250 :
天之御名無主:2008/04/14(月) 16:30:22
なんか長野県の話が多いので一つ。
ある村では太子講の日に、特定の場所(どこか忘れた)を通りかかった他村の人を捕まえてうどんやらおこわやらでもてなす。
その人がお腹がいっぱいになっても、無理やり口をこじ開け食わせ続ける。
やがてその人は死んでしまう。これを見て村人は今年も豊作になると喜んだらしい。
しかし明治初頭にいくら食わせても全部食べてしまう人が居て、それからこの習慣はなくなったらしい。
でこの全部食べた人が実は弘法大師か何かの化身か何かだったという話。
よく覚えてないんですが知ってる方居ますが?
他の地方でも同じような話はあるんでしょうか?
>>245 似た話が宮城にもあり
ただし、京から流された中条となっている
馬から下りなかったので、神様の罰が当たって落馬して死に
そこに碑が立っている
252 :
天之御名無主:2008/04/14(月) 18:05:34
弘法大師も明治までまってないでモット早く来てくれれば
それまで死んだ人も助かったのに・・・
253 :
天之御名無主:2008/04/14(月) 18:41:30
>250
ハイヌウェレ神話の変形みたいだな。
豊作を祈って死ぬまで食わせるっていうのは。
もっともハイヌウェレが死ぬまで食わせられたのは珍○だけどな。
私もこのハイヌウェレの話を始めに聞いた時は普通に吐いた。
外国の有名な文化人類学者も「吐いた」と言っていた。
何が言いたいのか、というと、事実としてあったのでは?ということだ。
その土地の人々が
「ある特定の人物がリアルに死ぬほどたらふく食う」
ということと、
「その年の豊作」
との間には何の関係も無い、ということに気が付くには、
明治まで待たなければいけなかったとな...
>>253 そういう神話があったんだ
ますむらひろし(山形県出身)の漫画
「あたごおる」に大晦日、特定の人にやたらと物を喰わせる祭りの
エピソードが載ってたんだが、完全に創作だと思っていたよ
名古屋の民話
祝い事があり、両親にてゃあ(鯛)を買いに行かされた息子(大人)が、
魚屋に「つくりにするとええよ。小一時間でできるで」とか言われて、
てゃあを土に埋めて肥料などをやって待っていたが、勿論何も起こらず腐ってしまった。
両親はあきれて「刺身のことをつくりというんだわ」と教えた。
あ、職業は農夫ね。
アイヌ神話で、かわうその神vs化け物タコってのを、小学校の時に図書館で読んだな。
話の題名も詳しい中身も忘れたけど、かわうそが化け物タコを退治したって内容はしっかり覚えてる。
名古屋市天白区島田地蔵寺の寺伝
名高い大泥棒、熊坂長範は、盗んだ馬を売るために、馬の毛の色を変えてくれるように島田の地蔵さんに一心にお願いしたところ、
願いが叶って馬は全然別の毛色になった。首尾よく盗んだ馬を売った長範は大儲けしたそうな。めでたしめでたし。
狼と王女っていうロートリンゲンの民話知ってる人
田舎の八幡宮、源氏の守護神と平氏の守護神、両方奉ってる。
>>23 日光東照宮は原寸大の設計図があるらしい。全部。
勿論、彩色図も詳細に残ってるらしい。
263 :
天之御名無主:2008/12/07(日) 19:39:07
264 :
天之御名無主:2008/12/17(水) 21:10:55
富士市にはいっぱいあるんだね。
確かに、スレに寺の字は入ってないな
・・・ていうか、入れろよ、寺もw
267 :
天之御名無主:2008/12/24(水) 05:56:07
群馬北部の山村なんだけども
この地域で毎年やってる、ごく小規模な祭の日にちと
ある漫画で「群馬の山村で行われるある儀式」として描かれてたものの日にちが同じで
オヤ?と思ったんですが
誰か知らないかな。
漫画内ではかなり陰惨な儀式だったけど
うちのほうの祭りは全然そんなことないんだわ
ただ所々似た部分はあるので
元ネタになってんのか?とか
あの祭ってなんか実は意味あるの?
