の日には元気だったな。
今度はあさっての日にでも元気になるのだろうか。
佐藤は生暖かい目で、池上に話しかけた。
「でも、転校してきたばっかりだろ? タイミング悪くないか?」
「何言ってんだよ、唾つけた奴がいないって事だぜ! 先手必勝、あたって砕けろって奴さ!」
「前の学校で彼氏がいたりしたら?」
「それは……そん時だろ」
やれやれ、これは玉砕だな。
まあ、この裏表のない性格が好感が持てる訳だが。
適当に話をあわして食事をすませ、佐藤は席を立った。
食器を返却口へ持っていこうとするとざわざわと話し声が聞こえる。
どうやら食堂の一角で騒ぎがあったようだ。
だが、自分には関係ないことだ。
購買でラスクとコーヒーを買うと、佐藤は自分のクラスへと戻った。
565ストレイシープ 2/3 ◆WtRerEDlHI :2008/09/20(土) 01:46:38 ID:a6KhspK7
食後の睡魔を耐えきり、佐藤は放課後をむかえた。
鞄をかかげ部室へむかう事にする。
教室を出る際にクラスメイトに声をかけ、階段を降りた。
学園に施設がたくさんあるのは良い事なのだが、その分移動に時間がかかる。
佐藤が部室につく頃には、うっすらと汗をかいていた。

『卓上遊戯同好会』

プレート名を一瞥して、佐藤は扉を開けた。
中に入った佐藤を涼しい空気が迎え入れる。
全ての部屋に空調が用意されているとは、便利な世の中になったものだ。
すでに中にいた男子にむかって挨拶する。
「こんにちは菊池先輩。清水先輩や時田達はまだみたいですね」
「ああ、そうみたいだね」
菊池は気だるそうに返事をかえした。
サイコロを手に持って、ときおり机の上で転がす。
「今日は麻雀ですか?」
「いや、ボードゲームが良いな。バトルテックでもしようか」
「わかりました」
佐藤が所属する部活は卓上遊戯、テーブルの上でやるゲーム全てを網羅する。
囲碁から将棋、チェスに麻雀、ボードゲームやTRPG、色々な物で部活を楽しむのだ。
ただ遊ぶだけじゃないかと、申請したときに嫌味を言われたらしい。
「世界の様々な遊戯に対する理解を深め、社交性を養う」
そんな建前を寛大な学園長は認め、部室を手に入れた訳だ。
部長である菊池先輩が大物なのか、学園がおおらかなのか。
どちらなのかは佐藤にはわからなかったが、楽な部活なのは確かだった。
もっとも、実績と呼べる物が作れないから同好会のままな訳だが。
しばらく先輩と雑談していると、他のみんなも部屋に入ってきた。
適当に椅子に座り、部活動という名目の暇つぶしを楽しむ。
部室を出る頃には、すっかり日が暮れていた。
そのままみんなと別れ、佐藤は帰る事にした。

バス停にむかうと、何やらすこし人だかりが出来ていた。
近所の人が口々に話し合っている。
「何かあったんですか?」
佐藤はバス停の座席に腰掛けながら、近くにいた人に聞いてみた。
「それがね、変質者が出たみたいなの」
「変質者、ですか?」
いぶかしげな声をあげる佐藤にその人は、聞いたんだけれど、と話を続ける。
「あそこにバケツあるでしょ?あの中に不審人物がいたみたいよ。警察につれてかれたけどね」
「へぇ、そうなんですか」
訳のわからないことだ。夏の暑さがまだ残っているらしい。
どこもかしこも、陽気な奴らばっかりだ。
「ほんと物騒な世の中ね、田舎だと思ってたんだけど」
「ええ、そうですね」
適当に佐藤は相槌をうつ。自分には関係ない事だ。
目の前に現われた時に考えればいい。
おばさん達の井戸端会議を聞きながら、佐藤はバスを待ち続けた。
566ストレイシープ 3/3 ◆WtRerEDlHI :2008/09/20(土) 01:49:20 ID:a6KhspK7
学園長室。
夕暮れが部屋を染めるなか、学園長は窓の外の夕日をながめていた。
その後ろで、一人の男が畏まっていた。
こうべを下げたまま、ゆっくりと男は喋りだす。
「御報告します。すでにお気づきかとは思いますが、青田が対象を尾行中、通信を絶ちました」
「土見 ゆり子のしわざかの?」
「それはまだ……ただ、途絶える前の通信では……」
言いにくそうに男は顔をしかめる。
学園長は湯飲みを手にもって、お茶を口に運んだ。
「どうした? 早く申せ」
「……それが、その、……警察に連行されたようです」
「ぶっふ!」
ふきだしそうになり、学園長は咳込んだ。
しばらくして、呆れた声で呟く。
「何をやっておるのじゃ、あいつは……」
「いかがいたしましょうか?」
ふむ、と学園長は腕組みをして考え込む。
「署長とは懇意じゃからの、何とかなると思うが問題は……緑川」
「はっ」
「土見 ゆり子自体の詳細がまだわかっとらん。シロかクロかも判別できとらん。
お前に頼むが、だいじょうぶか?」
学園長の言葉に、男は姿勢を正した。
「ご期待にそえるよう、努力します」
「うむ、早まった行動は取るなよ。ささ、景気づけに飴玉をくれてやろう。ちこうよれ」
男は学園長の机に近づきうやうやしく手を差し出した。
学園長がドロップス缶を振ると、その中に一粒の飴が転がり込む。
「勝利のぱいんじゃ、期待してるぞよ」
「はっ! ありがたき幸せ!」
男は口に飴をふくみ、片手を高々とあげた。
「学び舎は日の光月の光、偉大な理念の名の下に、われら、学園長の為に!」
深々と一礼をして男は部屋を出た。
後には一人、学園長が部屋に残されるだけだった。
背もたれに深々と座りながら、ドロップス缶を振る。
次々に手のひらへ飴玉をのせるが、やがて困惑した表情を浮かべる。
「しもうた……パイン味はあれが最後か……」
窓の外では、夕日がすでに半分ほど地平線に沈もうとしている。
うっすらと暗くなっていく空の色は、学園長の心をあらわしているかのようだった。

―――続く
567ストレイシープ  ◆WtRerEDlHI :2008/09/20(土) 01:53:37 ID:a6KhspK7
投下終了です
今回出てきたキャラの簡単な紹介を

佐藤 雅之
高校二年生。落ち着いた性格、池上とは親友

池上 明
高校二年生。前向きな性格、佐藤とは中学からの同級生

菊池先輩・清水先輩・時田
佐藤の部活メンバー、チョイ役

部活メンバーはもし使いたい人がいるなら好きに使ってください
上ですこし話ありましたが、書き手同士の話し合いでスレを潰さないために
避難所を利用するのはアリだと思います
568名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 02:47:07 ID:PtfLEImM
乙です、カオスな校風だなぁw

恋愛物かラブコメがスレの方針みたいなんで
設定が必要な伝奇系は、そのつど意見を合わせていけば
いいんでないでしょうか?
569名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 03:15:36 ID:mz2IkscZ
脇役の男女をそれぞれ二人づつ引っ張ってきてラブコメ書きたいな……。
570名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 03:40:53 ID:S0Yi2Qiy
夜中に乙!
サクマドロップww
571死霊の盆踊り:2008/09/20(土) 07:31:22 ID:Wrtq44/a
朝にも投下
572死霊の盆踊り:2008/09/20(土) 07:32:10 ID:Wrtq44/a
築十年という年月を感じさせるアパートの一室、雑然と投げ散らかされた衣類や下着、
台所には溜まった洗い物、店屋物(てんやもの)のどんぶりが玄関先に積み上げられている。
丸められたティッシュがゴミ箱に放られ、テーブルの上にはカップラーメンの食べあとが放置されるなか。
その一室の住人は暗闇の中で蠢くと荒い息を抑え、びくりと体をはねあげた。

「……ッ……!」

行為が終わり満足そうな顔を浮かべる住人は広げていた本を閉じ、傍らにある教員採用通知を眺める。
高杜学園――そこはめくるめく桃源郷、若く熟れ切っていない果実をもぎ取りしゃぶり尽くす、下卑た妄想を思い浮かべると、
引き攣るように口を歪ませ一人ほくそえんだ。

「クヒヒ! 中学生……高校生」

教員を志したのは誠実な理由からではない、教鞭をふるいながらも隙あれば美味しくいただく、
全てはこの不埒な欲望を叶えるこの時の為に邁進してきた。

「もうすぐ、もうすぐ手に入るぞッ!」

半裸の状態になり、うっとりとお気に入りの獲物たちを眺めていた、その時、
唐突に玄関のドアが開け放たれ、一人の少女が決死の形相で怒鳴り込んでくる。


「『お姉ちゃん』……あたしの漫画勝手に持ってったでしょ!」

久ノ木花子(26)妹に見られたらもうお嫁にいけないような状況を見られる。


「変態だーッ!!」

「な、なにやってんのよあんた、ノックくらいしなさいよッ!
このうら若い乙女を捕まえて変態だなんて失礼な! さては毎○新聞の手先ねッ!!」

「いや、わかってた、わかってたけどもね……」

「なんか悟られてるッ!」

573死霊の盆踊り:2008/09/20(土) 07:32:57 ID:Wrtq44/a

――次の日――


朝早くにシャワーを浴び、学園へと向かう身支度を整える、ブレックファーストのパンと紅茶を口へ運び、
窓から入り込むそよ風を浴びて、私の爽やかな目覚めの朝――

「今更キャラ作っても遅いと思うよ、花子姉ちゃん……」

「いいから」

この可愛くない、へちゃむくれは『久ノ木麗子』完全に名前負けしている、私の妹、
高杜学園では女ターミネーターと呼ばれ、幼少にしてゴリラを素手で殴り殺すほどの怪力を誇る、恐ろしい女である。
なぜこの子が麗子で私が花子なのか、名付け親に小一時間ほど問い詰めたい。

「なんか捏造してるし……」

「う、うるさいわね、いちいち思考に絡んでこないでよ」

「ちなみに名前は私達が生まれたときの顔を見てつけたんだって」

「……それって喧嘩売ってるのよね?」

カールヘアを整え、後ろ髪をクリップで留めると薄く化粧をして、お気に入りの眼鏡をかける、
学園生活は第一印象が大事、ドジッ娘(26)でもツンデレ女性教諭(26)でもカバーできるスタイリングでバッチリ決めると、
若干、腹のお肉が乗っているスカートを無理矢理に締め上げ、初出勤の準備は全て完了した。

「クヒヒ、かーんぺき!」

「あ……お姉ちゃん、お財布落ちたよ」

「あらほんと、どっこいしょ」(ビリッ)

574死霊の盆踊り:2008/09/20(土) 07:33:44 ID:Wrtq44/a

朝から不運な事故が相次ぎ、アンニュイな気分になった私だったが、バスで学園へと向かう途中に乗り込んでくる男子を逐一チェックすると
その杞憂も吹き飛んだ、教員になる前には見ることすら叶わなかった天然記念物級の大物が入れ食いである。
ビバ女教師! ビバ高杜学園!

「あ、あの子カッコイイッ、隣のカワイイ系の男の子もいいなぁ……」

「お姉ちゃん、恥ずかしいから私、他人のフリしていい?」

「はぁ、ウブなネンネにゃ付き合ってられないわね」

「……お姉ちゃんだって、彼氏いない癖に」

「私は常に前向きに生きてるのよ! 
ゴーイングマイウェイ、いけばわかるさ、光陰矢の如く学成り難し!!」

「最後のは自爆だね」

小生意気な妹の戯言を看破すると、目の前の餌を眺めながら妄想する、教員の立場を利用し彼らの個人情報を調べ上げ、
金持ちの御曹司とか、旧家の跡取り息子とか、大会社の社長の息子で玉の輿とか!?
笑いとよだれが止まりま――。

「花子姉ちゃん起きて、学校に着いたよ」

「ふがっ?」

惜しい所で現実に引き戻されるとよだれを拭い、二人で学園の玄関口へと向かう、麗子が靴を脱ぎ下駄箱に手をかけると、
バサバサと大量のブツが妹の下駄箱の中からなだれ落ちてくる、私はしばらく思考停止しその光景を見つめていたが、
ようやく我に返ると、麗子の袖口を掴み玄関脇へと引き寄せる。

「あ、あんた何ッ! 何なのッ!? ラブレターなんて
こんな漫画みたいな手の込んだことまでして、お姉ちゃんに嫌がらせしたいのッ!」

「いつもはいってるんだもん、嫌がらせじゃないもん!
断わるのだって大変なんだから……」

「いま、お姉ちゃんの心はマリアナ海溝より深く傷ついたッ!
でもまぁ、これはこれとして前向きに利用すべきね……お姉ちゃんが預かっておくわ
別に他意はないのよ、いや正味な話」

「――そんなのダメッ!」

突然手紙を抱えて、手を振り解き麗子が逃げ出すと、私は一人でその場に取り残される、
我が妹ながら、人を思いやる気持ちが欠けていると思います、姉としては彼女の将来が心配です。

575死霊の盆踊り:2008/09/20(土) 07:34:37 ID:Wrtq44/a

職員室での自己紹介も終わり、朝礼集会の挨拶に檀上に上がり、
全校生徒の前での初顔合わせ、合コンより緊張するプレッシャーの中で、私よりも若い女の教育実習生が自己紹介を終えると
男子校生からやんややんやの喝采が巻き起こる、盛りのついた餓えた男達の前ならこういう反応も当然といった所だろう……。
そしてついに――

(クヒヒ……花子、高杜学園に立つ!!)

……ヒソ……ヒソ……ヒソヒソ……

(反応薄ッ!!)

「新任の久ノ木花子です、皆さん、これからの学園生活、共に頑張りましょう!
現在彼氏募集中です……なんちゃって!」

……プッ……クスクス……クス……

(言いたいことがあったら、ハッキリ言えッ!!)

