【気軽に】職人がSSを書いてみる【短編】

このエントリーをはてなブックマークに追加
450「 政権交代 」1/2
>377-378の連作だす。

「 嫁。政権交代が話題となって久しいが、我が家の家計に直接的な影響はあるのか? 」
 土曜日の晩ご飯。俺33歳、嫁29歳、結婚して1年半ちょい。
投票には行くが政治にはまったく興味が無い俺。結婚当初から嫁にがっつり財布の紐を握られ
ているので、もう我が家では俺が派手なクーデターでも起こさない限り政権交代は無い。
来年の今頃は新米パパになっているはずなので、一応今後の生活ために嫁に確認してみる。
「 うーん、高速無料化になってもうちにはあまり関係ないし、新首相、献金問題でいじられ
 てるからひと悶着ありそうだし…… 結局よく分からないのであります 」
「 そうか…… 」
嫁も政治にはあまり関心はないが、俺よりはテレビニュースや新聞記事などで知っているかなと
思い聞いてみたが、どうやら俺とたいして差はなさそうだ。
「 政権交代と騒がれましたが、一庶民にはあまり関係の無いことのようでであります 」
「 そうか。そうだな…… 」
晩ご飯のおかず、麻婆風味野菜炒めを肴に1本目のビール(第3のビール)を飲み干した。

 2本目のビール(第3のビール)に手を掛けたとき、宅配業者が荷物を持ってくる。
「 うは! 裕美ちゃん仕事早すぎ 」
「 何それ。裕美の奴、何送ってきたんだ? 」
裕美は実家の近所に住む俺のいとこだ。俺のより2歳年下だが既に10歳男と8歳女の二児の
母で、スッピンになるとまゆ毛ドコー?の典型的な元ヤンだ。何故か嫁と仲がよくメールやら電話
で頻繁に連絡を取りあっている。
「 子供出来たって報告したら、新品に近いベビー服あるからあげるって話しになって 」
「 ……。」
「 瞬ちゃんと麗ちゃんのお下がりだけど、どうぞって 」

 嫁が妊娠したことが判明して2ヶ月になろうとしている。
――嫁よ。仕事が早いのは裕美じゃなくて、お前のほうじゃないのか?
と思ったものの口には出さない。
 事実、うちの財務大臣は仕事が早かった。
親戚縁者友人知人に連絡を取りまくったのだろう、一部の気の早い人からベビーベッドや
子供をあやす玩具がすでに贈られてきて、それらは狭い寝室のダブルベッドの隣で静かに
主の誕生を待ちわびている。
――申請で戻るとはいえ出産費用は馬鹿げた金額だし、子供が生まれたらもっと広いアパート
 への引越しも必要だ。お金が嫌というほどかかるのは分かっている。
 しかし、新しく生まれてくる命。せめて身につける服ぐらいは真新しいものを着せたい……。
「 …………。」
自分の収入に不甲斐なさを覚えながらも、心に芽生えた葛藤に俺は思わず黙り込む。

「 ベビー服っていっても2,3歳用の服で新生児に着せるものじゃないから大丈夫 」
「 ……そうか、そうだな 」
俺の心を見透かしたように嫁は笑う。食事を済ましている嫁は早速ダンボール箱を開ける。
見事な竜の刺繍が入った小さなスカジャンを見て嫁が喜ぶ。
「 ありえねー…… 」
「 さすが裕美ちゃん。このセンスは買いだわ 」
誉めているのかけなしているのか分からない嫁に俺は苦笑する。
他にも有名なロゴが入ったトレーナーやジャンパーがわらわらと出てくるが、いずれも
クリーニングに出したのかすべて律儀にもビニール袋に包まれていた。
「 ……裕美の奴、案外まめだな 」
「 凄いよね。みんなブランド品だ 」
――ありがたいなぁ。
酔いのせいか、急に感極まり目頭が熱くなる。そして今しがた心に抱いた思いが恥ずかし
くなり、手にしたビール(第3のビール)を飲み干してごまかす。
「 えーいっ、電話だっ、裕美に電話だっ!!! 」
待ってたとばかり嫁が携帯を渡してくれる。呼び出し5回、久しぶりの声が聞こえる。
「 俺だ。まぁ、その、あれだ。服ありがとう。感動した。待て、嫁に代わる 」
「 ちょ、何それ 」
あまりの裕美との会話の短さに、嫁は呆れ顔で笑う。
後はお決まりのコース。嫁は裕美といつもの長電話を始めた。
451「 政権交代 」2/2:2009/11/07(土) 22:30:51 ID:XlIOoxO0
「 ……嫁。 ぐはっ! 」
 眠りにつく前。もぞもぞと嫁に密着しお尻を触ったが、案の定、嫁の肘打ちが俺の
みぞおちにクリーンヒットする。
 ムラムラ問題は結構切実なのだが、うちの厚生労働大臣は非情だ。
これ見よがしにエロDVDでも借りてこようか。など一人悶々としながら秋の夜長は
ふけていった。

 日曜日、朝。
いつもの時間に朝食をとる。テレビも新聞も巨人優勝のニュースをでかでかと扱って
いるが、それ以外はさしあたって明るい話題は無い。
「 ……あれだな。政権交代があっても、松井がアメリカでMVP取っても、巨人が
 日本シリーズで優勝しても、まぁ世間はあまり変わらないってことだな 」
テレビに耳を傾け、お茶をすすりながらぼんやりと呟く。
「 朝っぱらからそう辛気臭いこと言いなさんな。
 ……まぁ、アレですよ。アメリカで大統領が変わろうが、日本で政権交代があろうが、
 我が家の総理大臣は未来永劫アナタなのでありますから、四の五の言わないで頑張って
 ください。ということです。
 ……あとで巨人の優勝記念セール行ってみない? ちょっと気が早いけど赤ちゃんの
 服、見に行こうよ 」
――嫁よ……。
 今時、キャバレーの呼び込みですら使わない言葉だが、その言葉に俺は酔いしれる。
「 ……そうだな。たまには人で賑わったデパートもいいかもしれん 」 
 俺って扱いやすいんだろうな。と苦笑いしつつ、玩具を買いに街に出かける子供のように
 俺はデパートの開店時間を心待ちにした。

 晴天の空の下、駅に向かう並木通りを嫁と共に歩く。
――子供が生まれれば生活が一変するだろうな。
初々しいデートのようにはしゃいでいる嫁の隣で漠然と考える。
ネガティブなことを忘れるつもりは無いが、それよりも期待のほうが遥かにでかい。
名ばかりの総理大臣で構わない。嫁や生まれてくる子供の期待を裏切らないよう努力
しよう、と心に刻む。

「 嫁よ 」
「 ん? 」
「 ……いい天気だな 」
「 そだね。絶好のお出かけ日和 」
「 普段の行いがいいからだな。俺の 」
「 はいはい。アナタにはかないません。であります 」
俺の隣で無邪気に笑う嫁の横顔がまぶしかった。



おわり