存在をすっかり忘れてたスレが何やらオイシそうな流れになってたよage
以上代理レス
闇の中。
「ふふふ。ちょろいもんだわ」
「……」
「ここみたいに、
夜間警備を機械に頼りきっている施設は助かるわ。
最初にセキュリティ・システムさえ対処しておけば、あとは安心だものね。
しかもここ、肝心のシステムが旧型と来てるし」
「……無駄口をたたくな。
さっさと仕事を済ませてずらかるぞ」
「なによ、愛想がないわね。
そんなに急がなくても大丈夫よ。
主なセキュリティシステムはもう役に立たなくしてあるんだから」
「……」
「それに、警備の人間が近くに詰めているとは言っても、
どうせいつもどおりの平和な夜だと思ってボケッとしてるに違いないわ。
システムが作動してないことにやっとこさ気づいて
そいつらがとんできたとしても、
その頃にはあたしたち、用を済ませてドロンよ」
「……うまくいけばいいがな」
「心配性ね。
今のところ完璧よ。何が不安なの。
と言うか、あなたこそ無駄口たたいてないでさっさと仕事しなさいよ」
「してるだろ。
……確かにお前の下調べも、セキュリティ解除も、文句なしだ。
しかしそれでも、邪魔が入る可能性はある」
「……。
そうね。
確かにそうなのよ。
あなたが言いたいこと、わかるわ。
……この施設のポンコツなセキュリティ・システムの対処はしてある。
そして、警備員は、気づくまでに時間がかかる。
でも、例の執念深いロボットが、もしも嗅ぎつけてきたら……?
……あなたが言いたいのはこういうことよね。
……。
でもまさか、さすがのあいつも、こんなところまでは……」
突然、まばゆい光が闇を切り裂いた。
会話をしていた二人の姿が、スポットライトの中に照らし出される。
ひとりは、やや露出の多い服装をした派手な女。
もうひとりは、くすんだ色のジャケットを着た獣人の男。
彼らのそばには立派な台座があり、その上に大きな穴の開いたガラスケースが載ってい
る。
そして床には唐草模様の風呂敷が広げてあり、その上にひとつ、アルパカをかたどった
高さ四十センチメートルほどの彫刻があった。
どうやら、ガラスケースに入っていた彫刻をふたりが取り出し、今まさに風呂敷に包も
うとしていたところらしい。
「なに、この明かり! まぶしすぎるわコンチクショウ!」
ふたりはそれぞれ怪盗レンズをとりだし、目にあてた。
レンズ越しに、光源を追う。
そこに居たのは――。
「テイル! やっぱりあんたね!」派手な女は叫んだ。
「うわさをすれば、だな」獣人が苦笑いする。
二十メートルほど離れた先に、髪を結び、可愛らしい洋服を着た、可憐な少女がいた。
その顔には包帯が巻かれてあり、右目が隠れている。
光源は、彼女が伸ばした左手の指先だった。強烈な光がそこから照射されている。
真剣な面持ちで、少女は叫んだ。
「美貌のオカマ盗賊、カーマ!
そしてその相棒である、獣人、毛太郎(けたろう)!
今日こそ年貢の納め時だわ!
