沖縄米軍基地・本土移設論を聞く(上)
吉田栄司さん・1952年生まれ。関西大で憲法人権論、比較憲法論などの講義や演習を担当。05年に結成された「九条の会・おおさか」事務局長。
「沖縄にすべての負担を背負わせていいのか」。昨年11月、橋下知事は米軍普天間基地の移設問題に絡み、在日米軍専用施設の74%が集中する沖縄の負担軽減につながるなら米軍を関西に移転する議論を拒まないと発言した。
だが知事の投げかけた議論は広がりを見せぬまま、基地移設問題は迷走を続ける。
改めて知事の「本土移設論」をどう思うか、平和運動にかかわる大阪、沖縄の人に尋ねると、意識の違いが浮かびあがってきた。あなたは、どう考えますか。まずは「九条の会・おおさか」事務局長の吉田栄司(えいじ)・関西大法学部教授(57)の話から。
――橋下知事の発言をどう受け止めましたか
私は彼特有の思いつきのパフォーマンス的発言と受け流したが、平和運動にかかわる知人の中には、米軍機が関西空港に轟音(ごうおん)を立てて離着陸する場面を想像し、凍りついた人もいた。
沖縄の基地負担を軽減すべきだというのはその通りだが、実際に関空に米軍が来るというのはとても受け入れられない。
事故や騒音被害を考えれば周辺府県の了解も得なければならず、ハチの巣をつついたような大混乱になるだろう。
あまりに非現実的だから府民の議論は盛り上がらず、報道も消えたのではないか。「九条の会・おおさか」事務局でも直接の議題になることはなかった。
――基地負担を「本土移設」で分かち合おうという考えをどう評価しますか
私は沖縄を何度も訪れ、騒音や事故の危険性を肌身で感じてきた。基地を集中させているのはヤマト(本土)のエゴという認識だし、本土で沖縄の基地問題が関心事になっていないことも遺憾に思っている。
現実に安保条約がある以上、その是非論と切り離し基地負担を均等にというのは正論だろう。ただ、問題の解決は単に基地をどこかに移せばいいという話ではない。
――と言いますと
在日米軍基地は日本国憲法9条が禁止する「戦力の保持」に該当し、日米安保条約は憲法違反の疑いがある。軍事基地は沖縄にも本土にもどこにもあってはいけないという考えに賛成する人は、「九条の会」のメンバーにも少なくないと思う。
――ただ、世論調査では安保条約の維持に賛成する人が7割です。米軍駐留を解消できる時期は見通せません。それでも、本土に基地を動かしてはいけないのでしょうか
確かに、世論の主流は「9条も大事、安保も大事」だ。「9条と安保の共存は平和国家の知恵」と言い切る人もいる。だが、私は戦後日本の平和が米軍駐留で実現したとは思わない。
ベトナム戦争では在日米軍基地が出撃拠点になり、もし北ベトナム軍に空軍力があれば日本が空爆される可能性があった。
アジアと友好関係を築かなければ生き残れない世紀に、米軍の軍事力で平和が保たれるという幻想は捨てるべきだ。私は「基地移設運動」ではなく、憲法9条の理念を地道に訴え、日米安保体制そのものを問うことに与えられた命を使いたい。
――最近、平和運動で知られる新崎盛暉(あらさき・もりてる)・元沖縄大学長が「『沖縄にも、どこにも基地は要らない』という建前的本質論は無力だった」と表明し、話題になりました。沖縄でも「本土移設論」が急速に高まっています
私も最近、こんな経験をした。沖縄県名護市長選の投開票日、大阪の映画館で開かれた日米安保改定50年を考えるイベントに招かれたのだが、その際、沖縄の人たちの声を電話で聞く試みがあった。
最初に応じた佐喜眞(さきま)美術館(普天間飛行場に隣接)の館長が口にしたのは「基地を本土で引き受けて下さい」だった。
偶然だが、私は沖縄戦の組織的な戦闘が終結した「慰霊の日」の生まれ。沖縄の痛みを考えることは半ば運命と考えてきた。
この60年余、基地負担が減るどころか、新たな基地さえ押しつけられる沖縄の苦衷をおもんぱかると頭を下げるしかない。
それでも館長の言葉に「こっちもお断りです」との思いが反射的によぎった。やはり、基地を移すことが本質的解決になるとは思わない。難しい問題だ。
日米安保条約を支持する橋下知事とは根本的に考えが相いれないが、「本土移設」については今一度、市民レベルで是非を真剣に論じ合う必要があると思い始めている。
