THE・GANTZ 

このエントリーをはてなブックマークに追加
267創る名無しに見る名無し:2010/06/20(日) 18:28:13 ID:UVc8FNRU
ダンッ!


三澤は、僕の肩を掴んで壁に押しやり、叩きつけた。


「う……」


普段、滅多に見せないような、真剣な表情。

三澤の目は真っ直ぐに僕を見る。




「私達を、護ってくれたんでしょ……」


「…………」


そうだった。
いつも、こうやって三澤が支えてくれた。

殺さなければいけない現実と理性との葛藤の中で、三澤がいたから、僕は正常でいられた。


そうだった。



いつも、そうだった。





「ぼく…は」


声が震えた。
268創る名無しに見る名無し:2010/06/20(日) 18:29:19 ID:UVc8FNRU



「僕…は、いつも一人で……、それで…『強い』って思ってた…けど」



それは違った。



「何言ってんの……あんた弱いじゃん…」


三澤は微かに笑う。



「………う…ん……」




ガシャ…


力の抜けた右手から銃はすり抜け、床へと落ちる。

手の震えは、もう止まっていた。
269創る名無しに見る名無し:2010/06/20(日) 18:30:47 ID:UVc8FNRU
ホテル前のロータリーにしゃがみ込んで携帯をいじっていた、黒いスーツの若い女、石川は、
ホテル内から飛び出した三つの人影に思わず立ち上がった。



「! 倉本!? と、ターゲットのガキ……」



戦う…という気は起きなかった。
三人は銃を持っていたし、
それに、第一あたしは倉本一人にだって勝てる気がしない。


それよりも、屋上だ。
屋上で一体何が起きたのか。


「どうなってんのマジで。ババアは落ちてくるしさ」


石川はエレベーターのボタンを激しく連打した。






数分後、

石川が屋上で見たものは、

血の海の中に倒れた、二体の下半身だけの死体。

捕縛され、更に殴られ気絶した荒井。



そこに、檜尾の姿はなかった。
270創る名無しに見る名無し:2010/06/20(日) 18:32:08 ID:UVc8FNRU
残り10分。


高森達は、駅を北に抜けた繁華街を走っていた。


誰かが、その「10分」という残り時間を口にした時だった。



後方から迫る黒い影。



「!!」

「檜尾…!」



ギュン!ギュン!


アスリートの世界記録を二重にも三重にも塗り替えるような速さで檜尾は迫り、急速に距離を縮める。


「駄目だッ! 追い付かれる!」

「あと10分なのに!」


「………………」



倉本の表情が変わる。
これは自分の使命だった。

檜尾と、決着をつける。



「……私が食い止めます!! 二人は逃げて下さい!」



ザッ!


脚のホルスターから刀を抜き出し、刃を伸ばす。


「檜尾ッ…!」
271創る名無しに見る名無し:2010/06/20(日) 18:33:10 ID:UVc8FNRU
ギュン!



減速することなく突っ込む檜尾へ向け、倉本は、


横の一閃……!


檜尾はそれを飛んで避わし、倉本の頭上をアクロバティックに舞う。



想定済みだった…
一打目を避けることは想定済み……!


振り向き、着地した檜尾に刀を振り上げる。



ブンッ!



更にもう一撃…


ブンッ!



だが、倉本の剣撃は、
いずれも空振り……!

完全に当たるコースの攻撃さえも、檜尾は、まるで空間が歪むような急速回避で翻弄する。



倉本は、早回しで撮ったアクション映画を目の前で見ているような気分だった。

有り得ないことだ。
これはCGで処理された映画でも、派手に崩した作画のアニメーションでもない。

この世界の物理法則を完全に無視したスタントが、
ごく普通の繁華街で展開している現実……!



当たらない!

倉本は焦る!
叫ぶ!


「うあああアアアア!!」
272創る名無しに見る名無し:2010/06/20(日) 18:34:20 ID:UVc8FNRU
それはまさに、この地球を縛り付ける重力への暴挙。


『世界が壊れる』という現象は、ゲームの中ではよくあることだが、
今の檜尾の動きはまさに、現実世界の空間法則を処理の限界まで乱し、破壊するが如く、

檜尾は避ける!

避ける!

避ける!


バック転、バック宙、

檜尾は、当たるスレスレのところでいずれも回避…




ギョーン……



……………………

檜尾の動きが止まる。


左手で振った刀、
直後に倉本は右手で銃撃していた……


当たった……!


だが、檜尾は無反応で一歩踏み出す。

乱れた髪。表情のない目。



更に一歩、倉本に向かって歩みを進める。



ギョーン!ギョーン!


更に一歩。

一歩。

檜尾は歩み寄る。

撃たれていることにもお構い無しに。
無表情で接近する。
273創る名無しに見る名無し:2010/06/20(日) 19:26:09 ID:UVc8FNRU
異常……

異常行動……

いつかの三澤亜希のような異常さが、

今、

私に向けて……




檜尾は遂には、倉本の目の前に、鼻がぶつかる程にまで迫る。




伸ばした檜尾の両手は倉本の首筋を、ゆっくりとなぞる。



パリン…


スーツの弱点を、その指は押し破った。
中から、血の色の液体が流れ出る……。


パタッ、パタタ


それは檜尾の腕を滴り、二人の足元を濡らした。



なに、これ……
スーツが……、急に……




午前零時
魔法が解けた。


今まで彼女を支えていた力は嘘のように抜け、
倉本陽菜は、ただの少女に戻っていた。
274創る名無しに見る名無し:2010/06/20(日) 19:29:17 ID:UVc8FNRU
………




全身が震える。
身動きがとれない。


私は…負ける…
負ける…


殺される……


怖い

でも……
でも………

…………


相手を精神的に追い詰め、支配する檜尾の性質には吐き気がした。
でも、一番許せなかったのは、それを受け入れる自分の弱さだった。


私はもう嫌だ。


彼に屈服するのは……!