ひっとらえてやる!」
「ちっ、毎度毎度よくもまあ飽きもせず邪魔しやがるわね、この小娘!」
「ずらかるぞ」
「わかってるわよ! でも、お宝を――」
「放っておけ!」
その言葉を無視し、カーマは風呂敷を結びにかかった。
その隙を、テイルは見逃さない。
「つんつんダーツ!」
彼女は叫ぶ。
まばゆい明かりは消え、それと同時に、その手から何かが勢いよく放たれた。
次の瞬間、大きな金属音が響きわたる。
風呂敷を結んでいるカーマの足元に、三本のダーツが転がった。
カーマが見上げると、短刀を手に構えた毛太郎がすぐそばに立ち、闇の向こうを見据え
ている。
「あまり俺をあてにするな」視線を動かさず、毛太郎がつぶやく。
「守ってくれると思ってたわ」
「いつでもそれができるとは限らん」
「あなたを信じてる」
「どうでもいいが早く包め」そう言って、毛太郎はまた闇の中から飛んできたダーツを一
本弾いた。
「わかってるわよ。……はい、完了」
そのとき、テイルが猛スピードで距離を詰めた。
毛太郎の真正面、目と鼻の先だ。
「ライトニング警棒!」
テイルは叫び、三十センチメートルほどの光り輝く棒を振り下ろした。
毛太郎はひらりとそれをかわし、短刀を構える。
その隙に、カーマは風呂敷をかつぎ、そそくさとその場を離れた。
「あっ、逃げるな!」毛太郎と剣を交えつつ、テイルが叫ぶ。
「おほほ。
捕まるわけにはいかないわ。
さあ毛太郎、さっさと勝負つけちゃってちょうだい」
「簡単に言う」ライトニング警棒を受け流しながら、毛太郎がぼそりとつぶやく。
しばらくのあいだ、一進一退の攻防が繰り返された。
最初は互角だったものの、だんだんと毛太郎がおされてゆく。
が、次の瞬間、彼は反撃に転じた。
短刀が閃き、甲高い音がした。
「あっ」
弾き飛ばされたライトニング警棒を目で追うテイル。
その一瞬後、体に衝撃を感じたと思ったら、気づけば彼女は地面にうつぶせに倒れてい
た。獣人に足を払われたらしい。とてつもない早業だ。
と同時に、獣人がなにやらつぶやいた。
怪訝に思ったテイルが起き上がろうとした瞬間、背中にまたもや衝撃。
なにやら、小さいながらも重量のあるものが彼女を押しつぶしている。
重すぎて動けない。
「メガトン文鎮だ。
お前の力をもってしても、まず動けまい」
獣人が言う。
言われたとおりだった。
身動きひとつできない。
「おほほ。さすがだわ、毛太郎」
風呂敷を背負ったカーマが、軽やかな足取りで戻ってきた。
彼女は彫刻を床に下ろし、小躍りした。
「やったわ、やったわ。
今日こそあたしたちの勝利よ。
念のためメガトン文鎮を用意しておいた甲斐があったわね。
……しかし驚いたわ、テイル。
あんた、よくあたしたちの今夜の仕事場所がわかったわね。
どうやって知ったの」
テイルがぎりっと歯噛みし、カーマをにらみつけた。
「何よ、その目。
あんた、自分の立場わかってるの?
ちゃんと言わないと、メガトン文鎮どけてあげないわよ」
少女はしばらく唇をかんでいたが、やがてしぶしぶと話し出した。
「……情報があったの。
あなたたちが、この街にやってきたって」
「あら、そう。
でも、よくこの美術館に入るってわかったわね。
この街は決して狭くないというのに。
あたしたち、直前までターゲットを決めてなかったのよ。
それに、尾行されてた気配も無かったし。
どうやってこんなに早く来ることができたの?」
「……」
「答えなさい」
「……」
「強情な子ね。
……毛太郎、やっちゃって」
毛太郎はうなずき、なにやらもごもごと唱え始めた。
「サイン、コサイン、タンジェント。
サイン、コサイン、タンジェント」
その言葉と共に、テイルの背中のメガトン文鎮がますます重さを増してゆく。
「きゃっ……あぁああ……」
悲痛な表情でテイルは呻く。
カーマは毛太郎に目で合図し、重量化をやめさせた。
そして口を開く。
「ほうら、痛いでしょう? 苦しいでしょう?
