由宇子が実家に帰ってきたのは昨日の遅くのことで、それから今日一日は
盆の準備をしていた。仏壇を清めて菊花を飾り、母の写真にいつの間にか
うっすらと付いた埃を払う。
その写真は姉の披露宴の最後に撮られたもので、笑みを浮かべているけれど、
泣きそうだったのを知っている。なので由宇子はその写真を見ると母が笑って
いるのか泣いているのか確かめようとしてしまう。見るたびに母の表情は変わり、
不甲斐ない自分を怒ったり泣いたりしているかに見えて由宇子は不安に駆られる。
遺影は墓よりも位牌よりも故人を感じられて、それが一年経った頃に色褪せ始め、
そして今は埃が付いていることを奇妙に思う。何とはなしにこの遺影には埃など
付かないと思い込んでいたからだ。
母が死んでから由宇子はいつの間にか一つの現実から抜け出て、別の現実に
入ってしまっていた。死後もう何年も経つのに由宇子はいまだその中にいる。
もしかすると母が病室にいたときからすでに由宇子の世界は変わり始めていた
かもしれない。迷信深い土地に育ち、思春期を過ぎても長く母に依存していた
由宇子は母を亡くしたことで、かえって現実感を失った。
最後に病室で母と会話を交わしたのは由宇子だ。
それは八月十三日のことで、広い一人部屋は奇妙に暑かった。母は暑いと訴え、
由宇子も落ち着かずに空調を下げたりナースステーションに頼みに行ったりしたが、
室内はじっとりと暑いままだった。
せめてもと雑誌でぱたぱたと母を扇いでいたが、どうにもならない流れを感じていた。
暑さは単なる肉体的なものではなく、空気は圧迫されるように重く、今まで表面上
だけでも静かに保っていた均衡が破られようとしていることに気付いていた。
午後も半ば、母が
「先生、呼んできて」
と言った。由宇子は慌てて人を呼び、看護士たちがばたばたと母のベッドを
取り囲むのを、母が自分の元を離れていくのをぼんやり突っ立って見ていた。
そのまま母は意識を失い、それが最期の言葉となった。
それからどうやって家族に連絡したのか由宇子は思い出せない。記憶は
ところどころ鮮明で一生忘れることもないと思われるのに、いざ一つ一つを
思い返していくと抜け落ちているところがある。
そして次の日の夕方に母は死んだ。少し休みなさい、と父に言われて家に戻り、
張り詰めていた肩の力をふっと抜いたそのとき病院から連絡があった。
あのとき力を抜かずに張り詰めたままだったら、母はまだ生きていただろうかと
あとになって罪悪感を覚えたことがあった。いや、母が死んだからこそ力が
抜けたのかもしれないと考え納得し、そんなふうに次第に次第に違う理のなかに
入っていった。
それは誰かと共有できるものでもなく、論じられるものでもなく、また由宇子も
望まなかったので、魂の存在はただ彼女が感じるままのものであり、そうあって
ほしいと思うままのものだった。
由宇子は祖母からひとだまを見たと聞いたことがある。
隣の家の老人が死んだ夜に、その家から出てちょうど電線のあたりにひとだまが
浮いているのを見たと。由宇子はその話を面白いと思ったが、ありふれた怪談の
類だとも内心思っていた。
乾いた苧殻はパチパチ弾けてまぶしく燃え始める。その音は松明よりも鋭く、炎の
激しさに驚かされるが、夏の生い茂る庭木の前では頼りない。
先祖の霊を導くという火は庭木や塀も通して、可視には関わらないのだろうかと
由宇子は思った。他にいくつもの火があっても、ただ一つだけ、その家の火だけを
頼りに帰るのだろうか、とも。
暗闇に目を凝らすと、炎の影がちろちろと残って人の魂のように思われる。
以上です。
暗い話ですが、どうぞよろしく。
トリップテスト
事前に名乗りを上げたわけではありませんが、うpさせていただきます。
「暑いね」
そう言って、姉が振り返ってきた。
「もうあと1週間ぐらいすれば涼しくなると思うけど」
適当にそう答えておく。暑いのは夏のせいだけではなく、人いきれのせいでもあるのだろう。
もっとも、僕はどこに行くにもTシャツにジーパンという軽装なので、そこまで暑さを感じることはない。
あんまり引き篭もっていると良くないから、と姉に言われて、僕は街のお盆祭りに連れ出されているのだった。
前を行くのは姉と、その婚約者のTさんだ。
「さん」と言っているが、彼は僕と同じ年だ。僕が大学でつまずいている間に、既に立派な社会人になっている。
僕は2人の後について歩く。第三者的に見て、自分はお邪魔虫なのだろう。
暗い冴えない男がカップルをストーキングしているようにも見えるかもしれない。誘われても来なきゃ良かったかな。
「凄い人出だね。もう少し早く出ればよかったかな。ごめんね、メイクに時間かかっちゃって」
姉は今度はTさんの方を向いて言った。大した猫撫で声だと思った。
ふと、遠くからざわめきが聞こえてきた。もともと道行く人々の声で賑わってはいたが、
それとは質の異なるざわめきが広がってくる。
「何か騒いでるね。何だろう」
ざわめきに混じって、叫び声や怒号も聞こえる。
「あそこに人だかりができてる」
と、Tさんが前方を指差した。そこに野次馬が集まっているのが見えた。そこがざわめきの発生源となっているのだった。
近づいていくと、2人の男が取っ組み合っているのが、人垣の間から見えた。いずれもいわゆるヤンキー風の格好をした男だ。
よく見ると、2人のうち一方は知っている顔だった。Kといって、僕のいた高校では、札付きの不良だったやつだ。
クラスの中で弱い立場にある者を、しょっちゅういじめのターゲットにしていた。
僕自身はいじめられなかったが、あることがきっかけで彼とは相当仲が悪くなった。
この状況を前にして、自分はどうすればいいのか。周りの反応をうかがう。
野次馬たちは無責任な好奇心をもって見守っているだけで、喧嘩を止めようと割って入る者はいない。
僕は、喧嘩を止めたいが、目立つのは嫌だな、それに喧嘩してるのはあのKだし止めなくてもいいか、などとバカなことを考える。
そもそも自分に喧嘩を止める力がないことに思い至らない。
引き篭もってばかりで、Kなんて怖くなかった頃の体力はなくなっているのに。
周囲の反応をうかがう時間が、ふいに断ち切られた。Tさんが動いたのだ。
「警察の詰め所に連絡してくる。さっき通り過ぎたところにあったはずだから」
僕は、警察の詰め所の前を通ったことなんて気づきもしなかった。
姉がいつも「Tはおっとりして見えるけど観察力が鋭いんだよ。人一倍周りのことを見ているんだよ」
と言っていたことを思い出した。そう言えば、さっきもすぐに人だかりの場所を把握していたっけ。
姉もTさんの尻馬に乗ったか、近くにあった運営委員のテントに連絡しに行った。
僕はその場に一人取り残される。
やがて、遠くから、警官隊が人波を掻き分けてくるのが見えた。
僕は何をしていたのだろう、という思いがふいに湧いた。急に、「自分が止めたいけど嫌だな」
なんて考えていたことが愚かしく思えてきた。
僕には結局、何もできないじゃないか。見ているだけだったじゃないか。
写メでも撮ってた野次馬の方が、まだ行動力があるようにさえ思えた。
たくさんの人だかりの中で、唐突に自分一人が浮いているように感じられた。
生まれて初めていたずらでビールを飲んだのが、近所の公園で開かれた盆踊りでのことだった。
あれは、小学校三年生くらいだったと思う。当然、こんな液体を楽しみに日々の労働に励む大人の気が知れなかったが、大学四年間に思う存分揉まれ抜かれ、社会人一年目となった今となっては、
盆踊り会場となっているこの公園で、踊ったり、踊り飽きて風のように遊んでいる子供たちの姿を肴にビールを飲むまでに貫禄がついてしまった。
今年の盆踊りは、参加人数だけでいえば、例年より規模が大きかった。というのも、ここら辺の町内会にも少子化の波が押し寄せ、今年はうちと隣の町内会とで、合同で盆踊りを開催したのだ。
だから、僕らの小さい頃に盆踊りが行われていた公園に、今年は賑わいが訪れることはなかった。
毎年、この日、うちには親戚連中やその子供やらが大挙して押し寄せる。その中で、同じ目線で身近に話をするのは従姉の明日香くらいなもので、今年の盆踊りも、主に明日香と一年の積もる話をしていた。
