三題噺

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941「マッチ」「深海魚」「名誉心」:2009/03/25(水) 01:37:51 ID:Ca3EU5DF
 湿気ったマッチで煙草を点す。
 節制の為に薄暗くしてある部屋の中、マッチの灯りが揺らめいては壁にその光の輪郭を踊らせた。
 会社の不正によって、俺が十数年来誇って来たキャリアと功名心は失われた。
 それでも俺は、――海溝に落とした小石が不満を嘆かないのと同じ理屈で、少なくとも不幸ではないと思う
 僕の人生は、特に困難もなく転がり続けたように思う。
 勉強を楽しんでいた。苦手な科目はもちろんあったが、苦手を克服する事を楽しんでいるうちに有名大学に進学していた。
 進学したあとは楽しみらしい楽しみもなかった。周りからは「君はいつも楽しそうだね」などと言われていた。理由はわからないが、つまらないと力説する意味はなかったので笑って済ませていた。
 気がつけば二流の会社で高給を頂く身分になっていた。部下に干渉せず、助言に期待も込めず、かつ上司には流れるように従った。確実に従う事はしなかった。夏目漱石の引用という訳でもないが、骨が折れるし、逆境や不条理に竿立てるのはやはり無駄なのだ。
 流そうという奴がいるなら流されればいい。
 俺は、俺の人生になんの不満もない。
 失業後も、大麻の栽培にあっさりと成功した。
 この地方で売り子と呼ばれている連中にも簡単にパイプを繋げられた。
 収入に問題はない。
 でも、なにも楽しくない。
 カーテンを少し開けると、月明かりさえ届かない曇りの夜空だった。
 蓋をされたような気分だ。
 どこかで名誉を願っていた心が、肺と一緒に煙草脂に濁り切っていた。
「まるで深海から太陽を見上げてるような気分だ」
 パトカーの姿が見えたので、俺はカーテンを締めて、眠りについた。


942創る名無しに見る名無し:2009/03/25(水) 04:33:24 ID:pOUiuWuz
マッチ売りの少女は遂に行き倒れてしまいました。
そこへ身なりの整った青年が通り掛かります。
「おや、このままではしんでしまいます。私の家に来なさい。」
青年は少女を抱えて家につれていきました。
しかし家には入らず、少女を馬小屋のわら草の上に寝かせました。
「両親に見つかっては追い出されてしまうからね。静かにしていて。」
「ありがとう。ありがとうございます」
少女はただただ礼を言います。
少女にしてみれば、屋根とあたたかな草のベッドが与えられただけでも、青年に感謝しきれないくらいなのです。
やがて母屋の灯りが消えた頃、青年はパンとスープをもって少女のいる馬小屋をおとずれました。
「ありがとう。ありがとうございます。」
少女は礼を述べて、ポロポロ泣きながらパンとスープを食べました。
「お礼の言葉なんかいらないよ。僕はきみが欲しいんだ。」
青年は、月明りしか差さない吐く息も白む馬小屋で、少女の服を脱がせました。
少女は今から何をされるのか全然わかりませんでした。
しかし興奮したようすの青年に気おされて、抵抗することも出来ません。
「大丈夫だよ。痛いのは少しの間だけだよ。」
青年は少女を組み敷きました。
少女が叫びそうになると、青年の手が少女の口を塞ぎました。
それでも暴れると青年は少女の首を締めました。
ついに少女は抵抗をやめ、されるがままになりました。
少女の噛み締めたくちびるに鉄の味がにじみました。
そして満たされた青年が服を整えていると、青年は不意に息ができなくなりました。
青年は自分の首をさわってみます。
鉄の杭が突き立っていました。
少女がわら草を掃除する鋤で青年の首を突き刺したのです。
少女は青年の身ぐるみをみんな剥いで、長すぎる裾をまげて着込みました。
青年を藁に埋もれさせてマッチで火を着けます。
少女は馬を引いて外に逃げました。
小屋はみるみる燃えてゆきます。
少女は馬に跨がりみるみる駈けてゆきます。
慣れない馬の背中にあたり、お腹の下がズキズキと痛みます。
しかし青年の体温の感覚を忘れるためには、馬の体温を感じていた方が幾分ましでした。
少女は馬のたてがみにすがりついて泣きました。
馬の背で泣いていると、いつのまにか崖の舳先まで駈けて行って、止めるまもなく海に転落してしまいました。
体温が下がり、泳ぐ体力ももうありません。
深海の底に沈み着くと、満月の月が水中からでも見えました。
するとどうでしょう、月が真っ赤に染まる出はありませんか。
よく目を凝らせば、沈んだ少女と月の間の海で、馬が鱶に食まれていました。
まるで空を飛ぶ馬が空を飛ぶ鱶に囓られているようです。
少女は薄れゆく意識のなかで、幻想的な景色をみて思わず微笑みました。
鱶が少女に近付いて来ます。
「ほほう、俺が馬を食うさまをみて笑うとは、なんという豪胆。お前は助けてやろう」
鱶は少女をやさしく咥えて水面に近付きました。
「俺は深海魚なんだ。ここから先は自力で泳ぐんだな」
少女は鱶に放されたところから、必死に泳ぎました。
もう水中に入って一分は超えているでしょう。
水を掻く手が動きません。
少女は意識を失ってしまいました。