わかったなら、さっさと吐きなさい」
「……」テイルは苦痛に顔をゆがめながらも、カーマをにらみつける。
「……まったく」あきれた表情で、カーマは獣人に目配せした。
獣人がうなずく。
「サイン、コサイン、タンジェント。
サイン、コサイン、タンジェント」
「あああぁああああ……ぐぅぅううう」
テイルの体から、軋るような音がし始めた。
カーマはまた重量化をやめさせ、溜め息をついてから言った。
「ちょっと。
我慢してなんの意味があるのよ。
さっさと吐きなさいよ。
あたしだって、あんたがブッ壊れるところなんて見たくないわ。
それに、こういう状況を見越して、
あんたの体の中に強力な鎮魂ボムが仕込んである可能性だって考えられるし。
そしたら、あたしらまとめて昇天よ。そんなの嫌よ。嫌よ嫌よ。
だからね、早く言いなさい」
しかしテイルは口を割るわけにはいかなかった。
彼女が盗賊団を見つけることが出来たのは、モスグリーン博士がこのたび開発した新型
探索眼のおかげなのだ。まだまだ機能的には充分とはいえないが、将来的に有望な新製品
である。その情報を盗賊たちに漏らすわけにはいかない。
その探索眼は、いま、彼女の左目に嵌め込まれている。
「あんたの、その目」カーマが言う。
目?
その言葉に、テイルはびくりと震えた。
「めずらしいわね、あんたが怪我してるなんて」
左目の探索眼のことではなく、右目の包帯のことらしい。
一瞬驚いたが、考えてみれば探索眼のことを感づかれるはずがない。
「どうでもいいと言えばどうでもいいけど……」
カーマはテイルの顔をじろじろと眺めた。
「もったいないわね。可愛い顔してるのに。
任務の途中でやられちゃったのかしら?
腕のたつ悪人がいるものね」
そのとき、なぜかテイルの口元がゆるんだ。「これは……」
「なに、この小娘? 笑ってるわ。
おお嫌だ。
気持ち悪いわ、気持ち悪いわ」
「如意ロープ!」突然、少女が叫んだ。
彼女の右目の包帯を突き抜け、眼窩の奥から金属製の細いロープが伸びる。
そのロープはまるで生きているかのようにうごめき、オカマ盗賊カーマの体に巻きつい
た。
「きゃ〜! なにこれ!
痛いわ! 気持ち悪いわ! そしてヤラシイわ!」
テイルの右目から伸びた長いロープが、ぎりぎりとオカマ盗賊を締め付ける。
助けようと、毛太郎がすぐさまロープを切りつける。
が、短刀は弾かれた。
はいつくばった姿勢のまま、テイルが言う。
「無駄よ、毛太郎!
武器を捨てて、私の上の文鎮をとりのけなさい!
もし下手なことしたら、あなたの相棒をもっと強く締めつけちゃうから!」
「む……」
毛太郎は息をのんだ。
この状況では、どんな行動をとろうと、テイルを出し抜くことは難しい。
彼はしぶしぶ短刀を足元に捨て、つぶやいた。
「あり、おり、はべり、いまそかり。
あり、おり、はべり、いまそかり」
背中の重みが、みるみる失われてゆく。
テイルはゆっくりと立ち上がった。胸と背中が痛む。
金属片のようなものが、背中からするりと滑り、足元に落ちた。見れば、一見ごくごく
普通の文鎮だ。まさかこの文鎮にあのような力があるとは、誰も思うまい。
「きいっ!
怪我してるように見せかけてこんなロープをひそませておくとは、
なんて巧妙な子かしら!
……いてててて!
ちょっと、きつすぎるわよ! 優しくしなさい!」
「さあ、美貌のオカマ盗賊もいよいよ終わりね!