盆踊りから帰ってきて、子供は盆踊りの余韻に浸りながら遊び、若い衆は引き続き飲み、年寄り組みは早々に寝る。それすらも時の流れが潮時を提示すると、居間に残ったのは僕と明日香だけになった。
僕と明日香で飲みなおしていると、どこからか、賑やかで、懐かしくて、特にこの時期は空気のように当たり前になってしまった音が聞こえてくる。
明日香もそれに気づいたらしい。ビールを飲む手を休め、
「子供盆踊り、だよね」
北海道の盆踊りは、子供の部と大人の部とに別れていて、盆踊りの前半は、三世紀くらい前に録音したような音源に合わせて「子供盆踊り」という踊りがとりおこなわれる。
――手拍子そろえてチャチャンがチャン。
「誰かが町内会のスピーカーでいたずらしてるのか?」
しかし、その音楽の輪郭はどんどんくっきりし始め、空気の振動によって聴くそれとはどこか異なる響きを以って僕に迫ってくる。
今日は飲みすぎたのだろうか。あるいは、僕はすでに酔いつぶれて夢の世界にいるのかもしれない。
そんなことを考えていると、明日香が、
「何か、外が明るくない?」
窓の外を見ると、この家から、昔の盆踊り会場だった公園に向かう道の辺りが、街灯の灯りとは異なるやわらかな明るさに包まれていた。
ちょっと見てこよう、と二人で玄関を開ける。
蛍のような、オーブのような、幻想的な光りがふわふわとあたりを漂っていた。
それらが生物なのか、無生物なのかは分からない。
でも、これらは、少なくとも僕らごときには知る資格もないような、神聖なものなのだと思う。
光りは、その公園への道を開けるように舞った。僕も、明日香も、それに従う。
たどり着いた公園で繰り広げられていたのは、紛れもなく、まだこの町内会が賑わっていて、少ない小遣いを親にねだって出店で遊んで、何もかもが輝いていた、あの頃の盆踊りだった。
言葉にならない驚きの波が去ったあと、僕は、大人になってこころの奥でずっと眠っていた何かが目覚めるのを感じた。
無垢な喜び。計算のない幸福。手垢のついていないことばで構成される世界。何でもおもちゃにしてしまう指先。性差や上下関係のきわめて希薄な友情関係。
確かに、このマボロシが終わってしまえば、この暖かな気持ちを直に感じることは、二度と出来なくなる。
しかし、子供の頃に見つけた大切な記憶を再び思い出した今、それらは直接目の当たりにしなくても、一生僕のこころに残り続けることだろう。
明日香は、まだ呆然としている。その明日香に、僕はネコダマシをした。
きゃっ! と明日香は我に帰る。小さい頃からぼんやりすることが多かった明日香に、僕はよくこうやってからかったものだ。
いやだ、もう子供じゃないなだから。そういってから、さまざまなことを感じたように、明日香は僕を見る。僕は、その明日香にこの提案をした。
「遊ぶか!」
「うん!」
今は、ビールよりラムネが飲みたかった。
初うpです
構想から二時間くらいで書いたので粗いかもしれない;
【BGM推奨】
ttp://jp.youtube.com/watch?v=dkTXYO3Hq3w&NR=1 それは、8月13日の朝だった。
アパートのドアがノックされ、ドアノブをカチャリとあけると、
外はまぶしくうるさく鳴く蝉の声が聞こえた。
ドア越しには小柄なおじさんが立っているのがかいま見えた。
おじさんは日焼けした顔に深い皺、薄い色のシャツを首元までボタンをとめていた。
肩からかけた鞄と、ピカピカに磨いた革靴が印象的だった。
「すんません、突然ですが今晩泊めてもらえませんか」
「はあ?おれんちに?なんで?」
「娘の安否が気がかりで……私……」
「しらねえよっ」
俺は靴脱ぎ場のスニーカーを素足で踏んだまま、バタンと勢いよくドアを閉め、大きな音をたててロックをかけた。
「なんだよ、あのおっさん。なんで知らないおっさん泊めなきゃなんねーんだ」
そう吐き捨てると、昨日送られたままの荷物をまたぎ、ベッドに戻って携帯を手に取った。
着信をみると、メールが一通。お笑いの相方の誠が、新しい仕事を知らせてくれていた。
Re)仕事の件
うす。今週、そっちに
ドッキリがいくらしい。
いいリアクションよろしく。
(・-・)/まこと
最近、ウツのためお笑いの仕事にいけないのを心配してくれて、相方が俺にでもできる仕事をなんとか取ってくれたのだ。
「なんとかがんばらなきゃ」
薄暗いアパートのはげた天井が目の前にひろがり、手に持った携帯画面だけが頼みの綱だった。
「ひょっとして、さっきのおじさん……」
連絡の文面を読むと、俺は今しがた起こったことが急に気になり、ベッドの脇にある出窓から外をのぞいてみた。
出窓の前にはアパートの横脇を通る道があって、首を伸ばすとさっきのおじさんがトボトボと帰っていくのがみえた。
「なんだか、悪いことしたのかな」
まるめた背中から目をそらすと、出窓に置いたアロマキャンドルの灯がフワリと揺れていた。
その日の夕方。気晴らしにパチスロを打って帰宅すると、郵便ポストあたりから俺のアパートに向かって行列ができていた。
やや小柄な老若男女が8〜9人。着物の女性、ランニング一丁の男、防空頭巾の少女などが並んでいた。
「なんですか……この行列」
俺がそう問いかけると、年配の男女が不安そうな表情で口々に答えてくれた。
「帰るうちがわからなくて」
「とりあえずここに並んでいるんじゃが」
「このへんじゃ、ここしか目印がないのよ」
着物の女性がオレの部屋の出窓を指差していた。目印とはどうやらアロマキャンドルの灯のことらしい。
「やべえ」
無用心にも灯をともしたまま、俺は出かける時に灯を消し忘れたらしい。
行列を尻目にすぐさま部屋にもどってアロマキャンドルの灯をフッと吹き消すと、
さっきの行列がなぜかちりじりと離れていくのが出窓から見えた。
「むかえ火ってことか……ドッキリ、もうはじまってるのかな」
そうつぶやいてドアを開けて外の様子をうかがうと、
防空頭巾にモンペ姿の少女だけがドア前に立っていた。
年は16〜17才といったところだろうか。
防空頭巾には「良子」と名札が縫い付けられていて、頭巾から見える顔はすす汚れているようだった。
「そんなとこに突っ立ってないで、はいんなよ。良子ちゃん」
「良子とちがうよ。これ、ねえちゃんの頭巾や」
「そか。お盆で帰ってきたのか」
「うん」
話をあわせるように少女を部屋に入れたものの何をどう聞いていいかわからなかった。
途方にくれて、俺は味噌汁とタマゴでありあわせのご飯をつくってやることにした。
それでも少女は、うれしそうな顔で夢中で食べていた。
「こんなのですまんな」
「ごちそうやよ。ありがとう」
「うまいか」
「うん」
少女は目を輝かして食べていた。名前は「清子」といった。
風呂からあがって、あらためて顔をみると、思ったよりも色白で、ほほは豊かで、垢抜けないが愛らしい瞳をしていた。
清子は貸した服をきて、短い黒髪をキチンと整えていた。
俺はだまされたフリをしながら、どんな時代に生きたかを清子に聞いたが、いくら問いかけても返事はなかった。
うなずいたり首を横にふったりが多く、まるで誰かと約束事をして口をつぐんでいるようだった。
「地獄ってどんなとこ?」
「暗くて、臭くて、苦しいところだよ」
「ははは、じゃ、オレの生活のまんまじゃん」
「洞窟で重い石をずっと運んでいる」
「そっか……」
やっと口を開いたかと思っても清子の真顔にオレは言葉をつまらせた。
翌朝、目をさますと、清子は洗面台でゴシゴシと服を洗っていた。
「洗濯機をつかえば?ほら、そこの」
「この機械で洗濯できるんか」
「洗濯物を投げ込んでー、洗剤を量ってー、いれたらボタンをぽん」
少々やり取りがめんどくさいと思いながら、
洗濯機の使い方、冷蔵庫の説明、掃除機の動かし方を教えると、清子はそのたびに笑顔を輝かせた。
清子は一日中、食器を洗い、机をふき、テキパキと片付けをしていた。
俺は寝転がってゲームをやっている間に片付くので、都合がよかった。
けれども、勝手にやってこられて、物を動かされて、あれこれ指示されるようになると、次第に腹がたってきた。
好きにしろとばかりに財布と新聞をもってでかけることにした。
「出かけてくる」
「どこいくんや」
「競馬」
「博打はあんまりせんほうがええよ」
俺はついにイラッときて、清子の肩を突き飛ばした。
「なんだ、おまえ!勝手にやってきて、なんでもいいようにしやがって!