「よ……よろしくねぇ」

こうして地獄の釜は開かれると、凄惨たる死霊の狂宴が、ここ高杜の地で繰り広げられようとしていた――
576死霊の盆踊り:2008/09/20(土) 07:35:26 ID:Wrtq44/a
投下終了です
577名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 08:30:09 ID:HbfWnWRv
投下乙。
また新しい切り口の作品で、展開が楽しみ。
578ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/20(土) 19:10:06 ID:PXJO2KbC
投下乙です。

此方も2レス程投下します。
579ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/20(土) 19:11:16 ID:PXJO2KbC
#7
1/

 夜中のコンビニは誘蛾灯に似ている。
 明るい光は暗闇を遠ざけて、夜通し人を誘い続ける。
 葉菜子と安武もその中の一員だ。

「おま、オデンなんて買ってんの? ちょっと早すぎだろ」
「肉まん買ってるアンタに言われたくないわよ」

 ハフハフとちくわぶを頬張る葉菜子に安武は呆れるが、葉菜子も肉まんをがっついている安武に呆れている。
 つまり、どっちもどっちだ。
 
「おい、真下にカラシが落ちマシタよ?」
「ねえ、面白いと思ってんの?」
「まあ、それなりには」

 口を開けば軽口ばかりの安武に、葉菜子はげんなりとする。だか、食欲は衰えずにがんもどきに口をつける。
 が、安武はそんな葉菜子などお構いなしに喋り続ける。

「そー言えばさ、お前進路決めた?」
「私はこのまま大学部かな。ヤスは……就職?」
「俺は専門学校だよ。何にするか決めてねーけど」
「早く決めなよ? じゃないとアンタはニートに決定だよ」
「んー。まぁ、東京に出ればなんとかなるっしょ。やりたい事が見つかんねーんだわ」

 安武はゴミをビニール袋に詰めるとゴミ箱に捨てた。葉菜子は、オデンの汁をゆっくりすすっている。

「みっちゃんは東京の大学だっけ? 頭良いもんな」
「そ。それで……由良も高杜の大学部で、陸海は料理の専門学校」
「知ってる。みっちゃんが小料理屋でもやったらどうだって言ったらその気になったんだ」

 通泰と陸海。二人は中学生の頃から付き合っていて、今や足掛け5年だ。
 当時、安武は先を越された、等とぼやいていたが、つい昨日のように思える。

「遠矢は就職組で植木屋か」
「らしいね。あの子以外と頭が良いのに」
「『頭が悪くて植木屋が出来るかーっ』なんて言ってたぜ、アイツ」

 葉菜子は食べきって空になったオデンの容器をゴミ箱に捨てると、溜め息を吐く。
「なんかさ、時間が経つのって早いよね。今まで皆一緒だったのに、大人になると皆バラバラだよ」
「仕方ないっしょ。いつかは大人になるもんだし」
「それはそうだけどさ、なんだか割りきれないよ」

 表情が沈んでいく葉菜子の鼻を安武はつまむ。

「ちょっと、何すんのよっ!」
「……元気だせよ。お前らしくないぞ」
「バカッ! 余計なお世話よ」
「あのさ、今度皆で遊びに行かないか? バラバラに別れる前にさ、思い出の1つは作っとこうぜ?」
「……そうだね」
580ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/20(土) 19:13:59 ID:PXJO2KbC
2/2
 将来を考えて落ち込んでいた葉菜子は、安武の明るい物言いに相好を崩した。

「でもさ、何処に行く?」
「東京とか。こっちじゃ買えない物とか欲しいし」
「あー、ダメダメ。由良は人混みが嫌いだから。陸海だって乗り物弱いから却下」
「……お前さ、お母さん?」

 返事の代わりに拳骨が落ちた。安武は頭を擦りながら鼻声で非難する。

「グーはやめろ! 女ならパーに……すると掌底になるからパーもやめろ」
「じゃあ、踏む」
「おう。ヒールを履いて踏んでくれ」
「……ヘンタイ」

 互いににらみ合いになるが、笑い声と共にウヤムヤになった。馬鹿馬鹿しいやり取りであるが、それもまた楽しい。

「だったらさ、秋祭りにしない?出店とか色々出るし」
「そーだな。浴衣着てくれるならそれで良い」
「……ばーか」

 夜の空気に葉菜子の声が溶けていく。頭上にはペガサスの大四角形か輝いている。
「……そろそろ帰ろうぜ。一人じゃ危ないから送ってくよ」
「アンタと一緒の方が危ないかもね」
「俺の瞳を見ろっ! 危なくないだろ?」
「そう言えば、アンタ私ん家からの帰り道に側溝にハマって大泣きしたよね」
「ガキん時の話じゃねーか」
「今だってガキでしょ?」

 葉菜子は踵を反して歩き出す。後ろで安武が騒いでいるけど気にしない。

 ――ホントに子供なのは私。だって大人になるのが怖いもん。

 葉菜子は心の中でそっと呟くと、駈けてくる足音をゆっくりと待った。

――To be continued on the next time.
581ensemble ◆NN1orQGDus :2008/09/20(土) 19:29:42 ID:PXJO2KbC
投下終了。

>>558
courageous cat's themeも『‡』も自分が書きましたが、好きにお使い下さい。
582名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 23:00:44 ID:wxcttqqO
>>ensemble
投下乙です。
583名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/20(土) 23:55:50 ID:S0Yi2Qiy
乙!
つか投下率高いな、400KB越えてるのか。1000行く前に埋まるなこりゃ。
584名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/21(日) 09:08:40 ID:xgtP8ifW
シェアード・ワールドで青春物語part2

架空の都市 高杜市で起こる出来事を創作するスレです
大まかな設定はまとめサイトの「設定」を参照してください
この世界はシェアードワールド、無かった設定はガンガン創作していきましょう
基本は恋愛SSですが、色々な書き手さん歓迎です


前スレ
ttp://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1220260279/

まとめサイト
ttp://www26.atwiki.jp/sw_takamori/

関連スレ
シェアード・ワールドを作ってみよう part2
ttp://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1221835112/



気が早いかもしれないけど、次スレテンプレはこんな感じ?
450KBあたりでスレ立てかな
585名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/21(日) 17:03:12 ID:GzogV0SR
>>584
テンプレ乙。特に問題ないかと思います。

ちょっと投下していきますね。
586夏の残り香 ◆HdhN8f97gI :2008/09/21(日) 17:09:17 ID:GzogV0SR
 放課後を知らせるチャイムがスピーカーから鳴り響くと、教室は息を吹き返したように活気付く。
 部活や委員会に向かう奴や、さっさと帰る奴、教室に残ってこれからの予定を話し始める奴。解放感が溢れる喧騒を尻目に、僕は一人、足早に教室を後にした。 
 まるで、逃げるみたいに。 
 結局、沢口とは気まずいままだった。話どころか、目配せすらできていない。
 陰鬱な気分は止まらず、鬱屈した溜息が押し出される。
 どうにかしたいのに、どうしたらいいのか分からない。答えが欲しいのに、探し方が見つからない。
 嘘っぱちでもいいから、宝の地図が欲しかった。
 それがあれば、少なくとも道しるべにはなるから。間違っていたとしても、進める道さえ伸びていれば、がむしゃらに走っていけるのに。
 いや、それすらも僕には無理かもしれない。間違えて傷つくのは、もう嫌だ。
 靴を履き替えて外に出る。まだ太陽は天高くで輝いていて、降り注ぐ日光がじりじりと肌に突き刺さる。運動部の気合充分な掛け声が、暑さに拍車を掛けていた。校門の先、よく焼けたアスファルトからは、陽炎が立ち昇っている。
 まだ、うんざりする暑さは続きそうだった。
 学校を出た僕は、高杜モールへと足を向ける。駅前という立地条件や、豊富な店舗数と相まって、放課後の高杜モールには学生の姿が多くなる。きっともう、『ハイランダー』あたりは制服姿で溢れかえっているだろう。

 でも僕の目的地は、もっと年齢層が上の方々が主な客層であるスーパーマーケット、高杜スマイリーである。 
 宮野先輩と約束した、弁当の素材を見繕うためだ。
 何を作るかは決まっていない。得意料理が食べたい、と言ってくれたが、素直にそれを弁当に入れるのは憚れる。
 僕の得意料理は、餃子なのだ。匂いのキツいものを、女の子の弁当に入れるのは問題だ。 
 とりあえず、着いたら適当に見て回ってみるか。安売りしてる商品とかも分からないし。
「おーい啓祐ーっ! 待てよーっ!」
 背後からの呼び声に振り返ると、敦彦が息を切らせながら駆け寄ってきていた。
 思わず、敦彦の周りに目を走らせる。どうやら一人らしい。 
「黙って先に帰るなよなー」
「ごめん。ちょっと、用事があって」
「だからって何も言わずに行くことはないだろー?」
 僕に追いつくと速度を緩め、隣を歩き始める敦彦。手のひらを団扇のようにして、パタパタと扇ぎ始めた。
「……そうだね。本当、ごめん」
 謝りながら、僕は、何も言ってこなかったことを今更思い出す。
 僕ら四人は、いつも放課後になると一緒につるんでいた。何か用事があって遊べないときは、必ずそう伝えていた。
 なのに僕は、その暗黙のルールを破ってしまっていた。沢口との気まずさを避けるために。
 今になって初めて、気が付く。
 当たり前だった僕らの関係に、楽しくてかけがえのない日常に、軋みが生じていた。
 敦彦と、深谷と、沢口と、僕の四人で共有していたはずの大切な日常に、他でもない僕自身が、ヒビを入れていた。
 後悔が一気に湧き上がる。
 告白なんてしなければよかったと、心から、そう思う。
 やらなくて後悔するより、やって後悔した方がいいなんて、大嘘だ。最初にそう言った奴にクレームを付けたい。

「なぁ、何処行くのか知らねーけど、俺も一緒に行っていいか?」
「……え?」
 思いがけない敦彦の申し出に、間抜けな返事をしてしまう。
 勝手な行動をしたんだから、責められてもおかしくない。それなのに敦彦の調子は、いつもと変わらなかった。
 まるで、日常は何も変わらないで在り続けていると言うように。
 それが、僕の心を少しだけ軽くしてくれる。
「うん、いいけど……楽しくないよ? スーパー行くだけだしさ」
 だから、断れなかった。断りたくなんて、なかった。
「構いやしねーって。どうせ暇だしな」
 ルールを無視して勝手な行動をする僕を、叱りもせずにいてくれることが嬉しくて。
 このクソ熱いのに、走って追いかけてくれたことが、本当にありがたくて。
「つーか、スーパーって高杜スマイリーだろ? あっこは楽しいって」
「えぇ? どのあたりが?」
 雑談を交わしながら、僕は、内心で礼を言う。

 ――ありがと、敦彦。
587夏の残り香 ◆HdhN8f97gI :2008/09/21(日) 17:11:29 ID:GzogV0SR
 ◆
 
 自動ドアを潜ると、よく冷えた空気が全身を包んでくる。汗をかいた体には、冷たすぎるくらいの空調だった。
 カゴを手に取って青果コーナーに足を踏み入れる。
 僕ら以外の客は、当然ながら奥様がほとんどだ。学生服を着た男なんて、僕らだけだった。
 それでも場違いな感覚が少ないのは、果物と睨めっこしている金髪美人――カフェ『リトルフォックス』のマスターである外国人女性が、僕ら以上に目立っているからかもしれない。確か、ヘレンさんって名前だっけ。 
「さて、料理の鉄人啓祐先生は何を買いにきたんだ?」
 ヘレンさんの後ろを通り過ぎたところで、敦彦が尋ねてくる。
「まだ決めてない。適当に物色するつもり」
「俺、肉食いたい」
「買ってったら? 分厚い高級サーロインステーキとかさ。あ、玉ねぎ安い」
 玉ねぎをカゴに入れる。そんな僕を追い抜いて、敦彦は精肉コーナーへと歩いていく。まさか、本当に買うつもりなんだろうか?
 物欲しそうに牛肉を眺めている敦彦に追いつく。
 冷蔵ワゴンに並ぶ霜降り国産牛は、とても美味しそうだ。たっぷり脂が乗ったその肉が焼ける様を想像すると、腹の虫が鳴き出しそうになる。その分お値段も立派で、風格が漂っていた。
「お前さ、焼肉食いたくね?」
「うん。僕も同じこと考えてた。網焼きとかたまらないよね」
「だよなだよなー。よーし」
 敦彦は、国産牛の隣に並んでいるオーストラリア産ビーフを手に取る。更に隣にあるひき肉を、僕は手に取った。
「ちょっと今更な感じもするけど、みんなでバーベキューやろうぜ! 国産は無理だけど、オージービーフだって美味いよな!」
 ハンバーグにしようかと考え始めた僕の頭の中が、固まってしまう。
 敦彦の提案は、とても魅力的なはずだった。
 でも。
 みんなで、という表現に誰が含まれているのかを考えると、即答ができなくなる。
 ひき肉を持ったまま、僕は必死で答えを探す。
 行きたいのか、行きたくないのか。
 鈍った思考では、そんな単純な答えすら叩き出せない。
「なぁ、啓祐」
 敦彦が牛肉をワゴンに戻し、答えない僕を正面から見つめてくる。
 その顔は、酷く真面目だった。

「――沢口と、何があったんだ?」
 呼吸が、止まった。
 店内に流れる放送の音が遠ざかっていく。まるで、僕らのいる場所だけが切り取られたような錯覚だった。
 とぼけるなんて出来るわけがない。今日一日の僕と沢口の様子を見ていて、何もなかったなんて思う奴は相当の馬鹿だ。
 でまかせを言ったとしても、きっとすぐに嘘だとばれるだろう。表面だけの下手くそな嘘が通用するほど、僕らの仲は浅くない。
 そう、浅くないんだ。
 だったら、どうしてこんなに悩んでいるんだろう? どうしてこんなに、言いあぐねているんだろう?
 話せばすっきりするかもしれないと、心の片隅で思っているはずなのに。
 言えない理由すら考えられないし、分からない。ただ、喉が声の出し方を忘れてしまったみたいに、僕は黙りこくってしまう。
 無意識のうちに、指先が痛くなるくらいの強さでカゴを握っていた。
 生まれた沈黙が重くのしかかってくる。それに屈して、僕は敦彦から目を逸らしてしまう。
「言いたくないなら言わなくていいぜ。変なこと聞いて悪かった」
 すると敦彦は、気遣うように笑って、僕の肩を軽く叩いてくれた。
「ごめん……」
「お前今日、謝ってばっかりだな。気にすんなって。もし言いたくなったら、いつでも言えよ?」
 敦彦の顔は優しくて、でも同時に、寂しそうで。
 やっぱり僕は不甲斐無い。どうしてこうも駄目なんだ。心底嫌になってくる。
 それなのに、こんなに駄目なのに。
 敦彦は、僕を気に掛けてくれている。
 申し訳ないと思いながら、でも、とても嬉しい。
「敦彦。本当、ありがとう」 
 このままじゃ駄目だって分かっているけど、今はそれだけしか言えなかった。
 それでも敦彦は、照れくさそうに頷いてくれる。
 高級サーロインステーキは無理だけど、ジュースくらいは奢ろうと思い、僕はひき肉をカゴに放り込んだ。
588 ◆HdhN8f97gI :2008/09/21(日) 17:12:16 ID:GzogV0SR
投下終了です。
投下宣言した直後にネット繋がらなくなって焦った…
589名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/21(日) 19:04:55 ID:pC7215mv
投下乙!!
テンプレも乙です。
590Brightness Falls from the Air ◆ghfcFjWOoc :2008/09/21(日) 21:15:17 ID:kcjm1igP
 白一色の通路に二人分の足音が反響する。
 一人は白衣に眼鏡をかけた痩せ型の男で、身振り手振りを交えながら隣を歩く男に何やら説明を行っている。
 もう一人の男は通路とは正反対の黒い外套を羽織っている。
 髪の毛も黒だが、病的に青白い肌と血のように真っ赤な瞳のお陰でとても日本人には見えない。