おとなしく捕まってもらうわ。
毛太郎! もちろんあなたも今すぐ拘束させてもらうからね」
「……ふん」
観念したのだろうか、毛太郎は逃げようともしない。
テイルの右目からもう一本の如意ロープが伸び、毛太郎を簡単に捕獲した。
なぜカーマを残して逃げようとしないのだろうか? テイルは疑問に感じた。このよう
な事態になれば、相棒を見捨てたところで何も不思議はないというのに。
しかし同時に、納得してもいた。何度か追走劇を繰り広げた経験から、「彼らは他の盗
賊団とはどこか雰囲気が違う」という漠然とした思いがあったのである。
見れば、カーマが必死にもがいている。
しかし案の定、如意ロープはほどけそうにない。
「無駄よ、カーマ。
絶対にほどけないように出来てるの。
あなたたちのような悪者を捕まえるために、博士が作ってくれたんだから」
テイルはモスグリーン博士のことを思った。
博士もまた、現在この街に滞在している。
彼女が戦闘状態に入ると同時に、博士の元に通信がいくようになっている。だから博士
は、ここで戦闘が行われていることをすでに知ったはずだ。きっとすぐに駆けつけてくれ
る。
それを考えると、テイルのココロには勇気がわいてくる。
「この国の平和は、私と博士が守るの」
彼女は言った。
その表情には、確固たる信頼感があふれている。
それを見て、カーマは動きを止めた。「そう」
急に抵抗をやめたカーマにやや戸惑いながらも、テイルは答える。「ええ。そうよ」
カーマはどこか気の抜けたような表情で、幼いロボットに話しかける。
「ふうん。博士が大好きなのね」
「ええ、大好きよ」
「ふうん。博士を信頼してるのね」
「ええ、信頼してるわ」
「ふうん。そう」
「そうよ」
「それは、なんと、まあ……健気な」
その表情には、嘲るような色があった。
「へえ。なるほどなるほど。そうなのね」
カーマはぶつぶつと喋り続けている。
「たいそう御主人様が好きなのね。
うんうん、結構だこと」
テイルは、眉をひそめた。
「ええ、好きよ。それがなんなの」
「あらあら。
何度も言ってくれるわね。
それはまた実に素晴らしい」
カーマは薄笑いのまま続ける。
「でもね、あんたの存在ってそもそも何なのよ?
考えたことある?」
「何? どういう意味?」
「あんた、機械であるとはいえ、一応女の子でしょ。
せっかく可愛い容姿してるのに、
悪人を捕まえるために全身兵器みたいになっちゃってさ。
悲しくないの?
今だって、ほら、見てみなさいよ。
目からロープが伸びてんのよ。
気持ち悪すぎるわ。怖いわ。異常だわ。
あんた、まともじゃないのよ。
博士ってひどい人よね」
その言葉にテイルの顔が一瞬ひきつる。
彼女は、憎悪をこめてカーマを睨み据えた。
「盗賊なんかにそんなこと言われたくない。
これはね、悪者をどんどん捕まえることができるようにって、
私が頼んで作ってもらったものなの。
博士に作ってもらったこの体を侮辱することは、許さない。
そして何より、博士を侮辱することは許さない……絶対に!」
如意ロープが、さらに強くカーマをしめつける。
オカマ盗賊の叫び声が美術館に響き渡った。
しばらくすると、ロープがわずかに緩んだ。
カーマはそれを見計らって、苦しみに喘ぎながらも口を開いた。
「……あら……マジで怒っちゃったのね……。
よっぽどモスグリーン博士が好きなのね。
……でも、ふふ、人間なんてあんたが思ってるほど立派なもんじゃないのよ。
世間じゃチヤホヤされてるけど……モスグリーン博士も……きっとそう。
たぶん、出世欲に目がくらんだ権力亡者か何かでしょうね。
あなたなんてどうせ……彼の頭脳をアピールするための、ただの道具……」
「私を怒らせないで」テイルがつぶやく。「あなたが死ぬくらい、力を入れちゃいそう
よ」
ぎりぎりと少しずつ、ロープの力が強くなる。
カーマは身もだえしながら叫んだ。
「殺してみなさい!
このロープであたしをバラバラにしてみれば?
それを目にした博士がどんな思いをするかしらね!
たかが盗賊を、自作のロボットが過剰な暴力で虐殺! これは大評判になるわ!
知ってるでしょ? 近頃は反ロボット団体が発言力を増してるのよ。
事件が起きれば彼らは声を大にして言うわ、
『やはりロボットに心を与えるべきではなかった』とね!
