それにしても長い。自由に動く事も許されず、かつ喋る事も出来ない立ちっぱなしは非情に辛い。私のようなガマン弱い人間には。
時計があれば良いのだがな……生憎、腕時計は自宅に置き忘れたままだ。確かマキナ君が持っていたな……。
……あ! 私は思い出して、猫目にマキナ君の事を聞いてみた。兵士がいる手前、なるたけ波風を立てぬ言い方で。
「……所で、私の助手は大丈夫なのかね? 運んでくれたようだが」
兵士達が微妙に動いた気がした。猫目は文庫本をしまうと、私に顔を向けて。
「彼なら大丈夫です。前もって運んでおきましたから。何たって貴重な人材ですからね。無論貴方も」
猫目がそう言って微かに微笑んだ。彼女なりの優しさなのか、それとも皮肉なのかは、今となっては分からない。
この猫目……名前は明かす訳にはいかないが、私は完全に彼女に翻弄されてしまった。
もちろん色恋ではなくてね。そんな年でもあるまい。
「そろそろ着きますよ。準備しておいて下さい」
猫目が一転最初の頃のストイックな口調でそう言ったので準備をしておく。心の準備をね。
周囲を囲っている象形文字の壁面は途切れないが、じりじりと端に近寄って下を見ると、なるほど、地面が見えてきた。
殺風景な黄金色の地面だ。物と言える物は何も置かれていない。てっきりまた兵士が待ち構えているかと思えば、人もいない。
次第に目線が下がってきた。降りてきている事が実感する。その内、昇降機は着地音も出さずに地面に着地した。
「慌てずにゆっくりと降りてください、お気をつけて」
他の兵士達が素早く昇降機から降りるので慌てて降りようとした時、猫目がそう言った。少し恥ずかしい。
私が言われたとおり、ゆっくりと昇降機から降りて、最後に猫目が全員が降りた事を目で確認した後、自ら降りる。
全員が降りると、円盤型の大きな昇降機は、ゆっくりと上昇すると……一気に上へと加速して見えなくなってしまった。
改めてこの空間が以下に巨大で壮大なのかかが分かる。周囲を囲む壁面の壁はどこまでも伸びていて、天井など見えない。
恐らく、あの昇降機を使わなければこんな場所に来る事等出来ないのだろう。そしてつくづく思う。
これは明らかにオーバーテクノロジーだ。人為的にしても、今の時代でこれだけの建築物が作れるなどありえない。
ならば・・・・・・ならば、これを我が物としている彼奴らはいったい……。
ますますテロリストなどという組織の範疇ではなくなった事は確かだ。
その時だ、私の耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。まさか……と思い、私は声の方へと振り向いた。
「ここまでの長旅、ご苦労様でした。バルホック博士」
「マ……マキナ君?」
投下終了です
毎回小出しで申し訳ない
>>535 これは成長したクロ? 匪賊フルボッコ過ぎて涙目。
最後は特務入局フラグか、返り討ちフラグなのか気になるところ。
>>539 空の世界は不思議がいっぱい。しかしこのカエルこわっ!?
>>544 いつもまとめサイト運営乙であります!
>>547 博士あの男についていい加減引っ張り過ぎだぜと思ってしまた。
>>547 投下乙です。そして「あの男」はいったいどんな人物なのか。まあ、分かっているんですが。むしろ気になるのは猫目です。何者なのか。
マキナ君はえらくすましていますがこれはひょっとすると。
本日もUPします。
(1/4)
洞の中を這い進んでいた黒貂は、長時間の匍匐前進の後に木幹の
中の大きな空間へと這い出た。そこは木の内部とは到底思えない
ほどに広大で、外の世界と見紛う程に明るいところだった。そしてそこ
に広がっている光景もまた、そこが木の中の世界であるという事を
忘れさせるのに足る、壮大なものであった。
誰がどのような目的でこのような場所にこのようなものを作った
のかは定かではないが、そこは巨大な大樹の中に作られ、多くの
人々が暮らしている、紛れも無い町だった。
人々が行き交う道路は木材で綺麗に整備され、その無駄の無い
敷設のされ方からは確かな計画性が感じられた。舗装された道路
の両側には木造建築の家屋が立ち並び、規則的に広がる屋根の
群れの遙か彼方には、神殿や王城のように見える巨大な建造物
までもが確認できた。
ここは、一見するだけではどれ程広大なのか把握する事すら
出来ないほどに、広く巨大な都市だ。恐らくは、木の内部に残され
ていた古代遺跡を再利用しているのだろう。ただ、彼女の進入方法
から察するに、通常は外界とは隔絶された場所である事が推測
できた。確かに、どこにも出入り口のようなものが見当たらない。
(2/4)
これ程の光景が眼前に広がっているにも関わらず、彼女は自身の
身体と背中に背負った荷の両方の無事を確認すると、慣れた
足取りで雑踏の中へと消えていった。この光景に僅かばかりも
圧倒される事なく、その足取りは自然そのものであった。
「ラル遅いなあ。どうしたんだろう、迷子にでもなったのかな」
一人の少年がそう呟いた。どうやら誰かを待っているらしい。
そこは、神樹【トゥルカム】の中の都市【トゥルカミア】に立ち並ぶ
木造家屋の一つだった。その建物の小さな部屋の中で椅子に
腰掛けながら、彼は小さな窓から見える遠くの景色を眺めていた。
黒い頭髪に黒い眉、そして同じく黒い大きな瞳。それらが白い肌
の上で一層際立って見える。上品な白い衣服で身を包んではいるが、
そこから伸びた手足についている傷やアザから、彼の腕白ぶりを
容易に窺い知る事ができた。
「美味しいものでも食べてるのかな。早く戻って来ないかな」
今日だけでも幾度と無くついたであろうその溜め息を更に量産
しながら、未だ戻らないその誰かを待ちわびていた。退屈さを
正確に具現化した動作で、前髪をかき上げる。
(3/4)
サラサラとした黒髪の下から白い額が現れ、そこに描かれた
奇妙な模様が露になった。小さな菱形のタトゥのように見える
その模様は、周囲を取り囲むように細かい文字が書き込まれており、
菱形の中央部分には周囲の模様よりも数段濃い色で鍵穴に似た
印が描かれている。
ここ【トゥルカミア】の人々は、都市のいたる所から伸びている
神樹【トゥルカム】の枝をこの額の印に接続することにより、
神樹から様々な情報を受け取る事が出来るのである。
かき上げた手と反対の方の手で、少年はその模様の縁をなぞる
ように額に触れた。そして、彼の指先が中央の印に触れそうに
なったその時、窓の上方の死角から女性のものと思しき声が
聞こえてきた。
「セイユ、お前に忠告する事が三つある」
セイユと呼ばれたその少年は、その声を聞くや否や窓から顔を
突き出し、声のした上の方向へ勢い良く振り返った。そこには、
一匹の黒い貂が立っていた。身体の埃はすっかり綺麗に毛づくろい
してあったが、背中に背負った風呂敷包みの裂け目はまだそのまま
だった。先程までカエル達と”不協の三重奏”を奏でていた、
あの黒貂である。
(4/4)
「ラル、おかえりなさい!」
ラルと呼ばれたその黒貂は、セイユの呼びかけを全く無視して
自分の台詞を続けた。
「一つ、私は道に迷った事が無い。二つ、私はお前のように
食いしん坊では無い。そして最後に、私の名前は
”漆黒のラルポルト”だ。勝手に省略するな。以上だ」
そう言い終わると、彼女は窓から突き出たセイユの額にヒラリと
舞い降り、辺りの様子を警戒しつつ軽やかな身のこなしで部屋の
中に飛び込んだ。
「ラルってばいきなり顔踏まないでよ。帰ってくるの遅かったから
心配してたんだよ」
セイユも負けず劣らずラルポルトの台詞を無視して、先ほどまで
座っていた椅子に再び腰を下ろした。いちいち訂正していてはきりが
無いと悟ったのだろうか。彼女は表情に若干の不機嫌さが現れて
はいるものの、再び呼称について五月蝿く言う事はせず、背負って
いる荷物を無言で降ろした。素早く風呂敷を広げ、中の物を露にする。
風呂敷の上に、一振りのナイフと一体の人形が姿を現した。
また明日にもUPします。
よろしくお願いします。
557 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/18(木) 22:55:14 ID:FTzfPeTI
>>556 投下乙です。
さてさて、風呂敷より取り出したりますはナイフと人形。
分かりました。ずばり、呪いですね。丑の刻参りですね。
設定をよく練られているのが分かります。新しい舞台の登場ですね。
こちらはファンタジー要素が強そうです。
558 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/18(木) 22:56:14 ID:oAZ3b65R
投下乙です。
これは「上」とはまた別に存在する空のコロニーか?
額の紋様で情報やり取りとか、独自の生態系が発展してるっぽい描写が新鮮だなぁ。
>>556 どうもです。
呪いとは鋭いですね!若干かすってます!
この一人と一匹が色々旅をして、ネラースの
色んな地域を訪れるような展開にしたいと思っています。
確かにファンタジー要素強いです!
ファンタジー大好きなもので。
>>557 こちらもどうもです。
中途半端な位置に浮いてる大樹って感じで、ラピュタ的な
イメージです。この木に住んでる人は、木の実から生まれて
性別が男性のみ、木に人口を完全に制御されております。
ずれましたすみません!!!
>>556→
>>557 >>557→
>>558 です!せっかく読んでいただいて感想まで頂いたのに、申し訳ないです!
>>558 額の紋様のあたり、けっこうふわっとした設定しかないので、良いアイデアとか
色々いただければ嬉しいです!