口だしするんじゃねえ!うるせーんだよ!」
ドタッと大きな音をたてて倒れた清子は、俺を見上げながら小さな声でつぶやいた。
「……ごめんなさい」
俺はドアを投げ捨てるように勢いよく閉めてでかけた。
夕方近くになって、清子にうまいもんでも食わしてやろうと
帰りにスーパーに寄った。
競馬にも勝ったので、米沢牛の大きなパックと発泡酒をたんまり買い込んだ。
その帰りがけに携帯をみてみると誠からメールがきていた。
Re)Re)Re)仕事の件
ごめん。ドッキリの収録は
来週だった(・-・)/まこと
買物袋をもって部屋に戻ると電気は消えていた。
部屋の明かりをつけると清子の姿は見えず、部屋は見違えるほど清潔で綺麗になっていた。
きっとイタズラで隠れているんだろうと、押入れの襖をあけてみたが
清子はいなかった。
ただ、服や本などが整理整頓されているだけだった。
「出かけたのかな」
ふと見ると、テーブルの上にふきんがかかっていた。
ふきんをとると輪島塗の丸盆に皿が置かれ、その上にいなり寿司が三個ならんでいた。
側におかれた手紙を手に取りながら、いなり寿司を一口食べると、懐かしい手作りの味がした。
子供の頃に親戚が集まると、いつもこの味だった。
「口出ししてごめん。がんばらんでもええ。生きてるだけでええんや。
達郎の不幸は、ばあちゃんが持っていくから。泊めてくれてありがとう。清子」
俺は震える手で手紙をクシャクシャとつぶし、畳に膝を落とすと唇を震わせていた。
俺はアパートを飛び出し、立ちこぎでチャリをかっとばしてめちゃくちゃに走った。
周囲を見渡すが清子の姿は見えなかった。信号でとまると携帯を取り出し、母親に電話をかけた。
「かあちゃん。おれ。ばあちゃんの名前って清子か」
「達郎?お盆くらい帰らなあかんよ」
「それより、ばあちゃんの名前は何?」
「突然、なに?私のお母さんは清子さんやよ」
「清子さんにねえさんっていた?」
「ああ、良子さんやね。空襲で死んだ人や。
源次郎さんが赤ちゃんの私を防空壕に運ぶ時にころんで、
助けようと飛び出した清子さんもろとも撃たれたんやよ。
それで清子さんのお姉さんの良子さんが母親がわりで、私を育ててくれたんよ。
良子さんも私が物心つく前に亡くなったって、後で聞いたけどな」
チャリで走り出すと電話は突然切れた。
周囲を見渡せる歩道橋へ登って、歩く人々の姿を一人ひとり確かめてみた。
清子の姿はどこにもみえなかったが、俺は叫ばすにいられなかった。
「ばあちゃん!いなり寿司なんてコンビニで売ってんだよ!
孫の罪まで……俺の罪まで持っていったら……、いつまでも地獄からでられねえじゃねえか!」
歩道橋の下には車のテールランプとライトがゆっくりと交差して流れ、
道路の向こうには輪郭の大きい夕陽が沈んでいた。
たなびく雲やビルの側面、標識まで西日に染まって色づいていた。
「ばあちゃん。俺、もうちょっと生きてみるよ」
俺は帰る道すがらそうつぶやいていた。
近所の家の窓からもれる温もりある光と、家族団らんの笑い声が聞こえてきた。
俺は母親にふたたび電話をかけてみた。
「あ、俺。それから源次郎さんって、どんな人だった?」
「私は、赤ちゃんだったからお父さんの顔を覚えてないんよ。笑顔のやさしい人やったって聞いとるよ」
「かあちゃんに似てるよ、きっと」
街は、すっかり暗くなっていた。
690 :
894 ◆wDkpIGVx1. :2008/09/06(土) 17:34:47 ID:w89qt3QD
死んだ人の声を聞くことができますか(1/4)
盆踊りの翌朝、街の大人たちや子供たちが後片付けのために公園に集まった姿は、なんだか白々とみすぼらしい。
僕は折り畳んだパイプ椅子を束ね、背もたれの下の穴に腕を通して、片手に三脚ずつ持った。
やる気だな、とニシダのおっさんがつぶやいたけど、僕はただ片付けを早く終わらせたいだけだった。
その恰好で用具倉庫の前までふらふら運んで行く途中、街の母親たちがコリタについて噂しているのを聞いた。
コリタは盆踊りの間ずっと、踊りに参加することも、みんなとふざけ回ることもせずに、
用具倉庫のかげにしゃがみ込んでいたらしい。母親たちはそう噂していた。
それを聞いて僕は、両手の荷物が急に重くなったように感じ、パイプ椅子を地面に下ろして一休みしなければならなくなった。
たった5メートルくらい運んだだけなのに。
地面に下ろすとき、誰かに非力と思われるのが嫌だから、音は立てなかった。
パイプ椅子の鉄が接地して、その感触がTシャツにむき出しの皮膚に伝わった。砂地のざらつきを腕で感じた。
コリタは生き物として少し不自然に見えるタイプの美少年だから、普段は他人が放って置かない。
でも僕の知る限り、一日のうち何回かは一人になることがあって、その時を目撃すると、
プラモか彫像かサイボーグが、教室や校庭や居間に間違って出現したみたいに見える。
しかも地面から5ミリくらい浮いてるような感じがする。
僕は昨日の夜、コリタがどうしているか時々は気になっていた。
でも盆踊りをしたり他の友達と遊んだりしていたから、結局はコリタのことを忘れていた。
コリタは用具倉庫のかげにいたのだと知って、
湿った土のにおいのする暗い場所で、楽しむ人々の声を聞きながら一人過ごしたコリタのことを、思った。
すると自分で抱いたそのイメージに、なぜか平手打ちされたようなショックを受けた。
僕の頭の横で本当に、ぱん!と音がしたような、その一瞬は視界が白く全て消えたような気がした。
コリタが用具倉庫の裏の暗いところにいたなんて、まるっきり幽霊みたいじゃないか。
コリタにはミレナという妹がいた。ミレナはおととし、まだ九才なのに病気で死んでしまった。
コリタが一人でいる時は、ミレナのことを考えているのかもしれない、と、僕はこの頃思うようになった。
急にコリタのことが心配になった。心配に思っているような気がしてきた。
今日はどうしているのだろう。みんなに聞いてみたら良いかもしれない。
そう思いながら、六脚のパイプ椅子をさっきと同じやり方で持ち上げて、用具倉庫まで運んだ。
死んだ人の声を聞くことができますか(2/4)
用具倉庫の前にはカミカワ・ケンのお父さんがいて、集めたパイプ椅子を台車に積み上げる作業をしていた。
カミカワ・ケンのお父さんは、盆踊りで一きわ張り切っていたうちの一人だ。
子供たちを仕切り、真ん中の舞台の上で太鼓にバチを振るい、
ドラえもん音頭に合わせてソーレと叫びながら、踊りの輪の中で長い手足を動かしていた。
今朝はカミカワ・ケンは(恥を感じているのだろう)隅っこの方でいじけたようにしていて、
大したことは何もしていない。
カミカワ・ケンのお父さんは、昨晩の印象と比べると全体的に一回り小さくなったみたいで、静かだった。
パイプ椅子をどかっと下ろした僕が、あれえコリタがいないなあと言ってみると、
カミカワ・ケンのお父さんはびっくりしたように、コリタ!あいつずっといないじゃないか、どうしたんだと言った。
盆踊りの間コリタがいなかったことに、今気づいたらしい。
でもそのうち、今朝公園に集まる子供たちの中に、そういえばコリタを見かけた、
その時は普通の様子だった、という意味のことを、彼は言った。
カミカワ・ケンのお父さんは、昨晩はしゃぎ過ぎて、きっとぼんやりしているのだ。
用具倉庫を離れて水道のそばに行くと、そこで街の母親たちは噂話を続けていた。
話しているのは、水道のところで食器や調理器具を洗っている二人と、ヨーヨー釣りの後始末をしている二人。
ちょうちんや電飾を整理して箱にしまっている一人と、特に何もしていなさそうに見える一人。合計六人だった。
コリタの噂の後は、バンキョウ・スーパーの最近の値引き商品について、活発な意見交換が行われているようだった。
コリタの様子を、母親たちの誰かが詳しく知っているかもしれない。
しかし、僕がこの会談に割り込み、話をコリタの件に戻して自分の知りたいことを質問するなど、
まったくできないことだ。
そこには小学生と母親たちとを隔てるしきたりのようなものがあるからだ。
僕は、母親たちからは何も得られないだろうと思い、水道のそばを通り過ぎた。
するとそこに、ゴミ袋を持ったコリタの母親が通りかかったのだ。僕にとっては都合が良かった。