「いやぁ、助かりました。何分、この手の方面では欧州に遅れをとっているのが現状で」
「どこも一緒さ。成る方法は見付けたのに戻す方法は未だ見付かっていない」

 外套の男の言葉に白衣の男の顔が曇る。
 微かな希望を砕かれた、そんな表情だ。

「やはり、そうですか」
「で、保護された女性の容体はどうなんだ?」
「脳波も脈拍も安定しています。意識が回復するのも時間の問題かと」
「そうか。意識が戻ったら一報をくれ。どうせ、アフターケアは俺の担当だろうから」

 喋っている間に二人は分厚い鉄扉の前に来る。
 白衣の男がカードを取り出し、鉄扉横の機械に通すとそれが本物だという事を意味する電子音が鳴り、自動的に扉が開く。



 部屋の中もまた白一色だった。
 白は清潔な印象を与える色だが、ここではむしろ、無機質で冷たい印象を与えている。

 そこには輸血製剤を含む点滴セットや何台もの機器が並び、そこから伸びるチューブは全て部屋の中央に置かれたベッドに集まっている。
 そのベッドには一人の女性の姿があった。
 顔からは血の気が失せ、一見すると死んでいるようにも見えるが、注意深く観察すれば胸が小さいながらも上下しているのが分かる。

 ゆっくり近付いた外套の男は、それぞれの手で女性の上唇と下唇を摘むとそのまま上下に開く。
 そして、口の中を覗き込むと不愉快げに舌打ちする。
591Brightness Falls from the Air ◆ghfcFjWOoc :2008/09/21(日) 21:16:44 ID:kcjm1igP
 続いて、首に巻かれた包帯に目を向け、後ろに控える白衣の男に振り向く。
 それだけで意図を察したのか、白衣の男は軽く頷きを返す。

 外套の男は女性の頭をそっと持ち上げ、包帯を解いていく。
 解き終えた時、男は再び不愉快げに舌を鳴らす。

「保護した時はもっと酷かったようで」
「だろうな。まあ、これだけ派手だとすぐに意識を失っただろうから、ある意味幸いだな」

 答えながら、白衣の男から手渡しされた新品の包帯を丁寧に巻いていく。

「さっさとけりを付けないと犠牲者はもっと増える。死人も時間の問題だな」

 包帯を巻き終えると、女性を静かにベッドに寝かせ、乱れていた患者衣も整える。

「そういう訳だから、俺はもう行く。さっきも言ったが、彼女が意識を取り戻したら連絡をくれ。それと、間違っても外に出すなよ」
「それは心得ていますが、お一人で大丈夫ですか?」

 白衣の男の懸念を外套の男は笑い飛ばした。

「戦力はこっちで確保するし、事情を知れば頼まなくても勝手に動いてくれる奴が現地には大勢いる」

 だから、解決自体は容易だと、男は言い、やはり問題は時間だと溜息を吐く。

「それで、潜伏先の推測は正しいんですか?」
「発見から夜明けまでの時間を考えるとまず間違いないだろう」

 そこで、外套の男は一度言葉を切る。
 強く噛み締められた歯がぎりぎりと悲鳴にも似た音を上げる。
 そして、彼は忌々しげに一つの名前を言い放った。

「高杜だ」
592 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/21(日) 21:18:48 ID:kcjm1igP
以上です
自分もちょっと伝奇物に挑戦してみようかなと思う所存です

>>584
今のペースなら480KBでも大丈夫だと思うな
一度に大量の投下がある訳じゃないし
593名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 01:14:49 ID:OSPFRPKK
乙です。緊迫したスタートに超期待。

で、長くユルいの投下。
594名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 01:21:29 ID:OSPFRPKK
ゴメン重すぎて断念。
また後日。
595『ダブルオベリスクの直交』 ◆vLN9sBRUZc :2008/09/22(月) 03:24:59 ID:U5fKoQ3V
1/

 白磁の器に満たされた闇色は、夜の深さながら一切の濁りが無い。
 伊万里焼きのカップから天井に立ちのぼる湯気が、南米の香りを鼻梁に運んだ。
 一すすり――フレンチ・ローストの苦い先味が舌を焼き、脳天までを突き通す。
泥水の様に濃い珈琲を口中で転がし、鼻に抜ける芳香を味わうまでが楽しみだ。
 嚥下、爽やかな熱が喉を通り、透き通った甘い後味が恍惚の時間を与えてくれた。

 マクガフィン特製ブレンドコーヒー。300円、ダブルは50円増し。

 薄暗い店内にかかる70年代の曲が落ち着いた雰囲気をもたらし、
手作りの凝ったスイーツも舌を楽しませてくれる。

「それも全てはこの至福のため。深都姫もそう思うだろ?」
 満席の店内、四人席を二人で占領して脚を伸ばし、同席の相手に問う菅原倭斗である。
「全然思わないけど……」
「美味しいか?」
 こくり。首肯する対席の少女は、パウンドケーキに付いていたナッツにフォークを
突き刺し、店の照明で透かすようにしていた。
「……ケーキまでおごってくれるなんて、意外ね」
「遅刻の詫びなら相手の嗜好に合わせるのが当然、あとそれ」
 倭斗が指さしたテーブルテントに「小学生 スイーツ半額」の文字が踊っていた。

「……」
 頬をふくらませて抗議する"中学生"、役深都姫(えんの みつき)。
 彼女を柱の陰から微笑ましそうに見守る髭面がマクガフィンのマスターならば、
シャイな彼を睨み付け、即座にキッチンへと引き込ませるのが深都姫だった。
 そんな所作のせいで、未だに電車が子供料金なんだよ、とは教えずに笑う。

「何――?」
「何でもないさ……」
 針のような、深都姫の視線。
 役(えんの)の直視を受けては、本当に目が潰れかねないと、顔を逸らして外を向く。
 高杜モールをを行き交う人の流れの中、"今日のお薦め"が書かれた看板の向こうに、
面白い組み合わせが見えた。

「へえ……見ろよ。学校の中なら兎も角、高杜モールじゃ珍しい」
「博多さんに――沖方さん? 何か話し合ってますね」
「うん……こっちに来る」
 現れた二人が入り口を潜り、ちりん、とドアベルが来客を告げた。
596『ダブルオベリスクの直交』 ◆vLN9sBRUZc :2008/09/22(月) 03:26:42 ID:U5fKoQ3V
2/

「……そんなに受け手と攻め手に付いて知りたいなら、二時間でも語るよ?
内受け、上受け、下受け、十字受け、回し受け、払い受け――」
 受けの種類を列挙するのは博多利敬、理系のヘタレ謎武道家だ。
「――中でも開身受けは相当な高等技術だ。この前遮断機相手に実践したら一発喰らった」
 実力は未知数――駅前の鳩にも惨敗するため、何が相手なら勝てるかはっきりしない。

「ん……利敬君はつまり、総受けということですね」
 角度が違って、重なってすら居ない感想を抱くのは、沖方鼎を名乗る腐女子である。
「ふむ……ウチ受け、下受けはシモ受けと読むのですね? 分かります。
マワシ受け……その響きには想像力をそそられますね。力士攻めには新たな地平が――。
でも姫受け、ヘタレ受けは不許可です。武道家の利敬君には、強気受けがぴったりですからね」
 二言で表せば真正の腐女子であるし、幾千言をついやしたとてそれは変わらないだろう。

「突きの運動エネルギーをこう……不許可ってなんだ? 受け手はしっかりしないと、
多彩な攻めには対処出来ないんだぞ。了見の狭いフジョシだな」
「ん……全く仕方のない人ですね。仕方のない利孝君に説明しましょう。
『くせに』ではなくて『だから』属性が狭いのです。つまり因果関係があるのですね」
「お客様? 満席ですが」
 コック棒を頭に飾るマスターが、柱の陰からおそるおそる確認する。
 それまでに交わされた彼らの会話といえば、ライオンの頭にシマウマの下顎を付けた程にも、
噛み合っていなかった。

 アンチ静けさ、落ち着きをヘイト、珈琲の風味と店の雰囲気をぶちこわしだ。

「二人……あ、相席で良いです」
 立ち去ろうとした倭斗と深都姫の四人掛けへ、二人は迷い無く向かってくる。
 相席とはこのことだった。
「立たなくていいよ」
 と両手を広げる利敬は、腰を上げた倭斗の動きを勘違いしているようだが、
諦め、席を詰める自分の愛想にもあきれ果てる倭斗だった。

「よお……ロリコン?」
「ぶしつけに疑問系だな、利敬――」
 深都姫に目をとめて眉根を寄せる利敬。倭斗に向けて軽く手を挙げた姿勢で固まる彼に、
軽く当て身を入れようとして捌かれる。
「中学生です――」
 右手を挙げて、深都姫。パウンドケーキは半分ほどお腹に収められていた。
「……だ、そうだ。正直僕も信じられないんだが、これで理解しただろ?」
「つまり、疑問の余地無くロリコンというわけだな」
 チョップ――今度は当たる。
597『ダブルオベリスクの直交』 ◆vLN9sBRUZc :2008/09/22(月) 03:28:16 ID:U5fKoQ3V
3/

「ロリを否定しろ。貧乳好きはアンタだろ、利敬」
「生憎、そんな将来性のある貧乳に興味は無いんだ。膨らみきってなおかつ絶望的な絶壁、
無駄な抵抗感――それこそが、俺のそそられる真なる貧乳だ」
 手刀を喰らって主張も涙目だが、隣の沖方曰く、
「膨らみきってなお絶壁――利孝君は男の胸板が理想なんですね。
どうかその理想を貫いてください。……応援しているんですよ?」
 となるらしい。深都姫がケーキをのどに詰まらせた。

「利敬――忠告するだけならタダだから言うけど」
 あまりない胸を叩く深都姫に、水を手渡しながら、告げる。
「――友達は選んだ方が良い。特に腐ってるのは止せ」
「ロリコンからの忠告だからな……なに、沖方?」
「利敬君、倭斗君は絶対ロリコンじゃありませんね」
 すわ沖方からのフォローか? 新鮮な驚きに包まれる――
「女の子に興味がありながら、利敬君に誘われて攻めに転んでしまう……つまりノンケ攻めです」
「……つか、煽ってんの、お前?」
 ――そんな倭斗が馬鹿だった。妄想に両足浸かった腐女子の寝言に期待は禁物だ。

「怖いですね。倭斗君に睨まれてしまいました……ちょっと待って下さい」
 しゅっ! っと音を立てる早さで間合いを取ると、両手の親指と人差し指で
視覚を四角く囲った沖方は、居並ぶ倭斗と利敬に目を凝らす。

「ん……やはり倭斗×利敬のラインは外せませんね――」
「男のケツにはそそられないから、せめて男の娘(おとこのこ)を連れてこい!」
「全く仕方のない人ですね……。だから、利敬君が受けなんですよ?」
「それでも娘は外せない――いいか、無い胸じゃなくて、あるけど貧しい胸だからな?」
「倭斗、この二人って"そう言う"嗜好を隠そうとしないの? 高校生になるとそういうもの?
 水を飲んで落ち着いた深都姫が、ようやく口を開く。
「――私は攻めとか受けとか、高杜亭とかよく分からないけど」
 襟元を気にしている風なのは、体型の貧しさを気にしている証左だ。

「……違う。多分二人で示し合わせて、僕の安らぎを妨げに来たんだ」
「惹かれ合う男二人の心を乱して惑わせて――罪深い女ですね、私」
「はらいたい――」
「拾い食いでもしたのですか、倭斗君――?」
「……」
 祓いたい、と言ったのだ。
598『ダブルオベリスクの直交』 ◆vLN9sBRUZc :2008/09/22(月) 03:29:02 ID:U5fKoQ3V
4/4

「……利敬。いい加減、風が吹いたら桶屋が総受け、みたいな沖方の妄想回路に
ストップかけた方がいいぞ。」
「ごめん、今日からそれが無理だ」
 心からの忠告をにべもなく断る利敬だった。
 理解できる自分が嫌だ。
「――だって沖方から、妄想出演料貰うから」
「――はあっ?」
 思わず、素っ頓狂な叫びを上げてしまった。

「本当は本をくれって言ったんだけど、ここのおごりになった。……俺を出演させたんなら、
貰う権利は当然あるんじゃないのか?」
 そして利昭はウェイターを呼び、日替わりスイーツを端から端まで注文した。

「そこはそれです――私の本は売り物ですからね」
 沖方は、マグマの様に濃い珈琲を頼む――三倍の豆を使うトリプルは裏メニューだ。

「本当に……本当に仕方のない奴だなアンタ――いや、アンタラは……」
 ふと、首筋に視線を感じる。
 振り向くと、キッチンに下がるマスターの背中だけが、倭斗の目に映った。
「……ふう」
 疲れ切り、椅子に沈んで珈琲をすする。
 倭斗をいやしてくれるのは、マクガフィンの珈琲だけだった。
 たとえ、冷え切った泥水であっても、だ。

「――ごちそうさま」
 パウンドケーキを制覇した深都姫が、手を合わせて小さくつぶやいた。

599 ◆vLN9sBRUZc :2008/09/22(月) 03:33:46 ID:U5fKoQ3V
>>581様、
快諾下さり有り難うございました。
口調や性格に難がありましたら、言ってください。

新出?設定。

マクガフィンの泥水珈琲。
ブレンド一杯300円。ダブル(倍の豆を使う)は50円増し。
トリプルは裏メニューで、さらに50円増し。

マクガフィンのマスターは普段キッチンに入っていて、
ウェイターと同時に見ることが出来ればその日はラッキー、
というジンクスがある。
600普通の日常:2008/09/22(月) 07:12:26 ID:yBEn7v7D
みなさん乙です、少し投下すます
601普通の日常:2008/09/22(月) 07:13:39 ID:yBEn7v7D
夜の帳に閉ざされた市街地から離れたビル建設現場、土を抉られた縦穴の中を走る少女、藤木の姿があった。
乱れた呼吸を整えるように深呼吸すると、その場で座り込み爪を噛む、
どこからともなく砂利を踏む音が聞こえ、次第にその歩みが近付いてくるのがわかる。

「――藤木さん、これ以上の抵抗は無意味です」

「偉そうなこと言わないで、私はあんたなんかとは違うのよ」

「被害に遭った先生との話し合いで起訴を取り下げる用意も出来ています、
まだ間に合います!」

「今更なことッ!」

少女の体から細かな燐粉が発生すると周囲の大気に漂い始める、平地では効果の薄いこの能力も
室内や低い場所などの空間の中においては、その能力を最大限に発揮できる。
慣れぬ内は体に馴染まず、少量しか精製できなかったこの力も、今では際限なく増大しつつあった。
藤木を追う少年、小金井 守が彼女の前に姿を現すと、担いだ刀を利き腕に持ち直す。

(峰打ちで間に合うか……いや、やるしかない)

「私は――生まれ変わったんだから」

窪地に吹き込む風にあわせ、少女が腕を振るうと巻き上げられた燐粉が小金井の体を襲う。
上着を脱ぎ藤木の前に投げ出すと、小金井は体を僅かに沈め、その場から伸び上がるように跳躍する。
降下と共に繰り出される一瞬の剣閃、藤木が防御の為に腕をかざすと、刀の軌道を瞬間的に逸らし
峰を使い腹部に軽い一撃を入れた。