連投で申し訳ないですが、明日UPできなさそうなので
残りを今日UPさせていただきます。6連投です。よろしくお願いします。
(1/6)
ナイフは、セイユの広げた掌程の長さの刀身に、装飾性の無い
木製の黒い柄が付いていた。刀身を覆う皮製の鞘も特に変わった
ところは無く、それはごくありふれた一般的なナイフだった。しかし、
一緒に包まれていた人形の方はかなり奇妙な代物だった。
大きさはナイフの刀身程度しかない小さな人形だったが、良く見ると
非常に細かく作りこまれているのが分かる。手足の関節は言うに
及ばず、指の一本一本、目や口に至るまで、細部まで駆動する
ように作られていた。衣服を着せられているため詳細は不明だが、
その服の中に隠された胴体も、恐らく露出している部分と同じくらい
丁寧に作りこまれているのだろう。瞳や唇もしっかりと付けられ、
頭髪や眉毛まで生えている。
サマンの帝都にある魔女窯通りくらいでしかお目にかかれない
ような、奇妙な人形だった。まるで、今にも動き出しそうだ。もしか
したら小型の自動人形か何かだろうか。
「ねえねえ、これが例の人形?すごい、ちょっと触ってもいい?」
セイユは椅子から立ち上がると、その黒い瞳を好奇心という名の
光でキラキラと輝かせつつ人形に手を延ばした。すかさずラルポルト
がその手を引っかいて阻止する。
(2/6)
「駄目だ。我々にはそんな事をしている時間は無い」
ここへ来る途中入念な毛づくろいを済ませてきた自分の事は
棚上げして、いつものように冷たくセイユをあしらうと、彼女はナイフ
と人形の前に座って彼を見上げた。瞳からはただならぬ威圧感を
放っている。引っかかれた手を舐めながら、セイユも大人しく椅子
に座り直した。
「もう一度聞くが、本当にいいんだな?」
ラルポルトの口から放たれた台詞で、部屋の空気が一変した。
今までとはまるで違う、ピリピリと張り詰めた雰囲気。彼女の目から
放たれた威圧感が辺りの空気に満ち満ちているのを、セイユも
肌で感じていた。
一度生唾をゴクリと飲み込むと、彼は彼女の質問に答えた。
「うん、自分で決めた事だから」
そう頷くと、セイユは再び椅子から立ち上がり、今度は人形ではなく
ナイフの方を手に取って、勢い良くそれを鞘から抜き放った。その
額には汗が、そしてその顔には笑みが、それぞれうっすらと見て
取れる。
「どうしても出来なければ、私が代わりに……」
(3/6)
そこまで言って、ラルポルトは続きの言葉を飲み込んだ。飲み
込まざるを得なかった。それ以上言葉を続ける事を、目の前の
光景が許さなかったのだ。彼女の目の前で、セイユの持っていた
ナイフが深々と彼の左胸に突き刺さり、白い衣服に赤い大きな
模様を描き出していた。彼は依然として笑みを浮かべている。
生地の含有許容量を超えた血液が、ナイフの柄を握ったままの
彼の右手を伝う。右肘から滴るその赤い雫が床に新たな模様を
描き始めると、彼の身体はふらつき、そのまま仰向けに床へと
倒れこんだ。
「……全く、本当に人の話を聞かんヤツだ」
もはや何を言っても独り言にしかならない部屋の中で悪態をつくと、
ラルポルトは風呂敷の上に寝転がっている人形に片方の前足を
かざし、何やら呪文めいた言葉をブツブツと発し始めた。何かの
儀式のようである。瞳を閉じ、かなり集中している。
(ここのマナ濃度なら、今の私でも大丈夫なはずだ)
暫くの間、彼女はその姿勢のまま人形に対して呪文の言葉を
投げかけ続けた。そして口調が徐々に激しくなり、目を見開くと
同時に荒々しく最後の言葉を言い放つと、彼女はその場にぐったり
と塞ぎ込んでしまった。肩と腹部の激しい上下運動が、その
儀式に必要な体力と集中力の膨大さを雄弁に物語っている。
(4/6)
「ハァハァ……セイユ、聞こえているなら返事をしろ。すぐに
出発するぞ」
疲労で気が動転しているのだろうか。ラルポルトは、先程彼女の
目の前で自ら命を絶ったセイユに対して突然呼びかけた。眼は
閉じたままだ。呼びかけたところで、彼からの返答があるはず
も無い。しかし彼女は、再び彼に呼びかけた。
「おいセイユ、返事をしろ!」
血の海に横たわるセイユは、彼女の二度の呼びかけに対して
全く微動だにしなかった。彼が死人である以上、それが当然の
結果である。
「ラル聞こえてるよ。ちょっと声の出し方が分からなかった
だけだから」
しかしこの呼びかけに対して、あるはずの無い返答が返ってきた。
セイユの声だ。しかしその声は倒れているセイユの身体ではなく、
床に広げられた風呂敷の方から聞こえて来ているようだった。
眼を開けたラルポルトも、セイユではなくまっすぐそちらの方向を
見つめている。突然、風呂敷の上に寝転んでいた人形が
起き上がり、彼女の方を振り返った。
「まだ慣れないけど、ちょっと楽しいねコレ」
(5/6)
しゃべっていたのはあの人形だった。手足をフラフラさせながら
踊っている人形に向かって、呼吸を整え終わったラルポルトから
鋭い一声が飛ぶ。
「我々には時間が無いと、さっきも言ったはずだぞセイユ。
すぐに出発するぞ、もたもたしてないで早く乗れ!」
彼女はその踊っている人形の事を、セイユと呼んだ。そして人形の
ほうもその呼称に対して自然に反応し、言われるがままに床に臥し
ている彼女の背にまたがった。
人形が乗った事を確認すると、ラルポルトは入ってきた時と同じ
ように、軽やかに窓枠へと飛び乗り、その勢いのまま窓の上の
屋根までジャンプした。彼らが窓から飛び出すのと殆ど同時に、
部屋の中からドアを蹴破る音と複数の足音が聞こえてきたが、
彼らは振り向く事もせず風のようにその建物から遠ざかっていった。
「しかし、再び貴様を殺す事になろうとはな……」
屋根から屋根へとしなやかに飛び移りながら、ラルポルトが
独り言のように呟いた。
「ねえラル、今何か言った?」
「いや、何でもない」
(6/6)
背中に乗った人形がラルポルトに話しかけたが、彼女はそれを
適当にはぐらかすと走る速度を更に速めていった。
先程の建物からかなり離れたところまで来ると、彼らは屋根の上
から路地へと降り、多くの人が行き交う大通りに合流した。彼らが
雑踏に紛れると、町は日常という名のベールで彼らを覆い隠した。
柔らかく降り注ぐ光が彼らを照らし出そうとしたが、それは日常の
ベールに光と影の迷彩模様を描き出し、”漆黒のラルポルト”を
更に雑踏へと溶け込ませてしまうだけだった。
連投すみませんでした。
今後はラルとセイユを色んな地域に行かせたいです。
ゴールドバーグに行ったりとか、アカデミーや帝都も楽しそう。
そしてジョン・スミスとは是非からみたいです。
今後ともよろしくお願いします。
小隊車両に戻ると、すでにピョートルが運転席から飛び出していた。
車室後方の壁が開かれている横でピョートルが、車両全体に響くような鉄のこすれる音を立てながら、全身でハンドルを回している。
ハンドルごと大きくしゃがみこむ度に、車室の屋根が開いて壁側に折り畳まれるように動き、また側面の壁も車輪の横に降りて行っている。
後方に未だ豆粒のような飛空挺は、ゆるやかながらも次第に距離を詰めてきている。
敵にとっては、先回りしてある程度の距離を取ってから、線路を破壊するのが最も安全なやり方である。
逆に鉄道には、飛空挺への対抗手段がほぼない。
一定以上の高空を飛ばれれば、届く火器はなくなる。そこから線路をやられれば、打つ手はない。
横断車両も飛空挺の意図を察したのか、速度を上げ始めた。
敵がまともなら、横断列車より小隊車両の線路を先に爆破して、分断を図るはずである。よって小隊は横断列車のさらに前に出る必要がある。
チェイニーが爆弾銃を手に取るが、目一杯近づけて届くかどうかである。
ガラティーンはまだ戻ってきていない。とはいえ黒翼族も飛行可能な高度はかなり低い。
仮に飛空挺に乗り移れたとしても、一人ではどうしようもないだろう。
この車両速度も考えれば、小隊車両に戻ってくるのも十分に危険である。横断列車で待機している方がいい。
「ピョートル、代われ」
「あ、はいっ!」
飛び下がった長耳族に代わって、イルがハンドルに手をかける。ピョートルにとっては全身運動だった操作も、イルにかかれば肩から先の仕事に過ぎない。
見る間に展開速度の上がった壁の内側で、固定式の大型砲が出番を待っていた。
車載砲「バロールの目」。
本来は、地方の小隊に配備されるようなものではない。
老朽化して廃棄が決定された本隊の備品を、イルが、荷台に牽いて運搬するという、文字通りの力ずくで獲得してきた装備である。
朽ちゆくばかりのはずの眼は、ピョートルの献身的な介護を受け、再び眼力を取り戻していた。
砲身の形状こそ銃と大差ないが、砲身外部に巻きつく形で数本、射角を絞るかのような円環状の収束呪紋と、
砲身内部に刻まれた砲口へ流れ出すかのような螺旋状の必中呪紋の効果で、そこらの「よそ見」などとは比べ物にならない命中率を誇る。
発掘された時点で刻まれていた紋様に、本隊の呪紋学者が手を加えた改良品だ。
眼光の一刺しは、地を這うものが、空を飛ぶものに対抗しうる唯一の手段である。
車両を外から襲撃する者に対しての備えは十分なされているが、車内での暴動に対処する役割はほとんどを乗務員に任されている。
乗客として乗り込み、一斉に本性を現すやり方は、乗務員の防衛力の低さを突いたものである。
奪うだけ奪った後、操縦室を制圧して最大速度で砂漠に出た後、飛空挺で回収して逃げる。
おおかたそんな作戦だったのだろう。電撃作戦は勝利の近道である。
小隊到着前に事が終わらなかった辺りは、鉄道乗務員の職務にかける情熱、そして空挺師団の手際の勝利と言ってよい。
強盗団の作戦自体は悪くないが、電撃作戦のアドバンテージは、速さにある。
空挺師団は、その速さを完璧に殺し切った。あとは現地の警備隊が決着させる範囲である。
「隊長!」
並走する横断列車の中で、ガラティーンが一番近い窓まで走ってくるのが見える。
「待機!」