コリタの母親は、水道のそばの母親たちに会釈するのと同時に、バンキョウ・スーパーのパンの価格についての
誰かの発言をとらえて、絶妙なタイミングで、その価格はすでに先月の半ばに現れたものだったが
近頃また復活したのだ、という解説を加えた。
会釈と同時にそれだけのことをやってのける、母親たちの能力にはいつも感心せざるを得ない。
僕は、たまたま通りがかっただけだから長居するつもりはない、といった様子の
コリタの母親の去り際をとらえて、コリタどこ?と聞いてみた。
「さっきミニ四駆取りに行くって、家に戻ったみたいよ」とコリタの母親は答えた。
その言葉と、パンの価格についての解説を残して、コリタの母親は悠々と立ち去った。
死んだ人の声を聞くことができますか(3/4)
コリタはミニ四駆で遊び、悲しさを晴らすつもりなのだろうか。だったら、一人じゃない方が良い。
僕も自分のアバンテを取って来ようかと思ったけど、その前に他にも仲間に入るやつがいないか確認しようと、
公園の中央に向かった。
そこには盆踊りのために、鉄骨に床板を渡した簡易舞台が設けられていて、
その下に潜り込んで遊んでいる数人の顔見知りの姿が見えたからだ。
トウスケという少年に、この後みんなでミニ四駆で遊ぶことになっているのかどうかを、僕はたずねた。
彼はそんな話は知らない、と言った。
ミニ四駆やるならいいけど、この公園には今大人たちの目があるから、
場所として不適当と思う、という意味のことも彼はつけ加えた。
シンゴという少年が、この近辺にある別の公園の名を挙げ、そこに移動することを提案した。
コリタはそこにいるのか?と僕が訊くと、シンゴは否定した。
コリタの名を聞いたハルミという女の子が、コリタどこ?ちょっと、トウスケ、コリタ呼んで来てよと言った。
トウスケは、コリタがミニ四駆のことなど考えられるはずはない、
そんな精神状態ではないと推測しているようだった。
彼がハルミに否定的な返答を、あいまいな言葉と身振りで示したことで、そう受け取れた。
トウスケがコリタの様子を知っていそうだと思い、僕は彼にそのことを尋ねた。どんな感じだった?
どんなも何も、平静を装ってるけどすぐぼんやりしてしまって、
やっぱり相当苦しんでいる様子だった、と彼は答えた。
妹さんのこと・・・?とハルミが小さく口に出すと、乱暴にカーテンを閉めたような沈黙がその場に現れた。
コリタは、もし妹が生きていたら、昨夜の盆踊りでどんな風に一緒に遊んだだろうか。
コリタ自身は用具倉庫のかげに座って、そのことを考えていたのだろうか。
彼の角度からは、盆踊りの輪や光は見えなかったはずだった。見えたのは用具倉庫の壁だけだろう。
その場にいた四人がそれぞれに、死が早すぎたコリタの妹について考えをめぐらせていた。
というか、僕はそうなんだろうと思っていた。
みんなが同時に、幼い少女の死について考えていたのでなければ、その沈黙が不自然に思えたからだ。
僕自身そのことを(ミレナの死を)考えていたが、僕が得たものは、
何だか白くてふわふわしたものが、笑いながら手を振って去っていくイメージだけだった。
それと同時に、僕はコリタのことも考えていた。
いや、僕にとってはコリタのことが本題だった。
コリタは妹の死を悲しんで、盆踊りに参加しなかったのだろうか。コリタはなぜ、盆踊りに参加しなかったのか。
お盆には死者の魂が還ってくる・・・その伝説を思い出したとき、シンゴが同じことを口にした。
「お盆だから、ミレナちゃんが還ってきてたのかもしれないな」
シンゴはそう言うと、なぜか得意そうな表情をした。
そして足元の砂を意味もなく靴で軽く蹴った。
それは「恰好をつけている」仕草だった。なぜそんなことをするのだろう。
ハルミが、今はコリタをそっとしておくべきだという意味のことを、ひどくたくさんの言葉を使い、長い時間を掛けて述べた。
そこにも何か芝居じみた要素が感じられたが、それにこだわるよりも、
僕は少し前、自分が核心に至る何かに触れたような気がしていた。
意識の端っこにひっかかっているその何かに、なんとか考えを集中させようとした。
だがその感覚をつきつめる前に、場が動き出して、
僕はスクランブル交差点のまん中に放り出されたような混乱におちいった。
会話が先に進んだのだ。
トウスケとシンゴ、それにハルミが、それぞれにコリタの死んだ妹について、思い出を語り始めていた。
トウスケは、駄菓子屋のガムについていた当たり券を、ミレナにあげたことがある、
とても嬉しそうだった、と言った。
シンゴは、街で迷子になったミレナと会って、
泣いていた彼女をコリタのところまで送ってあげたことがある、と言った。
兄妹ともに感謝された、ということだった。
ハルミは、夏休みのラジオ体操に、兄妹と共に参加したことを、楽しい思い出として語った。
またラジオ体操そのものの記憶と同時に語ったのは、
夏の朝、ラジオ体操が行われるこの公園に向けて歩く兄妹の、絵のように美しい姿についてだった。
本当に仲が良い兄妹だった、二人歩いているだけで楽しそうで、
光の中で・・・天使みたいってああいう風なのを言うのかも。
ハルミはそのようにドラマチックに語った。
「それで、コリタは?」と僕はみんなに尋ねた。
今のコリタは、どうしている?なぜ盆踊りに出なかったのだろう?
コリタは、かつて、ガムの当たりを嬉しそうに見せに来た妹の頭を、優しく撫でたのかもしれない。
あるいは、迷子の妹が発見されたときは、
不安の重苦しさを押し流していく歓喜に、胸を熱くしただろうか。
コリタとミレナは、ミレナが死ぬ前は夏ごとに一緒にラジオ体操に参加していて、
昨晩コリタは悲しみの中で、その思い出にとらわれていたのか。
そう、今のコリタは本当に、これらの中にいるのか?
みんなはコリタが、これらミレナの思い出の中に沈んでいる、という見解で一致していた。
設計図に引かれた線のように、疑問の余地を持たない態度だった。
「ミレナちゃん、なんで死んじゃったんだろうね」と、歌うようにハルミが言った。
僕はミレナの顔のイメージを頑張って呼び起こしてみた。
ガムの当たり券をもらって喜び・・・迷子になって泣いて、
見つけてもらった後は、コリタの腕の中に一散に走っていく。
夏の朝、ラジオ体操に通う。白い朝に溶け込むような二人の姿。
そして、ミレナは死んでしまう。
それから、コリタの思い出の中に現れる。どんな顔で?
この中の、どれかの顔だったのか。
僕は、ミニ四駆を持って、コリタの家に向かう。
もともと僕は、ミニ四駆を外で走らすのは好きじゃないのだ。汚れるから。
僕のアバンテはなかなか速い。負かしたら彼は泣くかもしれない。あるいは、笑うかもしれない。
ドラえもん音頭が、ばかばかしいくらい明快に辺りに響き渡って、夜空の下にはちょうちんの灯りが連なっている。
踊る人々の影は、だいだい色のライトに照らされてゆらゆら動く。カミカワ・ケンのお父さんが太鼓を叩いている。
そのとき僕はコリタのことを忘れていた。コリタは、用具倉庫のかげにいた。
でも今、僕はコリタを遊びに誘うことを思って、わくわくしている。
何といって声を掛けようかと考えながら、最後の角を曲がった。
>>693は 死んだ人の声を聞くことができますか(4/4)
みんな乙んでれ☆
タイトル間違えたorz
しかも900さんとかぶるっていう…
生まれ変わり
生まれ変りたいとおもうことは健太には日常的に起こることだった。
離婚したあと怒り易くなった母。
まだ小学生の健太にはその保護を逃れて自活する力はない。
おはよう母さん。 毎朝水商売で遅くなった母の寝床に声をかけ、自分で
パンを焼いて学校へ行く。
その名の通り健康に生まれた健太は、その心も健康だった。
ただ学校でたまたま読んだ小説にあった生まれ変り。自分が立派な人の
生まれ変りだと思うのではない。ただ一人で食事している時、家族で食卓を
囲んでいる幸福であろうこどもに、健太は生まれ変りたいと思う。
明日起こることは今はまだ分からない。その手で何が出来るかも
未知数だ。けれど毎朝パンを食べることが出来、母に愛されている健太は、
やはり生まれ変っても母と父の元に生れ落ちたいと考え、学校に向かうのであった。
終わり
697 :
おばしゃん:2008/09/07(日) 08:33:53 ID:VwADWouC
髪の毛をそめます。
自由投稿していいのかな?