とか思って。
祭は、2月16日に山に入って、物を貰ってくるっていうもの。
規模はだいたい50戸数くらいかな。
なにか知ってる人居たら教えて
ちなみに漫画は「百鬼夜行抄」ていう民俗学かじってます的マンガ。
268 :
天之御名無主:2009/01/08(木) 22:37:30
神戸市中央区西元町にある走水(はしうど)神社。
マスコミを目指している人にはうってつけです。
269 :
天之御名無主:2009/01/09(金) 00:16:18
チャボカン 善光寺 信濃
このキーワードで該当する民話ってありますか?
270 :
天之御名無主:2009/01/13(火) 17:46:40
母方の祖父母の家が愛媛県の端にある三つの島からなる群島でして二つある大きい島小さい島が結んでいてそこに社がありました。
その島の名前が三王島といいまして、どうゆう縁かは知りませんが主神とお付の神様二人を祭っていたと思います。
三王という名前も山王と書いたりしてる所もあってとてもあやふやな神様でしたがでも祖父母はそこを島とは呼ばずに必ず三王(さんのう)様と呼んでいたのを覚えています。
あと片方の島には人が住んでいるんですがもう片方の島はほぼ無人島で(風が強くとてもじゃないが住めなかったらしい)
その島の裏側にある竜王池という所は人身御供などもやっていたらしいです。
その他色々の民話があるようですが子供心に人身御供を話すじいちゃんが怖くて他の話は詳しく聞けませんでした。
愛媛県の八幡浜市にある大島っていう所です。
271 :
天之御名無主:2009/01/13(火) 17:53:08
誤字修正です、すみません。
二つある大きい島の間を小さい島に橋を架けて結んでいてその小さい島のことを三王島と呼びます。
文才なくて申し訳ない。
八幡浜市の市誌とか江戸時代の愛媛の地誌に収録されてるかもしれないですね。
カタカムナ神社。それはもう失われた過去の遺跡
274 :
天之御名無主:2009/02/12(木) 17:13:21
最近この板古史古伝ファン増えたね・・・
275 :
天之御名無主:2009/02/24(火) 22:45:03
新潟県中越
オニフ神社
漢字忘れた
その神社がある地区にヤマタノオロチ伝説がありまして
スサノオがヤマタノオロチを倒し、ヤマタノオロチの頭を蔵王(おとなりの市の祠)へ、耳を耳取り山へ、あらぶる魂をそのオニフ神社に納めたとか。
なぜに新潟にヤマタノオロチ伝説が……
近くの小学校ではこの話の劇が毎年行われていて、オニフ神社にお参りにいくそうな。
頭の中に包まってる蛇の耳をわざわざ抉り出してまで山に捨てに行くとか
スサノオさんマジ外道、恐ろしいわぁ
オロチにみえる岩があったとか。
>>275 ヤマタノオロチは高志(越)から来た
って記紀にある。出雲と越は古代、日本海を通して交流があった
大国主も高志のヌナカワヒメを妻にしてる
新潟は日本で唯一の翡翠の原産地
出雲からは翡翠の勾玉がたんまり出土している
森の神で猫の姿で、出たり消えたりする神様や精霊ってなんかいませんか?
姿は猫じゃなくてもいいです。獣系なら…
>>278 コシのヤマタノオロチと書くだけでコシから来たとは書いてないよ。
ちなみにコシという地名は出雲にもある。
いいよもう新潟で
>>88 秋田市在住。和菓子屋。
先の御盆の時、他県から転勤で来たであろうお客様が御盆の準備に買い物に見えて、「おせったい」のことを聞いて来たの思い出した。
こちらでは無い風習です。
お接待は大分県にもあるな。
鳥居だけぽつーん
取り壊されたのかな
285 :
天之御名無主:2009/11/26(木) 00:08:24 BE:727980629-2BP(0)
>>283 大分県在住ですが、私の住んでいる地域の"おせったい"は上の説明と少し違うみたいです。
私の住む地域の"おせったい"は5月頃にあるもので、地蔵さま(?)に賽銭をして手を合わせ、それが終わったらそばに置いてあるお菓子(スナック菓子・チューペット・ジュース等)を貰って帰るという行事です。
赤い旗が(地蔵さまがあってお菓子の貰える場所)目印となっているのですが、最近は平日の早朝に行っているので、子供達も大変みたいです;
286 :
天之御名無主:2010/01/11(月) 23:00:19
そろそろあげます
専女は気になってる。稲荷系まではわかるがよくわからん。
うちのご先祖様は東京にある日野宮神社ってところに祀られていることになっている
本家筋に伝わる話だと、日野の農民の反乱を収めに行ったけど
逆にぬっ殺されちゃったもんだから、その後祟りに祟って、旱は起こすわ
疫病は撒き散らすわで、とりあえず祀ってなだめたということらしい
その後、うちの一族が神社に対して寄進したりして繋がりがあったらしいんだが
何代か前の本家頭領が金を惜しんで関係が切れたとかなんだとか
日野の方で郷土史研究家の人が調べてたらしいんだけどもう亡くなっちゃってるんだよね
誰か引き継いでる方とかいれば、いくらでも資料出せるんだけどなぁ
うち(横浜)の近所に富岡八幡宮てのがあるんだけど、
実は深川の富岡八幡宮は、そこの分社らしい。
深川の方は有名なのに、うちの富岡八幡宮があまりにも無名すぎて悲しい。
まぁ大して古い神社でもないし仕方が無いか。
290 :
天之御名無主:2010/02/05(金) 21:54:18
age
天王町?