命令を吠えたが、ガラティーンは止まる様子を見せない。窓枠によじ登り、身を乗り出す。
既に車両はともに最高速に達しようとしている。
「わっバカ、来たってやることないでしょ!」
チェイニーが慌てて叫ぶが、聞いた様子も見せずに足を踏みきった。
少し後方に流れたのが見えた。
イルは、反射的に車両後方へ飛びだして手を伸ばした。
案の定狙いを逸れて線路へ落ちようとしていたガラティーンの手を掴み、地に足がつく前に車両へ引き上げた。
床へ立たせる。
「隊ちょ」
受け止めてくれることを期待していたらしい面持ちのガラティーンを有無を言わせず殴り倒し、その後一顧だにせずに砲の元に戻る。
「ピョートル」
「やります!」
操縦室から、小柄な人影が転がり出てきた。
すでに蒸気機関は加速の操作が終わっているらしい。蒸気罐の様子見だけをチェイニーに任せ、ピョートルは砲の台座に取りついた。
飛空挺は、補助線路の上に位置取っている。走行中の物体に投下爆弾を当てるのは技量を要するため、前方の線路を爆破する方を取るだろう。
既にその全容が、威圧感を伴ってのしかかってくる距離である。あとは車載砲を、敵がどう思うか。
鈍く輝く輪郭を見て、飛空挺は高度を上げていく。上方向に、届かないと見たか。
「どうだ」
「やれます!」
砲手からは、返事が一言だけ。
「全員、耐衝撃準備」
操縦席のチェイニーから、耳栓の入った袋が滑らされてくる。
身近な手すりにしがみ付き、来るべき衝撃に備えた。
「準備よし!」
「準備よろし」
「準備完了。ピョートル、砲撃準備」
「了解!」
ぎりぎりと音を立てて、車載砲が天を仰ぐ。
視線の先には、後方の線路に影を落とす飛空挺。
これほどの時間が経っていても、列車の仲間を見捨てずに来たのは、はたしてどういう心境だったのか。
砲座にベルトで体を固定したピョートルが、じっと発射装置に手をかけている。
撃った。
起床後の点呼と朝礼を終えれば、その後は事実上の自由時間である。
炊事、洗濯、掃除の当番はこなさねばならないが、後は隊員の裁量に任されていた。
警備隊の訓練スケジュールは存在しているが、有名無実となっている。
環境に恵まれた部署で組まれたスケジュールは、どこの駐在小隊でも従う余裕はない。
よって訓練も整備も、隊員の裁量に任されている。
怠った者は皆、砂漠の風に消えた。
「あれだけやったのに、ボーナスの一つも連絡なしって、ひどいと思わない?」
今日の食事当番はピョートルである。
さっさと準備を終えさせたいチェイニーが、積極的に手伝っている。
「でも、お給金を増やしてもらっても困りますよね」
「そうだねー……」
砂漠の真ん中で金銀など持っていても、使う場所がない。嗜好品などとは無縁の場所である。
「そこはほら、最新鋭の武器とかさ」
「くれるんだったら、もうくれてると思いますよ」
鍋を出しながらもピョートルはそっけない。
駐在小隊に配給される食糧は、大体が保存が利くように加工されたものばかりであり、味は期待できない。
しかし凝り性のピョートルは、そういう食品でもそれなりに食べられるよう、色々と工夫をしているのである。
「そういやカナクイの群れの時も、おっさんが来て『ご苦労だった』で終わりだったっけ」
砂漠地帯に住む、金属を食う甲虫が、線路にとりついてしまった時の話である。
砂漠横断鉄道存続の危機ということで、近隣の駐在小隊をすべて出撃させたにもかかわらず、特別報酬はなかった。
本部長を名乗る男が、このときのために諸君に給金を支払っているのだ、と取りつく島もなく宣言していた。
しかしああして体を張ったからには、なにがしかの褒美が欲しいのも人情だろう。
「木の苗でも申請してみましょうか」
「植えるの?」
「ええ。オアシスから少しずつ。もしかしたら、お給金が使えるような環境にまで育つかも」
「私は退役した時のために取っとくかなあ」
水を入れた鍋を火にかけ、乾燥芋を放りこむ。
小隊長には雑事当番が回ってこない代わりに、書類をすべて担当する役割がある。
必要な情報を小隊に告げ、不必要な情報を自分のところで留めて、小隊の動向を決定する、判断力を要する重要な役である。
イルは、背筋を伸ばして、間もなく来るはずの朝一番の便を待っている。
本隊からの通達や、日用品や生活必需品を含む補給物資が、貨車に満載されて毎日補助線路を走ってくるのである。
今日は線路から伝わってくる震動が、少し重い気がした。
そんなこと胸中を気づきもせず、ガラティーンは不動の姿勢のイルの毛並みに櫛を通す。
「隊長、美しい毛並みです」
灰色の毛皮は、砂漠の塵に薄汚れている。
気を抜けばすぐに抱き締めようとしてくるこの隊員が、ただ単に人淋しいだけであるということを、イルはとうの昔に見抜いている。
チェイニーたちに必要以上に嘲笑的なのも、そうすれば確実に反応が得られるからだ。
一歩誤れば深手を負うような場面へ平然と斬り込むのも、豪胆によるものではなく、戦闘の定石を知らないからでもない。
不憫と思わないこともないが、イルは隊規以外の対処の仕方を知らない。
足元に感じていた貨物列車の地鳴りが、耳でも感じ取れるようになってきた。
車庫の中に、四両立ての貨物列車が入ってくる。
普段と様子が違った。貨物車が一両と客車が一両、増えている。先日の一件もある。久々に装備の補給も期待できるのかもしれない。
それと、側面に鉄道警備隊本隊のレリーフがはめ込まれた客車。窓には重いカーテンが下がっている。間違いなく、重役クラスが来ている。
「ガラティーン、整列」
ガラティーンは無言。すでに列車は、車庫内に停車している。
「ガラティーン」
「まだ胸側が終わっていません」
よって客車の賓客は、行儀よく櫛で梳かされている小隊長と、その隊員が尾撃で跳ね飛ばされる一連の流れを目の当たりにすることになった。
「小隊内での信頼関係が成立しているのだな」
降り立ったのは、カイゼル髭を生やした、小太りの中年男である。
重職に就けるのは、余程卓越した能力や実績がない限り、人間族に限られている。
「失礼いたしました、本部長」
「上官を迎えた時ぐらい、起立したらどうだね小隊長」
両前足を揃えて背筋を伸ばしたイルに、本部長が鋭い笑みを投げかける。
「はい、本部長。我々にとっては、二本足での起立は戦闘態勢を意味します」
「郷に入っては郷に従うものだがね、賢狼君」
鼻血を垂らしながらのろのろと立ち上がるガラティーンに視線を移す。
「お互い、部下の躾には苦労しているようだな」
「恐縮です」
「先日の客車防衛は見事だった。特に飛空挺の撃墜は傑作だった。お株を奪われた空挺師団の奴らが、どんな顔をしているか楽しみだ」
あまりにあからさまな政治的話題である。イルは、一切のコメントを飲み下すことに決めている。
「と、長官殿がね」
笑みに軽侮を滲ませて、本部長は砂漠の向こうにいるであろう鉄道警備部の長官の方へ顔を向ける。
ガラティーンが、イルの隣に直立不動した。
「それで、君たちに称賛の言葉と心ばかりの補給物資を届けに、わざわざこの私が来たというわけだ」
やはり、物資の追加だ。駐在小隊にとっては、百の勲章よりも欲しいものである。
「そう、補給物資、ね」
本部長は、自分の言葉に皮肉な笑いを漏らしている。
普段小隊に配備されるのは、本隊で使われていた、老朽化なり型落ちなりで廃棄が決定した装備品であることは、鉄道警備隊の常識である。
あの顔からすると、あれだけの立ち回りをして、補給物資はいつもの通りということなのだろう。
「あの長耳君は優秀だね。潰れたと思ったバロールの目も、まだ使えているそうじゃないか。また彼に任せるといい。
今回の補給は兵員用の武装だ。人間の小隊員がいたはずだな? 彼女が喜ぶんじゃないかな。この間出土した、駆動機付きの鋸なんてものを積んであるからな」
応じるべき言葉はない。許可が得られるまで発言をしないのが規則である。
だが、ついに兵器のテストの役割まで負わされたか、という思いは残る。
「君たちのような優秀な下っ端が踏みつけにされているあたり、この国も長くないと思うよ」
言い残して、質問を受け付けもせず本部長は背を向けた。手で貨物車に合図をし、物資の積み下ろしを始めさせる。
「どう崩れるかはともかくとして、ね」
そのまま客車に消えていった。
「ガラティーン」
「はい」
直立不動を崩していない。止めなかった鼻血で胸元が赤く染まっている。
後に続けるべき言葉を、見いだせなかった。
「……解散」
「はい」
いつの時代にも、人の営みを脅かす者は存在する。
砂漠に住む金属を食う甲虫や、流れ者の強盗団などから、遺失文明にいたという天を舞う機械や、ひとりでに動く人形まで、多彩な脅威がいた。
種族や手段は変わっても、そうした者がいなくなることはない。
決して少なくない被害は受け入れねばならなくとも、襲撃者が思うまま暴れることを防ぐ目的で設置されたのが、主線に併設された予備線路であり、
その途上に点在する、2,3両程度の車両を止めた小さな停留駅。
砂と陽に焼かれ、古びているが、帝都の叡智を結集して設置された、チェス盤上の妙手であった。
壁面に嵌め込まれたレリーフに、土竜に添うように浮き彫りにされた37の数字。ゴールドバーグ西方地区管轄鉄道警備隊、第37番小隊。
たとえ伝説の邪龍が相手でも、彼らの給金は増えることはない。
これにて第37番鉄道警備隊は結びとなります。
お付き合いいただきまして、ありがとうございました。
荒事をやりたくて書き始めたのですが、帝国の治世が安定していると、荒事の余地がなくて困りますね。
(1/2)
ノミ屋を襲う。入り口を制服二人とシドがかためる。
魔女窯通りの長屋にしけた店構え。二ヶ月前まで、ここは流行らない売春宿をやってたはずだ。
シドに手で合図して、裏へ回った。
野良犬がごみ缶を漁っていて、吼えられるかと思い一瞬身をすくめたが
犬は自分の獲物に夢中でこちらに気がつかなかった。
魔女窯通りに長く居ついた動物は大抵が、界隈に漂う、
メッキのやら何やら分からない怪しい煙や廃液を吸いすぎてボケてしまっている。