ああいう人間たちは、ロボットと人間の境界がなくなることを心底恐れている!
間違いなくこれを機に、ココロ搭載ロボットの開発をつぶしにかかるわ!
開発の旗手であるモスグリーン博士は吊るし上げにあい、そして転落!
あんたも即、スクラップよ!
運がよくても、ココロと動力源を抜かれて、悪者博物館の展示物になるに違いないわ!
おほほほ、ざまあみろ!
さあ、殺せるもんなら殺してみなさい!」
テールは蒼白な顔をしている。
幼いロボットのココロに、負荷がかかり始めた。
カーマは続ける。
「聞いた話によると、モスグリーン博士はなかなかの人格者らしいわね!
でも、腹の内で何を考えているのかなんて、わかったもんじゃないわ!
反ロボット同盟は、博士がいずれロボット兵器で全世界を掌握しようとしてるんじゃな
いかって警戒してる。
あたしも同感よ! 博士はきっと、世界の王になりたいんだわ!
今はロボットたちはそれぞれの仕事に従事してるようにみえるけど、
その実、人間をなぶり殺しにする機会をうかがっているだけなのよ!
ええ、そうに違いないわ!」
「カーマ」毛太郎は、口の中で小さく呟いた。
しかしその声は誰にも聞こえない。
カーマの声はさらに大きくなる。
「普通の軍事兵器の開発だったら、その用途がわかりきってるから、世間は眉をひそめる。
けれどロボットなら一見人間そっくりだし、たいてい普通の仕事をしてるから、
誰も警戒しないものね!
それが博士の狙いなのよ!
きっと時期がきたら、ロボットたちが一斉に決起するんだわ!
そしたら、執事ロボも、メイドロボも、事務ロボも、バーテンロボも、プールの監視員
ロボも、一斉に人間をなぶり殺しにするんだわ。
そうよそうよ、そうに決まってるわ!
そしてあんたは、その計画の一部なのよ!
あんたの活躍で、みんなをあらかじめ信用させとくっていう作戦なんだわ!
あんたはそのための道具なのよ!」
「違う!」
テイルは叫んだ。
「博士はそんな人じゃない。
博士は優しい人。
私は博士が大好き。
そして私は、博士の道具なんかじゃない。
博士は私のお父さんで、私は博士の子供なんだもん」
テイルの声は震えている。
徐々にロープが緩みはじめたことに、毛太郎は気づいていた。
カーマの発言によって、テイルのココロに過負荷がかかっているのだろう。彼はそう考
えた。このまま、ロープに送り込まれるエネルギーがさらに減ってゆけば……。
彼はカーマを見た。
が、彼女は夢中で、そのことに気づいてはいないらしい。
「はあ? そんなわけないでしょうが!
どこの父親が、愛娘に捕り物をさせるのよ!
普通に考えたらわかるでしょ!」
カーマは叫ぶ。
「可愛い娘のそばにいて、守ってやる。これが父親ってもんよ!
本当にあんた馬鹿ね!
そういうこともわからないように、馬鹿に作られたのね!
わかったでしょ、あんたはただの道具なのよ!
あんたの父親は、あんたのことなんて鉄クズくらいにしか思っていないのよ!
知らなかったのね! 知らなかったのね!」
まだ経験の少ないココロ搭載ロボットにとって、これが決定打だったのだろうか。
テイルは感情を処理しきれず、ぼんやりとした表情になり、その活動は徐々に停止しつ
つあった。
そのとき、かすかな光がひらめき、甲高い金属音がした。
とっさに正気に戻ったテイル。しかし彼女が見たときには、すでに如意ロープは断ち切
られ、毛太郎が短刀をしまったあとだった。
「カーマ!」毛太郎の声が響く。
口を歪め、鬼のような形相をしていたカーマが、びくりと体を震わせる。
彼女は一瞬ぼうっとした表情をみせたが、束縛が解かれたことにやっと気づいたらしく、
咽喉の奥で「あ、ああ」とうめいた。
毛太郎はテイルに向かって一言「さらば」とつぶやき、闇の向こうへ消え去る。その顔
はどこか悲しげだった。
「……」一方カーマは押し黙ったままテイルを見つめ、何やらためらうような様子を見せ
たものの、間もなく同じように逃げ去った。狙っていたお宝には、目もくれず。
残されたテイルに、彼らを追跡する気力はなかった。
* * *
* * *
充分に現場を離れ、安全を確認したあと、疲れたふたりは裏路地の一角に腰を下ろした。
「……」
「体、痛むだろう」
「……」
聞こえているのかいないのか、カーマは何も答えず、虚ろに宙を見つめている。
「おい、カーマ」
「……」
「カーマ!」
「聞こえてるわ。
体?