この極限状態の中、
気づいた時にはもう、眼前の檜尾に怒りをぶつけていた。



「殺すなら殺せばいい!! 私はッ! あなたのペットじゃない!!」
275創る名無しに見る名無し:2010/06/20(日) 19:34:34 ID:UVc8FNRU
…………

檜尾の大きく見開いた目が私を見つめる。

女のような唇が開き、囁く。





「調子乗るな、倉本」



「! …んぅ゛ッ……!!」



……………………

……………………




『あの時、屋上で檜尾を撃てなかった』


『殺せなかった』




私の中の弱い心は、彼に嫌われたくないって言ったんだ。

信じられないけど、
私も、彼を必要としていた。
276創る名無しに見る名無し:2010/06/20(日) 19:37:21 ID:UVc8FNRU
私は、飼われること、支配されることを、
嫌だったけど、
心の底では、望んでいたんだ。


きっと、一人になるのが怖くて
強く私と繋がれる人を、求めていた。
強く繋がれるのなら、それが歪んだ関係でも、良かった。


私は、何も変われない。
強い言葉を吐いたって、変われない。
変わることを拒否する自分がいるから。




高森…さん、三澤さん…、

こんな……私を見て、二人はどう思う…かな

情けない……かな





おとうさん、おかあさん…が……
こんな…わたしを…みたら…
277創る名無しに見る名無し:2010/06/20(日) 19:38:51 ID:UVc8FNRU
「あと三分ッ!!」

「はッ…、はぁッ はッ」



人もまばらな深夜のアーケードを、全速力で駆け抜ける。

檜尾は追ってこない。今のところ…。



「このまま、逃げ切る…ッ…」




歩く通行人とすれ違う。

夜遊びの若者、飲み屋帰りの酔っ払いの傍を、高森はすり抜ける。



バンッ!


たった今すれ違った酔っ払いの頭が、高森の背後、すぐ目の前で爆発した。

僅かに、顔に血が降り懸かる。



「うッ!」



ギョーン ギョーン…


遥か後方から聞こえる、銃の不気味な発射音。



「うっあッ……! ハアッ、追わ…れ、てる…! ハッ、撃たれて、る!」


「……!」


後ろを振り返り、三澤は絶望の表情を浮かべた。




檜尾守。

薄い笑みを浮かべた死神、地獄の門番が僕達を追う。
278創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 02:39:13 ID:p9UjukUA
倉本はどうした……

檜尾がここにいるということは、倉本は……



不吉な感覚に襲われる。




バリン!ガシャン!


その時、
高森達の向かう先、前方に、
アーケード屋根を破り、何者かが降り立った。


ダンッ!!



190センチの長身を屈めて着地したのは、スキンヘッドの男。

立ち上がり、無言で銃を構える。




「はっ、はアッ!?」



手加減一切無しの展開に、高森は思わず間抜けな声を上げた。




挟み撃ち……!

後ろには檜尾、行く先にはスキンヘッド。


逃げ場無し。




「うあッ! ちょッ! とッ!」


ギョーン!ギョーン!

追い撃ちをかけるように銃の発射音が響く。
279創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 02:41:35 ID:p9UjukUA
「あああ゛あ! どッ! どーすれば……!」



ググググ…


次の瞬間、
高森の踏み出した地面がせり上がり



バアアアアアアン!



爆発。
大きく舞い上がった高森と三澤の身体は、閉店後の店のシャッターへと…



うッ…直撃コース…



ガッシャアアアアン!



「………… げほっ…」

「……ぅ…」



銃…は……

落とした……。



アーケードの反対側に転がる銃が見える。
破壊された地面の瓦礫の中には、三澤の銃も……。


いや、
仮に武器を持っていたとしても、二人相手に太刀打ちはできなかった。
屋上の件で僕の手は読まれているし……
って、つまりこれは…


王手。

なまじ極限で冷静になった頭だから、わかってしまう。
どんなに考えたって突破口はない。
完全なチェックメイトだった。
280創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 02:45:49 ID:p9UjukUA
銃撃によって生じた煙の中から檜尾が現れる。
ゆっくりと、高森達に向かって歩き出す。



「なんだ、檜尾もいたのか」

後ろからスキンヘッドが近づく。


「悪いけど、そいつだけボクにやらせてよ……」

高森を指差す檜尾。


……

目が合う。



自分に盾突く者、脅威となる者は、何らかの方法で必ず潰してきた。
そうやって、自己を保ってきた。

女でも金でもない。
檜尾にとって、それがこの世で最大の価値だった。

屋上で高森に受けた屈辱。
それを今、直接清算することで、檜尾はこれからも自分であることができる……



「…ということで、女の方はあげるよ」


「どうも」




カチャッ……
ガシャ…


タイムアップまであと二分。
短いやり取りで済ませた二人は、
倒れ、追い詰められた高森達に、一斉に銃を向ける。




どう抗っても、勝ち目はない。
高森は終わりを悟った。
281創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 02:48:56 ID:p9UjukUA
私達に突き付けられた、二つの黒い銃口。

