橋下徹大阪府政を語ろう Part43

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886名無しさん@お腹いっぱい。
【視界混沌・関西3空港分岐点】(上)「伊丹どうする」

 「一般会社なら倒産だ」

 「傷口にばんそうこうを張るぐらいではないか」

 11月16日、無駄な事業の仕分けを進める政府の行政刷新会議。国土交通省が来年度予算で要求した関西国際空港への補給金160億円をめぐり、仕分け人から容赦ない意見が相次いだ。当然、導き出された結論は「凍結」だった。

 政権交代後、初の予算編成を進める財務省の担当者は「事業仕分けの判断に沿うのが基本。(同様に当初凍結とされた)スパコンでは批判の声が噴出したが、関空補給金は聞かない」と冷ややかに語る。
国交省航空局幹部は「財務省にお願いはしているが、反応は厳しい。補給金がつかないとなると、関空はかなり厳しくなるだろう」と話す。

 1兆円超の有利子負債を抱える関空は、割高な着陸料が響き、航空会社の撤退が続出。今年度上半期の乗り入れ便数は、前年同期の8割に落ち込んだ。

 関空の補給金について、国交省は来年度予算の概算要求で、従来の年90億円に70億円を上積みした。増額分は、着陸料引き下げの原資にする予定だった。

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 関空、大阪(伊丹)、神戸の3つの空港を抱える関西。補給金凍結の撤回には、3空港の役割分担の見直しや、関空の経営改善に向けた抜本策を地元から提案することが求められる。

 経済団体と関係自治体でつくる「関西3空港懇談会」は、関空会社が管理主体となることを基本に、3空港の運用面での一元管理を打ち出すべく事務レベルで協議に入った。
懇談会座長の下妻博・関西経済連合会会長も「来年度予算の査定に間に合うよう、何らかの方向性を出す」と躍起だ。

 だが、伊丹廃港を持論とする大阪府の橋下徹知事は、伊丹の存廃を“棚上げ”にする一元管理案を「へぼい案」と批判。「地元で話し合っても、エゴを主張し合う場所にしかならない」と言い切る。
887名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/19(土) 23:59:59 ID:???
 別の国交省航空局幹部も「関西3空港の問題は、伊丹空港をどうするのかが一番のポイントで、一元管理は今語り合う議論ではない」と指摘する。

 今月8日の閣議後会見で前原誠司国交相は「地元で考えられている3空港の提言も十二分に拝聴させてもらいたい」と話したが、幹部は「(現状の一元管理案は)大臣もいい案だとは言っていない。あくまでポイントは伊丹をどうするか決めることだ」と話す。

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 次回懇談会が開催される14日。午前中には、国交省の成長戦略会議が開かれ、大阪府と兵庫県の幹部が出席する。大阪府は橋下知事自ら足を運ぶ予定で、「3空港問題ではなく、国としてみたときに関西にハブ空港が必要ということを言う」としている。

 同会議は来年6月に、今後の空港行政について一定の方向性を示す方針を示しており、伊丹空港の存廃に結論が出る可能性もある。
会議への出席は、橋下知事にとって持論を展開する格好の舞台。対して、伊丹廃港論に強く反発する兵庫県側も、県幹部が出席して説明するとみられる。

 「兵庫と大阪は、伊丹の存廃で意見が正反対だが、伊丹問題を解決したいという思いは同じだろう」。国交省航空局幹部は、再び熱を帯び始めた関西3空港をめぐる地元の動きを踏まえてこう語った。
「ようやく伊丹についての議論が始まった。そういう意味で本当のキックオフだ」

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 関西3空港を取り巻く環境が急激に慌ただしくなってきた。補給金「凍結」の可能性がある関空、存廃の議論が分かれる伊丹、日本航空の撤退が決まった神戸の経緯や現状を追う。(2009年12月11日 09:09)

http://www.sankei-kansai.com/2009/12/11/20091211-018147.php
888名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/20(日) 00:00:44 ID:???
【視界混沌・関西3空港分岐点】(中)伊丹の存続