「かはッ!」

「すいません、手加減はしたつもりなんですが……」

「うぅ……う……」

「いきましょう、藤木さんご両親も待ってますよ」


小金井が彼女の肩に手をかけようとしたその時、周囲から乾いた拍手の音が聞こえてくる、
音を放つ者に目を凝らし闇の中を凝視すると、そこにはいつもの表情をたたえた、松田五郎の姿があった。
彼もまたあの事件のあと、入院していた病院から抜け出し何処かへと姿を消していた。
602普通の日常:2008/09/22(月) 07:14:27 ID:yBEn7v7D

「強いなぁ、小金井君、今の直角斬りってやつ?」

「――松田さん、自首退学されたそうですね」

「バレてるしぃ、よその高校か通信制に通うつもりだけどさぁ、
俺ってやれば出来る子な気がするんだよね――」

「悪いですけど……僕はそんな小細工に引っかかるほど、甘くは無いですよ」

瞬間、両名がその場を動き出した、小金井が側面に回りこむように横へと移動すると、
それに合わせるように松田が円軌道を描き、上着を跳ね上げ、懐からマカロフPMを取り出す。
小金井の動きに合わせ数度拳銃の引き金を引くと、空に乾いた銃声が響き渡る。

「!?……一体何のつもりなんですかッ! 松田さん」

「いちいち、君に説明するのも面倒だからね」

「正気ですかッ!」

「俺はいつだって冷静だよ……」

小金井が近くに積んであった鉄骨の資材の後ろに身を隠すと、
弾倉の弾が尽きたのか、松田が煙草を口に咥え火をつける。

「しばらく、そこでじっとしておくといい、君に用は無いんだ」

「長岡さんに竹井さんだって、松田さんのことを心配されてたんですよ……」

「――だからなに?」

「!?」

小金井が意を決して向き合うと、松田は肩に藤木を抱えその場から立ち去ろうとしていた。
足を踏み出した小金井は、向けられる銃口に意に介さず近付くと、松田は気を失った藤木の頭に銃口を押し付ける。
向けられる殺気の質が、その行為が脅しではないことを明確に示していた。

「小金井君、人は悪事を働こうとすると誰でも思い浮かぶんだよ、両親や恩師、それに友人の顔がね、
だからみな、良心の呵責を感じてそこから一歩踏み出せない、思いとどまるんだ。
いわば良心というものは、周囲の人達との絆そのものだといえるな――」

「松田さんだってそうでしょう?」

「――彼女の顔がな、思い出せないんだ」

「……?」

「つい、この前まで覚えていた筈の彼女の顔が思い出せないんだよ、
こう、写真の顔の部分黒くを塗り潰したみたいにね」

小金井と間合いを離しながら、その場から松田が姿を消すと、暗闇の中から彼の言葉だけが聞こえてくる。

「藤木さんに、二三聞きたいことがあってね、少しばかり借りていくよ」

後を追うように道路へと飛び出すと、松田が立ち去った後を追う、周囲を見渡し闇の中に目を凝らすが、
二人は何処かへと消え、吹きすさぶ風の音だけが辺りには満ちていた。
603普通の日常:2008/09/22(月) 07:15:14 ID:yBEn7v7D
投下終了です
604名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 09:49:53 ID:OSPFRPKK
「ダブル〜」
「普通の日常」
投下乙です。 …感想・雑談スレ、本当に欲しいです。
605名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 15:09:54 ID:aTaAF3kl
したらば良く解らないから携帯サイトで適当に作ってみた。

ttp://pksp.jp/shared-youth/

606名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 17:32:18 ID:OSPFRPKK
>>605
乙!! 乙で御座います!!
607名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 17:52:47 ID:OSPFRPKK
昨夜投下を予告した者ですが、やはり人様にお見せするような出来じゃないので、もう少しROMり勉強します。すいません。
608名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 18:33:28 ID:+8g/3f1p
>「ダブルオベリスクの直交」
泥水珈琲はひょっとして通にはたまらない味なのかw

>「普通の日常」
予想外の展開、続きを期待しています

>607
次スレで読める事を期待してるぜ
609名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 19:15:04 ID:YccXfktD
自信が付いた頃にまたどうぞ。
あと、そういうのは誘い受けに見られてうざがる人もいるから気を付けた方がいいよ。
610名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 22:38:21 ID:4OrNxEhP
みなさん投下乙です。

俺も伝奇物書きたくなってきたなぁ。
611妖杜伝奇譚『‡』 ◆NN1orQGDus :2008/09/22(月) 22:45:27 ID:aTaAF3kl
第2話 『路地裏の交錯』
1/

「変なのに付き合ったから遅くなったじゃんかー」

 深都姫は頬を膨らませる。
 折角倭斗と二人っきり――デートらしき物が出来たというのに、二人の闖入者のせいでグダグダになってしまったのでご機嫌ナナメなのだ。

「言うな。俺だって後悔してる」

 倭斗は特殊な嗜好の人間が持つ特有の毒気に当てられた頭を振り、ある種の妄想を抱く輩は度し難い、と内心で呟く。

「お前は、あんな風になるなよ」

 膨らんだままの深都姫の頬をつついた刹那、大気の鳴動を感じた。
 魔の波動が大気を揺るがしたのだ。
 それもこれ見よがしに誇示しているのか、隠そうとはしていない。否、隠そうとしていても隠し切れないのか。

 深都姫もそれに気づいたのか、眉をひそめている。

「どうするの?」

「此処まで露骨だと……釣りだな。しかも釣り針が見えてやがる」

 波動の先を手繰ると、そこは“彼女”を祓ったあの路地裏だ。

「するっとスルーする訳には……行かないよね」

「ああ。アレを放っておいたらまずいな」
 倭斗は嘆息し、深都姫を見る。深都姫もまた、倭斗を見る。
 二人の視線は絡み合い、お互いの意思を確認して頷いた。

 二人は雑踏の人混みを縫うように駆け出す。行き交う人々は闇に紛れた悪の存在を知らずにいる。
 倭斗はそれが気にくわないが、それも仕方のないことだとも思う。
 人は自分の手の届かない場所については無関心なのだ。
 自分は人よりも手が届く場所が広い。放っておければ良いのだが、それが出来ない自分は相当な貧乏性だな、と一人ごちる。
 いつの間にやら深都姫が先行している。彼女は仕方なく退魔師をやっている自分よりも正義心が強い。
 それは立派なのだが、年相応の幸せを掴んで欲しいと倭斗は思っている。
 そんなもどかしい心を持ちつつ深都姫に並ぶと、件の路地裏に勢い良く飛び込んだ。



「がぁぁぁーーーーーっ!!」

 路地裏には大小二つの人影があった。双方とも、魔の波動……妖気を発散している。それも、強く濃密に。
 つまり、夜の住人である。
 小さい影が唸り声を挙げつつ、地を踏みつけている。
 その振動は大したことはないのだが、地団駄を踏むたびに熱気を帯びた濃厚な魔の波動を発散している。

612妖杜伝奇譚『‡』 ◆NN1orQGDus :2008/09/22(月) 22:46:07 ID:aTaAF3kl
2/
「いい加減にしないと呼びもしないお客さんが……って、もう来てるな」

 大きい影が溜め息を吐きつつ諦め顔で倭斗と深都姫を一瞥する。

「アンタたち……何者!?」

 深都姫の鋭い声が路地裏に広がる。

「ふん……自分の名を名乗らずに他人に強要する、か。なかなかのアティテュードだ」
 嘲笑にて返されると、深都姫は気色ばむが倭斗に制止される。

「汚ない油をぶちまけられたら放っておけないタチでね。……つか、煽ってんの、オマエラ」

 倭斗は冷笑で応じ、鋭利な刃物のような視線で二人を射る。

「うだうだ五月蝿い! 私は……九蓮宝燈の一人! 世界の果てでこの世を呪う……」

「そんな珍妙な名前を勝手につけるんじゃない! それに仲間は九人もいない!
 ……連れが失礼したな。俺はジン。こっちはメストだ」

 ジンは名乗りながらも地団駄を踏み続けるメストをさえぎり、倭斗と深都姫を圧するように、静かに告げる。

「へえ、そいつは結構。生憎と俺達はお前らみたいな夜の住人に名乗る名を持ち合わせてないんだ……悪いね」

 倭斗はそう言い放つと、メストを見て目を丸くする。

「おい、深都姫。向こうにお前と同じスケールのがいるぞ」

「倭斗のバカァッ! 私の方が大きいもん!」

 倭斗の軽口に深都姫が反応し、ポカポカと叩き始める。

「ちょい待ち。私が、この私が……そんな毛も生えてなさそうなちびすけと同サイズ? ……訂正を要求する」

「へん! 私はまだ成長途中だもんね!」
「はっ! 夢を見たって無駄よ? 絶壁は絶壁のままが運命なのさ」

「そっちこそえぐれてるくせにっ!」

 鬼気を揺らめかせながら、深都姫とメストは対峙する。互いに胸を張り、互いに相手を威嚇するように体を大きく見せようとしている。

 ジンは小さな二人のやり取りに苦味の交じった笑みを浮かべると肩を竦める。

「どうする? お互いの連れがこんな風だが……殺り合うかね?」

「残念だけど、殺り合う空気じゃないな。」

 倭斗は唇を歪ませると、深都姫の襟首を引く。ジンも同様にメストをたしなめる。
「放せ、ジン! このメストさんは小娘に粉かけられて黙ってるようなチンケな根性してないんだ!」

「なにおぅっ! 私だって!」

 未だに言い合う二人を無視し、ジンと倭斗は互いに相好を崩す。

613妖杜伝奇譚『‡』 ◆NN1orQGDus :2008/09/22(月) 22:48:20 ID:aTaAF3kl
3/3
 未だに言い合う二人を無視し、ジンと倭斗は互いに相好を崩す。

「名前を聞いておこうか。俺は菅原倭斗。……覚えておけ、お前ら夜の住人を狩る者だ」

「顔に似合わず鼻息が荒いな。俺は夜の住人のジン。四暗刻単騎って組織のの一人だ」

 倭斗は未だに怒りが収まらない深都姫の手を引き往来の雑踏に紛れる。

「なんで逃げるのよ! あんなヤツらやっつけちゃえばいいのに!」

「彼処で戦ったら被害がでかいだろ。それにアイツらは……特にあのジンって奴は相当やりそうだ」

 倭斗の唇が歪に歪むと、深都姫はそれを見咎める。

「倭斗、笑ってるけど……楽しいの?」

「笑ってる? 俺が? 気のせいだろ」

 でも、と言いかけて深都姫は慄然とした。倭斗は確かに笑っていた。陰惨な笑みを浮かべ、その瞳は渇望にも似た光を湛えている。

「ねえ、大丈夫だよね? 倭斗、別人みたい……」

「平気さ。俺は……俺のままさ」

 倭斗はぼんやりと輝く蒼い月を見上げ、深都姫の手を軽く握った。

 路地裏に残る夜の住人は寂寞の闇に紛れている。

「メスト、少しは頭が冷えたか」

「まあね。それにしてもあのちびすけ……」

 メストが収まらない怒りの握り拳に力を込めると、青白い炎に似た燐気が立ち上る。

「お前の悪い癖だな。頭に血が昇ると猪突猛進になる」

 ジンは溜め息混じりにメストの肩に手を置いた。

「……わかってる。私が怒ってるのはちびっこのせいじゃない」

「じゃあ、なんで怒ってる」

「夜の住人の存在を忘れた人間は腐りきってる。恐れる事を忘れて増長する人間は……嫌い」

「だったら思い出させてやれば良いだけだ。人を喰らう夜の住人の恐ろしさをな」

 ジンの乾いた声が路地裏に静かに木霊すると陽炎の様に揺らめくメストの殺気は揺らいで薄くなっていく。

「俺達四暗刻単騎はこの世を呪うために集った。そうだろ」

 力強いジンの言葉に、メストは目を閉じて満天の星屑を仰ぐ。

「そうだったね。……憎悪の炎で焼き尽くす為に、ね」

 夜の住人達は不穏な妖気の残滓を残しつつ黒檀の闇に溶けるように消えて行った。
――To be continued on the next time.
614名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 01:03:21 ID:tK5ke47G
投下開始
615『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/23(火) 01:04:23 ID:tK5ke47G
鼻息も荒く柚季は、『プリズン』のドアをくぐった。
断末魔のようなヴォーカルのBGMが彼女の耳をつんざく。

…グレてやるのだ。

柚季は荒々しく目に付いた棚の洋服を物色しながら、将也の許し難い言動を反芻し、また怒りに震える。

『…だから!! 塾サボるんだったら放課後一緒に勉強しよ!? このままじゃ、附属ムリじゃない!!』

『…だって、了が…』

『了はあんたと違って頭いいの!! 四人で附属行こうって、約束したじゃない!! …頑張ってよ…』

真摯に懇願する柚季に、将也は、ふてくされた表情でこう言い放った。

『…俺だけ浜中いくよ。どうせ高杜入っても、ついてくの大変だし。』

柚季は口をぱくぱくして将也を見た。公立の浜中学は市内でも名だたる不良校として悪名高い。
情けなさと怒りの余り、柚季はとんでもないことを口走った。

『…じゃあ、私も浜中行く!! 怖い先輩にいじめられたら、責任もって守ってよ!!』

『…』

口ごもる将也を校門に残し、走って帰宅した柚季は、怒りも覚めやらぬままの午後、貰ったばかりの小遣いを握りしめて、駅前のモールへ自転車を飛ばしたのだった。

616『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/23(火) 01:05:54 ID:tK5ke47G
思いっきり派手な格好をして、他の男子とも遊んでやろう。
ちょっとは馬鹿な相棒を持つ苦労を知るといい。柚季は懸命に、古風な将也が目を回すような服を探し回る。
絵梨が夏休みに着てたような、露出度の高い服は…

『うわ、高…』

ようやく引っ張り出した、山ほどジッパーの付いた赤いタータンチェックのミニスカートは、柚季の財布の中身とほぼ同じ額。
予算内でのトータルコーディネートを目指していた彼女にはちょっと辛い金額だ。
パンキッシュなスカートとにらめっこを続ける柚季の耳に、突然、レジから奇天烈なやりとりが聞こえてきた。

「…チャックというものは、元来物を入れる為に付いておるのであろう!?されども、これはどれひとつ開かぬ不良品じゃ!! さらにこのズボンは、薄汚い上に膝が破れておる。商人として…」

柚季と同じ位の背格好の少女が、これまた柚季が選んだのと同じスカートを振り回し、珍妙な口調で、唖然とするモヒカン鋲ジャンの従業員にまくし立てている。

「…あのね、お嬢ちゃん、これは製品のデザインでね…」

忍耐強く説明するモヒカンを無視し、ぽかんと見つめる柚季に気が付いた少女は、大声で柚季に呼びかけた。

617『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/23(火) 01:07:17 ID:tK5ke47G
「そこな娘!! かような服を買ってはならぬぞ!! 今から店の主に、とくと意見する故…」