最期。
最期の時。


「……すまない。三澤まで巻き込んで…」


高森の口調は、少し優しい。


「は、はは……」

私の口から自然と笑いが零れた。
何故だかわからない。もう何もかも終わってしまうのに。



「わ、わたしね、楽しかった…よ。高森と…」

「…………」


「色々話したり…とか、……たいしたことやってないけど…」


な、何言い出すんだ私は
いかん……自制が利かない。



「一緒にいた数ヶ月……たった数ヶ月だけど、楽しかった……。あはは…」


うわあああ…

もう最期だからって、変なこと口走ってる…

変なポエムにして綴り始めてる…
ヤバイ…


スキンヘッドの男が「オイオイ」とか言ってる…

恥ずかしい…
いっそ殺して…!

もう恥ずかしいから早く撃ってくれえー…!



「わ、わたしッ! 生まれ変わってもッ…!」




ドンッ!!
282創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 02:50:59 ID:p9UjukUA



…………


それは檜尾にとって不可解なことだった。


高森と三澤が驚きの顔をしている。
目前の死に絶望していたはずの二人が、
何か、それ以上の事態を目撃している。




それは何か?




それは………



それは、檜尾の横にいたはずの長身の男が、突如、姿を消したこと。



スキンヘッドがいたはずの地面には、巨大なクレーターが発生していた。




「うッ!!」


ドンッ!!



飛びのく檜尾。
檜尾が今いた位置に、轟音と共に、同じようなクレーターが出来上がる。


あまりの事態に、檜尾は一瞬混乱した。


倉本!?
いや、違う。

この攻撃は………


「藤岡……!」
283創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 02:52:33 ID:p9UjukUA
ドンッ!!


謎の攻撃。

見えない何者かの攻撃は、檜尾を狙い繰り返された。

それは、アーケードの屋根を突き破り、地上に無数のクレーターを作る、上空からの圧殺攻撃。



「クソッ…!」


檜尾は不可視の敵に向かって、がむしゃらにトリガーを引く。


ギョーン!ギョギョーン!


ドンッ!ドンッ!




「う…わ……」


目茶苦茶に破壊されていくアーケード街。
三澤達が見た光景は壮絶なものだった。


「見えない誰かが……戦っている…」
284創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 02:54:47 ID:p9UjukUA
キュイィイ…
ギュンッ!


檜尾の持つ最大の特性は『スピード』
次を予測させない不規則な動きで、何者かが放つ圧殺攻撃を絶えず避け続ける。


だが、



その一瞬、
檜尾は、自らの動きがスローになるのを感じた。
望んだ速度で動かない手足、
それは、追われる悪夢の中のような感覚。



商店街のアーケードを揺らす轟音と衝撃の中、

走る檜尾のスーツから液体が流れ出る。



「………!」


スーツの機能が停止した時、

檜尾を取り囲んだ感情は恐怖、ではなかった。




………『怒り』



自らを凌駕する存在、
自らの上に立とうとする存在に、沸き上がる怒りが、

追い詰められた檜尾を更に突き動かした。


正面に向け、構えた銃が展開する。


「ざけんなよ藤岡ァア!!」
285創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 02:57:20 ID:p9UjukUA

……………!



何もない空間に向けて放った一撃。


無音の時が流れる。




檜尾は、確かに手に伝わった手応えに、嬉々と表情を歪ませた。


命中………!




銃から照射された光が、一瞬、歪められたステルス空間を照らす。


巨大な銃を構えた、細いラインの影。


檜尾は光の中に、藤岡の微笑が揺れたのを見た。




ドンッ!!!


銃を伸ばした腕を残し、檜尾守はこの世界から消滅した。
286創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 03:22:43 ID:p9UjukUA
「お…終わった……」



持ち主を失った銃と腕が、虚しく横たわる。
傍には、元は檜尾だった、血と肉のプールが出来上がっていた。



高森が時計を確認する。


1時間、経過。
タイムアップ………。


終わった。
圧倒的な力を持った何者かが、凄惨な夜を終わらせた。
287創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 06:21:20 ID:p9UjukUA
ジリリリリ…!

早朝6時00分。
部屋の目覚ましが鳴る。


夢……?
あの夜の出来事は、全て夢…?
僕がいつも見る、変な戦いの夢の延長…?

謎の集団に追われて、どうにか生き延びて…
その後タクシーを拾って、三澤宅前の公園で……


……………


白川公園…
事件後にかけられていたシートは外されて、今はもう普通に利用できるらしい。


「三澤の家、やっぱりこのでかい家だったのか……」

「? ここ来たことあるの?」

「あ…、いや…。まぁいいや、じゃあ…僕も帰るよ。また明日…」
「あッ、ちょっと待って」

半ば逃げるようにその場を去ろうとした僕を、三澤は引き止める。

「私……、高森の携帯とか、メアド知らない…」

「? …ああ」


今更だな。


「別に不要だと思うけど」

…………

『不要』

何故それを言う必要がある?
黙って番号とアドレスを教えればいいだけの話だ。
ただ連絡先を教えるだけ。何も変なことじゃない。

僕は、三澤と距離を置きたいと思っている……?
今日みたいなことがあったから…。
エレベーターの中で、彼女が僕の心に触れたから……。



「あんたが不要でも、私は要るの」
288創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 06:24:40 ID:p9UjukUA