少女が目を覚ますと、そこは山小屋のようでした。
「おお、気がついたかね」
猟師然とした男が、少女に笑いかけます。
話を聞いてみれば、本来猟師をしている男の元に鱶退治の依頼が入り、そこで溺れていた少女を助けたのだそうです。
「鱶は?鱶はどうなりましたか?」
「猟銃で撃ったよ。ばらばらさ」
少女は少し落ち込みました。
943創る名無しに見る名無し:2009/03/25(水) 04:34:53 ID:pOUiuWuz
少女は山小屋の猟師に突如言いました。
「わたしをお嫁にもらっていただけませんか」
少女は考えていました。
人を殺めたこと。
故郷には帰れないこと。
きっと追われていること。
「わたしは裕福に暮らしたい欲も良家の令嬢になりたい名誉心もありません。ただ平穏に
暮らしたいのです、だからどうか、わたしをお嫁にもらっていただけませんか」
猟師はまいったなという顔をして言いました。
「ふだんと違う狩場に行ったら、鱶に加えて嫁まで狩れてしまった」
ふたりはひっそりと契りを交わし、いつまでも仲良く暮らしました。

今、マッチ売りの少女だったおばあさんには孫がいます。
赤い頭巾の良く似合う、かわいい女の子です。

終わり
944創る名無しに見る名無し:2009/03/25(水) 10:34:25 ID:DaKLj1TI
まさかの赤ずきんエンドwww
945創る名無しに見る名無し:2009/03/25(水) 17:11:49 ID:pOUiuWuz
狼に食われて生還するような人なら、
それまでの人生もさぞや波乱万丈だったろうと思って。
946創る名無しに見る名無し:2009/03/25(水) 18:05:53 ID:MbWI+TCT
>>941
なんかこっちまで気だるくなってくるな。
雰囲気悪いけどいいじゃん。

>>945
なるほど。
とりあえず、終わりよければ全ていい・・・のか?w
947 ◆91wbDksrrE :2009/03/26(木) 21:01:30 ID:iNpQeZnx
「マッチとは、何故マッチなのであろうか」
「またわけのわからない事を……」
 彼の意味不明の戯言は今に始まった事ではない。名前というものに
異常と評してしまえる程の関心を持ち、それが何故そう名づけられた
のかということを知りたがる。だが、その過程で紡がれる言葉は、私の
ような常人にとっては戯言以外の何物でもない。厄介なのは、その戯言
が割と長く続くという事だった。以前『深海魚とは何故深海魚と言うのか』
と言い始めたので、『そりゃ深海に住んでるからでしょ』と答えた時、
『なるほど』と三秒で話が終わったのは、例外中の例外だ。
 まったく、顔はいいんだから、黙っていればもてるだろうに……と
言いたい所だけど、黙っていてもてた結果どうなったかを何度か
目にしている私は、そんな風に言うこともできない。
 はぁ……全く、難儀な奴。
「マッチだぞ? match……適合する、試合をする……そういった意味
 を持つ言葉だ。何故点火具にその呼称を用いた?」
「えーっと……」
 何らかの納得できる答えを得るまで、彼のこの戯言は止まらない。
だからいつも私は頭を捻って彼の戯言に付き合うんだけど……なんで
いつもいつも私が付き合わなきゃいけないのか、と思う事も度々。
 それでも付き合ってるのは、腐れ縁って奴なんだろう、多分。
「火点ける時に、こするトコとマッチの頭がこすれるのを、試合する
 のに例えて……とか?」
「なるほど。少々気になる部分もあるが、そういう考え方もできそうだ」
 何か言い方がむかつくけど、このままいけば戯言に付き合うのも
程ほどに済みそうだったので、私は何も言わない。
「しかし、いつも思うのだが……」
「何よ」
「お前はどうして私のこんな話に付き合ってくれるのだ?」
 何も言わなかったら、思いもしなかった疑問が飛んできた。
「私は、お前とのこの時間が楽しい。だが、お前はそうでもあるまい」
「……自覚あるんなら、少しはどうにかして欲しいんだけど」
「その時間に、わざわざお前が付き合ってくれる理由は、何だ?」
「それは……腐れ縁、じゃないかな、多分」
「そうか……腐れ縁か」
 彼の浮かべた、どこか寂しげな微笑に、何故か私の胸はドキッとなった。
「その腐れ縁は、いつまで続いてくれるのだろうか」
「……そんなの、私に聞かないでよ」
 一度跳ね上がった心臓は、その反動からか高鳴る事をやめない。
 今日は……いつもと違う。違い過ぎる。何もかもが。
「私には名誉心も、功名心も無い。私が欲する心はただ一つ。それは……」
「あー、もう、わかったわよ! 一生あんたに付き合ってあげる!
 腐れ縁でよければね!」
 私は、彼の言葉を遮るように椅子から立ち上がった。部屋を出ようと
して、彼の方を一度だけ振り返ると
「……そうか」
「っ……!」
 そこには、嬉しそうな微笑をたたえた、彼がいた。その顔を見た瞬間、
心臓が口から飛び出るかと思う程跳ね回り、顔が一瞬で真っ赤になる
のを私は自覚した。
「……もうつ……馬鹿ぁっ!」
 理不尽だ。彼も理不尽なら、私のこの気持ちも理不尽だ。ちょっと違う
面を見せられただけで、なんで……なんでこうも簡単に……。
 後ろ手に扉を閉め、私は一つの事を決心する。
「そういう風になりたいなら……もっと私ごのみにしてあげるから、
 覚悟しなさいよね」
 自然顔に浮かんだ笑みと共に、そんな呟きが口からこぼれる。
 明日からは……色々と大変な感じになりそうだ。
 でも……それも、悪くは無いかもしれない。

