736 名前: 727 投稿日: 02/10/29 12:13 ID:???
昭和63年のシーズンも終盤にさしかかり、巨人の優勝はすでに絶望となっていた。
王に見切りをつけた巨人フロントは、次の監督候補の検討に入っていた。
このことは極秘裏に進められた。
最終的に名前が残ったのは藤田と広岡である。
そして二度目の藤田よりも西武を常勝チームに育てた広岡の方を推す声の方が、
フロントには実は多かったのである。
そして、フロントは内々に広岡に来季の監督就任を打診してみた。
広岡にとっては、これを逃せば二度とはないチャンス。
本心では二つ返事で引き受けるところだが、彼にはひっかる点がひとつあった。
738 名前: 727 投稿日: 02/10/29 13:19 ID:???
巨人軍にはチームを取り巻くマスコミと膨大な数のファンのがある。
その規模は西武の比ではなく、彼らを無視してうかつには行動できない。
そして忘れてならないのは超スーパー・スターのONの存在がある。
広岡には、長嶋退陣時のマスコミとファンからの猛反発が頭にあった。
今季、優勝できそうにないとはいえ、成績は2位。
王にもまだやる気はある。そこで自分が就任を快諾してしまうと、王を追い出した
悪者になってしまう。ただでさえ「冷血動物」との批判があったヤクルト・西武の
監督時代。うるさいOB連中がいる巨人では、最初から悪党の烙印を押されてスタート
するのはいかに広岡とはいえ、やはりやりずらい。
広岡は、ああみえても結構気配りをする繊細な面もあるのである。
特に待ちに待った巨人軍監督の座。一度なったからには2〜3年で辞めたくはない。
そのためには、ことは慎重に運ぶ必要があった。
そこで、広岡は提案した。
「王はまだ監督を続ける意思を持っていると思う。それならあと1年だけやらせてはどうか。
そして来季優勝できなかった場合に、私は監督を引き受けましょう」
それを聞いた某フロントは、広岡の言葉をオーナーに報告した。
当時の巨人のオーナーは、あの「山があるから登るんだ」で有名な大正力の不肖の息子である。
この男が広岡の考えを、西武の堤オーナーに遠慮して言っているものと勘違いして、
結果的に全てをぶち壊してしまった。
740 名前: 727 投稿日: 02/10/29 14:54 ID:???
広岡には計算があった。
王に一年間の猶予を与えることで、彼の顔も立つ。
それに王自身が中畑・篠塚・角などの長嶋派から総スカンを喰っている今の状態では
来季の優勝はとても無理。悪くするとAクラスも危ないかもしれない。
あと一年だけ我慢すれば、夢にまで見た巨人軍監督の座につけるのだ。
その前に阪神から破格の年俸条件で誘われたにもかかわらず、それを蹴ってまで
待ちつづけたジャイアンツの現場トップになれるのだ。
それに、生真面目で一本気な王のこと、フロントからあと一年との念押しをされると
自ら辞任を申し出るかもしれない。そうなれば「フロントの熱意に押されて、
愛する巨人軍のため、お世話になった大正力に恩返しをするために」引き受けたとの
大義名分が発表できる。その日はもうすぐ目の前に来ている。
広岡の心は踊った。この当時の広岡に逢った人は「あんなに機嫌がいい広岡は見たことがない」
と述懐している。本当に心から嬉しかったのだろう。
741 名前: 727 投稿日: 02/10/29 15:08 ID:???
広岡の計算違いは、巨人フロントが王を完全に見限っており、王更迭はすでに決定事項
であることを知らなかった点である。
知っていれば無論もったいぶらずにすぐ承諾したろう。
このへんは関係者の証言であいまいな部分もあるが、巨人フロント側の説明不足が
あったものと推測される。最初から正式な監督就任要請をすれば、問題はなかったのである。
さて、あのハナ垂れオーナーである。
大正力の不肖の息子は、能無しなりに黙って成り行きを傍観しておけばいいものを
「登らねばならぬ大きな山」があるとでも思ったのか、広岡招聘には彼が気にしている
西武の堤オーナーにひとこと挨拶をしておかなくてはと、堤に連絡をとり、
彼と逢うことにした。
743 名前: 727 投稿日: 02/10/29 15:23 ID:???
バカ息子オーナーからことの一件を聞いた堤オーナーは、その場では
「広岡さんはうちを常勝球団にしてくれた偉大な監督。巨人の監督でもりっぱに
連覇を成し遂げるでしょう。正力さん、日本シリーズでまたお会いしましょう」
との儀礼的なエールを送った。
これで正力は「大きな山を越えられた」とでも思ったか、ほっとして球団事務所に
帰って、あとは広岡就任に向けての詰めの作業を行なうだけと思い込んでいた。
事務所に着くと険しい顔のフロント幹部が正力を出迎えた。
「どうした。何かあったのか?」正力は怪訝な顔で幹部に尋ねた。
「オーナー、広岡さんの話はダメになりそうです。」
「えっ、なぜ?だって俺はたった今堤さんと会ってきて…」
「それですよ、オーナー。先程堤さんの側近から電話があって、広岡さんが
西武を辞めたいきさつと、今後彼が巨人でどんなことを企んでいるかを
詳しく話してくれたんです。」
745 名前: 727 投稿日: 02/10/29 16:20 ID:???
直接自分の口からは言わずに部下を使って色々策略を施すのは、
堤独特のやり方である。
堤に通風呼ばわりされた彼にとって、広岡が人気チームの監督になって
脚光を浴びるなど、許しがたいことだったのだ。
西武幹部は、広岡が西武を辞任した背景には広岡が管理部長の根本の追い落としを
謀ったことが原因であり、それに怒った根本が彼を切ったとの説明をした。
広岡が狙ったのは、フロントと現場の両者の全権を一気に掌握するゼネラル・グラウンド・
マネージャーであったとも。
むろん、それは一部は正しい部分もあるが、広岡は巨人軍で全権マネージャーを目指すなどと
いう大それた考えまでは持っていなかった。
(のちにゼネラル・マネージャーについては、千葉ロッテという弱小チームで実現する。
ロッテGMの地位が、わずか2年でおじゃんになった経緯についても面白い話があるのだが、
これは堤とは直接関係ないので割愛。)
それを聞いて、巨人フロントは蒼くなった。
広岡がそれほどの野望を抱いているとは、夢にも思っていなかった。
そんなの考えの人間が監督になり連覇でもすようものなら、簡単には首にできない。
そうなると彼はフロントをも掌握しようとするだろう。
フロントの自分たちの立場が危うくなることだけは、絶対に避けなければならない。
かくなううえは、欲のない藤田の再登板しかない。
能無しハナ垂れオーナーには、フロントと広岡の間に入ってうまく行かせる自信がない。
ここはフロントの意見を入れて話を進めるしかない。
広岡の巨人監督の夢は、ここについえたのである。