そのごみ缶漁りの犬、品種不明の中型犬は、耳が左右ともに腐って落ちかけていた。
ノミ屋の裏口。
ノブだけ残して塗り固められたドアを調べる。鍵穴を覗いてみたが、塞がれている。
ベニヤ一枚の安普請の壁に耳を当てると、相変わらず二、三人の男の話し声が聞こえた。
会話の内容――最近、アレックスの殺し屋が魔女窯通りを頻繁に出入りしている。
地回りのやくざに怯える余所者ども、たぶん空賊くずれ。
表通りを封鎖し始めてから、もう三分ばかり経つ。連中に気取られる前に事を起こさねばならない。
ショットガンを抱き、狭い路地で出来るかぎりの助走をつけて、ドアを蹴破った。
「帝都警察だ!」
売春宿時代の家具や仕切りをどかしたのだろう、
椅子が数脚とテーブルがひとつだけのがらんとした部屋の真ん中に、三人が居た。
立ち上がろうとしたところを撃つと、二人が鹿弾をもろにくらって倒れた。
一人は壁際に走って、おれが銃を振り向けようとしたところで目が合った。
相手は蒸気機関内蔵の自動鎧を着込んでいた。首から下全部を厚い鋼板に覆われた、汗だくの男。
排気が蛇のようにしゅーっと鳴くと、
やつの鎧は石炭ストーブに似た不恰好に似合わない機敏さで、おれ目がけて突進してきた。
慌てて銃の先台を引き次弾を装填したが、撃つ間もなく弾き飛ばされてしまう。
おれはベニヤ板を破って裏路地に転がり込む。男がごみ缶を蹴散らして逃げる。
入り口から突入をかけたシドが、おれを見つけて抱き起こす。
「ジェイン」
「用心棒が逃げるぞ」
制服連中が鎧の男を追って走っていく。おれも拳銃を抜いて走ったが、
燃料入りの自動鎧はやたら足が速くて絶対に追いつけそうもないので、
おれとシドは早々に諦めて、走るペースをゆるめた。
男は封鎖された区画を抜けて、通りから更に外れの貧民窟へ向かっている。
貧民窟に入ってしまえば、そこはほとんど帝都警察の管轄外みたいなものだ。
自暴自棄の失業者はみなブルジョアと公務員を憎悪してるから、
潜入した警官が彼らの目にとまれば、八つ裂きにされかねない。
武装警官の一部隊でもなければ近寄る事すら危ない場所だった。
自動鎧の男も格好がひどく目立つから、すぐに身包み剥がれてしまうだろう。
死体の転がるノミ屋で一服していると、やがて制服たちが戻ってきた。
やはり男は貧民窟に潜ったらしいとの事。
「あいつ、燃料が切れるまでに脱出できるかな」
シドが笑う。背広姿にサーベルを佩く変わり者、針金のように細い体をした優男のシド。
彼の相棒、馬鹿でかい拳銃をぶら下げた強面の刑事ジェイン。つまり、おれ。
汚職刑事の鑑のようなおれたちはコンビを組んでもう二年、
帝都警察とギャングスター・アレックスの治世に給料と賄賂の額だけ貢献してきた。
(2/2)
帝国暦百五十年はめでたい年だった。
空賊の季節――陸に下りた空賊どもに帝都の犯罪利権が脅かされつつあると、
アレックスはじめギャングの頭目たちが過敏になっていた。
過敏症は帝警や治安判事ら法の執行官にも伝播して、
今では本格的な空賊狩りの計画が持ち上がっているらしい。
軍は北で蒸気乱雲に釘づけだから、帝警は鬼の居ぬ間に帝都を洗濯しておく腹のようだ。
おれとシドはお偉方の期待通り、流れ者の商売に睨みを利かせて、
年始から今回のノミ屋潰しまでで五人ばかり殺していた。
八百長試合の罪をかぶった哀れなノミ屋――次は工房を一軒たたみに行く。
「シド、行こうぜ」
現場を制服に任せて、おれとシドは魔女窯通りを上っていった。
工場街にあるアレックスの闘技場じゃ、自動人形の殴り合いの興行が流行ってる。
季節毎に空から降ってくる化け物と比べれば玩具の人形だが、
ああいった機械が馬鹿みたいに壊し合いしてるのを見てよだれを垂らすやつらも居る。
ファイターはほぼ全て、魔女窯通りに店を構える蒸気工房がもっているが
おれたちが訪ねる工房は、賞金の事でずっとアレックスと揉めてたらしい。
その工房が一昨日の試合でつまらない負け方をして、ちょうど流れのノミ屋も煩くなってきた頃だから
でっちあげの八百長疑惑でまとめてたたんでしまいたい、との由。
撃ち合いのあったノミ屋を見物しに流れる人込みを、真っ向からさかのぼり
蒸気工房『鉄槌』へたどり着く。
店は真昼間からシャッターが降りていて、シドがノックするも返事はない。
「夜逃げかな」
おれたちは顔を見合わせた。
「昨日は一日見張りがついてたから、ファイターを担いで逃げられはしないだろう」
身長2メルー以上はある機械人形を、見張りの警官から隠れて運ぶのは不可能だ。人形は残ってる。
『鉄槌』のファイターは人気株だから、
工房自体より人形の入手のほうがアレックスの本当の目的だった。ひとまず中を確認する。
シドがシャッターを押し上げる――鍵はかかっていない。
おれは銃を抜いて、引き戸に手をかけた。
おれの反対側にシドがつき、彼も銃を構えた。
戸を引く。立てつけが悪くてやたら重いが、やはり鍵は開いている。
シドが店に入る。おれもすぐに続く。ひどい臭気――魔女窯通りのいつもの臭い以上にえぐい。
油と錆と汚物の臭い。シドがため息を吐く。
工房の奥の薄暗がりに、半分がた解体されたファイターと店主が並んで横たわっている。
はらわたを抜かれた死体と、はらわたの詰まった人形。
血しぶきが壁と床一面に広がって、ところどころに血の手形と靴あと。
「これ、アレックスに持って帰るか?」
相棒はかぶりを振った。帝国暦百五十年、こいつがけちのつき始め。
探偵や特務機関がいるなら警察も、と思い
◆HE69LCK/Q6さんから魔女窯通りの設定を拝借して書いてみました。
行き当たりばったりで書いてしまったので、設定の読み違い等の粗があったらすみません。
元◆HE69LCK/Q6ですが、最高! これぞ帝都のアンダーグラウンド。
やっぱり裏通りってのは日に三度はホームレスの死体が上がるぐらいじゃないとね(えー
空賊の流入による治安の悪化とか、自動人形の殴り合いの興行とか、もうそれだけでwktkが止まらん。
シェアードワールドスレである以上、設定使用や解釈にも特に断りはいらないかと。
自分としても妄想が刺激されるので、今後もドンドンやっちゃって下さい。
>>572 遅まきながら乙!
鉄道警備隊シリーズはひそかに楽しみにしてただけに、完結は寂しい……隊長かっこいいよ隊長
また新作で参加してくれるのを楽しみにしてます、お疲れ様でした!
>>573 やっぱり裏世界の話っていいなw
表面上は平和を取り繕ってるけど実は……って設定はなんかぐっと来るものがある
しかし「帝都警察」って響きがいいなあ
投下します。
そこはゴールドバーグからやや離れた山にある鉱山跡。
もう掘り尽くしてしまったために打ち捨てられた鉱山だが、長く採掘されて
いたために入り口部分が広く休憩所らしい小屋まで建っている。
その小屋の中に、一人の少女が閉じ込められていた。
幸いなことにまだ犯されたりなどはしていない。二、三回ほど頬を張られた
だけで済んでいるのは、少女をさらった連中が追っ手を必要以上に気にしてい
るからに過ぎない。
今も全員で小屋の周囲を油断無く見張っている。何しろその追っ手というの
は神出鬼没にして大胆不敵、そして裏社会においては知らぬ者なき強者の一人
だからだ。
少女をさらってきた者達、影踏み旅団はその追っ手を押し止めて時間稼ぎを
するために傭兵を雇って追ってを襲撃させているのだが、一体どれだけの時間
持ちこたえてくれるのかも分からない。
旅団としてはさっさと依頼主に少女を引き渡してトンズラしたいのだが、約
束の時間まではまだ時間がある。急ぎすぎたために早く着きすぎてしまったの
だ。
「くそ、こんなに緊張する受け渡しは初めてだ」
「落ち着け。奴はそういう動揺を突くのも上手い。生き残りたければ、出来る
限り早く発見して先に殺すんだ」
不安そうにあちらこちらで話す声が目立ち始める。彼らは以前に追っての男
を雇ったことがあるため、その恐ろしさを十二分に知っているのだ。
警戒したまま十分、二十分と経ち、そしてついに約束の時間が来る。
身なりの良い太った男が数人の男を連れて、馬車に乗ってやってきた。ここ
は数年前に打ち捨てられたとはいえ、元が鉱山のために道がしっかりと整備さ
れているので馬車でも簡単に通れるのだ。
旅団の面々はその男を見て、ほっと息をつく。これで仕事は終わりだと、安
堵したのだ。
馬車が、旅団の陣取る小屋へと近付く。
そして、身なりの良い太った男が友好的に笑いながら、挨拶代わりに手を上
げたときのことである。
それに気付いた者は果たして何人いたのだろうか。
コロコロと黒い球状の物が静かに彼らの周囲に転がってくる。
一つ二つではない。十、二十と転がってきて、それはやがて誰かの足に当た
る。
足に当たった何かを確認するために誰かは足元を見て、そして目を見開いて
声を張り上げた。
「みんな、逃げ――――」
声を掻き消す爆発が周囲を覆う。
爆弾。魔法薬でも使っているのか、握り拳よりも二回りほど小さいにも関わ
らず、一つで人間一人を吹っ飛ばすほどの威力だ。
そんなものが一度に二十も爆発したのだからたまらない。
ごく近くで直撃し、やけどと衝撃で死亡したのは僅かに三人。だが、引き起
こされた混乱は致命的といえる。
爆発に驚いた馬が馬車を引きずって走り始め、車輪を大きめの石に乗り上げ
させてしまい横転した。当然、馬車に乗っていた身なりの良い太った男は巻き
込まれて地面に投げ出され、全身をしたたかに打ちつけた上に地面をゴロゴロ
転がされてなにやらわめいている。
幾人かは襲撃であることを看破し、周囲を警戒している。が、他は呆然とし
ていたり、怪我をした人物の手当てをしようとおろおろして何もできずにいた。
こうなってしまっては、もう連携など期待できないだろう。
剣を抜き、無精ひげを生やした壮年の男、旅団長は歯噛みする。
この状況では同士討ちの危険が高すぎて銃など使えない。そして、剣を満足
に使える人物も限られている。完全に敵の狙いにはまってしまった。
「風よ、切り裂け」
冷たい声が響き、不可視の風の刃が数人の首を飛ばす。旅団長以外の全ての