                                    終わり
948 ◆91wbDksrrE :2009/03/26(木) 21:02:13 ID:iNpQeZnx
ここまで投下です。

ちなみに、火を点ける方のマッチの語源は「ランプの芯」だそうです。
949創る名無しに見る名無し:2009/03/29(日) 15:44:32 ID:z/9hKc45
次いくか?
「極寒の地」
950創る名無しに見る名無し:2009/03/29(日) 16:12:51 ID:8srlTQJv
「音痴」
951創る名無しに見る名無し:2009/03/29(日) 16:15:22 ID:/8AM+emM
「あさいち」

別に「朝市」でも「朝一」でもいい。
952創る名無しに見る名無し:2009/03/29(日) 17:20:35 ID:qRo3kPWr
遅れた。「マッチ」「深海魚」「名誉心」です。 

 「次の方、どうぞ」
  よばれて窓口にやってきた男は、ひょろりとした長身を折って、窮屈そうに椅子に納まった。
  こういう目をした人ばかりなら、いいんだけどな。
  私は目の前に腰掛けた男をさりげなく観察しながらそう思った。
  面長の顔に楕円形のレンズの銀縁眼鏡。やや神経質そうな顔立ちをしているが
 眼差しはあくまでも穏やかで理知的だった。
  あんたみたいな人なら、きっとすぐに働き口は見つかるよ。うん、大丈夫。
  今までにどういういきさつがあってここに来ることになったかはわからないが、
 この善良そうな男に心の中で声援を送ったあと、マニュアル通り、相手を落ち着かせるための
 曖昧な笑顔をうかべて私は口を開いた。
 「おまたせしました。えーと、まず一つお聞きしたいのですが、
 以前はどういったお仕事をされていましたか?」
  男は幾度かしぱしぱとまばたきすると、口ごもりながら答えた。
 「はい、あのう、魔術師をしていました」
  長身に似合わず、細く、ひよひよとした鳥のような声だった。
 「ほう、魔術師ですか。ずいぶんと専門的なお仕事をされていたんですね。すごいですねえ」
 「ええ、まあ、恐縮です……」
 「どのくらいお勤めになられましたか?」
 「20年程でしょうか」
 「それは、なかなかの経験がおありですね。再就職には有利です。
 きっとすぐに新しい仕事が見つかると思いますよ」
 「はあ、それはどうも……」
  男は言葉をにごすと、量は十分にあるが、白髪がまじって全体的に灰色になった頭髪に手をやった。
 「それで、今回転職をご希望ということですが、やはり魔術関連のお仕事を希望されますか?」
 「いえ、その方面はもういいんです。全く別の職種に就きたいと思ってます」
  男はそれまでの戸惑いがちな態度と違い、きっぱりと言い切った。
  その言葉には高い専門性を必要とする職業についていた者にありがちな、自らのキャリアを誇る響きは全くなかった。
 魔術師と言えば生まれついての資質と長年にわたる知識・技術の修練が必須の職業だ。
 当然、その職に就くことのできる者は限られるため、業界は慢性的な人手不足で、
 どこにいっても引く手あまただ。無論、給与や待遇もかなり良い。
 「え……そうですか。キャリアも十分あるのにもったいないな……」
 「いえ、いいんです。魔術師の職に、未練はありません」
  ぽつりとそう呟くと皺の少ないつるりとした顔をなぜて男はほうっと息をついた。
  この人、一体いくつくらいなんだろう?
  私は消しゴム付きの鉛筆の頭を机にトン、トン、とついてそんな事を考えた。
 「わかりました。では、なにかご希望の職種はございますか?」
 「特には、ありません。働けて、生活できるくらいの給料がもらえればそれで結構です」
 「そうですか。特に希望はナシ、と……。ではとりあえず、お住まいの近くからの求人を検索してみますね」
 「おねがいします」
  男は安堵したように目元にすこし皺をよせて笑い、机の上で慎ましやかに手を組んで、私が検索を終えるのを待った。
  だがその時、どこからか、何かが唸るような音が聞こえてきた。
  それも空気を伝わる振動の音ではなく、人の精神に響く音だ。
  私ははっとして目の前の男を見た。
  男はさきほどの穏やかな表情から一変し、かつて魔術の現場の第一線で見せていたであろう峻厳な顔つきになっていた。
 「ちょっと失礼」
  男はそう言うと懐から小さな箱を取り出し、スライドさせて、中から細くみじかい木の棒を取り出した。
 先端には丸く固められた赤い薬品がついている。
  マッチだ。

