嗚咽その3

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529大人の名無しさん
 大学時代に、生まれて初めて、俺は人を好きになった。
 中学時代も高校時代も、臆面もなく人前でいちゃつける人種に対して表面上は
舌打ちしつつも、内心ではそんなことができるその二人を、羨ましがっていた。女性
を見ても、ああ綺麗だなうんうん、そのぐらいにしか思わなかった。性欲はあること
にはあったが、それが目の前にいる女性には何故か、繋がらなかった。面倒くさいと
いうこともあったしなにより、怖かったのだと思う。

 しかし彼女を一目見たときに、衝撃が起こった。全身の毛が逆立ち、しばらく思考
は停止し、ポカンとなって彼女のことを見つめる、という、後々になって思い出して
みればマンガに出てきそうなほどの一目ぼれだった。

 飲食店のバイトをしていた彼女に対して、俺は大学受験のときよりも、高校時代の
バンドよりも、中学時代の文化祭のときよりも激しく、突進した。いまどきアメリカ
のコメディにもないだろうってくらいは激しくだ。人生においてこんなに真剣になる
のは、後にも先にも、これっきりだろうと思う。

 オールナイトの映画を見に行った。フジロックに行って知覚の扉をノックしたり、
我がアホバンドのライブに来てくれたりもした。一緒に海に行ったことは多分、大往
生の際になっても思い出せば寿命が三年は延びるだろう。彼女の両親と冷や汗をかき
つつ対面したり。幸せという感覚は、ひょっとしてこういうことをいうのかな、など
と思ったりした。

 今年の夏の終わりごろから、彼女の様子が変わってきた。最近元気がないな、とは思って
いたが、彼女の部屋に行くと、異常なほど汚れていた。綺麗好きで、俺の部屋が汚れ
ているのにも我慢ができなかった彼女の部屋が、まるで三年ほど掃除をしていない一
人暮らしの男の部屋のような様相になっていた。もともとは、東京に出てきて二年目
といった感じの普通の女子大生の部屋だったのだ。それでも、なんだか疲れてるん
だろうな、ぐらいにしか思わなかった俺は、彼女の友人からの電話で腰の裏側から這
い登ってくるような、不安を感じずにはいられなかった。優秀そのもの、といった彼
女がここ二週間ほど、全く学校に姿をあらわさなくなったらしい。