700 :
優しい名無しさん:2008/09/07(日) 14:32:16 ID:G2O/ROde
僕が君を本当の意味で知ったのは、最近だ。
いつも笑っている君を見ていた。
逆に言えば、君は僕に「笑顔」しか見せてくれなかったんだ。
「笑顔」しか許してくれなかったんだよね。
心なんて開いてなかったんだよね。
そんな真実に今更ぶつかって、なんともいえない虚しい気分だった。
満たされたような、失ったような。
そんな気持ちが僕の全身を廻っていた。
そう、そうだよ。
君の傷口、君の涙。君の哀しみ。
その全部を受け止める覚悟が僕に有ったのなら。
何も考える事なく君を抱きしめたことだろう。
そしてきっと君も、僕の気持ちを判ってくれたことだろう。
「君が大好き」って。
その気持ちだけには嘘じゃなかったのに。
君がたとえどんな闇を抱えていても、嘘になる事なんて、有り得ない。
それさえが嘘だ。
それなのに、
僕はどうして逃げた?
誰かが問う。
僕はどうして彼女を見捨てた。
誰かが答える。
嫌気が指したんだ。
僕にも彼女にも。
信じてたのに全てを見せてくれなかった彼女が嫌いだ。
勝手に一人で期待して自惚れていた僕が嫌いだ。
彼女の全てを受け止められなかった嘘吐きが嫌いだ。
彼女の居心地の良い場所をつくれなかった馬鹿が嫌いだ。
憎らしい。憎らしい。彼女が愛おしくて、全て憎らしい。
もしも、君が他の誰かに全てを見せていたのなら、そいつの事だって大嫌いだ。僕と同じくらい、大嫌い。
決して幸せじゃないけど、死にたくなる程不幸でもない。
波乱万丈でもないけど、たまに波が来たりして。
そう、たとえば君の「全て」を知ったときの感情。
喪失?満足?そんなんじゃない。
君と同じだったんだ。君と同じ傷口が出来たんだ。
初めての気持ち。だけどどこかで見たことのあるような懐かしい傷口。
「君と同じ。」
呟いて笑った。傷口を舐めて、愛でた。
僕の全てを知らない。君の全てを知らない。
知りたいから、知るために。
「明日から、どうしよう・・・。」
憎んで愛して苦悩して、世界で一番人間らしい僕の日常。
701 :
おばしゃん:2008/09/07(日) 14:34:17 ID:VwADWouC
うんこのしみがついてますよ
702 :
優しい名無しさん:2008/09/07(日) 14:39:35 ID:TVAaixkC
(T_T)泣いた;
703 :
優しい名無しさん:2008/09/07(日) 14:57:06 ID:G2O/ROde
>>700 タイトルつけるの忘れてたよ
じゃあ「山田太郎。いつもとおなじ。」
でいいw
704 :
びーの:2008/09/07(日) 20:10:02 ID:tzOsOk7N
きーん、こーん、かーん、こーーん。
下校のチャイムが鳴るなり、僕は
何時ものように、足早に、学校を出た。
夏の日差しも、幾分和らいだ九月の頭。
夕焼け空に、ゆっくりと流れる入道雲。
道行く人たちも、涼しい顔で、歩いている。
一方の僕はと言えば、多分、苦虫を噛んだような表情をしているのだろう。
(あぁ、やだやだ、あんなとこ、一秒でもいたくないよ)
こうやって早足で家に帰るのは、少しでも学校から距離を取りたかったからだ。
別に、学校でいじめられてる訳でも、成績が悪い訳でも、体育が苦手な訳でもない。、
自分で言うのも変だけど「平凡」な、極々普通の高校生と
して、学生生活を送っていると思う。
ただ、あの周りを高いフェンスで囲まれた、コンクリートの無機質な建物
の中で、朝から夕方までいると、まるで自分が、刑務所に入れられた
囚人のような、気分になってしまい、気が滅入るのだ。
それは、授業を受けてる時や、体育で苦手なマラソンをさせられている
時だけじゃなく、クラスメートと休み時間に、冗談を言い合っている時ですら、同じだった。
高校2年生という、微妙な時期もあるのかもしれない。
進学するなり、就職するなり、自分の進路をそろそろ考えないといけない時期。
あまり素晴らしそうではない、将来の事を、考えると、さらに気が滅入ってくる・・・・。
(何か面白いことないかなぁ…、こう毎日がパッっと可笑しくなるような事が…)
僕は、暗い気持ちを振り切るように、家路へ急いだ。
705 :
びーの:2008/09/07(日) 20:29:32 ID:tzOsOk7N
「ふぅ、ただいまあ」
家には、この時間帯、一人っ子の僕を待つ人間はいない。
共働きの両親が、帰ってくるのは
もう少し遅くなってからだ。
それでも、一応「ただいま」
と一声かけてから、家にあがるのが、習慣となっている。
何も言わずに、薄暗い家に上がるのは、なんとなく、寂しいし、
防犯の面から見ても、もし泥棒なんかが盗みに
入ってきてたりしたら、何も言わないよりかは、
一声かけてから、家にあがった方が安全だ。
(お腹すいたなぁ・・・、何か無いかなぁ)
キッチンへ向かい、冷蔵庫の扉に手をかける。
ゴトリ
その時2階から、物音が聞こえた。
(!!)
(泥棒??)
2階は二部屋あり、一つは物置で
一つが僕の部屋だ。
音がしたのは、方向からして、僕の部屋からだった。
(泥棒か? いや、ネコかネズミもしれない、ものが倒れただけかも・・・・)
良い方に良い方に考えつつ、震える声で呼びかけてみる。
「あのーーー、誰かいるのー?」
し〜〜〜〜ん
何も反応は無い。
ゴクリと唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえる。
(もし、泥棒だったら・・・最近そういう事件多いよな)
最悪の事態は頭をよぎり、僕はゆっくりと玄関へ後ずさりした。
玄関を出る時、2階に向かって声をかける。
「警察を呼びますからねー!、逃げるのなら今の内ですよー」
玄関を開け放したまま、外へ逃げ出し電柱の影から家の様子を伺う。
泥棒だったら、今の一声で逃げ出すはずだ。
だが、15分位待っただろうか、誰も出てくる気配は無かった。
(やっぱり、ネズミか何かだったんだ、こんなとこ親に見られたら恥ずかしいし、戻ろう)
ほっと胸をなでおろし、家へ戻ると、一応念の溜キッチンの包丁を手に取り、
ゆっくりと階段を上った。
707 :
びーの:2008/09/10(水) 10:31:24 ID:1vLZJP55
恐る恐る、自分の部屋のドアを開けてみる。
・・・・誰も居ない。
見慣れた6畳半のスペースには、勉強机とベッド。本棚があるだけだ。
押入れの中も見てみたけど、畳まれた布団が入っているだけだった。
もう一つの、物置として使っている、部屋も確認してみる。
いらない家具や、衣類が入ったダンボール、
子供の頃のおもちゃ、乱雑に置かれた
それらには、軽くホコリが被っている。
シーンと静まり返った、物置部屋には、人間どころか、生き物の気配すらなかった。
「はあ・・・」
大きく、ため息をつくと、さっきまでの心配が急に馬鹿馬鹿しくなってきた。
(物音がしたくらいで、あんなにビビって、なんて気が小さいんだ)
ドタドタと階段を降り、キッチンの冷蔵庫を乱暴に開けると、、
牛乳をパックのままがぶ飲みした。
緊張で乾いた喉が、急速に癒される。
(きっと、湿気か気圧のせいで家が軋んだだけだろ)
飲み終わった牛乳を冷蔵庫に直そうとしたその時、
ゴトリッ!
2階から再び音がして、僕は持っていた牛乳を
落としそうな位驚いた。
(なんだ???)
びーのさんが書いてる所に割り込む僕…!