http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000001002150002
沖縄米軍基地・本土移設論を聞く(下)
2010年02月16日
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知念ウシさん・1966年沖縄生まれ。反基地を訴える沖縄の女性グループ「カマドゥー小(ぐゎー)たちの集い」メンバー。
関西への米軍移転について議論を拒まないという橋下知事の発言は、沖縄では「血の通った言葉」(「琉球新報」2009年12月2日の社説)などと好意的に受け止められた。
普天間飛行場の閉鎖運動に加わるライターの知念ウシさん(43)に思いを聞いた。
――橋下知事の発言をどう受け止めましたか
発言を受けた街頭インタビューが沖縄でも流れたのですが、「騒音が心配」「犯罪が増えるかも」と口をそろえて不安を訴える姿が印象的でした。
沖縄では、本土は沖縄の基地被害を知らないから無関心だと思われがちなんですが、「なんだ、知っているんだ」と。その上で沖縄をそのままにしてきたんだとわかりました。
知事にはこの際、関西空港に嘉手納基地を、神戸空港に普天間飛行場を引き取ることを検討してほしい。
――知念さんは6年前の朝日新聞のコラムで、沖縄を訪れる観光客に触れ、「そんなに沖縄が好きなら基地を持って帰って」と書きました
沖縄人の心の中には、「基地の苦しみを誰にも味わわせたくない」「基地は沖縄にもどこにもあってはいけない」という強い思いがあります。私もそうです。
ただある時、その思いにつけ込まれる形で沖縄に基地が固定化される結果になってきたのではないかと思い始めたのです。
――何があったのですか
10年前に子どもが生まれ、「本気で基地をなくさないと」と心に決めて運動にかかわり始めたとき、ふと、本土の人たちは、安保条約に賛成であれ反対であれ、
沖縄に基地があることを自然現象のように当然と考えているのではないかと疑問を持ち始めたのです。
沖縄戦の後、米軍が住民を収容所に入れながら建設した基地は、日本が「独立」を回復した1950年代、強制的な土地収用で2倍に増えました。
本土で反基地闘争が広がり、本土の基地がどんどん沖縄に移されたからです。72年の復帰後も沖縄の基地負担比率は増え、今では全国の74%。住民には何の決定権もないまま、沖縄は「基地の島」に変えられたのです。
――本土の平和運動には「基地を本土に移すことでなく、米軍基地を置くことを認める安保条約の見直しがスジだ」という考えが根強い
その反安保運動が本土ではほとんど力を持たなくなっているのではないですか。沖縄はもう待てません。
沖縄に基地があるのは地理的要因という誤解がありますが、米高官は沖縄にこだわっていないと明言しています。
沖縄1%、本土99%という人口比率からも明らかですが、安保条約を支持する圧倒的多数は本土の人々。ならば安保が解消されるまで、基地負担は本土で背負うのがスジではないでしょうか。
安保体制の見直しが本質というのは、よくわかります。もし、鳩山政権が普天間飛行場の移設先を決めるという5月末までに国民的な反安保の運動が盛り上がり、「移設なき基地の返還」が実現すれば一番素晴らしい。
でも、その締め切りを過ぎたら、基地を本土で引き取りつつ、安保条約をどうするかを含めて本土で基地問題を考えて頂きたいと思います。決して先住民の島であるグアムなどに押しつけることはせず、自分で自分の責任を果たしてほしい。
――本土で移設受け入れの理解は進むでしょうか
「苦しみを押しつけたくない」という気持ちは、今の私の中にもあります。でも、その道を歩めば、沖縄の子ども世代に確実に苦しみを押しつけることになるのです。
私の言うことは、本土の皆さんには「聞きたくない話」だと思います。でも、日本が民主主義の国なら、これ以上不平等を続けることは国際的にも恥ではないですか。
普天間返還が実現しても沖縄の基地負担は依然として70%です。
本土移設は、130年前に「琉球処分」で琉球王国を解体し、沖縄戦で捨て石にし、戦後は基地を押しつけてきた沖縄と本土のゆがんだ関係を問い直す機会でもあると考えてほしいのです。
http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000001002160002