 「伊丹を存続させるか、廃港させるのかという議論は、今に始まったことじゃない」。兵庫県伊丹市の職員として30年間近く大阪(伊丹)空港を見つめ続けてきた宮本孝次参与(63)は、「伊丹廃港論」を声高に唱える大阪府の橋下徹知事を牽制(けんせい)する。

 伊丹空港が「大阪第2飛行場」として整備されたのは昭和14年。高度成長期に差し掛かる34年に大阪国際空港と改称し、39年にはジェット機が就航。騒音・振動問題も次第に深刻化し、地元住民による公害調停や訴訟へとつながっていく。

 宮本さんには忘れられない光景がある。

 大阪万博の開催決定を受け、国は2本目滑走路の整備を模索した。37年4月、拡張を受け入れたい伊丹市議会に対し、反対派住民らがデモを起こした。

 隊列を作り、渦を巻くように行進する住民。またたく間に議場を占拠した。「議長は議場に入れず、逆にほとんどの議員は議場に缶詰め状態になった」と伝え聞いている。

 当時、就航していた大型ジャンボ機の騒音は117デシベル。電車が通るガード下の100デシベルをはるかに超えていた。騒音や振動は、航空需要の高まりとともに激化していった。

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 騒音公害の第1次伊丹調停団の照屋成徳代表(75)は、子供の授業参観で初めて学校に行ったとき、上空からの爆音に驚いた。「4回も5回も飛んできて、授業がまともにできなかった」

 その解決策として浮上したのが、関西新空港の建設だった。国の航空審議会で神戸沖や大阪・泉州沖などさまざまな案が検討された末、昭和49年8月、審議会は新空港の位置と規模について答申。
泉州沖と打ち出すとともに、「関西国際空港は、大阪国際空港の廃止を前提として…」と、はっきり「廃止」の文字が記された。

 だが、その後も伊丹空港は存在し続ける。答申から16年後の平成2年12月、地元11市でつくる「大阪国際空港騒音対策協議会」(11市協)は、運輸省が提示した、関空開港後も存続させることを明記した協定書に調印した。
889名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/20(日) 00:00:51 ID:???
 伊丹存続をめぐり、運輸省側には伸びゆく関西の航空需要を新空港だけではまかないきれないという危惧(きぐ)があり、地元自治体には空港がなくなることで、街が活力を失うのではないかという危機感があった。

 長年にわたり騒音に悩まされ、昭和56年には伊丹を事実上「欠陥空港」とする最高裁判決まで勝ち取った地元住民にとって、存続はまさに苦渋の選択だった。

 国は、地元住民に対し、環境対策事業を続けた。騒音対策として防音工事を促し、各家庭にエアコンや防音サッシを配備。これまでに投じられた伊丹周辺への環境対策費は、総額約6700億円にのぼる。

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 平成2年当時、池田市議会議長だった同市の倉田薫市長(61)は「関空の建設が始まり、伊丹がなくなったら困ると思い始め、何とか一部でも残せないかという話になった。だが、関空シフトが進み、ローカル空港への道をたどった」と悔やむ。

 倉田市長には、伊丹の機能が縮小に向かい、やがて街が廃れることへの恐れがある。「“座して死を待つ”より、廃港を前提に地域活性化をはかるべき」という考えだ。

 だが、地元の首長が「廃港」を口にすることは、周辺自治体にはなかなか理解されない。半ばあきらめかけていたとき、橋下知事が26年後の「伊丹廃港」と跡地を有効活用する構想を打ち出し、再び伊丹の存廃が表舞台に引き上げられた。

 倉田市長はいう。「あのやんちゃ坊主が、大胆で奇抜な提案をしてくれた。これやったら乗っかるのもありだ」(2009年12月12日 08:34)

http://www.sankei-kansai.com/2009/12/12/20091212-018186.php
890名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/20(日) 00:01:32 ID:???
【視界混沌・関西3空港分岐点】(下)神戸空港