気にしないで下さいね
どうしてだろう――虚脱感が胸の中で渦を巻いている。
どうしてだろう。どうして、どうして――だ。
思考が頭の中でぐるぐると回っている。とめどない思考はだから意味がない。考えるだけ無駄だと三崎は思う。けれど思考は三崎の意思を無視して勝手に回り続けている。
……思考すらも満足に扱えないのか、俺は。
そう三崎が思った時だ。
「拓也…どうしたの?」
声を掛けられた。三崎は声の方向を見る。そこには三崎よりも頭一つ低い少女がいる。
オレンジのシャツに、青色のフード付きのパーカー。そして白の長ズボン。短く切り揃えられた髪は蒼黒だ。
「晶……」
三崎は少女の名前を呼ぶ。
「どうしたの?」
晶が二度目の問いを放つ。瞼の閉じられた瞳が三崎を見据える。
「何でもないよ」
「でも……」
眉根を寄せて晶が言う。
「何でもないったら」
続く言葉を遮るようにそう言って、三崎は晶の髪に手を置いた。子供をあやすようにして撫でる。
「ん……」
軽い、は、という吐息と共に晶の頬が赤く染まる。それを確認して、しかし三崎は晶の髪を撫で続ける。告げる。
「ほら、行くぞ」
「……」
赤いままの頬でこくりと晶が頷いた。歩くために三崎は晶の髪から手を離す。あ、と小さく晶が呟いた。
「どうした?」
三崎が問う。晶はそれに答えない。代わりとでもいうように、三崎の手を握り締める。
「…ダメ?」
晶が三崎を見上げて問う。
「まさか」
三崎は苦笑しながら返答した。三崎の方からも晶の手を握り返す。
柔らかい手だなと三崎は思う。それに小さい手だ。
「行くか」
二度目の言葉。
「うん」
晶の返事を受けて、今度こそ二人は歩き出した。
どうしてだろう――その言葉が三崎の頭を支配していたことは気取られずに。
*
何時からだろうか。記憶は最早曖昧としていてその実存すら疑わしい。それでも感覚が依然として告げている。なぜだ、と。理性が叫ぶ。なぜだ、と。
なぜ。どうしてなんだ。どうして。
疑問はいつもそこに集約される。その答は今に無くて何時かに在る。
だから――だから俺は戻っていく。記憶を遡って戻っていく。今でない何時かへと。答を求めて。
*
「は、ぁッ……」
声が聞こえる。狭い室内に荒い吐息が響いている。
部屋は暗い。光源はカーテンの隙間から差し込む月光だけだ。
その中で三崎は動いている。下には晶がいる。三崎の動きに合わせて晶が声を挙げる。
「ん、ふっ……」
叫びを噛み殺そうとして、しかしそれは完全には成功しない。閉じられた口から声が零れる。
三崎の動きが加速して連続する。晶の声も連続する。そして、
「んくっ……!」
一際高い声と共に晶の体が痙攣した。それに合わせて三崎も体の動きも停止する。
肌を打ち付けあう音が止んで、代わりに吐息が部屋に満ちる。
静寂。脱力した体で三崎は見る。晶を。
「拓也……」
晶が三崎の頬を掴む。引き寄せた。そして次の瞬間にはもう、三崎は晶の体温を感じている。源は唇だ。それを通じて晶の熱が三崎に伝わる。
「……大好きだよ、拓也」
晶が囁く。その顔は悲嘆とも喜びともいえない表情だ。その顔を見て、三崎は何事かを言おうと口を開き、
「――」
何も言わずに口を閉じた。晶が三崎の髪に手を伸ばす。
「ねえ……」
三崎の髪を弄りながら晶が言う。けれどもその続きを三崎は聞いてはいなかった。
強烈な眠気が三崎を襲っていたからだ。それに逆らうことも出来ずに、三崎の意識は闇へと落ちていった。
*
夢だ。これは夢だと理性が告げている。いつもの夢。けれど感触は本物で、だからこれは現実だと感覚が訴える。
炎。炎だ。息を吸うだけで熱気が肺を焼く。黒煙が体を汚す。けれどそんなことは気にならない。関心はただ目の前にこそ集中している。炎の只中にいる誰かへと。
イヤ。その誰かが叫んだ。
どうして。誰かが言った。
何で。自分が言った。
どうして。呟いた。どうしてなんだ。
そこで思考は消え、意識が戻る――その筈だった。いつもなら。
けれど事態は進んでいく。
転換。視界が一瞬にして切り替わる。
暗闇だ。目の前すらも判別できない程の闇がそこにある。そして背後への落下の感覚。
風だ。風が肌を撫でていく。抗えない。ただひたすらに落ちていく。
底には何時辿り着くのだろうかと思う。そもそも底はあるのだろうか。
ふと底の方を見た。光が其処には在った。淡い光だ。ともすれば消えそうな。
けれど、と思う。あれは光だ。この闇の中に確かに存在する光だ。
だから。
だから自分は手を伸ばした。光へと。
*
三崎は目を覚ました。音を忍ばせて起き上がる。
静寂が部屋に満ちている。それを壊さないよう、慎重に三崎は動く。
気分が悪い。吐き気がする。背中には冷や汗が伝っている。
酷い気分だった。けれどその気分の因由はわかっていた。
コップに注いだ水を飲み干す。冷たさが三崎の理性を覚醒させる。
「……」
空のコップを巧は見つめた。空という事実を認識する。それは自分が中に入っていた水を飲んだからだ。そうでなければ空ではない。
同じだ、と三崎は思う。
先程の夢を思い出す。自分は光に手を伸ばした。そして此処にいる。
同じだ、と二度目の思考。同じだ。空のコップを三崎は置いた。
そして同じなのだから、俺は確認しなければならない。
服を着て、ドアへと向かう。開ける寸前に、三崎は部屋へと視線を走らせた。布団の中には裸で寝ている晶がいる。その寝顔は穏やかで当分目覚める気配はない。
その事を確認して三崎はドアノブを回した。外に出る。
冬の冷気が肌を刺す。三崎は空を見上げた。
曇天。雲が厚く覆っている――いつものように。
どうして。どうしてだろう。三崎の思考がいつもの疑問を作り出す。
どうして此処には――。
中断。三崎は思考を強制的に遮断した。
歩き出す。目的地は、考えるまでもなく決まっていた。
*
記憶は何時だって温かくて優しい。
「楽しいね、お兄ちゃん」
畳の臭いで満ちる狭い部屋で彼女が言った。
「ああ、楽しいよ」
ままごとをしながら俺が言った。砂場で作った泥団子を皿によそって、蓬の葉で飾り立てる。
「おいしい?」
彼女が訊いた。
「おいしいよ」
俺は答えた。
それは幸せだった頃の光景だ。そうだ、ここは何時だって幸せだ。けれどもそれは見せかけだと俺は知っている。実の上に存在する虚だ。
俺はそれで満足しない。虚のベールを剥いでいく。
そうして思い出していく。記憶を遡行してその場所へと辿り着く。
「ねえ」
彼女が言った。
「どうして」
彼女が言った。
「どうして」
俺がいった。
「どうしてなんだ」
呟きはけれど、掠れて空中に溶けて消える。
小火だった。ただの小火となる筈だった。なる筈だったそれは、けれど俺の想像を超えていた。
最初は単純な好奇心だった。好奇心で俺は行動した。ただどうなるのかが知りたかった。
そうして、結果として俺は此処にいる。
黒焦げの死体というのを、俺は生まれて初めて見た。
ねえ。その声が未だに耳にこびりついている。
どうしてなんだ。呟きが何時までも耳の中で残響している。
後悔。それが俺を押し潰す。
俺は――俺はそれに耐えられなかった。
*
数年振りに見た家は記憶の中のままだった。焼け焦げた柱。辺りに散乱する瓦。黒い地面。何も変わっていなかった。何も、変わってはいなかった。
「……」
三崎はそれを無言で眺めていた。現実なのだという実感が胸に湧く。
そうだ。これは現実だ。これが現実だ。此処でこれだけが変わらない。これだけが。
どうしてだろう。疑問が湧く。どうしてだろう。どうして、どうして――いるんだ。
「…拓也?」
声がした。振り向くまでもなく三崎は理解する。これは晶だ。
「どうしたの?」
問いかけ。三崎に答えを強いる言葉。答えるという行為とその意味。
晶に背を向けたまま、三崎は考える。これがそうなのか、と。
「拓也?」
もう一度、晶が問う。拓也、と。名前を呼ぶ。名前を呼ぶ。呼ぶものは何よりも名前でなくてはならないからだと三崎は思う。
……俺は、どうするべきなのだろうか。
思い出す。かつての生活を。そして此処での生活を。
ねえ、と晶が言った。どうした、と自分が問うた。
おいしい?と晶が問うた。うまいよ、と自分が答えた。
ねえ、と晶が言った。どうして、と晶が言った。
自分は答えられなかった。
ねえ、と晶が言った。抱いてと言った。
禁忌。その一語が頭を掠め、けれど自分はそれに応えた。
それが事実だ。それが全てだ。そしてだから、晶は此処にいて自分も此処にいる。
だから、だから俺は――
「拓也?」
晶の問い。その問いに三崎は。
三崎は。
「ああ、何でもないよ」
そう、返した。振り向く。
そこには晶がいる。青のパーカーに白の長ズボンという出で立ちで立っている。閉じた瞼で三崎のことを見ている。
「晶」
三崎は言う。
「帰ろうか」
「…うん」
晶が頷いた。三崎は晶へと近づくと手を取った。握る。
「…はじめてだね」
「え?」
「こうして、此処で拓也の方から握ってくれたの」
そうか、と三崎は一人呟く。そんなことすらしていなかったのか、俺は。
「これからは、出来る限りする。…それじゃ、ダメか?」
「ううん。……でも、それよりも」
そこで晶は言葉を切る。そして代わりに三崎へと体を寄せる。二人の距離が零になる。
三崎の視界の中、晶は三崎のことを見上げている。閉じられた瞼で、けれど視線は確かに三崎を捉えている。
何を期待しているのか、それを三崎は過ちなく理解する。瞼へと唇を近づけた。
「ん…」
晶が熱を持った吐息を零す。そうしてから三崎は唇を離した。
は、と短く息を吐いてから三崎は言う。
「行こうぜ」
「うん」
赤い顔で晶が頷く。返事を受けて二人は歩き出した。
「……あ」
しばらく歩いたところで、晶が声を挙げて立ち止まる。どうした、と三崎は尋ねた。
「ねえ、拓也」
「ん?」
「ほら…これ」
晶が差し出したものを拓也は見る。雪だ。晶の体温で溶けかかった雪がそこにはある。
空を見上げる。灰色の雲が厚く垂れ込めている。そこから白い雪が降り注いでいる。
「雪、か……」
三崎は呟く。
「雪だよ」
晶が言う。
雪。覆い隠すもの。何もかもを白く染めるもの。それが二人の頭上から降り続ける。
見る間に雪はその勢いを増していく。全てが白く染まっていく。全てが白く染まっていく。
三崎はただ、それを眺めている。どうして、という疑問はもう湧かなかった。
「……」
晶が三崎の手を握る。それの応えとして、三崎は歩みを再開する。
二人で道を歩いていく。早くも道に積もった雪に二人の足跡を残していく。
二人。その事実が、今の三崎には心地良かった。そして思う。
きっとこれからもそうなのだろう、と。
×巧
○三崎
何と言う誤字……!
これからは気を付けます、本当にすいませんでした
>>712 GJ
面白かったよ
ただ、ときどき一人称と三人称が混ざりあってるのがちょっと読みずらかったかな
あと、主人公を苗字で呼ぶのは二人の描写と心理描写の距離感を作るため?
>>713 ありがとう
一人称と三人称の件については、これから気を付けて行きたいです
あと苗字の件は、実は何にも考えてなかったり……あはは
敢えて言うなら、三人称でも拓也だとちょっと違和感があるかなといった程度です
男性で名前を呼ばれるって、ちょっと特別なことだと思ってみたり
でもそれが713さんの仰ることなのかもしれませんね
715 :
894 ◆wDkpIGVx1. :2008/09/11(木) 19:38:23 ID:hliQMye4
>>700 イイ!これは詩の感じだね
>決して幸せじゃないけど、死にたくなる程不幸でもない。
とか、自分の想いに浸っているだけじゃないのが良いと思った
しっかり客観視してる目線もあるのが。リアル。
>>704-707 いったい何が!何があったのだーーーーッ
続き気になる
>>708-711 すごく良いと思いました
自分の道を着実に歩むことに成功しつつある書き手の書いたもの、って感じがした。
そのまま、そのままゴーです!なんか分からんがそんな気がします
一点、水を飲んで空のコップを見て「同じ」と思うところが、
何と何が同じなのか分かりませんでした。
でも意味の積み重ねで構成されるタイプの作品ではない(=意味の「理解」を必ずしも要求しない作品)
と、読みましたので、それはそれで良いのかも知れません。
ただそういうタイプの作品は、独りよがりの危険といつも隣り合わせと思うので
そこだけご注意いただいて、このままゴーです!また読みたい。
716 :
あず:2008/09/11(木) 19:59:21 ID:LlE6HRuK
世の中には、天才がいるものである。
阿久悠。もう亡くなってしまった彼の歌詞は、なんてことのない日常が、特別なものに代わる魔力を持っている。
勝手にしやがれなんて知らないが、気障な男心があると思う。
冬の旅や北の宿から、津軽海峡やもしもピアノが弾けたなら、ジョニーへの伝言、名曲揃いだ。
熱き心の歌詞では、柄にもなく泣いてしまった。
時代の扉が歌だという彼の詩
春、夏、秋そして冬には白い日が待っている。
幼少時代、まわりは氷に閉ざされていた。けれど家に帰ると、母と、暖かい家族が待っていた。
心の中は熱かった。今は、熱い状態が続く訳ではない。
母さん、ピンクレディーや高橋真理子の歌も、彼が作詞したのだってさ。
なかなかイカすよね、アクユウって。
終わり
>>715 褒められると調子に乗りそうで恐ろしい…でもありがとう
前のレスは返信できなくてすいません
でもアドバイスは出来る限り生かせるようにしてみました
(可読性……は失敗している気がしますが)
ちなみにコップの件は、
1.水を注ぐ=火をつける
2.水を飲む=己が妹を死なせる
3.コップが空という事実=此処にいるという事実
で、2と3の間には主人公の認識、という行為があります。
つまり2の行為の結果を認識して3に至るということであり、
けれど現在それが曖昧で「此処」にいるので、これからどうするか決めるために主人公は2の行為の結果の認識が必要不可欠だった、みたいな感じです。
でも解説しないといけない作品ってそれもうダメじゃん、みたいな気はしますね
別スレの企画でここにうpしたのが面白かったのでまた投稿します。
今度は三回に分けます。
前作同様二時間くらいで仕上げたので粗いかもですorz
「聖なる山での一夜」by凍てついたペプシ
全ての者の上に立つものは、全ての者に使えなければいけない。
気の遠くなるくらい昔、私たちの母なる惑星、地球でイエスと言う男が述べ伝えたこの一言を、我が火星王室は代々大切にしている。
私はこれから、王都郊外の『聖なる山』まで、二日がかりで民に寝食をお世話になりながら目指し、
一夜かけて王室に伝わる聖典を朗読して、来た道を戻って宮殿まで戻ってこなくてはならない。
そして、ようやく一人前の王族として認められるのだ。
身にまとうことが許されるのは、ローブだけである。神聖な儀式の一環のため、正装で臨むのだ。
所持できるのは、腰袋に入れた聖典と金貨だけ。この金貨は、一宿一飯の恩に預かった民に納めるものである。
「アリア、山小屋についてしまえば後はどうとでもなるの。でも、山小屋に着くまでに面倒を見てくれた民への恩義は一生忘れてはなりませんよ」
母上の言葉を思い出し、豆粒のように遠くなってしまった宮殿を振り返る。
母上も、私と同い歳の娘のころ、先代女王陛下に同じことをいわれたのだろう。
「聖なる山の一夜」の儀が始まる。
頑張らなくちゃ。
民の家、とはいっても「聖なる山」まで、儀式で指定されている道にある民家は、この一帯で農業をしているマーク・ヒルフォスターという人の家しかない。
冷暖房の効いたふかふかなベッドがある高級官僚の家に泊まったところで「聖なる山の一夜」の意味がないのだ。
夏の暑い日ざしが照りつける中、私の足は軋む音がするくらい疲れている。
ローブは長袖だが、脱ぐことは許されないし、かえって肌を直射日光に晒すことのほうがリスクは高い。
ようやく、二マイルほど前方にヒルフォスターの家が見えてきた。
典型的な農家の一軒家【アグリカルチャー・ドーム】だ。
私は、前方の農家を前に最後の休憩をすることにして、道端のベンチに腰掛けた。
「そこ、俺の席なんだけど」
突如聴こえてきた、声変わりでかすれた声が聞こえてくる。
後ろで、がっしりした体格の、麦藁帽子を被った少年があくびをしながら起き上がるところだった。
ベンチの後ろの木陰で横になって休んでいたらしい。