もちろん痛いわよ。
おなかのあたりが特にやられてる。
本当、とんでもないロープね」
「すぐに手当てをしなければ」
「いえ、いいの。
さっきから言ってるでしょう。しばらくこのままでいるわ。
いいのよ。あの子を怒らせたあたしが悪いんだもの」
「……」
「しこたま怒らせて、そしてしこたま傷つけちゃったものね」
「……」
「最低ね、あたし」
「……」
「でもあのときはもう、何がなんだかわからなくなっちゃってて……。
自分が誰のことを言っているのか、誰に対して言ってるのか……」
「……」
「初めはただの挑発のつもりだったのよ。
思いついたことをどんどん喋って、
ちょっとでもあの子を動揺させてやろうと。
……『思いついたこと』……?
いえ、あれは……。
……ああ、毛太郎。
けれど、あたし、とめられなかったの」
「……」
「そして一瞬、あの子の心がズタズタになればいいって思ったわ。
ええ、そう思ったの。確かにそう思ったの」
カーマの目に涙がにじむ。
「……ねえ、毛太郎。
あたしってなんて残酷なのかしら。
でも、言い訳させて。
あれは本当の私じゃないのよ。
違うのよ。違うのよ」
「わかってる」
「ああ、ああ。
あたしって、なんでこうなのかしら。
本当はあんなことを言いたいんじゃなかったのよ。
ええ、ええ、今更なにを言っても、言い訳よ。
でも、それでも、違うのよ。違うのよ」
「ああ」
「ああ、あなただけはわかってくれるかしら。
モスグリーン博士が芯から心優しい人間であることを一番信じているのは、
きっとあたしだってことを」
「わかってるよ」
「そうよね。そうよね。
会ったこともないけれど、モスグリーン博士はきっと素晴らしい人だわ。
わたしにはわかるの」
「そうだな」
「あの子、可愛らしくて、いい子だわ。
あんな子の父親だけはいい人であってもらわなくちゃ困るわ。
あの子の悩むところなんて見たくないわ」
「そうだな」
「でも考えてみればあたしたち、
泥棒稼業してるせいであの子を悩ませてるのね。
しかも今日はブチ切れて、あの子を取り返しのつかないほど傷つけちゃったわ。
あたしってつくづくアホなのね。
最低だわ」
そういってカーマは顔を伏せた。
長い沈黙があった。
「……ねえ。
あたし、泥棒稼業から足を洗おうかと思うわ。
才能ないんですもの。
今日だって、せっかくのお宝、忘れてきちゃったわ。
本当にダメ泥棒ね」
「そうだな」
「あら、あっさり肯定するのね。
まあ事実ですものね」
カーマは獣人の顔をじっと見た。
「今までありがとうね」
「ああ」
「近いうち、あの子のところに、今日のことを謝りにいくわ」
「ああ」
「許してもらえるなんて思わないけど、行かなきゃならないわ」
「ああ」
「……普段はどんな暮らしをしてるのかしら。
案外のんびりほんわか暮らしてるのかもしれないわ」
「そうだな」
「きっと心優しいお父さんと、楽しく暮らしてるのね」
「そうだな」
「……ねえ、毛太郎。
あなたはわかってくれるでしょう?
