今のところ大学に妖魔は現れていないようだ。となると、蠍はやはり自分に復讐せんとしている。
一度目の戦いでハサミを切り落とし、二度目で顎を砕いた。自分への憎悪は生半可ではないだろう。
京也は一つ息を吐き、近場の情報誌を手に取ってみた。しかし、人間蝙蝠の事は大々的に報じられているにもかかわらず。
「妖魔は報道されないんです…」
京也は再び息を吐き、メットを手に取った。
「邪魔した」
斎は妖魔から狙われている。京也は妖魔と組織から恨まれている。この二人が共にいてはいけない。そう京也は判断し、愛車を飛ばす。
六十数年前、武政はキヌの質問責めを食らっていた。
「結局のところ人を募集してた仕事って何だったわけ?」
「いや何つーか…トカゲ関係で一攫千金?的な…」
言葉を濁す。焼け野原と化した東京にこれ以上の不安を与えたくない。武政は、謎の組織を単独で調べる事を密かに決意していた。
そんな武政の決意を察せず質問責めを続けるキヌ。誤魔化そうと女将にすいとんのおかわりをねだるが、断られた。
「負けたんだもん、欲しがれないよね」
武政は大人しく皿洗いを手伝った。
六十数年後、周囲を巻き込む事を恐れた京也は行くあての無いまま愛車を走らせ、妖魔の行動原理を考えていた。
確かに自爆テロの現場、即ち魔界と現世の扉は未知の政府機関によって厳重に監視されているが、それで間に合うのか。
斎と出会い、初めて仮面ライダーに変身したあの日。魔界から解放されたのは蜘蛛や蠍のみではないのでは。
それに蝙蝠が法陣で蠍を操れていた事を考慮すると、妖魔は決められた扉、即ち自爆テロ現場から一度解放されれば、後は現世と魔界を自在に行き来できるのではないか。
そう考えると、病院の同僚や実家の母が心配だ。いつ彼らも妖魔に襲われるか知れない。ならば、自分が逃げてはいけない。
片端から妖魔を潰す他無いか。それには自分の力と…知識が必要だ。その知識の持ち主が、反対車線を挟んだ向こうにいた。
「…斎ちゃん」
結局東京に残る他無いようだ。情報が欲しい、と告げると、斎は自宅のあるマンションに京也を案内した。
小さな部屋だったが、飾り気がまるで無いので、空虚さが部屋をだだっ広く感じさせた。
「男の人が部屋に来るのって…久しぶりだから…」
蒼白い顔を赤くし、可愛げの無い銀色のカップにコーヒーを注ぐ。ただ、京也は特にそういう意識は無い。