冷静な対応をしようとしていた者達が、首から上を失い崩れ落ちる。
もう、どうしようもない。大量に噴出している血に興奮したり、吐き気を催
してうずくまっているものも多い。統制を取り戻すのは不可能だろう。
旅団長は嘆息交じりに声のしたほうを見る。
どれだけ自信があるというのか。その男は自らの姿を隠すこともせず、馬車
が通ってきた道のど真ん中をゆっくりと歩いていた。
大きな外套に身を包んだ男。
身長は結構高い。大体、百八十チサン程度だろうか。その身長に見合った筋
肉で身を鎧っているのが、外套の上からでも見て取れる。
恐ろしく鋭い目で全てを睨みながら、ジョン・スミスは悠然と進む。
ジョン・スミスは普段は気の良い男だが、必要とあればどれだけでも冷徹に
なれることを旅団長は知っていた。
そして、同時にその強さと、ジョン・スミスが好む戦法も良く知っている。
苦しませること無く、一撃を以って即死させる。それを旨としているジョン
・スミスが狙うのは基本的には急所が多い。
つまり、急所さえ守っていれば、反撃のチャンスくらいは生まれる可能性が
あるということだ。
「地よ、貫け」
ジョン・スミスは外套の中から剣を取り出しながら、呟く。
その言葉に反応するかのように、まるで槍が突き出されるように隆起した大
地がうずくまっていたり倒れたりしている者の心臓を穿ちぬく。
悪夢のような光景が広がっているが、旅団長とジョン・スミスは全く動じた
様子もない。この程度、裏の深い場所では当たり前の光景だからだ。
「ふん、高い金をはたいて買ったんだがな」
大きく溜め息をつき、旅団長は剣の腹に指を滑らせる。
すると、指が通った場所に幾つもの文字や刻印が浮かび上がり、輝き始めた
。魔法具だ。それも、戦闘用に特化されたものだろう。
淡々と近くにいる者の首をを剣で刎ねていくジョン・スミスへと、旅団長は
その輝く剣を向ける。
「さぁ、行くぞ。“バーンブレイド”」
言葉と共に魔力の炎が剣を覆う。
魔力を感知したジョン・スミスは、燃え上がる剣と旅団長を見てにやりと笑
う。大物を発見した狩猟者の笑みにも似ているか。
「随分と良い魔法具を見つけたもんだ。訓練も積んでるみたいだな」
「もちろんだ。可愛い団員を守るためだったが、流石にお前が相手ではこうな
る外ない」
「まぁ、もう少し手練れを準備しておくべきだったな。それか、俺が追ってい
ると気付いた時点であの子を引き渡せばこうはならなかったものを」
「高額の依頼だったのだ。これを果たせば、しばらくはあいつらに楽をさせて
やれるくらいには」
「だが、もう意味はない。死んでもらうぞ。影踏み旅団団長、カール」
「やってみるが良い、何でも屋。お前を討てば、それで釣りがくるくらいの栄
光と金が手に入るのだ」
言い合い、お互いに笑う。
元よりお互い死ぬことも殺すことも承知している。いつ殺されても良いよう
に常に覚悟を決めている。
そうでなければ、これまで二人とも生きてはいられなかっただろう。
ならば、認めた者に殺されることこそ本望。
駆ける。剣を構え、相手を斬り伏せるために。
「炎の蜥蜴! 焼き尽くせ、“サラマンダー”!」
「ほう、名前を付けることで複雑な制御を簡略化したのか」
旅団長カールは剣を降り、炎のトカゲを生み出す。それは大地をも溶かしな
がら這い、ジョン・スミスへと襲い掛かる。
意志を持っているかのように飛び掛ってくる炎のトカゲを見て、ジョン・ス
ミスは笑う。
楽しそうに。それはもう、本当に楽しそうに。
「風よ、吹き散らせ」
僅か一瞬だけ吹いた凄まじい突風。それを直撃させられた炎のトカゲは跡形
も無く蹴散らされてしまう。
だが、それを見越していたのか、カールはそのままジョン・スミスに切りか
かった。
むしろ、本命はこっちか。
本職の騎士並に鋭い剣戟。魔法を使ってすぐのため、流石のジョン・スミス
も受けるので精一杯である。
攻勢に回ったら手がつけられないジョン・スミスを守勢に回すことに成功し
たカールは、そのアドバンテージを失わないように攻め続ける。
強い攻撃で距離を取らせるような真似はしない。
繰り出しやすい袈裟斬りと逆袈裟斬りを繰り返すことで防御させ続け、なん
とか押し切ろうという魂胆だろう。
もちろん、ジョン・スミスもそんなことはお見通しである。だが、何も出来
ない。
相手が普通の野盗や少々強いだけの傭兵なら、ジョン・スミスは簡単に逆転
できる。だが、このカールが相手ではそう簡単にはいかない。
もともとカールはどこぞの国の騎士団長を務めていたほどの人物だ。部下の
起こした不始末の責任を取るために騎士団から去ったが、しかしそれで鍛え上
げられた腕のよさが消えるわけではない。
距離さえ取れればなんとかなるのだが、それを許すほどカールは甘くない。
ここしばらく戦力的に近い相手と戦うことの少なかったジョン・スミスとし
ては、なかなかに新鮮な気分だ。
「く、ふ、ははははははははっ!!」
笑うジョン・スミスを訝しみながらも、カールは袈裟斬りを放つ。
今までで一番の攻撃。速度もキレも文句なし。だが、ジョン・スミスも今ま
でとは違う行動に出る。
振り下ろされた一撃に対し、全力で打ち返す。
火花が散り、甲高い金属音が響き渡った。
無理矢理鍔迫り合いに持ち込まれたカールは、距離を取ることも、またさっ
きまでのように押し続けることも出来ず唇を噛み締める。
技術面ではカールの方が上だが、身体能力面ではジョン・スミスの方が上。
押し合いの鍔迫り合いではジョン・スミスに軍配が上がる。
カールは巧みに体重をずらし鍔迫り合いから逃れようとするが、しかしジョ
ン・スミスはそれを見抜いて逆に押さえ込む。
ぎりぎりと押し込まれていくカール。だが、黙ってやられるわけもない。
真っ向から押してくるジョン・スミスに対抗しながら、なんとか剣の炎を制
御し始める。
「クッ……ほ、炎よ!」
「ちぃっ」
舌打ちし、カールを弾いてジョン・スミスは距離を取る。
至近距離で炎を使われた場合、防ぎようがないからだ。
軽く炎を剣から噴き出させ、なんとか距離を取ることに成功したカールは苦
い顔をしてジョン・スミスを睨みつける。
強引に勝機を奪われたのだ。カールとしてはなんとかまた優勢に回りたいと
ころだが、流石にもう先ほどの手はジョン・スミスには通じないだろう。
そして、ジョン・スミスは正攻法で攻略できるような真っ当な相手ではない
のだ。
ならば、取る方法は一つ。
真正面からの大火力で押し切る。当然、団員や依頼者は全滅するだろうが、
ここで生き残るためには仕方がないだろう。
「炎の波よ! “ファイアウェーブ”!」
この一回で魔法具そのものを使い潰す勢いでカールは周囲のマナを剣に取り
込み、その全てを炎へと変える。
放たれた莫大な量の炎。ジョン・スミスから見ると、まさに炎の壁が迫って
くるようなものだ。
これを避けるのは容易い。ジョン・スミスならば風の魔法でいとも簡単に避
けることができる。
だが。
「避けては、男ではないな」
迫る炎を見ながら、ジョン・スミスは笑う。
自らの敵を、称えるかのように。
「遍く降り注ぐ光に、我は命ずる。輝ける栄光の元に全てを打ち砕け、と。
いざや、その真なる力を持ちて、我が敵を打ち倒せ」
恐るべき早口で唱えられた呪文と共にジョン・スミスから差し伸べられた手
の先から、強烈な光がほとばしる。
強力な魔力による、半ば物質化した光。それは炎を押し止め、吹き散らして
カールへと伸びていく。
諦めた顔をして目を伏せたカール。そんな彼と、そして彼の手にあった剣を
光は飲み込み、完全に消滅させた。
跡形もない。強力な光の魔法により、細胞一つ残さず焼き尽くされてしまっ
たのだ。
奇跡的に無傷な小屋と、ごく普通に全員を殺戮したジョン・スミス以外に無
事な者はない。
その惨状を見て、ジョン・スミスは溜め息をつく。
「まずはここを処理して、その後であの子を小屋から出さないとな。流石にこ
のままではまずい」
もう一度大きな溜め息をつき、血の匂いが充満する空間を見回した。
魔法を使うにしろ、どこかへ持っていくにしろ結構な大仕事になりそうだっ
た。
「で、今更になって皆殺しにしたことを後悔してると」
「ああ。カールは良い飲み友達だった。それに、俺達ほど長くこの世界で生き
てる奴らはそういないからな」
「違いない」
そこは帝都オーラムにある、一つの酒場。裏社会に生きる者達が集う、一種
の中立地帯だ。珍しくそこのカウンターに座り、ジョン・スミスはカイゼル髭
を生やしたマスターにブチブチと愚痴る。
普段ならジョン・スミスはほとんどここによることはない。ここは表の酒場
とは違い、死の空気があまりにも濃密だからだ。
今日生き残ることが出来た、だから浴びるように酒を飲む。明日生きていら
れる保証などないため、悔いを残さないために騒ぐ。
一見楽しそうに見えても、その実これは死出の旅へと向かうための宴だ。
ここでは誰も彼もが生き急いで死に向かう。ゆえにここは帝都で一番死に近
い場所。墓場でさえも、ここの死の匂いにはかなわない。
ジョン・スミスが帝都で一番嫌いな場所、それがこの酒場だ。
それなのになぜ足を運んだのか。それはここのマスターと話すためだろう。
「一時は隆盛を誇った影踏み旅団もこれで無くなった。今では新たな風が吹き
始めている。それでも、お前は変わらないな。ジョン」
「今更だな、マスター。俺は変わらないさ。長命種のように達観することも出
来んが、それでも変わらない」
「そうかい。新たな風が澱を乱さないように願ってるよ」
「そうだな。風は自由に空を駆けていれば良い。俺達のようなフリークスを刺
激するような馬鹿共がいないことを俺も願おう」
カラン、とグラスの中の氷を揺らし、ジョン・スミスは後ろを横目で見た。
新たな風、若き希望と絶望を持つ者達が、飽きを知ること無く騒ぎ続けてい
る。
マスターと二人、帝国の闇の底で生きる者達は笑う。
今日の夜は、まだしばらく続くようだった。
投下終了です。
投下します。容量的にそろそろ次スレかな?