………………


「う゛っ! いて…」


全身の筋肉痛に加え、店のシャッターに身体を打ち付けた時の打撲だろう。

昨日の事は夢じゃなかった、っていう証明……。


「ついでにコレも……昨日の証明…」


僕は携帯のメモリから三澤亜希の電話番号を表示させ、発信ボタンを押した。


プルル…
プルルル…ガチャ


「…ふぁい」

明らかに寝起きの声。


「……。電話したぞ。言われた通り」

「あー、ありあと…。おかげで置き…おきれた」


起きれてない。
こりゃ、電話切ったら二度寝するな。


「今日行くのか? 学校。全然寝れてないし、なんか全身痛いんだが」

「ああー、高森は普段、体動かさないからね…帰宅部だし」

「……」
289創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 06:26:16 ID:p9UjukUA
「高森は……、絵は…もう描かないの?」

「ん…、まぁ気が向けば…」


「ふぅん…。あ、そういえばこの前さぁ……」

「ちょっと待て」


「電話で起こしてくれって言われて電話したのに、なんだか普通の会話になってないか?」

「なんで? だめ?」


駄目じゃない。
僕だって別に構わない。
けど今は、
今はな……


「僕達はターゲット指定されたって…。昨日を逃げ切ったことで、その指定は解除されたのか?」

「…わかんない」


「またそのうち、昨日みたいに狙われるかもしれない。最悪、今日にでも……」

「考えたって仕方なくない?」


「でも、それにしたって呑気すぎないか? 命の危険がまだあるかもしれないのに世間話だなんて…」


………

ここまで言って、僕は言ったことを後悔した。

…何言ってるんだ、僕は。
つまり、僕はどうしたいんだ。
僕はただ一人で不安がっているだけじゃないか。
三澤だって怖いに決まっている。それなのに僕は……。
290創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 06:27:52 ID:p9UjukUA
「……死ぬかもしれないから……いつ死ぬかわからないから……私は普通の話がしたい」


「部屋にいた時も、私達、普通の話してたよ」


「……覚えてるのか…部屋でのこと」


「最近、夢に見てる…」







あの部屋から自由になって、僕に残ったのは戦闘の記憶で、三澤に残ったのは会話の記憶。


ずっと感じていた、僕と三澤の違い、温度差、ズレ、みたいなもの。
それがなんなのか、なんとなくわかった気がした。




「ごめん」

「なになに!? いきなりなんで謝るの?」


「なんとなく……」
291創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 06:29:17 ID:p9UjukUA
筋肉痛の身体を引きずっての登校…。

本当に、鈍りきっているんだ…僕の体は。
何かスポーツでも始めるべきなのか……。



ファイッ、オー!
ファイッ、オー!



どこかの部活の朝練だ。
ランニング中の集団が僕を追い抜いていく。


うっ…、無理だ。
必要もないのに、あんな風に体を動かす気にはなれない…。



「高森さん」


そんな僕の背中にかかる声。
軋む体を無理に捻らせ振り向く。


「倉本…さん?!」

「おはようございます」


小柄な一年生。制服を着た倉本陽菜がいた。


「…無事だったんだ……」

「あはは…なんとか」



てっきり死んだと思っていた。
それも、僕が発生させた、本来なかったはずの戦闘で、彼女は犠牲になってしまったと……。


「……良かった。本当に」


思わず手を握った。
倉本は少し俯き、恥ずかしそうに笑う。
292創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 06:31:56 ID:p9UjukUA
「良かったことがもう一つあります」

「?」

「恐らく、高森さんと三澤さんのターゲット指定は解除されています」

「………ほ、本当か…」

「恐らく…というのは、今までの前例からしか推察できないからです。恐らく、次のミッションでは普通に宇宙人がターゲットだろう、と」

「普通が宇宙人っていうのも変な話だな…」


というか、今までにターゲットを逃がした前例があるのか……。
もし狂暴な星人を逃がしたりしたら、相当悲惨なことになるんじゃないか…?


「まぁ…そういうことだから安心していいだろう…って藤岡さんが」


「藤岡…?」


「覚えていませんか? いつもステルスで…」


昨日、僕達を救った見えない奴か……。


「私も高森さんも三澤さんも、会話は疎か、姿を見たことすら一度もなくて…。あ、私は昨日初めて話しましたけど…」

「それで、採点の時にいつも『藤岡』って表示されるから、私達が勝手に藤岡って呼んでて…」


「な、なんだそいつは。色々おかしいぞ…」


ごもっともだと言うように、倉本は笑う。


「でも、意外と普通の人でしたよ」
293創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 06:33:02 ID:p9UjukUA
規定の登校時刻の30分前。
だが、今日は朝練で早く来た者も多く、朝から騒がしい教室に入る。



ブブブ……

席へ着こうとした僕の、ポケットの中の携帯が震え出す。
三澤からのメールだった。


『二度寝しちゃった!テヘ 今から家出るから先生に遅刻するって言っといて〜』


「…………」

案の定…か。
早く起こしすぎたかな…。



「高森くん、亜希遅刻するって」

三澤と仲の良い女子だ。僕の顔の前に、携帯のメール画面をちらつかせる。


「僕にも同じ内容のメールが来た」

「あ、そうなの。……って、あれ…高森くんって亜希のメアド……」

何かに気づいて、少し嬉しそうな顔をする。


「まぁいいや。先生には私が言っておくね」


小声で「亜希を頼んだよぉー」とか言いながら、今日もカップリング脳全開の彼女は、若干スキップ気味に教室から出て行った。


ん…、藤岡……。
あいつも確か…、藤岡…って…
藤岡ちひろ…だったよな。

偶然だよな。珍しい姓じゃないし。



偶然だよな…?
294創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 08:41:30 ID:p9UjukUA
朝のホームルームが始まる。
担任の長い話。
今までと何も変わらない日常。昨日のことが嘘だったみたいに。



