ダイエー初期のホークスを語ろう

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699西スポ2/7佐々木誠・上
 ホークスのキャンプ地から南へ約10`。宮崎・清武町総合運動公園に威勢のいい声が響く。
 現役時代と変わらず黒く日焼けした顔、ちょっぴり寸法が増した腹回りの主が、ノックバットを
手に目を光らせた。
 「完全にハマってます。アマの選手を教えるのは楽しい。やればやるほどというか、
プロの選手に比べて圧倒的に伸びしろがあるんです」

 社会人野球セガサミーの新監督に就任した佐々木誠氏(42)。
 昨年までの2年間はヘッドコーチ、今年からは青島健太前監督の後を引き継いだ。
 2日からの春季キャンプでは朝9時から夜間練習が終わる9時半まで、どっぷり野球漬けの
日々を送っている。
 「野手は1日に1500-2000スイングがノルマ。野球をやれる時間は長いようで短い。
だったら、とことんやってみようや、と」

 2006年に活動を始めた新興チーム。選手集めもままならず、現在28人の部員のうち
約半数は大学の補欠選手だった。昨夏に早々と都市対抗出場を果たすも初戦で1-2と惜敗。
 「涙が止まらなかった。負けるのがこんなに悔しいものか、と自分でも驚いた」。
 プロで首位打者、盗塁王にも輝いた、かつてのスター選手のハートが揺れた。

 球界全体の活性化のため、プロアマ双方の視点から「プロで本格的にやった人間がもっと
アマ球界にかかわるべき」だという。「いずれはプロの1軍で活躍できる選手をここで育てたい。
その前にチームとして全国の頂点を目指します」。
 佐々木監督は力を込めると、若き日を過ごしたホークスでの思い出を語り始めた。
700西スポ2/8佐々木誠・下:2008/03/01(土) 00:16:59 ID:W7WbMAED
 目を閉じると、今でも当時の映像が鮮明によみがえるという。
同時に忘れがたい音が耳の奥でこだまする。カクテル光線が降り注ぐなか、観客席からの
熱い声援がダイレクトに届いた。
 「僕にとって、福岡での野球の記憶は平和台の雰囲気そのものなんです。攻めていても
守っていても、5点差がセーフティーリードじゃなかったし。毎日がお祭りみたいな感じだった」

 南海での5年を経て、プロ6年目で福岡に移り住んだ。新球団ダイエーホークスの本拠地は
平和台球場。
 「平和台のファンは良くも悪くも裏表のない反応だった。味方なのか敵なのか分からない(笑)。
おかげで本当に楽しかった」

 走攻守3拍子そろった外野手として92年に首位打者&盗塁王(打率・322、40盗塁)。
 「ミスターホークス」とまで呼ばれたが、福岡市内に約3億円の新居を構え、選手会長就任が
決まった矢先の93年オフに突然のトレード通告を受けた。
 西武の秋山(現ソフトバンク・チーフコーチ)らとの交換トレード。
 「ショックで放心状態」のまま福岡を離れた。

 西武から阪神、米独立リーグのソノマ・クラッシャーズを最後に現役引退。03年に古巣
ホークスに戻り、2軍外野守備走塁コーチを務めた。阪神との激闘を制し日本一になった年だ。
 「当時のチーム力を『10』としたら、今は『6』くらいに見える。レギュラーに続く選手の育成が
大事。今年は能力のある若手が出てくるチャンスだと思う」
 本紙評論家も兼ねる社会人チームの新監督は、思い入れを込めた冷静な目でホークスを
見つめ続ける。