953創る名無しに見る名無し:2009/03/29(日) 17:36:30 ID:qRo3kPWr
  男は机でマッチを擦って火をつけた。だがその火は普通のオレンジ色の炎ではなく、真っ青に燃える、美しいがどこか恐ろしい、この世ならぬ炎だった。
 男はその炎の上に手をかざし、眉根をよせて何事かぶつぶつと唱えはじめた。電気が点いているにもかかわらず、部屋の中が急に薄暗くなっていく。
 炎は次第に大きくなり、青を濃くしてゆらゆらと揺らめいた。炎を覗き込む男の額に汗が浮かぶ。周りの人間たちの影が炎の光輝に照らされて、
 縫い止められたように動きを止め、くっきりと黒く壁に映し出された。
  すると突然、さまざまなポーズをとった人影の林のなかに大きな魚のような影がぬっと現れ、目にも留まらぬ速さで影の間を縫うように奔り、消えた。
  私はぎくりとして男の方を見た。
  すでに15センチほどになっている深い海のような色の炎の中を、ちらっと魚らしきものの尾びれがよぎった。男はそれを見ると声の調子を強め、
 炎の中に人差し指を突っ込み、釣りをするように指を炎の中で泳がせはじめた。
  男の詠唱は高く低く、まるで歌のように紡がれ、聞いているとどこか遠くへ運ばれていってしまいそうだった。
 男の歌と、炎のひかりが私を酔わせ、意識が朦朧とし始める。瞼が重くなり、身体の力が抜けていく。
  だが突然、ギョトギョトとした禍々しい光が私の目に飛び込んできた。狂った光を宿した巨大な魚の眼。それがまるで喰い殺そうせんばかりに私を捕らえた。
 「ああっ!」
  私は思わず叫び声をあげて後ろにのけぞった。
  その瞬間、炎の中から乱ぐい歯をむきだしにした、大きな厳つい顔の気味の悪い深海魚が躍り出て、男の指に噛み付いた。
 「!!」
  食いつかれた男がするどく一声叫ぶと、青い炎が光の輪となって魚を捕らえた。魚は輪を引きちぎろうと渾身の力で暴れ、
 急激に負荷がかかった輪からバチバチバチッと激しく火花が散る。千切れそうになりながらも魚にくい込む輪から稲妻のような白刃が走り、
 あたりは真っ白な閃光に包まれた。
 「わああっ!」
  私は悲鳴を上げ、頭を抱えて机に突っ伏した。
954創る名無しに見る名無し:2009/03/29(日) 17:38:10 ID:qRo3kPWr
 「大丈夫ですか」
  私はその声にはっと我に返った。
  温厚そうな眼差しを取り戻した男が私を心配そうに覗き込んでいた。
  部屋の明るさも元に戻っている。周囲は異変などなかったように、気怠く平和なざわめきに満ちている。私はおそるおそる身を起こした。
 「あ……大丈夫、です」
 「そうですか。よかった。申し訳ありません。巻き込んでしまったようですね」
 「いえ……あの、さっきの魚は……」
  私はちらりと男の指に目を落とした。男は手を組み替えてさりげなく隠そうとしたが、人差し指の爪が無くなっていた。
 「逃げられてしまいました」
  男は事も無げに苦笑まじりに言ったが、眼鏡の奥の眼はこまかく揺れていた。
 「なんなんですか、あれは一体……?」
 「あれは……前職で私が術を使って呼び出したものなのです」
  男の顔に苦渋と悔恨にみちた表情が浮かんだ。
 「経験も長く、召喚術に長けていると、とあるプロジェクトの中心的役割に任命されましてね。長い時間をかけて準備を重ねに重ねました。
 自信もありましたし、失敗が起こるのは万に一つ、いやありえないことだと考えていたのですが、その奢りが引き寄せたのでしょう、
 召喚は失敗してしまったんです。同僚があれに二人喰われ、ついには私自身の手にも負えなくなってしまった……。
 私は魔術師でいることが耐えられなくなって、辞職しました」
  男は吐露するように一気に述べたてると、動揺を押さえようと瞑目して深呼吸をした。そして爪のなくなった人差し指を握り込んで俯いた。
 「辞める時に私は自分の力と引き換えにあれを封印しようと試みましたが、やはり封じきれなかったようです。
 時折、ああして魔力の衰えた私をも喰らおうと出て来る。私も以前は自分の能力を誇り、社内で一番の魔術師などとうぬぼれていましたが、
 そんな名誉心もあれのお陰ですっかり折れてしまいました」
  男は自嘲するように口を歪め、手に残ったマッチ棒をぽきりと折った。
 「こんなふうに、ね」
 「……お察しします」
  私は男の手の中のふたつに折れたマッチ棒を見ながらやっと、そう言った。
 「新しい仕事、見つかるでしょうか?」
 「見つかりますよ、きっと……」
  精一杯誠実に答えたつもりだったが、私は男の眼をまっすぐ見て答えることができなかった。
  コンピューターでいくつか適当な求人が見つかったので、プリントアウトして男に渡した。
 男は縮こめていた身体をぎくしゃくと伸ばして立ち上がり、深々と頭を下げると、ありがとうございました、と言って去っていった。
  私は窓口に座って、ただ、彼の後ろ姿を見送った。
955創る名無しに見る名無し:2009/03/30(月) 03:20:12 ID:TDkt+hI8
すげー面白い!
マッチの魔術の辺りの発想やら描写がマジぱねぇ!
憬れるわコレ
GJ!
956「マッチ」「深海魚」「名誉心」:2009/03/30(月) 19:49:24 ID:KZ+7su4B
おいらも出遅れました。
深海魚と名誉心の組み合わせが難しいよね…。

「マッチ」「深海魚」「名誉心」

 入り江の岩の上に腰を降ろした。もう最近では服が汚れても気にはならない。夕闇が降り始め冷たく
なった潮風に吹かれながら、私はタバコを取り出すと一本くわえ、マッチをすった。
 タバコに点火して用済みになった小さな炎を、海のほうにゆっくりとかざすように遊ばせる。
目の前の海は底が見えず黒々としている。下手に入れば思わぬ深みに沈むと言われる危険な海だ。
聞けば海の底にはぽっかりと大穴のような海溝があるという。
 やがて大穴の中で何かが動いた。薄暗い中で幽かな光の揺らめきが意思を感じさせた。
 確かにそこに何かが蠢いている。