何度も言うけど、あたし、本当はあんなこと思ってなかったのよ。
あの子が幸せでなけりゃ、あたし嫌よ」
カーマの目から、はらはらと涙がこぼれた。
毛太郎は思わず目を伏せた。
そんな彼の視界に入った物、それはカーマの脇腹の、破損した人工皮膚。
そして、そのあいだからのぞく、メタリック腹筋のにぶい輝き。
カーマとの盗賊生活のなかで、彼女が怪我をするところは何度も見てきた。そのたびに、
毛太郎は思い出さずにはいられない。現在のボディーに交換する前のカーマを。
……もう十年近くも前。
毛太郎がようやく盗賊稼業に慣れ始めた時分のこと。
そのころ彼は、単独で行動する盗賊だった。
そんな彼があるとき忍び込んだ、とある建物。
それは、隠された研究所。
狂気じみた野望を抱き、しかしその狂気に蝕まれ、計画を実行するよりも先に狂気のう
ちに死んだ、或る科学者の根城だった場所。
その奥深く。打ち捨てられた、傷だらけのロボットたち。
七体あったそれらすべてが、すでに壊れているように思われた。
毛太郎はそのひとつひとつを見て回った。
六体は完全に機能を停止していた。
しかし床に転がる最後の一体に手を触れたとき、そのロボットは目だけをぐるりと動か
し、毛太郎を見たのだ。
あの虚ろな瞳を、彼は忘れることができない。……
カーマの鼻をすする音が聞こえ、毛太郎は追憶から引き戻された。
「そうよ。
あの子は道具なんかじゃないわ。
御主人様からとっても愛されてるの。
そしてきっと、幸せな人生を送るんだわ。
そうよ。そうよ。
ねえ、毛太郎。
あたしの言ってること、きっと正しいわよね」
毛太郎は伏せていた目を上げた。
「……ああ。正しいよ。百パーセント正しい」
* * *
* * *
暗い美術館の中で、テイルは一人たたずんでいた。
私は一体どうしてしまったんだろう。
博士は平和を愛する素晴らしい人だと思う。そして、私のことを娘として愛してくれて
いる。ならば、あんな盗賊たちの言葉にショックを受ける必要などさらさらない。
しかしそれではなぜ、私はあれほど心を揺さぶられたのだろうか。
もしかしたら自分は、カーマが言っていたようなことを、うすうす感じていたのではな
いだろうか。恐れていたのではないだろうか。……だからこそ、あのような根拠のない暴
言に動揺してしまったのだ。
博士は私のことを本当はどう思っているんだろうか。
もしかしたら、博士は私のことを娘だとは思っていないのかもしれない。
カーマの言うことには、もっともなところもあるのではないか。
本音を言えば自分は、悪人を追いかけまわす毎日に疲れて……。
いや。まさか。そんなことは。
……。
彼女は顔に包帯を巻き直した。
そして全身の汚れを払い、大きなため息をついた。
そのとき、館内に明かりが灯った。
そして、何人もの人間の声。足音。
やっと異変に気づいてやってきた警備員たちだ。
そこに混じっている一人の男性の姿に、テイルは気づいた。
その瞬間、先ほどまでの暗い表情はすっかり消え去り、彼女は明るい笑顔を見せた。
「博士、博士!」
「おお、テイル!」
彼女はモスグリーン博士の胸に飛び込み、顔を押し付けた。
博士の大きな腕が、彼女を包む。
しばらくその感触を味わってから、彼女は体を離し、顔を上げた。
「博士、なにも盗まれずにすんだよ!