昭和48年 痛恨判断ミス

 関西国際空港の経営を支援する平成22年度の補給金について、財務相は、国土交通省の概算要求額(160億円)の半額以下となる75億円とする方針を固めた。
関空側が見込んだ着陸料引き下げの原資はおろか、例年の水準(90億円)をも下回る額。しかも大阪(伊丹)、神戸を含む関西3空港の役割分担が明確化するまで予算執行は留保されるともいい、地元や国交省は大きな重荷を背負った。

 14日に開かれる地元の関西3空港懇談会では、地元の総意として3空港の一元管理を打ち出す方向だが、自治体間でもさまざまな思惑が交錯する中、将来の方向性を含めたビジョンをまとめるのは容易ではない。

 「伊丹廃止の議論から逃げてはいけない」

 「なぜ(伊丹を)やめなきゃいけないのか。関空をやめたっていい」「伊丹廃港前提の話はナンセンス」

 「住宅密集地に空港があることがナンセンス」

 「伊丹廃止を前提と言われている限り、われわれは乗れない」

 大阪府の橋下徹知事が「伊丹廃港」を打ち出して以降、橋下知事と、反発する兵庫県の井戸敏三知事との主な発言。両者の主張は平行線をたどっている。そのこじれの大本には、3空港で最も新しい、神戸をめぐる歴史的経緯が横たわる。

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 「そもそも神戸が空港をけったから、こんなことになったんだ」。神戸のある財界関係者は、自嘲(じちょう)気味に振り返る。

 伊丹の騒音問題が深刻化し、関西新空港の建設が模索されていた昭和46年、神戸市は、海上新空港建設の試案をまとめた。陣頭指揮をしたのが、当時の宮崎辰雄市長(故人)だった。

 だが、宮崎氏は48年、一転して神戸沖空港の建設反対を宣言する。同年に再選を目指す市長選があり、重要な支持基盤の旧社会党を含め、市議会が反対を決議していた。かくして49年、新空港は大阪・泉州沖に建設する方向性が決まった。
891名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/20(日) 00:01:38 ID:???
 ところが、神戸市は再度空港建設に意欲を燃やす。57年、宮崎氏は空港計画のたたき台となる新試案を発表。
その後国への陳情を繰り返し、平成3年の第6次空港整備5カ年計画で、神戸空港は「予定事業」に組み入れられ、事実上のゴーサインを得た。一度“死んだ”はずの神戸沖空港が、再び息を吹き返したのだ。

 もし、宮崎氏が建設反対を唱えなければ、関西空港は神戸沖にあったかもしれない。さきの財界関係者は「今となっては、あのときの市長の判断が誤りだったと言わざるを得ない。痛恨の判断ミスだ」と悔やむ。

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 18年2月に開港した神戸空港は、5年目の22年、試練を迎える。着陸料収入の約4割を占める日本航空が5月末の全面撤退を表明。利用者は20年度で前年度比13%減の258万人と伸び悩んでおり、経営にさらに大きな痛手をこうむる。

 関空からわずか約25キロ。両空港間は、1日16往復、所要時間約30分の高速船で結ばれている。

 欧州旅行へ向かう兵庫県三木市の夫妻。家族に神戸空港まで車で送ってもらい、関空まで乗船した。「早くて私たちには便利な船です。帰国後も利用しようかな」と笑顔をみせた。

 橋下知事が11月に打ち出した3空港にかかわるビジョンでは、「関西として『2つの海上空港』に『選択と集中』」という記述もみえる。
距離的な近さから、仮に伊丹がなくなり、関空が国内・国際一体のハブ空港に成長した場合、神戸が関空国内線の補完的役割を果たし得るという論理も成り立たなくはない。

 前原誠司国交相は13日に関空を視察。14日には国交省の成長戦略会議に橋下知事らが出席して意見を述べ、その後3空港懇談会が開かれる。
一気に熱を帯びた問題に、解決の糸口は見つかるのだろうか。(関西3空港問題取材班)(2009年12月13日 07:08)

http://www.sankei-kansai.com/2009/12/13/20091213-018220.php