人が行き交い、喧々囂々とした熱気を持つ街があった。
ある者はただの通過点として、ある者はこの街で何かをなすため、ある者は情報を得るため。
様々な人や人以外、また物や情報が常に来訪し、去っていく。
鉄道網を血管に、蒸気機関車を血液に、そしてステーションを心臓として動き続ける街、
その街の名はマルエッソといった。
「とうちゃーく! ここがマルエッソの街だよ!」
隣で前にもまして明るく言うのはアリス。
旅が始まってからという物、いつでも機嫌がいいらしい。
騒がしい、というより少々うざったい。
「オルカ君、どうしたの? なんか難しい顔しちゃって」
満面の笑顔で問いかけるアリスに対し、左手で手を振りなんでもないことをアピールする。
明るいことはいいことだ。あえて水を差すことはないだろう。
そう思っているうちにも目の前のアリスはきょろきょろと頭を動かし、「あー」「おー」と言っている。
こうしてみると外見相応の子供に見えるから不思議だ。
しばらくして、アリスはこちらへと振り返る。
「あ、そうだ。オルカ君はお腹減らない?」
唐突にアリスが聞いてくる。だがその意見には俺も賛成だった。
「そうだな。だいぶ空いてきた」
「ふっふっふ。そう言うだろうと思いました。これからおいしいお店に行こうと思います!」
「あまり値の張る所はだめだぞ」
「大丈夫大丈夫。 安くておいしいビーンズスープ。一杯300ダガーなり」
まるで商人のあおり文句のように応え、あいかわらず高いテンションのままアリスは歩き出す。
慌ててついていきながら、街の熱気に俺もついついお上りさんよろしくきょろきょろしてしまう。
ここまで多くの人々が行き交う街など来た事がなかったのだから仕方がない、と心の中で言い訳する。
ベールで顔を隠した女性が露天を広げライオンの様な異人種が商品を見ている。
あちらこちらに横断幕のようにカラフルな布が張り巡らされ、レンガで舗装された道を荷車が通りぬける。
色々な屋台が建てられ、あちらこちらに煙が見える。
あらゆる場所が、人の熱気に包まれている。そんな錯覚を起こすほどの活気があった。
「オルカ君、すっかり田舎者丸だしねー」
アリスは振り返り、からかうような口調で話す。ここで認めなければきっとさらにからかってくるだろう。
ならば素直に認めるべきか。
「当たり前だ。俺は田舎者だからな。って、おい、前を見ろ」
「あ、ごめんなさい。 ……あ、そうだ。活気のある街はやっぱり犯罪も多くてね。スリとかに注意するんだよ」
「ああ、分かってるさ。例えばこういうのとかだろう?」
言いながら、ひょいとアリスから財布を盗った少女の腕をつかむと軽くひねる。
さきほどぶつかったときにスリ盗っていたようだ。
「いたた! なにすんだ! テメェ!」
年は多分16才位だろう。栗色の髪を肩口で切りそろえ、釣り目がち黒色の眼がこちらを睨む。
白いシャツとひざ下まであるスカートを着ている。割と綺麗な服なのは人ごみでも目立たないようにするためか。
肌の色は日に焼けたような褐色で、ある意味健康的なコントラストを映していた。
ぱっとみでこの少女がスリを行うような種類の人間にはみえない。
だが、その手に持ってるアリスの財布がすべてを物語っている。
その少女が悪態をついてくるが、無視することにする。
「それは、アリスこそ注意した方がいいんじゃないか?」
一見するとお互いジャレテいるような位置関係、その実完全にスリ少女の動きを止め、アリスに問いかける。
するとアリスは意地の悪そうな笑みを浮かべ、俺に視線を向け、言う。
「大丈夫、その財布はダミーだから。開けると音もなく爆発して両腕を吹っ飛ばす仕掛けなの」
「……おい。よかったな、おまえ。両腕が無事で」
どうやら俺はスリ少女の腕と未来を救ったらしい。
溜息を吐きながら言うとスリ少女から財布を取り上げ、アリスに返す。ついでにその少女から手を離す。
「いや、今の会話おかしくないか? その子供にどんだけ物騒なものを持たせてるんだ。……てか嘘だろ?」
そのスリ少女は手を放したにも関わらず、逃げもせずに突っ込みを入れてくる。まったく肝が据わっているな。
ま、その少女のいうことももっともだ。アリスは外見だけは14才ぐらいの少女にしか見えないのだから。
そんなことを考えていると、アリスは取り返したはずの財布をスリ少女に投げ渡す。
疑問符を浮かべるスリ少女に対し、たった一言を告げる。
「試してみる?」
そのときのアリスの表情を、俺はあえて見なかった。多分あまり人には見せたくない表情をしているはずだから。
そのスリ少女も何かを感じたのだろう。財布を素直にアリスに返す。
わずかに視線を下げ、不審と疑問を表情に浮かべている。
気持はわかる。この外見であの表情を見せることができる者はそういないだろうから。
スリ少女は数秒のためらいの後、あえて態度だけでなく言葉でも答えた。
「止めとく。まだ死にたくないからな」
「それがいいわね。後もしこれからもスリを続けるなら盗っても死ぬことのない金持ちに限ることね」
「いつもそうしてる。ついでに言うとあんた達がそう見えたんだよ」
「うーん。そうは見えないようにしてたんだけどな」
小首を傾げるアリスに対し、今度はスリ少女が苦笑する。
「あんた達には一種の余裕があるんだよ。ま、それがどこから来るか見破れなかったのは、あたしはミスだ」
「そうね。もうちょっと人を見る目を身につけておきなさいね」
「ああ、そうする。……それじゃあな」
立ち去ろうとする少女にアリスは声をかけ直す。
「あ、そうだ。お名前は? 私はティリアス。こっちはオルカ」
「……アリサ。じゃな」
そう一言言って、今度こそスリ少女は人ごみに消えていった。
それを見届けながら俺はアリスに向きなおり、一応聞いておく。
「逃がしてよかったのか?」
「この街にはああいう子も多いのよ。わざわざ捕まえようとは思わない。
あんな少女が牢獄にはいったら、どんな目に合うか分かったものじゃないし。
それともこの街にいるアリサのような子全員を更生させる余裕、私たちにある?」
「いや、ないな」
もちろん俺も同意見だ。しかし頷きながらも、納得できない部分もある。理性ではなく感情で、だ。
アリスはふと微笑む。その意味が理解できず、俺は疑問の表情を浮かべてしまった。
「うんうん。分かっていても納得できないか。オルカ君のそういう所、私は好きよ」
「……は?」
「さてさて、今度こそビーンズスープを食べに行きましょう!」
問い返しには答えず、アリスは今度こそ歩きだしてしまった。
あれはどういう意味なのだろうか。……いや、アリスの事だ。きっと言葉通りの意味だろうな。
俺は深く考えることを止め、アリスの後をついていった。
アリスの後を付いていくと、駅の近くにある屋台に出た。
アリスはさっさと並ぶと、ビーンズスープを注文する。
「はイよー。600ダガーになります」
恰幅の良い男が、手際よくビーンズスープを紙コップに注ぎはじめた。
アリスがさっきの財布から600ダガーを取り出すと、商人に渡す。
「はイ、毎度ありー」
俺たちは近くの出っ張りに座り、食べながら、行き交う人々を眺める。
あの店はなかなか繁盛しているらしい。今は13歳ぐらいだろう少年が2人分のビーンズスープを買っていた。
「あの少年はどこに行くと思う?」
俺は少年を何となく目で追いながらアリスに問いかける。
「ん? そうね。多分さっきの蒸気機関車に乗ってた子だろうから、ゴールドバーグ辺りじゃないかしらね」
「ゴールドバーグ? 元帝都だったところか?」
「そう。多分あの少年は、アカデミーで勉強するために蒸気機関車に乗ったのね」
「ほー。勉強熱心なのだな」
「学者っぽいタイプには見えないけどね。
あの子、真面目にやればそれなりにいい男になるんじゃないかしらね。
あ、そういえばオルカ君はあの年の頃から剣一本だったよねー」
「ほう、その言い方だとまるで俺が馬鹿だと言ってるみたいだが?」
「うん。そう言ってるから」
「おい」
「もちろん冗談だからね。って、ああ、ごめんごめん。オルカ君、怒らないでってばー」
俺は怒ったような表情をあえてしながら、周りを見る。
後ろで何やら謝ってるアリスがいるが、しばらくは無視しようと思う。
「ごめんってばー。とと、言い忘れてた。オルカ君、とりあえず7日間はここで過ごすから」
「……ん、どうしてだ?」
唐突な話題転換。あまりにもワザとらしい。それでも一応聞き返すことにする。
……俺のしばらくなんてこんなもんさ。
「この街は明日から3日間、花祭りがあるから。目一杯遊ぶためにはちゃんと宿屋とっておかないとね」
「……ま、遊ぶのは置いておくとして、花祭りとはなんだ?」
俺の疑問に対し、アリスは指を一本立て、くるくると廻しながら答える。
「昔はただの収穫祭だったんだけど、交易都市に変わってから別の意味になったの。
色とりどりの花を降らし、人々は昼夜問わず、街の中心やいたるところでお酒を飲んだり、
踊り明かしたりする。花は人を意味し、それを降らすことで様々な人々の交流を祝う行事になったの。
交易都市らしい行事よね」
すらすらと説明を終える。その説明を聞きながら俺は頷きを返す。
「なるほど、それは面白そうだな」
「そうでしょう。それじゃ、今から宿屋を取りにいくわよ。野宿はいやだからね」
「そうだな。久しぶりにまともな寝床につけるな」
俺たちは歩き出し、この街の華やかな喧噪の中に包まれていく。
そう、祭りはこれからだ。
投下終了。物語としては続きます。
今回はスリ少女が主人公です。マルエッソが面白そうなのでシェアってみた。解釈が合っているか不安だけど。
なんとなくアリスとオルカが出張ってますが、今回主人公ではありません。
589 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/19(金) 22:11:00 ID:oSTwmcH/
