「 天高く馬肥ゆる秋 」
「 天高く馬肥ゆる秋。今日の晩ご飯は聞いて驚け、松茸ごはーん! 」
「 うおっ! 」
「 もどきー!!! 」
「 …………。」
金曜日の晩ご飯。今日の嫁は妙にテンションが高い。
俺33歳、嫁29歳、結婚して1年半になるがまだ子供はいない。
嫁は、良く言えば節約家、悪く言えばケチw(今のところ小さなwぐらいですんでいる)だが、それを
除けば、料理は美味いし家事全般もそつなくこなす、なかなかできた専業主婦だ。
「 メインディッシュは庶民の秋の味覚、生さんまの塩焼き。そして食後のデザートは梨! 」
「 おー、いいね 」
永谷園松茸のお吸い物とエリンギ、たけのこで作ったという松茸ご飯もどき。正直、松茸料理を食べたこと
のない俺には、もどきの松茸ご飯で充分だ。
以前はさんまの内臓を食べられなかったが嫁の、さんまのはらわたは最初に大量の大根おろしと一緒に飲み込め。
それで美味しいところを最後に食べる喜びが更に増す!という妙に説得力のある助言を聞いてから平気になった。
「 週末のお楽しみー、晩酌タイム!今日のビールはグレードダウン! 」
「 は? 何それ 」
俺の前に置かれた缶ビールは、いつものビール(正直に言えば発泡酒)から悲しきかな「 第3のビール 」
に変わっていた。しかも発売と同時に話題になっている某スーパーの350ml缶100円の奴だ。
手取りで約25万の給料と半年に1回のボーナスは約50万。それなりに俺なりに頑張っているつもりだ。
嫁と結婚して、まず晩酌の回数が減らされた。まぁそれは我慢できる。しかし俺自身で健康に留意して愛飲して
いるキリン淡麗生グリーンラベルが何が悲しくて第3のビールに…… 俺は嫁に猛烈に抗議した。
「 まてコラ! 一週間仕事頑張ってへろへろになって、あー、明日休みだ。一週間お疲れ様でした俺。
今週も頑張ったな…… ビールビールと、そいであの缶を開ける時のプシュッ!って音が至福の瞬間だった
俺に対し、何たる仕打ち。それは断じて受け入れられん! 」
俺の抗議に対し嫁は真顔で反論する。
「 怒っちゃダメです。これには明確な理由があります。もうアナタもアナタの財布もアナタだけの物では
ないのです。この未曾有の不況の中、このぐらい頑張らないと親子三人暮らしていけないのであります 」
――ん? 嫁の言ってることが一瞬理解できなかった。嫁の言葉を頭の中で繰り返す。 ――あっ!
「 ……赤ちゃんできちゃった。3ヶ月だって 」
恥ずかしいのか、嫁はほのかに顔を赤くして言った。
「 ば、馬鹿ヤロー、何故それを先に言わん!こら大変だビールいや実家に電話だ。あーもう!でかした嫁! 」
俺は舞い上がった。俺や嫁の両親から、孫はまだかー、孫はまだかー。とプレッシャーを掛けられてたので
早速実家に電話した。そしてビールで祝杯を上げた。第3のビールだがこの際、細かいことは気にしない。
いつもは350ml缶2本と制限を掛けられているが、今日は4本までOK。と嫁に了解を貰った。
松茸ご飯とさんま塩焼きを肴に、俺は大いに飲んだ。そして早くも親バカ全開で嫁と盛り上がった。
深夜2時ふと目が覚める。
ダブルベッド(倦怠期にはシングルベッド二つに出来る優れもの)で嫁はすやすやと寝ている。
子供出来てもおっぱいやお尻触るぐらいはいいよな。と、もぞもぞと嫁に接近して手をだす。
「 ぐはっ! 」
おっぱいを触った瞬間、故意にか寝ぼけてか、嫁の肘打ちが俺のみぞおちにクリーンヒットする。
「 母強し。やるな嫁! 」
息苦しさをおぼえながら、情けなくすごすごと引き下がる俺。そしてまたあっさりと眠りに落ちる。
嫁の言った「 天高く馬肥ゆる秋 」と、嫁が子供を授かった嬉しさからか、その後俺は
嫁とまだ見ぬ我が子が純白のペガサスにまたがり、晴天の青空を楽しそうに駆け上がる夢を見た。
いま俺スゲー間抜け顔で夢見てるんだろうな。と夢の中でにやけていた。
土曜日。休日の朝だが嫁にしつけられ、平日の朝と同じ時間に起きテレビを見ながら朝食をする。
『 本日は日本全国、秋晴れの空が広がるでしょう。さて秋の味覚が出回っておりますが、この季節によく
使われる【天高く馬肥ゆる秋】ですが元々は中国の古い国で、敵が夏のうちに充分に太らせた馬を駆り、
一生懸命育てた秋の収穫物を強奪しに来るので充分に警戒しなさい。という意味で使われていました。
しかし、日本ではその語感もあり、旬の秋の食べ物が美味しくて馬も肥える。という意味合いで使われる
ことが多くなりました。
男心とも女心とも言われますが、この季節、天候が変わりやすくまた、台風発生による被害も…… 』
「 ……。」
テレビのお天気お姉さんの分かりやい解説で、俺は天高く馬肥ゆる秋の古い意味を知った。
煙草を切らしたので近所のコンビニまで歩いて買いに行く。天気予報通り見事な秋晴れだ。
「 マイルドセブンひとつ…… あ、すいません、じゃなくてえーと、わかば。ひとつ下さい 」
節約節約と自分に言い聞かせ、普段のマイルドセブン(300円)をやめて、わかば(190円)にする。
早速コンビニの灰皿の前で1本取り出して火を着ける。吐き出した煙が空に吸い込まれていく。
普段のマイルドセブンに比べ、わかば。はかなり辛い。これなら本数もだいぶ減らせるだろう……
――天高く馬肥ゆる秋か…… やれやれ、どうやら馬は俺だ――
俺の背中に乗る騎手は相当の手練手管らしい。気づかないうちに俺はその見事な手綱さばきに従っていた。
ま、それもいっか。と呟いて晴天の空の下、俺は嫁とまだ見ぬ我が子が待つアパートに、にやけ顔で帰った。
おわり