暗闇の中、別の一人の男が拝礼の席より立ち上がった。
「今の日本の民が欲しいものは…金。それには…仕事を与えれば良い。私が参ります」
男の顔は蜥蜴(トカゲ)に似ていた。
「何でこの街に?仕事探し?」
美月屋。下宿する上での書類を書きながら、武政はキヌとだべっていた。
「人探しだね。悪い人探し。で、多分この街にソイツがいるな」
手が疲れたのか、道端で拾った埃っぽい新聞を堂々と広げる。
新聞記者はこぞってGHQの宣伝、戦争の愚かさを書き連ねている。つい一月前まで意図的にねじ曲げた情報を流し戦意の高揚を煽っていたのは何処の誰だ。読んでいて気分が悪くなったので、風呂の薪として宿に寄付した。
六十数年後、卜部京也は新聞を読んで腹を立てていた。意図的に妖魔の情報を隠蔽する政府。明らかな危険を、国民に知らせない。
何らかの意図はあるのだろう。しかし、蜘蛛や蠍の犠牲者、遺族が浮かばれないではないか。京也は自室で新聞を床に投げつけ、訪問してきた梳灘 斎をその音でビビらせた。
「あ…すまん。少し神経質になっていて…」
「あのこれ…蝙蝠と羽蠍から助けてもらったお礼です…」
蒼白い顔を真っ赤にし、斎は手作りと思しきサンドイッチを京也に渡す。
「お昼にでも…どうぞ…そ、それじゃ私大学がありますから!」
終始俯いていた、という印象を残しながら、斎は全速力で京也の部屋から遠ざかっていった。廊下を走るな、と叱る間もなかった。
「俺に礼を言うより、自衛手段を考えるべきだろ…」
妖魔に率先して襲われるらしい斎。確実に危険な彼女を守るため自分は何を為せば良いのか。そう考えながら、京也は次のオペに備えてサンドイッチを口にした。
…何故サンドイッチにうどんを入れた。
山下山男刑事は自爆テロ現場から出現したー記録は抹消されたが確実に出現したー巨大蜘蛛と、噂で聞いた巨大サソリの関連性を気にしていた。
巨大サソリが目撃されたのも別の自爆テロ現場周辺である。ひょっとして、東京の地下には奴らの巣があって、それが青銅製の断層によって都民との接触をこれまで拒んできたのでは?
と的外れのようないい線いってるような推理を展開する。しかし、物的証拠は全て上層部に抹消された。
「どうすれば市民に伝えられる…」
上層部への苛立ちを隠せず、空の紙コップを握り潰す。
昼からの講義。斎は基本的に常時陰気な表情だが、今日はいつも以上だ。