「…ほんとに、店長呼ぶよ…」

意外に気弱げなモヒカン店員が店の奥に入る。 とっさに柚季は、絵梨から聞いていたこの店の店長の恐ろしさを思い出した。

『…万引きとか見つけたら、店の裏でもうボッコボコ。ま、ケーサツ行きよりいいけどさ…』

慌てて柚季は、商品を放り出して見知らぬ彼女の手を取った。巻き添えになりそうなムードが濃厚だったからだ。

「出たほうがいいよ!! 早く、早く!!」

「いいや!! そもそもあの傾いた売り子はなんじゃ!! かつて紫阿杜の志士は…」

訳のわからない事を言い出した少女の手を引いて、思わず柚季は『プリズン』を飛び出した。
喚き続ける少女にお構いなく、とりあえず自転車を止めてある市営駐輪場の前まで走り続けた。

柚季が荒い息を整え、ようやく少女に向き直ると、彼女はまじまじと柚季の顔を、穴があくほど見つめている。
柚季も負けじと少女を観察した。
奇妙な少女だった。
漆黒の長い髪は眉の上で揃えられており、白磁のような肌の小さな顔は、あまりに毅然として、そして人形のように整っていた。。

618『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/23(火) 01:08:51 ID:tK5ke47G
そして白いブラウスにグレーのスカートというなんの変哲もない着衣。
しかし柚季は、彼女の風体にもかかわらず、絶対に同世代の普通の女の子ではない、という印象に戸惑い、とりあえず彼女の言葉を待つ事にした。

「…そなた、もしかして…」

驚きに開かれた目。わずか高くなる声音。

「…先日の祭儀の、椿姫ではないか!?」

「…あ、うん…」

唐突な言葉に混乱する柚季を尻目に、少女は破顔して柚季の手をとり、ぶんぶん上下に振る。

「奇遇じゃ!! 奇遇じゃ!! まこと見事な舞じゃった故、褒美を取らそうと思うておった!! いや、奇遇じゃ!!」

奇遇じゃを連発する少女に、少し落ち着いた柚季は、おずおずと質問を発した。

「…あなた、誰?」

「知れたこと。高杜学園…」

慌てて口をつぐむ。

「…の小等部、六年生じゃ。そうじゃの…『園』と呼ぶがよい。』

「…ソノ…ちゃん?」

「普段学園からあまり出ぬものでの。たまにこうして、新しく開いた店など見に『もおる』にやって来る。」

「…ああ…寮生なんだ…」

答えながらも柚季は、自分たちが目指す高杜学園の生徒は、みんなこんなにヘンテコなのかと、少し不安になった。

619『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/23(火) 01:10:14 ID:tK5ke47G
「で、そなたの名は?」

「和泉…柚季。」

「柚季…よい名じゃ。さて、次はこの遊戯場でも覗いてみるかの。付き合うてくれようの? 柚季。」 

「へ!?」

すたすたと『ハイランダーの賑やかな入り口に向かう園の小さな背中を、柚季は立ち止まって見つめる。

高杜市立第二小学校校則10−1
児童はゲームセンターへの立ち入りを禁ずる。

…『遊戯場』って…将也じゃあるまいし…

しかしこの連想で将也への怒りが再び蘇り、柚季は校則を破る決意を固めてこの風変わりな少女の後を追った。
本当のところ、彼女への興味も大きかった。


「…ば、罰当たりな機械めが!! ええい、ちゃんと掴めと言うておろう!!」

大騒ぎした挙げ句に、やっと手にした『ジョン・スミス』のぬいぐるみを抱えて上機嫌の園は、
わりあい体力には自信のある柚季が辟易するほど、ばたばたと広大な『ハイランダー』を駆け回って豪遊した。
園の人目を引く言動も、着ぐるみや、コスプレをしたゲーマーの中では目立たない。

「…あれは『ぷりくら』であろう!? ちゃんと、知っておる。」

「一緒に撮ろっか!? ソノちゃん。」


620『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/23(火) 01:11:44 ID:tK5ke47G
もともと人懐っこい性格もあり、すぐにすっかり打ち解けた柚季は、屈託なくこの奇妙な新しい友達の手を取ってプリクラに飛び込んだ。

「…へへ、『近う寄れ』ソノちゃん。」

ぴったりとくっつくと、園の体からは、古風な香のような、いい香りがした。出来上がりを待って、『ハイランダー』の喧騒から離れる。

「よぉしソノちゃん、次は『めいぷる』行こ!!」

…ファンシーショップ、古本屋、衣料店…
子供なりに多忙な日々でしばらくぶりのモール巡りに、柚季は時を忘れて園を連れ回し、やがて薄暮が迫る頃、くたくたになって二人は駐輪場に戻った。

「ソノちゃん学園の寮だよね? 送ってあげよっか?」

「…柚季や、済まぬがあと一軒、付き合うてはくれぬか? 柚季の家はどちらじゃ?」

柚季が説明すると、園はにっこり微笑んで、ガチャガチャと慣れぬ手つきで柚季の自転車を引っ張り出し、よいしょと跨る。
「後ろに乗るがよい。園の用事は、柚季の家の方向にある。」

危なっかしい足どりで自転車を漕ぐ園の背中に、柚季は頬を押し当てて目を閉じる。
疲れた体に秋風が心地よかった。


621『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/23(火) 01:13:51 ID:tK5ke47G
街の喧騒から遠ざかり、二人は路地を抜けて鄙びた民家の密集する旧市街を静かに走りぬける。
やがて、キッ、と園がブレーキを踏んだ。

「…ここじゃ。」

『小椋屋』と趣きのある看板を掲げた和菓子屋だった。暖かい灯りが格子から漏れ、笑い声が店内から聞こえる。

「…豆大福が旨い。馳走させてくれ。」

柚季は空腹に気付き、それからもっと園と話していたい自分に気付いた。まだ門限まで、少し時間はある。

「…じゃあ、私の愚痴、聞いてくれる?」

「おおとも。若人の憤懣、大いにこの園に打ち明けるがよい!!」

豆大福の甘さと濃い茶の香りは二人の体に染み渡り、落ち着いた店内ですっかりくつろいだ柚季は、将也の不誠実を、とくとくと園にぶちまけた。

「…学園の文化祭に四人で行ったとき、絶対この学校に来ようって、約束したんだよ。あのきれいな芝生でお弁当食べて、勉強して、クラブは…」

なぜか嬉しそうに、園は柚季の話に熱心に聞き入っていた。

「…あの童子も、なかなか見事な男ぶりじゃった。柚季はなかなかどうして目が高い、と園は思うが。」

「…やな奴だよ。わがままで、騒がしくて、知ったかぶりで、助平で…」

622『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/23(火) 01:15:16 ID:tK5ke47G
「…でも、好きなのであろう?」

頬を赤らめる柚季に、園は目を細めて語る。

「その年頃の殿御はの、みな『わがままで、騒がしくて、知ったかぶりで、助平』じゃ。しかしの…」

ふと柚季は、園の表情に、追憶と、深い悲しみをほんの一瞬だけ見た。

「…そんな殿御は、女子の気付かぬうちに、すぐ凛々しい武者になる。そしてたとえ…たとえ若い命を投げ出そうとも、愚かな女子を守るのじゃ…」

園の言葉の不思議な重みに、柚季は黙り込んで、再びこの不思議な少女が何者なのかを考えた。

「…さ、そろそろ出ようぞ。」

園は供え物だと言って豆大福を三つ店主に包ませ、柚季と店を出た。夕焼けのなか、小さく鈴虫の声が聞こえた。

「…さて、今日は楽しかった。途中で別れるが、今少し、一緒に行こうぞ…」

二人は旧家の立ち並ぶ通りを抜け、柚季の住む高台の住宅地に向いて自転車を押した。
造成中の郊外に続くこの道は、広く綺麗だがどことなく寂しい。

「…確か、この辺なのじゃが…」

キョロキョロと見渡す園に、柚季が尋ねる。

「…何…探してんの?」
「地蔵じゃ。古い、小さな地蔵。」

園の応えに、柚季は頷いて指差す。


623『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/23(火) 01:16:56 ID:tK5ke47G
「あれでしょ。『逆さ地蔵』」

「『逆さ地蔵』とな? はて…」

柚季が指差した場所には、確かに道に背中を向け、顔の見えない小さな地蔵が祀られていた。

「しばらく前にニュースで騒がれたの知らない?古い県道を壊して、今通った道ができたとき、
古い道の方を向いてたお地蔵さん、背中向きになっちゃうからって、こっち向きにしたの。
そしたら、夜のうちに元の向きに勝手に戻っちゃって…」

園は応えず、茫然と地蔵の背中を、そして地蔵の目が真っすぐに見据える、遥かな高見山とその麓の学舎を見た。

「開発工事がいやで、そっぽを向いたんじゃないかって。」

「違う…」

…貴方はまだ、気掛かりに思うて下さるのか…

園は大福を供え、恭しく地蔵の背に手を合わせると、静かに柚季を振り返って言った。

「さらばじゃ、柚季。よいか、必ず高杜学園に来るのじゃぞ。柚季のような生徒を、本校は待っておる。かの殿御や、朋輩と共に、な。」

「…おんなじクラスになれたらいいね。 バイバイ、ソノちゃん。」

園に手を振り、自転車を押して歩き出した柚季は、ふとポケットに、渡し忘れたプリクラが入っているのに気付いて振り返った。

624『杜を駆けて9』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/23(火) 02:20:23 ID:tK5ke47G
見通しの良い一本道に園の姿は無く、ただ『逆さ地蔵』だけが秋の高見山を眺めていた。
思わず柚季は手にしたプリクラに目を落とす。
フレームの中で、園は仲睦まじく柚季に寄り添い、すました笑顔で柚季を見つめていた。



END




追加設定

市立浜中学校
市内の中学校。生徒の素行不良が問題化している。 通称『浜中』

『逆さ地蔵』
高杜台の手前にある古い地蔵。工事による移転後、勝手に向きを変えるという怪現象を起こした。

「…ま、あの辺、遺跡も多いしね。その、開発開発じゃ、地蔵さんも、そっぽを向く、と。」

国会後の首相談話

『めいぷる』
高杜モールにあるファンシーショップ

625名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 02:21:39 ID:tK5ke47G
投下終了
626名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 09:57:08 ID:5L5wriYN
>>625
乙でした。
…まさかこっちのスレでジョン・スミスの名を見るとはww
627 ◆jTyIJlqBpA :2008/09/23(火) 13:58:22 ID:skoPa4PL
伝奇物書いてみたので投下します。
628海の向こう側 ◆jTyIJlqBpA :2008/09/23(火) 13:59:22 ID:skoPa4PL
 序章『うたごえ』

 がたがたと音を立て、列車がトンネルの中を走っている。深夜に近い時間帯のため、乗客は少ない。
 ボックス席が並ぶその車両にある人影は、たった二つだけだった。 
「素敵な月夜ですね。素敵過ぎて、血が疼きそうです」
 窓際に座るスーツ姿の男が眼鏡を掛け直し、乗降口に背を預ける和服の女に話しかける。
 闇色の髪を結い上げたその女はしかし、目を閉ざしたままで答えない。
「狸寝入りは止めてくださいよ? これでも寂しがりでしてね。
 お相手をしてを頂けないと寂しくて死んでしまいます」
 
 端正な顔を歪めておどける男を、女は鋭い目を薄く開けて一瞥する。
「ならば、もっと興味深い話をしてもらいたいな」
 月明かりを照り返す妖刀のような視線を向けられても、男は態度を崩さない。
 飄々とした様子で肩を竦めると、含み笑いを一層深くした。

「そうですねぇ。では、不老不死の霊薬についてお話しましょうか。
 僕らが盛り上がれる、数少ないお話だと思いますし」

 女の眉が、ぴくりと持ち上がる。一瞬の挙動だったが、男は見逃さない。満足げに頷きながら、続ける。

「一口で無病息災、二口で永遠の若さを得て、三口で死すら超越する、奇跡の薬。
 医学の範疇では語れない、魔法の塊」
 
「我々が向かう先にそれがあるという噂は聞いている。
 だからこそ、私は貴方などと行動を共にしているのだ。
 もっと具体的に話して貰いたい。回りくどい男は嫌いだ」

 女は、不愉快そうに男を睨みつける。それでも、男は面白そうにくつくつと嗤う。
「不思議なお薬とは、一体どんなものだと思われますか? 薬草でしょうか? 液状でしょうか?
 もしかしたらカプセルに詰め込まれた、高度な科学技術の結晶かもしれませんね?」
「回りくどい男は嫌いと言ったはずだがな」
 腕を組む女から、苛立ちが立ち昇る。それでも男の話に耳を傾けているのは、彼女が求めて止まないもの――不老不死の霊薬の情報を、男が握っているせいだ。
「美しい女性から嫌われるのは本意ではありませんし、早速答えの発表としますか。
 実は、先ほど挙げた例はすべて外れです。正答は――」 

 列車が、トンネルを抜ける。開けた窓の外に、夜空を映した真っ暗な海が広がった。
 気味の悪い黒の海を一瞥し、男は大仰に言い放つ。

「――人魚の肉、ですよ」
629海の向こう側 ◆jTyIJlqBpA :2008/09/23(火) 14:00:18 ID:skoPa4PL
 ◆
 
 穏やかな潮騒が暗い浜辺を震わせる。浜辺を吹き抜ける風は湿っぽく、潮の香りを孕んでいた。
 両手を広げてその風を浴びる、一人の少女がいた。
 ポニーテールにまとめた黒髪がなびき、スカートがはためく。
 九月に入っても、まだ残暑は厳しく昼間は暑い。だが、日が落ちた浜辺は気温が低く、夏服では肌寒さを感じる。
 だというのに、高杜高校の制服を着た彼女――白山瑞希は、冷たい海風を全身で受け止めていた。

 瑞希は、夜の海が好きだった。 
 真っ黒で先が見えない海は、何処までも広がっていそうな気がするからだ。
 打ち寄せる波に身を委ねれば、何処か知らない場所へ、何があるか分からない場所へ連れ去ってくれそうに思える。
 昼間の海とは違って、黒々として先が見えない不気味さがむしろ、かえって興味の対象となる。
 決して、現状の生活に不満があるわけではない。高校生になってアルバイトも許されるようになったし、去年とは出来ることが増えたのは事実だ。
 だが、高杜学園中等部から、同学園の高等部に上がっただけということもあり、生活にそれほど大きな変化はなかった。
 代わり映えのしない日常は、ずっと続いている。その現実に瑞希は、退屈を覚えていた。
 波音に耳を傾けながら、思う。

 ――真っ黒な海の向こうに、あたしたちの知らない何かがあったら素敵なのに。

 子供じみた夢想を抱く。しかし、そんなことはあり得ないと断じられるくらいには、彼女は大人だった。
 寄せては返す、海の鳴き声。まるで唄のようにも聞こえる、優しい潮騒。それに浸りたくなって、耳を澄ます。
 そして、気付く。