ターゲット指定が解除された…。
もう僕達が狙われることはない。

じゃあ、昨日狙われたのは何だったのか。
そのいい加減さは何だ…。

でも、部屋にいた頃の僕の記憶は「そんなもんだ」と言う。
それで納得できる自分もいるんだ。


僕は、中途半端に片足だけを非日常の世界に突っ込んだ。
夢と現実の境から、その両方を見ている存在。

今朝のニュースで、駅北アーケードの破壊は報道されなかった。
理由は恐らく、死者が出たから。

全てを知る者の仕業なのかはわからないが、事件を隠蔽しようとする流れが確実にある。
昨日の体験を誰かに話すのは避けるべきだ。話して信じる人間は、まずいないと思うが…。

とにかく、特殊部隊の一件は全て忘れよう。それが自分の為だ。
295創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 08:44:36 ID:p9UjukUA
授業間の休憩時間を机に突っ伏して寝ていた僕の耳に、騒がしい女子の声が聞こえる。


「ちひろ!」


「昨日凄かったの! 駅北の商店街で…! 高森と!」


「しかも、ニュースにもなってないの! 報道規制されてる! すごいよ!」



……………


手遅れ。

黙っておけ、なんて到底できっこないよな……こいつは。

しかも三澤は興奮し過ぎで、何が言いたいのかイマイチ相手に伝わっていない。


「だから…! えっとえっと、要は…!」

「つまり……高森くんと昨晩、凄かったの……?」


酷い勘違いをされている。



「高森、三澤さんのゲーム俺の家に置きっぱなんだけど。取りにこいよ」

小林の声。
すぐそこに三澤本人がいるのに、なんでわざわざそれを僕に言うんだ?



「あ゛ーーッ!もう!高森!起きてんでしょ!私の代わりに昨日の説明してよ!」



非常に面倒臭い現実。
逃げても逃げても、僕をそこに引っ張り込もうとする存在。

彼女がいる限り、逃避なんて、昨日のことは忘れて静かに生きようなんて無理な話だった。


まだ朦朧とする意識の中、僕は頭を起こし、重たい瞼を開いた。


「ホラね! 起きてるんなら返事しなよ、高森!」



別に迷惑じゃないけど、僕は今日も迷惑そうな顔をしている。
296創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 08:46:27 ID:p9UjukUA
ジジジジ……


星人の肉体が少しずつ解かれ、データの光に変換され、夜空の星の間に消えていく。

高森が、最期の敵を転送した。



終わった……。
今回の戦闘で私は……、恐らく高森も、トータル100点に到達する。

100点の報酬は、『自由』『武器』『再生』の、どれか一つ。
高森は『自由』を選ぶだろう。


私は……、

私は、この世界に残ると決めていた。

自由を得たとして私は、日常に、あの世界に、もう何も感じない。
元々、逃げ出してきた世界なのだから。

それに、この世界にはまだ、倉本陽菜だっている。彼女が自由になれるまで、私は一緒に戦おう。

その後は……

その後は、この世界で、いつか訪れる死を待とう。


ふと高森の方を見る。
彼は、星人の光が消えて行った空をずっと見上げていた。



「……高森、何見てるの?」



「ああ、空が……」


高森の表情が、気のせいかいつもより明るい。



「あの月の辺り、凄く綺麗じゃないか?」


そう言い、夜空に遠く、白く輝く満月と雲を指差した。

この近辺はビルもなく、この時間帯は特別空気が澄んでいる。
月も雲も夜空の黒もはっきりと見える。
いつも街で見るぼんやりとした、霧掛かった月とは違う。
はっきりと、遠くだけれど、確かにそこに存在しているのがわかる。
297創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 08:47:36 ID:p9UjukUA
「本当だ……」


「僕は、星のこととかあまり詳しく知らないけど、空を見るのは好きでさ……」


「……うん」



珍しかった。高森が自分のことを話し始めるなんて。
こんなことが、今までにあっただろうか。




「僕は、この世界って特別嫌なことはないけど、その代わり特別楽しいこともなくて……、まぁそれでいいかって思ってるけど……」



彼の言う『この世界』には、恐らく、星人との戦闘も含まれている。
彼は大抵のことを、動じずに難無くこなせるが、それは彼の世界から『色』を奪った。
彼の怒りや悲しみ、喜びといった感情の『色』を。

何も感じない、色のない世界。
私と似たそんな孤独を、私は彼から感じていた。




「でも、なんか、今日みたいな……、こういう空を見ると……」


「うん……」





「この世界は、結構いいかもしれないって……」
298創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 08:49:22 ID:p9UjukUA
彼は時々、らしくないことを言う。真顔で。

凄く変だけど、
私はそれが、結構、好きなのかもしれない。





「…………この世界に……生きていて良かったって思えた……」




……………………



「………………はは、なにそれ…わかんないよ…」




わかんない。
私にはわかんないよ、高森。
私にとって、この世界には何もない……。

一人で、楽しいこと見つけないでよ。
それって、私だけ置いてかれるみたいで……




うっ……、ヤバい、涙が……。




………………………



……………涙……?


