翌日、ふたたび恥元は糸内豆眼科の貯銭を訪ねた。妙案があった。
これで貯銭もギャフンとなって、会社でも褒められて課長に昇進…恥元は思索のオナニに耽った。
「先生どぉもぅ。この間は失礼致しました」
「なんだまた来たのか。時は金なりだ。さっさと用件だけ済ましてもらおうか」
「はいー。実は先日先生のほうから残念ながら弊社との協力関係を終わらせたいとの御意志を
頂戴致しまして、私どもも断腸の思いですが、先生の御意志を尊重することと上層部で結論致しましたぁ」
「ふーん。それで?」ニヤけながら貯銭は聞いた。
「弊社は先生の糸内豆眼科様に機器をレンタルしておりますが、今月いっぱいで
引き取らせて戴きますぅ。あと業務委託契約も終了致しますので職員も引き上げますぅ。
眼科さんの内装も什器備品使用契約に入っておりますので先生は使用できなくなりますぅ」
恥元は勝ち誇ったように満面の笑みで貯銭を見た。ところが貯銭は悠然としていた。
恥元に一縷の不安が走った。
そして、それはすぐに現実のものとなった。
「機器は持ってってくれ。明日でもいいよ。もう揃えてあるから。
あと内装ねぇ。俺はこないだも言ったけどここの大家と不動産契約を結んでいるし
それを継続するつもりだからここは動けないんでねぇ。悪いけど内装はいらないから
そっちの費用持ちで壊してくれないかな。もう数年経ってボロがきてるしね。
心機一転したいんで丁度良かったよ。フフフ」
恥元は頭を棍棒で殴られたような衝撃を受けた。浅はかな策は崩れ去っていった。
「あとお宅の販売員はいらないよ。妙なトークも耳ざわりだしね。
あ、丁度いいから来月からのウチの新検査員を紹介するよ。おーい」
貯銭が呼ぶと検査員がゾロゾロと診察室に入ってきた。
「こちらがORTの史角さん、こちらが看護婦の浅倉さん…」
どれも綺麗どころを揃えていて恥元は脱帽せざるを得なかった。
恥元がその列を見ると、末尾に知った顔が飛び込んできた。
「最後に販売マネージャーの比句津君だ。そういえば前は大東亜にいたんだっけ?」
貯銭はわざとらしく聞いた。
「今は先生によくして戴いてます」比句津は悪びれるでもなく言い切った。
この裏切り者!と恥元は思ったが、心の隅に羨ましさがあった。
「まーこーいう訳だ。さっさと用事が済んだらさっき言ったことを進めておけよ」
完全に恥元の敗北だった。
肩を落として社に帰ると、本社から部長の酉井が来ていた。
肥満体で汗をいつも拭いていて、怒ると顔を紅潮させて怖い男だった。
ありのまま報告すると早速怒鳴り散らしてきた。
「なんや!それでノコノコと帰ってきたんか!店長まで引き抜かれて恥ずかしい
思わんのかい!」
会社が嫌で辞めたんだから自分のせいじゃない、と恥元は思ったが、そんなこと口に
したら火に油をそそぎかねないので止めておいた。
「こないなったら全面戦争やな。恥元が切り込み隊長や!捨て身でやれや!」
恥元は何だか特攻隊に入らされたような気分だった。
「内装壊せ言われると費用はウチ負担やからこっちばかり損やな。出てく気ないなら忌々しいが
出来るだけ吹っかけて高値で貯銭に買い取らせるんや。
向こうさんはだいぶ準備してるようやから、こっちもいつまでもあいつの隣でン百万の赤出し続ける訳には
いかん。早急に近所で按配のいいとこ探すんや。
あと言うこと聞く医者も探さなあかんな。恥元頼むでぇ」酉井は一方的に捲し立てた。
「わかりましたぁ。全力で頑張りますぅ」
「ええか。今度ヘマこいたら異動やからな!ゴクツブシはいらんでぇ、ほんまに」
恥元はついに最終通告を突きつけられた。