 ――違う。唄のような、じゃない。

 波音と合わせて、透き通った唄声そのものが響いていた。
 瑞希は、目を閉ざす。
 余分な感覚を遮断し、聴覚だけに意識を集中させる。風鳴りを掻き分け、波音と一体化した声を掬いあげるために。 
 海の唄声だと言われても疑えないほどに静かな声音は、美しく透明感がある。
 童謡に似た民族的な旋律は、初めて聴く音楽だった。外国語で綴られた歌詞なのか、何を言っているのか分からない。

 だというのに。
 その旋律に込められた想いが、胸に沁みこんでくる。乾いた砂に水が浸透するように、唄が胸を満たしていく。
 切なさや、哀愁や、郷愁で作られた唄だと、すぐに分かった。
 瑞希の足が、自然に動く。覚束ない足取りで、彼女は唄声の聞こえる方へ歩いていく。
 酷く綺麗で、儚さを感じさせる唄声へと、近づいていく。
 砂を踏む足が頼りなく思える。何故か強く胸が締め付けられて、涙が溢れそうだった。
 濡れそうになる視界の先、ごつごつした岩に囲まれた磯が見える。
 瑞希の歩みが、止まった。
 大きな岩に腰掛けて素足を磯に浸す少女に、瑞希の視線は釘付けになっていた。

 少し青みがかったストレートロングの黒髪、病的なほどに真っ白い肌、強風が吹けば簡単に手折れそうなくらいに細い身体。
 青白い月光に照らされた彼女は神秘的で、別世界の住人だと言われても違和感のない雰囲気を醸し出していた。
 純白のワンピースに身を包んだ少女は、真っ直ぐに海を見て唄っている。
 潮騒と同調し、共に唄っている。
 その神秘的な光景に、瑞希は息を呑んだ。波に攫われたわけでもないのに、自分の知らない世界へ迷い込んだような錯覚に捉われる。
 呆然と立ち尽くし、それでも聴覚だけは鋭敏さを保とうと努める。優しく寂しい唄を、一フレーズたりとも聞き逃したくはなかった。

 だけどその願いは、いともあっさりと妨害されてしまう。
 遠くから列車の音が響いたとき、透明な唄声が止まったからだ。
 瞬間、一気に現実感が戻ってくる。足裏で、砂の感触がしっかりと感じられる。
 迷い込んだ世界は、欠片一つ残さずに消失していた。
 それでも、あの感覚が夢でも幻でもないと瑞希は確信している。
 なぜなら今も、あの神秘的な少女は、岩に腰を下ろしているのだ。

 その横顔が、動く。
 澄み切った瞳が、ゆっくりと、瑞希へと向けられた。
 
 ――続く。
630 ◆jTyIJlqBpA :2008/09/23(火) 14:01:44 ID:skoPa4PL
短いですが以上です。
631名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 16:32:30 ID:NgzCJW2d
乙です、人魚伝説来ましたね

海からの呼び声、血肉を交わす契り、
高杜と海を分断するようにそびえる高見山。
死ねずに彷徨う高杜の住人、ホラーですな。
632名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 19:15:37 ID:M/UEbi+s
皆さん投下乙です。

>>『杜を駆けて』
小学生の仄かな恋心に『園』ちゃんの存在がエッセンスとなっていて気持ち良く爽やかになれました。
こちらのじじょうなのですが遠い昔を思い出してしまい、恥ずかしくなってしまいました。
投下乙です。GJでした。


>>海の向こう側
足元から這い上がって来るように戦々恐々としてしまいました。
一文一文に詰め込まれた情報量が程良くて、作品にのめり込んでしまいました。
描写がややくどいような印象を受けましたが、繊細な感じで気持ち良く読めました。
投下乙です。GJでした。


重ね重ね職人の皆さんGJです。
次回の投下をお待ちしております。
633名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 20:06:20 ID:GBzXxi5m
平和な高杜に次々と黒い気配が…!
続きを期待しています

ところで学園ってのは、体育祭とか文化祭は全校合同でやるんだろうか?
やはり各等科ごとに別れるのかな?そこら辺がよくわからん
634名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 21:52:40 ID:/pGwee0L
すげー!最近見ないうちに色んな作品が投下されてる!
世界観が目に見えて広がるのってヤッパ良いなぁ。

って訳で遅くなりましたが更新です
635団子と嘘と子キツネ ◆v8ylbfYcWg :2008/09/23(火) 21:55:18 ID:/pGwee0L
6話

慧に腕を引っ張られながら、隆也は懐かしの我が家に帰ってきた。1年以来に訪れた家に、何一つ変わった様子は無い。
リビングもキッチンも、ベッドルームも、誠二の為にセッティングした2階の子供部屋も……。
「ホントに代わり映えしないでしょー。誠二にも言って誠心誠意を込めて、キレイにしてるんだから」
部屋を巡る隆也に、慧はウインクをしてそう言った。隆也は無性に嬉しいが、表情には出さず

「……そうか。ありがとな」
とだけ返した。慧は隆也の言葉に、小さく疑問符を浮かべたが、すぐに打ち消した。
大体見て回り、隆也はリビングの大きなソファーに座った。慧は鼻歌を刻みながら、スーパーの袋を持ってリビングの向こうのキッチンへと向かう。
視線だけで慧を見送った隆也は、ふっと気が抜け、思わず溜息が出る。無論肉体的な疲れから来る溜息であるが。

そう言えば1年前は、ここで誠二と慧と何を話していたんだろうな。天井の電球を眺めながら、ぼんやりと隆也は考える。
今後の生活の事か、また会えたら何処に行こうか、誠二に一人でも頑張れるようにと活を入れたか……。
どうにも思い出せない。確か結構重要な事だった気がするのだが……無意識に右手で頭を掻く。
さっきの高杜モールの時もそうだったが、何か輪郭がはっきりとしない記憶が浮かんでは、タバコの煙のように消えていく。
それが年を取ったせいであると、隆也はどうも思えない。思い出すきっかけさえあればいいのだが。

「あ、そうだ。隆也君さ、誠二を迎えに行ってよ。もうそろそろ帰ってくる頃だからさ」
キッチンから顔を出した慧が、ぼうっとしていた隆也にそう言った。
一息ついたは良いが、特にすることも無いな。そう思い、慧の言葉に隆也は頷くと腰を上げた。
確か高杜学園から家までそう遠くは無い。充分歩いていける距離だな、ともう一度ガイドブックを読み直し、隆也は再度了承する。

玄関でエプロンを身に纏った慧が、家を出ようとする隆也を引き止めた。何か伝えたい事があるらしい
「今日の夕食はステーキだって伝えてね。それと……」
慧はそこで言葉を区切ると、口元をにやりと歪ませ、悪戯っ気のある笑顔を浮かべた
「彼女にもよろしくって」

高杜学園までの道のりはそれほど辛くは無かった。高見山や高杜モールへの強制ウォーキングに比べては、だが。
久々に訪れたとは言え、学園の大きさに隆也は目を見張った。流石に小中高、及び大学の教育課程まで兼ねている事はある。
前に読んだ入学パンフレットで全校生徒の数がとんでもなかった気がするが、明確な人数は思い出せない。
さっきからホントに……隆也は自分の記憶力の無さに絶望した。と言っても特にどうこうする訳でも無いが。

ぞろぞろと、校門からランドセルを背負った初等部の生徒達が出てくる。隆也は遠目から、誠二の姿を確認しようとする。
頭の中では、どう会話を切り出そうかと言う事で悩んでいた。慧の時は自然に切り出せたものの、誠二とは1年前にどんな話をしていたのか思い出せないのだ。
懐に忍んだ、お土産と称した高見神社名物の団子を持つ。微妙に掌に汗をかく。
しかしなかなか、誠二の姿が見えない。もうそろそろ生徒達の姿がまばらになってきたが……。

その時、見覚えのある髪型が、隆也の目に付いた。自分によく似た、地味な短髪。
他の生徒達に比べて、妙に陰りがある地味な存在感に、隆也は人目で気づく。流石に親子ではある。
……迷ってはいかんか。父親らしく、できるだけ威厳を保って話し掛けよう。
隆也はそう決断し、誠二の元へと足を進めた……が、ふっと足を止める

誠二が自分より1、2cm背の高いベリーショートの髪型の少女と楽しそう……ではないが、何か会話している。
誠二は俯いては微笑み、たまに視線を泳がしてみたりと、落ち着きがない。少女は終始、屈託のない笑顔で話し続けている。
と、その少女が誠二から数歩離れると、振り向いて手を振り、隆也の横を元気に走って通り過ぎた。

誠二と隆也の視線が合う。時間が止まったかのような沈黙が流れ、隆也がついに口火を切る

「よ・・…・よう、元気だったか」

隆也のどこかぎこちない言葉に、誠二は視線を軽く宙に向けると、隆也に戻して、言った

「うん……そこそこ。・・・・・・久しぶり」

636 ◆v8ylbfYcWg :2008/09/23(火) 21:56:27 ID:/pGwee0L
投下終了です
短くて申し訳ない
637名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 21:59:04 ID:F3olHxIt
>>団子と嘘と子狐
投下乙です。
638名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 22:01:08 ID:M/UEbi+s
>>団子と嘘と子キツネ
投下乙です。
639名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 22:03:17 ID:M/UEbi+s
>>団子と嘘と子キツネ
投下乙でした。GJです
解りやすい説明が良いと思います。
少々物足りませんが、それが次回への期待を膨らませてくれました。
640名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 22:11:33 ID:tK5ke47G
>>635
ウワーいい所で…
こういう年長組の話も、どんどん増えてほしい。GJでした!!
641B∀D! ◆NN1orQGDus :2008/09/23(火) 23:05:55 ID:M/UEbi+s
 『県立高杜南工業高校』。通称『南工』。
 市内で最も偏差値が低く、最もクレイジーでファンタスティックなヤンキーが集うイカした学校。
 花も桜の咲き乱れる南工の春はサバイバルだ。
 市内から頭は悪いが腕に自慢のあるバカタレどもが集まって新入生となり、弱肉強食のバトルが繰り広げられる。
 誰が天辺を取るのか、誰が一番強いのか、誰が学年をシメるのか。
 一年坊主が主役のこのイベントは、誰が名付けたか一年戦争と呼ばれる。
 舞散る桜を血で染めて新一年の最強を決める一年戦争は、もはや春の風物詩、季語として南工に定着しているのである。



「おう、木桐よぅ……テメーみてーなチンコロが俺に勝てるとでも思ってんのか?」
「ああ!? 誰に向かって口聞いてんだコノヤロウ!? 一中シメてただけでデカイ顔すんじゃねーゾ!? コラァ!!」

 一年B組で一触即発の剣呑な雰囲気になっているのは中学時代に高杜一中をシメていた斎藤留蔵、通称トメと、
北中を根城に北地区一帯で覇を唱えていた木桐宣史だ。
 他の野郎どもは二人の実力者が同じクラスであった自分を恨みながら、回りで囃し立て、或いは固唾を飲んで二人のやり取りを見守っている。
「よし、俺は木桐に五百円だ!」
「ボケッ!斉藤はマジ強えゾ!? 俺は斉藤に千円!」
「あいよー、金賭ける奴がいるなら俺が胴を張るぜ!?」
 ケンカを見るどころかそれを商売にするヤツまでいる。

「ギャラリーに人気があるなぁ、斎藤ちゃんよぅ。どうした、お利口ちゃんのお前だったら俺に賭けるよな?」
 木桐は嘲笑う。
「ハァ? テメー脳味噌腐ってんだろ? 学校よりも病院行った方がいいぜ、ボクゥ!?」
 先手必勝とトメは椅子の足を握りしめて振りかぶる。狙うは木桐のドタマである。
「クソがっ! 道具に頼ってんじゃねーゾ!?」
 木桐は隙だらけのトメの顔面に気合いの入った拳を叩き込んだ。
「ニ゛ゴグブッ!」
 並んだ机をひっくり返しながらトメは壁迄ぶっ飛ぶ。
「道具に使わなきゃ勝てね―テメーは終わってんだよ、あぁ!?」
 更に壁にめり込めと言わんばかりにワンツーをボディに叩き込み、前のめりになったトメの後頭部に肘を打ち込む。
「ドァガァ!?」
 トドメに床に沈んだトメに更に蹴りをぶち込むと、木桐は満足そうに笑い、ギャラリーに宣言した。
「B組のアタマァ……俺で文句ねーな?」
642B∀D! ◆NN1orQGDus :2008/09/23(火) 23:07:16 ID:M/UEbi+s
 狂乱とも言うべき暴れっぷりに、ギャラリーは沈黙する。が、一人だけ納得できねーヤツがいた。
「……オマエ゛ッ! ゼッデー……ゴロズ!!」
 トメはムックリと幽鬼のように起き上がる。その迫力は、真夜中にジェイソンに出会った時のような恐怖を感じさせた。
 血だらけになりながら、焦点が定まらない目を血張らせて木桐にガンを飛ばず。
「出た! トメの殴られれば殴られるほど強くなるSMだッ!」
 ギャラリーの一人が奇声を上げる。
 木桐は血ダルマに沈めた相手のタフさに呆れながら不敵に笑う。
 殺人フルコースメニューを食らわせて立ち上がった奴はそう数えるほどいない。
 這い上がってくる恐怖。そして、強い奴と戦える歓喜が沸き起こってくる。
 が、トメのマッハの左拳一撃で意識を刈り取られた。
 唸りを立てて風すらも巻き込む左フックをコメカミに食らい、燃料の切れたロボットみたいにブッ倒れた。
 ワンパンチ。技巧の欠片もない純粋な力任せの一撃。その圧倒的な力の渦に呑まれて木桐は完全に沈黙、沈んだ。
 白目を向き、ピクピクと痙攣する木桐に、トメは学ランを脱いで被せる。
「俺がぁ、一等強ぇ。文句がある奴ぁ、前ぃに出ろぃ」
 ――戦慄。圧倒的な恐怖の木桐の前に、もはや誰にも不満はない。
B組の天辺、斎藤留蔵の誕生である。
 が、誰一人喜ぶものはいない。
 こうまで力を見せつけられると、やんちゃなバカタレどもには絶望にも似た恐怖しか存在しない。
 B組の面々はこれから始まる長い一年間は平和に過ごせないと、ヤンキー独自の嗅覚で悟ったのだ。
「俺がぁ、一等強ぇ。誰にも文句は言わせねー」
 鬼気迫るトメのがなり声がB組の教室を渇いた響きで制圧した。

――続く。
643B∀D! ◆NN1orQGDus :2008/09/23(火) 23:09:11 ID:M/UEbi+s
設定

『県立高杜南工業高校』
市の南部にある市内一偏差値が低い高校。血の気が多く気性が激しい生徒揃いで有名。

【斎藤留蔵(さいとうとめぞう)】
通称狂犬トメ。ドレッドヘアで左耳が半分千切れている。
マッハの左フックが得意技


【木桐宣史(きどうのりふみ)】
通称カミソリ木桐。アフロヘアで強面。相当の切れ者。

644名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 09:43:38 ID:8/2NzkYj
投下乙。
誰か早急に熱血武闘派教師を。
645名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 12:18:44 ID:FhTgXRAA
あとスポコン物があるとほとんどのジャンルが出揃うね
踏み台昇降部とか立位体前屈部とか
646名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 20:20:32 ID:Y/qukj4u
>>641-643
続き…どーしたよ、一年坊…!?
期待してんぞ!?

