エンドユーザーを疎かに
検証
眼鏡の失敗
数年前に、格安メガネ(当初はスリープライス)チェーンが台頭し、大ヒットした。
ハートアップの経営陣はこれを見て、「コンタクトレンズと同じ{屈折}だからメガネでも行ける!」
と踏んだのであろう、メイド・イン・チャイナの安いメガネ販売事業を開始した。
何のことはない、ただの先行したメガネチェーン(Zoff)の真似である。時代もデフレで、
100円均一ショップ(100均、ダイソーなど)やユニクロが流行っていた時なので、「トレンドに乗れ」とばかり、ブームに便乗したかったのだろう。
結果は皆ご存知の通りである。
これら先発組の表面だけを見て、安易なビジネスモデルを作った結果である。
例えば、100円ショップでは、商品仕入れと選別にノウハウがあり、品質はそこそこであっても格安という武器は圧倒的である。
ユニクロ製品は、安価であるが、衣類としてのクオリティを落としたわけではない。衣類機能を求める人は決して少数派ではなく、
そういった人達には絶大な支持を受けていた。
スリープライスのZoffは、ただ単に安いだけではなく、ファッション性、ブランド力もきちんと計算して商品を送りだしていた。
ハートアップが拾った方法は、スリープライスのような価格設定と、中国など労働コストが安い場所での生産。そしてこれらのチェーン店化だけである。
まさにうわべだけ、と言う他はない。
この方針を打ち出した経営陣の中には、まともなファッション感覚を持ったものが誰一人としていなかったのだろう。
眼鏡とコンタクトレンズは全く別の商品である。
コンタクトレンズは機能だけの商品だ。形状が角膜にフィットし、安全で、一番の目的である視力矯正が為されればそれでいい。
当時のカラーコンタクトは別にして、誰もコンタクトレンズの外見デザインを気にする者はいない、というか、
外からは装用していないように見せるのが、そもそものコンタクトレンズの役割だからである。
しかしメガネは違う。顔の一番目立つところにほぼ24時間置かれるものだ。人によっては髪型や化粧以上にセンスを問われるアイテムである。
なので、
「安くて見えれば金のないヤングが買ってくれるにゃー」
このセンスが通用しない事は最初から見えていた。
この会社がメガネで失敗した本質は、「メガネが売れなかった」という点ではなく、「コンタクトレンズも売れなくなった」という部分にある。
例えば、観光地に行くと、妙に態度がデカく、サービスが悪い店がある。
観光客がその店を訪れるのは、ほとんどの場合それが最初で最後だから、店主は出来るだけその一見さんからふんだくってやろうと考える。
愛想よくする必要もない。その観光地そのものが不人気にならない限り、十分経営は成り立つ。要は「ボッたもん勝ち」だ。
一方、地元客を対象にした店は、それが庶民的な店であれ高級デパートであれ、リピーターとなるファンがどれだかついてくれるかが勝負になる。
熱心なファンとまでは行かなくとも、少なくとも突っ慳貪な印象を与えたり、「ボラれた」という感想を持たれて、次回から積極的に回避されるようであってはいけない。
コンタクトレンズショップも同様、地域の顧客を大事にしなくてはならない。リピートがあって成り立つ業種である。
しかし、ハートアップの取った手法はむしろ観光客相手に近いビジネスを行っていたのである。
普通に考えて、センスのないメガネを「あえてコンタクトレンズ屋さんのブランドで」買いたい人はいない。
普通の人はコンタクトレンズ「は」ハートアップで買うかもしれないが、メガネはメガネ専門店で買いたい。それが普通だ。
つまりコンタクトショップでの眼鏡のニーズは少ない。
コンタクトを作るついでにメガネも作っておこう、というケースも一見ありそうに見えるが、実はそれほどでもない。
少なくとも商業ベースに乗るほど頻回ではない。こういう意味でもニーズは薄いのである。
となれば、何か別な手法で売上げを上げなくてはならない。
そこで考えた方法が、コンタクトレンズ・メガネの抱き合わせ販売である。
厳密には「抱き合わせ」とは呼ばないが、店舗では色々な工夫をしてメガネ購入者に有利なシステムを提供してきた。
価格もそうであるが、待合室に待つお客さんの中、メガネ購入者にはTDLのファーストパスのような順番飛ばし特権まで与えられた。
あらゆる方法でメガネ販売をプッシュしていく手法は、従来からあるコンタクトレンズのPB販売と、その根本は同じであるが、2つ大きく異なる点がある。
一つは、客はコンタクトを買いに来て、メガネを勧められる事に強い違和感を感じることである。
一般にハートアップはあくまでコンタクトの店であって、メガネなら最初から別な店を探すであろうに、店員から強く勧められて買ってしまうと、後になって後悔した気持ちになるのである。
もう一つは、コンタクトだけを購入する客は、ある種の「差別」を受けている点だ。
メガネ購入者から検査の順番も飛び越され、メガネを買わないと何だか悪いことをしているような接客を、空気として既存のコンタクト購入者は感じていたはずだ。
ハートアップの社内報には社長のコメントが載っている。「客は平等ではない。客単価を考えて接客せよ。」と。
このような状況がもう数年続いている。特に平成18年4月の制度改訂以降、メガネとPB販売はより強い販売プレッシャーを与えられている。
現在の経営危機を招いた要因の一つに、眼科窓口が自由診療になった影響が大きかった事には異論はない。主たる原因であったことも間違いないだろう。
しかし、メガネ販売をこのような形で行ってきたことで、従来の客が愛想を尽かしつつあることを、もっと経営陣も考える必要があるだろう。
現場からの声は必ずあったはずだ。