152と153に書き込みをした者です。
すでに168と169にも指摘してあるように、適切とはいえない表現が含まれていたので、
みなさんが誤解しないように、再度改めて以下に詳しくそれを指摘いたします。
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堂本氏は対談中「私たちの与党」と発言しています(
http://www.azaq-net.com:8080/tani6010/10.html[新しい組織])。
しかし、堂本氏は無所属・無党派であったはずなので、それは矛盾することになります。
そこで確かに堂本氏は無所属・無党派なのだろうが、
本音ではどこかの政党に所属しているという意識を持っているのだなと思いました。
また、その場で対談していたのが斎藤氏と堂本氏の二人であったことから、
152と153の書き込みをした時は、「私たち」が両氏を指すと思いこんでいました。
それらから、「私たちの与党」とはその相手方である斎藤氏が代表を努める「市民の党」を指しているのだと解しました。
したがって、堂本氏は本音では市民の党に所属しているという認識を持っているのだと考え、
>>「保守地盤ゴリゴリの千葉、県議九十八人のうち六十六人が自民党私たちの与党は二人しかいない、
>>そういう構図の中で、とにかく今、この瞬間は、既成政党と競っている。」などとあるように、
>>堂本暁子は自分では無党派ではなく市民の党(MPD)の党員であるという認識を持っていることが分かる。
としました。
しかし、その後よく考えてみたところ、
「私たち」という言葉が必ずしもその場にいる堂本・斎藤両氏を指すとは限らず、
「私たちの与党」が一概に「市民の党」を指しているとは限らないことに気づきました。
したがって、対談中の堂本氏の発言から、
>>堂本暁子は自分では無党派ではなく市民の党(MPD)の党員であるという認識を持っていることが分かる。
とは必ずしも言い切れず、適切ではありませんでした。
ただ、そもそも堂本氏は「無所属・無党派」であったはずであり、
その堂本氏が「私たちの与党」と発言したことにも、私が誤解した原因の一端があります。
あと、
>>いわば堂本は「市民の党派」なのである。
などと書いたのは上記誤解に基づくものですが、上記誤解があろうとなかろうと堂本氏が市民の党派に所属しているとは言っておりません。
「いわば」は「たとえていうならば」という意味です。堂本氏が「私たちの与党は二人」と発言していることから、
頭の中ではどこかの政党に所属しているという認識を持っているのは確かでしょう。
(現に、前回知事選の若井康彦(民主)の応援演説で作家の宮崎氏は2001年3月18日に千葉県柏市のJR柏駅頭で、
「堂本さんという人がいます―無所属だと言っています。
無所属ではありません。まず第一に彼女は自社さ連立政権のときに何をやったのか?
そして今その運動を担っている、いわゆる市民の党と言われる人たちはかつてポルポト派を賛美した人たち、
こうゆう人たちがこの運動を担っている。」と言い切っています。
http://www.ryu-bun.org/toppa.org/2001-3/010318.html参照。)
ただし、少なくとも形式的には堂本氏が市民の党に籍を置いているわけでもないし、
市民の党派といったようなものに所属しているわけでもありません。
そもそも、市民の党には党員登録や党規がなく、斎藤氏曰く「志を同じくする者たちのゆるやかなネットワーク」ということだそうです。
ただ、逆にこのことから、もし「市民の党派である」と言ったとしてもあながち間違いではないといえるのかもしれません。
しかし、あくまで文中に書いてある通り、ここでは「いわば(たとえていうならば)」の話であることを、
みなさんに誤解のないように強調しておきます。
また、
>>堂本暁子が支持している「市民の党(MPD)」
などとも書きましたが、それは堂本氏の言動や姿勢などから分かります。
堂本氏は前回選挙で斎藤氏などとミーティングをした頃から、
「既成政党」によらない「市民」による政治を本格的に目指すようになります。
そして、次第に「既成政党」に対して敵対意識を持つようになります。
「既成政党対市民の闘い」とか「市民対既成政党」という言葉を多用するようになります。
これは「既成政党」と「市民」を対立的に捉え、「既成政党」から支援を受けた議員ではなく、
「市民」一人ひとりによって選挙された議員が政治を行っていくべきという斎藤氏の考え方とほぼ同じです。
このような堂本氏の言動と、知事就任以降の姿勢(表だって政党に接近する姿勢が実際にほとんど見られなかったこと)などから、
堂本氏は斎藤氏の主義・政策・意見などに大きく賛同しているといえます。
また、市民の党の機関紙である「新生」の中で堂本氏が同党代表の斎藤氏と対談をおこなっていること、
同党代表の斎藤氏の主張に賛同する趣旨を含んでいる同氏との対談が掲載してある堂本氏の本が今なお販売され続けたりしていることなどから、
少なくとも間接的には市民の党を援助し続けたことになると言え、上のように記した次第です。
(上のように記した理由としては、堂本氏が「私たちの与党」と対談中に述べていたことから、
本音では市民の党に所属しているという認識を持っているのだと考えてしまっていたということもあります。)
しかし、2005年2月11日の毎日新聞(
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/feature/news/20050212k0000m010091000c.html)に、
>>堂本氏は前回、政党の推薦・支持を受けない「無党派」を標ぼうし、自民や民主の推薦候補を破った。
>>しかし昨年12月、公明党国会議員のパーティーで「無党派から県民党に変わった」とあいさつし、政党に接近する姿勢を見せていた。
とあるように、堂本氏の考えに変化の兆候がみられていることや、
上記に述べた通り、「私たちの与党」が必ずしも市民の党を指すとは限らないことなどから、
今でも斎藤氏の考えに賛同しているといえるのかはかなり微妙になってきました。
したがって、今なお支持しているといえるかは不明となりました。
なお、ここでも誤解のないように強調しておきますが、
私が文中で用いている「支持」という言葉には、堂本氏が「市民の党」の支持を表明しているなどと言う意味は決して含みません。
あくまで、上記のような状況を「支持」という言葉を用いて表しただけであって、
本文中での「支持」は「他人の主義・主張や政策や意見などに賛同して援助すること」の表現であって、
「支持の表明」などという意味は一切含みませんので、それもここで強調しておきます。
私の理解力不足や表現力不足から、みなさんが誤解を受けることがないように、上記の通り再度改めて詳しく指摘した次第です。
また、152と153を作成するにあたっては、文中に挙げたホームページや書籍に記された事実関係を参照してそれらに基づくようにしていますが、
それでも上記のような誤解などが含まれてしまう可能性を完全には否定しきれないので、
最終的には文中に挙げた参照記事でよく確認してください。