       __,,,,.. --_─_一_-_-、-、、,,,,__
    ,r'´-_-_‐_‐_‐_‐_-_-、`-、ミ`ヽ ヾ`ヽ、
   /,r',.-_‐_‐_‐_‐_-_-、ヾ ヽ ヽ丶、`ヾ 、ヽ
  /(.'´_-_‐_‐_‐_-_-、ヾヽヾ ))) ), )) ) )),)))ヘ
 l(i,i'´⌒ヾトヽ、ヾ ヾ ヾ ))_,ィ,'イ」〃川 jノjノjノ}
 !iゝ⌒))}!ヾヘヽ ),ィ_'イ」〃'″  フ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;l
 ヾ、ニ,,.ノノ〃ィ"::::::::::::::     /;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;!
    ̄`i7 ´   :::;:::、:::.    〈;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;!
     〈‐─一''''バ `'''ー─‐ ヾ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;l
      }、_,.-。-、 :::: ,.-。‐-、_,  ヾ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;!
      !` ̄ ̄´ノ  ` ̄ ̄´   丁j`l;;;;;;;;;;l
      l    (",、         ''´,/;;;;;;;;;;l
      .l    _...___       `<;;;;;;;;;;;;;ノ
      l   'r二ニヽ      八;;;;;;;;;;;;;〈
       '、   ー- ‐′    / ゙!゙!゙!゙!゙!゙!゙!
       ヽ         /    ゙!゙!゙!゙!゙!゙!
        ヽ、     ∠____゙!゙!゙!゙!゙!゙!
          「` ーi '''´ 「:::::::::::::::::::::::::::::::: ̄l
        _|_  l  _|::::::::;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|__
  ,. 一'''' ̄::::::::\フ  /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::`'''ー、_
 /:::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ/:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
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:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::O:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
647テンプレ案:2008/09/24(水) 21:32:32 ID:v5oMYh+4
シェアード・ワールドで青春物語part2

架空の都市 高杜市で起こる出来事を創作するスレです
大まかな設定はまとめサイトの「設定」を参照してください
この世界はシェアードワールド、無かった設定はガンガン創作していきましょう
基本は恋愛SSですが、色々な書き手さん歓迎です


前スレ
ttp://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1220260279/

まとめサイト
ttp://www26.atwiki.jp/sw_takamori/

週刊高杜通信(雑談サイト)
ttp://pksp.jp/shared-youth/

関連スレ
シェアード・ワールドを作ってみよう part2
ttp://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1221835112/
648名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 09:28:41 ID:urGpSfHe
>>647
乙です。
ばっちりじゃないでしょうか。
649 [―{}@{}@{}-] 名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 17:00:18 ID:JFCnsW6O
お、もう次スレ?
650普通の日常:2008/09/25(木) 19:05:02 ID:lL0urUWi
投下します、妖怪風味はいります
651普通の日常:2008/09/25(木) 19:05:50 ID:lL0urUWi
中央市街にある古風なたたずまいが立ち並ぶ住宅街、早朝より『疋田新陰流 小金井道場』からは、
床板を踏み締め、竹刀がかちあう軽快な音が鳴り響いた、道場内では大柄な男と二回りほど小さな少女が
正眼に構えたままにらみ合い、互いに相手の出方をうかがっている。

「ほら、どうした桜、にらめっこじゃ敵は倒せないぞ?」

「リャッー!!」

「おっと?」

隙をみて繰り出したはずの渾身の突きを男は悠々と避ける。
少女が持った竹刀に自らの竹刀に絡ませ、勢いよく跳ね上げると、弾かれた少女の竹刀が宙を舞った。
試合続行不可能となった少女はむくれた顔を見せると、開始位置に戻り一礼したのちに、兄に食ってかかる。

「豊お兄様、今の負け方では合点がいきません
もう一手お手合わせ願います!」

「おいおい、もう三戦目だぞ、と、とりあえずメシにしよう」

「むぅ……」

「はは、そうむくれるなって……お、守!? 帰ったか?」

道場へ戻った弟が目に入ると、助け舟とばかりにぼりぼりと頭を掻きながら守のそばへと近付く。
三人は離れの道場から母家へと向かうと、居間のちゃぶ台で食卓を囲み、割烹着を羽織った桜がご飯をおひつに移すと
いそいそと食事の準備を始める。

「で、どうだった守、首尾の方は?」

「あと少しというところで取り逃がしました、くだんの松田さんが突然現れたもので……」

「素人の不意打ちでやられるほど、ヤワでもないだろう?」

「それが……いきなり銃を向けられたものですから」

その言葉を聞いた豊と桜が呆気に取られた表情を見せると、守は苦笑いして答えた。
並べられた配膳に手を合わせると皆で食事を始める、兄の豊は楊枝でたくあんをぷすりと突き刺し
ひょいひょいと口の中に投げ込みながら、弟の守に向かい言葉を続ける。

「銃か、まぁ相性が悪かったな、俺が手伝うか?」

「僕は藤木さんの捜索を引き続き行うつもりです、
松田さんは底の見えない人ですが、完全な悪人と言うわけではないと思いますし」

「敵を信じるなんて、ちぃ兄様は相変わらず呑気ね」

「うぅ、ごめん……」

「学園長には俺の方から報告しておくか、道場の門下生にも声をかけて行方を追わせよう
最近は何かと物騒だし、周りも探りを入れてきているようだからな」

手早く食事を済ませた守は、よろけながらも自分の部屋へと戻ると
そのまま引いてあった布団の上へと倒れこむ、睡魔に意識を引き剥がされると、そのままぐったりと眠りについた。
652普通の日常:2008/09/25(木) 19:06:46 ID:lL0urUWi

瞼の裏に焼きつく光で少女は眠りから目覚める、昨夜起きた出来事を半ばほど思い出すと腹をさすると、
まだ若干痛みを感じた、周囲を見渡すと窓からは朝日が差し込こみ、どうやらどこかのアパートの一室のいるようだ。
ふと隣の部屋から人の気配を察知し、そろそろと足を向けると、五郎がパスタを口にかきこみながら資料を読んでいた。

「やぁ、おはよっさん」

「あんた、なぜここに? というかここはどこなの?」

「家主が亡くなって空き家になってるアパートだよ、隠れ家として使わせてもらってる
まぁ、簡単に言うと住居侵入罪及び不法占拠だな」

「あの男は?」

「君をさらって逃げる時にまいたよ、あぁ、たらこパトゥテァはいかがかな?」

こじんまりとしたテーブルの上にカセットコンロが置かれ、ぐつぐつとパスタが煮えている。
藤木はあからさまに不振がる表情を隠さずその場に座ると、五郎に話しかける。

「これであんたに助けてもらうのは二度目って訳ね、何が目的なの?」

「藤木志鶴 高杜高等部三年 成績優秀にて素行良好……だが
高杜学園の担任教諭一人と関係を持ち、ついには妊娠、打ち明けた教諭に勧められ堕胎、
その後、不仲となり別離……自分を捨てた男に対し復讐を計画する」

「……!? なんのつもり!!」

「この資料に書いてあるのを読んだだけだよ、ともかく殺害を計画する際に身につけた、その能力。
俺が知りたいのはその能力の出所、それに加え君に能力を与えた人物の目的、この二点だ
あの教諭も職を退いて公的な裁きを受けたことだし、君の復讐心も気が済んだだろ?」

五郎の顔を睨みつけていた志鶴の体から燐粉が吹き上がると、五郎の周囲を漂い始める、
しかし、しばらく思い直すような仕草を浮かべ、燐粉を消散させると五郎に対して交換条件を持ちかける。

「私にこの能力が備わったのは、彼女に出会ってからよ」

「彼女? その辺を飛ばされるとわからないんだが?」

「名前は知らないのよ、まだまともに喋れないほど小さな子供なの、
当然、私にこんな能力をくれた理由もわからない……これで満足?」

「その子に会えるかな?」

「いいわよあわせてあげる、その代わり交換条件、この隠れ家を私に頂戴、
どうせ、ここ以外の場所にもあちこち入り込んでるんでしょ?」

「まぁ、いいけど、犯罪はよくないと思うよ?」

五郎の発言を嘲るように一笑すると、志鶴の案内でアパートを抜け出し二人は電車に乗り込む、
周囲の奇異の目をかいくぐりながらも二人は高杜の郊外、高見山の山道付近を登り始める。

「まさかとはおもうけど、ハイキングに来たわけじゃないよね?」

「すぐそこよ、ほら、あそこに見えてきた」

志鶴が別荘のようにも見える古びた邸宅を指さすと、きょろきょろと回りを見渡しながら誰かを探している、
五郎がミネラルウォーターに口をつけ飲みながら、玄関口を覗き込むと、小さな足音がパタパタと聞こえてきた。
不意に1・2歳児くらいの女の子がひょこりとドア越しに顔を出すと五郎と目が合い、慌てて姿を隠す。
志鶴は五郎を押しのけ、玄関から中に入ると姿を見せない子供に優しく語り掛けた。
653普通の日常:2008/09/25(木) 19:07:30 ID:lL0urUWi

「大丈夫よ凛ちゃん、ママのお友達だから」

「まま?」

少女が再び顔を出し、志鶴の姿を見つけるとぱぁっと笑顔を浮かべ志鶴の脚にしがみつく、
困惑した表情を浮かべる五郎を他所に、抱っこをしながらなにやら話し込んでいる。

「わんわきた」

「わんわんきたの? 仲良くしてあげた?」

「うん!」

(こりゃ、話をするどころじゃないな……)

五郎は軽く溜め息をつくと、子供の姿を観察する、白い肌が淡く発光するように浮かび上がり
生気のない目で志鶴の目を見据えている、傍からみれば志鶴が憑かれているように見えなくも無いが、邪念のようなものは感じられない。
玄関先の部屋の一つを覗き込むと、部屋の中は意外に整頓され床にはぬいぐるみが散らばっていた。

「いかがかしら名探偵さん? 何か手がかりは見つかった?」

「しばらく探索させてもらうよ」

「まんま……」

「はいはい、おっぱいね」

様子をみていた五郎を志鶴がぎろりと睨みつけて追い払うと、五郎は鼻をすりながら二階への階段を登る、
恐らくは両親の寝室だろうと思われる部屋をしばらく探索し、隣にある書斎に辿りつくと、
指で埃を払いながらタイトルをなぞり題名の無い本の一冊を手に取った。

「日記帳か? 日付はあるが年号が書かれてないな……」

ぱらぱらと指でめくり、最後の日付から数日を読み返してみる、
無精者なのか思い出したように日付を飛ばしながら書かれており、メモ帳代わりに日記を書いていたようだ。
654普通の日常:2008/09/25(木) 19:08:18 ID:lL0urUWi

十月二十七日(晴れ)

 妻の容態思わしくなく、養生の為に高見山の山荘へと移り住み、はや二年、
次第に症状は快方へと向かい、笑顔で話す彼女の姿が見られるようになった。

 娘が元気よく走るようになった、いずれ三人で海を見にゆこうと思う、
晴れが続けば空気が澄んで、きっと煙突岩も望めることだろう。

十一月四日(雨)
 
 街医者の定期健診によると、冬場で体調を崩さぬよう、抜かりなく注意するようにとのこと、
書斎の場所を移し、妻の寝室の脇の倉庫へと移し変える。
私がどたばたと慌しく動く様子を見て娘が目を白黒させていた。

 以前遊びにいった、海辺にて凛に友達が出来たようだ、姿は見せぬがいるという友達に、
私にもこんな時期があったと思い起こし、適当に相槌を打つ。

 神社の境内にて参拝、妻の容態の回復を願い家路に向かう。
高見神社には御神体というものがあると伝え聞くがそれはどのようなものであるのか、
ご利益があるのであれば、ぜひ一度拝見してみたいものだ。

六月十二日(曇り)

 妻が亡くなり半年が過ぎようとしている、母の死を理解できぬのか、
娘が母のことを尋ねるたびに胸が痛む。

六月十五日(雨)

 娘が友達を連れてくるという。

六月十六日(雨)

 書斎に閉じこもり筆を取る、外にはまだ何者かの気配を感じる。

 きっと私は頭がおかしくなってしまった、その容貌はどのようなものだったか、
さながら海に打ち上げられた水死体のような白い肌、生脈を感じさせない蝋のような手足。
瞳孔が開ききった黒が浮かび上がる両の眼、人の形からぐにゃりと潰れ、体から白い膿を噴き出しながら。
人であった何者かの体から黒い何かが這い出してくるのだ。

 願うならば、今日限りの悪夢であって欲しい。

六月十七日(雨)

 妻が戻ってきた。


――――――――
655普通の日常:2008/09/25(木) 19:10:02 ID:lL0urUWi
これ以降の日記は途絶えていた、それ以降は完全にメモ帳となったらしく『a-07』『b-15』といった
アルファベット数字の組み合わせや、その時に読んだ参考文献と思しき文章が並んでいる。

「似たような数字を書いたファイルがあるな……」

日記の最後に書かれたファイルナンバー『a-33』を手に取ると、彼の最後の研究に目を通す、
『高見山の合戦』 『高見山地下空洞』 『高見山金鉱』 『紫阿童子の伝承』 『人魚伝承』 『高杜の退魔師』
高杜学園のタブロイド新聞部に見せれば、目の色を変えて飛びつくような、研究結果が山積みである。
唐突に横から志鶴が顔を出すと、五郎に語りかける。

「どう、進展しそう?」

「あぁ、ここの家主さんは大したもんだよ……少しオカルトじみてるけどね
手始めに『高杜の退魔師』辺りから手を付けてみるかな、住所目録もあるみたいだし」

「退魔師の連中なら知ってるわよ、この子を祓おうとしてるんだもの」

凛が志鶴の足元からひょっこりと顔を出すと、五郎は先ほど読んだ日記の内容を思い起こす、
てれてれとこちらの顔色をうかがう、この少女がいきなり化け物になるとも思えない。
五郎が鼻の横に手を添え、わにわにと指を動かし、おどけた顔をして見せると、凛はくすくすと笑いながら笑顔を返した。

「一般的な知識で言うなら、高見神社の大鳥居は外界と神域を繋ぐ門、
いわば霊の通り道とも言えるわな、その高杜市と神社の間を塞ぐように学園が建てられている」

「だからこんな事態が起こるっていうの? やっぱり学園の連中が悪いんじゃない
余計な場所にあんな馬鹿でかい学園建てたから祟られてるんだわ、きっと!」

「まぁまぁ奥様、怒るとシワが増えますわよ?」

「誰が奥様よッ!?」

「あらら、こっちの祟りの方が怖そうだ、んじゃまぁ有名所っぽい
『退魔師』さん宅にアポなしで突撃取材でもしてみるかな……」
656普通の日常:2008/09/25(木) 19:10:51 ID:lL0urUWi