>>561-567 投下乙です。こういう展開になるとは。
いやー面白いですね。他の設定との絡みに期待です。
シェアードワールドの醍醐味を地で行ってますね。
>>568-572 連載終了乙です。お疲れ様でした。次回作にも期待しています。
本部長は以外にいい人っぽいですね。
鉄道警備隊シリーズ第二弾をやってくれると私は幸せなのですが。
>>573-574 こういうアンダーグラウンドな感じはいいですね。主人公達もかなりのワルのようです。
そしてギャングスターという響きがいい。
マイナーなんで知らないと思いますが「L.A. コンフィデンシャル」みたいな話を勝手に期待してます。
>>579-583 ジョン・スミス来ました。彼が登場するのはもう何作目でしょうか。スターですね。
魔法の戦いは始めてですね。魔道具設定が生かされています。
思ったんですがカイゼル髭ってこの頃よく出ますね。
>>584-587 マルエッソが本格登場。面白そうな舞台になりそうです。
アリスは年の功で知識は豊富そうです。いい説明役を果たしてくれそう。
祭りでスリ少女と再開しそうな予感。
>>588 テンプレ乙です。
平日なのに凄い勢いですね。1000にはまだ遠いにもかかわらず、そろそろ次スレというのは、投下率の高さを物語っています。
投下します。
思い切って大胆な事を書きました。
ちょっと問題があるかもしれませんが、よろしくお願いします。
その日ライサンダーが夜更けまで庁舎に詰めて事務をしていると、火の玉が
帝都へ近づくのが見える。驚いて尚よく見ると、それは巨大な機械蜘蛛が火を
噴きながら向かっているのである。あわや西端に達しようという所で動きが止
まった。帝都はあたかも眠る人が冷水を浴びせられたような騒ぎである。徹夜
の事務に追われながらライサンダーは嫌な予感がした。
「防衛部隊は何をしていたのか、保安局は何をしていたのか。己(お)れなん
ぞは見ていただけだ。なぜ防げなかった。これはおかしい」
帝都の西部に一際大きな建物がある。堅牢な石材で五階建てに建てられたこ
の庁舎は帝国保安局である。通信傍受による情報収集と分析が主な任務で、帝
国の各情報部と連携し、軍務省のもとで国家情報活動の統合を行う機関である。
市街地の向こうに広く景色を見渡すことの出来る自室で、ロビン・ライサン
ダー大佐は机に足を乗せてくつろいでいた。昼休みである。最近帝都で流行し
ている娯楽小説を読む。子供なら二人に一人が読んでいると言われる程の人気
で、大人にも愛読者は多いそうである。
ライサンダーは今年二十五になるが、端正な顔立ちがより若く見せる。もし
かすると学生と見紛う程である。貧しい家庭で育ったが、両親が苦しい生活を
切り詰めて学校へだけは行けた。推薦で入った陸軍大学校で学業を成して、今
では上流階級の仲間入りをしている。田舎の両親へは毎月多額の仕送りをして
いるのである。
狐のように細い目が賢しげに小説を眺めている。ごく普通の集中力で、話の
要点や作者の意図を掴んで記憶することが出来た。随所に帝国の政治を批判す
る思想が見えるが、巧みに作品と調和していて少しも棘がない。
目で笑っていたライサンダーの表情が窓の外を見て曇った。先日の事件を思
い出したからである。 そこへ扉を叩くものがある。ライサンダーは机から足
を下ろして中へ招いた。課長である。
「ライサンダーさん、お休みの所すみませんが何分あなたに頼むのが一番いい
と思いまして」
「わたくしに頼み事ですって」
「クワシュニンさんのことです。尾篭な話で恐縮ですが、便所に行ってみると
吐瀉(としゃ)に血が混じっているのです。お休みになってくださいと言って
も一向お聞き入れになりません、あなたから一つ言って下さい」
「それならこう申し上げればいいのです。情報局の副長がそんな反吐を吐いて
いたら、それが他に伝染しては困るから、反吐が出なくなるまで引っ込んでい
て下さいと申し上げればいいのです」
ヴィクトル・クワシュニン中将とは、陸軍大学への推薦と学費まで出資して
もらったのが縁で以来親交を深くしている。二人の友情の厚いことは局内では
有名な話である。
ライサンダーは懐中時計を取り出して、「わたくしはこれから出ますので、
失礼致しますね」と言う。
「今日も例の探偵のところですか」
「先の事件の第一功労者ですからね。今日こそは会えるといいのですが」
「無礼な助手がまだ頑張っているのですか。子供に門前払いとあってはまた陰
口が増えますよ、手厳しくおやりになったらどうです」
「子供のすることです、わたくしは辺境育ちですからあれくらいの時分には
もっと乱暴なことをしましたよ。それに子供ながらに迫力があってどうも無理
強いは出来ません。陰口を叩く奴には好きなだけ叩かせておけばいい。あなた
のお気遣いはうれしいのですが、わたくしは存外平気なのです」
「そんなもんでしょうか。助手の方も案外侮れませんね、根性がある。少なく
とも長官殿よりはあります。あの事件以来始終おびえていますよ、今度失態を
見せれば首が飛びかねませんからね。あなたに嫌味を言う元気も無くして、俗
物でもああなると哀れなものです」
「そう言うものじゃありません。彼とて職務を全うしていますよ」
「そんなもんでしょうか。私としてはクワシュニンさんが長官になった方が余
程円滑に職務が全うされると思います。無実の探偵を指名手配したのだって長
官の仕業と言うじゃありませんか、何を考えていたのやら」
ライサンダーは顔色が変わった。
「そのことはあまり言いふらさない方がいいでしょう」
「そんなもんでしょうか」
ライサンダーは古びた事務所の戸を叩いた。慌しい音と共に少女が顔を出す。
助手である。
「何だ、またあんた」
「先生はまだお体が優れませんか」
「今日から営業再開だよ。ほらそこに」と言って少女は入り口に立ててある板
きれを指した。かすれた字で「クリストファー探偵事務所 営業中」と書いて
ある。「だけど残念だったね、旦那は猫探しで留守だよ。また出直しだな大佐
さん」
「いいえ、今日はお帰りになるまで待ちます。お嬢さん、僕はどうしても先生
とお話がしたいのです」
少女はライサンダーの顔を注視してすぐに目をそらした。
「上流階級の人はお世辞が上手いね、お嬢さんだなんて。待つんなら中へ入り
なよ、勘違いしないでね、外に突っ立ってられると商売の邪魔なんだから」
「お言葉に甘えまして」
ライサンダーは軍帽を取って辞儀をして中へ入った。そして古びたソファー
に座ってからは一言も話さない。少女が時折沈黙に耐えかねて話しかけるが二
三言葉を交わしただけで会話が途切れるので、とうとう諦めて流行の娯楽小説
を読み始めた。読みながら、あんたはこんなものとは無縁だろうななどと思っ
ている。
二十分ほどでクリストファー探偵は帰ってきた。ライサイダーの姿を認める
や否や、剣呑な態度をあらわにする。
「軍人が何のようだ、罪は濡れ衣だとわかったはずだが」
助手が外套と帽子を受け取りつつ耳打ちする。
「三日前から毎日来てるの。旦那とどうしても話したいって」
「聞いてないぞ」
「旦那は寝てたからね、聞かれなかったし」
「何もされなかったか。どうもあの一件以来、軍人とか憲兵とかいうものはま
すます信用できなくなった。つまりは政府に対する不信だな。おまえは奥に下
がっていろ」
「了解」
助手は奥の部屋へ出て行く。クリストファーは向いのソファーに座った。
「はじめまして、わたくしはロビン・ライサンダーと申します。この度の不手
際は面目しだいもありません。今日は謝罪に参りました」
ライサンダーは懐から茶封筒を差し出した。
「お納めください」
「その代わりこの前のことは内密に、か。俺は済んだ事にはこだわらない主義
だ、誰にでも手違いはあるしな。それにあんまりうるさく言うと命が危ない。
おとなしく受け取っておくよ。しかしあんたは若いの大変だね」
「職務ですから」
「ここへ来たのはまさか謝罪の為だけじゃないんだろう。あんたらだって上層
部に相当裏切り者がいることは分かってるはずだ。そうじゃなきゃ、あれほど
の兵器が作られるのに気づかないはずはないからな。
俺が知っているのは政府の高官が手引きしていた事、カイゼル髭の男が実行
の指揮を取っていた事だけだ。あんたらもそのくらいは掴んでいるだろう。話
は終わりだな」
思っていたより怜悧な男である。
「あなたはなぜあそこにいたのですか」
「なぜか、それは俺が聞きたいくらいだ。なぜあんたら軍人じゃなく俺がいた
のか。……ジョン・スミスという男に聞いた。カイゼル髭と政府高官が何か企
んでるとな。もう死んでいるかもしれん。
それで覚えのない罪で帝都を追われながらも、陰謀を防ぐために奮闘し見事
機械蜘蛛をとめてやったと言うわけさ」
「面目ありません」
ライサンダーは嫌味気なしに折れて出た。ジョン・スミスという名には聞き
覚えがある。何でも屋をしていて、時折政府の仕事も受けている。魔法の神手
であるらしい。
「ありがとうございました。今日はこの辺で失礼します。もう、あなたが狙わ
れることはないと思いますが一応身辺には注意して下さい」
ライサンダーは古びた事務所の戸を叩いた。慌しい音と共に少女が顔を出す。
助手である。
「何だ、またあんた」
「先生はまだお体が優れませんか」
「今日から営業再開だよ。ほらそこに」と言って少女は入り口に立ててある板
きれを指した。かすれた字で「クリストファー探偵事務所 営業中」と書いて
ある。「だけど残念だったね、旦那は猫探しで留守だよ。また出直しだな大佐
さん」
「いいえ、今日はお帰りになるまで待ちます。お嬢さん、僕はどうしても先生
とお話がしたいのです」
少女はライサンダーの顔を注視してすぐに目をそらした。
「上流階級の人はお世辞が上手いね、お嬢さんだなんて。待つんなら中へ入り