涙はもう流れないと思っていた。
私からも、色は消えた、って……
ずっと、そう思っていた……。
299創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 08:50:21 ID:p9UjukUA
溢れた涙が頬を伝っていく。



………私はもう、とっくに見つけていたのかもしれない。
楽しいこととか、悲しいこと。


好きなこと。





高森の転送が始まる。






「高森…!」



駆け寄り、腕を掴む。
至近距離で目と目が合った。




「……?」





「……ありがとう」





高森は驚いた顔をする。
私の行動にだろうか、私の顔にだろうか。




私は今、どんな顔をしているんだろう。


瞼が熱く、涙で潤んだ世界が煌めいていく。




私は、きっと今……泣きながら笑っているんだ。
300創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 08:54:21 ID:p9UjukUA
おしまい
301創る名無しに見る名無し:2010/06/25(金) 09:12:42 ID:TojwBd1y
乙です。
302創る名無しに見る名無し:2010/07/01(木) 19:03:40 ID:4SxZqu+D
まず始めに断っておくけど、俺には霊感なんてない。
幽霊とかとは全く縁がないし、信じてもいない。

けど、あの時、俺は確かに見たんだ。
駅構内を暴走し、俺達に向かって突っ込んでくるトラックの運転席に、顔のない変な奴が乗っていたのを。


…でも、一緒にいた『マキ』は、トラックは無人だったって言うし…。




ん?
…じゃあ俺とマキはトラックに撥ねられて、今生きてんのかって?



………まぁ不思議なことに、無事じゃなかったのに、ピンピンしてる。

……死んだけど生きてる。
303創る名無しに見る名無し:2010/07/01(木) 19:05:29 ID:4SxZqu+D
「あ…っ、あ…っ、あの男の子二人、かわいいっ!かわいすぎっ!」

それを、その男の子二人にも聞こえるように言ってしまうのが、この村田の癖だった。
部屋の隅に二人縮こまっていたハルカとマキは、脅えた視線で村田を見る。

「だって、二人とも女の子みたいな名前で呼び合ってて…。顔も女の子みたいで…。加えて、二人が仲良しさんなのが超絶たまんないよ!」

クルクル
ビシィー!


(うわぁ…なんだこの人…)

激しく悶える村田を直視できないハルカの横で、マキが口を開く。

「えーと…、俺は牧野っていって、省略されて『マキ』って…」

「それで、ハルカは、遼って書いてリョウじゃなくて『ハルカ』って読むみたいで…。えへへ、こいつはマジで女みたいな名前でぇ…」

マキは何故か申し訳なさそうな顔をして言う。



チンチーン

「採点が始まるな。丁度良いから、こっちも自己紹介するか?」

眼鏡をかけた男が、部屋の中心に置かれた黒球の横に立つ。


【メガネ(リーダー) 10点 トータル45点】


黒球に表示される、彼のあだ名と採点、それに似顔絵。


「俺は秋山。一応、この中のリーダーみたくなってる。よろしく!」

感じの良い好青年。


「ん゛っ、ん゛〜!あ゛ーあ゛ー!」

爽やかになった場の空気を掃うかのように、彫りの深い色黒の男が立ち上がり、声をあげる。


【相良(不良) 15点 トータル60点】

「そのリーダーよりも!点数とってんのは、この俺や!お前ら、生き残りたかったら、ついていく人間選んだ方がええぞ〜!」


したり顔で秋山をチラ見した相良は、どっかりと元の位置に座った。
304創る名無しに見る名無し:2010/07/01(木) 19:06:23 ID:4SxZqu+D
【栗田 0点 トータル15点】

「え〜栗田です。よろしくぅ」

ちょっと女々しい感じの男。


【芦川 5点 トータル30点】

「え〜芦川です。よろしくぅ」

携帯を片手に立ち上がったやる気のない女は、直前の栗田の自己紹介をそっくりに真似てみせた。

「ええっ!俺の真似じゃん!やめてよぉ!」

「ええっ!俺の真似じゃん!やめてよぉ!」



【村田 10点 トータル42点】

「はいっ!村田裕美です!よろしくねーっ!」


よく通る声が部屋中に響く。

彼女は、ハルカとマキより年上だということはわかるが、身長は二人とさほど変わらない。
そんなミニマムな身体を目一杯に動かし、村田は満面の笑みで手を振る。

(劇団員みたいな人だ…)
305創る名無しに見る名無し:2010/07/01(木) 19:07:16 ID:4SxZqu+D
この五人の若い男女が、俺達の前で化け物を次々惨殺していったのは、つい数十分前の出来事だ。

とりあえず俺は、その戦闘と、彼らのキャラクターとのギャップに驚かざるをえなかった。
得に、あの村田って姉ちゃんが、身の丈二倍もある巨大生物の首を軽々とへし折っていたこと…。

ゲームや漫画の中にしかいないようなクリーチャーが目の前に現れたことにも勿論驚いたけど、すぐにそんなことどうでもよくなった。
あんたらの方がよっぽど化け物だから…。