292 :
天之御名無主:2010/02/10(水) 16:04:23
大国主命が赤い岩にぶつかって死んだとされるあかいわ神社
誰もこの神話は知るまい
293 :
天之御名無主:2010/02/18(木) 05:39:13
荒れる原因になるから先に聞くけど
海外の民話とかでも平気ですか?
294 :
天之御名無主:2010/02/19(金) 00:07:23
地元の町の民話の本見てたら
隕石を祀った「星子さま」という祠があるらしい
295 :
天之御名無主:2010/03/01(月) 11:02:04
延喜式相模国小一座寒田神社は春分秋分に太陽が富士山に沈む位置にあって寂れているのがもったいない神社だ。
・・・って誰も知らないか。
296 :
天之御名無主:2010/03/06(土) 17:17:59
ウチの氏神の八幡大神さまは楠木正成公と御一統の守護神仏(八幡大菩薩)として常に御側近くに有り、
公と御一統の方々から日夜拝されていましたが、
神戸湊川の戦いで事此処に至り公と御一統の方々自刃の砌、
家臣の吉川弥六とその配下数人に後醍醐天皇より下賜の菊一文字の小太刀(征討将軍の証)と共に託されて、夜陰に乗じて重包囲網を突破、死地を脱出し苦労の末、淡路島に至り小祠を建てて八幡菩薩さまを安置し菊一文字を奉納し隠棲。
後に一帯は楠木村と号す。(現在、淡路市楠本)
世情が落ち着いた数十年後に現在地に遷座。
地域一帯の氏神八幡として創建し六百有余年
自刃の砌、夜遅くまで念仏が周囲にまで聞こえていたそうです。それは八幡大菩薩さまに対してではなかったのでは・・・
あれやこれやで、湊川神社の言わば奥の院とも言えます。(神社間の関連交流はなし)
昔は、神戸の湊川方面や千早赤阪村の葛城金剛山系(楠木正成出身地)が一望出来ます。
因みに、伊勢神島、斎宮〜三輪山〜の『太陽の道』とされる聖なる緯度上に当たります。(ドンピシャ)
小さい頃に住んでいた愛知県の岐阜県よりのところ。
内津神社というところがある。
うっそうとした森のなかにあって、行くのにもたいへんなばしょだったが、
今は、山が切り開かれてトンネルなどができてる。
トンネルができるまで、ここでの交通事故は後を絶たなかった。
言い伝えとして、そのトンネル工事を何度も行ったが、なんらかの事故で中止。
そのトンネルなんだが、現場監督として、日本ではじめて女性が行って完成。
切ろうとすると、何かが起きるという大きな木をさけるようにして立ってる。
日本武尊のいわれがあるかなり古い神社らしい。
さして、大がかりに祀られているというわけではなく、ひっそりとしているわけだが
なにか癒される場所だった。
その近くに「尻冷やし地蔵」というのもある。これはなぞだ。
というか、このあたりの沼や池には、言い伝えが多く
祠とかもたくさんあり、神社の類も多いのだが、いたのが短期間でわからん。すいません。
298 :
天之御名無主: