長嶋茂雄批判、タブーについて考える第5回

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828神様仏様名無し様
王が人格者のように言われ始めたのは、700号を打つ前後からで、
マスコミがつくりだしたもの。
若い頃は、ノーテンキな長男・長嶋に対して腕白な次男坊というイメージ。
選手時代(ONともに現役の頃)の写真をみると長嶋の方がしっかり者にみえる。
王は江川入団の際に江川を批判した。 当時江川は、世間から非難されていたという
時代背景があった。 江川は法政の先輩の山本浩からも嫌われていたよ。
江川自身がその入団の仕方に自分自身でも葛藤を覚えていたのだが、
当時押しも押されぬチームリーダー(むしろチームの精神、もしくは神)であった王に
「僕は江川のようなやつは嫌いだ」「キャンプでは江川と同室になりたくない」と
言われた江川のショックはどんなだろう。
長嶋は自分の入団時、南海を蹴って巨人入りしたことを引き合いに出し、最後まで江川をかばいつづけた。