でも、泥棒たち、逃がしちゃった。
ごめんなさい」
「うんうん。いいんだよ」
博士はにっこり笑い、しゃがみこんだ。
「大丈夫だったかい。怪我はなかったかい」
「うん、大丈夫。でも……」
「なんだい、やっぱりどこか痛めちゃったのかい」
「……。
うん、そう。
そうなんだ。
すごく重い文鎮につぶされちゃって、ちょっと背中が痛いの」
「な、な、なに! 大変だ!」
「……博士、そんなにあわてなくても大丈夫だよ。
たいしたことないんだ。
心配かけてごめんなさい」
「何を謝ることがあるんだ。
さ、早く戻ろう」
博士はもう一度テイルを優しく抱きしめた。
テイルは泣き笑いのような表情で一言答えた。
「うん」
博士はきっと、自分のことを心から愛してくれている。
だから何も恐れる必要は無いはずだ。
でも自分は確かに、あの盗賊の言葉に心を乱されたのだ。
それを思い出し、彼女の胸は痛んだ。
彼女はもう一度、博士の胸元に顔をうずめた。
* * *
* * *
「お腹もすっかり直ったし、
そろそろあの子に会いに行くわ。
あんなことを言っちゃった手前、会うのは怖くて仕方ないけれど、
どうしても謝らなくちゃいけないもの。
でも、のこのこ会いに行ったら、あっさり捕まっちゃうのかしら。
そこは考えどころね。
……いえ、いいの。
一人で行くわ。
ええ。大丈夫よ。ありがとう。
……それにしても、最近つくづく思うわ。
技術の進歩って本当にすごいわね。
もう、あたしが生まれた頃とは、何もかも違うのよ。
ロボットも、もう不良品なんてありゃしないの。
あたしなんて、最初っから体も回路も不完全。
人間には成れないし、ロボットとしての自分を全肯定することも出来ないし。
男と言えば男だけど、女と言えば女だしで、ワケわかんないし。
そして、それらすべての中間なんだって認めて生きてゆくことも出来ない。
ほんと、あたしって駄目ね。
ロボットとして生まれながら女の子で居られるっていうのは、
本当に素敵なことだと思うわ。
あたしだって女の子として人生を楽しみたかったけれど、もう無理だもんね。
……もちろん、体を取り替えることは出来るわ。
でもそれじゃ、効果なし。
だってあたし、回路の髄までオカマだもの。
……それならいっそのこと、回路を取り替えるっていう手もあるわ。
でも、あたしにはできない。
だって、そんなことをしたら、あたしがあたしじゃなくなっちゃうもの。
それだけは許せないわ。
忘れたい過去はイヤってほどあるけど、
すべてを忘れて自分が自分じゃなくなるくらいなら、
何もかも背負っていくわ。
ということは、つまり……。
……ねえ、結局、どうにもならないのね。
あたし、時々考えるの。
もしもあたしが、あたしを愛してくれる人のもとに作られたなら、
どんな人生だっただろうって。
もしそうなら……。
いえ、実のところ、想像すら出来ないんだけど。
そしてもうひとつ、こんなことも思うの。
あたしがあの子みたいに、一途で素直な回路をもっていたら、って。
……もしそうだったら、たとえば……、
……たとえばの話よ……、
誰か好きな男ができたとしても、
なんにも躊躇しなくて済んだのに、って……。
……自分はロボットだからとか、自分はオカマだからとか、
そんなことばかりをくよくよと考えて……何年間も、何年間も……。
……あら。
どうしちゃったのかしら、あたし。
このあいだからちょくちょく変なことを口走っちゃって、本当にポンコツなのね。
しんみりしちゃってごめんなさい。
そうそう、つい度忘れしてたけど、
そう言えばあたしって、ただの陽気なオカマなのよね。
おほほほ。
いけないわ、あたしったら。笑っちゃうわね。
おほほほ」
(おわり)
終了です。
支援ありがとうございました!
乙!
支援しながら一気に読んじゃったぜ
名前とか呪文とかコミカルなのにシリアスで、でも最後はほっとした。
294 :
創る名無しに見る名無し:2010/07/20(火) 23:42:42 ID:M97gSXKP
いい話だった
ロボットとは意表を突かれたな
295 :
235:2010/07/21(水) 14:20:52 ID:tG3iFgq2
296 :
創る名無しに見る名無し:
よく分かんないけど、合作すればいいんじゃね?