マスターはそれを聞いて一転、破顔した。
「そうでしょー。あたしが直々に伝授したのよ。
それにあの娘、こう言う事は飲み込みが早くって。いずれは東京で一番のコーヒー職人になるわよ、きっと」
我が事の様に自慢げに話すマスター。
カップを傾けながら相槌を打っていた一輝の胸ポケットから、突然陽気な着信メロディが流れ出した。
一輝は素早く携帯電話を取り出す。
「五十嵐です」
『五十嵐君。"教団"の一味らしき武装集団が品川区のショッピングモールに出現したわ!
職員買い物客約八十名を人質にして、現地に立てこもっている模様。
コンバットコート部隊の装着員に非常召集よ』
「了解しました! 至急現場に向かいます」
一輝は携帯電話を仕舞うとカウンターに五百円玉を一枚置き、つり銭も受け取らずに席を立った。
「お仕事かい」
「はい。ご馳走様でした。
丙さんにコーヒー美味しかったですって、伝えといてください」
マスターに見送られながら、一輝はヘルメットを引っ掴むと大急ぎで店から飛び出していく。
駐車スペースに停めてあった白く塗装されたスポーツバイクに跨ると、パネルに番号を入力してからキーを挿し捻る。
カウルの一部が開き、回転灯がせり上がる。
ヘルメットの紐を確認しグローブをはめキーを更に押し込むとエンジンが音を立て始め、一輝は周囲を確認してからアクセルを回した。
サイレンを鳴らしながら加速し始める白バイ。
喫茶兎の脚があっと言う間に後方へ消えていく。
道を行く自動車を巧みに避けながら、一輝は国道沿いに現場へと急ぐ。
間もなく自動的に無線が繋がった。
『機甲服転送の許可が下りました。
犯行現場到着までの予測時間が十七分三十秒。
コンバットコートを転送して下さい』
「了解」
一輝が腕時計に右手の親指を押し付けるとデジタル表示の文字盤が回転し、眩い蛍光を発し始める。
腕時計から蛍光の直線が延び、複雑な模様を描きながら一輝の体を覆う。
一輝は左手を大きく振り上げた。
「転送!」
光のライン周辺からピクセル状の構造が出現し、徐々に一輝の体を包んでいく。
一輝の胸部に、肩に、腕に、脛に頑丈そうな装甲が現れる。
装甲で守り切れない間接部には、強度と柔軟さを兼ね備えた炭素繊維を織り込んだ人体保護膜が覗く。
機敏な動きを支え、常人離れたパワーを与える人口筋肉が一輝の神経系と繋がって行く。
西洋甲冑を思わせるバイザーがその顔面を覆い、転送が完了した。
人間の感覚を遥かに超えるセンサー系が吐き出す情報の嵐に一輝は軽い吐き気を覚えるが、耐える。
「転送完了」
『了解したわ。五十嵐君、そのまま単独でモール内に突入よ。
現場の警官は手をこまねいているけれど、連中は現時点で既に四十三名以上殺害しており、今尚犠牲者を増やしている。
現在奴等の凶行を阻止できるのは我々だけ。時間がないわ』
「判りました!」
コンバットコートを身に纏った一輝はアクセルを最大まで捻ると戦場へと一直線に向かって行った。