なよ、勘違いしないでね、外に突っ立ってられると商売の邪魔なんだから」
「お言葉に甘えまして」
ライサンダーは軍帽を取って辞儀をして中へ入った。そして古びたソファー
に座ってからは一言も話さない。少女が時折沈黙に耐えかねて話しかけるが二
三言葉を交わしただけで会話が途切れるので、とうとう諦めて流行の娯楽小説
を読み始めた。読みながら、あんたはこんなものとは無縁だろうななどと思っ
ている。
二十分ほどでクリストファー探偵は帰ってきた。ライサイダーの姿を認める
や否や、剣呑な態度をあらわにする。
「軍人が何のようだ、罪は濡れ衣だとわかったはずだが」
助手が外套と帽子を受け取りつつ耳打ちする。
「三日前から毎日来てるの。旦那とどうしても話したいって」
「聞いてないぞ」
「旦那は寝てたからね、聞かれなかったし」
「何もされなかったか。どうもあの一件以来、軍人とか憲兵とかいうものはま
すます信用できなくなった。つまりは政府に対する不信だな。おまえは奥に下
がっていろ」
「了解」
助手は奥の部屋へ出て行く。クリストファーは向いのソファーに座った。
「はじめまして、わたくしはロビン・ライサンダーと申します。この度の不手
際は面目しだいもありません。今日は謝罪に参りました」
ライサンダーは懐から茶封筒を差し出した。
「お納めください」
「その代わりこの前のことは内密に、か。俺は済んだ事にはこだわらない主義
だ、誰にでも手違いはあるしな。それにあんまりうるさく言うと命が危ない。
おとなしく受け取っておくよ。しかしあんたは若いの大変だね」
「職務ですから」
「ここへ来たのはまさか謝罪の為だけじゃないんだろう。あんたらだって上層
部に相当裏切り者がいることは分かってるはずだ。そうじゃなきゃ、あれほど
の兵器が作られるのに気づかないはずはないからな。
俺が知っているのは政府の高官が手引きしていた事、カイゼル髭の男が実行
の指揮を取っていた事だけだ。あんたらもそのくらいは掴んでいるだろう。話
は終わりだな」
思っていたより怜悧な男である。
「あなたはなぜあそこにいたのですか」
「なぜか、それは俺が聞きたいくらいだ。なぜあんたら軍人じゃなく俺がいた
のか。……ジョン・スミスという男に聞いた。カイゼル髭と政府高官が何か企
んでるとな。もう死んでいるかもしれん。
それで覚えのない罪で帝都を追われながらも、陰謀を防ぐために奮闘し見事
機械蜘蛛をとめてやったと言うわけさ」
「面目ありません」
ライサンダーは嫌味気なしに折れて出た。ジョン・スミスという名には聞き
覚えがある。何でも屋をしていて、時折政府の仕事も受けている。魔法の神手
であるらしい。
「ありがとうございました。今日はこの辺で失礼します。もう、あなたが狙わ
れることはないと思いますが一応身辺には注意して下さい」
「むしろあんたの方が注意しないといけないんじゃないか」
ライサンダーは目で笑った。「肝に銘じておきますよ」
「あんたはまともそうだ、捜査も大事だが命も大事にしろよ。名前をよく聞い
てなかったな、何といったっけ」
話は急に親密さを増す。先輩が後輩を気遣うような物言いをする。
「ロビン・ライサンダーです」
「俺はウィリアム・クリストファー。今の仕事をやめたくなったら俺のとこに
来なよ、助手は足りてるがいい仕事を紹介してやる。俺はこの辺りじゃ顔が利
くんだぜ」
仲のいい友だちに話すような口調である。それが少しも不快ではない。この
男には人と友情を結ぶ天才的な才覚があるらしい。ライサンダーは覚えず微笑
した。
「それはどうも」
二人は自然と握手を交わしていた。
ライサンダーが事務所を辞そうとすると、血相を変えて飛び込んでくる男が
ある。憲兵である。
「ライサンダー大佐、やはりこちらでしたか。緊急事態です、外に車を待たせ
ております、ともかくおいで下さい」
その三十分ほど前、軍務長官メドグリーゼンはひどく緊張しながら皇帝との
謁見に望んでいた。 当初のクーデター計画が失敗し、彼は追い込まれていた。
まだ証拠こそ見つかっていないものの、憲兵隊と保安局が総力を挙げて反逆者
のあぶり出しにかかっている。防衛部隊に動かぬよう指示をだしていた事が知
れたら死罪である。
メドグリーゼンはこれから皇帝を暗殺するつもりである。例え成功しても自
分は忽(たちま)ち殺される。メドグリーゼンは覚悟している。後の事は他の
ものが上手くやってくれるだろう。帝国を影から操る「上」の指示だった。
「上」が言うには帝国に新しい風を吹き込むのだということである。クーデター
に加わるものには重要な地位が与えられる。首謀者であるメドグリーゼンには
皇帝の位が用意されていた。しかしメドグリーゼンが皇帝を弑(しい)するの
は権力欲の為ではない。愛国心のためである。クーデターが成功しなければ「上」
は帝国を滅ぼすと言う。例え逆臣の汚名をきようともそうさせるわけにはいか
なかった。苦渋の決断であった。
「陛下、内密の話がございます。人払いを」
衛兵が下がる。メドグリーゼンは忠義と愛国心の葛藤を振り払い、目を見開
いた。
「申し訳ありませぬ」
メドグリーゼンは一声叫んで、懐から取り出した小刀を突き出しつつ玉座へ
進んだ。そして皇帝の胸元へ振り下ろした。
振り下ろす右手を皇帝が恐るべき速度と精密さで掴んだ。メドグリーゼンは
仰天した。どんなに力を入れても微動だにしない。皇帝が肩に手をかける。そ
れだけで全身が動かない。メドグリーゼンはうめき声を漏らした。
短剣が腹に刺さる。右手を掴む皇帝の腕に従って、短剣が腹部を切り裂いて
いく。致命傷である。皇帝が手を離すとメドグリーゼンは玉座の前に倒れた。
「メドグリーゼン、お前は失うに惜しい人材だ。それ故にクーデターの指揮を
任せられるのもお前しかいなかった。お前の功労を称えて、最後に教えてやろ
う。私は機械だ、上を統括するマザーコンピュータの端末に過ぎん」
皇帝の言葉にメドグリーゼンはひどく打ちのめされた。目には涙がにじみ、
絶望のうちに息を引き取った。
「ありがとう、メドグリーゼン。百五十年のうちにたまった膿を出し、新しい
風を吹き入れることが出来る。真に実力あるものがその正当な地位につき、帝
国は更なる発展の時代を迎えるだろう。私の支配の下でな」
皇帝グラーニンは古代文明の魔法・科学技術の粋を集めて作られている。大
気中のマナと原子力による永久機関で動き、体はオリハルコンを主体とした合
金である。マザーコンピュータはこのロボットを使って、帝国を実質的に支配
しているのである。
ライサンダーは宮殿の会議室へ通された。中には軍務副長官、憲兵司令官を
はじめ軍部の高官が並んでいる。随分人が足りないと思いながら、「何事です
か」とライサンダーは物怖じもせずに訊ねた。マキャヴェッリ軍務副長官が答
える。
「メドグリーゼン軍務長官がクーデター計画を皇帝陛下に申し上げて自害した。
保安局長官も容疑者だ。クワシュニン副長官は病状が悪く指揮は任せられんの
で、君が臨時の局長に任じられた。直ちに保安局を掌握したまえ」
ライサンダーは飛んだ事になったと思った。
「承りました。状況はどうなっていますか」
「主だった反逆者はメドグリーゼンの口から知れている。今憲兵隊が拘束に向
かっている所だ」
マキャヴェッリは机においてある資料を手渡して、
「メドグリーゼンが持っていた。徹底的に調べ上げて計画の全貌を明らかにし
ろ」
長居は無用だと思った。心の内に大役を遂行する使命感が湧いて来る。ライ
サンダーは敬礼をして保安局へ急行した。
国家反逆罪の容疑で逮捕されたのは、行政府・軍部の高官を合わせて三七人
に上る。これらは全て皇帝グラーニンによって不要と判断された人間である。
コネクションなどで成り上がった、実力に乏しい人間が多数を占めた。政府内
に根付いていた旧派閥はこの日瓦解したのである。
辺境出身の、有能でありながら派閥に敵視されて日の目を見なかった人材が
登用され、要職に抜擢されるものもある。実力の高いものは昇進して上層部の
穴を埋めた。
ロビン・ライサンダーは保安局を的確に指揮した功績は大として、少将に昇
進し副長官に任ぜられた。ヴィクトル・クワシュニンは中将から大将へ進み、
保安局長官となったが、国家の大事に動けなかったのを恥辱として頭を丸めた。
パリス・マキャヴェッリは元帥になり軍務省長官を務めることとなった。
追記、帝国保安局より発せられたる緊急伝令。
皇帝ヲ弑逆セントスル国賊ヲ捕縛セリ。其ノ名簿ハ下記ノ通リデアル。
一、軍務長官 ドミトル・メドグリ−ゼン元帥 自害ス
二、財務長官 フェルディナント・ヴィッターハウゼン
三、保安局長官 アレクサンドル・キュフナー大将
四、陸軍長官 ヴォルフガング・レーマン上級大将
五、財務次官 ハルトムート・サムソノフ
(以下略)
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作者解説
解説がある時点でアレなんですが、一応。
保安局:特務情報局がCIAなら保安局はNSAって感じです。特務の人たちは体使って
現場に出向いて情報収集するわけですが、保安局は通信傍受だけのデスクワーク
派です。情報のまとめ役で、局長がいろいろな機関の集めた情報を整理して毎日
皇帝に報告することになっています。
通信:通信をありにするかは迷ったんですが、情報伝達に便利かなと思って出し
ました。「天空の城ラピュタ」に出てくるような、モールス信号みたいなもので
の電信を考えています。
祭り話、テンプレ作成、改革話、それぞれ投下乙です。
保安局って話を見る限り、NSAよりはFBI寄りって感じがしたのは気のせい?
国内の治安維持に関わって、実際に動いてたっぽいし。
それに通信設備が脆弱な世界だと、NSA系の組織はあんまり動く機会なさそうなイメージが。