三人は列車に揺られ高杜市の郊外へと足を運ぶ、五郎は頬杖をつきうなだれるように頭を抱えながら
深く溜め息をつくと、横で凛が座席の上に膝をつき、目を輝かせながら窓の外を眺めている。
それをみた志鶴が凛の脚をつつき注意する。

「こら、凛、お行儀悪いわよ」

「やぁもん!」

「んじゃ、あっちの席に移ろうか、座りながら外も見れるし……
というか何で君ら、ナチュラルについてくるんですか?」

「このままコソコソ隠れて生きていくつもりなんて毛頭無いのよ、
この子だって自由にさせてあげたいし、年齢的に幼稚園に通わせてあげたいもの
連中に掛け合って直接交渉するのよ」

学生二人に幼児一人、女は着替えを詰めたバッグを脇に抱え、子供と二人で窓の外を眺めている、
五郎は乗り合わせた隣席の中年達がひそかに話す内容をそれとなく聞き流しながら、早く着くよう心から願う。

「年取らないんですけどね、その子」

「仮にこの子が人間以外の何かだとしても、私には関係ないわ……」

「――そうか、そうだったな」

その何気ない一言で五郎は彼女のことを思い出そうとする、もやがかかったように焦点が合わない古ぼけた記憶の中でも、
彼女と交わした言葉と記憶はいまだに脳裏にこびりついて離れなかった、高杜の暗部でうねる不可思議な怪異。
これらの現象を巻き起こした原因を究明することで、彼女への供養としたい、そして出来ることならば……
五郎は電車の中から流れる景色を眺めながら、目的地への到着を待った。
657普通の日常:2008/09/25(木) 19:11:37 ID:lL0urUWi

目的地に到着しバスに乗り換えると、五郎は凛を背におぶりながら、険しい山道の中を登っていく、
すでに若干日が沈み始め、西の空は赤く染まっていた。

「ちょっと松田、まだ着かないの?」

「もう少し先だよ、こんな山奥じゃ既に取り壊されてて、骨折り損になりそうだけど、
もしいなかったら、この近くの民宿に一泊だぁね」

「くぅ……くぅ……」

「あら、凛、寝ちゃってる……」

汗を拭いつつ、五郎が坂の上を見上げると、道の前から一人の男性が歩きながら近付いてくる、
五郎は軽く会釈すると、男は礼を返し後ろにいる凛の顔を覗き込み、唐突に話し始めた。

「この子は見覚えあるなぁ、外に出しちゃったのかい?
この辺りは色々と危険だから、子供が無闇に近づくといけないよ」

「あなたが退魔師の……」

「はい、私が正法院 将之です、立ち話もなんですので、私の家に寄っていかれますか?」

「えぇ、助かります、今からお伺いする予定でしたから」

勝手に話を進める五郎においてきぼりにされた志鶴はむくれた顔を見せると、五郎のふくらはぎにげしげしと軽く蹴りを入れた。
四人は山道の終点となる階段を登り、簡素な造りの鳥居を潜ると、わらぶきの民家に辿りつく。
軒先では五郎と同学年と思われる筋肉質の少年が薪割りをしており、将之の姿を見つけると作業を中断し、言葉を投げる。

「あれ? 師匠、用事はもういいんスか?」

「えぇ、もう済みましたよ……あっと、この子は私の弟子の田亀義明君です
田亀君、この二人にお茶とお子さんにはお水を出してあげてくれないか?」

(眉毛太ッ!!)

(眉毛が太いわ……!!)

「こちらです……ってどうかしました?」

658普通の日常:2008/09/25(木) 19:12:26 ID:lL0urUWi

眉毛の太い義明に案内され居間へと通される、寝ぼけまなこの凛に志鶴が水を飲ませる横で、
将之はゆっくりとその場に座り、眼鏡の位置を直すと、五郎の質問を待った。

「して、この私に如何様なご用件で?」

「えぇ、それは……」

「私達をつけ狙うのを止めて欲しいんです、今すぐに!」

五郎の横から割り込むように、志鶴が願い出ると将之は目を丸くして驚くと、
こほんと小さく咳払いをし、志鶴の要求に受け答えた。

「その子に関しては我々はそのままにしておくという、方針を打ち出しています、
しかしそれはあくまで高見山のふもとから出なければの話でして……」

「出ると何か不味いことでもあるのかしら?」

「今、我々が通ってきた場所に鳥居がありましたね? 
鳥居とは神域を守ると同時に結界を担う役割を持っています、しかし、その子のような死と生の中間を彷徨う人々は、
一度結界の外へ出れば、雑霊・悪霊の類の影響を受けやすくなるのです」

「つまり……高杜の一部結界、高見神社や高見山の結界の外に出た場合、この子も妖の類になるということですか?」

五郎の言葉を聞いた志鶴は、大きな目を見開きぽかんと口を開けている凛と顔を見合わせると、
将之から庇うようにその小さな体を抱きしめた、将之は若干焦った表情をみせ、手を左右に振りながら、
五郎の言葉を否定するように言葉を付け加えた。

「いえいえ、確かにそうなれば我々退魔師の仕事になりますが、
早々起こることではありません、無闇に外に連れ出さなければご心配は無用です、
その子は見た目実体を保ったままの状態のようですし、危険は少ないですよ」

「あぁ、やっぱり連れ出すのは不味かったんですねぇ……だそうですよ、藤木さん」

「松田だって止めなかったじゃない、そんなこと知ってたら、私だって連れ出さなかったわ!」

「師匠どうします? もう夜も遅いようですけど……」

話し込んでいる横で義明が将之に耳打ちすると、将之はしばらく考えた後に、三人に泊まっていくよう呼びかけた。
客室に布団を二つ敷かれ、志鶴は五郎を睨みつけながらずりずりと布団を引き離すと、凛を腕に抱きかかえながら眠りにつく。
部屋の明かりが落ち、五郎が布団の中で目を閉じると横から志鶴が話しかけてきた。

「松田、今日は色々と……その、助かったわ」

「――そりゃどうも」


五郎はまどろみの中で夢を見る、自らの体が朽ち、頭や腹が生々しく裂け、臓腑が周囲に飛び散り、妖が自らの体の内から這い出してくる夢を……

誰もが悲鳴をあげるような悪夢を見ながらも、五郎はえも言われぬような心地よさと安心感を抱き、眠り続けた。
659普通の日常:2008/09/25(木) 19:14:34 ID:lL0urUWi
一応、最後まで書き終わってますが、容量が厳しいので投下終了です。
660名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 20:46:33 ID:urGpSfHe
GJ!!
格調高く忍び寄る恐怖。早く続き読みたいです。
661名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 21:20:10 ID:v08ZY+D+
次スレ案内

シェアード・ワールドで青春物語part2
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1222343981/
662名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 21:57:17 ID:5GQtyQ1x
スレ立て乙!
663早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/27(土) 23:44:28 ID:572OYTap
 うっかりしてた。
 寮に帰り、ドアを開けて中に入った瞬間、御上は冷蔵庫が空っぽだった事を思い出した。
 朝は覚えていたのに学園にいる間にすっかり忘れてしまっていたのだ。

 財布の中身を確認するとあまり手持ちがない。
 買い物の前に銀行に行かなければならない。
 頭の中で予定を考えながら制服を脱いでハンガーにかけ、私服に着替える。



 向かったのは高杜モールにあるスーパー。
 惣菜などが安いのでこちらに来てからは重宝している。

 米二キロとレトルト各種、カップ麺を数個に二リットルの飲料水と冷凍食品、あとお菓子も少々。
 もっと買いたかったが、一人では限界がある。

 両手に買い物袋を下げて高杜モールから出た御上はその直後、腹部に突然の圧迫を受けた。
 不意の衝撃に視線を落とすと、すぐにその原因が判明した。
 何という事はない。
 子供がぶつかってきたのだ。

 小学校低学年か中学年くらいの少女で、長い髪に華奢な手足、人形のように整った顔立ちは可憐で愛くるしい。
 ぶつかった時のダメージから結構な勢いで走っていたと思われるが、不思議と少女の息は切れていなかった。
 その少女は驚いたように目を瞬かせ、御上に何度も頭を下げる。
 人通りの多い往来で子供にそんな事をされてはばつが悪い。

「ごめんなさい」
「あ、いや、別に怒ってないし」

 宥めようとする御上だが、少女は相変わらず謝るばかり。
 彼等の背後で買い物帰りの主婦がひそひそと会話を始める。
 その空気に耐えられなくなった御上は、少女を抱えるようにしてその場から退却する。


 後で人から聞いた話だが、その日、高杜モール周辺に女児誘拐犯が出没したらしい。
 物騒な話だ。



664早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/27(土) 23:46:04 ID:572OYTap
 逃げ出した御上はモール近くの公園にあるベンチに座る。
 夕日が沈み始める時間なので遊んでいる子供の数も少ない。
 ビニール袋の中を漁って買ったばかりのスナック菓子をさっそく開封する。

 少女は最初、初対面の相手の出した物に警戒したのか、なかなか手を付けようしなかったが、暫くすると少しずつだが、手に取って食べるようになる。

「美味しいか」
「……うん」
「そりゃ良かった。勝手に連れてきちゃったが、どっかに行く予定とかあった?」

 少女は無言で首を横に振る。
 良かったと内心で安堵した御上は、肝心な事を忘れている事に気付いた。

「そういえば、名前聞いてなかったな。俺は御上、御上錬冶」

 少女はまたしてもだんまりだったが、肩から下げていたポショットから一枚の名刺を取り出した。
 迷子になった時の為に親が持たせていたのだろうか。
 その名刺には大きな字で「雨都みか」と書かれその上に小さく「あまさと みか」と書かれていた。

「へえ、みかちゃんか。よろしくな」
「……うん」

 それから二人は色々な事を話した。
 とは言っても、御上が一方的に話し続け、みかがそれに相槌を打つという形だったが。



665早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/27(土) 23:47:27 ID:572OYTap
「ロリコン」

 突然の声に誰だよ、と振り向くと、公園の入り口から一人の女がこっちを見ていた。
 高杜学園高等部の女子の制服、肩口で切り揃えられた黒髪。
 左手で鞄を持ち、右手で日傘を差している。
 同級生の九条恭華だ。
 日傘って何処のお嬢様だよ、と思うが実際に恭華はいいとこの令嬢だったりする。

「可哀想なまきちゃん。まさかあなたが幼女趣味だったなんて」

 失礼な事を言いながら隣に座る。

「部活の帰りか?」
「ええ」

 人の買い物袋の中からペットボトルを取り出して当然のように飲み始める。

「腕の立つ弁護士を紹介してあげるし、慰謝料が払えないならといちで貸してあげる」

 こいつの中では自分は完全に性犯罪者扱いだ。

「俺はペドじゃない」
「さあ、お姉さんと一緒に帰りましょう」

 御上の言葉を恭華は無視。
 鞄の取っ手を手首にかけ、日傘を持ち替えて空いた手を差し出すが、みかは顔を伏せて無反応。
 しばらくそうしていたが、手を掴まれる事はない。
 気まずいのを誤魔化す為か、恭華はスナック菓子に手を伸ばす。

「これガーリック味? 私は嫌いなんだけど」
「知るか。いや、知ってるけど」

 勝手に飲み食いされた挙句に文句を言われたのでは堪ったものではない。
 一度手に取ったものを戻すのは抵抗があるらしく、恭華は渋々と言った表情で口に放り込む。
666早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/27(土) 23:48:44 ID:572OYTap
「飲み物、スポーツドリンク以外にないの?」
「ない。欲しかったら自分で買え」
「じゃあ、いいわ」
「お前、飲み食いした分は金払え」
「そうだ。記念に写真撮りましょう」

 自然に聞き流して鞄の中から携帯を取り出してこちらに向ける。
 対象は自分ではなく、みかだろう。
 本人の了承を聞かぬまま、携帯はパシャリと音を鳴らす。

「聞いてなかったけど、名前は? 私は九条恭華」

 尋ねるが、みかはもじもじするだけでなかなか答えようとしない。
 人見知りでもするのだろうか。
 仕方ないので代わりに御上が答える。

「雨都みか」
「あまさとみか……どんな字?」
「空から降る雨に京都の都にみかは平仮名だ」
「ふーん」

 呟きながら親指を素早く動かして携帯に文字を打っていく。

「そんなの記録してどうするつもりだよ」
「別に深い意味はないけど」

 記録が終わったのか、携帯を鞄に仕舞って再び日傘を持ち替え、こちらを向いたまま後ずさりする。

「じゃあね、みかちゃん。また会えるといいわね」

 鞄を持った手をぶんぶん振りながら公園から出ていく。
 慌ただしい女だと御上は嘆息する。
 昔からあの行動力には振り回されっぱなしだ。
 まあ、あれで意外と体が弱く、貧血で倒れる事もしばしばあったが。

「……あの人、怖い」
「はは。取って食ったりはしないさ。っと、こんな時間かそろそろ帰んないとな」

 公園内の時計を見ると意外に時間が経っていた。
 それだけ熱中していたという事か。
667早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/27(土) 23:50:04 ID:572OYTap
「送っていくよ」

 こんな時間まで付き合わせた以上はそれが最低限の礼儀だ。
 しかし、そんな御上の思いとは裏腹にみかは首を横に振る。

「大丈夫。一人で帰れる」
「まだ小さいだろ」
「近いから」
「だとしても暗くなってきてる」
「暗くてもちゃんと見える」

 そんな問答が一頻り続いたが、遂にみかは根負けし、御上が送って行く事を承諾した。



 みかの家は南部の住宅街にある一軒家だった。
 なかなか立派な家だと感心しながら表札に雨都とあるのを確認。
 玄関の前には植木鉢が並び、ドアには手製のネームプレートがかかっており、そこには「香々斗、瀬尾、みか」と書かれていた。

「……」

 家の前に来た時から気になっていたが、もう暗いのに、家に電気が点いていない。

「二人とも居ない」

 悲しげにみかが説明する。
 共働きか。
 まだ小さい子供がいるのにどうかとは思うが、人様の家の事情にまで首を突っ込む訳にはいかない。

 みかは鍵を開けてとぼとぼと家の中に入っていく。

「なあ、みかちゃん。また、今度一緒に遊ぼう」

 振り向いた時の彼女の表情が今でも記憶に残っている。
 冷凍食品は自然解凍されていたが些細な問題である。

668早明浦観測会 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/27(土) 23:51:40 ID:572OYTap
以上です
丁度いい具合に埋められてよかった
669名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 00:14:16 ID:Ag0KMjjQ
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670名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 00:15:53 ID:Ag0KMjjQ
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671名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 00:17:39 ID:Ag0KMjjQ
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672名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 00:19:03 ID:Ag0KMjjQ
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673名無しさん@お腹いっぱい。
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