 結婚はできない、といったのだった。
「私じゃなくて、あの人を選ぶのね」
 その頃、私は出世することに躍起になっていた。私の新しい恋人は新たなプロジェクトチームを率いる立場にあり、
そのプロジェクトの展望も非常に明るいものだった。より多くの実績を勝ち取り、成果をあげることに夢中になっていた私の
名誉心を、ひどく刺激するものだった。
 彼女とは大学時代から同棲を続けていてもうかなりの年数が経っていた。よく知る者などからは
早く結婚してやれと言われることはしばしばあったのだが、仕事にかかりきりになるにつれ他の事はおざなりになりがちだった。
ようやく身辺を整理しようという段階に至って結婚の話がでていた。
 幾度かの話し合い、言い争いをした。それでも強引に話をまとめ、私は手切れ金を用意した。しかし彼女はその頃には既に
なにごとかの決意を固めていたようだった。手切れ金をつき返し「絶対に許さない」とはき捨てた。
 長い付き合いなので彼女の考えと言い分はわかった。私もそこでようやく彼女を殺害することを決めた。
957「マッチ」「深海魚」「名誉心」:2009/03/30(月) 19:51:40 ID:KZ+7su4B
 漁師町で大穴は不気味でありながら、どこか神聖なものと捉えられているようであった。潮の影響で様々なものが
流れ着き沈んでいく。海が荒れて沿岸で死者がでるような際には、水葬にだした時代もあったが
皆この深い海溝の周りへと流れてゆき、しかし陸に上がることなくいずこかに消えたそうだ。
伝説では死者は大穴に沈み魚になるのだという。そして日の届かぬ海の底で生き、人であった頃を恋しがっては
時折奇妙な深海魚の姿を見せるのだそうだ。
 それは骸を飲み込む深遠なのだ。
 周りの岩礁では時折、ぽつりぽつりと灯りがともる。人影をみることもある。彼らの訳はしらないけれど、私の理由は明白だ。
 あの日から私の人生は順調に進むと思われた。しかしほどなくして私の思惑と反し、この国は不況と停滞の時代に入った。
プロジェクトは例外なく中止や見直しを迫られ、多くの社員がその椅子を追われた。私も整理され、私の新しい恋人は整理されずに済んだ。
 それからというもの、私はこの岩礁にふらりと通っては黒い海面をじっとみつめる。後悔ではない。ただ仕事を失って
生のままの自分になってしまったとき、私は自らが何をやったのかわからなくなってしまったのだ。それを確かめなければならないと
いう欲求が、ふとした瞬間に沸いてくるのである。
 しばらく考え事をしていると水面になにかがきらりと見えた。魚の鱗のように思えた。光を飲み込む大穴のその上に何かがいる。
うねるようにちらりちらりと動く光に私は目をこらした。確かにあそこには何者かが在る。じっと見続けるとこれまでにない直感が
私を襲った。
 目が合った、と思った
 その瞬間、私はその魚を追いかけなければならないと感じた。あの伝説は本当だろうか。こちらを見たのは
深海の住人と成り果てた彼女ではないだろうか。ゆかなければ、確かめなければ。私は海に足を踏み入れようとした。
 だがその必要はなかった。光る鱗が走った。一直線に私のいる岩へと。
 その速さに恐ろしさを感じたが、目を離せず逆に身を乗り出した。やはりそうなのか、と思うのと同時に水が弾けた。
 眼球に痛みが走り、私はしばしうずくまった。

 目が元に戻った頃には既に海面はいつもの黒々とした様子を見せていた。先ほどのは魚かイルカが悪戯でもしたのだろうか。
 しかし馬鹿げた心持ちになったものだ。あの冷たい海に身体を投げ入れるところだった。
「仕事、さがさなくちゃな」
 私は呟くと立ち上がった。濡れた岩に滑らないよう足を運ぶ。もう慣れた道ではあったが安心できる道というわけでもない。
 すると正面からゆらゆらと蛍火がこちらに向かってきた。目を凝らすと暗闇にぼうっと浮かび上がるように男の姿がみえる。
近づくにつれだんだん姿がはっきりとしてくる。地元の男だろうか、小柄でもう壮年といったところか。髪はほとんど色が抜けて白かった。
 すれ違うときになって軽く会釈した。この先にあるのはあの岩礁だけだ。
 彼は何度もここに通っているのだろう。私もきっとまたここに来るだろう。
(終わり)
958創る名無しに見る名無し:2009/03/30(月) 22:17:35 ID:t/p9aKmQ
>>954
おもろい。
何というか、自然な面白さがあるな。

