216 :
天之御名無主:
「牛の首」の怪談とはこの世の中で一番怖くまた有名な怪談であるが、
あまりの怖さ故に語った者・聞いた者には死が訪れる。
よってその話がどんなものかは誰も知らないという話。
俺も長い間はこんなのは嘘だ出鱈目だ一人歩きした怪談話さ、と鷹を括っていたのだが……。
まあ聞いてくれ。
「『牛の首』って話を知ってるか?」
ある女が知り合いの男にこう切り出した。
男が知らないという仕草をしたので、女はそいつにそれはそれは恐ろしい話を聞かせた。
「……どうだ、恐ろしい話だろう。だが本当に恐ろしいのはここからだ。
この話を聞いた者は24時間以内に5人に話さないと、牛の首の呪いで家族の誰かが死ぬんだ。
信じるかどうかは勝手だが、忘れるなよ、24時間以内に5人だ」
そう言って俺は立ち去った。
「話さなければ」
しかしあまりの恐ろしさのためか単に男が鳥頭だっただけか、そいつはその内容を思い出せなかった。
そして思い出せないために、余計に恐ろしい話だったように思えてきたのだ。
――ガサリ
突然聞こえた物音に怯えた男はもの凄い勢いで背後の金網を乗り越え、
その向こう側で頭を抱え体を丸めて震えだした。
しばらくして男は立ち上がり、
「話さなければ」
うわ言のようにそう呟きつつその場を去っていった。
そしてそこから少し離れた物陰では、
「え、えらい話を聞いてしまった」
「ど、どうしよう」
偶然にも女の話した「牛の首」の話を聞いてしまった子供が2人、恐怖に震えていたのだった。
夕方、結局何も思い出せず誰にも話せず帰った男の家に男の長男が帰ってくると、
庭先で男が何やら石材相手に工具を振るっていた。
「おや珍しいじゃないか。日曜大工か? オヤジ……ぶっ!」
長男は言葉を失った。それもそのはずそこにあった石材に男は、
『☆☆(長男の名前)の墓』
と彫り込んでいたのだ。
「縁起でもねえ! やめろよ!」
「ただいま、おとうさん!」
そこに男の長女が幼稚園から帰ってきた。男は長女をひしと抱きしめる。
「どうしたの、おとうさん?」
「死んでしまう」
「誰がだ!?」
「できれば」
と自分を指差す父親では話にならないと考えた長男は、話を夕食の準備中の母親に持ち込む事にした。
「おふくろ、オヤジが変なんだよ!」
「変よ」
「実も蓋もねえな」
「忙しいのよ」
「とにかくオヤジが俺の墓石を……」
「いいじゃないの、これでいつ死んでも」
「ひでえ!!」
そして男は夕食の席でも、
「最後の晩餐」
「わけのわからない事言ってると盛りを減らすわよ!」
そんな時長女がふと思い出したように、
「ねえねえおとうさん、今日幼稚園で面白い話聞いてきちゃった。
『牛の首』って話知ってる?」
――ガッチャーン!
それを聞いた瞬間男は顔色を失い、卓袱台を蹴飛ばして一目散に庭に飛び出し、
その隅で頭を抱え体を丸めて震えだした。
「このスカポンタン! 何考えてるのまったく!」
という妻の言葉にも耳を傾けずただひたすらに……。
……さて、この男は忘れてしまったが、子供から広まった「牛の首」の話がどうなったかというと……、
『ねえねえ、「牛の首」って話知ってる?』
……1週間後に35人から「牛の首」の話を聞かされてしまうのだった……。
(迷惑ですから類似行為はやめましょう)