「わかったと思うけど、星人を倒すと点数が入るんだ。100点貯まるまで、これからも時々呼び出されて戦闘をさせられる」

化け物の筆頭、秋山が言った。


「銃の使い方とか、細かいことは村田から教わったらええわ。栗田!お前は絶対教えんな!余計、訳わからんくなるぞ!」

「ええー!」

「栗田、教育学部だよね。先生になるの諦めたら?」

「芦川さん酷いよ!」


「…………」

俺は困惑した。
命懸けの戦いをやらされているのに、なんだこのバイトみたいな…部活みたいな雰囲気…。



チンチンチーン

その時、黒球の採点画面が村田から切り替わる。

【藤岡 18点 トータル56点】
306創る名無しに見る名無し:2010/07/01(木) 19:08:37 ID:4SxZqu+D
「チッ」

相良が舌打ちをする。



「藤岡?…って?」

マキが部屋中を見渡し、その一番の高得点の主を探す。


「あれ…7人しかいないよね?……あ、玄関の方かな?」

「いや、ここにいるよ」

「幽霊だからな、あいつは。幽霊!」


幽霊……?
幽霊部員?…部活だから…



「藤岡はいつも消えてるんだ」

さも当然の如く『消えてる』という言葉を使う秋山。
俺は改めて、ここが異常な空間だということを再認識した。
307創る名無しに見る名無し:2010/07/01(木) 19:09:35 ID:4SxZqu+D
【ハルカ 0点 トータル0点】
【マキ 0点 トータル0点】

今回は、ただスーツを着せられて戦いを見てるだけだった。
俺達も、あんな風に戦えるようになれるのか…?

いや、ならなきゃいけないんだ…
戦えなければ……死が……




………
ガシャン!


「ハァッ!?トラック!?」



ガシャン!ガシャン!


「ひ、人轢いてる!!」
「ちょ…怖えーッて!!」



ブォォォ!

「おいおいおい!!」
「ヤバいヤバいこっち来る!」

「うあ」

ガシャン!!

…………



俺達は一度死んだ。
死んだけど生きてる。
生きてるけど、その命はかりそめのもの。

戦いを生き抜くことでしか、俺達の存在は維持できない。
308創る名無しに見る名無し:2010/07/01(木) 19:22:35 ID:4SxZqu+D
あのマンションから出て、マキと共に帰路についた。


…でも俺は、家に帰るのを少し躊躇っていた。

だって今の俺は、半分は生きてるけど、助かったわけではなくて…保留っていうか…
それってつまり……つまりさ…
………

まぁ、そんなことを考えていて、家に向かう俺の足は少しばかり億劫だったんだ。

でも、それが幸いした。
あともう一歩を踏み出す前に、異変に気づくことができたのだから。


「………!」



路地の曲がり角から様子を伺う。

目を疑う光景だった。



「通夜……通夜やってる…」




「俺…の…通夜……やってる…」


家の前には喪服の人間が何人も。制服を着た同級生もいる。
みんな、知ってる顔だ。

泣いてる…みんな。
本来、喜ぶべきことだよな。死んで泣かれるなんて、幸せだよ。

でも俺、生きてるんだけど。
ここにいるんだけど。

どうなってるんだ……?
秋山さんの話では、ミッションが終わったら普通に家に帰れる…って……
帰れねーよ、これじゃ。
それに、マキの家は普通だった。通夜なんてやってなかったぞ…。

何で…?
何で俺だけこんなことになるんだ?
309創る名無しに見る名無し:2010/07/01(木) 19:23:46 ID:4SxZqu+D
「死体が残るかどうかはタイミング次第」

「!?」

突然の背後からの声に振り向く。

……誰もいない。

夜の生暖かい風の音だけ


「即死の場合は問題ないけど、転送のタイミングで僅かでも息がある場合、黒球は死体処理をしない」

「だ…誰……」


噴き出す汗がシャツを濡らす。

その声は続けて言った。


「家には帰らない方がいい。前例はないけど、自分の通夜に飛び込みだなんて、ルールに接触したっておかしくない」


姿の見えない誰か。
女の声。


『幽霊』………



「藤岡ちひろです。よろしく」
310創る名無しに見る名無し:2010/07/01(木) 19:24:36 ID:4SxZqu+D
オートロック、防犯カメラ付きのワンルームタイプ。
いかにも女性の一人暮らし用のマンション。


天井の角に設置された防犯カメラの前で、
誰もいないのに勝手に開く、ロック式の自動ドアの入口。
そして、勝手に開く郵便受け。

(これ、ほとんど心霊現象だよな…)


透明なままの藤岡さん、歩く心霊現象の後ろをついていく俺…。

階段を上り、3階の角部屋。

「角部屋がいいよ。しかも、うちは隣も下も空き部屋だし、気遣わなくていい」


普通…
この人は普通に喋る。
姿が見えない異常さとのギャップがヤバい。

マジで…どういう人なんだろう…この人…
311創る名無しに見る名無し:2010/07/01(木) 19:27:55 ID:4SxZqu+D
藤岡さんの部屋に上がった俺は、小さなテーブルの前に座らされた。

すぐ横にはベッド。テレビにラジカセ、ノートパソコン。

何かの漫画のポスター、観葉植物、ぬいぐるみ。

普通の女の子の部屋らしいインテリア。

制服がハンガーに掛かってる。
声だけで若いとは思ってたけど、学生だったんだ…。


宙に浮いたグラスと、2リットルのお茶のペットボトル。
俺の目の前を浮遊し、テーブルに着地する。



どうやら藤岡さんは、俺の正面に座ったみたいで、床に敷かれた青のカーペットが脚の形に凹んでいる。

ジョロジョロジョロ…

ペットボトルが勝手に浮いて、中のお茶を注いでくれる…。


「どうも…」


心霊現象……もう慣れた…




藤岡さんはなんで常に消えてるんですか…?