>>956
何か、自業自得なんだろうけど、切なくなるな・・・
959極寒の地 音痴 朝一:2009/03/31(火) 17:38:36 ID:lumJjh/C
 ここは極寒の地、シベリア。ここで日本発祥の大イベント、コミケが開催されることになった。
それに真っ先に食いついたのがここに住むワトソンとイヴァンの男2人だった。
2人とも、生粋の「アニヲタ」という奴で日本へは年に数度訪れている。
しかし、2人はただのアニヲタではない。成田に降り立つなり、
現地での宿の手配より、食事より、何より秋葉原に向かうことを優先するほどのスーパーヲタクだ。
成りもライフスタイルもアニヲタのそれそのもので、彼らを白眼視しない人間はいない。
とにかくまあ、そんなアニヲタ2人は朝一でコミケ会場の前に来ていた。
しかし、ここは極寒の地シベリア。今日の最高、最低気温ともにマイナス二桁である。
いくら、シベリア生まれのシベリア育ちなシベリア人とはいえやっぱりこの寒さには耐えられない。
体を温めるウォッカも十二単よろしく幾重にも重ねたコートも寒さの味方をしてくれなかった。
「寒いな、イヴァン……」
「耐えろ、耐えるんだ。この向こうであのサークルさんの新刊や日本から来たフィギュアが待っているんだ…!」
顔を雪まみれにしながら、歯をガタピシ言わせながら、アニヲタ2人は寒さに耐える。
とにかく耐える……。
耐えるったら耐える……。
「駄目だ…俺はもうここまでだ。なんだか眠くなってきた…。ああ、向こうに俺の嫁がワンサカ…。
つかさたん、今行くからね……ハァハァ」
ワトソンは至福を絵にかいたような表情でゆっくりと目を閉じる。
「ばか〜!眠っちゃだめだ!ここで寝たらあのサークルさんの新刊や日本から来たフィギュアを見る前に死んでしまうぞ!」
そんなワトソンをイヴァンは往復ビンタで叩き起こした。
「はっ……!そうだ、俺はまだ死ねない!死ぬわけにはいかない!ここで死んだらもうコミケにも秋葉原にも行けない!」
「そうだ、友よ!そうだ。歌を歌おう。歌えば寒さも吹き飛ぶはずだ!」
かくて2人は歌い始めた。大声で、高らかに。
某月ごとに歌い手が変わる31人の女子生徒が出てくるアニメの主題歌、
某魔法というより、魔砲少女なアニメの第2期の主題歌、
某ゆるゆる女子高生アニメの主題歌……。
2人は寒さを忘れ、ヒートアップした。特に某EDのダンスが印象的なアニメの曲では振り付きで熱唱。
それにしてもこのアニヲタ、ノリノリである。
しかし、彼らの最大の弱点。それは「音痴」だった。おまけにそれに気づかないもんだから救いようがない。
Wジャイアンっていうレベルではない。
そんな2人の酔狂は警備員からつまみ出されることで幕を下ろしたのである。

教訓・列に並んだら、静かにしましょう。
960創る名無しに見る名無し:2009/03/31(火) 17:39:18 ID:lumJjh/C
あげてしまいました。
すみません……。
961創る名無しに見る名無し:2009/03/31(火) 18:13:41 ID:mLhksYv7
ちょっと待てw
962創る名無しに見る名無し:2009/03/31(火) 18:26:08 ID:lumJjh/C
>>961
アッー!
2度あることは3度ある…。
963創る名無しに見る名無し:2009/03/31(火) 18:52:32 ID:mLhksYv7
ああいやいや、SSの感想だよw
964創る名無しに見る名無し:2009/03/31(火) 19:56:53 ID:bRyg0Bwi
ワロタwww
レスでコントすんなwww
965創る名無しに見る名無し:2009/03/31(火) 20:21:02 ID:+taprBur
なんかアメリカの実写コメディドラマチックな絵が
目の前に浮かぶような感じでワラタwww
966創る名無しに見る名無し:2009/04/03(金) 21:58:30 ID:4m+r+oLf

「極寒の地」「音痴」「朝一」


「兄、起きて」
 ゆさゆさと揺さぶられるにつれて徐々に頭がぼんやりと覚醒してくる。
 ベッドの横のカーテン越しに感じる空の明るさから、今は未だ普段起きている時間より
だいぶ早いのではないだろうかと考えた。
 だったらまだ寝てたっていいじゃないか。
 寝ぼけた頭は欲望に忠実な結論を出しずれていた布団を頭まで被った。
 すると大きな溜め息とともに揺さぶっていた手は離れる、よし諦めたか。
 一安心して惰眠をむさぼろうとした瞬間、どすりと思わず胃の中身をぶちまけたくなる
ような衝撃が腹部に走った。
「ぐぼぁ!?」
 思わず飛び起きると布団越しのちょうど腹の中心当たりに華奢なかかとがめり込んでい
た。
 なんてこったい、朝からかかと落としとはヘビーすぎるぜ。
「げほ、ぐほっ」
「おはよう」
 咳き込んでいる兄のことなど一向に心配する様子も見せずに淡々と朝の挨拶をされた。
「じゃ」
 そしてそのまま踵を返す。
 見慣れたパジャマ姿は大変よろしいがここまで素っ気ないと萌える暇もありゃしない。
「待てぃマイシスター。何でお兄ちゃんはこんな朝早くに起こされちゃったのかな?
 ん? 怖くて一人でトイレに行けないから着いて来て欲しいというのなら全力でお供す
るぞ」
「にわか知識で得た龍の鱗を砕く槍術の練習をするから朝一で起こせって言ったのはそっ
ち」
 心の底から妹に面倒くさそうな顔をされた気がしたのはきっと気のせいだ。
 まぁそれが事実だったとしても可愛いから許す!
「んなこと言ったか?」
「滅べばいいのに」
 普段から冷たいマイシスターの視線がなお冷たい。心なしか部屋の気温も下がったよう
な気がする。
 ベッドの上にいるのに極寒の地にいるような居心地だ。
 ここは前向きにこんな経験が出来る俺って超素敵って思うことにしよう。ひゃっほう。
「すまないマイシスター。俺の記憶はミジンコ並みなんだ」
 頭の中身が暖かくても仕方ないのでベッドの上で土下座をかます。
 だが想像したように頭を踏みつけられることは無かった。
 別に期待してたわけではないので大丈夫。想像しただけだ。
「つくづく救いようのない」
 その発言に想像を見透かされたのかと思ってちょっとひやっとした。
 さすがに頭の中を見られたとなるともう自決するしかないので、おそらく土下座をした
ことか自分で記憶力をミジンコ並みだって認めたかのどっちかだと思うことにする。
 その両方ってことはないよな?
967創る名無しに見る名無し:2009/04/03(金) 21:59:19 ID:4m+r+oLf
「はい」
 冷や冷やしていると目の前に差し出されたのはマイクスタンド。長い首部分に三つに分
かれた足が着いてるやつだ。
 土下座をやめ棒状のそれを手に取り軽く振り回すとマイシスターは露骨に不快そうな顔
をした。
 これでエロゲソングを熱唱しろと言うことか! だが俺は音痴なんだ、残念なことに!
 仕方なくマイクスタンドを握りしめ己の欠点に悶えていると重要なことに気付いた。
「これマイク着いてないぞ」
「槍の替わりにするってマイクを外したのは兄」
 昨日の俺はどうかしていたに違いない。なんかそんな気がしてきたけどまあいっか!
 俺は黙ってマイクスタンドを脇に置いた。
「なぁその兄って呼び方やめないか? どう聞いても『あれ』とか『これ』とかの替わり
に使ってるように感じるんだ」
 そんなことはないとこの兄はかたくなに信じてはいるが。
 可愛いマイシスターを見ているとそんな気がしてきて困る。
「当たり」
「肯定するなんて! 俺は悲しい! 兄さんでも兄ちゃまで兄貴でもなんでもいいからも
うちょっと愛を込めて呼んでくれ!」
 個人的には兄やも捨てがたい。
 というか愛情があるなら基本なんでもオッケーだ。よし俺ってば懐広くないか。
「じゃあ兄」
 しれっと、いつも通りの淡々とした様子で応えるマイシスター。
「元に戻っとるー!?」
 盛大に叫んでのけぞるとマイシスターは無言で耳をふさいでいた。
 その慣れた様子にちょっと嬉しくなる。
 ふふ、ここまではいつも通りだなマイシスターよ、手慣れた会話が心地良いぜ。
「戻るも何も変わってない」
「愛は?」
 恥ずかしさからかマイシスターは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「元から無い。むしろ現在マイナス」
「今後の可能性は!?」
「今この瞬間に摘み取られた」
 そう言うと疲れ果てたような溜め息をついたマイシスターは静かに俺の部屋を出て行っ
た。
 時計を見ると午前五時四十五分を差している。
 今日もマイシスターに兄への呼び方を変えて貰おう作戦は失敗に終わった。
 だが俺はまだまだ諦めないぞ!

