遥か上空、超高層ビルの最上階のテラス。
デッキチェアに腰掛け、街を見下ろす一人の少女。
真っ白な髪を左右で二つに結い、フリルのついた少女趣味の服装をした、子供っぽい容貌。
その貌には、どこか大人びた、と言うより老成した憂いの表情が浮かんでいる。
突然傍らのノートパソコンの電源が自動的に入り、何者からかの通信が繋がった。
鹿の頭蓋骨を模した仮面の姿がモニタ上に浮かぶ。
『教祖様』
少女は視線だけ画面に向けた。
『ツカダ司教殿が聖務の途中でネフェシェの妨害に遭遇、彼女により滅ぼされたようです』
「そう」
少女は無関心げに一言だけ応える。
モニタ上の人物が一礼すると、再びノートパソコンが自動的に切れた。
静寂がテラスを包む。
冷たい風が吹き抜けた。
「御姉様……」
少女は立ち上がり、テラスの柵に手をかける。
「さあ、……早く全てを想い出して……、私の元へいらっしゃい……。
そして、その時こそ……、私達は再び一つに結ばれ、宇宙に完全なる終焉をもたらすのよ……!」
強い一凪の風が流れ、少女の髪が鳥の翼の様に広がる。
その口元には酷薄げな笑みが浮かんでいた。
工場と倉庫が立ち並び、人通りのない休日の湾岸地域。
漆黒の大型二輪を駆る仮面の人物がその一角で停車した。
腕に装着されたデジタルウォッチ型端末を操作すると、人物バイク共に戦闘状態を解除し、通常モードに変化。
脱皮の様に外殻が割れ、光の粒子となって消える。
現れる切れ長の目とおかっぱ頭。
丙沙名は緊張状態から開放され、長い溜息をついた。
目の前にかざした右手の平をじっと見つめる。
「ネフェシェ……、それが、私の名前?
彼らは私のことを、知っている?」
だが、そんなことは関係ない。
沙名はぐっと右手を握り締めた。
今の自分は丙沙名だ。
昔の自分が何者であれ、彼らが人々の命を理不尽に奪うと言うのならば。
「私は、戦う」
沙名は握り拳を宙に掲げ、陸の方へと突き出した。
その向こうには、人々が生き、それを狙う悪が暗躍する東京の街並みが存在する。
そこで生きる為、沙名は再びバイクに跨り、一直線に走り出した。