そう聞いてみるか…

……
……いや、現在進行形で姿を見せない人にそれは愚問だ。
きっと、何か事情があるんだ…

…親切な人だ。この人は。
行くあてがないなら、うちに泊まっていい…って。

当然、行くあてなんかないに決まってた。俺は死んだことになってるから、友達の家なんかはアウトだし、
野宿とか、ネカフェに泊まったって、知り合いにバッタリ出くわす可能性がある。

そのへんの事情も知ってて、助けてくれたんだよな…。


「あ…の、ありがとうございます。藤岡さんがいなかったら俺…」


「つけてた」

「え?」

「キミの後をつけてた」
312創る名無しに見る名無し:2010/07/01(木) 23:09:18 ID:4SxZqu+D
何言い出すんだ…この人…
尾行していた…?……なんで…


「なんか、家に帰りたくなさそうな顔してたから」

「………」



…その通り。俺は、通夜がやってるとか以前に、家に帰るのを躊躇っていた。
家が嫌いな訳じゃなかった。
家族は好きだったし、大切だったし…。

でも、だからこそ余計に不安だった。


「…ああ…、俺って、つまり、完全に生き返ったわけじゃないでしょ…。だから…」


「戦いで死ねば、結局家族を悲しませるから?」


家族…とか、悲しい…とかいう優しい言葉が、藤岡さんの口から出てきたことに少し驚く。



「それもあるけど…」


う……言うのか、これを…

でもなんか、俺は言おうとしてる…
誰にだって、マキにだって言えないようなこと…
313創る名無しに見る名無し:2010/07/01(木) 23:11:59 ID:4SxZqu+D
「……俺…怖くて…やっぱ…自分がそのうち死ぬかもしれないって……怖いから…」

「………」


「だから…、こんな状態で家帰ったら…弱音吐いちゃいそうで……」

「………」

「いつも通りに…姉ちゃんと普通に話せないって…思って…」


なんで俺…この人に全部話してるんだろ…
こんな、自分の内面をさらけ出すような…
戦いが怖いってことまで…全部…


「普通なら……何よりも『会いたい』って思いますよね…理屈じゃなしに…」


「そうかもね」


「でも俺は…ダメな自分を見られる方が怖くて…」


い、いかん。
これはもう愚痴だ。他人に話すようなことじゃない。



「それが何より怖くて…」


でも、これが自分の本質だった。
こうやって言葉にしたことで、自分自身も初めてそれに出会えた。


「…そういう時って、あるよ」



俺をそれに導いたのは、顔も姿も見たことのないこの人だった。
314創る名無しに見る名無し:2010/07/01(木) 23:14:04 ID:4SxZqu+D
あれからしばらく会話がない。


俺、なんか甘えちゃったよな…藤岡さんに。
いくら良い人だからって、よくないよな、こういうのは。



というか、言うべきか…言わないべきか…
『あのこと』を、藤岡さんに……

………
やっぱ、言わないでおくべき…か……



気づけば、藤岡さんのグラスは空。もう継ぎ足す様子もない。
出しっぱなしのお茶…冷蔵庫に片付けた方がいいかな…。

…………


「!!」


ちょッ…


「あああッ!ちょッと待ってッ!!藤岡さん!!」


ガタガタッ


「……………」


慌てて突然立ち上がった俺に、沈黙が走る。



「あ…の……お風呂入るんですよね…?」


「…………」


「えっと…ここじゃなくて……服脱ぐのはここじゃない方が…」


「え…どういうこと…?」


い、言うしかないよな。
仕方ないもんな…
315創る名無しに見る名無し:2010/07/01(木) 23:15:01 ID:4SxZqu+D
「すいません……俺、実はさっきから見えてるんです……藤岡さんのこと…」


「え……」


藤岡さんは右手に付けた機械を一生懸命に確認している。



「なんか俺、目を凝らすと……いや、感情が高ぶると…かな、…見えちゃうみたいで……」


今、俺と藤岡さんの目が合っているのが、何よりの証拠になった。



「えっ…ええ……うそ…」


ドテッ
ガシャン!


うろたえてる…
ヤバい!目茶苦茶うろたえてる!

そうだよ…だいたい、ここまで徹底して姿を見せない人なんだ
そこには絶対に他人に触れられたくない何かがあるってことじゃないか…!

見えないフリしとけば良かった……って、それもどうなんだ…色々と…。
316創る名無しに見る名無し
バチバチ…
バチッ

ステルスを解いた藤岡さんは、どこにでもいるような普通の女の子だった。
元々見えてた俺の目には、それが鮮明に見えるようになっただけだけど。



「どうして…見えるの…」


藤岡さんは俯いたまま、俺の顔を見ようとしない。


「あはは…わかんないや。俺、幽…霊が見えるから…?かな…?」

「…………」


藤岡さんの目は、俺の視線から逃れようと必死だ。
さっきまでの、俺をこの部屋まで引っ張ってきた時の勢いがまるでない。

まさかこんな風になるなんて…。
この人は、姿を見せないことで初めて、他人と対等な自分でいられたんだ…。


「…私…見られるのは…苦手で…」


絶対に見られたくない自分を隠し持っている…
俺と藤岡さんは、どこか似ていた。