終わり
968創る名無しに見る名無し:2009/04/04(土) 02:02:52 ID:r+LE1hUN
なんて…なんてダメな兄なんだ…w
969「極寒の地」「音痴」「あさいち」 1/2:2009/04/05(日) 04:47:05 ID:L0ue9rA6
 かじかんだ手に吹きかけた息は白くもうもうと空へ吸い込まれていく。
 その様子を目で追いかけ、この湯気が雲になり故郷の街まで飛んでいくのかなと考えてみたが、そんなは夢見がちなことではと思い直し、くすりと笑いが漏れが。
 先ほどから聞こえていた、甘く落ち着いた少女のハミングは小笑いと同時に消えていた。
 なぜ止めてしまったのか不思議に思い、少女へ振り返る。
「私の吐息は宙を昇り〜雲へ姿を変えるでしょう〜」
 ハミングではなく言葉を乗せて歌っていた。
 しかし、すさまじく崩壊した歌声で。
 その歌があまりに酷く、また、自分の考えていることを読み取られてしまいあっけに取られ、少女をじっと見つめていたようだ。
 こちらを一瞥した彼女は恥ずかしそうに俯いた。
「ごめんなさい。音を言葉にすると、声の均整が取れなくて……」
 朝の静かなこの時間でなければ聞き逃しそうなほどに小さな声で呟く。
 この少女はそんな悩みを抱えてこの私へと手紙を遣した。
 これまでにたくさんの音楽の悩みを聞いてきたがこれほどに難解な案件は初めてで、正直どのようにして解決すべきかと、ここ昨夜一晩頭をかかえた。それほどに酷い。
 だが、ハミングは非常にきれいで、小鳥のさえずりのような優しく暖かい声が、まるで氷を打ったように周囲の空気に響く。
 志あらば、街で歌手として成功することすら難しくないであろう才能だ。
 まあ、依頼とは言っても歩合制なので、この仕事はキャンセルして次の仕事に移っても構わないが、彼女の声は放って置けないほどに魅力的だった。
「ハミングはこの澄み切った空気の様にきれいだ。」
 その言葉で少女は少し顔を上げた。
「だがしかし、言葉を発するとどうも酷すぎるな。」
 少し上がった顔はすぐに下を向く。
「心配は要らない。きっと言葉に重きを置きすぎなのだろう。まずは言葉への苦手意識を消そう。」
 そう言ってハミングから次第に「a」の発音へ切り替えるように指示を出した。
 少女が腹に両手を当ててハミングを始めると、広い雪原にあの甘美な響きがこだまする。
 「ふ」とも「う」とも「ん」とも聞こえるようなハミングの曖昧な発音が、はっきり「あ」と分かるように変化してくる。
 そのまま大きく口を開いていくように指示を出すと、それは見事な「あ」の発音になる。
 少女の目の前で軽く握り拳を作ってやり、発音を止めるように指示する。
 声を止めた彼女は、一面の雪に花が咲くのではないかと思うほどの笑顔で喜びを表した。
「できたっ! できましたよ! 先生、できました!」
 その笑顔に嬉しくなり自然と拍手をしていた。
「後はその応用だ。言葉を意識するのではなく気持ちを意識すれば、自然と歌に言葉が乗るはずだ。」
970「極寒の地」「音痴」「あさいち」 2/2:2009/04/05(日) 04:47:58 ID:L0ue9rA6
 その後の彼女は水を得た魚のようだった。
 日が昇りきる頃にはこの国で必要とされる発音の全てを歌に乗せられるようになった。
 さらに練習は続き、ついには童話を歌うことに成功した彼女が、
「レッスンの最後に、即興で歌います。聞いてくれますか?」
「もちろん。上達っぷりが楽しみだ。」
 それを聞いてにっこりと微笑んだ彼女は五歩ほど距離をとると、スカートの両端をつまんでお辞儀をしてみせる。
 一人分の拍手が雪の海に吸い込まれていき、風が耳の横を通る時の小さな音だけが聞こえる。
 すぅっと冷たい空気を彼女が吸った。
「私の吐息は宙を昇り 雲へ姿を変えるでしょう
 ゆたりゆたりと空を流れ 見たことのない街を見下ろし
 たまには見上げられながら ゆたりゆたりと流れ行く
 どこか遠くの知らない人と 出会うことに似ているようね
 私もそこへ行ってみたい 雲に掴まり行ってみたい」
 まだまだだ。
 まだまだ発音に拙い部分は残されている。
 しかし、聞き終わったあとのこの清涼とした気持ちは何だろう。
 歌を聴いただけで、これほど胸のすく思いをした経験は片手で数えるほどしかない。
 そんな気持ちを隠さず全て少女へと打ち明けると、少女は口を押さえて涙をこぼした。
 これほどの実力ならば声楽専修学院への編入も夢ではない。
 いや、今いる学院の生徒で彼女の実力に及ぶ者はいないはずだ。
 未だに泣き止まぬ少女の柔らかく濡れた頬に手を当てハンカチで涙をぬぐってやり、自分の名刺と、それと同じ大きさの推薦状との両方を手渡す。
「気が向いたらで、構わないが――――」
 二枚の紙切れを見た少女は始め何か分からない様子だったが、そのプラチナチケットの意味を理解して声が上ずるほど驚いた。
「これっ……! 本当に…………?」
 信じられないといった様子で何度も確認を取ろうと質問する彼女に全てイエスだと答える。
 三回ほど言って聞かせたところでやっと信じてもらえた。
 感激のあまり呆然とした少女が手元の二枚を見つめる。
 そして、はっとなり元気な声で、
「ありがとうございます!」
 少女はもう一度、頬を濡らした。