「でも、まあいいや。あんた、姫様だろ? 今日うちで農作業と家事を手伝って、飯を食って、あそこの『聖なる山』まで行って戻っていくって言う。俺は農作業が楽になればそれでいいんだ。早く仕事を覚えてくれよ」
「あ、アリアです。今日はよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
すると、少年は用水路に沈めていたものに刃を入れた。
「食えよ。農作業の前にぶっ倒れられたらかなわないからな」
少年がナイフで切ってぶっきらぼうによこしたのは、よく熟れて、宮廷晩餐会で食べて以来大好きになった、マーズパイナップルだった。
水で冷えたそれを一口頬張ると、みずみずしい果汁とさわやかな香りが口いっぱいに広がり、今までの疲れが吹き飛ぶようだった。
「ありがとうございます」
そのあとに少年の名前を続けようとして、名前を聞くのを忘れていることに気づいた。
少年はそれを察したのか、相変わらずぶっきらぼうな口調で、
「ケンイチ。ケンイチ・ヒルフォスターだ」
「素敵な名前ですね」
「昔、地球に会ったニホンという国の文献から採った名前だそうだ。こんな名前が素敵だなんて、あんたも相当素敵な価値観をしているんだな」
そのとき、身体の芯に響く鈍い音がした。
四歳の頃から仕込まれている、護身術の構えをとる。
神経は、敵の身体的特徴、それに最も適する体のさばき方を、一瞬でも早く決定することに集中される。
気絶したケンイチの背後にいる大男は、私を見てこういった。
「姫、今度こいつに、血の小便が出るくらい徹底的に、正しい言葉遣いを叩き込んでおきますから、本日はなにとぞご容赦を」
大男に抱えられたケンイチの頭には、大きなたんこぶが出来ていた。
「あんた、寝るときもその服なのか?」
「しきたりなんです」
「『しきたり』ね」
そういいながら、前を歩くケンイチが、昼に父親のマーク・ヒルフォスターにゲンコツを食らった頭を痛そうにさする。
思っていたより、ずっとずっときつかった農作業が終わり、ヒルフォスター家の掃除を済ませ、ご飯をご馳走になってから寝床に入ろうとしたとき、ケンイチに呼び出されたのだ。
昼間と変わらない足取りで暗い夜道を歩くケンイチのあとを追うのに骨を折りながら、私はあくびをかみ殺す。
昼の仕事で疲労困ぱいになり、今にも眠りそうだった。
やがてたどり着いたのは、昼間のベンチだった。
「ここ、俺のお気に入りの場所なんだ」
そこはやはり、見た目はなんら変哲のない夜の農道だ。
「ここがお好きなんですか?」
「目を閉じてみな」
私が理由を問う前に、ケンイチは目を閉じてしまった。
仕方がなく、私もそれに倣う。
そこには、音の別世界が広がっていた。
農道の脇を流れる用水路のせせらぎにあわせるように、さまざまな虫の音が響く。
時折吹く風がマーズモルトの穂を撫で、電球の切れかけた街灯がジジ、と音を立てる。
音のプラネタリウムの中にいるみたいだ。
昼間の疲れが誘発する眠気も手伝って、別宇宙で宇宙遊泳をしているような感覚を覚えた。
その音の宇宙でふわふわ浮かぶような心地よさに浸っていると、
「あんた、本当に女王なんかになりたいのか?」
「え?」
目を開け、街灯の薄明かりに浮かぶケンイチの顔を確認すると、彼は目を逸らして星空を見上げる。
「俺は、農民としてこの畑の相手をしながら一生を終える。それを、俺は誇りに思う。
確かに農作業はきついけど、ここで作ったものが他の民の腹を満たすわけだし、何よりこの場所でぼんやりする時間がある。
でも、あんたは宮殿に帰ったら決まった相手と結婚して、女王になれば公務に追われて、何より『しきたり』とやらで、二度とお母さんに会えなくなるんだろ?
そんな人生で、あんたは満足するのか?」
夜空には、無数の星が、小さい頃から変わらず瞬いている。
王立学院での勉強や、護身術の稽古や、やがて二度と母上と会えなくなる「しきたり」にくじけそうになるたびに見上げたときと、変わらずに瞬いている、星が。
「満足しています」
ケンイチが、再びこちらを見る。
「この『聖なる山の一夜』の儀は、私たち王族の間で大切にされている『全ての者の上に立つものは、全ての者に使えなければいけない』という言葉に由来するものです。
確かに楽な立場ではないけど、母なる地球の最盛期と同じ六十億もの人口を有するまでに反映したこの火星を治めるものとして、私は、さっきあなたがいったように誇りを持って生きようと思います。
そして、民のために生きることが出来て、私は幸せです。
強くて、まっすぐで、王家の人間だからといってこびへつらわず私に話しかけてくれて、マーズパイナップルまでご馳走してくれた、あなたのような人のために生きることが出来て」
すると、ケンイチははにかんだように笑って「あんたも奇特な人だな」といった。
ケンイチの笑った顔をみたのは、そういえば初めてだった。
そして、この笑顔を守るものとしての務めを果たさなければいけないと思った。
聖なる山で、苦しい気持ちになっても、この夜空を見上げればケンイチの顔を思い浮かべて頑張ることができそうな気がした。
完
うp終了です。
普段ラノベ風の作品を書かないので、楽しい反面ボロもでてくるorz
頑張らなくちゃ(何
>>721 物語の舞台を火星にしたのなら、なにか火星ならではの面白さがほしいですね。
重力が違うわけだから、飛び跳ねると樹を飛び越えてしまうとか。
で、そのために足には重石がわりの靴をはいてるとか。
冒頭部分で火星で暮らしてみたいと思わせるようなインパクトあるシーンを描くと、
物語への興味をかきたてると思います
>>722 アドバイスありがとうございます。
確かに、これじゃ火星にした意味がないorz
個人的に、別の星なのに普通な風景+αみたいなのを想定してたんですけど、
いっそ未来の地球(もちろん普通の風景)とかにしたほうがよかったですかね?
724 :
950:2008/09/13(土) 18:20:17 ID:IBc9hVq8
>>ペプシさん、火星については最低でもWikipediaで情報収集が必要
になると思いますよ。「太陽系第四惑星」
「オゾン層がないので宇宙線が降り注ぐ」
「大気の不安定さ」
「たまに強風が吹く」
「強い風が度々吹くので熱気球やグライダーに的している」
「太陽が地球よりも遠い為、太陽の恩恵を地球よりも約6割も少ない」
「枯れた水脈」
「オーストラリアのエアーズロック級の山が至る所に点在している」
などなど、これでもまだまだフィールド描写少ないかもしれない。
一番は、火星を扱った小説を一冊でも読んで描写が欲しいところですね。
>>717 1.水を注ぐ=火をつける
2.水を飲む=己が妹を死なせる
3.コップが空という事実=此処にいるという事実
小説に書かれているのは左辺の内容ですが、
そのとき主人公の内面では、右辺の内容を思っているということでしょうか?
それを、この部分を読むだけでは理解できなさそうです。
でも例えば、一度全体を読み終わった後に
主人公の内面を追おうとして再読する読者には、
「このタイミングで過去と現実の不整合に気づいたのかな?」などと
深読みや想像する面白さがあるかもしれませんね。
解説しないといけない作品はダメかもしれませんが、
>>717で解説してもらったら、「同じ」という言葉のセレクトがまた妙味というか
変わった使い方というか、うまく言えませんが
面白かったのだなあという気がしました。
記憶と現実の不整合が起こっているのに「同じ」というのは面白いです。
とにかくそのままゴーが良いと思います!
>>718-720 「王位継承のための試練として、二日間の短い旅をしなければならない王女」
という大枠、面白いと思いました。
なんかwktk感をそそられます。なんでだろ
「短い旅」って面白いですよね。日常から遠く離れるわけではないけれど、
解放感とか、発見があるから。
俺はそこまで火星ということは気にならなかったのですが、
「短い旅」テイストがもっとあって欲しかったかな。
(これは単に個人的に、作者の意図無視でそういうものが読みたかっただけなのです)
ケンイチとの交流自体は「短い旅」にマッチしてて、そこは良いのですが
細部をもう少し膨らませていただいたら大好物だったかもしれません。
自然な流れというか雰囲気というか・・・