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眠くて推敲と校正がままならない…
あとは…まかせた……
971創る名無しに見る名無し:2009/04/05(日) 18:02:04 ID:Seyb3PBY
お、これは続くのかな?
これから物語が動き出す気配がして、続きがすごく見てみたい
972創る名無しに見る名無し:2009/04/05(日) 23:48:46 ID:Rmoh3a0b
続きが気になる
973創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 06:01:34 ID:O6M5dz4A
あさの空気の感じがきもちいいわ。そしてこの先は波乱万丈ぽい


そろそろクレクレ
つか次スレかこんどは
974創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 16:20:50 ID:1AomaQ72
テンプレとか新しくすべき?
975創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 16:31:03 ID:9C4KuusK
今小説だけ参加可能だから次スレからは絵とかもおkにして欲しいかも
アルパカ祭もあったし絵の参加があってもおもしろそう
976創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 21:50:30 ID:pNOtpXtV
三題含んでたらなんでも有り、という認識に既になってたぞw

テンプレは変更しといた方がいいな。
977創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 22:49:25 ID:O6M5dz4A
・・・
三つのお題をすべて使って創作するスレです。

創作ならなんでも可。
折を見て新しいお題を出し合います。
過去のお題の投下もどうぞ。
・・・

こんなんどうだろう
タイトル、SS以外も入りやすいように三題創作とかにした方がいいのかな。
「三題噺」って字の雰囲気好きなんだけど
978創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 22:58:05 ID:BDK4JgYM
あー絵とか歌もありなのか
それいいなあ。賛成賛成
979創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 23:04:26 ID:1AomaQ72
スレタイは三題噺でいいとおもうな
どうしてもっていうなら【】でなんかつけるとか
980創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 23:08:22 ID:c1mS2CUR
案出ししてみる
【三題含めば】三題囃2【何でも在り】
テンプレ>>977で個人的には文句ナッシンです
981創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 23:08:26 ID:pNOtpXtV
俺の好きなパターンだと

三題噺噺

とやって、part数増えたら噺がどんどん増えていく、
というのがあるけど、まあスレ立てる人にお任せw

無難に

三題噺その2

とかのがいいかな。
982創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 23:10:21 ID:1AomaQ72
あわせわざでこんな感じか

【三題含めば】 三題囃その2 【何でも在り】
983創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 23:22:07 ID:YXG1EEIK
そのスレタイだと「創作物なら何でもOK」というのは伝わらん気がする。
「どんな小説でもOK」くらいに取られるんじゃないか?
984創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 23:24:32 ID:O6M5dz4A
【三題使って】三題噺その2【なんでも創作】

こんなんはどうだろう
985創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 23:26:12 ID:pNOtpXtV
まあ、その辺りで適当に、かな。

986創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 23:33:32 ID:O6M5dz4A
じゃ、立ててみる。
987創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 23:36:02 ID:O6M5dz4A
ごめん規制されてた。誰かお願い。
988創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 23:36:49 ID:1AomaQ72
んじゃいこか
989創る名無しに見る名無し:2009/04/06(月) 23:38:30 ID:1AomaQ72
990創る名無しに見る名無し
>989
乙でやんす